※この作品はR-18です。

【R-18】男淫魔と元奴隷メイドの情愛   作:エヌット

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第二十二話「王国と帝国の戦争 後編」

 ザナック第二王子がいる王国軍中央後方では、表舞台最高峰の決闘が繰り広げられていた。

 二人の一騎打ちを邪魔するものはいない。なぜならばどちらかが一騎打ちを邪魔した時点で戦いは乱戦となり、そうなれば王国軍は戦う力を持たないザナックを高い確率で喪う。一方の帝国軍もガゼフによって帝国四騎士を二人喪う事となるだろう。

 それは両軍にとってあまりにも手痛い喪失だ。だからこそ、お互いに警戒は解かないままガゼフとブレインの一騎打ちを観戦していた。

 四年前の王国の御膳試合決勝を観戦した者、そして武器を手に戦う者たちならば必ずと言っていいほど話題にしたことがあるであろう、人間で最強の戦士は誰か? という問答。

 王国の国宝を身にまとった近隣諸国最強の戦士と名高い王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 そのライバルにして竜王国を守る最強の傭兵ブレイン・アングラウス。

 他にも様々な条件で挙げられる強者はいるが、この二人は知っている者ならば最有力候補から決して外さない。

 ガゼフの斬撃の軌道を、ブレインは《領域》で正確に読み取り、紙一重で躱して反撃する。

 そのブレインの斬撃を、ガゼフは《即応反射》で無理やり体勢を戻して守護の鎧(ガーディアン)の表面を滑らせるようにしながら、《流水加速》で加速した斬撃を放つことでブレインの追撃を妨げる。

 

「「《四光連斬》!」」

 

 ガゼフとブレインが同時に同じ武技を放つ。四光連斬は元々はガゼフが生み出したオリジナルの武技だ。そして四年前に開催された王国の御膳試合決勝でも、ブレインから勝利をもぎ取った武技でもある。

 ブレインはその武技を修練と実戦の果てに自らの物としたが、一度経験したことを参考にしてそのような芸当ができるのは彼が天武の才を持っているからに他ならない。

 二つの同時四連撃がぶつかり合う。ガゼフが放った四光連斬の方がパワーは上だったようで、ブレインの四光連斬では相殺しきれない。しかしガゼフの四光連斬による四つの斬撃は本来の軌道から外れ、どれ一つとしてブレインを捉えずに空振りで終わる。

 ブレインはこれまでの戦いから膂力ではガゼフに分があることは分かり切っていた。まともにぶつけ合えば押し切られるのは明らか。だからこそ、ガゼフの四光連斬をいなす(……)ようにブレインは四光連斬を当ててその軌道をずらしたのだ。

 そのまま僅かにできたガゼフの隙を逃さないとばかりにブレインは肉薄して刀を斬り上げようとするが、ガゼフがブレインの軸足を鎧で覆われた足で蹴り砕きに来たため、跳びのいて躱す。

 ガゼフは蹴りの勢いを殺さずにそのまま武技《回転斬》に繋げる事で、ブレインに攻撃させる間を潰しながら距離を取った。

 帝国四騎士であっても十手と保たずに敗れる様な、互いに武技を駆使した剣劇が、二人の間で数十手を超えて繰り返される。それでもなお、決着が付く様子はまだ見られない。

 ブレインは僅かに汗をかいているのに対してガゼフが汗一つかいていないのは、王国の至宝の一つ活力の小手(ガントレット・オブ・ヴァイタリティ)による疲労無効化の影響が大きい。

 今はまだ影響しなくても、このまま戦いが長引けばいつかはブレインは疲労が溜まってその能力を十全には発揮できなくなるだろう。

 ならばこの一騎打ちはガゼフが有利なのかと言われたら、それは否だ。むしろ総合的にはガゼフの方が不利だと言える。

 実際、ガゼフには精神的な余裕はなかった。ほんの僅かな読み違いでそのまま死につながる極限状況は、いくら肉体的な疲労がないとはいえ武技の乱用も相まって集中力を大きく擦り減らしている。

 ブレインもガゼフと同様に武技を繰り返し使用しているのだが、彼には生まれながらの異能(タレント)によって集中力のキャパシティが同格の戦士よりも増えているために精神的な余裕という点ではガゼフよりもあった。

