「何やってんのさ、ミュー」
「……何やってるんだろう?」
「いや、俺に聞かれても困るんだけど」
訓練を終えた後、珍しく別行動したいとミューギィに言われたので成長したのかな、と思っていたのだが、そうして一人で歩いていると何をしようかと悩んでしまい、たまたまぼうっとしているミューギィを発見して声をかけた。ミューギィは爽やかな風が吹く草原……と言えるほどのものではない、ただの土手で寝転がっていたのだが、草の感触や浴びる陽光といった様々な要素が複雑に絡み合って、至高の日向ぼっこが行える空間になっていた。そのこともあってか発見した時点でミューギィは眠たそうにしていて、このまま放置していればすぐにでも寝そうな状態だ。
スカートのまま横になっているので土手の下にいるガキ共がスカートの中を覗こうと必死になっている。バレないようにこっそりと視線を逸らしているフリをしながらも、目線が完全にスカートの中に向いている。そいつらを殺意を込めた眼光で睨み、ある程度は散らすことに成功したが、一部の社会的地位のありそうなおっさんたちがこちらを睨み返してくる。ミューギィは見た目的にはまだ童女。そんな少女の下着を覗こうとするなんてあいつらはロリコンかつ変質者だと断定し、瞬間的に引き出した「星辰」の力によってわずかばかりの強化を受けた左腕で拾った小石を投げる。
多少の威力減衰はあれど、たかが人間数匹程度ならこれで十分。この場にいた変質者たちが全員空の彼方に飛んでいったところで、残りのまともな人たちが人が空を飛ぶ光景を眺めて呆然としていた状態から立ち直り、拍手をしてくれる。どうやら、あいつらはこれまでも何人もの女児を攫っていた変質者だったらしい。ありがとう、と言われるのも愛想笑いで受け取って、そのままミューギィを連れて少し離れる。
「何があったの?」
「ミューの下着を覗こうとしてた変態がいたんだよ。あのままだと、ミューは多分飼われて、変質者の玩具になってたんじゃないかな?」
ミューギィの質問に答える。この子には多少の情操教育はいるだろうけど、その実用性を理解していない今、これは悪い、これは恥ずかしい、なんて説明では納得を得られないだろう。だから、どちらかというとあの人はミューギィを自分のものにして自分の家に閉じ込めようとしていた、と説明した方が絶対に納得を得られる。ミューギィに説明するのであれば、分離体を殺害する上で邪魔になるような行動をしようとしていた、と。そう説明することが一番手っ取り早い。というかこれまでもそうやって説明してきた。
「ん。ありがとう」
「いや、大したことはしてないよ。ただ、今度からはスカートの中が見えるかもしれない状態で横になるのはやめた方がいいかな」
「わかった。今度からはユーリが一緒にいる時だけにする」
「いや、俺が一緒にいる時もダメでしょ。スカートの中が見えるかもしれないんだし」
「でも、ユーリなら覗かないし、守ってくれるでしょ?」
「守るけど……」
「それに……」
ーーーユーリになら見られても、飼われてもいいかなって。
しなやかな猫のように、さらりと距離を詰めたミューギィが耳元で普段の無表情とは全く違う、ある種の色気に満ちた声音で囁いたことで、彼女が自分に比べて精神的には遥かに童女であるということを一瞬忘れてどきりと心臓が高鳴った。
「今のボク、多分ユーリがいないと生きていけないし」
「そりゃ言い過ぎだろ……生活能力がないのは知ってるけど」
「そういう部分じゃなくて……見せた方がわかりやすいかな」
見てて、と言って手を差し出してくるミューギィ。その真白の手をじっと見つめる。ん、と少し力んだ彼女の手を、ほんのりと淡い燐光が包み込む。
「それって……!」
「うん。多分、『星辰』のあれ」
そこから感じ取ることのできる力は、比べるのもおこがましいが確かに俺の内側から溢れる「星辰」と同質の力。わずかながらに、彼女の肉体にも「星辰」による強化というべきか。あるいは汚染というべきか。そういった代物が走っていることがその手のひらから読み取れたのだ。
「大丈夫なの? 変なところとかない? 『星辰』の能力を俺以外が使った時に体が耐え切れるかどうか……」
「大丈夫。これは治療に回されてた『星辰』が『この肉体でも自分を扱える』って判断したからだと思うし。実際、今は骨も肉も全部『星辰』で一度繋がれて、その粒子に順応した体になってるから」
