夏の近いとある日のこと。
ジメッとした梅雨も明け、照りつける太陽に陽炎立つ日が続いている日向町。
そんな中、クーラーの効いたオフィスに第1班班長こと秋田拓人が一枚の書類を手に入ってくる。
「先生、俺今度の任務行けそうにないんで、代役を立てて欲しいんですけど」
いつも通りのだるそうな口調で、その書類を狂宮恭弥の机の上におく。
机の上はひどく散らかっており、その所有者の性格が表されているようだった。
目の前に出された書類に、恭弥はキョトンとした顔をする。
「は?ちょっと困りますよ。あなたの代役ってそうそう……」
口をついて文句がでたが、恭弥はなんだか違和感を感じて拓人に問い詰める。
「珍しいですね休暇申請なんて。いつもは事後報告なのに」
作業を中断し差し出された書類に目を通す。
「いや、別に今回はぶっ倒れたわけでも、任務の引きずりでもないんで、報告できる時はしておこうかなって」
本当はこれが普通でしょ、と言わんばかりの表情であるが、この男は無断欠席の常習犯なのを忘れてはいけない。
「あなたがどこかに行くと、もれなく数名いなくなる可能性があるんですから、時期は考えてくださいね?」
「それは俺じゃなく、もれなくの方に言って欲しいですね」
ナタリア、雪乃、雛、シャルロッテ、思いつくだけで4人もいる。下手をするとジョーカー達まで付いて来かねない。
やれやれとため息をついてみる。恭弥はそれをわざと見ないふりをして書類に印鑑を押した。
「で、何日なんですか?」
「来週ですね」
その言葉を聞いた恭弥は目を丸くした。
「あなたもですか?」
「え?俺の他にも誰か休暇を?」
そう言うとチェック済みで分けられているであろう書類の一番上を拓人に手渡した。
「来週から夏休みです。1年生のジータゼータ姉妹も先ほど来て報告していただいたのですが…」
すっかり忘れていた。凛のことや日向町防衛戦で忙しすぎて長期休暇というものの存在が記憶からすっぽりと抜け落ちていたのだ
それにしても、偶然というものはあるものだな、とそう思った
「あいつらが?へー。」
「まぁ、持って来てくれましたし一応通しておきますね。え?実家E区なんですか!?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?なんかジジイが病気やらかしたみたいなんで死ぬ前に顔見せに来いって」
この辺の理由は適当だ。はっきり言って嘘である。
拓人にはどうしても実家に帰らなければならない用事があった。
あまり人に言えるような話でもないので、適当に誤魔化しているにすぎない。
だが、恭弥が気になっていたのは理由ではなかった。
「いえ、ジータゼータ姉妹もE区の実家に帰るとのことでしたので」
本当に偶然だ。まさか、日付だけならず場所も同じとは。
「へぇー、偶然ってあるもんなんだな。まさか行き先まで同じだなんて」
E区は広いので本当に同じかは厳密にはわからないが。
「まぁ、出かけるのは構いませんが、くれぐれも怪我や病気の無いよう健康な生活を…」
「ハハッ!テンプレ通りのセリフですね、先生!それは終業式に言うやつですよ!」
長くなりそうだったので、そう切ってタクトは恭弥のオフィスを後にし、出たすぐ横の休憩スペースの自販機によることにする。
高層の窓にカラフルな椅子が並ぶその休憩スペースには、金と銀の狐の獣人の双子姉妹、ジータとゼータが座っていた。
こちらに気づいた2人が立ち上がって頭を下げる。
「よぉ、先生から聞いたぞー。お前らも実家に帰るんだってな」
挨拶もなぁなぁに、偶然の話をする。
「も?ってことは秋田さんもなんですか?」
「ああ、しかも同じE区出身らしいじゃん!全然そんな話ししてなかったからびっくりしちゃったぜ!」
「ええ、来週から一週間、あちらに滞在します」
「おいおい、しかも日にちもおんなじかー」
わざとらしくそう言い、適当に買ったジュースを投げてやる。
ジータの方は嬉しそうにお礼を言ったが、ゼータは気まずそうにすいませんとだけ言った。
「そうだったんですか。せっかくですし一緒にいきませんか?」
