「おい、お前」
ガスマスクをつけたテロリストたち……
フードコートの一階、その少女はそこで当然のようにミートソーススパゲティを食べていた。
黒い髪、サファイアのように青く、生物的な光を感じさせない瞳。口についたミートソースを、小さい舌がなまめかしくなめとる。
少女の席には半分まで減ったタバスコと水、そしてなぜか尻を押さえながらソファで寝転がっている赤錆崩の姿。
「お前も他のやつらと同じように、床へ這いつくばれ」
少女はスパゲティをフォークでくるくると回し掬い上げると、大きく口を開けてそれを食べた。
四度ほど咀嚼し飲み込んでから、目線だけをガスマスクへと向ける。
「皿ん中にテメェのミートソースぶちまけたくなけりゃ、俺たちの指示には従ってもらうぜ」
少女は粉チーズの蓋をあけながら、小さい口を開く。
「
少女の指摘に男の注意がM4の
男がトリガーを弾くも、鉛玉は少女の座っていた椅子を粉砕するだけ。すぐに少女に顔面を掴まれてしまう。
そのまま少女はテーブルへ顔面をたたきつけ、同時にM4を持っている腕を後ろに引っ張り、ひねり上げて拘束する。
少女は流れるような動きでM4を奪い、男を無理矢理立たせる。
「きっ、貴様何者だ!?」
「学生。赤錆、行く」
「……僕理事長から霊装使用の許可取りたいんだけど、それ待ってからじゃダメ?」
「霊装使わなければ問題ない。でも分かった、赤錆は許可を取って」
そう言い残し、少女は男の肩にM4を置き、無理やり歩かせる。
(ベトナムのコピー品、精度はバラツキがあって不明慮……不良品として横流しされた
M4のパーツ全ての精度が甘い。コピー品としては十分通用する品物だが、現地ゲリラ向けに製造されたものだと少女は断定した。
フードコートから少し離れた、エスカレーター部分。そこに人質が集められ、それを十人の黒い戦闘服を着た男たちが囲っている。
男たちは少女の姿に気づいたのか、人質たちに銃を向ける。
「止まれ! そいつを開放し、武器を捨てろ! こっちには人質がいるんだぞ!」
「たっ、頼む! 助けてくれ!」
人質とガスマスクを一瞥し、少女は口を開く。
「世界共通鉄則、テロリストの要求を受け入れるということは国そのものの支配権をテロリストに与えると同意。即ち、貴様らの要求は受け入れられない。降伏か死か、選択は二つ」
それは、恐ろしく平坦な声だった。抑揚もなく、ただ読み上げるだけのような声。
そして、その口から出た言葉は暗に「人質を見殺しにする」と言っているようなものでもあった。
少女の目を見れば、それは明らかだ。何の感情も込められていない、ただ人間を『モノ』として見る目。彼女にとっては人間もゴミ箱も、ただの『そこにある設置物』でしかなく、それ以上の意識もそれ以下の意識も持つことは無い。
それくらい、冷たい目だった。
「てめっ、分かって言ってんのか!? テメェが引き金を引く前に、こっちは人質共を殺せるんだぞ!?」
「だから」
「こっ、こっちにはガキもいる! それを見殺しにできるか? できねえよな!? とっととそいつを離して━━」
「だから何だ」
少女は見せしめとばかりに、トリガーを弾く。
鉛玉がガラスを割り、人質たちから悲鳴が沸く。一人の戦闘員の胸に鉛玉が当たり、衝撃で倒れる。
本当に、人質を無視して銃を撃った。人質なぞ関係ないとばかりに。
「やはり精度が甘い……先ほどのは警告だ。降伏か、死か。選べ」
「イかれてやがる……クソッ、撃てッ!!」
戦闘員たちが人質から少女へと狙いを変え、仲間ごと撃ち抜くため銃を放つ。
だが防弾チョッキを盾にしている男のせいで少女まで弾は届かず、少女の構えている人質のフィルターから血が噴き出る。
少女は盾にしている男の腋から銃口を覗かせ、トリガーを弾く。三点の鉛玉のうち一つがガスマスクを貫き、もう一つは心臓部分に着弾。防弾チョッキをつけていたとしても、衝撃までは殺せない。
撃たれた戦闘員はそのまま倒れ、動かなくなる。
そのまま流れるように一人、また一人と殺していく。十五発の鉛玉が消えたところで少女は、既に死に体となった肉盾からオートマチック拳銃とナイフを抜き取り、柱の陰へと隠れる。
「ソ連製か」
少女はスライドを引き、初弾を捨てる。生弾が排出されるが、一発の空砲で隙をさらすよりはマシだ。
