10年前……日本某所……。
誰にも知られぬことのない暗い場所で一人の少女は鎖に繋がれた身をただひたすら揺らしていた。
「出せっ!出せぇぇぇぇぇ!」
金属音が暗闇に冷たく響く。
自分を解放するよう訴える口元は叫び続けた代償により血を吐き赤く染まり……身体は憤怒で硬直していた。
モニター越しにその姿を見る研究員達は興味深そうに口を揃える。
「我々は適合者じゃないので見えぬが奴の身体は今怒りで血管が隆起し硬直してる筈だ、見ろ手桎や足枷の締めつけが弛んでおる」
淡々と話す年老いた研究員の説明に皆おぉっ……と声を挙げ納得した。
「正しく化け物よな。こやつは人間の姿形はしとるが、とんでもない怪物が内に眠っている。名は依然この娘が食らった両親が奴の口から聞いた……恐暴竜イビルジョーと言ったか」
「はい」
「このモンスターは危険だ。飢えによって適合者の理性まで潰してしまうのだからな。少なからずワシにも同情はある……しかしこの小娘がやった行為は到底許されはせん」
「研究長彼女は飢えが抑えきれなくなり凶行に走る前はよく笑い頭も良く呑み込みが早い子だったようですが……」
「うむ。確かに勾玉がこの娘を狂わしたがその責は負わねばならない、理性を喰われたのは娘なのだ。今後この場で幽閉して死なぬ程度に餌を与えていくしかない」
いっぱい食べさせれば力をつける。
それはそうだ、人間だって食わなきゃ死んでしまう。
女子研究員の一人の三上由梨は彼女を可哀相に思った。
この子だって普通に生きたかった筈なのに。
8歳の子がこんな重い運命を背負わなければならないんだ……もう光を見ることが許されないこの子に由梨が出来るのはせめて彼女に優しく接することだけだ。
10年間彼女は、イビルジョーの適合者、笹川広美の世話をしてきた。
飢えがひけば彼女は凄く穏やかになる。
自分のことを実の姉のように接してくれる広美は由梨にとって妹のようにも娘のようにも思えた。
飢えてる時も由梨の姿を見れば理性をちょっと取り戻したような様子も見られた。
10年の月日が流れ、研究室の増築、異動等様々なことがあった。
……今日も由梨は広美の世話をしている。
これだけが10年前から変わらないことだ。
朝食を差し出し広美はたまらないとばかりに歓喜の表情を浮かべた。
「朝御飯よ。広美ちゃん」
「やったぁ!お腹ペコペコだもん!ありがとう由梨姉!」
学校に通わせてもらえない彼女だが出のいい大学を出た由梨が彼女の知識を満たすために教えたことにより彼女は他の高校生より断然頭がいい。
とにかく吸収が早いのだ。
本当にこれでイビルジョーの勾玉の力を持たなければ彼女は普通の高校生として過ごしていたのだろう。
何故この子がイビルジョーに選ばれてしまったのか
「由梨姉泣いてる?」
「えっ…泣いてないわ!、さぁ今日も実験よ。今日はあなたと同じ年で適合者の榊君が担当だからね!」
由梨の台詞に広美の顔から笑顔が消えた。
「あの人また私の担当なの……?ちょっと替えてもらいたいんだけど」
「どしたの。何かあった?」
「いや、実は……」
「彼女は実験が嫌で嘘ついてるだけですよ、由梨さん」
「榊君」
颯爽と研究員唯一の10代管原榊が現れた。
ビクッとしながら、広美は言いかけの口を閉じる。
「榊……」
由梨の目から見て、広美は榊に対し恐怖を抱いてるように思えた。
「さんを付けろ!化け物が!」
激昂しながら、広美の頭を掴んでベッドの端のところへ思いっきり顔を叩きつけた。
それだけでは終わらない。
今度はベッドの上に立ち、広美のお腹を何回も踏んだ。
呻きと共に吐瀉し苦しみが広美を襲う。
「やめなさい榊君!あなた広美ちゃんに何をしてるの!」
くるりとこちらを振り向き口元を挙げながら彼は躾ですと答えた。
由梨は困惑していた。
成績優秀、研究肌、他人を敬う……挨拶もきちんとこなす……研究員になったのは勾玉の秘密を解明したいから。
そんな子が何故こんなに豹変したのか理由が分からない。
初めてここへ配属された時の挨拶もあんなに素晴しかったのに……。
「なんでこんなことするの!?」
「やだなぁ。こいつを徹底的に排除したいからです。排除すれば俺に利点が2つあります。1つ目は理性を失う勾玉イビルジョーを取り除いたことによる安全への貢献、2つ目は……俺が適合者としてイビルジョーに勝ったって事実です」
