対魔忍RPGより -愛と復讐を籠めて- 作:対魔忍Receive
身体が勝手に動いたのは、あの日が最後だった。
そして、あの日から始まった慣れない身体での生活は大変だった。
まず翌日、災禍に抱きつかれた。
理由なんてわからない。
朝の挨拶を返しただけのはずだった。
朝の挨拶に来た災禍に挨拶を返しただけ。
災禍にとってもそれだけのはず。
それで終わるだけと思っていたが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
災禍の身体が震え、俺の肩にぽつぽつと流れ落ちるのは温かな雫。
昨日までの俺の状況を考えれば、その意味を察することができないわけではない。
普段の俺であれば、恥ずかしさから災禍を突き飛ばしていただろう。
しかし、この時だけは、最後まで災禍に好きにさせていた。
この身体の前の持ち主は、相当災禍に迷惑をかけていたのだろう。
これから災禍に対し、何ができるかわからないながらも、これまでの災禍の苦労に報いよう。
ひっそりと、心に決めたのであった。
だが、今回災禍に抱き着かれてわかったことが一つある。
突然抱き着くのは止めて欲しい。
身体は幼い子供でも、精神は立派な大人なのだ。
長年童貞を守り続けていた独身男性には刺激が強過ぎる。
守りたくて守っていたわけではないが。
抱きつかれた時の、こちらの顔を、身体を押し潰さんとばかりに圧倒的存在感を放つあれは今でも忘れられない。
友人の誰かが冗談交じりに言っていた。
死ぬときは女性の胸に押し潰されて死にたいと。
経験した今だからこそ、その友人に言える。
実際にやられたらマジ死ねる。
今度その友人に会えたら、会えるかすらもわからないが言いたいことがある。
災禍の胸は良かったぞ、と。
またある時は昼に屋敷を散策した時のことである。
俺の視界は太陽が燦燦と照らす昼時だとしても常に真っ暗だ。
当然だが、俺は目が見えない。
目が覆われているのだから当たり前である。
自由気ままに、それでいて何処を歩いているかすらわからぬままに歩いていたところ――、
「……ヒッ」
っと、何処からか信じられないものを見たような、そんな声が聞こえた。
聞こえたような気がするというその程度だが。
空耳かもしれないその声がふと気になった俺は、なんとなしに声が聞こえた方へと顔を向ける。
だがよくよく考えてみれば、声を上げた人の姿が見えるわけでもない。
再び顔を前に向けると歩き出す。
しかし、それが不味かったのだろう。
今度は同じ方向からあっ、という小さな声が聞こえたのを覚えている。
それは果たして声だったのかすらわからないが。
ゴッッッッ!!!
人気の無いはずの屋敷に、とても大きな鈍い音が響いた。
音の発生源は俺。
鈍い音がしたと同時に、俺の頭に星が舞う。
あれは、この身体になる前の俺でも経験したことのある体験であった。
頭をぶつけると星が見える、とは良く言ったものである。
俺にも見えた。
これで2度目。
奇しくも以前俺が星を見たのも、これくらい小さなころ。
実家の裏山で遊びまわっていた俺が、単なる前方不注意で木に頭を強くぶつけたときである。
つまり俺は歩いていた廊下の角にある柱に、思いきり顔をぶつけたのである。
人には利き足があり、どれだけ気をつけていて歩いていたとしても、自然とそちらに曲がってしまうと言われている。
しかし、実際に歩いていてそうならないのは、目で見た光景から脳がズレを認識し、常に修正しているからである。
利き足の方にズレて歩いていることを認識し、そのズレを意識的に修正している人なんてまずいないだろう。
それを無意識に、思考の片手間でやってしまうくらいには人の頭はよくできているのだ。
その簡単な修正すらできない俺は、自然と右に曲がっていたようだ。
踏ん張ろうと咄嗟に引いた右足は、空を切った。
頭をぶつけた俺は右足を踏み外し、無様に縁側に面した庭に落ちる。
そのはずであった。
「若様っ!」
しわがれた、しかし何処か老練さを感じさせる威厳のある声が近くで聞こえた。
それを耳が拾うと共にふわりと、俺の身体は宙を舞う。
