薄い霧が絶えず出ているカッツェ平野、深く響くような重い声が《
そこには古ぼけながらも禍々しさを伴ったフード付きのクロークを被った、かつては煌びやかな装飾が施されていたであろう錆びついた鎧を着た骸骨が宙に浮いていた。
右手には暗く吸い込まれそうな宝珠が付けられた杖を持ち、腰には剣を帯剣している。両方の指には人差し指から薬指までそれぞれ一つずつ異なる指輪が合計六個嵌められていた。
『ふん、よもや
「フールーダお爺ちゃん、あの
「
『我らが盟主たるズーラーノーンや、魔神どもを滅ぼした奴らの中にいたプレイヤーなる存在によれば探知防御は必須だそうだぞ。尤も、分かっていても実現できるものは多くはいないがな』
言い方からするとあの
モンスターとしての
饒舌な部分があるようだから、ラキスケが来るまでの時間を稼ぎながらなんとか情報を引き出したい。
「それにしても、随分な規模のアンデッドの群れたちじゃない。こんなに集めて何が目的なのかしら? ただピクニックがしたいなんて理由では『さらなる高みへと至るためだ』……なんですって?」
『ここより北にある人間たちの都をわが軍勢でもって死都とし、それにより生まれる負の力でもって我が身をさらなる高みへと至らせるのだ』
「ここより北の都……、帝都を滅ぼそうというのか!」
『そのために、我は100年の月日を待った。人間の都が成長し、収穫するにふさわしい都となる時をな』
目的を直球に語ってくるのは少々予想外だった。それに、言っていることが本当ならば、あの
「そんなこと、できると思っているのかしら? あなたの配下の
「まだ
『あれらに与えていた配下は所詮数合わせ。貴様ら二人を始末し、アンデッドとして支配すれば余裕で元は取れる程度のものだ。見せてやろう、このアップアウトとともに100年の月日を歩んだ我が配下を』
そう言ってアップアウトと名乗った
それは
「これは
『亜種? 違うな。こやつは
「っ!
帝国兵たちと
《
「そんな、魔法が発動しな……ぎゃあぁぁぁ!!!」
しかし、その中でとっさに第二位階の防御魔法を使用してしまった
「これは! あのアンデッドはブレスを使えるだけでなく、魔法詠唱者の低位の魔法の行使までも阻害するというのか!」
「ええ、そうよ。具体的には第二位階以下の魔法を使えなくするの。何より厄介なのは……」
『知っているようだな、ならば隠すまでもないか。そう、この
「なっ!」
フールーダが絶句する。つい先ほどまで魔法への完全耐性を有すると思っていた
あのエルフの表情が芳しくないことから、この情報は本当だろう。しかも、物理的な直接攻撃手段しかない
せめてあのアンデッドだけであれば召喚魔法で呼び出したモンスターを使い、帝国の全兵力を利用することで多大な被害は出るが討伐は不可能ではなかっただろう。しかし、あのアップアウトと名乗った
撤退は……できない。そのようなことをすれば相手の軍勢はさらに膨れ上がって帝国どころか人間国家の存亡にも発展しかねない大勢力と変貌するだろう。
ちらりと師と仰ごうとしたエルフを見る。彼らは本来無関係の立場だ。自分たちを置いて全力で逃げに徹すればこの場を離脱することはできるだけの実力がある。しかし、彼らにそのような様子はなく、あまつさえ帝国の兵たちを守ろうとしてくれている。
「フールーダお爺ちゃん。ちょっと悪いけど、ここからはラキスケがこっちに来るまで時間稼ぎをするわよ」
「ラキスケ……先ほどまで一緒にいた、もう片方の戦線に出向いた悪魔の事ですな。信じられるのですか?」
フールーダの言葉には二つの意味が込められていた。一つは実際にこちらに来てくれるのかということ。もう一つは、彼一人が加勢したところで、状況が好転するのかということ。