 ガゼフがブレインに圧されている要素はそれだけではない。

 それは装備差からくるガゼフ本人も無自覚なほんの僅かな驕り。最高峰の攻撃力と防御力に加えて疲労無効化・自動治癒・致死ダメージ回避を備えた防具に身を包んだ状態なのだから、どれほど警戒しても無意識の領域に緩みが出来てしまう。普段ならばそれは戦いを俯瞰する心の余裕となって有利に働くが、ガゼフの目の前にいるブレイン相手では不利に働いていた。

 それは二人の戦闘スタイルの違い。ガゼフの戦い方や武技は軍勢相手に無双するために多対一を中心としている。それに対してブレインは一対一の戦いに秀でた戦い方や武技を中心としている。

 それはブレインとの戦いの後も帝国軍相手に戦わなくてはならないガゼフと、ガゼフとの一騎打ちにすべてを費やせるブレインの、この一騎打ちに注ぐことができる集中力などのリソース配分の差。

 そして最も大きいのは、この四年間の実戦経験の差。ガゼフは王国戦士長となってからも研鑽は磨き続けてきた。カルネ村での陽光聖典との戦いでは限界の殻を破る快挙も成し遂げた。しかし四年間の殆どを竜王国で過ごし、人間よりも強靭なビーストマンとの戦いに明け暮れていたブレインの戦闘密度は、この世界の人間としては異常と言ってもいい領域に達している。

 これらの幾つもの要素が複雑に絡み合った結果、身体能力と装備で勝るガゼフに対し、剣士としての才能と戦闘経験で勝るブレインの戦いは、ブレインが僅かながら有利な状態で拮抗していた。

 そんな精神的な余裕がないはず状況でガゼフは……笑っていた。

 

「どうした、ガゼフ?」

「ブレイン……俺にとって最強のライバルであるお前が、ここまで強くなっている事が嬉しくてな。王国戦士長としては不謹慎甚だしいのだが……この一騎打ち、楽しくて仕方ないのだ」

「そりゃ良かったぜ。俺もここまで強くなったお前に勝てると思うと、気分が高揚しちまっているさ」

「奇遇だな。俺もお前に勝つことを考えていた」

 

 この一騎打ちの中で、二人はいつの間にか自然に姓ではなくて名で呼び合っていた。互いにとって超えるべき最強のライバルであり親友。そう表現するのが最もふさわしいだろう。

 

「ブレイン! ──」

「ガゼフ! ──」

「「──勝つのは……俺だ!」」

 

 まるで示し合わせたかのように互いに距離を取っている状況。二人の間の距離はおおよそ六m、次の一撃で互いに決着をつけるつもりのようだ。

 

「俺の全てを……絞りつくそう」

 

 ここに来て集中力の出し渋りなどは考えない。

 ガゼフが正眼の構えを取る。これより放つのは今の己が使える最強の武技《閃光烈斬》。

 かつて王国のアダマンタイト級冒険者であった老剣士ヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファンによって無理やり弟子入りさせられ、伝授された個にして究極の武技。

 

「望むところだ。お前の首を……貰い受ける」

 

 それに対してブレインは刀を納刀し、居合の構えを取った。迎え撃つブレインが選んだ武技は自らの二つ名にもなっている複合武技《爪斬り》……ではなく、その上を行く《真・爪斬り》

 絶対必中の《領域》と神速の一刀《神閃》を併用し、さらに《六光連斬》を放つ、絶対命中にして超高速の同時六斬撃。

 

「ガゼフ……どうか勝ってくれ」

「アングラウスの旦那……負けるんじゃねえぞ」

 

 一騎打ちを観戦していたザナック第二王子やバジウッド、戦士団の者たちやニンブルも固唾を飲んでその結末を見守っていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「王国軍総指揮官ボウロロープ侯の死亡及びその軍勢の敗走を確認! 突出した中央布陣の分断・無力化も完了しました!」

「王国軍左翼の分断も恙無く進んでおります! ブルムラシュー侯の陣営が後方で孤立状態にあることも確認!」

「王国軍右翼は分断前に軍勢を維持したまま後退を開始!」

 

