すごく、いやな夢を見た気がしました。
ばっと掛け布団を突き飛ばすように起きて、しばらく自分がどこにいるのかわからなくて。
じんわりおでこに浮かんだ汗が、つつーっと鼻の筋を滑り落ちていって、それからようやく、今いる場所が宿屋の一室であることを思い出しました。
枕のすぐそば、ちょうどベッドから手が届く高さにある水差しを取ります。
唇をつけて傾けるとぬるい水が喉まで流れてきて、それをゆっくり飲みます。カラカラになってた身体が充分満たされたのを感じてから、ようやく私は息を吐きました。
「むにゃ……グランー……オイラお腹いっぱいだからよぅ……もう無理だって……」
窓際の棚で丸まって眠るビィさんが、不思議な寝言を呟いてました。
ちょっと苦しそうな表情ですけど、どこか幸せそうでもあって。少なくとも夢見は悪くなさそうです。
私と違って。
……たぶんあれは、昔のことだったんだと思います。カタリナに会う前、まだ私がちゃんとした私じゃなかった頃のおぼろげな記憶。
あんな光景を見ちゃったからかもしれません。
今日、森で目にしたいくつもの死体。
帝国に囚われていた時も、グラン達と出会って騎空士になってからも、悲しいものをたくさん見てきました。それこそグランを始めに、人の死に関わってきたことも一度や二度じゃありません。でも、魔物や獣ではなく、人間の手で……殺されたんじゃなく、壊された人達の姿は、本当にひどかった。ひどかったんです。
気を紛らわせるようにまた水を飲もうとして、水差しの中身が空になっていることを知りました。
「……たしか、一階に代わりがあるんだったよね」
夕食が終わった後、宿の女将さんがそう言ってました。
これでもう終わりにすればいいのかもしれないけど、あとほんのちょっと足りてない感覚があって、乾いたままだとうまく眠れない気がしたんです。それに、水を飲んじゃったからか……お手洗いにも、行っておきたくて。
大きな物音でビィさんを起こさないよう、そっとベッドから抜け出して、私は水差し片手に部屋を出ました。
廊下はとっても静かで暗くて、ちょっと不気味です。大きな街の宿だと火の属性力を閉じ込めたランプみたいなものがあったりするんですけど、こういう小さな島のおうちはロウソクとかの明かりが主流なので、夜になると窓のない場所は真っ暗になっちゃうんです。
転ばないよう慎重に、おそるおそる一歩ずつ進んでいきます。裸足で踏みしめた床が、その度にきしぃ、きしぃ、って悲鳴みたいな音を立てるのが余計に怖くて――だからふと誰かの声が聞こえてきた時、私は危うく気絶しそうになったんです。
それがナルメアさんのものだと理解するのに、随分時間がかかりました。
あんまりびっくりしちゃったから、両足の力が抜けて座り込んで、手を水差しから離しかけて、慌ててキャッチし直しました。どうにか落とさずに済んでほっとした後、続けて聞こえた声がグランだって思って、安心して、それからあれ、って首を傾げて、ここがグランの部屋の前だって気づいて。
どうして二人の声が同じ部屋から聞こえてきたのか、私はたまらなく気になりました。
水差しを横に置き、なるべく物音を立てないよう慎重に、扉に耳をくっつけます。
会話をしている様子じゃありません。
ぐちゅぐちゅと何か粘り気のあるものをかき混ぜる音。背中を指で撫でられるみたいな、ぞわっとする甘く痺れる声。今まで私が聞いたこともないようなことが、扉の向こうで行われてる、それだけはわかって。
なぜか胸がドキドキして、私は扉に背を預け、小さくうずくまりました。
お腹の奥に、ふわふわした熱を感じました。はっ、はっ、と少しだけ荒く、熱っぽくなった吐息を床に落としながら、私の手は無意識に、お腹の下側へと伸びていたんです。
いつの間にか下着が湿ってました。おもらしをしちゃったのかと思ったけど、刺激の強い臭いは全然しなくて、触れた指には微かな粘りがありました。湿った筋を指の腹で擦ると、全身にぴりっとした感覚が走ります。痛みじゃない、不思議な気持ち良さ。私はその正体を知りたくて、指の動きを繰り返します。最初は恐る恐る、次第に大胆さを増して。
