とある世界。とある家屋の庭先にて、一人の少女が己が契約している永遠神剣を振るっている。その瞳には幼さには見合わない女の情念が。弟を奪われたと思う姉の怒りが。その他にも多種多様な思いがドロドロと溶け合って、彼女の体に活力を与え続けている。
すなわち、連れ去られたであろう弟を助けるための力を。
『ユーフィー、そろそろ休憩にしよう?』
「ゆーくん。もうそんな時間?」
誰もいない空間、少女以外の誰の声も響かないはずのその場に、けれど少女の耳にだけはその声がはっきりと届く。少女……ユーフォリアの契約している永遠神剣「悠久」だ。彼がいたからこそ、今もユーフォリアはこの場にとどまり、弟を探す旅に出ていない。ユーフォリアもバカではないので、確実に弟を取り戻すためにももっと力をつける必要があると諭されればそれに納得するし、弟が洗脳されるようなことになっていたら、それこそ傷をつけずに捕らえられる程度の実力は必要だということもしっかりと理解している。
その「洗脳されている」という想像をしたことで、一度何が何でも探しに行かないと、とユーフォリアが暴走して彼女の両親が苦労して止めたことは、まだこの家庭では記憶に新しい。
そうして、「弟を探したい」というユーフォリアの願いに応えようとしている両親にも協力してもらいながら訓練している彼女は、休憩もしっかりと取らないと逆に体を壊してしまうということも知っていたので、ちゃんと「悠久」の言うことを聞いて用法用量を守って修行をしていた。
「それじゃ、最後に一回……」
ユーフォリアはそう言って、「悠久」から力を引き出す。本来、この時間軸では彼女が使用することはありえない、鞘「調律」の力すらもわずかに引き出しての一撃は虚空を、時間を、空間を切り裂いてわずかな斬痕を軌跡として残すのだった。
「法王を殺さずに捕らえて、ユーリの場所を聞き出すにはまだ足りない……。もっと強く、もっと速く、もっと確実に。理想は一撃で相手の戦闘意欲を削ぐこと……」
しかし、それすらも彼女としては些事にしかなりえない。今の彼女にとっては「調律」の力も宇宙のバランスを保つための力ではなく、弟を取り戻すための手札の一つでしかない。あるいは、弟が戻ってきて生来の優しさも出せるようになればこのことをしっかりと考えるかもしれないが、今はダメだ。彼女の頭の中は弟を取り戻すための手段を考えることでいっぱいで。
「ユーリが帰ってきたら手錠か何かで常にあたしとつないで……ううん、首輪をつけるのもいいかも。もしも洗脳されてるなら……えへへ。しっかりとあたしがお姉ちゃんだってことを教えてあげないと……もう、手のかかる弟だなぁ」
弟を取り戻した後に彼に施す予定の『教育』の内容も、どこか壊れていた。
すでに、トニトルス遺跡の探索から五年。つまり、俺たちがリルを連れて旅をした最後の日から、五年が経過したことになる。この五年でリルは更に綺麗になったし、今では数々の婚約の申し込みが来ているらしい。それも、どこかの誰かさんに惹かれているために全て断っているらしいが。ノワールの方も、元がミニオンということで成長は難しいのだと思って俺は諦めていたのだが、どうやら彼はエターナルというマナ存在である俺の成長の仕方を確認して、それを適応させたらしい。まさかすぎる。言い方は悪いが、ただの現代人が転生しただけのミニオンが、エターナルですら自己を保つのが難しい概念情報の書き換えを成功させるなんて思いもよらなかった。
「それじゃ、次お願いしますね」
「おっけー」
目の前にはゴーレムが出現する。ノル・マーター弐式。リルが、あの遺跡から見つけて来た技術と俺がした抗体兵器の話を聞いて作り出したマナ・ゴーレム。いずれは人が乗り込んで戦えるパワードスーツ型やロボット型も作りたいらしいが、今はまだ手動の遠隔操作しか受けつけていない代物。それと戦って『永遠神剣の守り』を突破することができるのかどうかを試すのが今の俺たちの仕事だった。
「ノワールには別の部屋で戦ってもらってますのでー」
「いつも通りってことだな」
たとえ攻撃が通用したとしても、それが第何位にまで通用するのかがわからないといけない。まずそれ以前に永遠神剣の持ち主と十分に戦えるかどうか、という一点を確かめるのだから攻撃だけではなく移動速度、攻撃の速度、そして防御などの諸々を確かめる必要がある。たとえ攻撃が永遠神剣の守りを突破することができたとしてもかすり傷をつけるのが精一杯なら戦いにはならない。攻撃が当たらないのなら意味がない。攻撃するよりも早く破壊されるのなら意味がない。そんな、いろいろな困難にぶち当たっている最中なのだった。
