それにどこかで見たことあるタイトルだなお前。
皆さんのおかげで無事赤評価が付きました。ご愛読まことにありがとうございます。
えっちシーンまであと30話ぐらいかかりそうなのが死ぬほど申し訳ないです(仕事をしないR-18タグ)。
「お、来た来た」
茉優と空き時間を過ごしているところに先生がやって来る。それから更に少し経って、ぞろぞろと更衣室へと姿を消していく後輩たちを、私は茉優と並んで眺めていた。さて、ようやくお仕事の時間だ。
「うぅ……やっぱり帰りたい……」
「ほら、ちゃんと綺麗なんだからシャキッとする」
そして、二十人ほどの後輩の姿を見ていると案の定茉優の発作がぶり返し始める。ここまで来ると逆に褒め殺しにしてやろうかと思いつつも、今はそれを頭の隅に追いやって私は丸まる茉優の背中を軽く叩いた。
「本当に思ってる?」
「お世辞を言わないタイプなのは茉優が一番知ってるでしょ?」
「それは……確かに」
叩かれた背中を軽く擦って、恨めしそうにこちらに言葉と視線を飛ばす茉優に、私は逆に問い返す。伊達に十年以上傍で過ごしてきてないので、茉優もそれは分かっているらしい。ここ最近連続して褒めているせいか、今日は少し素直みたいだ。
「それでは式部さん、紀君。後はお願いしますね」
「分かりました」
そうこうしているうちに授業の説明を終えたようで、先生は気持ち大きな声でこちらに呼びかけてきた。それに短く返事をしてから、私は意識を茉優から暁君たちの方へと向ける。
「それじゃあ、二人ともこっちに来て」
離れた位置から編入生二人を手招きで呼ぶと、二人は顔を見合わせてからこちらへと歩いてきた。一日見ていないだけで何だか久しぶりに会ったような気がする。それだけ昨日の出来事が濃かったということか。
「こんにちは、天都先輩、茉優先輩」
「こんにちは」
十分に近づいてきたところで、暁君の固さが取れた声が木霊する。その態度は先日の茉優との会話で慣れたおかげか、もうすっかり昔のような近しさを感じるような気がした。
「それで、何するかは聞いてる?」
「リンク値の測定をするってことは聞いたけど、どんな測定をするかまでは。もしかして、後ろのそれが?」
流れのまま、私は暁君に問いを投げかけると、一応の説明は済んでいるようで、私たちの後ろにあるそれなりに大きい機械に目を向ける。何を隠そう、これがリンク値を測るための器具だ。
「そう、これを使って君たちのリンク値を算出するのさ」
「何と言うか、結構仰々しいものなんですね」
「まぁ、これは初期型だから。でも、性能は最新のものと変わらないから安心してね?」
その暁君の問いを受けて、茉優は得意気に機械へと繋がれた計測器を持ち上げて、それを二人に見せつけた。まだ橘花学院でしか見られない──つまり初めて見る代物に、暁君も在原さんもまじまじと視線を釘付けにさせる。
在原さんの指摘の通り、これは現行最新型のものと比べるとかなり大きい。今は小型化が進んで小さくなってきているのだが、計測性能自体は然程差が無いことと、まだ初期型が導入されて半年も経っていないことから、授業においてはまだこの型が使用されているのだ。精密機械とはいえ、耐用年数はまだまだ残っている。
「それじゃあ、早速測っていこうか」
話もそこそこに、茉優はまず暁君に計測器を手渡した。グリップ状のそれを握って不思議そうに眺める姿は実に少年らしい。
「それでそのまましばらくじっとしててくれる?」
「何もしなくていいのか?」
「そうそう、そのままそのまま」
そして、茉優の指示を聞いた暁君は訝し気に問いを返す。能力は発動していなくてもリンク自体はしているので、リンク値を算出するのはそれで十分だ。というか、いちいち能力を発動しなければ測れないのであれば、発火能力者や放電能力者を対象にした場合、毎回機械が壊れることになるだろう。
「よし、計測できた。じゃあ次はプールに浸かって」
すぐに地上での計測を終えて、今度は水中での計測に移っていく。風蘭時代は反発されることも多かったので、素直に言うことを聞く暁君を見るのは新鮮な気分だ。
「よしよし、水中での計測もこれで終わりっと。それじゃあ次は七海ちゃんの番だね」
計測の邪魔にならぬよう若干距離を取って、私はその光景を静かに眺めていた。何も起きないことに越したことはないのだが、やはりこの時間はいつも手持無沙汰になってしまうな。
