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タンパク質を摂取するのに最も適している食事は鶏肉である。が、それと同時にカルシウムを摂取する場合、骨付き鶏肉の場合小骨が多いのであまり適してはいない。
であれば魚だろうか? なるほど圧力鍋で極限まで圧をかけ、骨すらもジェルのように柔らかくすれば問題ないだろう。
だが至極残念ながら、この破軍学園の学食に圧力鍋は無い。武力だけではなく気品━━即ち、マナーを育てる為あえて圧力鍋を棄てているのだ。
ならば、残る選択肢は二つ。一つは、魚の骨を頑張って取り除き食すか。そしてもう一つは━━Tボーンステーキを骨ごと食べつくすか。
彼女、ステラ・ヴァーミリオンがもし、祖国ヴァーミリオンで家族と食事を取っていれば、魚を選んだだろう。
だが、今は違う。ヨーロッパとは遠く離れた異国の島国、日本。そう、イスラム教徒も「神様には見えてないから豚肉食べてOK」とか言ってしまうような国日本なのである。
「これが……Tボーンステーキ……」
ごくり、と喉が鳴る。
果たしてその喉音は日本特有のたれ『ニンニク醤油』によるものなのか。それとも、少し前に読んだ日本の漫画で見たときの憧れ━━祖国では決してできないような食べ方を実現できるからなのか。
故郷で何度も食べた筈の肉が、故郷ではあの漫画を見るまで捨てるのに何の罪悪感も感じなかったあの骨が、まるでラマダン後のご馳走を前にしているかのような錯覚を感じさせる。別にステラさんイスラム教徒でもないのに。
「ステラ、もう食器片づけるよ。ステラ?」
同居人である黒鉄一輝の声が遠く感じる。
グサリ、とTボーンステーキの骨にフォークを突き刺す。一輝はそれに驚愕し目を丸くした。珠雫は『何やってんだコイツ』的な目を向けてきた。
「ステラ? それ食べるところじゃないよ? あの、ステラさん?」
サクリ、と小意気良い音が鳴る。
骨にしみ込んだ、肉にまで届かなかったうまみ汁が、口の中で弾ける。
合理的、極めて合理的な栄養摂取である。副菜で野菜を取り、肉でタンパク質を取り、そして骨でカルシウムを補う。魚肉なぞ目じゃないくらいのカルシウムと、圧倒的うま味。
これを食べないのは、もはや人類史における冒涜ともいえるくらいの味。それがステラの口の中で踊り狂っている。
「ちょっ、それ食べるところじゃないですよ! 頭おかしいんじゃないですかあなた!!」
ステラの後ろの席で、そんな会話が聞こえてきた。
サクサクという音から察するに、ステラのちょうど後ろの席に座っている者も同じく骨を食べているようだ。
ああ、なんと勿体ないことか。これほどのうま味を知らずに、骨を棄てるなど……そんなもの、もはや食に対する冒涜である。
「……美味しい」
「うん、美味い!」
ほぼ同時、言葉が重なる。
ステラが背後を見てみると、まるで一昔前の漫画に出てくるような筋肉を身に着けた女性(筋肉は男性)も同じように振り返っていた。
顔立ちと制服で辛うじて女性だと分かるくらいに濃い女性もステラと同じように振り返っていた。
お互いに視線が、手に持っているTボーンステーキの骨に向く。
そこから、何の合図もいらなかった。ほぼ同時に残りの骨を口へと放り込み、そして同時に立ち上がる。
そして、まるではたくように互いに手を合わせ、互いに硬く握りしめる。
そこには、明らかに友情があった。もはや言葉すら不要といえるくらいの、過ごした時代ではない、お互いに、分かり合えぬと思っていた甘美を楽しむ同志という友情があった。
そこに無粋な言葉はない。このうま味を語るのに、グルメリポートのような着飾った言葉は不要。ただ一言、かみしめるように、満足に言うだけで万の言葉より勝る説得力となる。
「美味いよな……」
「ええ、美味しいわね……」
ステラと女性は互いに同意しあい、それを珠雫が絶対零度が如く冷たい視線を送る。
決して誰も分かりえないものを分かり合う。それはさながら、地下アイドルに対するファン同士の妙な連帯感や、糞ゲーを嬉々として語り合う変態どものそれと似ていた。
そんな、傍からだけでなく当の本人から見ても訳が分からない空気を打ち壊すように、ステラの持っていた電子手帳からメールの着信メロディが流れる。
「あっ、ちょっとごめん」
「フッ、いいさ。また語り合おう、今度はウォッカも用意しておく」
「いいわねウォッカ」
そんな言葉をかわし人ごみの中へ溶けていく、名も知らぬ同士の背中を見送ってからステラは、生徒手帳を開く。
「……理事長?」
はて何かやらかしてしまったかと、ステラは首を傾げながら骨を飲み込むのだった。
◆
ステラ・ヴァーミリオンから見た神宮寺 黒乃のイメージは、まさに「仕事のできる女」というものだ。可愛いうよりは美しい、という言葉が似合うような、大人な女性だ。
即断即決。自分が正しいと思ったものの為に身を粉にできる人間。仮に彼女が、元世界ランク3位の実力者でなかったとしても、ただの人だったとしても尊敬していただろうと思わせる人格者。というのがステラの評だ。
