第一話「終わりと始まり」
ユグドラシル。それは、西暦2126年にサービスを開始したDMMO-RPGだ。
その最大の特徴は当時の他のDMMO-RPGと比較して圧倒的なまでにプレイヤーの自由度が高いことにある。
九つから成る広大な世界に2000を超える膨大な職業、別売りのクリエイトツールを使うことで様々に弄ることができる
これらの要素が日本人に大きくウケて、爆発的な人気を生み出した。
しかし、どのようなものにも終わりは見えてくる。長い歳月の中で当時は斬新だった要素も技術発展に伴って陳腐化し、後続のより洗練されたDMMO-RPGの登場などもあってアクティブユーザーは次第に減少し、2138年にサービスを終了することとなった。
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「ペロロンチーノさん、急いでください! もう時間がありませんよ!」
「分かっていますよ、モモンガさん! これで間に合わなかったら、初回限定版の付属品が付いてくるエロゲを目の前でギリ買い逃すくらい悔いが残る!」
「妙に現実味のある表現止めてくれません!? 予約しておきましょうよ!」
「エロゲの購入はできる限り直接買うのが俺のジャスティス!」
霧が立ち込める沼地を二つの異形が低空で飛ぶ。ユグドラシルに実装されている技術レベルの都合で表情は動かないが、二人とも焦りを含んだ声を出していた。
一つは金と紫で縁取られた、豪華な漆黒のアカデミックガウンを羽織り、
もう一つは猛禽類の頭に翼を持ち、そして肘から先と膝から先を鳥の爪へ変えたバードマンのペロロンチーノ。手に蛇の巻き付いた黄金色の杯を大切そうに抱え、キラキラ輝く金色の派手な鎧を着用し、鎧から金色の粉のような粒子が散っては消えていく様子は他に見るものがいればある種幻想的とも神々しいとも言えただろう。
異形種かつ社会人のみで構成されたギルド“アインズ・ウール・ゴウン”のギルドマスターとメンバーである二人は、ユグドラシルのサービス終了間際にある場所に向かっていた。
霧の中には影のようにモンスターが存在するが、ユグドラシル最終日である今日は、全てのワールドでアクティブモンスターもノンアクティブ化されており、こちらから攻撃しない限りは襲われることはない。
やがて目的地となる沼地に浮かぶ、円筒形の筒のような物が隙間なく並べられている島に到着する。
モモンガが左腕に嵌めた時計を見れば──
23:57:19
──どうやら急いだおかげで、少しだけ余裕をもって間に合ったようだ。
「ふぅ、間に合った……。すみません、モモンガさん。直前になってヒュギエイアの杯を持っていきたいなんて我儘を言ってしまって」
「いえ……こうして間に合ったわけですし、最後ですから構いませんよ。それに、理由も理由ですからね」
謝罪するペロロンチーノに対し、モモンガは空間から一つだけボタンのついた棒のようなものを取り出しながら答える。
この数年ずっと一人でギルドを維持し続けていたモモンガにとっては、親しいギルドメンバーが最終日の少し前からログインしてくれただけでなく、こうして最後までいてくれるのが嬉しかった。
そう考えると、こうしてドタバタするのも楽しい思い出になる。
「ありがとうございます。もういないあいつと一緒に入手したこのワールドアイテムに、ユグドラシルの最期を見せてあげたかったんです」
ペロロンチーノの言葉は、引退したメンバーに向けてのものではない。
ペロロンチーノにはモモンガと同様に親しく、偶々住んでいる家も近かったギルドメンバーがいた。
その名はラキスケ。42人在籍していたアインズ・ウール・ゴウンの中では後から入った後発組だが、ペロロンチーノとよくエロ談義してはペロロンチーノの姉であるぶくぶく茶釜に一緒にどつかれていたインキュバスの神官戦士だ。
ユグドラシルの衰退が始まり、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノが引退してしばらくしてから彼も姿を消した。しかし彼は突然引退したのではない。ユグドラシルをプレイ中に脳内の動脈が破裂したことによる突然死だった。
親しかったメンバーの死をメールで知ったペロロンチーノは後悔していた。もしも自分がユグドラシルを続けたままだったらば、彼の異常に気が付いて助けを呼んで一命をとりとめていたかもしれないのだと。
実際は助からない可能性の方が大きい。それでも、ひょっとしたらという思いがペロロンチーノの頭を掠めて放さなかった。
「ラキスケさん……」
モモンガも同じ思いだったのだろう。ギルドマスターとしてログインしていたにもかかわらず、彼の異常に気が付けなかったことは、彼の心を締め上げていた。
「あぁ……ごめん、湿っぽい話になっちゃって。さて、最後は派手に終わらせようか。あいつもその方が喜んでくれるだろうし」
「そうですね……そうしましょう。……よし、いくぜ!」