「天都先輩」
「ん、計測お疲れ様」
「思ってたより簡単なものだったし、そこまでは」
「それもそうか」
そんな寂しい私に、計測を終えた暁君が話しかけてくる。彼の水に濡れる身体はほど良く鍛えられているようだ。ゆっくりと言葉を交わしながら、私はそんなことを思った。
「おぉ、やっぱり在原さんの光は強いなぁ」
男二人で並んで計測を見ていると、私の目を一際大きい光が照らす。その輝きの強さに、私は思わず感嘆の声を漏らした。うっかり能力を発動させたみたいだが、干渉力だけで見れば在原さんは琴里にも匹敵するかもしれない。思い出に映る彼女の光が、私の脳裏を焼く。
「前から気になってたんだけど、その光ってのはどういう風に見えてるんだ?」
「うん? 気になるかい?」
その私の独り言を拾った暁君は、そんなことを私に問い掛けてきた。ぼんやりとしていた私は意識を現実に引き戻され、在原さんから視線を外して暁君の方へと顔を向ける。
「前は何処まで話したっけ?」
「えっと、確か干渉を受けた粒子に色がついて見えるってことぐらいだな」
「なるほどなるほど」
話の種として利用するために、私は暁君に"体質"について何処まで教えていたかを尋ねた。返ってきた答えは、極々少ない情報であったが。まぁ、検査の時に重要だったのは解析能力の方であったし、そんなものか。
「リンク値については話したっけ?」
「そっちも、詳しいことはまだよく分かってない」
学院外では聞いたことがない言葉だったし、と暁君は言葉を綴る。橘花学院は日本で唯一アストラル使いを受け入れている教育機関であることから、そういった方面での教育も最先端だ。リンク値についても割と最新に近い研究内容であるし、この前編入してきたばかりの暁君が聞いたことが無いのも当然である。
「聞く限りではアストラルとのリンクの強さを数値化したものに聞こえるけど、そういうことなのか?」
「まぁ、ざっくりと言えばそういうことになるけど……」
そして、好奇心を瞳に宿す暁君は自分なりの推論を私に言ってみたようだ。その当たらずとも遠からずな予想に、私は講義を始めることに決めた。
「そもそも、暁君はリンクがどういうことか知ってる?」
「……大脳に変化が見られたヒト、つまり、アストラル使いが持つ脳機能の一部で、それを行うことでアストラル使いは能力を行使することができる……?」
「そういうことだね」
教科書でも割と最初の方に載っている内容を暁君に聞いてみると、彼は一瞬の間を置いてからそれを思い出すように口にしていく。基本は確りできているようで、私はそれを聞いて満足気に頷いた。
「でも、それだけじゃないよね?」
「えっと……能力者じゃなくても無意識にリンク自体は行っていて、能力の発動に至らなくても、アストラルエネルギーを発している」
「そう、そのリンクによって発生するエネルギーの総量を数値化したものがリンク値ということだね」
しかし、それでは不十分であると続きを誘導すると、暁君は検査の時に茉優も話していた内容を諳んじる。記憶力の良い暁君に、私は素直に感嘆の念を抱いた。
「要は、理論上その人が生み出すことができるエネルギーの総量ってこと。私の目もリンク値が高ければ高いほど、能力者がより強い光を発生させているように視えてるよ」
説明の締めを括ると、暁君は合点がいったように指を顎に当てたまま何度か頷いて見せる。小学生の頃はあまり勉強が得意な子ではなかったが、元々物覚え自体はかなり良い子なのだ。彼の場合単にやる気の問題なので、興味を持たせることができれば彼の脳は理解力をこの上なく発揮してくれる。
「つまり、リンク値が高ければそれだけ能力も強いってことか?」
「それはまた別の話でね」
そして、暁君は興味を持ったことへの好奇心は結構強い。新たに彼の中で湧いた疑問をすぐに私へと投げかけてきたことからも、それはよく分かった。
「大量のエネルギーを生み出すことができるからと言って、必ずしもその総てを運用、制御できるわけではないんだ」
「えっと、発生しても使われずに無駄になっているエネルギーもある……ってことでいいんだよな?」
暁君は私の言葉を彼なりに噛み砕いてそう表現する。的確に余剰エネルギーのことを示す表現に、私は微笑みながら頷いた。
