夏休み当日。
E区行きの電車乗り場。
3人が着く頃には、ジータとゼータがすでに到着しており、売店で買ったであろうアイスキャンディーを舐めていた。
「あ、やっぱり先輩方も一緒なんですね」
「何やっぱりって」
「いえ、秋田さんが行くといえば絶対についてくるだろうなと。まぁ、予想より少ないですが」
ナタリアの懐疑の目を避けるように目を逸らし、ずれた視点からシャルとナタリアを見ている。
「ああ、雪乃とかのことね。意外だよね、俺も絶対付いてくると思ってた」
「ところで、E区まではどうやって行くつもりですの?」
「流石にワープでも遠いからな」
ナタリアはイマイチここがなんだかわかっていなかったらしい。
まぁ、確かに日向町には電車がないため、駅というものを見た事なくても仕方ないかもしれない。
「E区へは電車が走ってるんです。街のはじから、E区の外れまでですけど」
ジータが路線図を指差しながら言う。
初めて見る、と言ってナタリアは目をよく凝らして見ていた。
少しわくわくする様子がとても愛らしい。
「そこからは区内を走るバスかローカル線を使う。乗れるかは……分からん」
そもそも出ているのか怪しい。
決して人口が少ないわけではないが、日によっては一本もでていない日がある。
「それでは出発しましょう!」
金色の尻尾を激しく揺らし、とても愉快そうにジータが笑う。
「ジータ、はしゃぎすぎではありませんか?」
「ゼータは少しテンション低くない?せっかくお母様と会えるのに!」
「楽しみですけど、そんなことでは着いてから疲れて寝てしまいますよ」
「それもそっか」
チケットを買い、5人は電車に乗り込む。
幸い、空いているようで容易に座ることができた。
「たっくはなんで急に実家に?」
思い出したかのようにナタリアが問いかける。
「んー。まぁ、約束があってな」
適当なはぐらかし方をする。
その言葉を聞いた時、ゼータの顔が少し曇ったような気がした。
「…」
「…?ゼータさんどうかなさいましたか?」
その小さな変化に気づいたシャルがゼータに質問を投げかける。
「???いえ。平気です、ご心配を。ありがとうございます」
「もし何かあればすぐにおっしゃってくださいね」
「ありがとうございます。シャルロット先輩」
本人もあまり把握していなかったのか、無難な回答で返されてしまった。
少し釈然としなかったが、周りも気づいていないようだったので、きっと気のせいだろうと思いこむことにした。
「長ければシャルでも構いませんわ」
「…シャル先輩」
少し恥ずかしそうに改めて呼び直す。
そこで電車が動き出し、窓の外の景色が段々と流れていく。
ジータはどこか上の空だ。
「約束かー。もしかして女の子とか?」
ナタリアが、なーんてねと笑いかける。
「お、よくわかったな」
が、拓人は至極真っ当な表情でそう答えた。
拓人以外の全員が凍りつく。
「………は?」
「はぁぁぁぁぁぁ!!??」
当然と言えば当然だろう。
というか、上げない方がおかしい。
「急に大声を上げるな。何か変なことを言ったかな?」
「シャルロットさん、今の聞きました?」
ナタリアとシャルは顔を見合わせ、唖然とした。
「雪乃さん以外に幼馴染の女の子が…?」
「女の子っていうと語弊がある気がするんだけど」
考えるようにして、顎を撫でる。
ナタリアが極力作り笑顔を向ける。
「どういうことかしら?」
「その人は俺を助けてくれた恩人で、長い間しがらみに囚われてる。彼女を外に連れ出すこと、それが俺が彼女にした約束。まぁ、俺が勝手に押し付けた約束に過ぎないけど」
「ッ!!」
それを聞いたゼータはわかるくらい表情を変えた。
目を大きく開き、拓人の方を見ている。
「?大丈夫ですかゼータさん?」
シャルが返答を促すと、
「…え、えぇ、少しお手洗いに…」
急に立ち上がりそういった。
少しの狼狽に拓人も首を傾げたが、
「あ、ゼータ私も行く!」
と、ジータが被せて来たため質問する暇なく言葉は流れた。
2人はトイレのある車両へと足早に移動していく。
「あらあら、私たちに気を使って我慢してたのかしら?」
「まぁ、彼女たちは一年生で私たちは三年生ですから、少し気まずいかもしれませんね」
「それもそうか」
先ほどのゼータの反応は、どうやらトイレを我慢できなくなったが、先輩の話を切れないと思い我慢しようとしていたらしかった。
なんとなくそれで納得して、別のことを考えていた。
