黒き刃のタキオス。
それはまさしくゲーム内部の設定で見ても、ボスキャラとして相対する相手としても強敵である。業火のントゥシトラのように設定負けしている部分など何一つない。それは、本編において自らを倒した聖賢者ユウトたちを回復させてから去る、なんてことを実行するだけの余力を残していた人物。本気で戦っていたのだろうけど、全力ではない。それでも、ほとんどの攻撃を通さない『絶対防御』、絶大な攻撃力を誇る『空間断絶』、その名の通り限界を突破して己の力を底上げする『限界突破』というアタック、ディフェンス、サポートスキルでプレイヤーを苦しめた強敵。
そんな相手に簡単に勝てる、時間稼ぎができる、なんて思ってもいないが、まずは戦いになるように「星辰」が体全体に行き渡るまでの間を耐えないといけない。けれどこのまま待ち続けるのはダメだ。このまま篭っていてもすぐに地面ごと砕かれておしまいだと地面の中から飛び出す。
ーーー五秒。
「星辰」の力を引き出した時の普段に比べてあまりにも鈍重な動きは、少し深く砕いた地面から脱出するのにそれだけの時間がかかった。五秒。十分ーーー六百秒の百二十分の一。よってそれだけの時間で生成された「星辰」の粒子も普段の百二十分の一。けれどそんな状態ですら、素の
「緩い」
「がっ……!」
ただ、相手がそれを上回る不条理だったというだけで。放とうとした拳は起こりからタキオスが無造作に振るった左手に潰されて、そのまま胴体に右手片手持ちの「無我」が叩き込まれる。世界が揺れたかと思うほどの衝撃。それを「星辰」の強化が完璧でない状態で受けたせいか、骨がいくつか折れた感じすらする。「星辰」が生成した粒子を一部そちらの治癒に回したせいでさらに完全な状態への復帰が滞る。吹き飛ばされながらも体勢を整えて、先の炎熱によって炭と化した木々の破片を今の全力で投げつける。第一宇宙速度で飛来するそれをタキオスはお得意の空間操作すら使うことなく、オーラフォトンすらも使用せずにただ技術のみで捌いていく。
「力はある」
半分程度回復したところでさらに「無我」によって折られた骨の上から拳を捻じりこまれた。内側にまで衝撃が全てやってくる。おそらくは浸透頸と呼ばれる類。空気を吐き出し、治りかけていた骨がもう一度折られた苦痛に喘ぐ。衝撃が逃がされることなく全て体を破壊するためにのみ使われ、その場で崩れ落ちそうになった俺に対して「無我」によるから竹割り。
「くっ、ぉぉーーー」
それを、真剣白刃取りーーーなんてことはできないので、腕をクロスさせて頭の上に持ってくる。そこに集中させたオーラフォトンと「星辰」の粒子による、内外から同時に放たれた複合防壁。「無我」の一撃こそ防ぐことに成功したが、その重量と俺にかかる負荷まではなくならない。苦悶の声を漏らしながらも、叩きつけられる勢いに耐える。
「焦りもあるが、それはそれで何某か焦る理由が存在するということ。お前には焦らなければいけない理由がーーおそらくはお前の仲間か何かだろう。それの元へ戻ろうとする思いが見える」
聖賢者の息子なのだからなとタキオスが言う。うるせえ。知ったことか。俺の自意識は俺のものだ。聖賢者ユウトの元で生まれた時点で俺は俺として完成していた。あんな男みたいに仲間のためなら命を張れるような人物じゃない。俺が気持ちよく明日を迎えるために、俺はあいつらの生存を確認したいだけだ。……あの人みたいに友達を殺すことになっても最終的には前に進める人間じゃないんだ。
「黙れぇぇーーー!!」
獣のような雄叫びをあげながら拳を振るう。俺が
「だが」
我武者羅に振るわれる拳は一撃たりともタキオスに当たりはしない。子供の癇癪じみた攻撃では、歴戦の戦士には届かない。
「そんな思いでは埋めきれないほどに、技術と経験の差があるーーー!」
今度は「無我」にて薙ぎ払われる。回復よりも先に骨が折れて、傷が増えていく。その度に折れた骨が「星辰」によって繋がれて強靭なものへと変貌していくが、その結果として肉体強化に回される「星辰」の粒子が減って強靭な肉体に意味がない。
「がはっ……!」