それに対して、ビアンゴは頷く。
「ええ、彼は来てくれるわよ。だって彼、私たちの中で実力もお人よしさもダントツの最強だもの」
「ほう、それは逞しいですな。もとよりこの状況での撤退は悪手ですので、どうやってアップアウトと名乗ったアンデッドと刺し違えるかを考えていたところでした」
《
《
アップアウトから放たれる最強化された上で三重に放たれる第五位階の雷撃魔法を、ビアンゴとフールーダは無詠唱化した移動魔法で回避する。
「私は彼の方と共にあのアンデッドを相手する。お前たちが存命の将軍と共に指揮を執り、残るスケルトンたちを相手せよ」
「か、畏まりました! 師よ、どうかご無事で!」
「そういうわけで、私はフールーダお爺ちゃんと一緒にあれを足止めするから、帝国と協力して凌いで頂戴。それと、ラキスケが来たらこっちに来るように言ってちょうだいね。それが、私たちが生き延びる勝利条件よ」
「分かりました、ビアンゴ様!」
フールーダの言葉に高弟達は師の無事を祈りながら残る軍を再編してアンデッドの群れに対応する。
ビアンゴの方も、彼以外の6人のエルフのまとめ役ともいえるレンジャーのエルフ──カチャトラが他のエルフたちを率いて帝国軍に合流する。
(ふん。このまま急ぎ潰しても問題はないが、奴らが希望としているラキスケとやらが合流してからまとめて潰した方が、希望からの絶望によって負の力もより多く蓄積できるな)
それぞれの思惑の下に、カッツェ平野での戦いが繰り広げられることとなった。
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フールーダの召喚した
一方のアップアウトは一度に5発放たれる《
その気になればより高位階の魔法を使えるのに第一位階の魔法をわざわざ使っているのは、必中効果を持つ《
一見するとビアンゴとフールーダをゆっくりと甚振っていて余裕があるように見えるアップアウトだが、弱小ばかりとは言え配下のアンデッドたちが次々と消えていくのを感じ取り、その原因であろうラキスケへの警戒心は高まっている。その見た目から戦士職であろう彼に対する切り札が多大な魔力を消費し続けるため、下手に使ってラキスケとの一戦の時に魔力が足りない事態を避けるためにも他の高位階魔法の乱用は避けなければいけなかった。
そして、その時は訪れた。反対側に展開していたアンデッドを殲滅し終えたラキスケが到着したのだ。
「ごめん。こっち来るまでにいたアンデッドたちも殲滅するのに時間かかって遅れた」
「あの数のアンデッドを本当に殲滅したのか……」
「殲滅って……、確かに言っていたけど律儀よねぇ。目途がついたところで残っている帝国兵に任せても良かったんじゃないの?」
「怪我の具合がやばそうなのもそれなりにいたからさ、放置するわけにはいかなかったし。本当にごめん」
「まあ、貴方らしいけど」
遅れたことを謝るラキスケに、フールーダは道中のアンデッドの軍勢を殲滅したその実力に呆然とし、ビアンゴはしょうがない男だと呆れる。
そしてアップアウトは一つ一つが自身の装備よりはるかに上を行く、それこそ100年前のプレイヤーたちの装備に匹敵どころか凌駕しかねないラキスケの装備を見て警戒心を一気に引き上げた。
本来は絶望を与えるために用意していた魔法を無詠唱化して先んじて発動する。
『貴様がラキスケとかいうやつか』
「そうだけど、あんたが
『如何にも』
「じゃあ、さよならだ」
そう言って、ラキスケは傍から見たら瞬間移動したような速度で接近し、モーニングスターで
「《
『ほう、戦士でありながら第五位階のこの魔法を知っているか。ならばその効果も分かっているだろう』
「対象を霧の肉体に変えて、非実体の
『そう!