次の瞬間には、重力を感じた俺の身体は御姫様抱っこの体勢で抱えられていたのであった。
一瞬災禍なのかと何処か期待した俺がいたが、そうではなかった。
思わず手が触れたのはしわがれた、水分の少ないよぼよぼの肌。
だが肌のそれに反して身体つきはがっしりとしており、声として聞こえた通りのお爺さんと想像するのは危険だと悟る。
しかし、今この状況においては、何も気にせず身を任せられるような、大きな安心感を感じた。
その後あっさりと縁側に下ろされた俺だったが、感謝の言葉を言う暇もなく俺を助けた人の気配は綺麗さっぱりと消えていたのだった。
その時の俺にはまるでわからなかったが、後で災禍に聞いたところどうやら俺の護衛の一人であった。
よくよく考えれば当たり前であるが、俺の護衛は災禍だけではない。
ちなみにあの時助けてくれたのは、俺の護衛の中でも最高齢の厳さんである。
昔は名を馳せた老練な対魔忍であり、災禍がいないときに代わりに俺のことを影から見守ってくれていたらしい。
しかし、年を経ても人形のように無反応な俺に対し、少なからず畏怖のようなものを感じていたようで。
ぶっちゃけ気味が悪いから近くに行くことはなかったのだそう。
しかし、災禍の浮かれよう(厳さんには一目瞭然であったようである)を見て、俺に何かがあったということだけは察していたとのこと。
そこで今日はいない災禍の代わりに俺の護衛を務める事になった厳さんが見たのは、いつもとは違う俺。
さらに見たのは珍しく昼間から屋敷を散策して、最後には柱に顔を盛大にぶつけた俺であった。
俺の異常さを知っていた厳さんが、以前との変わりように感極まっていた所に別の世話人が俺を発見。
何も知らないその世話人は、俺のことを気味が悪いと避けていたのだが、今日の俺は違った。
普段は夜からしか自分で行動することはなかったのだから、昼間から俺と会ったことに驚いたのだろう。
小さな悲鳴を上げてしまった。
俺の方も、普段の俺ならまるで聞こえていないとばかりに気にせず、そのまま過ぎ去るだけのはずだった。
しかし、俺も普段の俺ではない。
声の方に反応し、再び歩き出した俺は歩く方向を間違えた結果、何を思ったか柱に正面衝突。
俺が柱に顔をぶつけ、足を踏み外しあわや庭に落ちそうになったところを、厳さんは咄嗟に助けた。
だが、助けたは良いものの、どうしていいかわからなくなった厳さんは瞬時に逃走。
そして縁側に俺が一人、ぽつんと残されたわけである。
生まれてから今まで、死ぬまでずっと続いていくとばかり思われていた、こちらの俺の生活。
俺がこの身体になってから、何にも追われない長閑なこの生活も良いと思うようになっていた。
災禍から説明を受けた世話人たちの反応も、最初はにわかには信じ難いというものだったが、今では柔らかいものになっている。
仕事に、生活に、趣味にと時間に追われるような生活を続けていた俺としては、まだ夢のようなものだが。
こんな生活が長く続けばよいのに、とばかり思えるくらいには満ち足りた夢のような生活であった。
だがそんな生活が長く続くわけもなく、俺が変わったように俺の周囲も、また変わっていく。
突然変わった俺の変化を追うように、周囲の変化もまた突然だった。
「心願寺 紅と申します。 以後、お見知り置き下さい」
聞き覚えのある、凛とした声。
しんと静まり返った部屋に小さく響く、けれど確かに聞こえた声は俺の精神に大ダメージを与えるには十分すぎるものだった。
事の始まりは災禍を通して伝えられたふうまの長、ふうま弾正の決定である。
ふうま龍燈を、ふうま弾正が真に信じるものにのみ見せるというもの。
龍燈の存在を初めて他の者に見せるというものであった。
その決定を聞いてから事の運びは早かった。
災禍に普段の質素な服から正装に着替えさせられ、駕籠に入れられて運ばれる。
江戸時代の駕籠に入れられて運ばれるお姫様の気分はこういったものかと、まるで他人事のような気分を味わいながら、ゆらゆらと運ばれていった。
そして降ろされたのは、目が見えなくても感じられるほどに厳かな雰囲気の場所。
身体をチクチクと刺すような静謐な空気は、誰に何と言われずとも軽率な行動を取らないよう身体を抑えつけることを強制した。
