ツアレとセリーシアの再会からそれから数日が経ち、ラキスケ達は八本指への報復のために王都へ、“漆黒の剣”のメンバーは護衛として帝国へ向かう道中の馬車の中にいた。
家族水入らずと言う事でセリーシアはツアレと同じ馬車に乗っているが、乗り込む直前にセリーシアがツアレに提案したことが切欠で起きた、街中でのツアレとラキスケのディープキスのインパクトで、セリーシアは恥ずかしさから姉であるツアレの顔をまともに見ることが出来ないでいた。
(まさか姉さんがあんな積極的にあんなことをするなんて思わなかったよ~! ……でも考えてみたら、バレアレ薬品店で合流した時もラキスケさんとキスしようとしていたじゃん! 思い出せよ、僕! それに、このままずっと話さないままって言うのもいけないよなぁ。何か、話題になるものとかないかなぁ……)
気まずい空気──実際はセリーシアが一方的に感じているだけだが、それを何とかしようとセリーシアは話題になるものを必死に探す。
今までどんな生活をしてきたのか……これはアウト。ひょっとしたら、姉の心の古傷を抉ってしまうかもしれない。ならばラキスケと言う亜人について……これは安牌かもしれないが、街の往来であのような事をするくらい、姉は彼に惚れているのだ。しかし予想される惚気話の連続でこちらの気が滅入ってしまうことも考えられる。
「ねえ、セリー。漆黒の剣の人たちについて聞きたいことがあるけれども、良いかな?」
「な……なに、姉さん?」
ツアレの方から話題を振ってきた事に内心では感謝しながら、セリーシアは一体彼らの何を聞こうとしているのかを予想する。
「セリーは彼らの中ではどなたと付き合っているの?」
「……ふぇ?」
「しっかりしていそうなペテルさんと言う方? それとも私たちと最初に出会ったルクルットさん? それともお父さんみたいな雰囲気がするダインさん?」
「えっ、ちょっ……ちょっと待って! なんでそういう話になるの!? 彼らは確かに大切な仲間だけれども、そういう関係ではないよ!」
「あら、そうだったの?」
「そうだよ!」
駄目だ、この姉さん。頭の中がまだピンク色のままだ。セリーシアはそう呆れながら、こちらからも
「そう言う姉さんは、ラキスケさんに助けられてから今まで、どういう生活をしてきたの?」
助けられる以前のことはあえて聞かないのは、確実に姉にとって心の古傷を開く事になると分かり切っているからだ。
「私は、ラキスケ様の拠点のお掃除をしたり、ラキスケ様と同じチームのビアンゴ様と一緒に料理を作ったりさせてもらっているの」
「拠点の……って言う事は、どこかの宿屋とかに住み込みで働かせてもらっているの?」
「住込みではあるけど、宿屋ではないわ。ラキスケ様が所有する地上船に寝泊まりさせてもらっているの」
「ち、地上船? 船って、あの海とか川とか湖とかで水上を移動するのに使う乗り物だよね? 帝国の船は陸上も移動したりできるの?」
「ラキスケ様の話だと、カッツェ平野の幽霊船を浄化して手に入れた一点物だって言っていたわ。おかげで竜王国へ向かうためにカッツェ平野を通る時も速くて安全よ」
「そ、そうなんだ……」
“ラキスケは帝国でも普及していない一点物の船を個人所有できる力と財力を持つ”セリーシアは心のメモにそう書き記す。
姉をこれからも守り養い続けてもらう事を考えると、ワーカーという職業は不安要素だったが、あの鮮血帝によって実力主義の風潮がある帝国で、これだけ自由にできているならば心配はないだろう。
こっそりとラキスケへの評価を査定しながら、二人の雑談は続いていく。
「──それと最近は信仰系というのだったかしら? ラキスケ様と同じ系統の魔法を学ばせてもらっているわ。なんでも、ラキスケ様と一緒にいるうちに神官みたいな職業を獲得したみたい」
「へぇ、姉さんは信仰系の魔法に適性があったんだ。僕は魔力系の魔法詠唱者になったけれども、元は農民だった僕たち姉妹が揃って魔法に適性があるって凄い事だよね」
「ええ、そうね。私はラキスケ様に教えてもらいながら学んでいるけれども、セリーシアはどういう風に学んできたの?」
「僕の場合は、四年前に村を出た後に魔法の師匠に拾われて、他の才能がある子供たちと一緒に教えてもらったんだ。“魔法適性”の
「第二位階……凄いじゃない! 帝国の魔法学院でも卒業するまでに使えるようになるのが第一位階の人が多くて、貴族でも第二位階までばかりだって、以前パラダイン様が仰っていたわ」
「姉さん。ひょっとして、帝国の首席魔術師と会ったことがあるの!?」
「ラキスケ様と一緒にだけれども、一度お会いしたことがあるわ。その時に私がどういう職業を持っているのかを魔法で見て貰えたの」