左手のナイフを逆手に、拳銃を構える。
(残り八名……装弾数八、一人一発で殺すには威力不足。この際人質はコラテラルダメージとして許容し戦域を広げる? 否、人質を失って狙われやすくなった。スナイパーライフル系統の霊装を持
柱が着々と削られていく。
別に銃弾の雨を浴びせられても問題ないのだが、情報アドバンテージはできるだけ隠しておいた方が良い。
その迷いは隙となり、判断を誤らせる。純粋な未成年兵とは違い、大人は保身第一に考えてしまう。
ありもしない可能性に、恐れてしまう。
「……」
少女は何を思い至ったのか、拳銃片手に柱から飛び出し、残弾全てを使い切り三人を射殺。血しぶきやらが人質かかり悲鳴が上がる。
そしてナイフを投げつけ、一人の胸に突き刺さる。
「かっ……あっ……うぇっ……」
急所には外したが、男は痛みにより動けない。
残る四人に両手を上げ、少女は降参のポーズをする。
「武器は使い切った、見ての通り」
「なるほど、それで? 同僚五人殺されてはいそうですかって済むとでも思ってんのかクソガキ。無様に死にさら━━━━!?」
男が引き金を引く直後、展開された霊装から放たれた魔力の弾丸が、男の着ている防弾チョッキを貫く。
そのまま目にもとまらぬ速さでもう一人のガスマスクに魔力の弾丸が放たれる。
少女はそのまま顕現させた霊装、P-90を構え、二階で帽子をかぶり、人質に銃口を向ける。
「魔力反応感知、高魔力
「分かりました! 分かりましたから撃たないでください!!」
人質たちの中から、黒いゴシックドレスを着た青髪の少女、黒鉄珠雫が両手を挙げて立ち上がる。
「私たちも被害者で、そちらの男たちとは無関係です。なので銃を下げてくださると嬉しいのですが」
「上から魔力反応を感じる」
「多分ですが、お兄様と友人です。反応は二つですか?」
「二つ」
「なら大丈夫でしょう。この人数からして、
「……りべりおん?」
珠雫の言葉に、少女は首を傾げる。
世界で最も有名な犯罪組織だというのに、まるで初めて聞いたような反応だ。
最も、犯罪組織というのも知っている人もいれば知らない人もいるというのが当たり前なのだが。特に、政治に興味のない人間は。
帽子をかぶった白人女性、ステラが、少女に問いかける。
「あんた、なんでそんな、人質を無視して撃つことできたの?」
「銃口がこちらに向いていないのであれば、先制攻撃が可能だ。そのチャンスを逃さず生かすのが兵士というもの」
「そういう話じゃなくて!! あんたのせいで、何人も死ぬかもしれなかったのよ!? あんた、それが分かってんの!?」
「仮に流れ弾で死んだとしてもコラテラルダメージ、致し方のない犠牲だ」
「……んなの、そんなのおかしいわよ! 子供もいるっていうのに、子供が死ぬかもしれないっていうのに」
「ステラさん落ち着いてください、今はそんなことで言い争っている場合では━━」
「……なっ、何が起きたってんだ!?」
ステラと少女が言い争っている間に、
少女は無言で銃口を、黒地の外套を着た男に向ける。それと同時に、男の引き連れている兵士十人も一斉に銃口を向けた。
「止せ、貴様らじゃ相手にならん!」
「貴様が親玉か」
少女は、死骸の一つの頭を踏みつけ、そう尋ねる。
男はそれに対し眉を顰め、少女に殺意を飛ばす。
「クソッ、何だってんだ今日はよぉ……それなりに手練れだった筈なんだけどなあそいつら」
「ちょっと、あんたやめなさいって! そんな死んでる人の頭踏みつけるなんて!」
「物と変わらん」
ステラが少女の行動を止めようとした瞬間帽子が落ち、内部に収まっていた炎のように赤い髪が大きく広がる。
それを見た男は眉間を押さえ、苦々しく口を開く。
「
「……皇女?」
「んなこと言ってる場合じゃないでしょ! アタシがこの惨状作り上げたみたいになってるじゃないの!!」
「まあ、何でも構わん」
少女はそのまま霊装を、男たちの頭上へ向けトリガーを弾く。
魔力の弾丸がコンクリート製の通路を破壊し、男たちに瓦礫の雨が降り注ぐ。
「うっ、うわあああああああっ!?」
「たすけっ、助けてくださいビショウ様ぁ!!」
「
「横取りさせてもらうよ」
「あん? ゲボァッ!?」
