消毒液の臭いがひどく香る。白い清潔なベッド、雪のように白い天井が、ぼんやりとした視界に飛び込んでくる。
腕には刺すような痛み。見ると、点滴が繋がれていた。
その傍ら、スーツ姿で煙草をふかす黒乃が、ベッドの中で目を覚ましたステラに気が付いた。
「目が覚めたか、ヴァーミリオン」
「……先生、ここは」
「医務室だ。ヤツ程ではなかったが、随分と酷い怪我だったからな」
黒乃の言葉を聞き、混濁する記憶が徐々に蘇ってくる。
試合、一回戦、生体電気、過剰なまでの魔力吸収、胸に刺さった腕、人間の腹を貫いた感触。
「そうだ先生! 試合は!? アタシは試合の途中だったんじゃ!?」
「終わったよ。おめでとうヴァーミリオン、君の勝ちだ」
ステラは、黒乃が何を言っているのか分からなかった。
というより、途中の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。確か最後に、魔法を使って……それから、それから、どうなった?
困惑する様子のステラに、黒乃がくつくつと笑う。
知らぬはステラのみで、他の皆はどのような結果なのか、どういった試合だったのかを知っているのだろう。当事者であるステラのみが、それを知らない。
なんだかそれが、ステラにはとても理不尽に思えた。
「試合経緯が気になるなら、あとでDVDでも買うと良い。まだ一日も経ってないというのに、早くも二週間待ちなくらい予約が殺到しているらしいがな」
「あはは……なんだか恥ずかしいですね」
「ちなみに私も予約した、寧音も『DVDプレイヤー買ってでも見たい!』とか言ってたぞ?」
「やめて先生、アタシすっごく恥ずかしい」
赤面するステラに対し、黒乃はからからとからかうように笑う。
確かに、ステラは全力で金剛山に立ち向かい、そして金剛山もまた全力で答えてくれた。
黒鉄一輝の受け流すものとは違う、純粋な力と力のぶつかり合い。全力を出せた、とステラは思う。
一歩間違えていれば、敗者になっていたのは自分の方かもしれない。そう思えるくらいの戦いだった。
「……ねえ先生、彼女、何者なんですか?」
「何者、とは?」
「いくら私が十年に一度の逸材とはいえ、世界をひっくり返せば同じくらいの力を持った伐刀者がいるのは理解しているわ。でも、私の剣を殴って受け止めたり、身体能力強化の能力なのに発電したりするようなビックリ人間なんて、普通じゃないわよ」
「とは言ってもだな、あいつ私との模擬戦の時とか地面殴ってマグマ出してたし」
「なんで!?」
発電の方はまだ分かる、おぼろげながら流れてきた解説━━細胞間の電位差を利用して発電しているというのは、一応理屈は通っている。無茶苦茶でかなり強引ではあるが。
だがマグマは何だ、どういう原理だ。少なくともステラでも不可能であるし、世界最強と謳われるエーデルワイズでも不可能であろう。まずマグマを殴って吹き出させるというのが訳が分からない。
ステラの中で、金剛山はフィクションの世界から連れてこられた説が深まっていく。
「……まさか先生、日本の伐刀者ってみんなあんな感じなんですか?」
「それは無い、あんなのがポンポンそこらにいてたまるか。どんな地獄だ」
実にイヤそうに眉をひそめながら否定する黒乃、その様子にステラは思わず吹き出す。
確かに日本の伐刀者は優秀だとはいうが、あんなものがそこら中にいたとなれば、サムライ・リョーマの力を借りずとも戦勝国になっていたことだろう。
そう思わせる程に、金剛山は強かった。
「……どうだった? 金剛山との試合は」
「……もしあいつが、技を普通の伐刀者ぐらいに極めていたら、負けていたのは私だったと思います」
強い騎士は、ほぼ全員が武道を修めている。だが、金剛山の戦い方には、武道というものが見えなかった。
人が操る、獣の力を再現する為の
それが、実際にあれと相対した、ステラの感想だった。
その答えに、黒乃が「ほう」と感心するように息を吐いた。
「なぜ、あいつは武道を修めていないと?」
「……彼女の戦い方は、人ではないと思ったからですかね。どちらかというと、野生。洗練された技術による強さではない、荒々しい熊のような……そんな感じがしたからです」
ステラ・ヴァーミリオンとて、黒鉄一輝にこそ劣るがそれなりの観察眼はあるつもりだ。
故に、彼女の戦闘スタイルが人間のものではないと看破することができた。その動きは、どちらかといえば
最もステラから見れば、まだ
ステラの答えを聞き、黒乃は自分の膝を叩きながら笑う。
「くっ、ふふふふ……あはははははは!! くっ、熊か! それはいいな!! あははははは!!」
「そんなにおかしいですか?」
「ふふっ。いや、寧音も同じようなことを言っていたからな。しかも妙にしっくり来る」
ひとしきり笑い終えた黒乃は、気持ちを落ち着かせるように煙を吸う。
「正解だ、ヴァーミリオン。ヤツの武術は我流、しかも現地の野生動物からインスピレーションを得た
「現地?」
「体内発電も、多分電気ウナギからヒントを得たんだろう?」
「……先生、それ本気で言ってます?」
「学会のレポートでもかなりの有力説として取り上げられているものだぞ、これが」
そもそも細胞の仕組みが全く違う人間が、電気ウナギを見たからって発電できる訳がない。それは、生物学にあまり明るくないステラでも分かることだ。
だというのに学会では、その説がかなり有力視されているらしい。