「どうして執着するの?」
「決まってるじゃないですか、研究者としても人間としても俺は尊敬されたいんですよ。こいつはうってつけの鴨だ……飢えて怒るのすら通りこしただ腹が減っただけの牙がないイビルジョーなんて猫と同じだ」
「ふざけないで!こんなことやめなさい!」
「俺に逆らわない方がいいですよ。既に所長からはこの研究所の全権限を俺に譲るよう話は済んでます。あなたをどうしようが俺の自由ってわけだ……しかしこの広美はいい身体つきしてますよね」
ちらりと何か思いついた目で由梨を見る榊。
「彼女には一週間前も世話になりました。殴ったあといっぱい楽しんだもんな……広美!」
「いやぁ!やだ!由梨姉の前でだけはやめて!」
榊によって広美の服が破かれていく。
……今自分の前で何が起きてるか、誰か説明してほしい。
なんで榊君と広美ちゃんが……。
さっきから何度この言葉を思い浮かべたろうか。
激しく身体を打ち付ける音が響く。
泣きながらそれを拒む広美に、知ったことかと榊はどんどん攻める。
由梨に残されたのは絶望である。
こんな絶望どうしろと言うのだ。
「あれ?30代のおばさんには辛い場面でしたかね」
広美の乳をギュウと掴みながら、見下したような口調で語った。
耐えきれなくなった由梨は部屋を飛び出した。
「そんな……由梨姉……」
「あれが本来のお前に対する当たり方だ。今まで運が良かったなぁ。これからはたっぷり生き殺しの生活させてやるよ」
壁の向こうから彼女の悲鳴が聞こえた。
自分は逃げてしまった、あの二人から。
最低だと重々分かるだがもうイビルジョーに限らず適合者と言うのが何なのか分からなくなった。
「どうすれば良いのよ!」
ガツンと壁を殴るも、自分の拳が傷むだけである。
人間は無力だ……。
悲観していると施設に揺れが走った。
地震か?と考えた由梨の上の天井が爆発を引き起こし外と繋ぐ穴が開く。
驚愕だ。
なまじそこらの爆弾じゃ傷1つ付かないのに簡単に破壊されてしまった。
『アォォォォォォン!』
轟くおどろおどろしい咆哮、更に破壊される施設、巨大な穴を開け入って来たのは、バゼルギウスだった。
巨体を揺らしながらこちらへ歩いてくる。
「なんでバゼルギウスが……!」
壁と同じく爆散されるとばかり思って身を屈めたが、由梨に興味も示さずバゼルギウスはその横を通りすぎた。
……狙いは私じゃない?。
そのままバゼルギウスは広美達のいる部屋の部分を隔てる壁に爆鱗を設置し爆発させて破壊した……既にことを終えた榊は突然の爆ぜし鱗を持ちし者の襲来に存分に驚く。
「爆鱗竜なんてお呼びじゃないぞ!」
身体から赤黒い稲妻を纏った球を発生させる。
ピタリと宙で完全に停止したあと、猛スピードでバゼルギウスに激突し見事怯ませた。
ジンオウガ亜種……原種と違い龍属性を操るモンスター、それが榊の勾玉だ。
龍属性に弱いモンスターは多いがこのバゼルギウスは龍に強い種だ。
更にこの気高き非道は渡のラージャン、広美のイビルジョーに続く古龍級生物でもある。
……ジンオウガ亜種は決して弱く無いが、あまりにも分が悪い。
怯みを気にせず、バゼルギウスが大規模な爆鱗を落とし爆発させたことにより榊は吹っ飛ばされた。
「そんな……!榊君!!」
散々暴れ満足したのか、バゼルギウスは空を飛び何処かへ行ったが爆発で発生した炎が研究室に次々引火していく。
「どうしましょう……これでは逃げられないわ。あとあの子達も」
適合者とは言え、コントロールされた食事を与えられ弱って鎖すら契る力を持たない広美と意識を失った榊では命を落としてしまう可能性がある。
「広美!……あっつ!」
由梨は、鎖に手をかけるもすでに火の熱を帯び激熱を放っていた。
「そんな広美!広美!」
「ふふふ、由梨姉研究員のくせに鉄が熱を帯びやすいこと知らないんだ。早く逃げて由梨姉」
熱が包む中、広美は優しく微笑んでいた。
「どうしてそんな顔が出来るの……?。私はさっきあなたを見捨て今は救うことも出来ないのよ……ごめんなさい、広美……!」
「あんな姿見たら誰だって逃げたくなるよ……あいつが初めて実験担当になった時いきなり暴力を震われてさっきしたみたいにされたの、由梨姉に言いたかったけどあいつが……言ったら2度と由梨姉と会わせなくさせてやるって言われて言えなかった」
