戦いの後はいつも同じことをする。ミューギィの傷口、あるいは己の炎で焼けたところに己の手を挿入していく。
「あぅ……んっ、はぁ……ゆーりぃ」
くすぐったそうなミューギィの声。艶やかさが混じった声だがさすがに外見年齢が幼すぎてそういう瞳では見れない。なお、同じぐらいの外見年齢であるユーフィーに関しては肉食獣オーラとヤンデレと血を分けた双子であることが作用して見れなかったが。さすがに血が繋がってない相手だと、年齢的な問題なのだろう。時深さんならそういう目では見られるけど、どっちかっていうとあの人に関しては父さんを未だに狙っているという情報があるから頑張って欲しいとしか思えない。
「んぅ……そこぉ……」
彼女の焼けただれた皮膚に、「星辰」を纏わせ発光すらしている左手をズブズブと沈めていく。最初は、「星辰」が俺の肉体を補強していたタキオス戦の時のことを思い出して、自分の肉体を「星辰」の粒子で繋ぎ合わせて回復させることができるなら、他人では不可能なのかと思ってミューギィに許可を取って試したこと。いきなり体の中に沈んだのは視覚的にも触覚的にもショッキングな出来事だったが、今となってはやられる側であるミューギィがくすぐったそうにしているだけ。最初にした時には珍しく、この三百年近くほとんどしゃべらなかった「星辰」が思念でいきなり語りかけてきたので驚いたが。
「はぅ……」
「星辰」の粒子が満たされていく感覚はミューギィもお気に召しているらしい。どろり、どろり、と「星辰」が彼女の中を満たしていく。少しずつ、その体に慣れさせてミューギィの肉体は変質の一路を辿り続ける。彼女の肉体は「星辰」で中を満たそうとするたびに、それを受け入れられる肉体……即ち俺のそれに近づいていく。変異個体とでもいうべきエターナル。ナルに変質したマナによって肉体を構成されるエターナルのことをナル・エターナル。古代から存在する特殊なエターナルのことをエルダー・エターナルと称するのであれば、これはどういう名称でいうべきだろうか? マナ配列といった明確に言語化できる部分とは違う、もっと何か漠然とした部分で自分とつながっているエターナルのことは。
「はい、今日はこれでおしまい。もう火傷の跡も治りかけてるしな」
ずぶり、と嫌な感触を残してミューギィの肉から手を引き抜く。すでに目視できる限りですら火傷の跡が目に見えて消えていくのがわかる。ごっそりと己の内から減った「星辰」の粒子を製造するために心臓が早鐘を鳴らしている。己のカロリーを消費しているのか急激にお腹が空いてくる。いつものことだ。これがあるから、ミューギィには申し訳なかったが夕飯を先に作ってから治させてもらった。治療そのものにはそこまで時間はかからないのが唯一の救いではあるが。
それでも待たせてしまったことに変わりはない。
なので謝る。
「ごめんな、夕飯遅くなっちゃって」
「別にいい」
それより明日のことだけど、なんていうミューギィ。その瞳はいたって真面目で。いつも通りの無表情ではあるのだが。
「珍しいな。ミューが『次の日の予定』を口にするなんて」
ミューは大体が行き当たりばったりなので、翌日の予定なんてものは基本的に存在しない。せいぜい毎日のように食べるご飯と、俺との修行程度だろうか? そんな彼女が翌日の予定なんてものを口にしたことがちょっと驚きだった。
「うん。これに関しては大事なことだから」
そうして頷いたミューギィを促すと
「ユーリの両親に挨拶したい」
「…………え?」
「ユーリの両親に『息子さんを私にください』って言いに行きたい」
「……………………え?」
「さっき、死亡フラグ? のそれで言った『ボク、この戦いが終わったら結婚するんだ』ってこと。その報告に行きたい」
「いやいやいやいや。あれは別に本当に結婚するって意味じゃないからな。ただ、死亡フラグっていう、物語的に死ぬことが決まっているキャラに深みを出す発言の一例ってだけだからな? わざわざ死亡フラグを立てたからって本当にその宣言を実行しなくてもいいんだぞ?」
「そうなの?」
「そうなの」
