「スズを神社に返してこい!」
境内を降りると、村人たちが銃や武器を持ち合って叫んでいる。
拓人はまったくもってそれを歯牙にもかけない。
スズはびくびくと怯えながら、拓人に引っ付いて歩いていく。
「因習は終わった。もうあそこには何の力も宿ってない」
拓人がそういっても、誰も聞く耳を持たない。
それどころか、皆が皆拓人を非難するばかりだ。
拓人は自身の誹謗中傷よりも、ずっと、自分の思考ばかりが先行していく。
―――――これじゃあまるでスズがまったくもって”意味のない”存在みたいじゃないか
民衆が望んでいるものは、厄払いのために祀り上げるための神様なんかじゃない。
自分たちが祀っていると自惚れるための生贄だったのだ。
怒り、そう呼ぶにはどこか諦めが否めない。
悲しみ、そう呼ぶにははらわたが煮えくり返りそうなほど憎い。
拓人は理解する。
これが哀れみなのだと。
自分と相いれることのできない思想に対して、話し合いの予知すら見いだせないその暴虐的幼稚な態度の民衆を、拓人は心の底から哀れんでいた。
ならばどうするか、この哀れむべき愚かな民衆を。
ただ暴力でのしてやることだってできた。
全部無視して、臭いものには蓋をすることだってできた。
しかし拓人はそうしなかった。
「これがなんだかわかるか?」
拓人はどこまでも甘い男だった。
心の底のどこかで、自分たちが間違っていることに気付いてくれると信じていた。
だからこそ、拓人は民衆に痛みを与えることにした。
すなわち、教育。
言葉で伝わらない生き物は人間じゃない動物だ。
人間を含むすべての動物は、本能のシグナルである痛みに対して、無意識的にカバーする力を持っている。
人はそれを順応と呼ぶ。
「………?」
民衆には拓人が掲げたものがなんなのかいまいちよくわからなかったが、すぐ近くにいたスズにはすぐわかった。
綺麗な心臓だ。
まだ、ドクンドクンと脈打って元気に動いている。
それが今、拓人の手の中にある。一体だれのものだというのか。
そして、ついに痛みによる教育、”調教”が始まった。
拓人がその心臓を強く握る。
すると、列の後ろにいた一人の若い女性がうめき声を上げて、倒れる。
その娘は、この民衆を率いる村長の一人孫であり、なによりも大切にしていた家族であった。
「な、なにをした!!」
男たちの怒声が響く。
拓人は、握りしめる手を緩めてやる。
すると娘の顔も、多少は安らぎ苦しみから解放されたようだった。
「わしの大事な孫によくも………」
村長がそういって銃を向ける。刹那銃声が鳴り渡り、鉛の弾が拓人へと飛んでいく。
民衆はまだ拓人が持っているそれが心臓だとわかっていない。
それがフェアじゃないと思ったのか、持った心臓とは逆の手で銃弾を受け止めた。
そして拓人が娘の前に瞬間的に移動する。
娘と目が合う。何分広い村だったが、雪乃と一緒にA区に出るまでは同じ地区にいる子供たちで遊んでいたので、拓人はその娘を知っていた。
さすがに名前は思い出せないが、娘もなんとなくではあるが拓人のことをわかったようだった。
そして何も言わずに、先ほど手に取った弾丸をどこからともなく出現させると、彼女の心臓にツンツンと先端をあてがった。
その瞬間、彼女は激しく嘔吐した。
「わかった?」
拓人の目的は当然”痛みを与えること”で、彼女を殺すことではない。
だから、覚醒の力で抜き取った心臓を持つ手には、細心の注意を払って魔力を巡らせ直接的な物理干渉はしないようにしていた。
だが、弾丸は別だ。
魔力で補強してないただの鉛弾。先ほど発射されたばかりだというのに、もう冷え切って金属の冷たさを持っている。
娘にはもうわかった。呼吸を忘れ、目を大きく開き吐しゃ物を拭くこともせず、ただただ呆然と怯えた表情で震えている。
「こっ…殺してください……」
拓人の期待に反して、彼女は土下座をしてそうつぶやいた。
拓人は大きくため息をついた。
ざわめく民衆をしり目に、また一人考え事を始めた。
人間は目先の利益に囚われがちだ、今もまさにその通りで、自分が許しを請えばこの耐えがたい痛みから救ってもらうことができると思い込んでいる。
断じて違う。自分が求めていた回答はそんな取るに足らない謝罪なんかじゃない。
この謝罪に価値はない。