「例えば、ちょっと極端な話になるけど、二人の同じ能力を持つアストラル使いがいたとしよう。片方はリンク値が200あって、その30%しか使うことができなくて、もう片方はリンク値が100でも、その80%を制御できるとしたら、暁君はどっちが強い能力と思う?」
「それは、勿論100の方が強いと思うが……」
「そういうことだね」
考えるまでもなく分かることを例に出して、私は暁君の好奇心を満たすための講義を続けていく。どれだけエネルギーを生み出せても、それを上手く使えなければ宝の持ち腐れというわけだ。勿論、高ければ高いほどに受けられる恩恵もあるのだが。
「将来的にどうなるかは分からないけど、少なくともその時点ではリンク値が少ない方が強い。だから、リンク値の大小が能力の強弱に直接繋がるわけではないんだ」
「なるほど……」
兎にも角にも制御能力が大事になってくるという話に、暁君は神妙な顔で頷く。暁君の光量と能力運用の様子を視た限りでは、彼にその心配は必要なさそうではあるけど。
「ん? ということは、何らかの方法で制御力を身につければ、能力が強くなるってことでもあるのか?」
「そういう事例も、幾つか確認されているね」
「茉優」
そして、仄めかした新たな芽に目敏く気が付いた暁君は、重ねて私に問いを投げかけてきた。しかし、説明を再開しようとする私を遮って、検査を終えた茉優が白衣のポケットに手を突っ込んだままこちらへと歩いてくる。
「検査は終わったかい?」
「それはもうばっちり」
私の問いに、茉優はウィンクを返答としてきた。プールサイドに手を突き、ザバと音を立てて水中から脱した在原さんを見る限り、彼女の測定も終わったようだ。
「そうだね、暁君は自転車に乗ったことある?」
「あるけど、それがどうかしたか?」
説明に熱中していた私と選手交代し、今度は茉優が暁君への講義を始めた。プールから上がった在原さんもそれに参加するつもりらしく、彼女はそっと暁君の隣に並び立つ。微笑ましい兄妹の姿に、何か温かいものが胸に広がったような気がした。
「自転車に乗り始めてすぐの時と、乗り続けてしばらく経った時とをイメージしてみて。その二つを比べてみて運転する自分の中で違うものって何だと思う?」
「……慣れの問題、かな?」
自信無さげな暁君の言葉に、茉優は一つ頷きを返す。要はそういうことである。
「始めは上手く真っ直ぐ進めなくても、毎日乗り続けていればゆっくり走らせててもふらつかなくなる。初めはスピードを出すのが怖くても、乗っていればスピードを出しても大丈夫になってくるし、どれぐらいなら安全なのかも分かってくるよね?」
「まぁ、そうだな」
茉優が挙げる、アストラル能力でも重要になってくる感覚的な理解や経験知に関する比喩に、暁君は言葉を返しながら、在原さんは無言のまま理解を示した。その反応に機嫌を良くした茉優の講義はまだまだ続く。
「それは慣れが何かを扱う時の心の余裕を産み、運転者に一つ上のレヴェルの制御能力を齎した。要は、そういうことがアストラルにも言えるってこと」
自転車に限らず割と何にでも言える話だが、反復した練習が大事になってくるという話だ。個人の感覚的なものに依る部分が多いアストラル能力にとって、それは余計に大事だということである。
「制御能力が高まれば、必然的に持て余しているエネルギーも運用できるようになって、結果的に能力も強くなる。だから、リンク値が高い方が可能性が広いってことは否定できないね」
「なるほど」
そして、茉優が参加してきた辺りで暁君が呈した疑問に彼女は答え、更にそこへ私が説明しそびれたことを補足していく。知識を吸収していく暁君の顔は、僅かに微笑みが浮かんでいた。
「自転車の話で繋げるなら、リンク値は自転車そのもので、制御能力は運転者の技術ってとこ。小さいリンク値がママチャリで、大きいリンク値が競技用の自転車って言えばいいのかな」
「確かに、幾ら上手くてもママチャリじゃウィリーは難しいもんな」
最後の茉優の締めの言葉に、暁君は自分なりの解釈を口にしながら納得顔を浮かべる。多分、茉優は出せるスピードで出力のことを表したかったのだと思うが、暁君が納得しているならそれでもいいか。
「タメになったかい?」
「あぁ、分かりやすくて面白かったよ」
「わたしも、初めて聞く話で凄く興味が湧きました」
