「あらあら」
まだ元の姿に戻る気配のない火月は朱乃の膝を枕にして小さく寝息を立てながらお昼寝を満喫していた。
そんな火月を朱乃は愛おしそうに優しく頭を撫でる。
そんな二人の様子を火月の様子を見に来ていた一誠はリアスに言う。
「なんだか朱乃さん、嬉しそうですね」
それこそ母親が我が子を愛でるかのようにご満悦そうにしている朱乃。そんな二人を見ながらリアスは一誠に言う。
「嬉しいのでしょうね。火月があんな姿になったとはいえ、自分に甘えて、頼ってくれるのが。普段の火月ならそんなことさせてもくれないもの」
普段から火月はしっかりしている。
誰かに甘えるよりもむしろ甘やかす方だし、誰かに頼るようなことも滅多にない。大抵のことは一人でできてしまうから。それが朱乃には不満だったのだろう。
「姉の威厳とまでは言わないでしょうけど、弟にああして甘えて欲しいと思っていたのでしょうね」
もっと姉に頼って欲しい、甘えさせて欲しい。姉として弟の手助けをしたい。その不満を朱乃は心のどこかで抱えていた。
だけど今は、体も記憶も幼くなっていることもあって甘えてくれることが姉として嬉しいのかもしれない。
「俺も火月の手助けができればいいんですけど……」
「火月、男の人には触れさせようともしないものね」
命懸けで
男が俺に触れるなと、言わんばかりに男の手を叩く。
今でも火月が懐くヒトは姉である朱乃とグレイフィアだけ。それ以外のヒトはそうでもない。積極的に面倒をみようとするリアスでさえも最近になってようやく甘え始めてきたところだ。
「でもイッセー、今はまだできることは少ないでしょうけど、いずれあなたの力も頼る日もあるかもしれないわ。その時はお願いね」
「はい、部長」
自分の眷属を励ますリアス。するとアザゼルがやってきた。
「よぉ、おまえら。火月の様子はどうだ?」
「先生!」
「おう、イッセー。お前もこっちに来てたんだな」
アザゼルの登場にリアスは早速と言わんばかりにアザゼルに尋ねる。
「それで? 火月が元に戻る方法は見つかったのかしら?」
「見当はついた。だがその前に朱乃、お前に会わせたい奴がいる」
「私に……?」
首を傾げる朱乃。アザゼルが身を横に移動すると二人の男女が姿を現す。その二人を目視した瞬間、朱乃は手で口を塞ぐ。
男の方は朱乃と火月の肉親、父親のバラキエル。
「朱乃」
朱乃とよく似た二十代前半の女性の名を朱乃は口にする。
「朱雀姉さま……ッ!」
朱乃と火月のいとこに当たる姫島宗家の現当主――姫島朱雀本人がそこにいた。
「どうして……」
ここにいるのか? その疑問を投げる前に火月が目を覚ました。
「とうさま!」
寝惚けた眼を擦り、父親の姿を目撃した火月は父親めがけて駆け出し、抱き着く。
「火月。話は聞いてはいたが、本当に……」
自分の息子が子供に戻った。その報告は聞いてはいたバラキエルではあったが、実際に目の当たりにして驚きを隠せない。しかし、懐かしくもその大きな手で火月の頭を撫でると火月も嬉しそうに目を細める。
「あらあら、火月ったら懐かしい姿になっちゃって」
朱雀もまた懐かしそうに火月を抱きあげる。すると火月もまた満面な笑みでコアラのように朱雀に抱き着くのだった。
「朱乃。色々と積もる話もあるでしょうけど、今は私よりも話すべき相手がいるでしょう? バラキエルさんも今はお仕事のことは置いておきましょう」
そう告げる朱雀に父娘の視線が自然と合う。
「……はい」
「わかった……」
二人は幼い火月を朱雀に預けて場所を移した。
場所を移した二人は互いに向かう会う様に座ったまま無言を貫いていた。
互いに顔を俯かせて何を言えばいいのか、思い悩むなかで先に沈黙を破ったのは朱乃だ。
「ごめんなさい……」
「あ、朱乃」
娘が頭を下げたことにバラキエルは戸惑いながら頭を上げさせようとするも先に朱乃が言葉を続けた。
「父さまが悪くないことぐらいわかっていた。けど、そう思わなければ、私の
本心を父に語る。
「私は火月のように強くなれない。ずっと父さまのことを信じている火月のようには……だから、父さま。あんな酷いことを言った私が今更、父と呼ぶのは不快かもしれません。ですが、ずっとあなたのことを信じている火月だけは愛してあげてください」
酷いことを言ったその自覚は朱乃にはあった。父親であるバラキエルは何も悪くはないことぐらいわかっている。それでも父親に向かって酷いことを言った、つい最近まで憎しみの感情すら抱いていた朱乃に今更父親の愛情を求めるのは筋が通らない。だからここで絶縁だと言われてもそれを受け入れる覚悟は朱乃にはあった。だけど、火月は違う。
火月は今でも父親に憎しみも嫌悪感すらも抱くことなく父親を信じている。だからせめて弟だけには父親の愛情を与えて欲しいと朱乃はバラキエルにそう懇願する。
そんな朱乃の肩にバラキエルは手を置いた。
「頭を上げなさい」
静かな口調でそう告げられ、朱乃は頭を上げる。
「私の方こそすまなかった」
すると今度はバラキエルの方が頭を下げた。
「まだ幼いお前達に大変なものを背負わせてしまった。父としてお前達に返す言葉もない」
バラキエルは覚悟していた。
自分の子供達に罵詈暴言を吐かれるかもしれないと、だけどそれは仕方がないことだと思い、受け入れる覚悟をしていた。
もっと早く帰っていれば、そもそも仕事に行かなければあんなことにはならなかった。
そのせいで朱乃、特に火月には過酷な想いをさせてしまった。
「おまえたちさえよければ、また父と呼んで欲しい……」
「父さま……」
抱きしめ合う父娘。もう何年も感じることすらなかった父の温もりに朱乃の頬から涙が零れ落ちる。
「朱璃のことを……おまえたちのことを……一日たりとも、忘れたことなどないよ」
「はい……」
紡がれた親子の絆。
部屋の前にいたアザゼルはそっとその部屋から離れていく。
「よかったな、バラキエル」
本来ならこうはならなかっただろう。それだけ根が深い問題だった。だけど、火月がずっと父親を信じ、姉を守り続けてきたからこそ引き離れていた家族の絆はまた紡ぐことができた。
「いい息子を持ったじゃねえか」
だが、全ての問題が解決したわけではない。
先の一件。一誠の
何故、今になってその力が目覚めたのか? その力を覚醒した火月を姫島家はどうするのか?
「悪いようにはならねえとは思うが……」
現当主が朱雀である以上、悪いようにはならないだろう。それでも悩みは尽きない。