ステラ・ヴァーミリオンは『才能』や『天才』という言葉が嫌いだった。
それはいつも、才能だけを見られ、自分の努力すらも否定されるようだったから。
誰からも謳われ、自分が傲慢になってしまい、自分が自分でなくなるようだったから。
そう、それは常に、敗者から投げられる言葉だったり、自分を持ち上げるだけの『才能』だけを示した称賛だったからだ。
自分の努力を否定されたように感じてしまった。だから、天才という言葉が、『才能』のみへの称賛が嫌いになった。
努力を無視し、自分を持ち上げるから。
だが、今度は違う。死なない程度とはいえ制服に引火し、全身が燃えている状態だというのに、まるで世間話でもするかのように軽い口ぶりで放たれた言葉に、ステラ・ヴァーミリオンは初めて称賛の言葉に対し、原始的な恐怖を感じた。
水分を失い、乾いた手から鳴る拍手。あまりの熱量に皮膚は爛れ、水膨れが服の穴から覗いている。
全身の皮膚を焼きながら、金剛山はステラに語り掛ける。
「素晴らしい、実に素晴らしい才能だ。だが、まだ踏み切れていない、実に勿体ないなぁ……おっと」
どろりと、金剛山に眼窩から溶けた目玉を受け止め、まるでおもちゃのように元の場所へとはめ込む。
ねちょりと、厭に粘着質な糸を払い切り、ステラへとゆっくりと歩み寄る。
『まっ、まさかの! まさかの金剛山選手、復活です! ですが既に満身創痍、先生これ止めた方が良いんじゃないですか!?』
遠目から見ても、明らかに重症だ。
だが、この女はまだやる気でいる。
熱によって液状化したのは左目だけで、右目だけは不自然なくらいに無事だ。とっさの判断で魔力をまとい防御をしたに違いない。
そして、いまだ立ち上がっている。即ち、未だ戦意は、これっぽっちも折られていないということだ。
『金剛山、黒乃先生呼んでおいた。存分にやれ!』
『先生!?』
だから面白い。学生というのは、まれにプロすら驚かす逸材が現れる。
その性質は修羅に近いというのも、西京の興味が惹かれた原因であるかもしれない。
「そんな……嘘、嘘よ……いくらビックリ人間だからって……そんな、そんな火傷した状態なのに、あり得ない!」
人間は、全体20%火傷することによって命を落とすという。
だが、金剛山の肉体は、もはや20%どころの比ではない。全身がズタボロに焼けこげ、丸焼きのような状態だ。だというのに立ち上がり、あまつさえ言葉を話す。なんていうのは、いくら考えても異常だ。
「あり得ない? それこそあり得んよ、人は夢を持つことでその力を限界まで引き上げられる。君の彼氏はまさに、そういった
「……夢?」
「そうだ、夢だ。私には夢がある! 人は夢を持つ限り、その命尽きるまで決して倒れはしない!! 1935年に世界ランカーとなった黒人伐刀者ジム・ノーマンドによって黒人差別は軽減され、1942年に先天性視覚障碍者であるジャルテック・アーノルドによって障碍者だからという理由での差別を悪とする風潮ができた。彼らも夢を目指し、そして叶えた。今やSNSで差別を意識させるような言葉を呟くだけでアカウンを凍結されてしまうくらいにな」
そう、彼らのおかげで差別は軽減されたといっても、完全に消えた訳ではない。
意識とは、そう50年や60年で変わるものではない。故に金剛山は、世界から差別を消したいという崇高な夢を持っているのだと、この時ステラは思った。
だが、違った。
「確かに、現代社会において『差別』というのは批判されているものだ。黒人を生理的に受け入れられないのは差別ではあるが、そいつの黒人を嫌っているという『意思』はなぜ尊重されない?」
「……それは、それは違う! この世に人種の違いなんて存在しない、同じ人間同士格差を作ってはいけないでしょう!」
「ならば、 障害者だからといって刑罰を軽減されるのはどうだ? 平等を謳いながら、彼らをまるで特別扱いしているようじゃあないか。障害者の奇行を気色悪いと、臭いものに臭いという『意思』はなぜ批判される? それこそおかしいだろう」
「確かに犯罪に関してはどうかと思うけれども……でも、彼らは好きでそうなった訳じゃないわ!」
「そうだとも、黒人も障碍者も、好きでそう生まれた訳ではない……だが彼らを差別する『側』も、好きでそうなった訳ではない! どうしても生理的に無理だから、被害にあったから無理になってしまった者達もいるだろう!! そいつらの意思は、意見は、どこにぶつければいいというんだ!?」
「だから、変えるというの? 容易に言葉で人を傷つけられる世界に!?」
「そうだ、それこそがあるべき正しい姿だ。互いに意識も身分も生まれも染色体も関係なく、誰もが自由な思想を持つことができる……それがたとえナチズムによるものだとしても、その意思を私が保障しよう。それの反対勢力、気に入らぬという意思も保障する。自己保身と承認欲求なぞに塗れた下らない世界を、昔の古き良き、自由に殴り合える世界に戻すのだ!!」