全力のノワールと戦えるのであれば並大抵のミニオンには負けないだろうし、エターナルの全力を出すわけにはいかない俺であってもそれでも並のエトランジェ程度の実力はあるだろうから、それこそ防衛という観点だけで言えば俺との戦闘も重要な代物だ。
俺の前にあった残骸が片付けられる。威力の調節はやっぱり難しい。「星辰」を使った状態だと軽く叩く、殴る程度の攻撃も地震を発生させるに足るだけの威力になるのだ。そのせいで局所的な地震を大量に起こしてしまったことはこのオーレルア国の国民には謝罪したい。けれど今となっては本当にある程度ではあるが力の加減がわかって来たおかげで地震を発生させることはなくなった。
だからこそ、今の俺にはそれが苦しい。
力加減を教えてくれたのに、この世界はエターナルであっても普通の人間のように飯や睡眠を取る必要があるために困っていた俺を助けてくれたのに。最終的には恩を仇で返すことになるとわかりきっているのはやはり辛い。
「それじゃ、始めてくださーい」
「りょーかい」
思考を切り替える。今は心の中で謝罪をする場面では断じてない。目の前には新型のノル・マーターが出現した。これもまた、リルの作った成果。俺が破壊しないといけない代物。ノワールと別の時間樹に入ることになった時に、ここがアガスティアだと知った時にすぐに出ていけばよかったものの、”渡り”の影響でまた忘れることになるノワールに説明するのが面倒だからとそれを行わなかったツケなのだとは理解している。
けど、それが辛くないのかと言われればそんなことはない。
そんな事実には目を背けて、拳を振るう。出現したノル・マーター相手の手加減は今回は上手くいかず、ついつい行動をとらせる前にミンチにしてしまった。
「もう、何やってるんですか」
「……悪い」
本気で思考を切り替えないと。このままだと役立たずになってしまう。彼女にはこれまでの恩があるんだから、ちゃんと仕事しないといけない。……それにしても、どうやら今の王妃がどうやら妊娠したことが発表されたらしい。これがアレストリ王女だったら本気で時間がない。アレストリ王女が生まれてから十五〜七年の間におそらくは銀翼騎士団による叛乱が起きるはずだ。そしてそれに伴い、第二王女であるマルカがエトランジェを召喚。さらにそこにユーフィーも加わる。それが、このアガスティアにおける「悠久のユーフォリア」の物語の、ユーフィー個人の部分ではなく、アガスティアという世界全体としての始まりのはず。……そんなことを考えたからだろうか。今、ユーフィーは何をしているのか。ふと、気になった。
そんな風に、リルの実験に付き合いながら日常を過ごしていたとある日。俺は今日も屋敷にこもって実験をしているリルのために必要な食材などを購入するために、王都の方にまで出て来ていた。
「いやー、それにしてもお邪魔虫は辛いなー。なぁ、『星辰』?」
返答はない。知っている。うちの「星辰」は無口なのだ。男性人格か女性人格かすらわからない。けれど、常日頃からノワールと一緒で話すことに事欠かない状態なのに、今日に限っては一人で買い出しにきている影響で、どうしようもなく話し相手がいないことが不安に感じてしまう。
ここにきてようやく、自分が自分らしくいられる空間……聖賢者の息子としてでもなく、ユーフォリアの弟でもなく、転生者というこの世界における異物としての自分をもさらけ出せる相手が欲しかったのだと言うことを、それができずに常に誰かが隣にいて己を発散する機会をもたらしてくれなかったことが閉塞感の原因だったのだと言うことをようやく理解できた。
「こうやって毎度チャンスを作ってるのにあいつら結ばれてくれないのが困るんだよなぁ……。俺もいつまでもこの世界にいられるわけじゃないんだし」
できれば、速く結ばれてほしい。そうでないと俺は、あの二人の結婚式とかを見ることができない。……いずれ己が殺す相手の結婚式を速く見たい、などと自分で考えていても反吐が出そうになるが、それでも彼らが結ばれる光景を速く見たいという気持ちに嘘偽りはないし、リルのことを昔から知っている面々も皆、あの二人が早く結ばれることを祈っている。色々とやってはいるみたいだが……
「効果が出ないんだよなぁ……」
ぼやきながらも必要なものを買って、そのまま帰り道につく。すると、この七年で顔見知りになった店主たちが声をかけてくれる。