ジータが尻尾を揺らしながら、ジュースに口をつける。
「お?そうするか?いいぞ」
「来週が楽しみですね!」
まぁ、実家に帰るだけだし、2人といてもなんら問題あるまいと思い、その提案を快諾した。
本当に偶然とは奇怪なものだ。
日差しが差し込むスラム街のアパート。
その最上階の一室、ここは第1班班長秋田拓人の借りる部屋。
ナタリア、シャルロット、雪乃、雛の4人はお茶を飲みながら雑談していた。
ナタリアの入れたお茶を飲みながら、トークに花を咲かせている。
「来週から夏休みですわねぇ…」
そういえばと、シャルが去年のことを思い出すようにして目を瞑りながらそう言った。
「今年はどうするんだろ。また海とか行くのかな?」
「今年もご主人様の気を引くために大胆な水着を着て、怒られますか?」
去年の夏、ナタリアは水着の事で一度拓人に怒られていた。
「でも確かに去年の夏は少しやりすぎましたわ。今冷静になってみれば、あんなのただの紐ですし」
もはやただの痴女である、と本人も今に自覚したらしい。
当然のごとくビーチ中の視線を引いたが、邪な輩に声をかけられているところを拓人に見つかり大目玉を食らった。
「あなたの水着姿を見て、いきなり怒鳴った時はどうしたものかと驚きましたけれど、愛ゆえ、ですものね」
「人気のないところに連れ込んで、無理やりタオルを着せて、『女が軽々と肌を晒すな』『他の男の目に触れさせるのは勿体ない』ですからねぇ」
雛が大きく頷いて見せる。
「前々から思ってたけど、たっくの異常なまでのあの縄張り意識は一体どこから来るんだろうね?」
ナタリアだけの疑問ではない。
彼にとって仲間は家族だと言う。
何故そこまで人を思えるのか。
「仲間を家族と呼んで異常に執着していますからね」
「いいではありませんか。そこが彼の良いところですわ」
「まぁ、そうなんですけど…」
皆のティーカップがちょうど空になる頃、部屋に拓人が戻ってくる。
挨拶をすませると、それぞれが夏休みの自分の都合を話していく。
「ただいま」
「おかえりなさい」「おかえりなさいませ」
「ご主人様、夏休みの予定はお決まりですか?雛はまたお散歩をご一緒したいです!」
「ちょっとまたってどう言うことかしら!?それより私と今年の水着選びに…」
「皆を誘ってバーベキューへ行きませんか?」
少しの喧騒に間を開けて、拓人は頭を掻いた。
「あー……期待を裏切るようで悪いんだが…、俺は初めの一週間実家に帰るからこっちにいない」
「「「えっ」」」
ナタリア、シャル、雛から驚きの声が上がる。
「悪いな」
「じじじじじ実家!?たっくの実家!?」
キャーっと頬を染めるナタリア。
「わたくしも準備をしなくては…」
焦るようになにかをメモするシャル。
どうやら2人ともついてくるつもり満々のようだ。
「待て待て、何そっとついて来ようとしてんだ」
「ダメ…ですか?」
「いやダメではないけど。マジでなんもねぇぞ?」
その言葉に即座に返事が返ってくる。
「あなたがいますもの」
「そうだよたっく。それに、何もないなら余計暇でしょ?ね?」
まったく慕われたものだ。少し嬉しくもあったが、1つ先約を思い出す。
「いや、まぁそうだけど。ジータゼータも一緒だぞ?」
「は?」
「あの女狐ども…っ!!」
ナタリアの敵意が即むき出しになる。
「いやなんか偶然一緒らしかったから帰り途中までは一緒に帰るって」
だがそれは華麗にスルー。
「あのお二人もE区にお住まいなのですね」
「らしい。雪乃はどうする?」
「私はいかない」
「あら?いいんですの?あなたにとっても故郷でしょう?」
「たっくはきっと約束があるから」
「……?」
どこか遠くを見つめる雪乃。
その言葉の意味がわからず2人は思わず首をかしげる。
「雛には帰って来てからたくさん構ってくださいね!」
そう言うと雛は立ち上がってティーカップを片付け始める。
「まぁ、雛はそうでしょうけど」
「んじゃあ、2人はくるのな。まぁ、俺忙しいからあんまり構ってやれないかもしれないけどごめんしてくれ」
「はーい」