2人がいなくなった後も、その女性についての質問は続いた。
「それでしがらみとは?」
「彼女は生人神として祀られてる」
2人が同時に息を飲んだ。
「なっ…」
生人神とは、神や精霊などと契約を交わし、祈りを捧げ続ける事で災いや厄を避ける力を得る一種の人身御供である。
座敷牢などに監禁されたり、本人の意思とは無関係に行われるものであるため、近年日向町を含むA区き周辺では禁止する動きが見られている。
噂では、慰み者として扱われたりといった事例が後を絶たず報告されているのだとか。
また、その役目から逃げ出すことができずついには狂ってしまう人もいるという。
「孤独に苛まれ、それでもなお民衆を信じ、教えにそって厄災を払う生贄として社に監禁されてる」
どこか懐かしむような、悲しむような表情で彼は続ける。
「俺は彼女の漏らした孤独への悲鳴を確かに聞いた」
「そして10年経った。だから彼女を迎えに行く。」
覚悟の目だった。
「彼女をその監禁から救うすべがあると?」
本来であれば、勝手にそんなことをしてもいいのかと問うべきであったが、そんなことは百も承知だろうという考えから口に出すのは憚られた。
「ああ、だから俺は忙しくてお前らに構ってやれんかもしれん」
祈り子を失えば、当然それらは存在が危うくなる。
つまり、それらとの戦闘があるかもしれないということだ。
身の危険はかなり高い確率で訪れるだろう。
「一週間はかからないけど、丸一日はかかると思う。」
「私たちも手伝いますわ」
「ええ、あなたが願うのなら…」
さすが、2人はすぐさま彼の行動に賛成したが、彼はそれを良しとしなかった。
「ああ、でも頼むから俺1人でやらせてくれ」
「でも…」
そんな危険なことを一人でなんて、と続けようとした言葉を強く遮る。
「俺と、彼女の約束なんだ。ナタリアも2人で会う時他の奴いたら嫌だろ?」
「うっ…それは、そうだけど…」
言い澱むナタリアに押しかけて、シャルに頼み込む。
「シャル、ナタリアを頼む。」
「ええ…それは構いませんけど…」
「さんきゅー。ほんと助かるわ」
シャルが食い下がろうとした時、話を途中で切ってしまったことをか、申し訳なさそうにゼータたちが帰ってきた。
「すいません先輩」
「お、おかえりー」
都合よく帰って来た後輩にナイスと心の中で言いながら、背もたれに寄りかかる。
「そろそろ降りる駅に着きますね、準備しましょう」
拓人たちは話に夢中でまったく気にしていなかったが、ゼータが電子掲示板をみてそういった。
少しすると、電車は停車し、アナウンスが流れた。
「あら?電車はもうおしまい?」
「シャルロットさん、心配せずともこれからまた電車ですわ…」
電車が止まると、酔いが来たのかナタリアがフラフラと立ち上がる。
「ナタリアさん…?明らかに具合が悪そうですけど?」
「いえ…慣れない電車での移動で疲れてしまって」
「まじか…、酔った?」
「そうみたい…うっ…気持ち悪い」
まだ体が揺れてる感じがする、とナタリアが座り込む。
「んー…仕方ねぇな…ジータ、ゼータ、悪いけど俺らワープで先行くわ」
流石にナタリアの体調を気遣って、ここからはワープで移動することにする。
「あっ、はいわかりました!」
「ん、ジータ行きましょう」
「それじゃあ、拓人さんまたあとで会いましょう!」
元気が有り余るといった様子で、ジータがかけていく。ゼータもそれに続くようして後をついていく。
「あーいよ、お疲れー」
2人はあっという間に見えなくなった。
「さて、私たちも降りましょう。ナタリアさんの荷物は私が持ちますわ」
「ごめんなさい…うぅ…」
「困った時はお互い様という奴ですわ」
「ふぅ、さて、一気に実家前まで飛べるといいが…」
そう祈りながら重い荷物を背負う。
電車から降りると、空は生憎の雨模様だった。
「…」
「あら、これは…」
「雨、降ってますわね…」
「これでは飛べませんね…」
何を隠そう秋田拓人のアクセルターンは、空間の密度が高ければ高いほど、その外側に出ようとする術式の設定上、雨や雪の降る空間ではワープ地点に大きくズレが生じてしまう可能性をはらんでいるのであった。
「いや、飛べなくはないんだけど…」
「いえ、わかってるわ。大人しく電車で行きましょう」
ナタリアが顔を上げる。
「でもいいのか?ナタリア」
「ええ…でも少し休ませて下さいまし…」
気丈にも顔を上げたナタリアだったが、やはり酔いには勝てなかったようだ。