「なんだと! それでは倒しようがないではないか!」
可能性に賭けた時間稼ぎは、相手があらかじめ持っていた対抗策によって潰されたフールーダは思わず膝をつき、叫ぶ。その様子に周囲の帝国軍にも動揺が広がる。
「安心なさい、フールーダお爺ちゃん。何の問題もないわ」
「どこに安心できるところがあるのだ! 確かにこの短時間でアンデッドの軍勢を殲滅した力量は信頼できましょう。しかし、それはあくまで戦士としての力量。神話の魔法が必要な怪物相手にはその力は意味を成さない! 王国に存在する五大秘宝の一つである武器ならばともかく、先ほどの様子ではそうではないでしょう」
「だからこそよ」
「なんですと?」『なんだと?』
ビアンゴの余裕の笑みに、フールーダとアップアウトは揃って疑問の言葉をこぼす。続いて、ラキスケがアップアウトに向けて話しかける。
「あんた自身が言っていたよな。『これを突破できるのは、プレイヤーと言えども、
『まさか……、しかし、ではあの身体能力に説明がつかん! これほどの動きができる戦士でありながらこの防御を超える魔法を使えるなど!』
「悪魔やアンデッドじゃなかったら、手間がかかっていたから、その点では助かったよ」
『アンデッドや悪魔じゃなかったら? まさか!』
「そういえば言ってなかったね。俺がここに来るまでにいた帝国軍の生きていた負傷者は、俺が全員魔法で
『貴様、神官戦士かぁ!』
「正解だ。そして改めて言おう。さよならだ」
《
ラキスケの魔法詠唱と共に大地に炎が現れ陣を描き出す。
アップアウトは目の前にいるラキスケには目もくれずに、
アレは不味い。あれが完成する前に効果範囲の外に逃げなければ、
アップアウトは即座にそう判断するが、
「こいつは俺の友達が昔作ってくれた、非実体化している存在を捕まえることに特化した特殊な鎖でね。普段は使わないんだけど、こういう時には逃がさないのに便利なんだ」
『き、貴様ぁ!』
「それじゃあ、しっかりと味わってくれよ。対アンデッド・悪魔用の第十位階魔法を」
炎の陣が完成し、範囲内の大地が輝きだす。絶えずアンデッドの反応を示す薄い霧が張られ濁っていた空気はその輝きに触れて浄化され、清浄な空気へと変わっていく。
それに呼応するように、残っていたアンデッドたちが次々と消滅していく。しかし、その消滅は怨念を晴らせなかった無念を抱えたものではなく、そういった負の感情から解放され救済されているかのような気がした。
『あぁ……っ、われ……は……』
ボロボロと肉体は崩れ、眼孔に宿していた赤い輝きは光を失う。末期に何を思い出したのだろうか、先ほどまでの焦りを含んだ声ではなく、穏やかな言葉を最後にアップアウトは消滅した。
────────────────────
「っという感じで、ズーラーノーンの十二高弟の一人が抱いていた野望を打ち砕いたのが、フールーダとの出会いの顛末だった。こうやって思い出しながら話して気づいたけど、彼はどういう理由で自身をさらなる高みに至らせようとしていたんだろうな?」
「そうねえ……。確かにそれは気になるところよね」
「話を聞いた限りでは、最後は穏やかに逝けたみたいですけど……。ひょっとして、何か悲しい理由や使命が初めはあったのかもしれないですね」
ラキスケの昔話を聞いて、ツアレはそのアンデッドが何を思って最期を迎えたのかを考える。
「まあ、そういうのを考えるのは吟遊詩人の仕事だな。とにかく、この一件で俺たちはフールーダとコネクションができて、無事この帝国に亡命することができたんだ。まあ、魔法省でツアレには話したけど、アンデッドたちを浄化した後にフールーダが涙を流しながら俺に跪いてきたのはドン引きしたよ。あの時はアップアウトにだけ聞こえるように言ったつもりの言葉が聞こえたのかって思ったけど、ビアンゴがばらしたんだってね」
「だってしょうがないじゃないの。狼狽しきっていたフールーダお爺ちゃんを静かにさせるには、貴方が何をしているのかを説明するのが手っ取り早かったんだもの」
「あぁ、なるほど。あの状況だったらそりゃしょうがないか。だけど感覚的に魔法が使えるだけで、どういう成り立ちで使えるのかとかの論理的な説明が全くできないから、フールーダに教えるのにかなり苦労したんだよ」