それは、ある種ステラの思い描いていた世界といえるかもしれない。
それは、誰もが一度は夢見る世界かもしれない。
だが、極論すら通せるその世界はきっと、争いの絶えない世界になってしまう。たくさんの悲しみが生まれる世界になってしまう。
「それによってどれだけの人が悲しみを背負うか、貴女には分かっているの!?」
「気に入らなければぶちのめす! それこそが正しい姿だ! 誰もが自由に意見し、誰もがその意見を発信できる真の自由!! 非差別者の意見も加差別者の意見も同じだけの価値を持つ、本来あるべき平等社会!!」
「それによって、どれだけの闘争が起きるか分かっているの!」
「勿論意見のぶつけ合いには闘争が起こる、宗教の対立による戦争も起こる。だがそれでいい、力ある者こそが真の意見を通すことができる。弱者共の弱者共による弱者共のための、弱者に甘んじるだけで活きていられる世界ではなく、誰もが努力し、出し抜き、自らの意見を通すが為に力を求めることができる、誰もが意見を通すチャンスを得られる社会。これこそが、真の平等社会の規範となるのだ!!」
それは、ステラ・ヴァーミリオンが最も共感してはいけない━━だが、ステラという一人の伐刀者としては共感せざる得ない、素晴らしく恐ろしい暴論。
どれだけ蔑まれて邪魔されても努力を怠らなかった黒鉄一輝の在り様を、努力による力を才能によって否定されてきたステラも、全てを
強者のみが生き残る修羅の世界。心から惹かれてしまうのは、伐刀者としての本能が故かもしれない。
だが、ステラは手を伸ばせない。伸ばしてはいけない。国を代表する者として、国を背負う伐刀者として植え付けられた道徳が、その伸ばす手の邪魔をする。
「そんな……そんなの、そんな世界、
「否! ならば中世ヨーロッパの魔女狩りはどうなる!? 中世は力を持たぬ人間でも、伐刀者を打ち倒すことが出来た! だというのに今は何だ、伐刀者に保護され、支配されるのに慣れ切った腑抜けしかいないではないか!? 時代が望むのは
「そんなの……そんなの、認められない! どれだけの血が流れると思っている!? 金剛山!!」
「ならば止めてみろステラ・ヴァーミリオン!
金剛山の切り札、過魔出力。逆に言えば、今までこいつは数段上の伐刀者相手に、切り札すら使わずここまで暴れまわったのだ。
ステラは一切警戒せず、剣を構える。
「ヌウウウウウウウッ……オアアアアアアアアアアアアアッ!!」
雄たけび、もはや人間のものとすら思えぬ、狂暴性を直接ぶつけられたような雄たけびが、鼓膜を蹂躙する。
そして、空中が突如として白ばんだものが現れ、金剛山に吸収されていく。
『こっ、これは何が起きているのか!? 先生、解説をお願いします!』
『ウッソだろおい……あいつ、空気中の魔力を吸収していやがる……!!』
伐刀者というのは生まれついての魔力は変動しない、というのが世界の常識だ。
生まれついて魔力を貯められる器というのは決められている。それ故に黒鉄一輝はどれだけ努力しても夢を叶えられなかった、伐刀者の呪縛だ。
ならば、外部から魔力を取り込むという試みは━━当然、普通は成功しない。コップに過剰な水を入れても溢れてしまうだけ。
過剰な魔力は自然と大外へと排出される。それ故にステラは無尽蔵の魔力を持っていながら、その魔力で身体をパンクさせないのだ。
それをもし、無理やり過剰なまでに詰め込んだりしたらどうなるか……。
「グッ、これしきの傷で……本気を出せなくなってたまるかぁ!!」
過剰なまでの魔力の影響か、焼き爛れた皮膚を突き破り血液を押し上げあふれ出す。
穴をあけた水風船のように血を吹き出しながら、金剛山は構え、不敵に嗤う。
「行くぞ!!」
もはや爆発と言っても過言ではない魔力放出による超加速。
ステラも同じように、魔力放出による加速で答える。
相手は先ほどとは違い素手、すなわち一撃をステラへと叩き込むことしか考えていない。
ならば逃げるか? 否、そうなれば長距離の鎖によるリーチで詰められる。何より、この修羅を相手に背中を見せるなぞ、愚の骨頂!!
ステラはバックステップで金剛山の振り下ろしを避ける。拳が地面にたたきつけられ、炎が舞う。
がら空きになった首を狙い、剣を振るうも、即座に展開された鎖を盾のように使い、ステラの大剣を受け止めた。
そして、鉄板なんぞよりも熱い大剣を脇に掴み、ステラのどてっ腹目掛けて蹴り上げる!
「ぐぁっ」
ステラは魔力放出で後方へ下がるも完全には衝撃を逃がせず、壁に勢いよく激突。
「グッ、があぁッ……まだだ!」
金剛山が血を吐きながら、ステラへと迫る。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
「ルアアアアアアアアアッッ!!!!」
動作のアクションは金剛山の方が上、ならばステラがとる行動は先読み!