「帝国では魔法でその人の適性を見る事ができるって聞いたことがあるけど、本当だったんだ」
“ラキスケは帝国の首席魔術師とコネクション有り”セリーシアは改めて心のメモに書き加えながら、王国では普及していない帝国の魔法技術に感心していた。
そこでふと、手元にある封蝋が施された封筒に視線を移す。
『もしも興味があったら、魔法学院にこれを持っていくと良い』
ラキスケからそう言われて渡されたそれは、帝国の魔法学院への推薦状だ。その時は自分を帝国に移住させるための方便だと思っていた。しかしあのフールーダ・パラダインともコネがある人物が推薦するとなると、魔法学院側の対応も変わるであろうことは容易に想像できる。
元々は姉を助け出す為の手段として学んできた魔法だが、魔法についてより深く学び新たな魔法を身に着けていくことに喜びがあったことも事実だ。当時はこれでまた一歩、姉を助け出す道に近づけたからと思っていたが、今思えばあれは知識欲を満たすことが出来た喜びも含まれていたのだろう。
もっと魔法について学びたい。色々な事を知りたい。……でも、それでは漆黒の剣の皆と離れ離れになってしまうのでは? セリーシアの脳裏に不安がよぎる。
冒険者という立場のままでは、国の機関である魔法学院に在学することは不可能と言って良いだろうし、当たり前のことだが卒業後は帝国が管理する関係するところへの就職が望まれるのは想像に難くない。
名前も性別も偽っていた自分を受け入れてくれた彼らをまた裏切りたくはないという思いもある。
セリーシアとしての人生の目標であった姉を救い出す事が予想外の形で報われた今、漆黒の剣のニニャとしての夢を追うべきか、魔法詠唱者のセリーシアとしての欲求を満たすべきか。
セリーシアは揺れ動く二つの思いの中で悩んでいた。
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マリナラ達が乗る馬車の一団は、トラブルに会う事もなくエ・ランテルから街道沿いに進み、五日後の夕方頃にはバハルス帝国の帝都アーウィンタールに到着した。
アーウィンタールは人口こそリ・エスティーゼ王国の王都に劣るものの、その規模は古いしがらみに縛られた王都を既に超えている発展中の都市だ。帝都に来た者の大半が驚くような光景はいくつもあるが、真っ先に驚かされるものがある。それは、帝都のほぼすべての道路がレンガや石で覆われている事だ。
「すっげぇ! 大通りだけじゃなくてどこの道路もちゃんと舗装されている! エ・ランテルとは大違いだ!」
「それに、道路と歩道が防護柵と段差でしっかりと分けられているのである! あれなら、歩行者も安全に歩くことが出来るのであるな!」
「ルクルット、ダイン。二人とも落ち着いて。まだ依頼の途中ですよ」
「そう言うペテルも、周囲をキョロキョロと見まわして興奮しているのが丸わかりだよ」
「姉と一緒に馬車にいるニニャもきっと、この光景に驚いているであろうな!」
王都に行ったことがない漆黒の剣のメンバーの場合、拠点にしている城塞都市エ・ランテルと比較することとなるが、彼らにとって道路というのは大通りでない限りは轍のできた土の道路が当たり前であり、帝都のインフラがしっかりと整備されている事に大きな衝撃を受けていた。
漆黒の剣が乗る馬車に同乗し、彼らの様子を見ていたマリナラの部下である従業員が笑って答える。
「はっはっは。俺も初めて訪れた時は、今のおたくらみたいになっていたもんだ。特にこの数年は、皇帝陛下が主導する大改革のおかげでどんどん発展していっているんだぞ? ここでそんなに驚いていたら、驚き過ぎて喉が枯れちまうよ」
「これがまだ序の口か……。本当に、王国とは大違いだ」
「──さて、そろそろ旦那様の商店に到着するぞ。おたくらも準備をしていてくれ」
「「「はい!」」」
程なくして、中央道路に近い通りに構えている立派な商店の裏手に馬車の一団が到着し、従業員に促されて準備していたペテル達は馬車を降りる。
荷物の積み出しは従業員たちの仕事で、ペテル達はその間の警備が仕事となっている。今回はオリハルコン級冒険者チーム“森妖”のメンバーもいるため、はっきり言うとペテル達の出る幕は無いのだが、だからと言って手を抜くようなことはしない。消耗品一つでも自分達が普段使いするものよりはるかに高品質で高価な物ばかりとなればなおさらだ。
やがて、馬車に積み込まれていた全ての商品が商店内の適切な場所に収められる。緊張の汗をかいていた漆黒の剣のメンバーに、ツアレが声をかけた。
「この度は依頼を受けて下さり、ありがとうございました。依頼完了の報酬をお渡しするので帝都の冒険者組合までご案内しますね」
「それはありがたいです」