偶然崩した足場にいた一輝と有栖院が、幻想形態の霊装でリーダー格らしき男、ビショウの首と心臓を切り裂く。
そのままビショウは、瓦礫から漏れ出る血だまりの中へと倒れた。
「『被害は最小限に』……黒乃先生、帰ったら怒るかしら?」
「まあ、この子は確実に怒られるだろうね。……僕としても、ちょっと援護はできないかな」
通路はボロボロ。死体が辺り一面に転がっており、瓦礫の下は生死不明ばかり。
おまけに、買い物客たちにかなりショッキングなものを見せてしまった。見れば買い物客たちの中には、年端もいかぬ子供までいる。心にどれだけの傷を負ったのかは計り知れない。
だというのに、その惨劇を引き起こした張本人は我関せずとでも言いたげだ。
「君も、
「後で」
そう言って少女は、気を失っているビショウの髪を掴み無理矢理立たせると、解散しかけている買い物客たちによく見えるように頭を後ろ手に引っ張り、喉元にナイフを押し当てる。
そして大声で人質に向かって、感情のない声で淡々と告げる。
「ちょっ、ちょっと!」
「人質の中にテロリストが隠れている。すぐに出てこなければ、このナイフが男の首を掻っ切る」
少女はそう告げ、素早くナイフを引く。
すると薄皮一枚ではあるが皮膚が切れ、そこから少量の血が流れ出た。
「魔力をつぎ込めば普通の武器でも
少女はそう言って、ナイフをビショウの瞼へと突き立て、ゆっくりと力を入れていく。
そして、切っ先に豆粒くらいの血が出たところで、横から斬り上げられた大剣でナイフが吹き飛ばされた
「やめなさいよ! もう事件は解決したのよ!? そんな死人に鞭打つようなこと、騎士道に反するわ!!」
ステラと少女がにらみ合う。
少女は霊装を顕現し、ステラへと銃口を向けた。ステラも、大剣を構え戦闘態勢に入る。
「あー、僕だよ僕。こいつらとは仲間じゃないから安心してくれ……ってちょっと待ちなよお二人とも。もう黒幕は……あー、まあ厳密にゃ世界にまだ残っているけど、少なくとも現状の黒幕は倒し、問題は解決した。問題解決したってのにヒーローが殺し合いしちゃ駄目だよ。というか二人が暴れたらマジにシャレにならん。と、いうわけで、ここはひとつ話し合いで決着をつけるのが筋だと思うな。殺し合いで一般人に無駄なトラウマ植え付けたら『無事』とはいえないんだからさ。いやもう遅いような気はするけど」
突然何もないところから現れた少年が、両者の間に入る。
「桐原君……?」
黒鉄一輝は、突如姿を現した少年、
突然姿を現したのは、特に驚かない。一輝は、彼の特性を知っている。
だが、一輝の知る彼は、決してこのような問題ごとに首を突っ込んだりはしない性分だ。常に気配を消し、余計なリスクは背負わず、面倒ごとは出来るだけ関わらない生き上手。
だというのに、こんな世界で最も恐ろしい女性二人のにらみ合いに割って入るなんて、普通では考えられない。
「だがまだどこかに潜んでいるかもしれない。あの集団を殺しておいた方が確実」
「うんそうだね、君の言いたいことは分かるよ。でもここは少し大人に━━」
「そんなあるかないかもわからない可能性で人を殺すなんてできるわけないしさせるわけないでしょうが! あんた本当に
「人道的にはそれが正しいと僕は思うよ。でも一度彼女の言うことも聞いて━━」
「あんな素人集団と一緒にするな、人質を取るにしても妊婦にする。そっちの方が躊躇させやすい」
「こいつ犯罪集団より外道とかどうなってんの!?」
「なんだよこいつらボクのこと気付いてないの? えっ、ステルス解いたよね?」
桐原が目線を向けてきたので、一輝はとりあえず頷いておく。
すると桐原は大きく深呼吸し、うんと一つ頷いた。
「んじゃ一輝君、あとは任せた!」
「……えっ?」
「こっちはガールフレンドのメンタルケアもしないといけないからね、頼んだよ一輝君! この世の中で最もおっかない女二人組は任せたよ!!」
「えっ、ちょっ桐原君!? 桐原君!!」
桐原は一輝に全てを丸投げし(一応殺し合いは止めたが)、未だに震えて青い顔をしているガールフレンドたちを連れてその場を後にした。
結局、二人の言い争いは警察が駆け付けるまで━━というより聴取の間もずっと続き、黒鉄兄妹は何度も警察に謝ることになるのだが、それはまた別のお話。