呼吸もする暇がない。振るわれる「無我」という嵐に対して今の俺では折られて回復してを繰り返すだけ。しかも速度的に追いつけないためにどんどん傷だけが増えていく。
「案ずるな。今回俺が命じられたのはお前の足止めだけ。殺すな、とも命令されている。……故に、殺しはしない」
「なん、で……」
「知らん。あの方には俺ごときでは理解できない何かが見えているということを知っていればそれで十分だ」
血を吐きながら尋ねた質問には、彼自身どうでもいいと思っているということがよく伝わるような返答がやってきた。痛みで意識を保つのが辛い。このまま意識が落ちてもいいのだろうか。殺されないのであれば問題ないよな。きっと、殺してはいけない理由があるのなら、ノワールたちも大丈夫なはずだ。だって、俺にもリルの作ったノル・マーター系列の知識は、作ることはできずとも頭の中には入っているのだから。そんな俺が殺されないなら、きっとこの一件はノル・マーター関係ではない。彼らが殺されることを心配しなくてもいい。
その安堵が、意識を保っていた最後の一線を超えさせた。
「気絶したか」
視界がブラックアウトする。声が遠くなる。倒れこんだ俺の肉体はそのまま、いっときの眠りについた。
何度か、考えたことがあった。俺という存在について。別に転生とかいう代物に関してはいい。考えたところできっとわかりっこないから。けれど、『ユーフォリアと双子で生まれたこと』に関しては何かあるのではないかと。そう思ったことがあった。
悠久のユーフォリアは、鞘「調律」の転生体。原作の設定としては物語的な都合もあるのかもしれないが、それでも「唯一エターナルの間で生まれた子供」が「たまたま鞘『調律』の転生体」なんて確率。どう考えても低いだろう。天文学的な確率と言ってもいいかもしれない。
「永遠のアセリア」のオフィシャル設定資料集には「エターナルになった時点でどんな生物にも生殖能力が付加される」「エターナルの生殖能力は低い」と二つのことが明言されているために、あるいはこれから先の未来で「エターナルの間から生まれた、生まれた時からエターナル」なんて子供が増える可能性もある。
けれど、それとは別に。この時代には生まれるはずがなかったもう一人の「生まれた時からエターナル」な俺は、もしかしたらユーフィーと同じく、何かしらの重要な役割を持った存在の転生体ではないのか、なんてことを考えたことが、確かにあったのだ。
「ーーーああ」
気絶を眠りというのは少々気が引けるが、そうしてたどり着いた星の内海、その最深部まで歩いた先にて、俺は確かに俺の起源を発見した。特殊、と言えるのかどうかすら定かではない、『鞘の転生体』なんてものに比べればはるかにちっぽけな己。そこに刻まれた異常性を確かに今知った。
「タキオスのやつ、消えやがった」
そして目覚めた。まず最初の一言は先ほどまで戦っていた相手がいなくなっているということ。本当に足止めだけが目的だったのだろう、殺すのではなく。今更になってあいつが嘘をついていた場合殺されていたのだと恐怖が湧いてくる。さっきのあれはどう考えても正常じゃなかった。敵の言葉を信じて気絶してしまうなんて。
「って、やっぱこの体はダメかな」
夢の中ではこの異常に年齢を上げておいた肉体ではなく己の本来の姿、童の姿であったためか今の手足の長さに違和感を抱く。これは自分の本来の姿形ではないから仕方ない。なので一度気分を落ち着かせるために自分の体を本来のそれに戻す。そこまでしてようやく、今自分が見た夢を咀嚼して、そして家……父さんたちと一緒に暮らしていたころのことを思い出して呻く。
「あー。でもこういうことならユーフィーのところに戻らないとダメだよなぁ。……今はさすがにもう俺の貞操を狙ってきたりしないよな?」
恐ろしい。さすがにこれだけの年月ーーーエターナル的には短いーーーが経っているのに、未だに俺の貞操を狙ってきたりした日にはどうすればいいのかわからない。ユーフィーから離れられない、というか離れてはいけないのだとわかった俺からすれば、そうなっても離れてはいけないのだろうかと思うと涙が出てくる。
「……戻る前にはノワールたちも処理しないといけないのか」
