・キスシーン
・坂柳の持病は性交に問題なし
「ん、あむっ」
優しく重なる唇。互いの熱を交換するソフトキスに、坂柳の脳裏が熱くしびれ唇が自然と開く。
そのまま、舌をねじ込むことなく、手をつなぎ唇と唇を何度も重ねてくる。
あまり圧迫することなく、互いの唇の弾力を教え合うようなキス。
ちゅっ……ちゅっ……
「有栖は髪もサラサラしていて、撫でていて気持ちがいいな」
ちゅっ……ちゅっ……
「有栖は肌も滑らかで、撫でていて安心するな」
触れ合うはざまにそんなことばを差し込まれ続ける言葉は坂柳を蕩かせる
ちゅっ……ちゅっ……
「どうぞ……私も撫でてもらえると心地いで……んっ、ちゅ」
有栖の唇を挟んで自分の唇の間に残った柔らかな肉をついばむ。痛みを与えぬように、軽く前後左右に頭を動かしながら唇の端から端まで。
唇の真ん中をついばむと鼻と鼻がふれあい、端へ進むと鼻が有栖の柔らかな頬に食い込む。不摂生と縁のないつるつるした肌に鼻を食い込ませると弾むように受け入れてくれる。
鼻だけではない。啄む場所を変えれば頬と頬が触れ合うこともあり、さらさらとした髪の香りが鼻腔を優しく刺激してくれる。
「いつ、まで……ちゅ、あっ、ちゅ」
「有栖の唇は柔らかくてカサついていないからな。色々な口付けを楽しみたくなるんだ」
「……ちゅ、ちゅ、ちゅ、んっ」
無言でキスにこたえるだけになった有栖。朱に染まった顔が愛らしい。半開きの口の中に入れたい。心に沸いた衝動のままに動く。
「鼻で息をしろよ」
「あ、は……んっ、んんっ!?……ぁ……んっ、ふぇ……んぅ、ぁ、ふっ……」
浅いキスから、深いキスへと変える。坂柳の舌にからみついていく綾小路の舌。坂柳は一度だけ驚きの声を漏らし、教えられた通り平然と鼻で息をしようとする。
(あ……舌、が)
だが、出来なかった。
ぬめりと差し込まれた生暖かいものが舌だというのはわかる。だが、生温さが口肉に触れるたびに熱くなり、息が上がるのはわからなかった
「んっ……んん……っ」
甘い声が漏れる。自分の声とは思えない、甘い女の子の声。わずかな惧れと弾けそうな喜びに彩られた声。その声を聴きながら、常に第三者の視点を持とうと心掛けている自分が観察する。
どくん、どくん、と人並外れて弱い心臓が高鳴るのを観察する。自分でもわかるたどたどしい動きに清隆くんが、優しく導いてくれるのを観察する。当たり前のように自分からも舌を伸ばし、粘膜と粘膜がこすれ合うむずむずとした疼きを味わうまでは観察できた。
「あっ……ちゅ……んふぅ……」
観察はそこまでだった。清隆くんの舌と自分の舌を絡め合わせるのがこんなにも心地よく艶めかしいなんて知らなかった。ただ圧倒的な刺激に翻弄され、自分の脳内が蕩けていく。
「はぁ……ちゅ……んんっ……んぅ、ぁ……はぁ……」
男の子の唾液がこんなにも甘いとは知らなかった。綾小路が巧みに息継ぎをさせていることに気づく余裕さえ失くした坂柳はキスにのめりこんでいく。
「ぁ……は……ちゅぅ……はぅ……んっ……」
今自分が、息を吸っているのか吐いているのかもわからない少女の茹で上がった顔。わけもわからず、湿った音を立てながら子猫が甘えるような声を漏らす坂柳の頭に、ふわりと綾小路が手を乗せた
「ぁ……ちゅ、はっ……ちゅ、れ……ろっ」
優しく撫でてくれる綾小路の手つき。瞳をぎゅっとつぶって体ごと綾小路に包まれるように坂柳はキスをする。鍛えられた体に包まれる体が熱い。石鹸の香りに混じる雄の匂いが際立って思考が蕩ける。体ごと、全身を包むように愛してほしいという想いが弾けそうになる。
おずおずとした、されど飢えたように求める少女。強く抱きしめられるのが心地いい。粘膜を触れ合うのが気持ちいい。唾液が甘く美味しい。体が火照ってたまらない。
「はぁ……んっ……はぁ……」
おずおずと舌を伸ばす。まだ怖いから、どうにでもしてほしいから。未だ生娘の少女の矛盾した求め。
