電車を降りバスを乗り継いで数十分、そこには辺鄙な田舎の光景が広がっていた。
背丈の伸びた稲がそよ風に揺れている。
一面緑広がる、美しい自然に囲まれた土地。
「ここが拓人様のご実家…」
その中に塀で囲まれた大きな家が並ぶ場所がある。
門の表札には秋田と書かれている。
「広いですわね…敷地だけで言ったらシャルロットさんのお家より広いのではなくて?」
「まぁ、畑とか蔵とかあるからね。ま、入った入った」
ルフィビュール家には大きな庭園があるが、それらを含めても、より大きいかもしれない。
門を抜けて奥へ奥へと向かう。
右手と奥に立派な家があり、それ以外にも倉庫などの大きな建物が見える。
広大な畑と、青々とした稲が立ち並ぶ田んぼが敷地内いっぱいに広がっている。
雨上がりの土と草の匂いが、冷えた空気と一緒に肺いっぱいに入り込んで心地がいい。
家に着く頃には、ナタリアの酔いもすっかり冷めていたが、まだぐったりと首を垂れていた。
「おーい、じいさん、ばあさん、拓人だけどー」
拓人の呼びかけに応じて、家の奥からゆっくりとおばあさんが出てくる。
「あーい、いらっしゃい、あら、女の子連れできたのねぇ」
孫が帰ってきたのというのと、かわいらしい女の子を二人も連れてきたため目を光らせる
「「おじゃまします!」」
2人はアピールせんと元気よく挨拶をする。
「一週間はこっちにいるわ」
その言葉を聞いてにやにやが止まらない祖母の顔を、全力で見ないようにする拓人だが、それをむしろ面白がっていじってくる。
「そうなの?せっかくお嫁さんも来てくれたことだしはなれを使ったら?」
((ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!))
表には出さなかったが、おばあさんの言葉に心の奥底でガッツポーズする2人。
ナタリアに至ってはそれが完全に表情に出てしまっていた。
「あー…そうさせてもらうよ。よし、2人とも行こうぜ!」
後ろを振り向かずともわかる。
2人とも本気で喜んでそうなので、茶化しに言ったであろうその言葉に少し恥じらいを感じ、適当にその場を済ませて、祖母の言う通りにする。
「素敵な和建築のお家ですね!」
はなれまでは少し歩くことになった。
土間をでて、シャルが改めて外装を見直してそういった。
それを聞いて家や周りのデザインをみて、ナタリアも大きく関心を示したようだった。
「ねー、どっちかっていうと西洋屋敷ばっかり見て来たからこういうのは新鮮だわ…」
「これなー俺の曾祖父さんが建てたらしいぞ」
戦前にな、と付け足して言う。
つまり、東京がこうなる前からここに住んでいることになる。
「そうでしたのね。職人さんなのですか?」
「んー、別の仕事してたんだけどね本当は。まぁでも大工業もやってた。それだけだ。」
シャルの問いに、なんでも、戦争にも駆り出されて出てたこともあったらしい、と言って笑ってみせた。
空を見上げると、だんだんと雨雲はちぎれ、しだいに山の木々から虹が咲き始めたのが見える。
「駅に着いてから思っていましたけれど、話に聞く通りのどかなところですわね」
ナタリアがシャルにお礼を言って、自分の荷物を返してもらう。
シャルも虹に気付いて、深呼吸をしてほほ笑んだ。
「雨も上がって、深緑溢れる森から虹が架かっています。素敵」
「まぁ、そう言ってくれるだけで連れて来たかいがあるってもんだな」
そんなことを言ってるうちにはなれへと到着する。
非常に荘厳な様子で、はなれとは呼び難いくらい立派なお屋敷だった。
「はなれもとても立派なものですわね」
「昔使ってた家なんだよ?はなれっつっても」
「おじいさんおばあさんとは別々に?」
「畑に近い方がいいんだとさ。こっちからだと門が目の前だからな」
そう言って拓人は、先ほど自分たちが入って来た門の方を指差す。
拓人が二人に向かって先に入れという指示をしたので、シャルが先陣を切ってはなれへと入った。
「おじゃましまーす!あら、綺麗に掃除が行き届いてますわ」
シャルが入ってすぐ、部屋の中の様子に気づいた。
使われた形跡こそないものの、美しく整理整頓された家具道具の数々、埃1つ積もらない美しい床。
