「――むう、あれは稟ちゃん」
外出から帰った一刀のもとへ、待ち構えていたように稟が駆け寄る。その手にはなにやら包装された箱のようなものが握られていて、それを彼にわたすことが目的のようであった。
一刀はそれを受け取ると嬉しそうに笑い、稟のほうも目元を緩めている。
「普段はお兄さんに対して素っ気のないふりをしておきながら、なかなか抜け目がありませんねー。仕方がありません、もう少し機会をうかがうとしましょう」
その光景を物陰から観察しながら、ぷっくりと頬をふくらませている少女がひとり。風もまた、稟同様に一刀へ贈り物をするためにこの場に来ていたのであった。
なんといっても、本日は二月の十四日。つまりはバレンタインデーである。
そのため恋姫たちは競うように手製の菓子を準備し、想い人に喜んでもらおうとしのぎを削っていたのだった。
「それにしても、今回のばれんたいんでーで、お兄さんは当分ちょこを見たくなくなるかもしれませんねー」
改めて数えて見る必要もない程に、一刀の周りには綺羅星のごとく女性たちが集っている。
となれば受け取るチョコもそれ相応の量となるわけであり、山積みになること間違いなしな状況だった。
加えて一刀自身、もらった物を粗末にできるような性格をしているわけでもない。
「ふふふ。まあそれはそれで、話のタネになっていいのかもしれません」
悪戦苦闘しながらチョコを頬張る一刀のことを想像し、風は袖で口元を隠しながらくつくつと笑った。
さすがに来年は皆も他の贈り物にしようと気を利かせるだろうが、一度くらいこういう年があってもいいのだろうと風は思う。
「これは風としたことが、判断違いをしてしまったのかもしれませんねえ」
稟が来てからというものの、少女たちの列は途切れることなく続いている。
場所が場所なら渡す権利を巡って、国対抗のちょっとした戦でも起きてしまいそうな雰囲気である。
それでもそれぞれが一応わきまえているおかげもあって、なんとか滞りなく手渡しが行われているのであった。
そんな中にあって風は明らかに出遅れており、タイミングを逸してしまっている。このままそれとなく列に紛れ込むのか、それとも人溜まりのなくなった瞬間を狙うのか。
いくら考えても堂々巡りをする思考のなかにあって、風は苛立ちながらも結局決めることができなかったのであった。
「はあ、これどうしましょう……」
残ってしまった手提げ袋を見つめて、風は途方にくれていた。
こうなれば、いっそ一刀の方からこれを貰いに来てくれればいいのに。そう思いはじめていた少女の側に、ひとつの影が現れた。
「あれ、風?」
みんなからのバレンタインデーチョコもようやく一段落となったところで、建物の陰からチラッと長い金髪が見えることに俺は気がついた。
思い返してみれば、今日は風の姿をまだみていない。自意識過剰といわれるかもしれないけど、風もなにか用意してくれたいたんじゃないのかな。
「よっ、そんなにうつむいてどうかしたの?」
「ふえ? お兄さん?」
視線を上げた風の顔色は、少し元気がなさそうだった。それに同調するように宝譿もなんだかしんどそうなポーズをしているけど、このからくりだけは一生解明できそうにもない。
もしかしたら体調がよくないのかと思って、俺は風のおでこに手を当てる。
「うん、熱は大丈夫そうだね」
「あうう……。なにも言わずにいきなり触ってくるなんて、風もびっくりなのですよ」
ほんのりと赤らめた顔がかわいらしい。いつもの風であることはひと安心だけど、あとはどうしてあんなに元気がなさそうだったのかが問題だ。
「だいたいお兄さんがいけないのですよ。節操なくどこにでも愛想を振るまくから、風がこうなってしまったのですから」
心配になって事情を聞いていると、そんな小言がちくりと俺の胸を刺す。
こればかりは大いに自業自得なのだけれど、だからといっていまさら態度を変えようとは思わない。でも――。
「ごめん。調子がいいと思うかもしれない、だけど少しだけでも、穴埋めをさせてほしい」