もう少し、時間はあると思っていたのに。あの技術を完成させられるだけの人員と頭を残しておくわけにはいかない。俺がいなくなってから「悠久のユーフォリア」までにその技術が廃れるなんて思えない。使い勝手がいいからこそ尚更に。だから、完成の前に消去しないといけないのだ。
「いや、戻る前なんて言ってられない。そんなことを思っていたらいつまで経っても戻るときはやってこない。……だから、今から殺さないといけない」
きっと、今の俺の顔を見た人間は皆、俺が苦虫を嚙みつぶしたような顔をしているというのだろう。覚悟なんて何もできていないまま歩みを進める俺の姿は、自分でも幽鬼のように思える。俺は今から潰しに行くんだ、自分の友人たちを。自分が死にたくないから。友情を裏切ることになる俺が、本当に家族の元に戻っていいのかなんてわからずに、けれど己がこの世界に生まれた理由、与えられた役割を果たすためには戻らないといけない。だから俺は、
彼らから恨まれ、そして憎悪の言葉を受けることを覚悟で確実に己の手で葬り去ることを選んだ。
「……行くか。あいつらから恨まれるとしても。それはあいつらの正当な権利で。だからどうしたなんて言えないけど、それを聞く義務が俺にはある」
そうだ。遠くから殺して、ごめんなさいと謝り続けるのなんて自己満足。「殺さないといけなかったから」なんてーーーなんて陶酔した行動なのか。己が悲劇のヒーローにでもなったつもりか。同じ自己満足だということはわかっている。被害者からすれば「結局殺すことには変わりない」ということだろう。ただ、それでも。己が心の安定を保つために、遠くから殺してこれから先自己満足のためにごめんなさいと謝り続けて誰かから許される日を待つ、なんてことと。これから先の一生を、自分の心の中に作り出した自分を苛む幻想に謝り続けるだけのものから、現実に確かに存在した恨み言に縛られていくのであれば、どちらの方がマシかと言われれば個人的には後者を取る。
そう覚悟して。これまでの友情を全て破壊することを覚悟して。歩んで。歩んで。歩んで、歩み続けて。
「……え?」
そうして歩んだ先で、屋敷が崩壊しているのを発見した。
「っ……!」
走り出す。「星辰」の力はすでに五割程度回復している。ここまで来たなら、この力を使ってしまえば秒の世界で屋敷にまでたどり着ける。
「姫さんっ! ノワールっ!」
もともとあの二人がいたであろう実験室の位置を思い出して、そうだと思わしき地点まで歩を進める。すでに死んでいるだろうとはわかっている。でも、ノワールはミニオンにあるまじき戦闘能力だ。あるいはもしかしたら生き残っているんじゃないかと淡い期待を抱いて
「ああ……」
その期待が、脆くも崩れ去った。
そこにあったのはノワールの首無し死体ーーー死体?ーーーと右腕と両足が瓦礫によって潰された、服を引き裂かれて裸になったリル。よくよく見ればその裸死体には秘部に何かをねじ込まれたような跡がある。血が混じった精液も溢れている。もしかしたらこの二人はとっくに恋仲で、初めてのセックスをしていたところに屋敷襲撃で殺されたのだろうか。うん、きっとそうだ。そうに決まってる。そんな、
ーーーノワールを殺した相手に死姦された、とか無理矢理に犯されてから殺された、なんて。信じたくない。
……きっと、これが俺を足止めしていた間に行ったことなのだろう。タキオスの上司。信じたくはない。信じたくはないけれど、彼が命令を聞くのはあいつ一人だけ。だから、かつての友情を信じたかったとしても、現実を見据えるのであれば、この事態を引き起こした者の名前は一つしかありえない。
「テムオリンッッーーー!!」
かつての友人の名前を怒りを込めて叫ぶ。
赤ルートを選んでいたら永遠に罪悪感に苛まれるけどユーフィーが永遠に閉じ込めてお世話してくれるので泥々沼々にズブズブとはまっていたよ。
主人公のマインド変遷は本編開始時点で50、出雲に到着したあたりで閉じ込められてたストレスから30、出雲を脱出してから前話までに100まで回復して、今回のこれで−200されたんじゃ。”役割”をする時にはさらに強制で−50