※この作品はR-18です。

恋姫じゆうちょう   作:KKS

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差し替え以前のものです。


『恋姫異天記』短編版(保管用)

 原野を駆ける、騎馬の一群。その数は、四、五百といったところだろうか。

 『曹』の一字の旗。敵軍を追っているようだった。兵たちを鼓舞するように、三人の将が前線で馬首を巡らせている。ひとりは男で、あとは女だった。

 男が剣を横に薙ぐ。悲鳴と同時に、乗馬していた賊が地面に叩きつけられた。所詮、敵は正式な訓練を受けていない賊軍だった。しかし、いかんせん数だけは多い。それを騎馬の突撃で割り、浮足立ったところを各個撃破していった。『曹』の旗は、開戦してからほとんど数を減らしてはいない。

 

「曹操さま、敵軍は総崩れとなっているようです」

 

「ああ、そのようだ。しかし、お前はあまり見かけない顔だな。……そうだ、確か楽進といったか」

 

 曹操と呼ばれた男は、潰走していく敵兵を見送りながら馬を止めた。実質、この軍は義勇兵の集まりのようなものなのだ。曹操は大領を有しているわけではなかったが、賊軍の勝手を許さぬという闘争心だけは持ち合わせていた。それに、故郷にはそれなりの蓄えがある。

 少し前にも、兵を募集したばかりだった。部将となってくれそうな者には、なかなか巡り合うことは難しい。そういう人物は、大概どこか力のある将軍のもとに士官してしまっているからだ。

 全員の顔を覚えているわけではなかったが、楽進のことはなんとなく記憶に残っていた。意思の強そうな顔つきと、目を引くような美しい銀髪。きっと、磨けばさらに輝きを放つことだろう。曹操は、そういう女が嫌いではなかった。

 

「楽進、あとで俺の陣屋に来い」

 

「はっ……、えっ!? わ、わたしが、曹操さまの陣屋にお邪魔してもよろしいのですか!?」

 

「ははっ。なにも、おかしなことをしようというわけではないぞ。ただ、お前の受けた傷が気になったまでだ」

 

 目を白黒させる楽進からは、どこかあどけなさすら感じられる。腕や足。真新しい傷跡からは、赤い血がいまも流れ出していた。徒手空拳で闘っているようだったから、どうしても怪我は避けられないのだろう。それでも、怯まずにこうして最前線で闘い続けていたのだから、楽進には見るべき部分があるといえる。

 これまでは身内の将軍だけでも勝ってこられたが、身代を大きくしていこうと思えばそれもやがて限界が来てしまう。使えそうな人材の見極めというのも、この闘いで曹操がやっておきたいことのひとつではあった。

 夏侯惇や夏侯淵といった将軍が、味方の兵を纏めて回っている。わざわざ命令をせずとも、夏侯姉妹とは通じあうことができていた。

 十数年来の付き合いである。ふたりには、幼い頃から両脇を支えられて育ってきたのだ。実の兄妹といってもいいくらいの間柄であり、双方間の信頼は厚かった。ときに厳しく、ときに甘い。夏侯姉妹がいなければ、いまの自分はなかったはずである。曹操にとっては、そう思えるくらいかけがいのない腹心なのである。

 

「よく闘ってくれたな、楽進。お前には、次回から兵を率いてもらいたいと考えている。どうだ、やる気はあるか」

 

「なんと、そのような……!? あっ、痛……っ!」

 

「おいおい、あまり患者が動くものではないぞ。これほど綺麗な肌をしているんだ、しっかりと治しておけ。これは、命令だ」

 

 仮設の陣屋に楽進を連れて戻ると、曹操は自ら傷口を治療し始めた。治療の最中に肌に触れてしまうのは、仕方のないことだろう。内心役得だと思いながら、曹操は布を巻いていった。

 普通の軍であれば、まったく実績のない者をいきなり部将として取り立てるのは難儀なことである。しかし、この義勇軍ではそれも可能だった。

 

「曹操さまは、不思議なお方ですね。自分のような者の名を覚えてくださっていたこともそうですが、もっと厳格な性格であられるのかと思っておりました」

 

「ふむ……、幻滅でもしたか。父からは、曹家の頭領として厳格であれと教えられたが、これがなかなかに難しい。なにせ、俺はな……」

 

 何事かを言いかけて、曹操は口をつぐんだ。自分のような男に、家を継がせてくれた父には感謝していた。こうして闘い、名を上げようとしているのは、その恩返しの一環でもあるのだ。

 

「一刀っちー! ただいまっす! あれ、その子は誰っすか?」

 

「子考か、よく戻った。楽進、この騒がしいのは、俺の従妹の曹仁だ。今後、ともに闘うことにもなるだろうから、挨拶をしておくといい」

 

 一刀。その名は、曹操にとって特別なものであった。姓名と字のほかに、真名を持つのがこの土地の流儀である。一刀というのは曹操の真名にあたるものだが、本人からしてみればそれ以上の意味があった。

 陣屋の扉が、壊れるのではないかというくらい激しく叩きつけられていた。元気がいいのは曹仁の特徴であったが、将としてはいかんせん脇が甘い部分があった。とはいえ、その生来の明るさを曹操は愛している。だから、どうにか上手く導いてやれないものかと、日々模索している最中なのである。

 曹仁と聞いて、楽進の顔色がまた変わった。緊張しているようだったが、なにを今更と曹操は思う。

 