周りから隠すように、壁にもたれている風に俺はかぶさる。そしてあごに手を添えて軽く上を向かせると、慈しみを込めて唇を重ねた。
「んっ……、あむ……っ、おにいさ……っ」
「風、しばらくこうしていよう」
風がなにか言いたそうにしていても、いまは絶対に離してあげるつもりはない。
今日一日、知らないところで色々な思いを抱えていたんだと思う。いつもならキスをすれば、ほんのりとした甘さを味わえているはずだ。それがないということは、ここにいる間大好物の飴だって舐めていないってことにもなる。
僅かな間でも寂しい思いをさせてしまったとすれば、愛しているという想いを伝えるのが俺の責任なのだろう。
そうして数分ゆったりとした口づけを交わしていると、とろっとした目でもう大丈夫と風は語りかけてきたのだった。
「ぷあっ……。もう、お兄さんはずるいのですよお。こうされてしまっては、風だけ怒っているわけにはいかないのですから。あの、それと……」
瞳を潤ませた風からもらった紙袋から中身を取り出し、俺は確認をとる。
「これ、風が作ってくれたチョコなのかな? いま、開けてもいい?」
「お兄さんにあげたものですから、どうぞご自由に。……ちょっぴり恥ずかしいですけど」
破かないように包装を開けていき、蓋を取ってみれば楕円形をしたチョコが姿を見せた。風が心をこめて作ってくれたことに胸の内で手を合わせ、その中からひとつを指でつまみあげる。
「よかったら、一緒に食べようか。風だって、甘い物ほしいだろう?」
「一緒にですかー? 風に毒味をさせようなんて、お兄さんは鬼畜なのですよ」
いつものペースに戻ってそんなことを言う風だけど、内心ドキドキしているのかもしれない。
まさかこんな風にして、直接味見をされるだなんて思っていなかっただろうしね。
「いいからいいから。ほら、ひとつもらうよ」
暗色の粒を口に放り込むと、すぐに優しい甘さが広がっていった。甘党の風らしい、ストレートな味付けだと思う。
「んっ……!? はむ、ちゅる……」
口内でチョコを溶かすと、俺はそのまま風にキスをした。今度はついばむだけでなく、舌を使ってしっかりと繋がっていく。
「はうっ……、ちゅぱ……ちゅう……」
俺が送り出したチョコの味を、風も感じているのだろう。
風の唾液と絡まった甘さは極上そのもので、俺はたまらず吸い上げるようにしてしまう。
「最高に美味しいよ……。風、ほんとうにありがとう」
「ふぁい……、そういっていただけると……、れろ…………作った甲斐があるというものですよ」
気持が昂ぶってきたことも手伝って、俺はもうひとつチョコをつまんで今度は風の口に入れていく。
風はそれをあめ玉のようにころころと転がしているようで、その動作がなんとも愛らしかった。
「つぎは風が食べさせてくれるかな。んっ……」
すっかり甘くなってしまった口内に再び舌を挿入すると、風の舌がちろちろと愛撫をするようにして出迎えてくれる。
それに導かれるようにしてチョコまで到達すると、俺たちはねっとりと二枚の舌を絡ませ合いながらそれを溶かしていった。
「はあっ、んむっ……。甘いのと気持いいので、わけがわからなくなりそうなのですよお」
「風の味、もっと俺に感じさせてくれ……。決して忘れてしまうなんてことがないように」
行為に熱がこもればこもるほど、渦中のチョコはどんどん小さくなっていってしまう。
俺たちはお互いの唾液とドロドロになったチョコで口の周りをベトベトにしながらも、夢中になってキスを続けた。
「はい……。それではお兄さんの劣情も、風にもっともっと刻んでほしいのですよ……」
熱っぽくなった風の言葉にうながされ、俺はさらに激しく彼女の口内を蹂躙していく。
甘く、とろけてしまいそうな時間。それはおそらく、この箱の中身がなくなっても終わってしまうことはないのだろう。
そんなことをしばらく考えながらも、俺は小さな恋人に意識を戻していくのだった――。