「まだ生クリーム残存兵の霊圧を感じるわ……こう、鼻の奥から」
「鼻うがいしますか?」
あの後店員さんに持ってきてもらったタオルでふいて、ついでに珠雫の能力でベタベタも無くなったハズなのだが、ステラはまだどうも違和感を感じているようだ。
だが珠雫からの提案に、ステラは首を振る。
「私あれやったことあるけど、むせた反動で自宅の鏡割ってからもうやらないって決めた」
「散弾銃か何かですかあなたのくしゃみは」
「そうかもしれない」
あやうく珠雫が穴あきチーズになるところだった。
「そういえばイッキ、今日見る映画ってどんなの? サメ? ワニ? それともヘビかしら?」
「なんでどれもB級チョイスなんだい……僕もまだ知らないけど、何だろう?」
「ねーシズクー、今日見る映画ってどんなの? ピエロとかフレディ?
「なんで悉くB級なんですか……ごく普通の恋愛ものですよ」
「恋愛……分かったわ三角関係で三十分引っ張るけど最終的に三人サメに食べられるあれね!!」
「違います」
「……ステラ、それ面白いの?」
「最終的にアザラシみたいに陸へ上がったサメが四足歩行の戦車と格闘するシーンは涙なしには見られなかったわ、笑い泣きが止まらなかった」
「そんな低俗なものじゃありません、というかなんでそんなのに詳しいんですか一国の皇女が」
「流し見するにはちょうどいいクオリティなのよ、ああいうのって」
トレーニング中に退屈しのぎに見ていた映画でぼんやりと『ジョーズと大体展開一緒』というのしか覚えていなかったが、そのシーンだけは非常によく覚えていた。
何せそれを見たときは、ステラ自身筋肉痛になるくらい笑ってしまったからだ。あれは卑怯だと親にも話して見せたが、なぜかそれ以降は一緒に見てくれなくなったが……。
「で、結局どんな映画見るのよシズク」
「ごく普通の恋愛映画ですよ」
「ああいうのってスクリーンで見る意味なくない?」
「あら、そうとも限らないわよ。ああいうのって結構音声を絞ってるから、映画館ぐらいの音量じゃないと聞こえづらくて……」
「イヤホンつけて音量マックスなさい。……まあいいいわ。で、どんなタイトル?」
「『私は妹に恋をしたR15』」
「どこが普通の恋愛映画よ!?」
「何を言うんですか、近親相姦は古来より当然のように行われてきたものです。エジプト神話ユダヤ民族神話東南ゲルマンケルトにイヌイット、ギリシャに日本神話と漁れば漁るほど出てくる出てくる。そもそも現代における畜牧だって近親同士の交配を繰り返した結果産まれた産物なんですから、問題ありません。というか同性愛が受け入れられるのなら近親愛も受け入れられて当然なのでは?」
「あんたその言い訳使うためにそこまで調べたの!? というかよくこんなもんを実の兄妹と見に行こうという発想ができるわね!?」
「クラスメイトの前で下僕発言した人から出る言葉じゃないと思いますが」
ごもっともな意見だが、流石に一輝もこれを実の妹と、それも友達も一緒に見るほど常識知らずではない。
これをもし許容してしまったら、一緒に見ていた映画で突然ラブシーンが入ってきたとき特有の居心地悪い雰囲気の方がまだマシなくらい気まずくなってしまう。
「……珠雫、これはちょっとやめておこう」
「しょうがないですね、今日のところはやめておきましょう。後で二人で見に行きましょうお兄様、そして夜はすっぽん鍋食べましょうか」
「……あんたのそのどうじなさ、世界に通じるわねホント」
「お褒めに預り恐悦至極」
「褒めてない!!」
珠雫とステラの息の合ったコント。なるほど崩の言っていたように、珠雫ならばお笑いの世界でもそこそこやっていけそうな感じはする。ネタが少々マニアックというか、インモラルというか、一般向けではないのが欠点だが。
「ではどれにしましょうか、といってもここあんまり上映してないんですけどね」
珠雫がそう言って電子手帳から、この百貨店にあるシネマランドのHPにアクセスし、それをアリスとステラがのぞき込む。
唯一の男である一輝は、少し離れたところで待機していた。
「あっ、これ見ようと思ってたら上映中止になったのよ。これにしましょ? 『ムカデ人間6』」