 上がってくる戦況の報告に、帝国軍第二軍指揮官ナテル・イニエム・デイル・カーベインはつい数日前の胃痛──駐屯地への突然のジルクニフ皇帝の来訪が原因のストレス──などどこかに消え去ったかのように笑みを浮かべていた。

 あの時は万が一、いや億が一にも陛下の身に危険が及ぶような事が起きたらという不安があったが、結果は皇帝陛下の存在そのものを生餌とした策が見事に嵌り帝国軍の圧倒的優勢だ。

 懸案であった王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの一騎掛けによる中央本陣の突破も、英雄級の傭兵と評される剣士ブレイン・アングラウスによって抑え込まれている。

 当初の予定では弓兵と魔法詠唱者による攻撃の後は重装甲騎馬兵による突撃を行うはずだった。しかし、その前に王国軍の前線が崩壊したために温存され、「俺たちの出番、無くなりましたね……」というぼやきが聞こえてきて警戒を怠らないように注意する場面があった位に余裕がある。

 気になるのは、王国軍右翼が大きな消耗のない状態で後退を開始している事だ。事前に入手していた王国軍の配置では、王国軍右翼の指揮官は後方がレェブン候だったはず。レェブン候本人の才覚か、はたまた彼の部下に優秀な指揮官がいるのだろう。

 本陣に配置した簡易玉座に腰かけている陛下も同じようなことを考えていたのか、余裕を含んだ笑みで呟いていた。

 

「王国軍の右翼を担っている指揮官は油断できないな。確かレェブン候だったか。王国の無能な貴族どもの大半はいらないが、できるならばあの男はこちら側に引き込みたいものだ」

 

 陛下は王国戦士長に就任したばかりながら当時の帝国四騎士のうち二人、”烈火”と”疾駆”を討ち取ったガゼフ・ストロノーフを相手に、戦場で勧誘しようとした人物だ。

 これは陛下が優秀な人材であれば産まれや育ちの貴賎そして忠誠心の有無を問わずに重用する能力主義である事もそうだが、そもそもそれまで政を仕切っていた無能な貴族たちを粛清・処分した事で人材が慢性的に不足しているという問題も理由にある。

 

「だがその前に……ブルムラシュー候がいる王国軍後方左翼への攻撃を準備しろ」

 

 ブルムラシュー候は、王国で最も裕福な六大貴族でありながら金目当てに帝国に情報を売っていた売国奴だ。これまでは有意義に活用していたが、薄っぺらな私利私欲で祖国を裏切るような人物は帝国にはいらない。

 そしてブルムラシュー候が今回指揮する軍勢はおよそ一万。四万を指揮していたボウロロープ候を筆頭とした他の六大貴族と比べてその数は遥かに少ない。

 此処が切り捨て時と判断した陛下の指示で、騎士たちはマジックアイテムを用いて戦場を飛び交う皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)に速やかな情報伝達を行う。

 ほどなくして皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)から王国軍後方左翼の座標な配置などの情報が返ってきた。それらの情報を基に攻撃準備を進めていく中、ブルムラシュー候について気になる動きがあった。

 

 ──ブルムラシュー候が率いていた一万の軍勢が王国軍後方中央方面へ進軍を開始。

 

 王国軍の現状はまだ左翼を見捨ててまで中央本陣の救援に向かう程末期ではない。なによりあのブルムラシュー候がこの状況で動くとすれば……、

 

「王族を確保するつもりか。ブルムラシュー候が中央本陣に到着する前に殲滅するぞ」

「はっ!」

 

 帝国軍の中央本陣によって守られている後方では、軍馬によって引かれた車体に据え付けられた大型の牽引式バリスタが並んでいた。バリスタには投擲能力を強化する魔化などの強化が施されており、射程距離に不足はない。

 

「錬金瓶の装填完了! 照準補正完了! 投擲開始!」

 

 中身に液体の詰まった瓶がバリスタから次々と放たれる。投射された瓶は正確にブルムラシュー候が率いる軍勢に降り注ぎ、着弾と同時に燃え広がる。

 瓶に満たされていた液体は錬金油で、所謂火炎瓶だ。瓶の外側には錬金油と反応して発火する性質の物質が塗布されていて、火のついた布で栓をしている物と比べて安全性が高いのが特徴だ。

