ところで、R-18タグが仕事する気配が全然無いんだけど、そこのところ、どう?
「おや、恭平君。今帰りかい?」
「あ、天都先輩。それに式部先輩も」
「こんにちは」
校舎を出てから特に寄り道もすることなく真っすぐに帰寮すると、入り口でちょうど見慣れた顔と出くわした。彼の方も私の声掛けで気が付いたようで、お互いにその距離を縮めていく。そして、茉優の挨拶を皮切りにそれぞれが挨拶の言葉を口にした。
「それにしても、いつもに増して大量に買い込んでるね」
そのまま三人で世間話をしながらロビーまで歩いている最中、私はふと恭平君が持つビニール袋に視線が落ちる。ぼこぼこに変形したそれの中身は、私が口にした通りいつものそれより多い気がした。
まぁ、暴食といっても過言でないほどに食べる彼なら、この程度でもすぐに備蓄を切らしてしまいそうではあるが。
「あ、これは僕の分だけじゃなくて」
「お使いかい?」
「はい、隣に新しく入る編入生に頼まれたので」
「あぁ、暁君の分か」
そんな私の指摘に対して、恭平君は片方の袋を軽く掲げながらそう説明してくれた。どうやら、引っ越しの準備に忙しい暁君に代わって買い物をしてきたらしい。いい子である。
「あれ、暁のこと……って、アストラル使いなら担当したのは先輩ですね」
「そういうこと」
一瞬、既に私が暁君を知っていることに疑問符を浮かべた恭平君であったが、私の学院での役職を思い出した彼はすぐに納得した顔に切り替わる。伊達に"第三寮の中性顔の大食いコンビ"として仲良くしてはいない。思い返せば、学院内で一番仲の良い男子は恭平君ではなかろうか。
「それじゃ、天都君に周防君、また夕食の時にね」
「ん、また後で」
「お疲れ様です」
それから、女子のフロアへと上がっていく茉優とは別れて、私たちは三階の廊下を歩いていく。ふむ、同じフロアに住むことになるなら、ついでに暁君の顔も覗いていこうかな。
「暁、戻ってきたよ」
「あぁ、恭平か。今開ける」
318と書かれたプレートが取り付けられた扉を、恭平君が二度ノックする。間を置かずに返ってくるくぐもった声は、やはり暁君のものだ。
「悪い、助かる……って、天都先輩?」
「やあ、さっきぶりだね暁君」
代わりに買い出しに行ってくれた恭平君にお礼を言いながら、暁君が自室のドアを開けた。すると、彼は恭平君の後ろに立つ私に気付いて目を見開く。ふふ、驚いてくれたようだ。特に脅かすつもりはなかったのだけれども。
「なに、私もこの階の住民だからね。ここに暁君が入るって聞いたから挨拶をと思って」
「なるほど、そういうことでしたか」
未だ疑問符を浮かべる暁君に対して私が恭平君と一緒に来た理由を述べると、彼は納得の色を表情に滲ませた。まぁ、研究室であれだけ話した後だからね。
「それじゃあ、私はここで失礼しようかな。308が私の部屋だから、何かあったら何時でも来ておくれ」
「はい、ありがとうございます」
「天都先輩もお疲れ様です」
というわけで、親交を深める二年生二人を置いて私は自室へと戻っていく。あとは若い衆に任せるとしよう。何をかは分からないが。
「ただいまーっと」
一番端にある自室へと辿り着くと、誰もいない部屋に向かってすっかり癖になった挨拶を零す。当然、誰かの声が返ってくるはずもなく、私の声は静寂に溶けていった。
「ふぅ……」
疲れごと吐き出すように溜息を零しつつ、私はやや窮屈な制服を脱いでいく。あ、白衣を着たまま帰ってきてしまった。まあいいや、これは洗濯してしまうとしよう。替えの白衣は後で荷物に放り込んでおかねば。
「今日は……これでいいかな」
少しよれた白衣と汗を吸ったシャツや肌着を、部屋の隅にある洗濯カゴに放り込んだ。それから私は半裸のまま箪笥の中身を漁っていく。そして、私はあまりオシャレに頓着する方ではないので、適当に一番上にあった私服を手早く着てしまう。パーフェクトな寛ぎスタイルだ。
さて、夕食まで何をしようか。
「おや……もしもし?」
『天都君、今から部屋に遊びに行ってもいい?』
ベッドに腰掛け、暇を潰す方法を考え始めたその瞬間。ローテーブルに置いておいたスマホから、聞き慣れた着信音が鳴り響く。目にした液晶に表示された名前は式部茉優。幼馴染からの電話に2コール目で出ると、彼女はそんなことを言った。多分、私同様に暇していたのだろう。