講義が終わったところで、すっかり役目を奪われてしまった私は、二人へと講義の感想を尋ねる。返ってきた答えは大好評だったようで、視界の端で茉優のドヤ顔が輝きを放っていた。
「何か気になることがあったら、私たちだけじゃなくて先生たちにも疑問をぶつけてみるといい。最先端の研究に進んで取り組んでるだけあって、興味関心が強い子の話は喜んで聞いてくれると思うよ」
「分かりました」
意外と言っては悪いが、直近の記憶ではここまで熱心に話を聴いてくれる子もいなかったので嬉しくなりつつ、私はアストラル知識欲の強い二人にそう勧める。今日の昼休みは二人の学生が職員室を訪れているかもしれない。
「さて、話のキリもいいし、二人のリンク値はどうだったか教えてくれる?」
「そうだね、二人も気になってるだろうし」
話も一旦終わり、まだ肝心の彼らのリンク値が茉優以外に判明していないということで、私は柏手を打ちながら話題を切り替えた。計測を終えた二人もそれが気になっていたのか、ハッとした顔をしてから茉優の方へと向き直る。
「えっとね、まず暁君のリンク値が56で、七海ちゃんのは207」
こっちは地上での結果、と言いながら、茉優は入力されたデータを二回目の方へと移した。
「それで水中だと暁君が53で、七海ちゃんは108だね。暁君のはほとんど誤差だけど、七海ちゃんは大きく下がっちゃうみたい」
「少しだけ話には聞いていたのでそこまで驚いてはいないんですけど、何で水の中に入るとリンク値って下がるんですか?」
やはりというか、ほぼ半減レベルまでリンク値が差を見せた在原さんは、自分の中に湧いた疑問を真っすぐに茉優へとぶつける。優秀な生徒を目の前に、茉優はにこにこと笑みを絶やさない。
「通常、リンク値は上がりも下がりもしないっていうのが、現段階での多数説なんだよね」
「下がりもしない……? で、でも、わたしのは確かに……」
再び始まる茉優の講義に、在原さんは早速首を傾げた。自分が目の当たりにした事実と真逆のことを言われれば、それはそうなるだろう。勿論、話はここで終わりではない。
「まぁ、これは平常時のリンク値……とりあえず基準値とでも言っておこうか。その基準値における話なんだけど、下がることに関しては一部例外があるの」
続く茉優の言葉に、在原さんは困惑顔を元の色に戻す。何かを知ることにおいて、前提の知識を知っておくことはとても大切だ。
「といっても、この辺りは論文も書いた天都君の方が詳しいんだけどね」
そう言って、茉優は待機していた私へと教導役のボールをパスしてきた。茉優の誘導に釣られてこちらを向く二人は、少し驚いたような表情をその顔に貼り付けているようだ。兄妹お揃いの反応が微笑ましい。
アレはまだリンク値の概念も無く、私の提唱した干渉力という言葉が一人歩きしていた──学会の方ではまだたまに使う人もいるらしい──頃。正確に言えば三年前のことだが、私は環境の違いが与えるリンクへの影響を調べていたのだ。茉優や琴里を筆頭に、様々なアストラル使いに協力してもらって、色んな状況設定で干渉力の違いを調査したのだが、その過程で水中でのリンクのぶれを調べる機会もあった。
「まず二人に聞きたいんだけど、今まで能力が発動しにくかったってことに、何か心当たりはある?」
本来は無断の能力の使用は禁止されていることには敢えて目を瞑りつつ、私は二人にそう問いかける。在原さんは分からないが、暁君にはいっぱい思い当たることがあるんじゃないだろうか。
「怪我してる時とか、痛みに意識が割かれる状態だと発動が遅いと感じることはあったと思う」
「暁君、外ではいっぱい喧嘩してたからねぇ」
「うぐ……」
やはりというか、幼い頃はそういう方面で能力を使っていた暁君は心当たりがあったようだ。私の指摘に気まずそうにするのを見て、私はふふっと笑う。
「わたしも、焦ってる時にはそういう経験があったような気がします」
「ふむ、怪我してきた暁君を見て、急いで治そうとしたってとこかな?」
「そ、そんなところです」
そして、意外にも在原さんもそういう経験があるらしい。
「二人とも思い当たったことがあるなら想像しやすいと思うんだけど、その時っていつもより集中がしにくい状況じゃなかった?」
痛みに意識を割いていたとさっき言っていた暁君は言わずもがな、焦燥感に煽られて集中を削がれたことを思い出して、在原さんも気付きを得た顔を私に見せる。聡明なようで何よりだ。