一人の男としてその求めにこたえる。
息が苦しくないように観察しながら、有栖の舌を己の舌で絡み取る。舐めしゃぶり、吸い、歯ではなく唇で優しく甘く噛む。
そうされているうちに、舌だけだったしびれは有栖の頭の芯を犯し、全身をふわふわと宙に浮いている気分にさせた。清隆の愛撫がもたらす熱だけが鮮明で、熱が届くたびに全身をしびれさせ、体の末端からすべての力が抜けていく。
「くふ……んっ、んんっ……ん」
おずおずとしたものだった舌の動きが大胆なものになる。少女の切ない溜息と女を貪ろうとする男の吐息が混ざり合い、甘やかな快楽を与え合う。
くちゅぴちゃという粘った音が部屋にしばらくの間響き合った。
「んっ……ふぅ……ふぁ、ぁぁぅ……」
最期に、ざらりと口蓋を素早く舐め上げられた有栖の背が反射的に反られる。男の腕の中で逃れる場所などなく反れる少女の中では、続々とした何かが延髄と子宮から上へ下へと押し上げ駆け下り、全身に甘い疼きが広まった。
「はぁ、はぁ、はぁはぁ」
軽く達した少女を柔らかく抱きとめる。柔らかな有栖の後頭部を抑えたまま胸元へやり、厚い吐息が胸板を叩くのを歓迎する。
二人のキス経験は歴然だった。様々な少女を陶酔させたテクニックを駆使できる清隆と、つい先ほど初めてのキスと呼べない口付け嚥下を果たした有栖の歴然とした差。
だが、そんなものは有栖にはどうでもよかった。
無我夢中で貪ったことに対する逃避なのか、それとも本能のなすがままなのか。頬を胸板にこすりつけ吐息を漏らす。
「かた、い……」
早鐘のように煩く鼓動する自分の心臓と違う、ゆっくりとした鼓動。安心を覚えそうな確かな鼓動に頬をこすりつけるように身を委ねる。
煩く心臓が鳴っていても体に異常がない。遠のくはずの意識ははっきりとしている。清隆の胡坐の上でズボン越しにゆがむ自分の太ももの感触が分かる位にははっきりしている。普段ならば立ち眩んでも仕方がないほどに心臓が速く家鳴り全身が悲鳴を上げているのに立ち眩まない。
思考が回転するまで清隆との口付けで達するまでかかった自分を受け入れながら有栖は思考をまとめる。
(避妊薬のおかげで、しょうか)
恐らくそうだろう。それしか思いつくものが無い。立ち眩みを覚えないほどのナニカを体に与えてくれた薬。自分が欲してやまなかった薬。
無粋と知りつつも火照りを預けたまま問うと、あいまいな肯定と驚きが返ってきた。
「あなたがこの避妊薬を作ったのですか?」
すでに実践段階にあるオレに対して、僅かに焦りを覗かせたようなくちぶりになった。
「オレ個人ではなく、チームでという意味でなら肯定する」
「ホワイトルーム内で完結したとしても限度があります。法に抵触しませんか」
「しない」
「何故言い切れるのですか」
「入学するまでの間に、年齢制限で取ることのできない物を除いた国家資格と国際資格は全て習得しているからな。合法的な立場で参加したんだ、法に抵触するはずがない」
言っていることを理解した有栖が少しだけ目を丸くする。
「……学位は、どのあたりを?」
「日本で言う修士だ」
「海外の大学院で卒業済みということですか?」
「ああ。残念ながら、現地には一度も顔を出したことはないがな」
「それは残念でしたね。でも、だからこそ、清隆くんが目新しいこの学校での生活を楽しく過ごせているのだと思うと、率直に嬉しいです」
「そうか。何で嬉しいかと聞くのは野暮か」
「はい、野暮ですね。ですが答えましょう。私があなたのこの学校での生活を構成する一部だからですよ。違いますか」
「いいや、お前は重要な一部だ」
「フフフ……では、医師免許は持っていないのですか?」
「いや、日本ではない国のものを持っている」
「年数制限が引っかからないものを?」
「ああ」
「チームでの参加立場は?」
「研究員だ」
「……なるほど」
「どうした?」