「いいよ、ゲームでもするかい?」
『うん。それじゃあすぐに行くから』
断る理由もない私はそれをすぐに了承して、気分良さげな茉優の声で十秒ほどの通話を終えた。茉優が遊びに来るなら……パーティ系のゲームの準備でもしておくか。
そう思いながら、私はゲームソフトをパッケージごと並べてある棚の方へと移動する。誰かと一緒に遊ぶなら、この手に限るな。
「おや、もうこんな時間か」
「ん~? あ、ホントだ。もう夜ご飯の時間だね」
すぐに遊びに来た茉優と共にゲームに興じていると、ふとした拍子に目にした時計が示す時間は十九時ちょっと過ぎ。つまり、夕餉の時間。それに気付くと遅ればせながらお腹が空いている事実に気が付いた。すぐに間延びした声を出す茉優を立ち上がらせて、私は部屋を出る準備を始める。点呼もあることだし、早いところ食べに行くことにしよう。
「お疲れ様です。式部先輩、紀先輩」
「あぁ、こんばんは、寮長殿」
特に慌てることなく一階まで下りていくと、食堂はぼちぼち人が集まり始めている様子だった。そんな風に疎らに席が埋まり始めている食堂を眺めていると、私たちに声をかける人が一人。言うまでもなく、我らが第三寮の寮長の二条院羽月その人だ。
「今日はカレーかい?」
「はい、今日はチキンカレーだそうです」
「おぉ、それは楽しみだ」
点呼帳の側で立っていた彼女と会話を交わしながら、私は自身の名前の横に丸印を付けていく。ふいっと十個ほど下の列を見てみると、既に暁君たちも下りてきているようだ。再び席の方に視線を送ると、山盛りのカレーに匙を突っ込む恭平君の姿が確認できた。
……若干引き気味の暁君と在原さんは見なかったことにしよう。
「私も今日は沢山食べようかな」
「ほどほどにしておいてください」
「ははは、ごめんごめん」
あれだけの食欲旺盛さを見せられると、負けじとこちらもお腹が空いてくる気がしてくる。しかし、何となく呟いた言葉を二条院さんに拾われてしまった。ジト目で見てくる彼女に免じて、今日はいつも通りの量にしようか。つまり、大盛りである。
他の寮にはないこの制度──食堂のおばちゃん曰く、あんまり美味しそうにたくさん食べる私と恭平君を見て、本来は量の調整ができない夕食でも三段階で量調節ができるようにしたらしい──に対して、若干の後ろめたさを感じている二条院さんの前で言うことではなかったかな。別に二条院さんのせいではないので、彼女が気に病む必要は無いとは思うが、そこは生真面目な彼女らしいと言ったところか。
いや、まぁ、元凶の一端である私が思うことではないのだけれども。
「私たちも相席しても?」
「あ、紀せんぱ────!?」
寮長殿と別れてから、茉優と二人で夕食を受け取ると、私たちは真っすぐに彼らの所へと向かう。早速打ち解けたのか、──在原さんは受け身であったが──楽しそうに話す三人に声をかけると、一早く気付いた在原さんが私の名前を呼び……いや、呼ぼうとして、口を開けたまま固まってしまった。その視線は私が手に持つカレーへと注がれている。
「ふ、二人、二人もいるよお兄ちゃん……」
「見ているだけでお腹いっぱいになりそうだ……」
それから、何やら兄妹漫才を始めてしまった。うむ、兄弟仲は良好らしい……などと内心惚けてみるが、やはり、この量は普通の感覚からすると多いようである。
研究職なのによく動くことを求められる私からすると、身体作りのためにこの量は必須なんだけどなぁ。彼らの正面で不思議そうな顔をする恭平君は、単に燃費が悪いからだけども。しかし、そう考えると確かにあの身体の何処にあれだけの量が入るのかは気になる。きっとブラックホールでも胃袋の中に搭載しているのだろう。前世は間違いなく星の戦士だ。
「どう? 上手くやっていけそうかい?」
愉快な冗談を考えるのもそこそこに、私は目の前の編入生二人に声をかけた。私の隣に腰かけた茉優もそれは気になるようで、小さめのサイズのカレー──ちなみに在原さんも同じサイズだ──に手を付けつつも、視線を二人へと注ぐ。