攻撃を、相手の射線上へと置く!
右腕を狙い、逆袈裟に斬り上げる! それと同時に、金剛山の右腕が切り裂かれ、ステラの後方へとミサイルのように飛んでいく!
血しぶきが異様に遅く感じる。勝った、そう思った直後、金剛山がもう一歩踏み込んだ!
「まだだァッ!!」
魔力とは、体内で生成される。それ即ち、生きた伐刀者そのものが霊装と同じ力を持っているということに他ならない。
槍のように尖った骨を、ステラの心臓目掛けて突き刺す。もはや思考ではない、勝利を渇望するが本能がとった行動。
そして、ステラは━━━
「ガハッ……ふっ、ふふふ……」
「グゥッ……狙いがずれたッ!! だが!!」
ステラの右胸には骨の槍が深々と刺さり、そして金剛山の腹をステラの
同士討ち、否! まだどちらも闘志は燃え尽きていない。まだ勝負は決していない!
どちらも動けず、殴ることすらできぬ状態。だが密着している、ならばとる行動は一つ!
「電神轟雷撃!!」
「
炎と雷撃が相殺し合い、二人を中心に目をつぶさんばかりのフラッシュが輝く。
あちこちに飛び火した炎は壁を嘗め、雷撃は照明機類を破壊しガラスを降らす。
生体電気と煉獄魔法によるぶつかり合い、永久に続くかと思われたそれはやがて、徐々に光を失っていく。
双方ともに皮膚は黒く焦げ、白かった肌は煤にまみれ汚れている。
どちらも未だ立っている。だというのに攻撃がやんだということは、決着がついたということ。
『アメコミかよ……俺出なくてよかった』
『どっちだ、どっちが勝った……!?』
『頼むっ、頼むステラさん! 全財産あんたに賭けたんだッ……!!』
『つか、生きてるのか……あれ……』
やがて、先に動いたのは金剛山だった。
膝から崩れ落ち、全身から噴水のように血液を吹き出す。そしてステラはゆっくりと、自分の胸に刺さった腕をつかみ、引き抜いた。
滝のように血が溢れ、水分を失った粘着性の血が糸を引く。
「グッ……ハッ、ハハハハッ……」
そして金剛山は、ゆっくりとステラの前で、過剰魔力により肉体を破裂させながら、完全に倒れ伏した。
身体が痙攣し、魔力が体内で弾けるたびに、臓器が噴水のように血液とともに吹き出す。
ステラは剣を杖のようにつき、口から血を吐きながらも、腕を大きく振り上げた。
「
それと同時に放たれた弾丸が二人に吸い込まれ、時間が止まる。
ステラから流れる血液も、金剛山から吹き出す液体も何もかもが静止し、試合が終了した。
急ぎゲートから現れた担架が二人を回収し、闘技場を出ていく。残ったのは、砂に粉砕され、ガラスと血液が辺り一帯に飛び散り、焦げた跡が残った闘技場だけだ。
『しょっ、勝者! ステラ・ヴァーミリオン選手!! 七星剣武祭を上回る怒涛の試合を制したのは、ヴァーミリオン選手でした!!』
『すげぇ戦いだった……つかラスボス戦だよなこのテンション! やべぇよ今年!! あとなんだよあのぶつかり合い、少年漫画かよ!? あっクロちゃん協力ありがとね!!』
勝者宣言によって、静まり返っていた観客たちが歓声を上げた。
これまで見たどの伐刀者よりも凄まじい、化け物と化け物の衝突。それを生で見たのだから、その盛り上がりも当然だろう。
『っしゃあ勝った!』
『嘘だろ負けた!?』
『今でも信じられないわ……これ夢とかじゃないよな、悪夢じゃないよな』
『どっちが勝ってもおかしくなかった……つか多分、今度また同じ対戦したらステラさん負けるんじゃね?』
『いや案外勝つかも、攻撃パターン自体は単調だし……問題はくっそ早いってことだけど』
『まあ確実なのは、闘技場が負けるってことだ。なんだよ床を砂にするって』
『私今日から伐刀者名乗るのやめて一般人なります』
『つかあれに勝ったFランク何者? やっぱ八百長か?』
◆
口々に盛り上がる観客たち。そこから少し離れた、闘技場の出入り口。
盛り上がる生徒たちを冷たく一瞥し、一人の少女が爪を噛んでいた。
「チッ、出戻り女め余計な真似を……あのまま死なせていればよかったのに。ああ、忌々しい。あれは私のものなのに」
憎悪のようにドス黒く、殺意の言葉が喉からあふれ出る。
「私以上に黒鉄一輝を愛せる人間はいない……ああ、待っていてね一輝くん。私がすぐに、可愛くしてあげるから」
そして少女は、もはやシワクチャになった、黒鉄一輝が写っている写真を強く握りしめるのだった。
金剛山の野望は分かりやすく言うとアームストロング上院議員
R-18だと好きに書けるから良いな!!