シャルロット、続いてナタリアもその素晴らしさを感じ取ったようだった。
「ああ、ばあちゃんだろ。めっちゃ家事うまいねんで」
そこで拓人の腹がぐぅーっとなる。
昼に駅でご飯を食べてから、しばらくたって、もういい時間だ。
ちぎれた雲は流れゆき、空にはすでに紅霞がかかっていた。
「帰ってきて早速ですが、晩御飯の準備をしましょうか。ナタリアさんは休んでいてくださいな」
ナタリアの体調を気遣い、シャルが早速と言わんばかりに入ってすぐの台所に歩いていく。
「シャルロットさんだけに…、というのは本当に申し訳ないのですけれど…。お願いいたしますわ。なんだかなれない電車に乗ったせいかとても疲れてしまって…」
ナタリアはふーっと息をついて座り込む。
ついでに足を尾に戻して楽に伸ばす。廊下が広いためナタリアが尻尾を伸ばしても、全く狭くない。
電車酔いは冷めても、慣れない移動が長時間続いた疲労はさすがに堪えたらしい。
「あ、あはは…んじゃあ荷物運ぶついでに寝室とトイレだけ案内するわ。」
拓人がそう言ってナタリアとシャルの荷物を担ぎ上げ、家の中を案内して回る。
夜の帳が下り、数多ものカエルが星降る夜空に旋律を響かせている。
拓人の寝る部屋の前の廊下で2人は緊張気味に立っていた。
「緊張しますわ…」
「あなたはいつも拓人様のお部屋に泊まろうとしているじゃありませんか!何を今更…」
少し呆れたような物言いで、ナタリアを先行させようとする。
「それは私以外にも、雛やあなたが一緒にいるからという対抗心で……。こういざ人が減ってチャンスが見えると足がすくみますわ…」
「足じゃないのですけどそれは…?」
「具合悪いの治ったんで足に戻します〜」
そう言ってナタリアは尻尾をしまって足に戻した。
「本当に便利ですわね」
「覚悟を決めて行きましょう!」
「私はあなたの後でよろしいですわ。どうぞお先に」
「こういう時だけ無駄に私に押し付けるのはなんなのかしら」
「だって緊張するじゃあありませんか!」
「ええいままよ!拓人!今夜は……」
覚悟を決めて部屋の扉を開ける。
部屋は真っ暗で、静かな寝息だけが聞こえてくる。
「………z……zz…」
「ああ…そんな気はしてたわ」
もう予想がついていたと言わんばかりに、がっかりする。
「あら、もう寝てしまいましたのね。仕方ありません。また明日にしましょう」
シャルが部屋を後にしようとするが、ナタリアは…
「あーヤッベェ…寝顔クソ可愛い…」
「ちょっとナタリアさーん!?」
彼の枕元に息を潜めて、月明かりに照らされるその寝顔を堪能し始めた。
「あーやばい尊い…チョーいい匂い…」
ニヤニヤと邪推とも感じ取れる笑いを浮かべ、悦楽に浸っている。
「あっ…ちょっと!ずるいですわ!私も!」
それを見たシャルもすかさず反対側に回り込み、その寝顔を拝見する。
「ひひひ…腕枕にしちゃお…」
「わ、私も!」
拓人の腕を少し持ち上げ自分の枕にし、足を彼に絡みつかせるようにして布団に入る。
「シャルロットさん…」
「はい?」
2人は拓人越しに向き合うと、ナタリアが
「来てよかったわね」
「その神妙な顔で言うのやめていただける?思わず吹き出しそうになったじゃありませんか」
と、そこで拓人が一段と呼吸を大きくする。
2人もそれにつられたのか、大きくあくびが出てしまう。
「今日はこのぐらいにしてこのまま寝ちゃいましょうか」
「……そうですわね」
少し残念、とも言いそうになったが、2人はすぐに微睡んで、そのまま夢の世界へと意識を手放した。
zzz………
「んあ……!!??」
拓人が目覚めると、両腕両足が拘束されていることに気づく。
何事かと驚くが、その枷が妙に人肌暖かいのと柔らかいものが当たっていることで、瞬時に想像ができた。
「スゥー…」
「むにゃ」
「…なんだこれは…、寝にくい…」
彼は寝るとき決まったジンクスがあったので少し不満げではあった。
「寝るとき胸を圧迫してないと安心して眠れないから横向きで、クッション抱いて寝てたのに…」
「両腕が拘束されてそれどころじゃねぇ…。っつか、こいつらいつ入って来たんだ…?」
「たっくぅ〜…」
「拓人様…」
「…2人分の腕の重さでまぁまぁって感じか…寝にくいなぁ…」
まぁ、まんざらでもない様子で再び眠りについた。