何も知らないミュー相手に死亡フラグについての説明で一番最初にあれを教えたのは失敗だったか? いや、どっちかって言うとあれか。あの時に誰と結婚するのかなんて突っ込んだ質問をしたのが間違いだったか。
「なら、いいや」
「うん、そっちの方がいいぞ」
ユーフィーと初めて出会うのは
「でもそうなると明日何をしよう?」
「今日できなかったぶんの訓練」
間髪入れずに返答。ミューギィ同士の戦闘。ならびにその治療のために今日の分の訓練はできなかった。最初、ミューギィとの戦闘が入らなかったなら明日は休む予定だったのだが、こうなっては仕方がないと思っている。
夕飯を終える。風呂は、未だ完全な治癒が終わっていないためにミューギィは入らず。基本的には彼女の髪を洗うために一緒に入っている俺も、今日は入らず、二人でそのままベッドの中へと。
「ん」
「うん……」
夜になると、俺たちの立場は逆転する。普段、面倒を見ている俺は、この時間帯だけは彼女に甘えることになる。俺を迎え入れるように腕を広げているミューギィに正面から抱きつく。彼女は、それを迎え入れてくれる。
彼女と出会ってから理解したことだが、俺はあの時の一件がトラウマのようだ。リルの犯された後の死体と、ノワールのものと思しき死体。あれらを見たせいで、どうしようもなく知り合いが今もなお生きているのか不安になる。その相手が生きていることを確認しないと、まともに眠れない。これまでは悪夢を見るせいで眠りが浅いだけだったのだが、それが今では眠れないという位置にまできているのだから大したものだ。
「大丈夫、ボクは生きてるから」
だから、今日も触れ合う。彼女が生きていることを確認するように。痛いくらいに強く。彼女は己の本能として自己否定が含まれているから、最終的にはどうしようもなく死のうとするのだろうけど、分離体を全て殺戮し終えるまでは、きっと彼女は死なないだろう。だから、今だけは安心して寄りかかれる。
「だから、安心して休んでいいよ」
その言葉とともに意識が沈んでいく。まどろみの中に落ちていく。父さん、母さん、ユーフィー、そういった相手の安否は心配で、けれどこれだけの期間家を空けているわけだから、今から戻ろうという気持ちにはなれない。少なくとも、テムオリンを一度殺してあの二人を殺した理由を聞き出すまでは戻れない。
こんなことになっているのも、ミューギィに会うまでは気がつかなかった。アガスティアというエターナルにも人間らしい生活を強要する世界だからこそ、眠りにつく必要もあって、そうして初めて気がついた代物。
「お休み、ユーリ」
彼女の温もりに溺れながら、一時の眠りにつくのだった。
「もう、ユーリはどこで油売ってるのかなぁ……」
ママが作ってくれた二頭身のユーリ人形の後頭部に顔を埋めながら呟く。あたしから溢れ出るお姉ちゃん力と常日頃から最高品質を保つために込めていたマナの影響でユーリの魂が中に入って動くようになったユーリ人形も特に逃れようとすることなく、お姉ちゃんのお願いを聞いて大人しくしてくれている。これはこれでユーリだからいいものだけれど、やはり本物のユーリが恋しい。早く体も取り戻してあげないとなぁ。
世界ごとに時間の流れが違うというのもいただけない。あたしはこの世界で五百年近く……ユーリが連れ去られてから四百年以上もの時間を過ごしたのだと言っても、もしかしたらユーリはすでに千年近く過ごしているのかもしれない。そうなるとあたしがお姉ちゃんだというのに、弟よりも年下になってしまうかもしれないだ。そんな、打算的な思いもちょっとありながらもユーリ人形を抱きしめて精神の安定を図る。
「ユーリも早くお姉ちゃんに会いたいよねー?」
こくこくと頷いてくれるユーリ人形。やっぱりだ。ユーリもあたしに会いたいと思ってくれているみたい。それなのに帰ってこられないというのは、洗脳されているからなんだと思う。あたしのお姉ちゃんパワーでユーリの意識だけはこっちに持ち帰ってこられたのに、本体が帰ってこられないのは許せない。やっぱり法王を殺さないことには話が始まらない。……まだ、どっちも見つかってないらしい。きっと法王がユーリをまだ洗脳しきれてないから、表舞台には出せないんだろう。今のうちに見つけないとダメなのに、それなのにあたしはまだ法王に勝てない。勝てないだけならまだいいけど、あたしまで捕まってパパとママを悲しませるわけにはいかない。