「違うよね。俺に謝るんじゃなくて、この状況で俺がどうして欲しいのかしっかり考えてよ。じゃないと、穴開けて死ぬのずっと見てるよ」
細心の注意を払わなくてはならなかった。
彼女がしっかりと考えられるように、精神を逆なでしないようなそんな声を気を使ってださなければならなかった。
勘違いされては困るが、誰かが苦しんでるのを見て喜ぶようなそんな趣味はない。
だから、彼は心を鬼にして、自分を傷つけながらそうしているのだった。
優しすぎる男だ。
本当に甘い。
分かり合えないのが明確になった後でも、心の奥底で自分たちで因習なんてものは必要ないと答えを出せると、そう願っているのだから。
ここにきてやっと、民衆たちは理解した。
拓人の手に握られているものが、なんなのかを。
そして当然、人質をとるなんて卑怯なという、テンプレート通りの怒声を上げる。
何も思わなかった。
民衆がスズを自分たちの安心感を得るためだけの必要な犠牲なら、今目の前で怯える彼女も、拓人にとって必要な犠牲という関係が成り立つからだ。
もちろん、民衆は自分たちが正しいと思い込んでいるから、心が痛むなんてことはないんだろうが、拓人は自分が卑怯であくどいことを人に言われるまでもなく自分に問い詰めていた。
いつだって彼の思考はこんなものだ。
自分の行動を自分に問いかけ続ける。結果的に成功したとしても、過程で苦しみ抜く。
彼の心はまるで地獄だ。
いいことも悪いこともごっちゃ交ぜになって、いつまでも思考にのしかかる。
果たしてこの選択は彼にどういった苦しみを与えているのか。
「お願いっ…します………みなさん……彼らを許してください…っ!!」
娘は泣きじゃくりながらそういった。
他の人間には何を言っているのか、聞こえていたがあまり理解ができていなかった。
「今の私は、スズさんと同じなんです…」
そういった瞬間、何人かの賢い人々は武器を下ろす。
残ったのは愚かな者たちだけだ。
その愚かな者の中には村長も入っていた。
言わされているだけだと、思い込んでいるからだ。
人質を取られて、脅されて言いたくもないことを言わされていると、そう勘違いをしていたからだ。
そう、勘違いだ。
彼女は拓人の問いかけに、正解といえる答えを出した。
拓人が望んだ答えは導き出されたのだ。しかし、残念なことにそれが理解できたのはほんの半数に満たないほどの人数だ。
拓人はその時点で、心臓を彼女に返した。
彼女は不思議そうな顔をして、自分の胸に手をあてている。
娘が安堵して拓人を見返した瞬間、一人の男のフォークが拓人の首元を貫いた。
………ように見えただけだった。
拓人には当たっておらず、その姿はもう既にスズの元へと戻っていた。
スズの胸には複雑な心境が渦巻いていた。
彼の考えていることは容易にわかる。
どうして彼がこんなやり過ぎたことをしたのかも、村人たちが不安がる気持ちも、どちらもわかっていたからスズには何も言えなかった。
言えるだけの都合よさなんて持ち合わせていなかった。
これはスズが望んだことによって生まれた結果だからだ。
「それじゃあ、俺はこの辺で」
そういって、拓人が消えるのと同時に、拓人にフォークを突き刺そうとした村人の体が破裂して肉塊になる。
わからなかった人たちは憤怒したが、わかってしまった人たちがそれを止めた。
拓人の行動はまるで暴君のようにだったというものがいた。
彼が消えたのち、多面的な思考のできる人間だけがその答えをつぶやくことができた。
自分たちが愚かだったのだと。
力のある人間が、その力にものを言わせて脅迫しているようにしか見えなかったという主観を語る者たち、最後の最後話し合いというやり取りをやめて暴力を行使した人間しか死んでないという事実を語る者たち。
この議論が大きな争いを産んだが、拓人にとってはどうでもいいことでしかなかった。
家の前についたとき、スズは言葉を失ったままだった。
村人たちのやり取りで気が滅入っていたことが、何よりの原因に違いなかった。
家に入ろうとすると、ちょうどおばあちゃんがたった今取れたばかりの野菜を持ってきてくれたところで、呼び止められる。
スズが頭を下げると、それに合わせておばあちゃんも礼儀正しく深々とお辞儀した。
「あなたスズちゃんでしょ?神社のところの」
スズは驚いて顔を上げる。