ただこの場にいるだけで精神が消耗していくような、そんな場所である。
ふうま宗家が管理し、限られた者しか知らない秘密の間。
場違いにも程があるだろうと思う俺は災禍に急かされる様にして奥へと進む。
災禍に誘導された先で座るようにと告げられ、それに従ってからは俺はただただ座っていただけだった。
何せ俺がやることなど何一つない。
喋る言葉すらも。
いや、正確には言葉を発してはいけなかった、というのが正しい。
災禍から事前にそのことを言い含められた俺は、相手の言葉に対し頷きを返すことしかできなかった。
隣に座ったのは、何処か安心感を感じさせながらも強い威圧感を放つ人物。
このような場でなければ、たった二人で会っていれば、この身体は今すぐにでも抱きしめたかっただろう。
この身体をそこまで疼かせる人物は、親代わりに育ててくれた災禍以外には一人しか考えられなかった。
ふうま 弾正
ふうま当主にして、この身体の父親その人である。
この身体の持ち主からしてみれば災禍に全てを任せっきりで、まるで会うこともできなかった人物である。
そりゃ恋しくもなろうというもの。
俺からしてみれば、対魔忍アサギ決戦アリーナでは反乱を起こし、失敗して米連に逃げたかと思えば息子を狙ってくる人物であり、対魔忍RPGでは同様に反乱を起こすも討ち死にするというやばい人物なのだが。
声を発することができれば、皆の前で一言言いたかった。
このオッサン、あと少しで反乱起こしますよ。
口が裂けても言えなかったが。
ふうま弾正が今回の招集をかけた理由を話してからは早かった。
ふうま一族を支配する8つの頭目衆。
ふうま八将の中でもこの場に呼ばれたのは、それぞれの家の当主とその当主の右腕と呼べる側近達のみである。
まず当主が挨拶していき、余裕があれば側近が、という流れであった。
ふうま八将に関しては作中でも語られているものが少なく、あくまで情報として知っているのみだった。
その為名前を言われてもああの人か、とはならない。
ふうま弾正と当主との間で交わされる話の中で出てくる情報から、なんとか持っている知識と結び付けるのが精一杯だった。
だが、時折思わず叫びたくなるようなキャラが、人物が出てくるのである。
それがまさに心願寺 紅その人であった。
対魔忍紅という対魔忍アサギシリーズの一つの作品に出てくる主人公。
心願寺幻庵という名前から、強く連想させたのはまさに紅であった。
ヴァンパイアハーフでありながら対魔忍として生きる異端の存在。
その出生故に人間では到達不可能な身体能力を持ち、後に心願寺幻庵から受け継いだ二刀の小太刀を操る美少女。
強靭な身体能力と剣術、更には魔眼までもを有する彼女は絶大なる戦闘能力を誇る。
対魔忍決戦アリーナでは最後まで深い関わりを持たずに終了。
対魔忍RPGではまさかの少し年上の幼馴染として知名度及び人気を高めることとなった人物である。
まさか本当に会うことになるとは、想像すらしていなかった俺にとって彼女の存在は精神に大きなダメージを与えるに十分過ぎた。
しかし、そんな彼女を前にしても俺は何も話せない。
ただ頷くのみである。
普段聞いたこともない威厳のある声で進行していく頭目とその側近による挨拶は、この世界を夢のように感じていた俺を嫌でも現実であるという事実を叩きつけた。
俺の紹介が恙無く終わった後、駕籠に乗せられてからも俺は今一つ叩きつけられた現実を受け入れることができないでいた。
やはり、対魔忍という空想の世界だったはずの存在が、今まさに自らが住まう世界に存在することが。
自らがその世界に存在する一部であることが、受け入れにくいものであるというのは当たり前であった。
受け入れなければ、この先生き残れないであろうという、確かな確信は胸に抱きながら俺は屋敷へと戻った。
更新遅くなりまして本当にごめんなさい。
まずは謝罪をば。
引っ越しやら仕事やらで書く時間が取れませんでした。
たくさんの魅力的なゲームにかまけていたのもあります…
今年楽しいゲーム出過ぎなんだもの
誤字・脱字ありましたら修正いたしますのでご連絡ください。