内容は報告部分の前半は原作と流れは同じなので、面倒だったら読み飛ばしてください。
「ごほ……っ!」
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
這う這うの体で自室まで戻り、アストラルとのリンクを切った瞬間。アドレナリンの分泌で無視していた痛みが打たれた胸部に鈍く重く広がっていく。集中力も限界で思わずその場で膝を突くと、顔を青くした七海が詠唱も忘れて治癒を開始してくれた。じんわりと浸透していく柔らかい温もりがゆっくりと俺の痛みを取り除いていく。
「はぁ、ふぅ……ありがとう、七海」
「ううん、わたしがもう少し早く回りこめていれば……」
痛みが引き、呼吸も整え終えて俺は七海にお礼の言葉を口にする。それを受けて、七海は俯きながら後悔の念を表した。アレに関しては天都先輩の言葉に分かりやすく動揺してしまった俺が悪い。仮面で視界が悪かったとはいえ、受けに回らなければ互角の勝負はできない相手だったのだ。そんな相手に隙を晒してそこを突かれないはずがない。
「あ、そうだ。これは返しておく」
「んっ」
ついでに、仮面をしたままだったことを思い出して、俺はそれを外して七海に手渡す。本人は透明化を無効化される事態になった場合を想定して持ってきていたようであるが、まさか本当に役に立つとは思わなかった。コスプレ道具を渡された時は思わず正気を疑ってしまったが、これのおかげでまだ正体はバレていないと思いたい。……いや、三司さんにはバレているので、そちらはすぐに対処しなければならないのだが。一先ず、話が上に行っていないことを今は祈ろう。
「それにしても、強かったな……」
そう独り言ちながら俺は天都先輩と交えた拳を見つめて、何度か感触を確かめるように握り込む。今は七海のおかげで何ともないが、攻防の最中は腕が痛くてしょうがなかった。襲撃犯の筋肉よりも遥かに硬い、もはや筋肉の鎧とも言えるそれを思い返して、俺は一人身震いした。
揺らめく銀髪と一瞬輝いたように見えた天色の瞳は、映像記憶した訳でもないのに色濃く記憶に根付いている。正直な所、二度とあの人とはまともにやり合いたくない。
「それに、メモリー繊維のことも多分見抜かれた」
それから、俺はあの鋭い動きの中で放たれた天都先輩の言葉を思い出す。二分と満たなかった遣り取りの中で、彼はこの制服の性質を見抜いてきた。アストラル粒子を見ることができるとは昨日聞いていたが、まさかそんな細かいところまで分かるとは思うまい。重なる失態に思わず俺は溜息を零した。
「とりあえず、室長に指示を仰がないと」
「そうだな。一応本命の成果は達成したわけだし、それも合わせて」
そんな俺を見かねた七海は移すべき行動を明示する。いや、怒られると分かっている以上実質死刑宣告のようなものだが。しかし、それを立場上やらないわけにもいかない。
ただ、その前に自分の中で状況を整理しなければならないので、報告自体は明日になりそうだ。
「とりあえず、今日はここまでだな。七海、部屋まで運ぼう」
「ごめんね、さっき怪我したばかりなのに……」
「治してもらったから気にしなくていい。ほら、行くぞ」
それから、俺は七海の部屋まで七海を抱えて寮の壁をよじ登っていく。就寝の挨拶を交わして別れた後、無事に明日を迎えられそうなことに一つ安堵の息を吐いた。
『それはまあ、何とも……やってくれたなぁ』
「はい……申し訳ありません」
AIMSから情報を抜き取ることには成功したこと。襲われている三司さんを見捨てられず、結果として顔やステルス機能を見られたこと。天都先輩と交戦し、メモリー繊維のことを知られた可能性があること。大まかにその三つのことを翌朝になって報告すると、室長は呆れた声を漏らした。三司さんのことに関しては自分でも馬鹿やった自覚はあるので、俺はそれを甘んじて受け入れる。
『はぁ……一先ず状況を整理しよう。当初の目的は達成できたんだな?』
「はい、容疑者は先程報告した二人です。状況から推測するに、同じ学院生の
一度溜息を吐いてから、室長は改めて報告について纏めることにしたらしい。今回は想定していたものよりも多く、そして、重要な事が発生したので、そこをより明確にしておきたいのだろう。電話越しの声色が真面目に戻るのを聞いて、俺も自然と背筋を伸ばして再度報告内容を繰り返していく。