おばあちゃんは嬉しそうな顔でスズに近寄ってくる。
「大きくなってぇ、ずっと神社にいたのかい?何回も見に行ったんだけどねぇ、一回も会えなかったねぇ」
濃い土の臭いと、胸に走るむせるような熱い感覚。
嬉しい。
「ありがとう…ございます…っ」
スズの目からは涙が浮かんでいた。
神としてではなく、人として、一個人を認められているような気がして、嬉しかった。
村人たちのあの態度を見た後だったから、余計にかもしれない。
少なからずしてショックだったのだ。
何も言わないから何も思ってないわけではない。
「私はスズちゃんがやってからすこぶる健康でねぇ、毎日お礼を言いたかったのだけれども、今やっと言えてよかったよぉ」
スズにはわかっていた。
彼女の健康が自分の行いによるものではないことを。
それでも、たった今、彼女の後悔と懺悔は眩むような夏の日差しに陽炎のように消えていった。
彼女の感謝の意が、スズの心を救った。
泣き崩れそうになったスズを拓人が抱きかかえてくれる。
それを見たおばあちゃんは、すっかり笑って、家の扉を開けてくれた。
「怠け者で女たらしだけれど、根っこのところは私と爺さんで鍛えた子だから、きっとみんな幸せにしてくれるよ」
そういって、ナタリアやシャルたちのいる台どころへ歩いて行った。
「一言余計だっつの。まぁ間違ってないからなんも言えないけど…」
拓人は照れ臭そうに目をそらしていた。
スズの手を引いて中に入ると、居間に上がってずっとスズに寄り添っていた。
しばらくすると、味噌汁のいい匂いが漂ってくる。
あの狭い台所によく女五人もいられるものだ、と思うが、楽しそうな声が聞こえる限りうまくやってるのだろう。
おばあちゃんがはなれの家から出ていくのと同時に、シャルとナタリアが出来上がったご飯を運んできた。。
「おかえりなさい、たっく、スズさん」
「ただいま」
スズもそれに続いて、ただいまという。
ジータとゼータもやってきて、囲んだ食卓がにぎやかになる。
もうそこに、悲しみの涙はなかった。
スズが思い描いていたものとは、少し違ったが、満足できるものが、そこにはあった。
ずっとずっと、1人だった孤独がさっき会ったばかりの子供たちに溶かされていく。
誰かと話すこと、それだけじゃなく、スズの興味は様々なところに向いた。
こんなにも熱心に話を聞いてくれる人も多くない。
ナタリアやシャルも楽しそうになじめたようだった。
ご飯が終わると、拓人が風呂を沸かす。
せっかくだから古い方の風呂を使うことにして、焚火をする。
竹をぶち抜いた筒で空気を送り込みながら、田舎の夜に一人、女子たちの楽しそうな声をBGMに感慨深く風景を眺めている。
未だ少し夢を見ているみたいで実感がわかない。
スズと一緒にいられる。それに、ナタリアもシャルも手放さなくていい。
月並みな考えだったが、彼は安堵していた。
残酷な選択ができないうちに、すべてを失ってしまうかもしれなかったから。
それでも、シャルの発言にはかなり驚いた。予想してなかった。
そしてナタリアの答えも。
本当に、物好きだな。ありがとう。
すっかりあたりも暗くなって、満天の星空に涼しい風が吹き抜けていく。
ナタリアが火を請け負おうとしたが、スズが自分がやるといったので、ナタリアはおとなしく頷いて寝る準備をした。
「おぉいお前様、湯加減はどうじゃ?」
「んー、ちょっと熱い」
「意外と熱がりなんじゃのう」
スズが笑っている。
それだけで、拓人の心は十分に満たされた。
それこそが、まさに10年間望み続けた希望の光だったのだから。
拓人があがると、座敷で皆が待っており、布団が敷かれてあった。
「せっかくなので今日はみんなで寝ましょう。つもるお話もあるでしょうし」
シャルが、ね?といってウインクをする。
その日は6人ともいろんな話をして盛り上がった。
拓人の昔話やスズが興味を示したA区の話など、語りつくせないようなたくさんのことを話した。
気が付くとみんな寝息を立てており、起きているのは拓人とスズだけになった。
「みんなねちゃったね」
「ああ、わしももう…」
「…おやすみスズ。また明日」
「………また、明日」
二人の意識はまどろみに落ちる。
幸せだ。いつまでも、こんな風に、みんな一緒にいられればいいのに。