「あのっ、自分は楽進と申します! この度、曹操さまから格別のお計らいをしていただき、部将として働くよう仰せつかりました。ですから、以後お見知りおきをっ!」

 

「う、うーん? ようするに、楽進ちゃんはこれから一緒に闘うからよろしく、っていってるんすよね、一刀っち?」

 

 楽進の使う固い言葉が、曹仁にとってはよほどややこしかったらしい。なんとかそう捻りだした従妹に対し、曹操は笑顔で頷いて見せる。

 

「楽進。曹仁はこの通り気さくな奴だから、もっと肩の力を抜くがいい」

 

「そうっす! どうせなら、仲良くするのが一番っすからね!」

 

「は、はいっ。よろしくお願いします、曹仁さま」

 

 なんとなくぎこちなさの残る楽進だったが、あとは時間が解決してくれるだろう、と曹操は思った。

 曹仁のほかに、その妹である曹純も軍には参加している。別の従妹である曹洪もまた、同じく挙兵に付き従ってくれている。

 別方面に向かわせていた曹仁が戻ったということは、この辺りの賊軍はほぼ壊滅できたはずである。

 

「誰かある。これより、戦場を移すぞ。潁川郡へ向かうと、全軍に通達しろ」

 

 伝令にそう言い含めると、曹操は自身の馬のもとへ歩いていった。『曹』の旗が、動き出している。土煙が、原野を覆った。

 

 

 

 

 

 朝焼けが、眩しく感じられた。丘に登る。周辺には、遮るものなどなにもなかった。見渡す限り、地平線である。

 左右に控えているのは、夏侯姉妹。ふたりに目を配ると、曹操は隠していたものを取り出した。

 

「どうされたのですか、殿。戦場に、酒を持ち込まれるとは」

 

「気を使うなよ、秋蘭。いまは、俺たち三人だけなのだから」

 

「うんうん。そうだぞ、秋蘭。たまにはこうして羽根を伸ばさなければ、わたしも息苦しくてかなわんのだ」

 

 それもそうか、と夏侯淵は微笑する。優雅な所作。そうした表現が、似合う女だった。

 対して、曹操の肩に抱きつく夏侯惇は、主にじゃれついている忠犬のようなものだ。どちらも、戦場においては精強無比な存在である。だが、曹操にとってはそれ以上に、心の支えとなってくれている女たちだった。

 

「なるほど、姉者の言う通りかもしれんな。このように美しい朝日など、なかなか見られるものではない。酒の肴にするには、贅沢すぎるくらいだ」

 

「ははっ、秋蘭もそう思うか。さ、飲もう」

 

 杯をそれぞれに手渡す。さすがに手酌までさせては立場がないから、と徳利は夏侯淵に素早く奪われてしまっていた。

 夏侯惇も夏侯淵も、普段は主君として自分をよく立ててくれている。歳もほとんど変わらなかったから、自然と恋心を抱くようになった。どちらと先に関係を結んだのかは、あまりよく覚えていない。片方だけを求めることなど考えられなかったから、曹操は姉妹を同時に欲したのである。

 

「ふはあ……。うまいなあ、一刀。これは、よほどいい酒なのか?」

 

「いいや、まったく。だいたい、戦場暮らしをしているというのに、そんなにいい酒が手に入ると思うか」

 

「あまり言ってやるなよ、一刀。姉者が、いじけてしまうではないか」

 

 夏侯惇をからかいながら、曹操は酒を飲み干した。旨い。しかしこの旨さは、酒の出来によるものではないはずである。

 いじけたように、夏侯惇は酒杯の端を唇で食んでいる。それを可愛らしいといえば、きっとさらにへそを曲げてしまうことだろう。

 

「春蘭、ほら」

 

「むー、なんだ。ふたりして、わたしのことをからかいおって。うまいものはうまい、それでいいだろうに……」

 

「旨いと思っているのは、俺も秋蘭も同じだ。そうだろう、秋蘭」

 

「うむ、違いない。こうして穏やかに、一刀や姉者と杯を傾けているのだ。三人で飲む酒など、旨いに決まっているではないか」

 

 夏侯淵は、舌で転がすようにして酒を楽しんでいる。朝日の温かさが、心地の良かった。少々涙ぐんでいる夏侯惇。あまりにも健気であり、曹操からは笑顔がこぼれた。

 どんな過酷な戦場であっても、こうしていれば乗り越えられる気がしてくる。さり気なく身体を近づけてきた夏侯淵を、静かに抱き寄せた。

 

「ふふっ……。いいのか、一刀。姉者が、羨ましがるぞ? 両の手を使うことになっては、酒が飲めなくなってしまうが」

 

「構うものか。そうなれば、どちらかが飲ませてくれるのだろう?」

 

 口移しでなと耳打ちされて、夏侯淵は少し頬を朱く染める。そうして照れを隠すように、酒を一気にあおった。

 

「むむむ……。秋蘭ばかりを贔屓にしてはいかんぞ、一刀。ほら、わたしにもそうしないか」

 

「わかっているとも。おいで、春蘭」

 

 姉妹を抱き寄せる。ふたりの匂いがずっと近くなり、曹操は小さく喉を鳴らした。

 これからも、闘いは続いていくのである。漢室の衰退は明白であり、民衆は次なる英雄を求めているはずである。やがては諸侯が力をつけ、麻の如く天下は乱れる時代が来ることだろう。

 そこで、名乗りを上げるのは自分だ。強く輝く朝日を睨みつけながら、曹操は勇躍を誓ったのである。

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