「アストラル能力を行使する際、能力者の集中がキーになっているって話は多分二人とも聞いたことあるよね」
「聞いたことあるし、実際にそうだ」
「……ということは、集中力の低下がリンク値の低下を引き起こしているってことですか?」
「そういうこと」
核心に行き着いた在原さんの言葉に、私は満足気に頷いた。ヒントを与えるだけで答えに行き着いてくれるのを見るのは実に気分が良い。何より説明が楽なので。
想念による操作──この辺りが、発見当初に超能力も一緒くたにしてアストラル能力と称されていた所以である──を伴う能力の行使は、それなりに強い集中力を要するというのは有名な話だ。使い慣れていない人なんかは特にそうだろう。
橘花に来てから粒子への干渉を日々目撃していた私は、ある日、同一の能力者でも発する光が弱まることがあると気が付いた。そこに疑問を抱き、調査を進めていった結果、私は最終的に"能力者の感情の揺らぎがリンクに影響を与える"という結論に行き着いたのだ。要は、強い感情がリンクに必要な集中力に影響を与えるということである。これにより、水中でのリンクの揺らぎに個人差がある明確な理由にも行き着いたというわけだ。
「在原さん、多分プールに入った時に顔が水面ギリギリだったよね?」
「はい、なので少し怖くて……地上より集中できてなかったです」
計測器で測定できるのは、"現在の計測者がリンクによって発生させているエネルギー量"である。決して基準値を測るものではないので、自分に迫る水面へと意識が削がれていた在原さんのリンク値が著しく下がり、身長も高く胸の辺りまでしか水が来ない暁君のリンク値が特に変わらなかったことにも説明がつく。
「とまぁ、リンク値の一時的な低下に関してはこんなところかな」
「ありがとうございます、紀先輩」
余程自分のリンク値の低下について気にしていたのか、在原さんは説明を締めくくる私にお礼の言葉を口にした。ホッとした彼女の顔を見る限り、力になれたようで何よりだ。
「そういえば、基準値が下がることがなければ上がることもないって言ってたけど、どうしてなんだ?」
そこに、
「下がらないのは何となく分かるけど、能力を使い続けていれば基準値も上がったりするものじゃないのか?」
「言いたいことは凄い分かるよ。でも、今のところ基準値が上昇したって話は聞いたことはないね」
あくまで自然には、という言葉を隠して私は暁君に説明を始める。暴走に関する話は、まだ対抗策が出来上がっていない以上トップシークレットなのだ。
「これは学会で提唱された一説なんだけどね」
しかし、ちゃんと説明しなければ納得しなさそうな暁君のために、最近発表された論文の内容について話していくことにした。私自身もそれが有力説だと思っているので。
「全部話してたら長くなっちゃうから端的に言うけど、基準値はそのアストラル使いが運用できる限界値とも言われているんだ」
「限界値……」
だからこそ、外的要因で無理矢理基準値を超えたエネルギーを生み出すようになった能力者は、制御不能による暴走状態に陥るわけだが、それも暁君に伝えるわけにはいかない。私の言葉を復唱する暁君を見て、彼の可能性を私は想像する。
「能力制御が飛び抜けて上手い人に関してはそうとも言い切れないだろうけど、例外の話は今は置いておこう。とにかく、ヒトが脳でリンクを行っている以上、その限界を超えたリンクを行った場合、暁君はどうなると思う?」
「どうって……アストラルに関わる部分を酷使することになるから、脳に強い負荷がかかるとか?」
論文に書かれていたこととそう外れてはいない結論に行き着いた暁君に、私は頷くことで返答とした。暴走者に対して、昏睡によるリンクの強制シャットアウトを行わなければならない理由の多くはこれに尽きる。
「平常時のリンク値をその人の限界値と見れば、リンク値が上昇しない理由も分かるでしょ?」
「脳にはリミッターが沢山あるって言うし、リンク値に関するそれもリミッターの一つなのかもしれないな」
そして、締めの私の問いに暁君は納得顔のままそう呟き、頻りに頷いた。ここまで半ば脅した以上、軽率にリンク値を上げる能力運用はしないだろうが、一応釘を刺しておこうか。
「だから、暁君ももし可能だとしても、リンク値を上昇させることは絶対にしないようにね」