 

「目標に着弾を確認! 進軍は……止まりません!」

「なに? 直撃していなかったのか?」

「それが……中には全身が燃えたまま(・・・・・)進軍を継続している兵士もいる模様です!」

「なんだと!?」

 

 燃え盛る炎は生き物の原初の恐怖心を刺激する。仲間が火達磨になっている状態ならばその恐怖心はなおさら増幅されるはずで、徴兵されてきた只の農民だった兵士が容易く耐えられるようなものではない。

 それに、火だるまになっている状態にもかかわらず進軍し続けているのも異常だ。炎に対する耐性を持たせる装備など貴族にすら持たせていない王国軍が兵士に用意するはずもないし、生まれながらの異能(タレント)か何かで炎への耐性を持っていても、本能的な恐怖とは別問題のはず。

 カーベインがブルムラシュー候が率いる軍勢の異常性に驚いている中、ジルクニフはふとこの数か月の間に王国に起きた状況を振り返っていた。

 八本指の一斉摘発からほどなくして起きた新型の麻薬によって人間が怪物に変ずる騒動。その怪物の戦闘能力は金級冒険者でやっと倒せるほどだったという。

 ランポッサ三世は体調不良が改善せず、バルブロ第一王子も自主的な王城での謹慎の結果、王族として戦場に出ることとなったザナック第二位王子。

 王位継承権の有力候補はバルブロ第一王子、ザナック第二王子、そして国王の娘を娶った六大貴族の一角であるぺスペア候の三人。

 ぺスペア候は前方左翼を指揮していて帝国軍に圧されている状況で、ザナック第二王子はプロト・ヴィマーナで送り出したバジウッドとニンブル、そしてブレイン・アングラウスによって動くことができない状況だ。

 仮にこの戦場でザナック第二王子とぺスペア候が戦死すれば、老い先短いランポッサ三世の後継は、王城で謹慎していたバルブロ第一王子の元に転がり込むこととなる。

 自分はこの合戦で王国に引導を渡すために準備を進めてきた。しかし、もしもこの状況を利用しようとしている者がいたとしたら? 

 これは仮定に仮定を重ねた推論でしかない。しかし理屈ではない直感が警笛を上げている。

 

 ──もしも、人間を怪物に変貌させる新型の麻薬がまだ大量に残っているとしたら? 

 ──もしも、バルブロ第一王子の自主的な謹慎が、王城に残るための方便だったとしたら? 

 ──もしも、ブルムラシュー候の今回の行動が、ザナック第二王子を助けるためではないとしたら? 

 ──もしも、ブルムラシュー候が王国を売っている相手が帝国以外にもいるとしたら? 帝国はそれを隠すためのカモフラージュだったとしたら? 

 

 それらの可能性が重なり合い、一つの道筋をジルクニフは導き出した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 ガゼフとブレインの一騎打ちは、両軍が予想していなかった形で終わりを迎えた。

 王国軍の後方左翼を任されていたブルムラシュー候の率いる一万の軍勢が、ザナック第二王子がいる後方中央の陣地に進軍し、王国軍に攻撃を開始したのだ。

 友軍それも六大貴族の一つの突然の裏切りに、中央に布陣していた貴族や兵士たちは混乱し瞬く間に押し込まれていく。

 ザナックは当初、帝国軍と内通していたブルムラシュー候がこの場面で反旗を翻したのかと考えた。一騎打ちもそのための囮だと思った。

 ブルムラシュー候の軍勢から途中で折られて短くなった燃え盛る槍が次々と投擲され、戦士団の戦士たちがザナックを庇う。

 徴兵された兵士では出すことが不可能な勢いの投げ槍は、戦士たちが構えた盾だけでなく身体にも突き刺さっていく。戦士団はその痛みに呻きながらも、ザナックを逃がすためにその身を盾とし続けた。

 

「ザナック殿下! 早くエ・ランテルまで撤退を! ここは我々が抑え込んで見せます!」

「わ……分かった!」

 

 戦士団の献身を無駄にしないためにも、ザナックは鍛えておらずやや肥満体の体に鞭打って軍馬にのってエ・ランテルへの撤退を始める。しかし、彼の視界に移った光景にその表情が凍り付いた。

