「んん~、めいり~ん……」
「くくっ……。酔いすぎではないか、一刀。甘えた声まで出しおって、まるで子供ではないか」
アルコール混じりの吐息を振りまきながら、一刀は冥琳の肩につかまっている。部屋までは、あと数十歩といったところだろうか。心底おかしそうに、冥琳は相好を崩した。
外に目をやれば、じんわりとした夕日に、満開の花びらが照らされている。今日のようにのんびりと花を愛でることができるのも、世の中が平和になったおかげだ。労るように、冥琳は一刀の頭をぽんぽんと撫でた。
「ぶーぶー。ねえ一刀、そういうのってわたしの役割なんだと思うんだけどー?」
密着して歩く二人の横で、雪蓮は不機嫌そうに頬を膨らませていた。花見の席で飲んだ酒が、程よく回ってきているのだろう。そろそろ、人肌が恋しくなってくる頃合いだった。
そういうときに限って、冥琳が一刀に付きっきりとなってしまっているのである。これならば、もっと浴びるように呑みまくって、自分が酔い潰れてしまうべきだった。そのくらいのことを、口を尖らせながら雪蓮は考えていた。
「このくらいで妬いてくれるなよ、雪蓮。だいたい、お前がいけないのだろうが。いくら一刀が調子よく杯を空けるからといって、こうなってしまうまで呑ませるとは……」
「えー、わたしのせいだっていうの、冥琳? そりゃあ、ちょっとはやりすぎたかな、って思うけど。ほら一刀、ちゃんとしゃきっとなさい」
雪蓮が、項垂れたままの一刀の脇腹を指で突いた。無用なくらい、鋭い一突きである。そのせいで、うえっ、と一刀がえづく。
「こら、やめんか雪蓮。と……、着いたぞ、一刀」
「ふえ……?」
一刀の私室。その扉を、冥琳が片手で開け放つ。
一応、寝台のうえはは整頓されているようだった。一刀が昨晩誰とどう過ごしていたかなど冥琳の預かり知らぬところではあったが、生々しい跡などがなくていくらかほっとしてしまう。
「めいり~ん、うあっ」
「ちょっ、なんだ……ッ!?」
ひとまず、寝台に座らせてやればいいだろう。不意に一刀の身体が揺れたのは、そう考えた矢先だった。
直ぐ側に、火照った顔が見えている。酔のせいで、その瞳は虚ろだった。腕や足。ぴったりと、触れてしまっている。呼吸が僅かに苦しくなったのは、気のせいではないはずだ。
「へえー、見せつけてくれるじゃない。一刀ったら、やるようになったわね」
「おい、なにも闘争心を燃やすことはないだろう。一刀も、起きるぞ?」
「んう~?」
赤子のように、冥琳の胸元に甘える一刀。豊満な谷間が、別の熱で満たされていく。
「うわっ、一刀それはずるいってー。もう、ほんとだったら、わたしが冥琳に添い寝してもらおうと思ってたのに」
雪蓮の声は、さっぱり耳に届いていないらしい。
一刀はひたすらに肌をこすり合わせ、体温を伝えていく。まるで、動物のする求愛行動のようでもあった。
「許せよ、雪蓮。わたしとて、ふたりの大きな赤子の相手など、勘弁してもらいたいものだ」
そう言いながらも、冥琳の表情は穏やかだった。一刀の顔の輪郭をゆっくりと指でなぞり、あやしていく。愛おしいという思いが、胸の内に溢れていった。
「はいはい、わかってるってば。今度は三人で楽しみましょって、一刀が元気になったら伝えておいてくれるかしら」
「なっ……。んん……、わかったよ。本当に幸せものだな、お前は」
ひらひらと手を振って、雪蓮はその場をあとにした。いまは、自分の出る幕がない。そう悟ったのだろう。
その姿を見送り、冥琳は半分夢の中にいる一刀の額を指の腹で突いた。それすら気持ちよかったのか、一刀は小さく身体をよじっている。
「めいりん、めいりん……」
「ふふっ、どうした。わたしならば、ここにいるぞ」
一刀の熱っぽい身体を抱き寄せる。
幸せというのは、こういうことをいうのだな。そうしっとりと思いに耽り、冥琳は静かに自身も瞳を閉じていった。