『今はその二人が警察で取り調べ中。それで、撤収しようとした時に問題その一が発生した、と』
「……どうやら、俺たちと同じタイミングで別の侵入者も入り込んでいたようでして。セキュリティアラームが鳴り始めたので、退路の確保に向かったところで襲撃の現場に居合わせて……襲われていた三司あやせを守るために襲撃犯を撃退しました」
『その際、三司あやせに顔とステルス機能を見られたわけだ』
続く室長の追求に俺は短く返事をした。正直、自分の失態を正確に報告するのは気が進まない。再度溜息を吐く室長の声で更に気は滅入っていくが────
「どうしても、見過ごせませんでした」
『お前が
親としては嬉しい限りだがな、と零す
『まぁ、もうやっちゃったもんはどうしようもない。一先ず、詳しいことまではバレていないんだな?』
「はい、見られたことと咄嗟にした言い訳以外は」
軽い叱責もそこで終わり、再び話は状況整理に戻った。室長の言う通り、あの場では三司さんの追求も抑えてその場を後にしたので、あれ以上の情報の漏洩はないはずだ。
『ステルスを解除したんだろう。監視カメラの方は大丈夫か?』
「そちらも現場がカメラの死角だったので問題ありません。恐らくですが、襲撃犯がそこを選んで彼女を襲った可能性が高いです」
『なるほど、突発的ではなく予め計画されていた犯行か』
俺が口にする推論に室長は短く唸る。その声からは立て続けに湧き上がる問題に頭を悩ませている光景が窺えた。
『それに関してはこちらで調べるとして……ともかく、最悪の事態は避けられているってことで良いんだな?』
「はい、今のところはそう考えていいかと」
『それなら、お前が三司あやせの信頼を勝ち取ることができれば、そっちの被害は最小限に抑えられるわけだ』
直感に従って、三司さんに言うべきことだけを言って七海を迎えに校舎まで逃げ帰ったが、まだ昨夜のことに関して誰かからも何も言及はされていない。少し楽観的な考えな気もするが、三司さんは今はまだ秘密を守ってくれていると考えていいだろう。それがどう転ぶかは今後の俺の対応次第というわけだ。
「ということは、俺の処分はどうなりますか?」
『本命の任務も終わっていない今、任務の進退もまだ不明瞭である以上お前に処分を下すのは早い』
まぁ、減給は確定だが、と軽い調子で室長は口にした。まだ言葉は続く。
『とにかく、自分で撒いた種をどうにかしてこい。男らしく宣言もしたんだろう?』
「はい」
それから、室長は俺にそう言い切った。君を守るために来たと、ああも堂々と言い切ってしまった手前、それを易々と撤回するわけにもいかない。既に疑われている段階であるというのに、そう簡単に発言を覆すようでは、三司さんの信頼を勝ち取ることはできないだろう。しかし、そうなると任務外でやらなければならないことが増えてしまうが────
『というわけで在原暁、お前に三司あやせの護衛任務を与える』
「へ?」
そう思案している最中、室長はそんなことを口にする。予想していなかったことに、思わず間の抜けた声が部屋に響いた。
『襲撃犯に関する証言はまだお前の主観だが、話を聞く限りでは俺もそう思う。つまり、今回のことが計画的な犯行であった以上、三司あやせを狙う襲撃は今後も起きるはずだ』
お前も分かっているだろう、という室長の言葉を俺も内心で肯定する。どうやったのかは分からないが、警備員を誤魔化す下準備まで済ませた上での襲撃だったのだ。それだけ入念に事を進めておいて、昨夜の襲撃犯が属する組織が簡単に三司さんを諦めるとは思えなかった。
『それに、それをお前が黙って見過ごすとは思っていない。だからこそ、お前の動きを把握しておきたい』
「申し訳ありません……」
『親としては嬉しいと言ったはずだ。そこは謝らなくていい』
軽はずみな行動で仕事を増やしてしまったことを俺は室長に謝罪する。しかし、謝罪はするが、例え俺は任務が無くてもきっと三司さんを助けるために動いてしまうだろう。人を助けるために
『とは言っても、その襲撃が特班と無関係というわけじゃない』
「と言うと?」
『世間的に今一番有名なアストラル使いは三司あやせだ。雑誌やテレビの取材なんかも受けている彼女のことだ。彼女の身に何かあれば、間違いなくそれは世間に知れ渡ることになるだろう』