 それはブルムラシュー候の軍勢が、武器を使わず腕一本で王国軍の兵士の胴体を鎧ごと貫いている様子。そして全身が燃えたまま(・・・・・・・・)叫び声一つあげることなく全力疾走で追いかけてくるする兵士達の姿だ。

 王族としての矜持から叫びはしなかったが、ザナックは恐怖で表情を歪ませていた。

 

「殿下! すまん、ブレイン!」

 

 ガゼフは《閃光烈斬》を放つ態勢を解除すると、ブレインに詫びを入れながら背を向けてザナックの救援に向かう。

 ガゼフの背後はがら空きで隙だらけの状態だが、ブレインはガゼフを後ろから攻撃しないで見送った。

 ガゼフを遮るようにブルムラシュー候の兵士たちが立ちはだかった。徴兵された兵士たちが瞳に宿すはずの怯えは含まれておらず、感情のない無機質な瞳は怖気を感じさせる。

 

「邪魔だぁ!!!」

 

 ガゼフは剃刀の刃(レイザー・エッジ)を振るい、兵士たちを切り伏せる。この時、ガゼフはいくつもの異常に気が付いた。

 まず切り伏せられた兵士から吹き出たのは鮮血ではなく、透明な液体であった事。そして両断した時の感覚が肉を切るものではなくむしろ植物を断つときのような抵抗だった事。そして──

 

「なに!?」

 

 ──切り伏せられた兵士たちはまだ動いていて、上半身だけが這ってガゼフの足を掴んでいた事だ

 足を掴む兵士の姿をしたナニカを蹴り払うが、その間に同じようなナニカがガゼフに集まってくる。まるでアンデッドが生者を求めて集まってくるかのようだ。

《六光連斬》で周囲のナニカたちを薙ぎ払った事で、拘束されたのは精々が合計数秒だ。しかし今はその数秒がガゼフにとってはあまりにも長く感じる。

 

 

「うわあぁぁ!」

 

 苦痛を伴った軍馬の嘶きが響き、それに遅れてザナックが悲鳴を上げる。

 ザナックが乗る軍馬の横腹にブルムラシュー候の兵士の腕が深々と突き刺さっていて、ザナックは馬上から放り出されていた。

 身体を大地に打ち付けて蹲るザナックに、燃え盛るナニカ達が襲いかかろうとしていた。この距離ではガゼフでは間に合わない。他の負傷した戦士団もナニカ達に取り囲まれ、ザナックの救援に向かえない。

 

「やめろぉぉぉ!!!」

 

 最悪の未来を予見し、ガゼフの絶叫が戦場に木霊する。

 その時、雷鳴が鳴り響いて燃え盛るナニカが爆散した。

 

「っつぅ……。な、何が?」

「大丈夫ですかい、ザナック第二王子殿」

 

 散らばったナニカの破片を呆然と見ているザナックに、ブルムラシュー候の兵士を切り捨てたバジウッドが声をかける。その手に持つグレートソードはバチバチと音を立てて帯電していた。

 

「な……なぜ? 敵国のお前たちが、私の事を……?」

「俺たちはついさっき陛下から『ザナック第二王子を守れ』って命令が来たんで守っただけですよ」

「ザナック第二王子殿、最早大勢は決しました。御決断を」

 

 ニンブルが指さした方を見ると、帝国軍の重装甲騎馬兵がブルムラシュー候の軍勢に向かって突撃していた。他の王国軍兵士を守りながら戦う様子は、王国の寄せ集めの兵士とは装備だけでなく練度も比べ物にならない。

 ニンブルが促しているのは、降伏宣言だろう。この様子では総指揮官であるボウロロープ候はきっと既に死んでいる。ボウロロープ候や兄上だったらば自分の面子を優先して拒絶しただろうが、この状態に至ってはそれが正しいとは思えない。

 

「……分かった、降伏しよう。その代わり、ブルムラシュー候の軍勢以外の者たちを守ってほしい」

 

 一国の王子には相応しくない判断だろうから、やはり自分には上に立つ才能はなかったという事だ。

 

 

 ────────────────────

 

 

