「ねぇ」
「なに?」
俺はゲーム画面から目を離さずに、後ろでベッドを占拠して漫画を読んでいる彼女に返事をする。当然のように彼女、立香が居座っているが、ここは彼女の部屋ではなく俺,藤丸のマイルームだ。
「なんかあった?」
聞いてくる彼女もきっと、読んでいる漫画から目を離してはいないだろう。
……でも驚いたな、そんな表には出さないようにしていたつもりだったんだけど。やっぱり彼女には隠し事をできそうにない。
「……俺たち、こないだ人理を修復してさ」
「うん」
「ようやく日本とも連絡がとれるようになったじゃん?」
「うん」
「それで、しばらく見れてなかった友達とか……好きだった子、とかの近況を知ったわけなんですが」
「……あー、まさか……」
「……いつのまにか、その子が他の男と付き合ってて。なんか、失恋、みたいな」
「……ありゃー……」
「一応俺の中では、まだ彼女のことが好きなつもりだったのに、……失恋を『まぁ当然か』って思っちゃった自分が居て」
「そんで自己嫌悪で死にそうになってるけど、他の皆には言えなくて虚無ってると」
「ご名答です……」
いかんせん、こういう話はサーヴァントのみんなとは話しにくい。こういう時だけは、同じマスターという立場の立香の存在が有り難い。
その彼女はしばらく考え込むと、
「……よし、スマブラしよう!」
などと突飛なことを言い出した。
「なんで!?」
「こーいうのは誰が悪いとかじゃないから、考えるだけ無駄! 何か別のことやってストレス発散するしかないの! 安心して、気が済むまで付き合ってあげるから!」
……ああ、うん、そうだった。立香のこの明るさがあったから、人理修復の旅を乗り越えられたんだったな。
「……GCコンは渡さないからな」
「えぇ~ずるい!」
「いいじゃん立香のが上手いんだから」
「私だってGCコン使えなかったら藤丸よりは下手なんだけど!」
そして結局、次の日の朝までスマブラをやっていた。
「「ふわぁ……」」
俺と立香の欠伸が重なる。今は立香とマシュとのブリーフィングの時間だ。それを見て、マシュがクスッと笑った。
「昨日はお二人で夜更かしなさっていたのですか?」
「まぁね……どっかのピカチュー使いさんがねかせてくれなかったもので……」
「へぇ? 『もう一戦、もう一戦だけ!』って頼み込んできたのはどこのアイク使いさんだっけ?」
「……ふふっ、お2人はとても仲がよろしいんですね。ちょっとだけ、嫉妬しちゃいます」
「「どこが」」
「そういうところですよ、先輩」
……むぅ、どうにも旗色が悪い。
「……あ~、俺そういえばダヴィンチちゃんに呼ばれてるんだった。それじゃ!」
「あ、ちょっと、先輩!」
俺はマシュと立香を残し、ダヴィンチちゃんの工房へと急いだ。
▽
「……ん、元気になってくれたみたいで良かった良かった」
「え、先輩、何かあったんですか?」
「ちょっとだけ、ね。藤丸って、ああ見えて独りで抱え込むところがあるからさ。時々は、こっちから突っついてやらないとね。……まぁ、これは私にも言えることだけど」
「……よく見てるんですね、先輩のこと」
「別にそんな、特別見えてるってワケじゃないよ。気づかないこともいっぱいあるし。……ただ、なんというか、ね?……その、惚れた弱み、みたいな?」
▽
「おや、誰かと思えば藤丸くんじゃないか。何か入り用かい?」
ダヴィンチちゃんに呼ばれているというのは嘘だけど、ダヴィンチちゃんに用があるのは本当だ。そういうわけで、俺はダヴィンチちゃんの工房を訪れたのだった。
「実は、立香に送るプレゼントを探してて」
「ほう、プレゼント」
「まぁ、その、立香にはなんだかんだお世話になりっぱなしだからさ……。たまには、感謝の気持ちを伝えてもいいかな、みたいな?」
するとダヴィンチちゃんが満面の笑みになった。
「あぁ、そいつは素晴らしい!よろしい、その依頼、この万能の天才レオナルド・ダヴィンチが請け負った!」
ダヴィンチちゃんが協力してくれるなら心強い。
「ありがとう、ダヴィンチちゃん! それで、プレゼントの中身なんだけど……」
「ほうほう……なるほど……だったらこれのほうが……」
「ふむふむ……そっかそっか……そしたらこれとかは……」
そうしてしばらく、2人してプレゼントの中身をああでもない、こうでもないと議論した。
「今日はマジで疲れた……しぬ……座に還っちゃう……」
「はいはいお疲れさま、英霊じゃないんだから土にしか還れないでしょ」
出撃から帰ってくるなり、立香は俺のベッドに倒れこんで、我が物顔で占拠する。こいつは出撃から帰ってくると大体こうだ。そのくせ、他の人の前では無理して笑ってみせる。それを放っておけないのは多分、自分もそうだからだろう。そして立香もまた、俺を放っとかないでくれるからだろう。
「そんな立香さんのために、本日はこちらをご用意しました」
だから偶には、こうやって感謝を伝えたっていいだろう。
「……? これは……? ……ッ、まさか……!」
「そうそのまさか!星5【とても高くてとてもおいしいチョコ】!」
「え、これ限定生産のやつじゃん……どうやってこんなものを……」
「カルデアの売店に送られてきた試供品の余りを偶然もらってね」
もちろん嘘だ。こっそりレイシフトをして集めた資材を基に、ダヴィンチちゃんの不思議な力で再現してもらったのだ。
