「あ、おかえり天都君」
「茉優、と皆さんお揃いで」
理事長との報告会を終えて真っすぐ寮まで戻ると、自分の部屋へと帰ろうとする私に声をかける影が一つ。完全に階段の方へと脚が向いていた私が声がしたロビーへ振り返ると、そこには声の主である茉優と朝食で同席した面々──暁君と恭平君の姿は見られない──が揃っているようであった。集うテーブルにお菓子の山が築かれていることから察するに、恐らく女子会を開いていたのだろう。
「おかえりなさい紀先輩。どうです? 折角ですし先輩も」
それから、在原先輩と周防先輩には逃げられちゃいまして、と残念そうに言葉を零す壬生さんにも声を掛けられた。誘いの言葉とお菓子の山を手で示す様子から考えて、彼女は女子会へのエントリーを希望しているようだ。何故か私へと向ける瞳に何かへの興味の色が強く滲んでいるのを隠せていない。
「是非とも……と言いたいところだけど、ちょっと今は用事があってね」
「そうでしたか」
しかし、皆と楽しく甘い物を摘まむのは実に魅力的な提案であるが、今は個人的に優先しておかねばならないことがあるのもまた事実。参加するどころか、寧ろ今からメンバーを引き抜いていくことになるだろう。浮足立つ心は茉優にも先程の話し合いの内容を共有しようとして、ほんの少しだけ高揚していた。
「そういうわけで、ちょっと茉優を借りて行っても良いかい?」
「へ? アタシ?」
そして、その気持ちに任せて私は再び茉優へと意識を向ける。そのまま私が去っていくと思っていたのか、名前を呼ばれた彼女はキョトンとした顔でこちらを見上げてきた。
「ちょっと大事な話があるから、少しだけ時間貰える?」
「……ふぇ?」
そんな彼女に私はそう口にすると、何故か茉優は手にしていたクッキーをぽとりと膝の上に落としながら、可愛らしい声を上げる。それと同時に、その場に居合わせている後輩たちも、妙な表情をして一瞬座っている椅子から腰を浮かせたように見えた。
──何か変なことでも……。
言っただろうか。そう思考が終えるよりも早く、私は自分の失言に気が付く。正確には、彼女たちの反応を見て、そういう意味の発言とも捉えられてしまうと気付いたのだが。
「……言葉が足りなかったね。さっきの理事長との話について、茉優にも伝えておきたいことがあって」
「あぁ……び、ビックリした……」
続く補足の言葉に、茉優は自身の胸に手を当てながらホッとした表情を顔に浮かべた。私も状況を考えずに迂闊な発言をしてしまったものだ。よくよく考えれば、今急ぎ伝える必要性はあまりないことであるし。
なので、明らかに落胆の色を見せて座り直す少女たちも、期待させやがって、とでも念を込めた視線をこちらに飛ばさないで欲しい。昨日のこともそうだが、私と茉優はただの幼馴染なので。
「悪いことしちゃったね。ごめん、また出直すよ」
「う、うん、また後で……?」
楽し気な空気を変な感じにしてしまったのを詫びつつ、私はその場から一旦去ることに決めた。既に邪魔をしてしまった後ではあるが、これ以上此処にいると何かいけない予感がする。
そこまで焦って伝える必要は無いと思い直し、とりあえず部屋に戻ってから茉優に改めて連絡を入れることにしよう。そう思いながら、私は背中に刺さる視線を無視して階段を上っていくのであった。
「はーい」
響くノック音に声を返す。来客の正体は分かっているのですぐに扉を開けると、そこにはやはり茉優の姿があった。
あれから結局、茉優に連絡を取って夜に集まることになり、私は自室で暇を持て余すこととなる。とは言っても、理事長からの話や自分の仮説を整理している内に夜になってしまったのではあるが。今は、もう食事もお風呂を終えて、私の部屋に来てもらったところだ。本来なら風紀的な観点からロビーに集まる方が好ましいが、この話を万が一にも漏らす訳にはいかないのでこうする他なかった。
「あれから、大変だったんだからね?」
「ごめんごめん、本当に悪かったよ」
部屋の中に招き入れたタイミングで、茉優から不満気な声が上がる。何が大変だったのかは明確に口にしていないが、今朝のことであるのは容易に想像出来たので、私は素直に謝罪の言葉を口にした。思えば、茉優を生贄に捧げて逃げ出した形になるわけであるし。年頃の女の子たちのそういう話への興味を侮ってはいけない。
尤も、茉優自身もほとんど形だけの、怒りとも呼べないぐらいの感情でしかなかったようなので、謝罪は素直に受け取ってくれたみたいだ。いつもの調子に戻った茉優を見て、私はホッと安堵の息を零す。
「それで、話って?」
二人分の飲み物を用意してテーブルを挟んで向かい合ったところで、茉優はそう切り出した。結果的に今朝から待たせてしまったこともあってか、その真剣な顔付きの裏には隠せない興味の色が見え隠れしている。
「この前、私が逃がした侵入者がいただろう」
「っ、……うん」
茉優を焦らす意味もないので、私はすぐに前置きから話し始めることにした。その際、その時のことを思い出してか、茉優の表情が少しだけ強ばっていく。そのことに申し訳ない気持ちが胸に溢れはするが、コピー繊維絡みのことを一切話していない以上、この話は避けて通れない。なので、心配してくれていることを有難く思いつつ、私は話を進めていく。