やがて指が布ごとつぷりと沈んで、さっきまでとは比べ物にならない快感が背筋を駆け抜けました。
怖い。
そう思ったのも確かです。でも、私の手はもう止まりませんでした。
ほんのちょっと躊躇ったけど、右手を下着の中に滑り込ませました。そこにあるのは、おしっこが出る穴。普段は閉じた割れ目です。今は温かくてぬめりのある水が溢れていました。
そっと。割れ目をなぞりながら開きます。例えば自分の口の中に指を突っ込むような、見えない場所をこじ開ける時みたいな抵抗感はあったかもしれません。少しだけ。爪で傷つけないようにゆっくり進むと、偶然何かに触れて、ひうっ、と悲鳴が漏れかけました。危うく大きな声を上げそうになって、何とか喉のあたりで抑え込んで。ほっとして、どうしてほっとしたのかわからないまま、今度は優しくそこを触ります。
おしっこの出るところより上、割れ目に隠れた、お豆みたいに小さな膨らみ。表面を撫でただけなのに、そこから雷みたいな感覚が駆け上がっていくのを感じました。
……私、何してるんだろう。
今しているのが、すごくいけないことみたいに思えました。
なのに止めたくないって、止めないでって、私の中の何かが言うんです。
……グランはこの扉の向こうで、何してるのかな。ナルメアさんも、いるんだよね。
ふたりで。
あんな声を上げるような、ことを。
そう考えたら胸の奥がいきなりきゅぅっと縮んだようになって、ますます息が苦しくなって、悲しくないのに泣きたくなって。
勝手に指が動いて、お豆を何度も擦りました。ぴくぴく上半身が跳ねて、でもそれで扉を揺らして室内のふたりに気づかれたくなくて、いろんなものを噛み殺しながら、私は待っていました。
ただ、何かがいつか来ることだけは、わかっていたんです。
扉越しにくぐもった声で、ナルメアさんがグランの名前を呼んでいました。繰り返し繰り返し、すごく純粋に、彼だけを求める声。それに応えるように、グランもナルメアさんの名前を呼んでいて――ああ、そこにいるのが、もし、私だったら。
私だったら、どうなるんだろう。
何をしてるのかさえ知らないのに。
グラン、グラン、グラン――。
声にならない声で、私は求めていました。目を閉じて、グランの姿を思い浮かべようとしたけれど、いまいちはっきりしない、ぼんやり霞んだ輪郭しか描けなくて。ただ、繋がった命が、痛みや苦しみじゃない、熱い何かを共有していることだけを感じていました。
やがて、限りなく近くて、限りなく遠いところから来たものが、今の私の全てを焼き尽くしました。
一際すさまじい快感が全身で暴れて、ほとんどの気力を一緒に持っていかれて、流されたみたいで。扉に預けた背中がずるりと滑り落ちかけて、どうにか倒れる手前で堪えました。
しばらく息を整え、下着から右手を抜き、じっと見つめます。暗闇にちょっと慣れてきた目が、ぬめった水に濡れた手のひらを捉えました。気持ち悪い、ですけど……服で拭いちゃうわけにもいかないですし。ナルメアさんが自分の部屋に戻るなら、ずっとここに座ってると邪魔になっちゃいます。というか、聞き耳立ててたのがバレちゃいます。
まだ無事な左手で水差しを持ち、立ち上がりました。おねしょしたみたいに床も濡れちゃってますけど、どうしましょう……。水をこぼしちゃったってことで誤魔化せないでしょうか。
とにかく当初の目的通り、一階に向かって替えの水差しを回収しました。流し場で右手を綺麗にして、二階に上がってグランの部屋の前で止まって。そーっと濡れたところに上から水をかけて、証拠隠滅を図りました。
……ほんとに、私、何やってるんでしょうね。
我ながら間の抜けた感じでおかしくて、ぐちゃぐちゃになってた気持ちがちょっぴりゆるんで。
部屋に戻って、水差しの水を四分の一くらい飲んで、ようやく布団にくるまりました。
湿った下着も脱ごうかと思いましたけど、我慢することにします。朝になれば乾いてるかもしれませんし。
ビィさんは寝相がちょっと変わってました。こっちの方を向いて、微妙によだれも垂れちゃってます。なんだか幸せそうな顔で、それを見たらすごく安心して。
あとはもう、いつ寝ちゃったかもわかりません。
ただ、いやな夢だけは、見なかったと思います。