対魔忍RPGより -愛と復讐を籠めて- 作:対魔忍Receive
俺が最初に見た景色は、とにかく暗く黒かった。
目を覚ましたような、意識が水面を飛び出て覚醒する感覚。
その感覚がじわりと全身に広がっていく、と共に意識を取り戻した俺はがばりと飛び起きた。
俺を構成する感覚の全てが次々と失われていく感覚から一転。
気づけば全てが十全に存在し、身体中から次から次へと送られてくる新鮮な感覚に脳が驚いたのだろう。
死んだことを自覚していたはずの脳は軽くパニックになっていた。
死んだと思ったら生きてました。
などという冗談のような体験をした俺が、正常な判断ができるようになるまで少しの時間が必要だった。
まず手から送られてくる感触は柔らかい毛布のもの。
一人暮らしをする前、実家でよく使っていたものの感覚とそっくりであった。
足も同様に毛布の柔らかさとその温かさを感じていた。
手と足の無事を確認。
耳は外で鳴いているのだろう虫のさざめきを脳に伝えていた。
耳の無事を確認。
実際は手がないのに温かく感じるだけ、足がないのにあるように感じる、などという幻肢痛ではないことを確認するために実際に手を伸ばして感触を確かめてみる。
「……ある」
つい声に出してしまった。
毛布から出した手は確かに手や足、耳や身体全身を触ることができた。
肌に触れる風は少し冷たく、布団から出て外気に触れた肌を小さく刺すような感覚を与えてくる。
だが、生きていることを強く伝えてくるように、触れた身体は温かかった。
しかし、眼だけは違う。
確かに見えているような感覚はあるのだが光を感じることはなく、暗いというよりも黒い。
落ち着くように目元に伸ばした手に触れたのは布のような革のようなものであった。
目を覚ませばそこは見知らぬ天井であった、というのが定番なのだろうがそんなことも言っていられない黒さである。
ふと、魔眼?なんて思ってしまう。
封印されている魔眼があるのだと。
しかも片目だけの眼帯ではないということは両眼が!――なんて思ってしまった。
男はいつまで経っても中二病から抜け出せないのだ。
冷静に自己分析すると空しくなってくる。
それから現状を認識することに時間をかけた。
ぷにぷにの手に、柔らかな頬。
ちょっと前の俺のものよりも一回りも二回り、いやそれ以上に短くなった手足。
具体的に言うならば子供の身体。
目元を覆っているのは何とも言えない布のような革のようなもので、封印のようなもの、もしくは医療用のものなのだろうと考える。
できれば前者であると嬉しいのだが。
この封印が解かれた暁には我が漆黒の邪眼が!
――とも勝手に想像するが、まるでどんなものかもわからない。
だが漠然と、前から身に付けているものであるとわかっていた。
そうして俺は結論付ける。
俺はラノベとか最近のアニメで、必ずと言っていいほど最初に起きるような出来事。
むしろ起き過ぎているレベルでよくある出来事。
つまり転生をしたのだと。
「………………うむ。俺が眠りから覚めるとそこは見知らぬ世界であった、か。
……などと言っている場合か!本当に死んでいるではないか、俺――!?」
先ほどの冷静さはなんだったのだろう。
俺は叫んでいた。
だが、前から言いたかった言葉を無意識に叫んでいたことに余計に驚いた。
あくまで言ってみたいだけで、言いたかったわけではないが。
しかし、その驚きは長く続くことはなく、いつの間にやらすっと何処かへ消えていく。
転生した。
その事実に驚きながらも異様なほど冷静な俺は、寝間着なのだろう薄手のさらさらとした着物を着ていることを確認すると、布団から出ると立ち上がる。
立ち上がった足は特に何と考えるまでもなく、勝手に動き出していた。
常に目が見えない生活を送っていたのだろう。
身体が覚えている通りに畳が敷かれた部屋の端に進むと、迷いなく伸ばした手を横に引く。
外と部屋を仕切っていた障子がなくなり、部屋の中でも感じていた肌を刺すような空気が強くなる。
外に踏み出した足が、木でできた縁側に触れた。
冷たさで突き刺すような痛みを無視し、縁側をしばらく歩く。
行先などまるでわからないが、そこに行くのが当たり前であるかのように足が進んでいた。
生きていることを実感させてくれるような冷たい縁側を進み、曲がり角なのだろうか。
角で立ち止まった俺は上を見上げた。
何故この場所に来たのかはわからない。