「その侵入者、二人いてね……その二人ともが、全く同じ能力を使ってたんだ」
「それって……」
続く言葉、それもアストラルに携わる者であれば、それがどれだけ異常なことかすぐに分かる内容を聞いて、茉優はその翡翠の瞳を丸くした。それでも、過度に口は挟まずに私の言葉を待っているようだ。
「それに、視えたアストラルパターンも全く同一のもの。似ているとかそういうレベルじゃなくて、全く同じだった」
茉優の言外の意に従い、更に私は話を深めていく。私が目にした異常現象に、茉優が息を呑む音が静かな部屋に響いた気がした。
「それで、そのことを理事長に伝えて調べてもらったんだ。侵入者の正体を探るのは勿論、それが琴里を救う一手になると思ったから」
「琴里、を?」
そして、突然飛び出した琴里の名前に茉優の瞳が動揺で大きく揺れる。無意識に伸ばした手はテーブルの上で私のそれと重なり、浮いた腰で前のめりになって早く続きをと無言でせがんできているみたいだ。
「調べてもらって分かったことは、アストラルをコピーする研究が実際に行われていて、それが何か大きな存在に揉み消されてしまったってこと」
そこではないとばかりに、茉優は重ねる私の手をギュッと握りしめた。焦らしているわけではないのだが、茉優は私以上に逸る気持ちを抑えきれていない。降って湧いた希望に縋りたい気持ちは私も痛いほどに分かるが。
「そして、私は理事長からの密命で、そのアストラルをコピーする物質を秘密裏に研究、開発することになった」
「それで、どうやって、琴里をどうやって助けるの……?」
総てを言い切る前に、茉優は握る手の力を更に強くする。茉優の驚くほど小さい声は、色々な感情を一緒くたにして震えていた。
「暴走のメカニズムは、茉優も知ってるよね?」
投げかけられる私の問いに、茉優は何度も首を縦に振る。二年間手を尽くしている研究に関することを、優秀な茉優が忘れるはずがない。
「当然、リンクのメカニズムのことも」
「知ってる、知ってるよ! アストラルは脳機能の一部で……アストラルへのリンクは……」
説明の最中、もう待ちきれないとばかりに茉優は声を荒げる。しかし、その言葉は自身が口にした内容に引っかかって、尻すぼみに消えていった。どうやら、説明が終わる前に彼女も答えに辿り着いたらしい。
「まさか、暁君の能力で……?」
「そう、その物質と暁君の力を借りて、暴走を抑え込むことができるんじゃないかって」
呆然とした様子のまま、茉優は私たちにとって近しい人物の名前を挙げる。すぐに話が繋がったのは、彼女もまた、他とない彼の能力に強い興味を持っていたからだろう。
「暁君に、この話は?」
「まだしてないよ。秘密裏に進める以上、研究が軌道に乗るまでは彼にも話すつもりはない」
覚束ない口で私にそう問う茉優の言葉に、私はハッキリとそう言い切った。最終的には話すことになるだろうが、今はまだ暁君にも話すべきではないと判断したからだ。
情報は絶対に漏らさない覚悟で研究を進めるつもりではある。しかし、仮に露呈してしまったリスクを考えると、それを暁君にまで背負わせるべきではない。彼はこの件には本来何の関わりもないのだから。
そういう意味ではできれば茉優も関わらせたくはないのだが、如何せんアストラルが絡む都合上、私一人では限界があることと、これが琴里を救うための研究であることが私の中で茉優を関わらせないという選択肢を剥奪した。自分の与り知らぬところで事が進むのは、琴里の暴走に必要以上に責任を感じてしまっている茉優の精神にとって良くない影響を与えるであろうから。
「絶対に、誰にも話さないと誓った上で……茉優は着いてきてくれる?」
「琴里を助けるためなら、何だってする……!」
真っ直ぐ茉優の瞳を見つめて私は彼女に問い掛けた。返ってきた答えは、私が予想していたものと寸分違わず同じである。手に込められる力と瞳に宿る意志は、怖いほどに強かった。
「それじゃあ、話を詰めていこうか。明日から早速始めるよ」
「うんっ」
此れより、私と茉優は運命共同体だ。理事長からの追加の情報が無ければまだ本格的な研究は始められないだろうが、それでもできることはたくさんある。絶対に失敗できない密命を前にして、私と茉優は今まで以上に琴里を救う誓いを強くするのであった。
カーテンの隙間から覗く夜空は、闇夜の中でも輝く星を映している。その日の話し合いは消灯時間のギリギリまで続いた。
楽しい女子会の様子も書こうと思ってたけど、長くなりそうなので敢え無くカット。といいつつ、後で加筆する可能性はある。
ちなみに、茉優先輩が
【ColumnX】-天都君の設定その6-
結構重度の甘党。アマトだけに。は?
冗談はさておいて、頭脳労働が多いので常に糖分補給できる何かしらを持ち歩いている。また、お昼は甘い物を求めて割と頻繁に第四寮に出没している。それに付き合わされる茉優は最近お腹周りを気にしているらしい。でも一人でご飯は寂しいので着いて行く。