「はい。恭平もいますし、多分孤立するようなことはないかと」
「あはは、頼りにしてくれてるようで嬉しいよ」
その問いに対して、暁君はリラックスして答えて、それを聞いた恭平君は嬉しそうに笑った。二人は良い友人関係を築けそうで何よりである。
「わ、わたしは……だ、大丈夫でしょうか……?」
一方、在原さんはそんなことを言いながら蒼い顔を私へと向けた。人見知りする彼女にとって、やはりこういうイベントは鬼門らしい。どうにか助けになってやりたい気持ちはあるが、学年が違うとどうしてもなぁ……。
「あ、壬生さん、ちょっと今大丈夫?」
「紀先輩? どうかしましたか?」
そんなところにちょうど通りかかる影が一つ。私は明るい印象を与える見た目と、容貌違わぬ高いコミュニケーションの兼ね備えた少女──壬生千咲さんを呼び止めた。お昼時に第二寮でよく会う彼女は視線を動かして席を探すのを止めて、キョトンとした顔をこちらに向ける。
「何だか珍しい組み合わせですね」
「珍しいというより、初めての組み合わせだね。こちらの二人は今日からの編入生だから」
普段見ない編成──ここのところは朝と昼は茉優と食べて、夜はそこに恭平君が加わることが多い──に壬生さんは不思議そうな顔をしながら、同級生である在原さんの隣に腰かけた。ちなみにカレーの量は少なめだ。この場の女性陣は少食らしい。
「なるほど、そういうことでしたか」
「それで、壬生さんにお願いがあって……」
短い説明で得心した壬生さんに、私は更に言葉を重ねる。そして、口を動かしながら未だ顔から不安の色が抜けてない在原さんに視線を向けると、彼女はビクリと身体を跳ねさせた。そんなに驚かなくても。
「え、えと……」
「彼女は在原七海さん。今日から一年A組に編入した娘なんだ」
「A組なら私と同じクラスですね」
慌てる在原さんは一先ず置いておき、私はAIMSに書き込んであった在原さんの情報──当然、教えても何も問題のない範囲で──を壬生さんに教える。それを聞いた壬生さんは、在原さんとの共通点があることが嬉しそうに微笑んだ。その人好きする笑顔はこの場の空気を柔らかく弛緩させるようだ。
「それで、知り合いがいなくて不安みたいだから、良ければ壬生さんが力になってくれないかな?」
「そういうことでしたら喜んでっ!」
続く私からのお願いに、壬生さんは笑顔を絶やさずに元気よく敬礼をする。そして、それも一瞬のことで、彼女はあっという間に在原さんに自己紹介を始めた。在原さんの方も若干戸惑いつつも、壬生さんの厚意に乗っかれたようだ。
「天都先輩、ありがとうございます」
「いいよ、気にしなくて」
そんな二人の少女の微笑ましい遣り取りを眺めていると、余程妹が心配だったのか、暁君が恭しくお礼を述べてきた。私としても可愛い後輩が困っているのを見過ごせなかっただけなので、今言ったようにそこまで気にすることではない。
「可愛い妹ちゃんが心配だった?」
「はい。七海はここに来る前から、ずっと今日のことを緊張してたので」
だが、会話が無いのは悲しいので、話の種としては使っていく。そんな風に考えながら暁君を揶揄うように言葉を紡ぐと、彼は顔色一つ変えずにそれを肯定した。どうやら筋金入りらしい。
「天都君も人のこと言えないからね?」
そんな私の心を読むように、茉優は呆れた声で私にツッコミを入れてくる。顔に出てただろうか。
まあ、私自身、
だからこそ、暁君が
「ふぅ、ご馳走様でした」
そういう風にある種の感慨に耽っていると、ふと恭平君が食後の挨拶を唱えた。彼も暁君たちと話しながら食べていたはずなのに、意外にも彼が一番最初に食べ終わったようだ。相変わらず食べるペースも早い。
そして、壁掛けの時計を見てみれば、既に時間は十九時半を回っている。あんまりのんびりしている時間でもないことに気が付いた私たちは、それから少しペースを上げて皿に残ったカレーを食べ始めるのであった。
【Column-II-】裏話その1
天都君を中性顔ってことにしてる理由は、名字のモデルの"紀貫之"が土佐日記の作者だから。
ちなみに、天都君の身体は見かけ上は細身だけど、恭平君みたいに女の子の感触はしない。寧ろ、暁君以上に筋肉質で硬いよ。