気持ちを切り替えたモモンガが、普段の彼らしからぬ強い口調で叫びながらボタンを強く押し込む。
その瞬間、下の島にみっしりと並べられた筒から、一斉に光弾──製作が安く販売していた花火が上空目掛けて打ち上げられた。
今頃大量に打ち上げられているであろうそれをモモンガとペロロンチーノは五千発ずつの計一万発買い込み、この島に並べていたのだ。
あまりに密集して配置されたそれは、まるで一つの光の塊であるかのようにも見えた。
「た~まや~!」「か~ぎや~!」
上空に登って行くまるで白い柱のような光弾を、二人はそれぞれ異なる掛け声を叫びながら眺める。
そして、上空で巨大な爆発が起こった。その輝きは花火という範疇を超え、超位魔法である《
眩しくて目も明けられないような光の塊が二人を覆う。
「あははは! 凄いですモモンガさん、まるで光の雨だ!」
「そうですね! ちょっと買い込みすぎたかもしれませんね、ペロロンチーノさん!」
二人はあまりに派手な花火の輝きに笑いあう。
もう少ししたらサービスが終了する。そうなったら、どのような終わり方をするのだろうか? モモンガはユグドラシルしかゲームを遊んでいないのでわからなかったが、そんなことは大した問題ではなかった。
ユグドラシルとの別れは既に拠点であるナザリック地下大墳墓の玉座の間で魔王ロールも含めて済ませている。他に最後まで残ってくれるギルドメンバーがいなかったら、そのまま玉座の間で最期を迎えることも考えていた。
現実の世界を突き付けられるような情緒のない終わり方であったとしても、この一瞬は確かにモモンガの……鈴木悟の楽しみを具現化したようなものなのだから。
どうやら余りの眩しさに思わず目を閉じていたようだ。モモンガは恐る恐る目を開けたところでふと違和感を思える。
脳とメガコンをコードで接続しているはずなのに、目を開けることができるのはおかしな話なのだ。それに、ユグドラシルにはない風が吹いている感触も伝わってくる。
まさか失明でもした上に窓も開いているのではないのかとモモンガは慌てるが、そこには予想外の光景が広がっていた。
まず目の前にはペロロンチーノがいる。これはずっといたのだから問題ない。
次にモモンガたちが空に浮かんでいるのもわかる。先ほどまで《
しかし、周りの風景が全く違った。
ナザリック地下大墳墓やグレンデラ沼地があるヘルヘイムならば、常闇と冷気の世界で常時夜の世界は陰惨な風景であり、天空を重く厚い黒雲が覆っているはずである。しかしそこには素晴らしい夜空があった。生まれて一度も見たことがない、ナザリック地下大墳墓の第六階層に再現された夜空にも勝る透き通った夜空だ。
「……なにこれ?」
モモンガはぽつりと呟きながら下を見る。そこには猛毒の沼地ではなく一面に広がる青々とした草原が風で揺れていた。
「は?」
「眩しすぎて目を瞑っちゃったよ、モモンガさん。もうそろそろユグドラシルも終わっちゃいますね……ってあれ、風景が違う?」
ペロロンチーノのユグドラシルが終わるという言葉に、モモンガは不思議なぐらい冷静に左腕に嵌めた時計で時間をチェックする。
00:03:44、45、46……
モモンガはもう一度周囲を確認する。一面に透き通った夜空が広がり、足元には青々とした草原が風に揺られている。
「な、なんだこれ?」
サービスが終了する日付は既に過ぎている。時計のシステム上、表示されている時間が狂っていることも考えられない。
「ひょっとして……サーバーダウンが延期した?」
もしそうならばGMから何か発表がある可能性がある。そう考えたモモンガは今まで切っていた通信回線をオンにしようとして──手が止まった。
コンソールが浮かび上がらないのだ。
「何が……?」
「初心者がやりがちなミスをするなんて、珍しいねモモンガさん。代わりに俺が……あれ? こっちも出ない」
自分だけでなくペロロンチーノもコンソールが出ないことにモモンガは焦燥と困惑を微かに感じながら他の機能も呼び出そうとするが、どれも一切の感触がない。
「ここにきて大規模エラーって……いくらクソ運営でもこれは駄目だろうが」
ペロロンチーノが頭をクシャクシャとかきながら悪態をつく。
「ぺ、ペロロンチーノさん……今、何やりました?」
「何って、クソ運営に悪態ついて……頭掻いて……って、俺……なんの違和感もなくこの腕で掻いてたよな?」
「ええ、ついでに言うと、髪の毛も一本一本別々に動いています。ユグドラシルにそこまでの細かさはありませんでしたよ」
「それに俺、どうやって翼を羽ばたかせているんだ? 自然にやっていて怖いんだけど」
その様子を見たモモンガがペロロンチーノに確認を取ると、ペロロンチーノも気が付いたのか頭を掻いていた手を止めてじっと腕を見つめる。
それに、実際に翼を持つ訳がない人間だったのに、自身が翼を羽ばたかせることに違和感がなかったことに恐怖を覚える
「ひとまず降りましょう。えっと降り方は……こんな感じか」
「そ、そうですね……」