「ありがとう……え、マジで感謝しかない……」
「はいはい、精々味わって食べてくださいな」
「もちろん! ……えへへ……」
こういう笑顔を見れるのだから、人理修復できてよかったなぁとか、思ったり思わなかったり。
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カルデアのマスターとしての業務は、レイシフトだけでなく、それに際する報告書などの作成も含まれている。
今日は久しぶりに出撃任務が無かったので、溜まってた書類仕事をまとめて片付けてしまおう。そう考えてたんだけど……。
「……今更だけど、なんで居るの?」
当然のように俺の部屋に居座り、同じく溜めていたのであろう書類仕事を処理している立香に問いかける。
「自分の部屋だと捗らなくない? あとわかんないとこあったら藤丸に聞けるし」
俺の問いかけは、(立香の中では)極めて合理的な答えによって処理されてしまった。……まぁ、俺もわからないところを立香に聞くことはあるから、助かるといえば助かる。
「ハァ……」
立香を追い出すことを諦めた俺は、気合を入れなおすべくコーヒーを淹れてくることにした。
「あ、私の分もお願ーい」
「……誰もコーヒー淹れてくるとは言ってないんだけど」
「え、違うの?」
「……ミルクと砂糖は?」
「藤丸のと一緒でいいよー」
「おっそーい」
給湯室からコーヒーを淹れて戻ってくると、心無い言葉に出迎えられた。
「どうせ猫舌だからすぐには飲めないくせに」
「子供舌の人に言われたくありませーん」
やるかァ? という空気が一瞬漂うが、
「うそうそ、ありがとね」
立香のふわっとした笑顔で、その空気は無くなってしまった。
「……どういたしまして」
素直に返されると、それはそれで困る。仕方ないので、真面目に書類に取り掛かることにした。
紙のめくれる音、ペンを走らせる音、コーヒーを啜る音。
しばらく、世界がその3つの音だけの時間が流れた。
報告書の内容に頭を悩ませていると、ふと立香が視界に入った。
……時々忘れるけど、顔は良いんだよなーこいつ。今かけてるメガネ(『なんか頭が良くなる気がするから』という理由で立香は時々この伊達メガネをかける)もサマになってるし……。
……ってダメだ、いまはそれよりこの報告書に書く内容を考えないと。邪念をなんとか脳内から追い払い、再び目の前の書類に没頭する。
しばらく集中してがんばったおかげで、なんとかひと段落ついた。
はぁー、とため息を吐きながら視線を上げると、なぜかこちらを見つめていた立香と目が合った。
「なに?」
なんでこっちなんか見てたんだ? まさか俺の顔に見入ってたとかじゃないだろうし。
「……ッ、なんでもない。……私終わったから帰るねー。コーヒーごちそうさま」
なぜかそさくさと俺の部屋を後にしようとする立香。……心なしか顔が赤い、ような。この部屋は結構空調が効いてたから、その所為か?
「はいはいおやすみ。あったかくして寝ろよー」
「……ん、おやすみ」
─────────────────────────────────
レイシフト先の情報というのは、ある程度まではカルデアで観測でき、事前に知ることができる。しかし、カルデアで観測できる情報には限りがある。
そのため、現地での聞き込み調査という手法は、原始的ながら有効な手法である。そして手分けしての聞き込みは、より多くの情報を手に入れる為の手法としてよく用いられる。
現に今回のレイシフトにおいても、その手法が取られた。取られた、のだけど。
「オネーサン、オレと遊ばない?」
「や、予定あるんで……」
「えー、そんなこと言わずにさぁ。ちょっとだけでいいからさぁ!」
「いや、そう言われましても……」
その結果、立香が絵に描いたようなナンパに遭っていた。しかも割りとしつこいタイプのようで、立香も断りあぐねている。
……あいつ、変なとこで外面を気にするからなー。人の頼みを断るの下手なんだよな、アイツ……。まったく世話が焼けるマスターだ。
俺はさっさと立香のもとに近寄ると、彼女の手を引いた。
「行くよ、立香」
あっけに取られるナンパ男を尻目に、立香をつれて人ごみを掻き分けていく。その間、彼女は何も言わなかったし、顔も見えなかった。
しばらく歩くと、人ごみが減ってきた。ここまでくればさっきの男ももう追ってこないだろう。そう思って離そうとした手を彼女が不意に握り消してきて、思わず俺は心臓が止まるかと思った。
「……ねぇ、私たちホントのカップルに見えてたかな?」
「……さぁ」
「……じゃあさ」
手を握る立香の力がぎゅっと強くなった。
「ホントにしちゃおっか」
「え」
それはどういう、と聞こうとした俺の声は、遠くから俺たちを見つけて駆け寄ってきたマシュによって遮られた。
「先輩!」
「マシュ!さがしたよー!」
するりと俺の手から立香が離れていった。残ったのは、彼女の温もりだけ。
「からかわれた……のか?」
敵わないなぁ、と手のひらをぼんやりと眺めながら思った。
……この後の任務、絶対集中できないよなぁ……。
▽
「先輩! 良かったです、無事に合流できて。……あれ、先輩顔赤いですよ? 体調が優れませんか?」
「あーうん大丈夫大丈夫! だからはやく行こ行こ! ね!」
「わ、そんなに押さないでくださいっ!」