「おっ、ユーリ。今日もなんか買ってくか?」
「悪いけど、今日は食材を買いに来ただけなんだよ」
「あ、ユーリ。今度リル様連れて来てくれない? あの方に似合いそうな服が入ったのよ」
「わかった。今度ノワールと一緒にここに来るように言っとくわ」
「今日、新しく生まれたスピリットが教育ってことでうちに入ったんだけど、お前さんのところで引き取って教育してくんない? そしたら俺がそのスピリット王城に売りつけるし」
「お前が任された仕事だろ……」
「ユーリ、タンスとかいらねえか?」
「いるわけねえ! というか! 見てわかる通り! 今日の俺は! 食材の買い出しだ! 食材の!」
途中からどんどん怪しくなって来たり、あるいは仕事をサボって評価だけ得ようとする薄汚い魂胆を、笑って冗談のように言う奴もいたので笑いながら返したり。本当に七年という時間は短いようで長い。エターナルとしての時間で見れば彼らでいうところの数日程度の時間にも満たないだろうに、それでも人間にとっては七年は長い時間。それだけの時間があれば十分にじゃれ合うことも可能になっていた。
「新しく生まれるっていう王女様の名前を皆で何になるか賭けてるんだけど、ユーリも参加しないか?」
そんな中、一人の店主が発した言葉に、わずかに動きが止まった。広場でやってるんだけど、なんていう店主だが、俺からすればその言葉に頷くわけにはいかない。
「へ、へえ。今のところ、一番の有力候補は?」
「アレストリ、だってよ。次がマルカ」
「……そう、か」
本当に、もう時間がないみたいだ。決意しないと。俺が、自分で殺すのだと。俺が自分で破壊するのだと。あるいはここで、生まれて来る王女の名前が違ったら。予想を覆してまた別の誰かだったならそれは、この世界であと十数年が過ぎ去った頃に「悠久のユーフォリア」が始まるわけではないと、まだ時間の余裕があることの証明になるが。そこまで楽観的になれはしない。
「はぁ……っ!?」
これからのことを思って憂鬱になりため息を吐きながらも、買い出しを終えて帰宅しようとしていると頭上から火の雨が降り注ぐ。周囲の森が焼け死に、炭と化していく中でただ一人、俺だけが咄嗟に展開したオーラフォトンによってそれをしのいでいた。
「一体、何が……」
ミニオンの襲撃。ここは森の中ではあるが郊外というわけではなく、むしろ王都に近いところにある。だから他国籍のスピリットの襲撃を全く予想していなかったために驚いた。けれど、周囲にはこの神剣魔法……おそらくはフレイムシャワーを使った人物は存在しておらず。視認が不可能なために「星辰」を体内に巡らせ知覚能力を拡大する。
反応は、上。
そうと理解するのと同時にまた火の雨が降り注ぎ、今度は「星辰」を起動している関係で、おそらくは通用しないと思われるも酸欠になるのを防ぐために後ろに下がる。そのまま頭上を陣取る下手人を目視して、
「なっ……あん、たは……」
その存在に驚きを隠せなかった。
単眼の生物。巨大な目玉、としか言えない形の存在。感知できるマナは膨大で、これはエターナルクラスの代物。そんな、奇妙な生物。そして、もしもこのエターナルが放ったのだとすれば、あの上位のミニオン程度の威力のフレイムシャワーはさほど本気ではなかったのだと、殺さない理由はわからなかったが、その事実だけは理解できた。
そして、俺はこの生物の名前を知っている。この王冠を乗せた、巨大な目玉の形をしたエターナル。かつて「永遠のアセリア」という物語の最終決戦において、ロウ・エターナルの一派として父さんたちと戦ったエターナル。
王冠型の永遠神剣、永遠神剣第三位「炎帝」の契約者。その名前はーーー
「業火のントゥシトラ……!」
「それだけではないぞ」
ーーー背後……!
声の聞こえてきた方向に向かってとっさに裏拳を放つ。しかしそれは巨大な鉈型の永遠神剣に止められる。その鉈の……永遠神剣第三位『無我』と呼ばれるその鉈の持ち主も知っていた。
「黒き刃のタキオス……!」
「そうだ。貴様の父親から聞いていたか?」
見ただけでわかる強靭な肉体。鍛え上げられた戦士の肉体から放たれた拳は、武術をしっかりと修めている者の無駄のない動きで俺の肉体を捉えた。
「がっ……!」
「さあ、悪いが付き合ってもらうぞ。若きエターナルよ」
「シュルルルッ!」
初めてのエターナル戦。それは最低最悪の幕開けとなりそうだった。
皆が大好きなちょっと病んでる