「流石に自らそんな危険に飛び込んだりはしないから大丈夫だ」
当然分かっているという暁君の態度を見る限り、心配は要らなさそうだ。一先ずホッと安堵の息を吐いておく。
「時に暁君」
「うん? どうした?」
それから、連続した質問から転じて、今度は私から暁君に問いかける。それは予想していなかったのか、暁君は頭の上に疑問符を浮かべていた。
「暁君はリンク値の減少には興味はない?」
「リンク値の、減少……」
密命のことを隠しつつ行われる私の問いに、暁君は真意を図りかねるといった感じの声を漏らす。それと聞くだけでは有用性も伝わらない以上、その反応はある種当然である。
「さっきの論文の話とかから薄々分かる通り、天都君はそういう方向での研究を専攻しててね」
「随分変わったことを研究してるんですね」
「自覚はあるよ」
補足するような茉優の言葉に、在原さんは意外だという表情でそう綴った。まぁ、事情を知らなければ在原さんみたいな感想になることは分かっている。アストラルの技術的な転用が研究として盛んな中、私のそれは明らかに異端であるから。
「暁君に協力してもらえれば、リンク値に関するメカニズムも詳しく解明できるかなって思ったんだけど、どうかな?」
「何で、そんなにその研究に拘るんだ?」
そして、なおも行われる私の追求に、暁君は私に一つの疑問を投げかけた。異端だと分かっているなら、何故それを続けているのかという意思を込められたそれに、私は一瞬思考に時を費やす。
「アストラル使いの未来のため」
結局、少し気恥ずかしい気もしたが、私は混じりっ気のない私の本心を明かすことにした。これだけでは実にあやふやで、正確なことは何も分からないけれど、私と茉優と琴里、三人で掲げた人生の至上命題だ。
「アストラル使いの、未来」
「そう、それが私の、私たちの掲げる夢」
圧倒されたように、ゆっくりと暁君は私の言葉を繰り返す。そこに重ねるように、私は自分の言葉を補強した。私たちに含まれる茉優も、それを聞いて神妙に頷く。
今は少し横道に逸れてしまっているけれど、どちらにせよ暴走に対する治療法を確立することは、アストラル使いが堂々と生きていける世の中にするために必要なことだ。掲げる目標に偽りはない。
「……俺の力も、そういう形で誰かの役に立てるのかな」
「暁君?」
やがて、ぽつりと呟く暁君の声が、プールサイドの隅で木霊する。雰囲気が変わったそれを間近で聞く在原さんは、少しだけ不安が滲んだ声を漏らした。
「俺も、天都先輩たちと比べるとちっぽけかもしれないけど、能力を人のために使おうって思うようになったんだ。外で暴れていたあの時とは違って、誰かのために」
「人の願いに、小さいも大きいもないよ。暁君のそれも立派で、誇っていいものだ」
独白するような暁君の言葉に、私は思うがままに言葉を重ねる。剥き出しの思いをぶつけ合うようなそれは、
「できるかどうかは分からないけど、それでもやってみるだけやってみたい」
「あれだけお願いしておいて聞くのもアレだけど、いいのかい?」
「方向性は少し違っても、俺も天都先輩たちと似たような想いはあるから」
そればかりってわけにはいかないけれど、と言いながらも、暁君は少しはにかんで私の意志に同調してくれる。真面目な話をして照れ臭くなる姿は、背丈は大きくても歳相応だった。
「それに、天都先輩には恩もある」
「ありがとう、暁君」
そして、続く暁君の言葉に私はお礼を返す。立派に成長してくれた弟分が誇らしくて、胸の奥が温まっていく気がした。
大切な何かがまた一歩、触れ合うほどに近まっていく。
罪悪感とかその辺なのかなって。次話がまた暁君視点なので、その時に諸々のことは明かせると思う。
ところで、茉優先輩視点はまだですか?(自問)
【ColumnXII】-裏話その4-
名字のモデルの"紀貫之"が女流歌人"伊勢"と和歌の腕で併称されていたことから、天都君は琴里さんと同じぐらい優秀。"体質"の解明のために、学院は天都君を一年時から研究に関わらせるようにしていたが、そこから天都君はアストラル分野への興味を深め、二年時に研究室を与えられていた。
ちなみに、琴里さんも同じぐらいの時期に研究職を賜っていて、茉優先輩は琴里さんが事故に遭うまでは二人の、自分も研究室を与えられるまでは天都君の助手役を担っていた。