「却下」
「それはやめておきなさい、ステラちゃん」
「なんで!?」
「これは善意ですステラさん、
「予告だけは妙にファンシーなのが最高に罠よねあれ、悪魔だわ」
「ならこれはどう? 『吸血パン屋の大逆襲』隣のパン屋の主人に殺されてミートパイにされた主人公が、パイとなって人々を襲って血を吸い巨大化するっていう」
「却下です、何が悲しくてそんなB級映画見なくちゃいけないんですか」
「それじゃ『メガロドンVSガンジーVSムハンマド』は!? 公開決定後監督がイスラムに命を狙われるようになったというスリリングな裏エピソードがあって面白いわよ」
「それパンフレット買えば済む話じゃないかしら。というか、悉くチョイスがB級ねステラちゃん」
「せめてもう少し一般向けの映画を選んでくださいステラさん」
「あんたが言うなあんたが!」
ステラの提案する、名前からして駄目そうなB級映画が悉く却下されていく。
どうも、ステラが興味を引く映画というのが、一般向けとはかなりかけ離れているものばかりなようだ。とはいえ一輝個人としては、吸血パン屋の大逆襲がどういう感じの映画か少しは気になるが……むき出しの地雷を踏めるほど、一輝は強くなかった。
「仕方ないわね、ここは間をとってこれにしましょう。『ブラザー・オブ・ザ・サキュバス』男の兄弟同士の恋愛模様を描いた儚くも美しい悲哀物語よ」
「どこの間を取った!?」
「……うーん、私的には微妙ねアリス。それだと一輝お兄様×王馬兄さんになってしまうわ。近親に同性愛だと胃もたれが」
「ワガママねぇ、なら……残りはアクションになるかしら。ここは彼に決めてもらいましょう」
矛先が向けられてしまった。
とはいえ、このままグダグダやっていても決まらないのは事実。一輝自身、見た映画は七人の侍で止まっているな人間なのであまり映画に対する審美眼は持っていないのだが……まあ、ステラよりはマシなような気がしてしまうのは、仕方のないことだろう。
「ねえイッキ今失礼なこと考えなかった?」
「……そうだね、これなんかどうかな」
「ねえイッキ」
「『モシン・ナガン』ですか、第二次世界大戦を舞台にした戦争映画……」
「あら、面白そうじゃない。あたしこういうの結構好きよ」
サイトに掲載されている画像には、一面真っ白な雪山の中、モシンナガンを構えた一人のスナイパーが描かれている。キャッチコピーは『死亡率150%』なかなかにB級感を感じさせるポスターではあるが、映画レビューの星の数はこれがずば抜けて高い。
ちなみにステラの挙げた作品はどれもが星2つくらいだった。
「ねーイッキー!」
「はいはい、ステラさんこれ食べて少し黙っててください」
「私はこんなもので黙らされたり……おいひい!!」
珠雫が取り出した飴を口に含んだステラは、それを嘗めるのに集中して黙り込んだ。ちょっとチョロすぎないか、と一輝は心配になる。
とりあえず見るものは決まったので、四人は一階のフードコートから四階のシネマランドへと移動する。
しかし三階についた時、一輝はふと思い立つ。そういえばあの映画、上映時間2時間くらいと書かれていたなと。
「ごめん、先にトイレ済ませておきたいから先行っといて」
「あら、ならあたしも同行する」
「有栖院」
「じゃあ私たちがチケット買っておきますね、あとでお金渡してください」
「あれがうわさに聞くジャパニーズ・ツレショーンというヤツね……」
男二人が男子トイレを目指し、残ったのは女性二人になった。
ふとステラが、人ごみに消えたアリスの背中を見て呟く。
「ん? あれっ、確かアリスって……」
「ノンケは襲わないそうですから大丈夫じゃないですかね」
「……そういうもんなの?」
「そういうもんです」
そこで会話を打ち切り、二人は四階のシネマランドへとたどり着いた。
平日だからか人は少なく、がらんとしている。
天井からぶら下がっているスクリーンには、ステラが提案していた吸血パン屋の大逆襲の予告が流れていた。
「あっシズク、アタシちょっとマシュマロチョコピザ買ってくるわ。あんたもいる?」
「いえ、私は遠慮しておきます。太りたくないので」
「伐刀者って太るの?」