ツアレの提案にペテルが嬉しそうに声を上げた。他のメンバーも同意する様に頷く。土地勘がない場所では、目的の場所を探すのも一苦労だから、案内してくれる顔見知りがいるのは実際に助かる。
冒険者組合までたどり着けば、そこで自分達が宿泊できる宿屋を教えてもらったり、しばらく帝都で活動するにあたっての準備も行いやすくなる。
冒険者組合までの道中で、ルクルットが口を開いた。
「それじゃあ、冒険者組合で依頼料を受け取った後はそれぞれどうする?」
「僕としては、姉さんが寝泊まりしている地上船を見に行きたいかな? 実物の船は見たことないから興味があるんだ」
「地上船? この国にはそんなものまであるのかよ。すげえなぁ」
「ごめんね、セリー。今はビアンゴ様が用事で使っていて、まだ帝都には戻ってきていないの」
「そうだったんだ。……それじゃあ姉さんはその間、寝泊まりするところはどうするの?」
セリーシアとしては不安を抱えながらツアレに問いかける。
「その辺りは大丈夫よ。ラキスケ様がある方に前もって連絡してくれているから、ビアンゴ様が帰って来るまでの数日は、知り合いが運営している孤児院に泊めてもらう予定になっているの」
「ある方? それってどういう──」
「──あら、ツアレ。こんなところで会うなんて奇遇ね」
あのラキスケが恋人を預けても良いと信用できる相手。一体どういう人物なのだろうと気になったセリーシアがツアレに確認しようとした所で、曲がり角からツアレに声をかける者が現れた。
その人物は十代半ばから後半という所の少女は痩せぎすで、艶やかな金髪は肩口辺りでざっくりと切られ、鼻立ちは非常に整っている。美人というよりは気品があるという雰囲気の美だが、人形のような無機質さをやや感じさせていた。
着ているローブはセリーシアが着ている物よりもずっと上質で、それでいて余計な装飾はないシンプルで動きやすいように改造が施されている。
その少女の隣には、聖印の描かれたサーコートを着た三十代くらいの男性が一人。顔の輪郭はがっしりとした無骨な形だが、刈り上げられた髪と丁寧に手入れされた短い髭は爽やかな印象を与える。
そんな二人が手に持つバスケットからは鼻と胃を刺激する美味しそうな香りが微かに漂ってきた。
「アルシェさん、ロバーデイクさん。お久しぶりです」
「久しぶり。ラキスケから《
「はい。ロバーデイクさん、今回は急な申し出を引き受けてくださってありがとうございます」
「大丈夫ですよ。孤児院はまだまだ人手不足ですので、子供たちの世話もしてくれるツアレさんにはむしろ感謝しています」
「それに妹たちもあなたに懐いているから来てくれると喜ぶ。それで……後ろの人たちは?」
「こちらの方たちはエ・ランテルで冒険者をしている“漆黒の剣”の方たちでして、この子が私の妹のセリーよ」
「初めまして、セリーシア・ベイロンと言います。エ・ランテルでは彼らと“漆黒の剣”という冒険者チームを組んでいて、ニニャという名で冒険者をしています」
セリーシアの自己紹介に続いて、ペテル達も各々に自己紹介を済ませていく。漆黒の剣のメンバーの自己紹介が終えたのを確認し、アルシェと呼ばれた少女とロバ―と呼ばれた男性も自己紹介を始めた。
「私はロバーデイク。ロバーデイク・ゴルトロンと言います。この近くで孤児院を運営している者です」
「私はアルシェ。アルシェ・イーブ・リイル・フルト。帝国魔法省の職員をしているわ」
「貴族の方……ですか?」
「昔は貴族だったけれども、貴族位は鮮血帝に剥奪されているわ。今は両親から離れて妹たちと一緒に暮らしているの」
「そうだったんですか。すみません、不躾なことを聞いてしまって」
称号持ちの貴族であることを示す四つの名前を持つアルシェに対して、セリーシアは訝しむように尋ねるが、アルシェの返答に慌てて謝罪する。貴族に対してドロドロとした暗い感情を持つセリーシアでも、謝るべき時は分かる。
「気にしていないなら大丈夫。それにしても……私の
「
「その人と感じ方は違うかもしれないけれども、私の場合、魔力系魔法詠唱者の魔力を行使できる最高位階も含めて見ることが出来る。……このまま立ち話もなんだし、暗くなる前に用事を済ませていかない? 孤児院の子供や妹たちを待たせているの」
「それもそうですね。宿をとるにしても、早い方が良いですし」
アルシェの提案に漆黒の剣のリーダーであるペテルが頷くと、他のメンバーも同意して冒険者ギルドへの道を歩き始めた。
如何に美人を口説くルクルットでも、アルシェの様な少女の要素が強い女性をいきなり口説きには来ないはず。……来ないよね?
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