ただ、何度もここに来ていたのだろうと言うことはわかる。
考えるまでもなく、自然と動き出した身体に連れてこられた俺の見上げる先にあるものはわからない。
だって何も見えないのだから。
だが、予想することはできる。
星々煌めく夜空を見上げ見ているのだろう。
もしかしたらその中で一番輝く一等星かもしれない。
もしかしたら定番の月かもしれない。
暗い世界に色々な想像が広がっていた。
夜空を見上げてどれくらいになるだろうか。
たった数分かもしれないし、それ以上かもしれない。
身体が少し冷えてきたころ、なんとなく背後へと顔を向けた。
「若様、御身に障ります。お部屋に戻りましょう」
優しくこちらを心配するような女性の声が、夜のしんと静まり返った空気を揺らした。
それまで虫のさざめきも風の音すらも聞こえない、呼吸の音のみが聞こえる世界を揺らす声。
突然の言葉と同時に背後に現れた人の大きな存在感。
驚きのあまり声を出すのも忘れその場に固まってしまった俺を他所に、後ろに現れた女性はゆっくりと近づいてくる。
そして俺のまだ小さい手を取ると、その手で優しく包み込んだ。
俺の手を引く女性は先ほど眠っていたであろう部屋に導くと、優しく布団をかけてくれた。
若様というのは俺のことなのだろう。
慣れない言葉に恥ずかしく、痒くなってくるような気持ちになりながらも布団をかけ終えたその手で頭を撫でられていた。
「風邪を引かないよう、御身体を温めて寝てくださいね」
何処までも優しく、こちらのことを気遣った言葉。
その姿は見えず、声と手の温もりしか感じることはできないが、元現代社会人として最低限お礼は言うべきだろう。
「ありがとう」
なんとも言えない滑舌だが、幼いながらにちゃんと返すことができただけマシだと思う。
だって、五等身にも満たない身体なのだから。
部屋を出る前に身体を触って確認したときに判明したことなのだが、この身体五等身なのである。
つまりそれだけ幼い。
ついさっきまで七等身で生きてきた人間がここまで小さくなればその年齢も推し量れようもの。
多分十歳にも、下手したら五歳にも達してない可能性がある。
舌っ足らずな言葉だが、これを聞いた相手が何処となく安心したように感じた。
近くに人がいる安心感からだろうか。
それとも夜更けに外に出た後、いつもこうして部屋に連れ戻され寝かしつけられていたのだろうか。
「この
眠りに落ちる寸前、最後にそんな声を耳が拾った。
ありがとう、災禍。
その思いを言葉に出す前に、俺は眠った。
――ん?
――災禍?
――災禍ってあの災いに禍って書く
――あの、ふうま災禍……は!?
眠りに落ちながらも驚愕の事実に脳がパニックを起こすという、生前でも一切無かったであろう経験をしながら。
ふうま災禍は目の前の幼い主の呼吸が浅くなり、眠りについたことを確認すると静かにその場を離れた。
普段であればもう少しだけ傍にいて主が何処かに行かないかを確認するのだが、今日だけはそうは言っていられなかった。
主の寝ていた部屋から離れるだけでなく、警護の者に任せるとそのまま屋敷を後にする。
そしてふうま宗家の屋敷でも限られた者しかしらない災禍の私室に戻ると、溜め込んでいたものを吐き出すかのように大きく息を吐き出した。
ふうま
それがふうま災禍の仕える幼い主の名である。
災禍は元々ふうまの棟梁であるふうま弾正の秘書であったが、ふうま弾正の子ふうま龍燈が生まれたことが災禍の転機となった。
弾正の命により龍燈の秘書へと仕える主が変わったのである。
それも龍燈が生まれて数年も経たないうちの出来事であった。
まだ赤子の、幼過ぎる主に仕えることになり、弾正のその命に災禍が多少なれど困惑したのは事実である。
だがふうまの棟梁であり、何より命の恩人である弾正に実の息子を任されたということに災禍の魂が揺さぶられるほどに感動したのもまた事実であった。
弾正から寄せられた全幅の信頼に報いようという災禍の誓いは今でも変わらない。
しかし、弾正の息子であり肝心の主である龍燈に、災禍がまるで予想もしていなかった問題が降りかかることとなる。
ふうま龍燈はふうま宗家が管理する山の中に存在する秘密の離れに一人で暮らしている。
離れを警備する者や世話係はいるが、常に傍に仕えるものはいない。
この離れはふうま一門が管理する門外不出の蔵書や研究に関する資料が置かれているとされているが人は住んでいないことになっていた。