だが、しかし。それがなぜ、何か隠し事でもする子供のように妙にソワソワして、目線を合わせないのか。
「あの……アタシに何か用があったんじゃないんですか。先生」
「あ、ああ……分かっている。分かっているんだが……あっつ!?」
間違えて火種をつかんでしまった黒乃が、煙草を落とす。
そこまで動揺させる何かが起きたようだ。表面上は━━まあステラが漫画の影響を受けて奇天烈な行動を取ってしまったりとかはあったが、まあそれなりに平穏な時間が流れていたように思えたが。
黒乃は観念したように煙を吐く。
「……本来ならお前に頼むようなものでもないし、平等であるべき教育者である私が言ってはならんものなのだが……」
「はい」
「その……だな。七星剣武祭出場を何としても阻止してほしい奴らがいるんだ」
黒乃がそう口にした瞬間、ステラから膨れ上がるように放たれた、殺気を具現化させたような熱風により煙草の灰が舞う。
今にも手元に展開させた
「だから言いたくなかったんだ、嫌がらせかあいつら。嫌がらせだなあいつら」
「どういう意味か、説明してくださりますか。黒乃理事長」
「わかっている、説明する。だからまずは殺気━━はまあいいとして、熱風は抑えろ。髪が痛む」
黒乃の言う通り、怒りのあまりあふれ出た魔力による熱波はひとまず収めたステラ。しかしその殺気は未だ、黒乃に向けられている。
当然だろう。彼女自身が、大人の身勝手により夢を叶えられなかった少年。彼に夢を与えたのは間違いなく神宮寺黒乃だ。そして、その少年の夢を奪うような発言をしたのも、少年に『卒業』と『七星剣王』の夢を目標にさせた神宮寺黒乃だったのだから。
ディスクから新たに取り出した煙草に火をつけ、黒乃が口を開く。
「ステラ・ヴァーミリオン、……ジム・ノーマンドという男を覚えているか」
ジム・ノーマンド、元世界ランク15位にして、世界初の黒人ランカーであり、死ぬ間際まで人種差別撤廃を掲げた偉大なる男の名だ。
彼が世界ランクに上がったことがきっかけで、世界総出で黒人差別撤廃の動きがみられるようになったという。何より偉大なのは、そのファイトマネーの殆どを、戦時国の難民救助へと充てたことだろう。
彼の最後は被爆による急性白血病という結果で終わってしまったが、いまだに彼の意思は、人々の心に根付いている。
なぜそんな男の名が今、黒乃の口から出たのか。彼女は紫煙と共に、言葉を紡ぐ。
「彼が世界ランクに……いいや、ワールド・ブレイザー・トーナメントに出場するまでは、大っぴらで人種差別を行ったとしても、誰もが当然という風に受け止めていた。だが彼がトーナメントに出場した瞬間、人種差別というものを大っぴらで行う者は批判されるようになった」
「素晴らしいことだと思いますが……」
「そうだな、私もそう思う。だがな、逆に考えてみろ。もしそのトーナメントに優勝し、あまつさえ世界ランキングに到達したのが
その言葉に、ステラは気づく。
そう、それはただ単に、影響されただけだというのに。
ジム・ノーマンドによる人種差別撤廃も、いわばミーム。意思だ。それが大会によって拡散され、人々の心に強く影響を残しただけに過ぎない。
それは裏返せば、徹底的な白人至上主義者が世界ランキングに到達してしまったら、そのミームは世界中に拡散されてしまうということに他ならない。
現に、ステラ・ヴァーミリオンが思いを寄せる『彼』は、その被害者であると言えるだろう。能力至上主義社会が生んだ被害者の一人だ。
「黒鉄一輝がもし七星剣武祭に出場できたら、能力至上主義社会は撤廃され、社会は大きく混乱するだろう。だがそれは、ジム・ノーマンドのような”良い”変化だ。それにより救われる者がいても、悲しむ者はいなくなる。だが」
そこで黒乃は言葉を切り、煙草の灰を落とす。
「もし反社会的思想主義者が出場し、あまつさえ優勝してしまったら……大勢の血や涙が流れ、各地で暴動が起きるだろう。それこそ、第二第三の
その言葉に、ステラは息をのんだ。
それは世界に、確実に悪影響を及ぼす。世界でテロリストと認知されている解放軍とは違う、世界が認めてしまった、社会への反逆者。その影響によってどれだけの血が流れるか、ステラの考える最悪を上回るだろうというのは確かだ。
「とはいえ、能力に関わらず『誰もが出られる』選抜戦にしてしまった手前、そいつらだけを出場停止にする訳にはいかない……そこでステラ、君に何とかして……せめて補欠レベルに抑えるようにしてもらいたい訳だ」
「そういう訳でしたら、お受けします」
どちらにせよ負けるつもりはなかったが、黒乃の願いはかなり重大であった。
ステラ・ヴァーミリオンとて、社会の混乱を望む訳ではない。そして、差別や悪意あるミームにより悲しみを生み出すのを良しとするほど、非情ではない。
ただでさえ『約束』があったのだ。そこに、負けられない理由が少し追加されただけ。目指すものは、何も変わらない。
そう、変わらない『筈』だった。
音楽縛りのタイトルきっついなぁおい!