「いえ、天才を育成するというホワイトルーム最高傑作の意味の一端がようやく理解できまして、まさか学習5段階の無意識的有能に意識的有能。有効活用の段階だとは……率直に言って呆れています」
……そうでなければ人間が一生分かけて習得する以上の知識をもつなどと豪語しないさ。
現代において資格ほど「その人物が何を出来るか」を誰の目にも理解させる手段は無いのだからな。
「そうなると、すこし残念でしたね」
滑らかな頬を胸板に擦り付けるようにしながら、有栖がいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「何がだ」
「この学校は著しい結果を出した生徒にはプライベートポイントを出すシステムです。それだけの資格ならかなりのポイントになったでしょうに。2000万ポイント、可能だったかもしれませんよ」
お互いAクラスに拘泥していない身だが、興味は有るのだろう。そのことは、オレにとっても少しばかり残念だったことでもある。
「調べたが、併せれば2000万ポイントを超えていたな」
イザとなれば、愛里を退学させないだけのポイントを手に入れられる可能性はあったからな。だが
「……まあ、過ぎたことだ。薬に話を戻そう」
「ええ……この薬を改良することはできますか」
愛撫され息を荒くしても意識を失わなくさせるだけ心臓が補強される効果のある(避妊)薬。有栖にとってどれほどの価値があるか自明だ。真剣な眼差しで見詰めてくる。
「正直、難しいな。同じものを作るすることさえできないだろう」
「人員は当然として、設備面の問題ですか?」
「いや、材料の問題だ。ホワイトルームは医療機関を内包してしていたから――幼少期から人間の子供を管理してどんな食事や教育や薬を与えればどんな結果になるかという生きたデータが取れる『状況』が、 どれ程の富と利権を生むかについて有栖には説明する必要はない――な。高品質かつ専門的な材料を容易に扱えた。言っておくが、高品質の材料はコンマ7桁から1桁違うだけの純度の差が決定的な違いになる」
「……多少質が悪いか合わないというのはそこまで問題が?」
「ハッキリ言って、問題の次元が変わる。
一度高品質の材料を使ってそれに慣れてから低品質のモノを使うのは愚行だ。完成品の質だけでなく、設備面でもデメリットしかない、マニュアルの変化を含めた人事に関わる。低品質の原料ではまともに操業出来ない」
「成る程。高品質の材料を扱うそれは低品質の材料を扱うそれと世界が違うのですね……量産を考えずに研究室レベルでも?」
イザとなれば自分の分だけでもと腹をくくったらしい。
「と、いうより研究室レベルを前提とするべきだ。オレの頭にあるのはそれだけだからな」
「……全て、覚えているのですね」
「当然だ。ことこの薬に関するものだけは、頭にあるものを全て提供しよう。だからこそ、設備が欠けていて、材料が合わなければ悲惨なことになると断言する。事が人体に直結する医薬品だからな。賭けるか?自分の体で?」
「御免被ります……お父様に設備と材料と人員を手配してもらいます。その上で何か条件がありますか」
「オレも一研究員として参加させろ。まだまだ学ぶことがいくらでもあるからな。その条件なら受けよう」
一瞬希望の色が瞳に写り唇があどけないほどに綻ぶが、話を詰めるべきことがあると思い出して直ぐに引き締める。
普段のうっすらとした余裕の笑みを浮かべる余裕は無くとも、杖無しで歩ける可能性を目前にしたハイティーンの少女としては驚嘆すべき意思だ。
「……主要成分と構成式も?」
「無論教える」
「……今の権利は何処が?」
「ホワイトルームの講師の一人を代表としたチームが所持している。そのチームの中にオレの名前も入っている。ホワイトルーム内において、だが」
「……成る程、ホワイトルームは公的機関ではありませんからね。構成も発表できず、医薬品認可は不可能ですか」
「ああ、認可されていない」
「なるほど、なら」
返答に有栖は一度頷くと、指を折りながら返答する。