「そこでちゃんと教えようとする辺り、真面目よねぇ」
「まあ、フールーダが信仰系魔法をあまり使えなかったことと、暗黒神官職は修めていなかったからどうにかできたのが大きいかな?」
ラキスケがフールーダに対して最初に確認した事は、フールーダがどのような職業を修得しているかであった。
フールーダの場合、魔力系・信仰系・精神系の三種類の魔法に関連する
ユグドラシルであればあえて死亡し、デスペナルティによるレベルダウンを利用することでより効率的なレベル構成にすることも容易であったが、大きくレベルを上げる手段が乏しいこの世界ではその方法は有用ではないと判断したラキスケは、次善の策として暗黒神官職を修得させることで魔力系魔法詠唱職と信仰系魔法詠唱職を関連付けることにした。
ラキスケが修めている暗黒神官や
一見すると強力な職業特性にも思えるが、欠点もある。まず、暗黒神官職のレベルを上げることで習得できる魔力系魔法に強力な魔法が少ないこと。次に修得した暗黒神官職より上位の職業のレベルは積み上げに反映されない事。そして、信仰系魔法に影響を与える信仰値と魔力系魔法に影響を与える魔力値の伸びが中途半端でどちらかに絞ったほうが良いこと。
これらの欠点に加えてラキスケたちレベル100プレイヤーが狩場とするエネミーに対して使う位階の目安は第8位階からであることもあり、ユグドラシルでは暗黒神官職はロール向きの職業であり実践向きの職業ではないとされていた。
しかし、第三位階で熟練の
さらに、ラキスケがユグドラシルで布教用に暗黒神官職を修得するために必要な本型のアイテムを所持したままだったことも、フールーダに魔法を教えるのに大きな助けとなった。
その結果、現在では儀式魔法を含めればフールーダは第八位階までの魔力系位階魔法を行使できるだけでなく、第三位階までの信仰系魔法も行使できるまでに至る。
「今回のお話はこんな感じで終わりだけれども、ツアレの要望には応えられたかい?」
「はい。ありがとうございます、ラキスケ様」
「良かった。話しながらあれ? これどちらかというとフールーダの話じゃないか? って途中で思って不安だったんだよね」
ツアレの返答にホッとするラキスケ。
「けど、私たちとラキスケが出会ってからの昔の話となると結構難しいのよねぇ。戦闘は大体すぐ終わっちゃうからお話としての盛り上がりに欠けるし、政治的な話はあまり話したくないからNG。そうなると、私たちと出会う以前の頃の話とかの方が良いんじゃないかしら?」
「それもあったか……。楽しかった思い出もたくさんあるけど、信憑性のない御伽噺にしか聞こえないんだよなぁ」
「そこはあなたの語り部としての能力の見せ所よ。脚色して面白おかしく話しても良いわけだし、ピロートークにはちょうど良いんじゃないかしら?」
ビアンゴの提案にラキスケは悩みながらも前向きに考える。
自身が所属していたギルドであるアインズ・ウール・ゴウンは、個性豊かなギルドメンバーが多く在籍していたこともあってこういった雑談に使えそうな話題には事欠かない。
この世界で再開できる可能性はゼロではないが限りなく低いと考えている。その間、ギルドや仲間たちのことを全く話してはいけないなんて言うことはないし、話のタネにはちょうどいいだろう。
「まあ、頑張ってみるか。まず初めに、今夜にでも……」
ラキスケはそう結論付けて、ツアレをベッドに誘う算段をつけるのであった。
暗黒神官職の設定に関しては、名前の響き的に信仰系位階魔法にも魔力系位階魔法にもどっちにも精通していそうという妄想に基づいた独自設定です。
トライヘッド・スケリトル・ドラゴンは、レベル100の魔力詠唱者系プレイヤーにとっても魔力の消費に対するリターンが釣り合わないという意味で出会いたくないモンスターとして考えた独自設定のアンデッドとなります。
今後、最新話を投稿する際の投稿場所は、何処が良いか
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該当する章の最新話(今のまま)
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新たに最新話の章を設けて、そこに投稿