モモンガたちはゆっくりと高度を下げ、難なく地面につく。
降り立った草原も鋭く凍っていたり歩く度に突き刺さるということもない、普通の草原だ。
ふとペロロンチーノが近くの草を千切ると、匂いを嗅ぐような動きを見せてから言った。
「モモンガさん……変な臭いがする。確か、電脳法でユグドラシルのようなゲームは嗅覚や味覚が制限されていたよね?」
「そうですね、ペロロンチーノさん。一応言っておきますけど、食べないで下さいよ。何があるか分からないんですから」
「さすがに食べはしないよ。それよりも、これからどうしよう、モモンガさん」
ペロロンチーノの問いかけにモモンガは頭を抱える。ユグドラシルではあり得ない状況の連続に必死に頭を捻り、混乱がピークに達しようとしたとき、唐突に感情が抑圧されるかのように鎮静化していく。
それに伴ってギルドメンバーの一人が良く言っていた言葉を思い出す
──焦りは失敗の種であり、冷静な論理思考こそ常に必要なもの。心を鎮め、視野を広く。考えに囚われることなく、回転させるべきだよ、モモンガさん。
アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明と呼ばれた男──ぷにっと萌えにモモンガは感謝の念を送る。
「そうですね、ひとまずは運営と連絡する手段を探りながら出来る事と出来ない事、変わった所とそのままな所を検証していきましょう」
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──二人は一通りの検証を終えて一息つく。
まずはそれぞれの身体の事。モモンガの肉体は完全に骨だけになっており、
次にコンソールが開けない代わりに運営と連絡できるかもしれない可能性がある魔法。
《
アイテムボックスを開く事に関しても、その時の事をイメージしながら中空に手を伸ばすことで、問題なく取り出したりすることも確認できた。
アイテムの効果の起動も、手に握ったままだったギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンにはめ込まれた宝石の一つである
そして右手薬指にはめている指輪、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。拠点であるナザリック地下大墳墓の名前がついている部屋であれば、回数無制限に自在に転移することが可能で、外から内部へ転移することもできて宝物殿に行くには必須のアイテムだが、他のアイテムを起動させようとした時のように念じても、その効果を発揮することはなかった。
これも《
この時、肩を落とすモモンガを慰めようとペロロンチーノが触れた時に
ペロロンチーノにワールドアイテムであるヒュギエイアの杯をアイテムボックスにしまわせて、モモンガはこれまでの結果からここがユグドラシルではない可能性を伝える。
そして自分がユグドラシルの最終日に一緒に遊ばないかと誘ったせいで巻き込んでしまったことを謝罪する。
仕事とユグドラシルしかなく、
それに対してペロロンチーノは、
「謝らなくて良いよ、モモンガさん。モモンガさんだってこの状況に巻き込まれた被害者な訳だし。むしろ、俺が最後まで残らないでログアウトしていたら、また友人を失うかもしれなかったわけだから」
「ペロロンチーノさん……」
「それに意外と
ペロロンチーノの励ましにモモンガはなくなったはずの胸の内から熱いものが込み上げてくる。
「ありがとうございます。それじゃ、ずっとここにいても始まりませんし、とりあえず、向こうに見える森に向かって歩きましょうか。そういえば、俺はアンデッドですから食事・睡眠が不要で疲労は無効化されますけど、ペロロンチーノさんは大丈夫ですか」
「飛んでいく方が早いけど、こんだけ何もないと見つけてくれって言っているようなもんだしね。一応装備でその辺りは対策してあるけど、何もないまま歩き続けるのは飽きそう」
「あはは……俺としては目的地になりそうなところを見つけるまでは無暗にトラブルには巻き込まれたくないですけど、アイテムボックスの中身を確認するために時折休むことにしましょうか」
そう言って、二人は遠くに見える森へと向かって歩き始めた。
本編の方でラキスケを含めてアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーは総勢42名にも関わらず《伝言》の魔法を飛ばした人数が39人なのは、現実世界で死亡した事を知っているラキスケに関しては無意識に除外していたためです。
今後、最新話を投稿する際の投稿場所は、何処が良いか
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該当する章の最新話(今のまま)
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新たに最新話の章を設けて、そこに投稿