「独自に生産はしても、研究結果の公表はしない。研究をして何らかの大きな結果が出たときには、あなたのお父様に私の父から連絡する。勿論あなたの名前で。生産した薬はあくまであなたの立ち会いの時に使用する、私に投薬する際も。生産もあなたが立ち会った時のみ。いかかです?」
「お前相手だと言葉を重ねなくて済むな」
「私もです、で、返答は」
満足気に頷くオレに、有栖はしなだれかかりながら確実な言質を要望してきた。
「基本はそれでいい」
「基本、ですか?」
「追加がある。今からの情事の時間、オレの問いに素直に答えろ。どれだけ恥ずかしいと思ったことでもな」
くるんと瞳を回す。
「……恥ずかしいことを、私に言わせるするつもりですか?」
「そうだ。オレからしてみれば恥ずかしくなくとも、お前にとっては恥ずかしいと感じることを聞いて言わせる」
「どうして、そんなことを」
「オレがしたいからだ」
「……恥ずかしいと言うのはどういう、いえ、誰にとって」
「そういう主観の問題で振り回されたくないんだ。聞いたことに答えれば良い」
マウント取るから好き勝手にヤラせろ。そう言われたに等しい有栖は一瞬詰り、上目遣いになる。
山内の時とは違い、演技の色は一切ない上目遣いで。
「……体の問題もあって、私は家族以外の異性と手を繋いだことさえ、あの帰り道であなたと繋いだのが初めてなのですが。清隆くん、あなたは、こんな箱入りに恥ずかしいことを言わせる気ですか?」
「お前が箱入りなことや体の問題と何に羞恥を感じるかに関連はない。オレが配慮する必要はない」
羞恥で白皙の肌を紅く染め僅かにかすれた声で「これが限界ですよ」と意思表示してくる有栖に断固として返す。
一瞬戸惑いの色を浮かべ俯き苦悩する有栖。羞恥責めは嫌だというより、
「何で……普通に……」
漏れ聞こえてくる声からして、普通に優しく抱いてほしいようだ。
薄々理解していたが、有栖はかなり乙女らしい。
素直に可愛いと思うが、有栖は、有栖だからこそ、イジメたい想いを掻き立てられる相手だ。それが初物ならば貪らないのは失礼だろう。
そんな畜生なオレの思いを他所に苦悩していた有栖は、自分の体を改善しうる可能性には勝てず、俯き「分かりました」と蚊の鳴くような声で呟く。
ここで、声が小さいと嬲るのはアリだが、もう少し後にする。熟成させた方が旨そうだ。
「……それにしても、特上の餌を見せて試してからなんて……やっぱりあなたは素敵です」
何とか気を取り直した有栖は、何時もの笑みを浮かべて細くしなやかな指でオレの頬をなでる。
「もちろん、今回の返答次第では、でしょう?」
「当然だろう」
有栖があの条件を提示しなければ、オレが本気で打ち込まず自分の体は改善されなかったことを飲み込んだ上で、さらりと、自分に一番効能がある薬を研究できる道筋を整えた有栖が胸に顔を擦り付ける。
「お前相手なら遠慮する必要がないからな」
「……そして、ずるいですね」
頬を染め視線を泳がせる有栖の背中を撫でる。
「ひんっ……あ、清隆くんっ」
「試したあとのお返し、報酬は態度で示すものだろう」
服越しでも伝わる柔らかな暖かさを堪能しながら、目を合わせ、顎でしゃくる。
「報酬……私から、するの、ですか?」
頬を染め目を白黒させる少女は余りにも初々しい。
「勿論だ。奉仕の一つもせずに、ただ施されるだけで平気ならばしなくてもいいがな」
「本当に安い挑発が好きですね」
「挑発なんかしていない。思った通りのことを言っているだけだ」
「欠片も信用できませんが、まあ、いいでしょう」
呆れたような口調で挑発して、坂柳の負けん気に火をつける。
「分かりました……では、その……そうですね」
ギュッとオレの首に手を回して、顔を近づけてくる。
「……続きをさせていただきます」
「ああ、前はまだ拭いて貰ってないからな。丁寧に拭ってくれ」
キス直前に身を離してハンカチを握りしめた有栖に返した。