 カッツェ平野の合戦が終わり、翌朝には再び薄霧で覆われるであろう鮮血を吸った赤茶けた大地を夕日が照らす。

 王国軍はブルムラシュー候の裏切りもあって歴史的な大敗を喫した。途中で王国軍を裏切ったブルムラシュー候の軍勢一万を省略した十九万の内、四分の一を超える五万近い死者は、中央に布陣していた兵士と貴族に集中している。

 ボウロロープ候が指揮していた前方では貴族や指揮官を中心に壊滅的な打撃を受けたのに対して、後方ではブルムラシュー候の軍勢によって徴兵された兵士に相応の死傷者が出た事に起因している。

 一方のブルムラシュー候の軍勢はというと……全滅。それも軍の定義としての全滅ではなく、誰一人として生き残るものがいない文字通りの全滅だ。

 帝国軍の被害は王国軍(……)による死者は皆無だったものの、ブルムラシュー候の軍勢を殲滅する過程で二百三十一名の死者、三千五百四十九名の負傷者を出す事となった。

 王国軍の残された前方左翼を指揮していたぺスペア候、そして被害が軽微だったレェブン候は残存兵力をまとめてエ・ランテルへ撤退。その一団の中に、ザナック第二王子とガゼフ戦士長及び戦士団の姿はなかった。

 彼らは帝国の対カッツェ平野駐屯基地にある天幕の一つの中にいた。

 

「殿下、よくぞご無事で!」

「戦士長! お前こそ大丈夫なのか?」

「はい。幸い、奴らの体液には毒性はなかったようです。ですが、申し訳ございません。国王陛下より託されていた王国の至宝は取り上げられてしまいました……」

 

 人間に擬態した未知の怪物であったブルムラシュー候の軍勢を数多く切り伏せその返り血ならぬ返り水を大量に浴びていたガゼフは、この駐屯基地で武装解除させられた後に全身に異常が出ていないかをデータ取りを兼ねてくまなく調べられていた。

 その過程で普段から身に着けている切り札の指輪を魔法で調べたフールーダ・パラダインの態度が豹変し、その指輪の出所を問いただされたが、リグリット・ベルスー・カウラウから送られた物である事以外はその出自は分からない事を告げると、何やらぶつぶつと思考に耽っていた様子は、賢者のような印象を持っていた彼のイメージを大きく変えるほどガゼフにとっては衝撃だった。

 戦士団の者たちや共に投降した一部の王国貴族も、帝国軍に所属する信仰系魔法を習得した騎士たちや魔法詠唱者の治療を受けている。彼らが別々の天幕に所属も分けてバラバラに隔離されている中、第二王子と同じ天幕に置かれたのは、帝国の配慮か余裕か。

 

「それについては良い。いや、本来は良くないのだが責めるつもりはない。責められるべきは降伏した俺なのだから」

「心遣い、感謝します」

「「……」」

 

 この事で会話を重ねても不毛な謝罪合戦になりかねないと判断した二人は、新たな話題を探そうとする。しかし、つい最近まで接点の多くなかった二人では、互いに理解できる話題というのが咄嗟に思い浮かばないのか、しばしの間、緊張した空気が続く。

 この沈黙を破ったのは天幕に入ってきたブレインとニンブルだ。ザナックは驚いているが、ガゼフは殺気を感じさせずに気配は出していたブレインに既に気が付いていた。ブレインの性格的にこの段階で襲うなどという事はしないという確信もある。

 

「歓談中にお邪魔します、ザナック殿下、ストロノーフ戦士長」

「邪魔するぞ、ガゼフ。それとザナック第二王子……殿下」

「ああ、大丈夫だ。丁度、何を話せばいいか困っていたところだ」

「ガゼフ……仮にも宮仕えの立場なんだから、貴族連中ほどじゃなくても口は動くようにしておけよ」

「うぐっ……、そういうお前はどうなのだ、ブレイン? 竜王国では救国の英雄と言われているそうではないか。あちらの国でも貴族と会う機会は多いのだろう?」

「俺は雇われの傭兵だから、最低限のマナーさえできてれば良いんだよ」

「ふふ、仲がよろしいのですね」

「まあ、こういう実直な男だから父上も信頼しているだ。あまり苛めないでやってくれ。……そういえば、お前たちに聞きたいことがあるんだが──」

 