「……ってあれ、なんだか下が騒がしいね? 行ってみよっか」
コクリと頷いて、あたしの腕の中からぴょんと降りるユーリ。人形の姿になって喋れなくなってもユーリはあたしの弟だ。言いたいことはわかる。自分が見に行くからちょっと待っててということだろう。
「だーめ。また攫われちゃったらどうするの? パパとママはお出かけするって言ってなかったけど、もしかしたら泥棒が入ってきたのかもしれないよ」
しゅんとするユーリ。でも、人形になってまであたしのことを思ってくれているユーリを手放すわけにはいかない。絶対に、攫わせたりしないんだ。あたしはユーリのことが大好きで、ユーリもあたしのことが大好き。もう、離れる理由なんてない。ユーリと一生一緒に暮らすって決めている。それこそ子供だって……
「……って…………か!」
「うん………………」
「よ…………なら……」
部屋からパパとママと、それと聞いたことのない人の声が聞こえてくる。なんだかパパとママが驚いているようで、でもどこか嬉しそうで、一体何があったんだろう。こんなに嬉しそうな二人の声なんて、一体いつ以来に聞くだろうか? ユーリがいなくなる前だとは思うけれど……。
「それで、ユーリはどこにいるんだ!?」
そんなことを思いながらリビングに近づいて行くと、パパのそんな声が聞こえてきて頭の中が真っ白になった。
「え……?」
ユーリが見つかった? どこで? いつ? いろんなことがぐるぐると頭の中を駆け巡って、どんな反応をすればいいのかわからない。まだ、リビングに入っていないからパパとママには気づかれてない。場所を聞き出したら、すぐにでも向かわないと。次、いつ見つかるかなんてわからないんだから。
「落ち着きなよ、ユウト。まだユーリくんがそこにいるかどうかはわからない。それに、もしもいたとしても洗脳されていた場合は、君たちと触れ合わせて意識が戻るようなことには向こうが絶対にさせないと思う。まずは僕が確認してくるよ。それで、ユーリくんだと判断できたらそのまま気絶させて連れ帰ってくる。君たちとは違って、僕相手だったなら洗脳したユーリくんを人質にしても無駄だと思われるだろうからね」
「っ……! ……頼んだ。絶対に、傷をつけるなよ……!」
「わかってるよ。……ああ、それと君の娘さん。彼女にも内緒にしておきたいから、ちょっと任務を与えたいんだけど」
「ユーフィーに?」
「そう。まだ見つかってないってことになってるのにユウトたちが落ち着いていたら変に思われるだろ? 君、そこまで隠し事には向いてなさそうだし」
「ん、それはわかる」
「アセリア!?」
「それに、彼女に見つかったってことを知られると厄介なことになりそうだっていうのがトキミの話だし」
「……わかった。それで、どういう任務なんだ?」
それはね。なんて言っている扉の向こう側の人。正直に言ってあたしも迎えに行きたいけど、ユーリが確実に帰ってくるのがあの扉の向こうにいる人に任せた場合なら、今だけはあの人に譲ってあげてもいいかなって思う。ユーリが帰ってくればこれから先ずっと一緒で、お姉ちゃんらしいところを見せる機会もたくさんある。
「君の故郷、時間樹エト・カ・リファにある永遠神剣第一位『叢雲』の解放だよ」
サポートスキル「ユーリ人形」
このお人形、攫われたあたしの弟の魂の入れ物なんです。この子が「お姉ちゃん頑張れー」って体で表現してくれると、あたしも頑張ろうってやる気が出てきて、ついつい全部のマナを使って「調律」の力も引き出しちゃうんですよ。
ユーフォリアの保有するマナを全て消費してユーフォリアの全能力を三倍に引き上げるスキル。代わりにそのターンの間は攻撃、防御ともに不可能となる。
セリフ:「見ててねユーリ! お姉ちゃんがんばるからね! えーい!」「(パタパタと腕を動かしている)」
「弟に格好いいところを見せます! お姉ちゃんは強いんですよー!」「(全身で喜びを表現している)」
ちなみにユーリ人形の出来映えはお姉ちゃんの願いがシスコン部分に反映されていること以外は完璧にユーリそのものである