「色々納得できんだろうが、今はそれで納得しろ。私は理解をあきらめた」
「それでいいんですか先生」
「良いんだ……そうだ。黒鉄一輝の作った肉じゃががある、今日はこれを食ってゆっくりと休め。
「……そういえば先生、金剛山は無事なんですか?」
ステラの記憶に残る、おぼろげな光景。
全身を針で刺されているかのような痛みを感じながら放った
人間は、全体の20%が火傷にさらされると命を落とすという。金剛山の場合、ステラの
命を落としていたとしても不思議ではない。なぜそんなことをやってしまったのか、まあそれはたぶんテンションとかその場の勢いとかだろう。
黒乃は紫煙を吐きながら、安心させるように微笑む。
「かなりギリギリだったが、iPS
「ニクゥ……ニグゥ……」
びちゃっ、びちゃっ、と。iPS
その彼女に黒乃が幻想形態で銃弾を撃ち込みまくるまで、あと十秒。
◆
「分かっているですよ。心配せずとも、戦闘データはきちんと母国の方へ送るです」
とある学生寮のベランダで、一人の少女が電話をしていた。
月明かりを浴びて、それすらも自らの輝きに加えるような赤い髪。燃えるような赤さではなく、熱という現象を色彩化したような、人工的な赤さの髪。
旧式のガラケーと呼ばれる品種のそれは、母国の誰かと繋がっているようだ。
「あの娘と同部屋になれなかったってのはまあ残念ですが、おかげで新しい弱点も出来ましたです。ああ、Fランクの男ですよ」
ベランダに背を預け、同室相手の様子を見る。
ミイラのように細い身体、栄養補給用の点滴と車いすが、月明かりに照らされて光る。
月を眺めているようにも、虚空を眺めているようにもみえるそれは、まるでミイラのように全身が干からびていた。皮膚の下に脂肪というものを感じさせない。
「まっ、そのFランクは件の皇女様に勝つような化け物剣術使いみたいですけど。データ? ああ、ネットで拾うと良いですよ。今回はサービスです。流石に、あなた方からの報復が怖いので。冗談じゃないですよ」
電話口から聞こえてくる言葉を適当に聞き、少女は茶色い煙草に火をつける。
煙を吸い込むと、メープルフレーバーな香りが口の中へと広がった。
「タイトル? あ~、Fランク騎士とか落第騎士とか、ワーストワンとかで調べてみたらどうです?」
誰もが想像だにしなかった番狂わせ、彼女は気まぐれとおふざけで落第騎士の方に賭けてみたが、おかげでかなりの額を稼ぐことができた。
その点に関しては感謝しているものの、それは別として組織には危険な人間であろうことは間違いない。
だが、あれをうまく使えばもっと金を引き出せる。相手が金を出し渋って組織がつぶれても、こちら側は何も痛くはない。くつくつと、少女は煙交じりに笑う。
「そうそう、そっちのボスに挑んで負けた人の弟ですよ。まあ茶番みたいな勝負だったので、見るかどうかはお任せしますです」
事実、ステラも遠距離から魔法を撃つ戦法を取っていれば、あの勝負は才能通り、ステラ・ヴァーミリオンの勝利だっただろう。だがあの娘は、正々堂々を選んだ。少女には、少なくともそれは理解できない。
最終的に生き残った者の勝者、試合が全てであれば勝負も捨てる。重要なのは仮定ではなく結果。結局のところ、それが全てなのだ。
「ええ、そうですね。確かにあの娘ならば、姉を起こしてくれるかもです。……が、それにはまだ足りない」
短くなった煙草を指で挟み、新たに取り出した煙草をくわえなおす。
すると、指に挟んでいた煙草から火種が蛍のように飛んだかと思うと、少女が咥えいていた火のついていない煙草に煙を立てる。
「わかっているですよ。チャンスは一度きり、しかもいつ来るか分からない……んでもって目覚めるかもわからないって部の悪すぎる賭けですけど、今年しかチャンスが無いってのは。はいはい、んじゃですパパ」
少女が口から吐き出した紫煙が、風と戯れ空に消える。
通話を切り携帯をポケットにしまい、持ち帰るように手元に霊装を現出させた。
直後、少女の頭上から襲い来る肌の黒い少年二人と少女一人。
「ったく!」
民族特有の言語で何かを訴えながらナイフを振り下ろしてくる少年の一人に狙いをつけ、長い棒で目玉を突く。
頭蓋骨ごと貫通したのを触感で認識し、隣の少年に向かって棒を振る。
少年が壁に叩きつけられると同時に少女が、胸元にナイフを構えて突撃してきた。
「日本のセキュリティーは優秀だって聞いたですけど」
頭を掴み、その状態で魔力放出を直接叩き込む。
ミキサーにかけられたように、割れた頭蓋骨からミンチ状の脳みそをまき散らし崩れる少女。
壁に叩きつけていた少年は、たった数秒で巻き起こった惨劇に腰を抜かし、ズボンを濡らしていた。
「案外そうでもないですかね……はあ」
少女は煙草を少年に向けて投げつけ、それを少年の心臓ごと叩き潰す。
壁にトマトを投げつけたように血をまき散らし、数度痙攣し、口から血を吐き出す。
「……早いとこ姉を目覚めさせてくださいですよ、ステラ・ヴァーミリオン。早いとこ押し付けたいです」
三つの死体が転がるバルコニー。
少女はマッチに火を灯し無造作に投げ、部屋へと戻った。
火は突如として大蛇のように大きくなり、少年たちを飲み込む。
そして、まるで消化するように炎龍の中でかみ砕かれ、灰にすると火は消え、風に乗りどこかへと飛んで行った。
べっ、別にタイトルを音楽縛りにして面倒くさくなったわけじゃあないんだからね! 勘違いしないでよね!