 幾分か緊張した空気が和らいだのを確認したザナックは、一呼吸間をおいてから問いかける。

 

「──ブルムラシュー候が指揮していた化け物共の正体は、一体何だったんだ?」

「殿下、戦ってみての感想ですが、奴らは人間どころか動物系のモンスターですらない。アンデッドかあるいは──」

「──あれは樹人(トレント)の派生種だ」

「──知っているのか、ブレイン」

「ぶった切った連中の断面を確認したが、中身は部位ごとに空洞で外側は頑丈かつしなやかな管状の物体が密集してできていた。そんでふと思い出したんだよ。昔、刀を取り扱う南方の商人から聞いた話だが、砂漠を超えた先にある一部の地域では、麦のように分蘖(ぶんげつ)して繁殖するにもかかわらず樹木のように固くなり、最盛期には一日に一m以上成長する植物があるそうだ。恐らく、あいつらはそういう類の植物の性質を持った樹人(トレント)だ」

「魔法省の職員による調査でも、あれらの亡骸を腑分けして確認した結果、似た様な見解を示しています」

「まさかブルムラシュー候が人間ではなくて樹人(トレント)だったとは……今まで気が付くことができなかった。しかも株分けで増えるとなると、カッツェ平野にいた個体が本物のブルムラシュー候とは限らなくなる」

「ええ。その事も含めて、伝えなくてはならないことがいくつかあります」

 

 まだあるのかと、ザナックはげんなりしながらニンブルの話に耳を傾ける。

 

「良い方の話と、最悪な話。どちらからお話ししましょうか?」

「それならば先に良いほうの話からにしてくれ。続けて悪い話を聞いたら気が滅入ってしまう」

「畏まりました。今回の一件で、帝国は王国と共同で対応する方向で話を進める事が決まりました。明日にもエ・ランテルに使者を送り、王国側にアプローチするとの事です」

「ほう、それは確かに帝国にとって良い話だ。それで、最悪な話というのは?」

「はい、王国に潜入している複数の諜報員からの情報で明らかになったことですが、気を強く持ってください。本日正午ごろ、リ・エスティーゼ王国王都リ・エスティーゼで、貧民街より多数の魔獣及び亜人が出現し、王都内を無差別に襲撃。それに乗じてバルブロ第一王子がブルムラシュー候(………………)とともにクーデターを起こしました」

「……っは?」

「そして三つの顔と三対の腕を持つ巨人によって王城は破壊されて崩落。その後、その巨人が王都内を破壊して回っているという報告を最後に、王都内の諜報員からの報告は途絶えました」

 

 王国に諜報員が複数個所でいるという話をされて既に気落ちしていたザナックだったが、そこから続いた予想外の話の連続に、思考が止まる。

 

「バルブロ殿下がクーデターだと!? それにその巨人、モモンガ殿たちが話していた巨人と特徴が一致する! だが、それよりも──」

「──そ、そうだ! 陛下とラナーの安否はどうなっている!? ……まさか、二人共!!?」

 

 ガゼフの焦燥感に駆られた言葉で止まっていた思考が戻ってきたザナックは、家族の身を案じた。しかし、王城を破壊するような無法を行ったバルブロが二人をそのまま生かしておくとは到底思えない。

 ランポッサ三世はまず間違いなく殺害されているだろう。ラナーの方はひょっとしたら生かされているかもしれないが、その場合、配下の者たちから凄惨な凌辱を受けていてもおかしくない。いくらクライムは王国の騎士の中では腕が立つ方とはいえ、多勢に無勢名のは目に見えている。

 

「ラナー第三王女については、意識は目覚めていないようですが生存は確認できました。クライムという騎士とともに、蒼の薔薇に連れられてエ・ランテルまで転移で逃げ込んできたことが、エ・ランテルの諜報員からの報告で明らかになっています。ランポッサ三世については……生死不明です」




この作品では、オバマスで登場した完全装備ガゼフの奥義をヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファンから伝授された究極武技として扱っています。
武技《回転斬》はオバマスの完全装備版ガゼフが使用できる技の一つにあったので、武技として採用
帝国視点では、兵器や魔法を含めて様々な技術の実験場となっているこの合戦。重装甲騎馬兵の活躍する機会が与えられていないのはちょっと寂しいところ。

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