そこで一旦室長は言葉を切る。しかし、俺にはまだその真意は読めない。
『最悪、彼女が殺害されたとなれば、こう言われるかもしれないな。"三司あやせはアストラル使いだから殺された"と』
「それは……」
否定できない。そうは思っても、口に出すことはしなかった。他ならぬ自分もそのアストラル使いである以上、それを認めるのは癪だったから。
しかし、法整備も進んできて、以前ほど波風立たなくなってきているとはいえ、アストラル使いに良くない感情を持っている人間が少なからずいるのもまた事実だ。社会全体がそういう風潮にならずとも、そう思い込んで騒ぎ始める人がいることは容易に想像できる。
『そうなれば、アストラルへの差別意識が強まることにも繋がるだろうし、それは結果として、日本のアストラル技術の発展を遅延、即ち、諸外国から後れを取ることになり、国益を損なうことになりかねない』
あくまでこれは最低最悪の場合だがな、と室長は言葉を締めくくる。かなり強引な解釈だと──恐らく言っている室長本人も──思うが、室長がわざわざ建前を用意してくれたことは理解できたので、そこは指摘しなかった。
『──とまぁ、色々と言ったが、何の罪もない一般市民の命を見捨てることができないのは俺も同じだ。彼女の護衛を任務とする以上、こちらもできる限りのサポートはする』
「助かります」
人を守りたいという気持ちは俺も
『だが、護衛とは言ってもまずはお前が彼女を説得できなければ話にならない。もし、説得に失敗して学院に報告が行けば、偽札の件も合わせて全てがおじゃんだ。そうならないよう祈ってはいるが……』
「…………了解」
暗にその時は覚悟しておけという言葉に、俺は重たい口で了承の意を返した。ここまでお膳立てしてもらったのだから、俺も腹を括ろう。
『それで、次は紀天都の件か』
紙を捲るような音と共に、室長の言葉が再開した。今度は天都先輩の話に移るらしい。
『もう一度、詳しく説明してもらえるか』
「分かりました」
室長の声に促され、俺は七海の所に戻ってからのことを説明し始める。
俺が急ぎ式部先輩の研究室に戻ってからは、既に撤収の準備を終えていた七海と合流して簡単な状況説明を行った。とにかく、俺たちがバレたわけではないことを伝えて、ステルス状態で校舎から脱出しようとしたのだが、そこで今度は校舎内でアラートが鳴り始めたのだ。今度こそ見つかってしまったかと思いその場で七海がセキュリティをチェックしたが、セキュリティが反応したのは校舎の入口だった。それを訝しむのも一瞬、脱出を再開しようとしたところにいやに響く誰かの足音。そこにあったのは天都先輩の姿だ。
『つまり、そのアストラル粒子を見る目とやらで、何処からかお前たちのアストラルを目視したということか』
「多分、そういうことだと思います」
彼の説明を聞く限り、多分そういうことだったのだろう。最長で寮の自室からということになるが、それだとあそこに来るタイミングが変だ。先輩の性格上、警報が鳴ってすぐに外に飛び出して、それから侵入者を探している内に偶然見つかってしまったのだと思う。観測範囲を絞ることはできないが、相当広いと想定して今後は慎重に動かなければ。
「彼に見つかってからは──」
姿を完全に補足されてから、天都先輩は真っすぐにこちらを見据えて距離を詰めてきた。変化させられた粒子は色が変わると言っていたことから、恐らく、人型になっている妙なものが先輩の視界には映っていたのだろう。その状況で、更に使われた能力の解析もできるとも言っていたことを思い出し、正体が露見するリスクから身体能力を強化して逃げることもできず、万事休すかと思われたが────
『七海ちゃんの趣味に救われたな』
「本当に……」
そう、七海から借り受けたコスプレ道具に助けられたのだ。まさかの展開に、俺も
『正体はバレてないんだな?』
「はい。明かりも無くて相当暗かったですし、声も出していませんから」
天都先輩が現れてからは息遣いでの通信に切り替えたので、最後に
『それで、メモリー繊維のことを見抜かれたと』
「はい……」
あの時、解析されると正体がバレると判断して自分の能力は使っていない。天都先輩は脳に作用する能力は初めて見たと言っていたし、一瞬でも使っていれば間違いなくアウトだっただろう。