弾正の実の息子でありながら世間から隔離された生活を送る龍燈の扱い。
これは龍燈の生まれが関係していた。
ふうま龍燈は確かに棟梁であるふうま弾正の子供である。
が、今の弾正の正妻との間にできた子供ではない。
そもそも、弾正と産みの親の女性は同じふうま一門に所属しているだけの赤の他人であった。
周囲からは妻とも妾とも愛人としても、ましてやそういった関係とすら見られていなかったのである。
龍燈の産みの親は強力な邪眼使いとしてふうま一門で有名であったが、その強力な力の代償として身体がとても弱かった。
強力な邪眼を活かせない彼女は常に屋敷の奥で床に臥せていたことから、皮肉たっぷりに周囲の者から深窓の令嬢と呼ばれていた。
見た目は息をするのも忘れそうなほど美しいが、力が優先されるふうまの中では力を満足に扱えない彼女は落伍者の烙印を押されていたのである。
だが、彼女は邪眼使いとしての名声や栄誉を求めなかった。
そんなものどうでも良かったのだ。
代わりに彼女が求めたのは、女としての普通の幸せ。
対魔の家系に生まれた女性にはそう簡単に得ることのできない幸せであった。
強力な邪眼を持って生まれてきたが故の先天的な病弱な身体を苦にせず、女の幸せとして子を身籠りたい女性。
そして、ふうま一門の棟梁としての責任を背負いながら度重なる任務に疲れていたふうま弾正。
何処で二人が出会ったのかは今となっては誰にもわからない。
そこに、一回限りの過ちがあったのだろう。
身体へ大きな負担を強いる出産など不可能と、周りから口々に止められていた彼女。
彼女の親も心配してのことだろう。
男性との接点を頑なに作らせてもらえなかった彼女が、突如として子を身籠った。
その知らせは即座に屋敷中を駆け巡ろうものだったが、何者かによって即座に止められたのは記憶に新しい。
そのため彼女が子を身籠ったという事実を知るものは、屋敷の中でも極少数に限られることとなった。
しかし、問題はそこではない。
彼女は医者から流産確実と医者に止められるほどに、子を満足に産める身体ではなかった。
せっかく身籠った子供を諦めなければ母体である彼女の身体が持たないという現実は変わらない。
弾正も人目を避けては彼女に子を諦めるよう説き伏せようとしていた。
彼女を失うのが惜しかったのだろうか、それとも彼女が龍燈を産んでから間もなく正妻が正式な子供を産んでいたという結果を見るに将来の争いの種を摘み取ろうとしたのだろうか。
今となってはそれもわからない。
周囲から強い反対や弾正の説得。
それらを跳ねのけ、彼女は子を産んだ。
彼女が子供の将来を見守ることは叶わなかったが。
龍燈を産んですぐに彼女が亡くなったのを、出産に立ち会った災禍は覚えている。
それからしばらくして彼女の死は公になり、若くして病に倒れ、
それから龍燈は乳母と共にふうま宗家が管理する離れに移されることとなった。
龍燈の存在を知る者は少なく、正妻に疎まれたわけでもない。
ふうまの内部派閥の派閥闘争や時期後継者を決める争いにこそ巻き込まれそうなものだが、その存在が周知されなければ役に立たず、政略結婚の道具としても使えない。
正妻との間に既に正式な子供であり、男子であるふうま小太郎が生まれていることを考えれば不自然なくらい慎重な扱いであった。
龍燈の存在を知る周囲の者の間では、弾正が秘蔵の子として育てるのであろう程度の認識であったのだが。
そんなふうまの棟梁ふうま弾正の子供である龍燈であったが、数年と経たずに乳母が逃げ出し、偶然接することとなった警備の者が苦悶の声を漏らすこととなる。
曰く、心をその目で覗かれた。
曰く、魂をその目で覗かれた。
曰く、得体の知れない存在。
曰く、人ならざる存在。
実際災禍が龍燈を目の前にしても、その表現は決して的外れなものではないと認識している。
災禍から見ても龍燈は異質な存在であった。
不気味な、得体の知れない存在と言っても過言ではない。
龍燈は生まれつき反応が薄い子供であった。
普通の幼子のように泣くことはなく、きちんとこちらの話を聞くのである。
それはある程度年を経た今でも変わらない。
むしろ不気味さが目立つようになったとも言う。
こちらからの声や音に反応することはあれど、それに対し龍燈が自発的に行動を起こすことはない。