「お前は全国の女子伐刀者を敵に回した」
「シズク、やめなさい。両手をワキワキしながら来るのはやめっつまむな! お腹つまもうとするな!! 皮がっ、皮がッ!!」
「なんであなたはお腹に肉つかないんですか!? 全部胸に行ってるんですか胸に!! この乳牛!!」
「誰が乳牛よ誰が!?」
「まあいいです、私はポップコーンをお願いします」
「あんたこんなことしておいてよく平気で頼めるわね……何味?」
「塩味で」
ステラは財布を取り出し、受付のお姉さんに注文を頼む。
「マシュマロチョコピザ一つとポップコーンの塩味一つ、あとコーラを二つお願い」
ステラが注文内容を伝え終えた瞬間、何かが爆発するような音と、銃声と悲鳴が響いてきた。
「きゃあっ!!」
「4XDってやつかしら、随分ハデなのね」
「ステラさん、ステラさん!! 何か起きたみたいですから、一度お兄様たちの安否確認に行きましょう!!」
珠雫がこちらへと慌てて駆け寄ってくる。
だが、ステラは下の階へ降りようともせず、溜息を吐く。
「そうもいかないようね」
「えっ、うわあああっ!!?」
下の階から、黒の
『デルタ1、こちらデルタ2。三階は誰もいない』
『妙だな、業務員すらいないか……あの爆発で逃げたか?』
『だとしたら出入り口だろうが……ああ、了解。アウト』
『ビショウさん、なんて?』
『映画館は『麻薬姫』のお気に入りだから傷つけるな、だと』
ステラは珠雫の手を掴み、カウンターを飛び越え、受付のお姉さんの頭を押さえながらカウンターの後ろへと隠れた。
「ジャパンは平和だって聞いてたんだけど、それでもこういうの起こるのね」
「なに呑気な事言ってるんですか!? 早くいかないとお兄様たちが」
「まあまあ落ち着きなさいシズク。イッキたち助けるにも共闘するにも、まずはあいつらを何とかしないと」
ステラはそう言って、頭を抱えて震えるお姉さんの背中に手を回し、赤子をあやすように軽くたたく。
そして、母のように優しい声で語り掛ける。
「いい? このちっちゃい子の後ろに隠れておくのよ。大丈夫、ランクBの伐刀者だから安心なさい。人間嫌いだけど、ちゃんと守ってくれるからね……うん、いい子だ」
震えながら、ゆっくりと頷くお姉さん。ステラはお姉さんの頭を撫で、
「……なんでイケメンムーブしてんですかあなた」
「なにそれ? ともかくシズク、そのお姉さん頼んだわ、よっっと!!」
ステラはカウンターに手をかけ、そのまま飛び出る。
それと同時に、敵もこちらへ銃を向けてきた。
同時に、ステラは魔力放出によって、カウンターとは反対側のところへ位置を変える。これによって、誤射によってあの一般人が死ぬ可能性は低下した。
(さて、と。燃やさないよう気を付けなきゃね……機材とか高そうだし)
『嘘だろ……?
通信兵が増援要請すると同時に、もう一人のが持っているM4から鉛玉が発射された。
相手の回避も読んだ偏差射撃。けたたましく鳴る発砲音。チンピラにしては、かなり狙いがうまい。
それなりの訓練を積んでいるのだろう。だが、所詮は「それなり」だ。避ける練習にもならない。
一番先頭の一人に距離を詰め、水平に
突然の急加速に一般人が反応できるはずもなく、胴体から真っ二つに切断。死と同じ痛みによって男の意識はシャットアウトされた
「二人目!」
そのまま踏み込み、今度は銃ごと竹を割るように
「グッ、このっ貴様なんぞにッ!!」
「寝てなさい!」
そのまま頭を掴み床へとたたきつけ意識を奪い、残る伝令兵に対し、魔力放射の加速による突きを放つ。
熱と刺突による痛みは、もはや拷問に等しい痛みを相手に与える。
「がっ、ああああああああっ!!」
最後の敵が拳銃をステラへと放つが、魔力も込められていないそれでは、ステラの肌を傷つけることすらできない。
ステラはそのまま下方向へ力を籠め、霊装を消した。
「終わったわよーシズクー!」
珠雫は受付のお姉さんにそう言い残し、カウンターを出た。
スカートに血がつかないよう少し持ち上げながら、ステラへと駆け寄る。
「私たちは先に行くから、パトカー呼んどいてねお姉さん!」
「すぐに救助が来るはずですので、そこで待っていてください」
二人の