結果的にバレなかったのでそれはさておいて。そうなると、先輩はあの夜俺と初めて接触してステルスを解除したあの一瞬で、メモリー繊維の特異性を見抜いたということだ。よもや、通常のアストラルとはリンクの仕方が違うとは思ってもいなくて、慮外の指摘で動揺した俺はその不意を突かれてしまったわけだ。
『それに関してはこちらの調査不足だった。危険に晒してしまってすまない』
重なる失態に気が重くなっていたが、返ってきた室長の言葉は意外なものだった。完全に怒られるものだと思っていた俺は、拍子抜けして思わず声を失う。
『彼の存在自体はお前たちに潜入してもらう前から知っていたことは言ったよな?』
「はい」
以前の定期報告の際にも聞いた話を聞かされ、俺は短く言葉を返した。その報告をしていたからこそ、保険として渡されていた道具を使って、最後に天都先輩から逃げることができたのだから。
『俺たちの天敵になるような体質ではあるとは判明していたが、あくまで一生徒であるということであまり調査を急いでいなかったんだ。しかし、思った以上に厄介な存在らしい』
室長の思案するような声がスマホの向こう側から聞こえてくる。俺も室長もまさか天都先輩があそこまで深く警備に関わっているとは思っていなかった。今回は襲撃のアラートのせいでバレたのかもしれないが、決して油断することはできない。
『……一先ず、紀天都は要警戒対象だ。任務の際に気を配るのは当然として、可能であれば情報を引き出して欲しい』
「……………………了解」
そして、数瞬の思考を経てから室長はそう指令を下した。心を重く縛る命令に、俺はたっぷりと逡巡してからそれを了承する。
風蘭にいた頃、荒れて周りから煙たがられていた俺を、風蘭でだけは心穏やかでいられるようにしてくれた恩人。決して言いはしなかったが、兄のように慕っていた人と敵対しなければならない可能性に、俺の心に陰が落ちた。ただでさえ、今回の件で真っ当に役目を果たそうとした先輩を害してしまったのに、俺は────
『やりにくいことを頼むのは、本当にすまないと思っている。しかし──』
「分かっています。今の俺は、特班の人間です」
思考を断ち切るように紡がれる室長の言葉を、俺は食い気味に受け入れる。非合法なことも心では納得できないことも、今まで何度かやってきた。今回もそれと同じだ。
────同じはずなのに……。
三司さんを助けた時にははっきりしていた自分の気持ちが、少しだけ分からなくなってしまった。
『──る、暁』
「わ、悪い、聞いてなかった」
漠然とした思考を親父に引き戻される。名前を呼ばれたことでつい普段の言葉遣いが溢れ出た。
『ならもう一度聞くぞ。交戦後は特に問題はなかったんだな?』
「はい、セキュリティにかかることなく無事に帰投しました。傷も七海に治してもらいましたし」
これではいけないと頭を振って、俺は室長の言葉に集中する。そして、その言葉を肯定してその日起きたことの再報告を終えた。
『それなら問題ない。メモリー繊維の件も一目見られただけなら問題ないだろう』
「分かりました」
アレはそう簡単に作れるものでもないしな、と室長は締めくくる。時間も迫ってきていることであるし、恐らく今日の報告は終わりだ。
『それと、偽札の件は裏付けを終えてから追って連絡する。他に何かあるか?』
「いえ、問題ありません」
『くれぐれも頼んだぞ。以上、通信終了』
そう言って、いつもより長かった通話が切れる。単調な機械音が鳴り続けるスマホを耳から離して、俺はそのままベッドにドスンと腰を下ろした。
「ホント、恨むぞ……」
それを向けたのは気が向かない命令にか。それとも自分の運命にか。自然と溢れ出たそれは静寂の中に溶けていった。差し込む朝日が少しだけ憎らしい。
【Column-V-】誰かの記憶その1
────皆が笑っている。本当に、心の底から楽しそうに。
────それを向けられる人は、皆よりも笑っていた。眩しいくらいの笑顔を向けて、俺の名前も呼んでくれる。
────アストラル使いだっていう大人しそうな女の人も、その輪の中で笑っていた。それは少しぎこちなくても、確かな感情が込められているように見える。
────外では化け物だって言われる俺も、ここでは人でいられるのかな。いつもは抱けない感情が溢れたような気がした。温かい場所へ、一歩踏み出す。