人から言われた通りに行動するだけの人形という表現が一番近いのだろうか。
それほどまでに、龍燈の反応はなかった。
もはや普通の子供のそれではなかったのである。
龍燈のあまりにも異質な現状を前に、災禍もその原因を追究をすることとなる。
まずは基本からと身体の検査やその他多数の検査が行われたがどれも正常。
反応が返ってこないことを除けば健康的な人間のそれと変わらなかった。
様々な検査の後、最後に災禍が疑ったのはやはり龍燈の眼であった。
龍燈は邪眼持ちである。
先天的な強力な邪眼。
それも生まれて間もないころにふうま弾正によって特別な封印を施されたほどに。
これによって龍燈は生まれてこのかた眼が見えていなかった。
強力な、いや、強力過ぎる邪眼は持ち主に悪影響を与える。
ただでさえ邪眼は使用者に負担を強いると言われているのだ。
それが幼い子供が持てばどうなるか。
自我が無いと言えるほどに薄くなる可能性はあるだろう。
ましてや邪眼に関して人がわかっていることはあまりにも少ない。
それは邪眼使いの名門と知られるふうま一門も同様である。
使用者や被害者がいてようやくその邪眼に関してわかってくるというレベルであった。
過去の文献を遡る方法もあるが、同じ邪眼を持って生まれることはあっても完全に同じとは限らない。
それほどまでに、邪眼は強力であり、扱いづらいものであったのだ。
災禍の懸命な努力の甲斐空しく、龍燈の人形同然の暮らしが変わることはなかった。
ただ、邪眼を制御できるだけの肉体と精神の成熟を待つ。
それが、災禍の最後の望みとなった。
さて、そんな龍燈だが、災禍にもまるでわからぬ行動があった。
奇行、と言えばよいのだろうか。
龍燈が立って歩くことができるようになってからのことであった。
一週間に決まって、一度だけ、夜に自室を抜け出すと月を眺めに縁側に移動するのである。
それも規則性はなく、月が出ている日のみに。
そも龍燈は目が見えない。
それでも月を見上げ、長い時には朝まで縁側に佇んでいるのである。
これには災禍も首を傾げたが、何か意味があるのだろうと止めることはなかった。
ただ、龍燈の体調を慮り、月を見上げ始めて一時間後に迎えに行くこととした。
その結果、災禍の睡眠時間が減ることとなったが。
そして、災禍にとって、運命の日が来ることとなる。
それは普段通りに、龍燈が月を見上げに自室を出た日のことであった。
龍燈が月を見上げ始め一時間後、災禍はいつものように離れ周辺の警備を終えると、龍燈を迎えに行った。
龍燈の背後へと降り立った災禍はそこで驚愕することとなる。
龍燈が振り向いたのである。
これには災禍もギョッとしたほどであった。
今まで災禍が背後に降り立とうとも反応を返すことがなかったあの龍燈がである。
災禍は驚愕のあまり動きを止めた身体を即座に動かすと、己を落ち着かせ平静を取り繕った。
いつも通りの言葉と共に龍燈のその手を取る。
そして、自室へと連れて行くと龍燈の布団に寝かせるまでが、災禍にとってのいつも通りであった。
今までなかった龍燈の反応に希望を抱いていた災禍であったが、縁側からここまで龍燈の反応が一切なく、いつも通りのそれであったがために少し落胆していた。
しかし、希望も抱き始めていた。
これから少しずつでも先ほどのように反応を返してくれることが増えれば、いつかと。
だが、災禍の心の内に芽生え始めた希望は、次の瞬間には吹き飛ぶこととなる。
「ありがとう」
そう、龍燈が喋ったのである。
今まで一切口を開かなかったあの龍燈がである。
舌っ足らずだが、そも災禍は龍燈に対して何かを学ばせたことはない。
それらを含め、先ほど平静を取り戻した災禍の心の内にはさぞ大きな衝撃が走ったことだろう。
もし龍燈の眼が見えたなら、眼を驚愕に精一杯見開いた災禍の顔が映ったことだろう。
災禍はその場限りの冷静を必死に取り繕うと、龍燈の眠りを待った。
そこからが大変だった。
私室へと戻った災禍の驚きは推し量れるものではない。
先ほど龍燈の言葉は災禍の願いが幻聴となって聞こえたのではないかと疑ったほどである。
だが、災禍の眼は確かに龍燈の唇の動きを捉えていた。
母親譲りのうっとりと聞き惚れてしまう声。
今までの反動からか、災禍の身体が小刻みに震えるまで時間はかからなかった。
災禍の私室にある質素な机に、一滴の水滴が零れ落ちた。
舞華ちょろ可愛い