「あの子そんなことを……ごめんなさい。気付けなくて」
「由梨姉、謝りすぎだよ。でも榊はもう焼かれて死にそうだし心配ないよ。ま、私もヤバイけど、でも由梨姉だけは逃げて。30過ぎて独身じゃヤバイよ」
五月蠅い子ね、と涙を流す。
「言いよっては裏切る男より、広美ちゃんと一緒に死ねた方が幸せよ……あなたは娘のような存在だもの。そばにいさせて広美……」
「由梨姉さん……私こそ由梨姉はお母さんみたいに優しくてお姉ちゃんみたいに親しみやすい存在だったよ……ありがとう由梨姉……」
二人は今度生まれ変わったら本当の親子か姉妹になりたいねと誓い運命に身を任せた。
あなたと一緒ならこわくない
そう言い聞かせながら。
「泣かすねー!俺もそんな悲劇的な人生歩みたいもんだ」
幻聴?……劫火の中から男の声がした。
「しかし不便だな。人間はともかくとし適合者も火に耐性がなきゃこの程度の炎で死んじまうんだから。こんな炎、俺や黒邪や焔紅の焔にも及ばねぇ」
呆れたように言うと、炎の燃える向きが声のした方に方向を変えた。
次第に炎が収束してく。
「ほい、鎮火完了。死ねなくて残念だなあんたら」
何者だこの少年は?。
「君はだれ!、あなたが炎を消したの?」
「御名答、それと人に名を聞くときは自分から名乗るのが筋では御座いませんか、マダム?」
飄々とした態度で腰を曲げ手をつき出す少年。
「……私は、三上由梨。この研究室の一研究員よ。君は?」
「俺は、深獄緋鉉。どうだ研究員様、この名を聞いて誰か思い出せないか?」
「……あなたまさか、適合者の存在がこの世で確認された時その莫大なエネルギーの強さから禁忌に分類された紅龍ミラバルカンの適合者?」
「正解だ……研究所はクソつまらなかったぜ、同じ禁忌の祖雷と一緒だったのが救いだったな……っと、クソ研究所時代の話はしたくねぇ」
俺も黒邪や焔紅みたいに幼少期暴れてりゃ放置扱いだったのかねー。と軽く言った。
「こんな火事までしかけて用があんのは、その女を俺の仲間にしたいからさ。恐暴竜ともなりゃ力は絶大だ。奴等にも惹けを取られないってもんだ」
「広美を、この子は渡さないわ。緋鉉君、あなたも禁忌に生まれ苦しんだのかもしれないけどこの子もね、イビルジョーの枷に苦しみ生きてきたの、あなたの目的のために使うわけにはいかないわ」
「うぜぇなババアが。いいから早く渡せ。広美とか言ったなテメェもだ、俺の仲間にならねぇならこのババア灰にするぞ」
30年以上生きてきた自分はこんな威圧感を放つ存在にあったことない。
恐怖で押し流されそうだ。
「考えてみろ?テメェだってこの女を守りたいんだろ?。なら俺と共にこい。適合者の生き方を教えてやる」
この男の言うように私はもう由梨姉から離れる時期なのかも。
「させて、あなたの仲間に。その代わり絶対由梨姉には手を出さないで」
「広美!」
「分かってるよ。ほら、お前は晴れて自由の身だ」
頑丈な鎖が普通の紐のように契れた。
立とうと踏ん張るも、身体がふらつく。
「暫くは身体を動かす補助をしてやる」
緋鉉が手を翳すと、広美の身体から筋肉の疲労がなくなった。
「嘘、私立ててる……」
10年振りに自分の立った感覚を味わう。
「広美行ってしまうのね」
「うん、由梨姉に迷惑もかけられないし……この人の元で外の世界も見てみたいから、けどどんな目にあっても絶対人は殺さないようにする。それだけは絶対守るから」
「広美……」
2人は名残惜しむように暫く抱きあった。
「緋鉉君、広美をお願いね。私はあなたの人生に口は出せないけど、この子に外の世界を見せてあげて」
馬鹿かと正直思った。
何が世界だ、この世界ももうすぐ自分達の争いで潰れる。
それなのに世界を見せろ?。
「……俺が奴等をぶっ殺せば可能かもな」
「え?」
聞こえるか聞こえないかの声で呟いたが案の定聞こてなかったようだ。
なんでもねぇ、と言って、広美と事前に自分がスカウトして空で待機してる飛高を連れ姿を消した。
なんだってあんな顔することができんだよ……俺ら怪物相手に。
破壊に注力してた自分の心に新たな謎が渦巻いた。
……白咲町では焔紅から逃げた彩菜達は一先ず家へ帰りラインでやり取りを繰り返していた。