「……そういうのってわかるもんなの?」
「わかる。感覚的なものだけど、今のボクは『星辰』を通じてユーリと繋がりができてる。その気になればユーリからボクに『星辰』の強化を回せるし、今も少しだけだけど『星辰』の粒子は流れ込んできてる。代わりに、ユーリから離れ過ぎて、それこそ同じ世界にいなくなったら、体を繋いでいる『星辰』が尽きて補給ができなくなっちゃって、これまで『星辰』で治療した怪我が全部復活して死ぬってことも」
「……なるほど」
そんなことになっているとは思いもよらなかった。彼女の生殺与奪を自分が握っているなんて。元から彼女のことを放っては置けなかったから、「悠久のユーフォリア」が始まる数年前ぐらいまでは一緒にいるつもりだったけど、これで俺も常にユーフィーに見つかる危険性を持ちながらこの世界にいるしかなくなった。
「だから必然的に、今のユーリはボクの命を握っている状態。それなら、ユーリに飼われてるのと同じかなって」
「……それは、そうかも?」
なんだか言われてみるとそんな気がしてきた。うん、そうだ。確かに今の彼女の生殺与奪権を俺が握っている。それはつまり、そんなつもりがなくても俺がこの世界を出て行こうと思ったら、それはつまり彼女に「俺についてきてくれるよな?(ついてこなかったら死ぬだけだけど)」と言うようなものだ。そうしないと永劫、テムオリンを探しに行けない。
彼女にはかつて、テムオリンを探しているという話をしたことがある。だからきっと、俺がいずれこの世界を出て行こうとするとは知っているはずだ。それなのに、その会話を彼女の方から切り出さないというのは
彼女は俺が出て行く時に死ぬことを良しとしているのか。
あるいはーーー
「もしも、その時が来たらどうするの?」
どちらにせよ、知っておかなければならない。彼女が死ぬことを良しとするのか、それともアガスティアという、ミューギィの分離体が発生した世界を出ることを良しとせずに俺が出て行けないようにするのか、あるいはそれとも別の手段を講じるのか。
頭の中で考えていたせいか、そのまま口に出してしまった。”その時”なんて表現をされても俺にあらざる彼女にはきっと伝わりっこないというのに。
なのに
「もちろんついて行くよ?」
彼女はそれを理解しただけではなく、俺の想像していた中でも絶対にありえないと思われる答えを口にした。
「今のボクは、もうユーリのもの。ユーリがどこかに行くならついて行くだけ」
「でも、そうしたらミューがミューギィを殺せないぞ?」
「アガスティアでただ発生を待ち続けるだけよりも、ユーリと旅をしてしばらくしたら戻ってくる方が建設的かなって」
戻ってこない、なんて選択肢はない。そう信じているからこその宣言。誕生したら即座に殺しに行くのでは誕生までの間が暇になってしまう。その時間を有効に活用するためにこそ、己はついて行くつもりだと。ミューギィは、ミューギィを殺しに行くことになった時に俺がついて行くことを心の底から信じているからこそそう宣言できたのだ。
「付いて来て、くれるんでしょ?」
「そりゃ付いていくけど……」
ミューギィはそれでいいのだろうか、と思わないでもなかった。これまでは『離れるという選択肢存在する』状況下で『離れない』という選択を取っていた。けれど今回、俺の方から「星辰」による治療という形で『離れる』という選択肢を奪い取ってしまった。これでは俺がかつてユーフィーと行動を常に共にさせられていた期間と何も変わらない。しかも今度は、俺が加害者だ。それは、個人的には納得がいかない。
「ミューギィはそれでいいの?」
「うん。以前言ってたユーリと結婚するっていうのが事実婚? っていう形で実行されるだけだし」
「待って。そんなの誰から聞いたの?」
「町役場の役人さん」
「役人さーん!?」
きらり、と空でサムズアップしている役人さんが見えた。別に死んでないはずなのに。
「それに、ユーリとなら夫婦になっても問題ない。変態じゃないんでしょ?」
「そうだけど……」
「だったら結婚でも飼われるのでも一緒にいることに変わりないから……」
「その二つには大きな違いがあると思うんだけど」
今も土手で座っているミューギィの横に腰を下ろす。俺が座ったことを確認した途端、ミューギィが左手で俺の左手を掴んでそのまま後ろに倒れこむ。うぉ、っと声を漏らしながらもミューギィにのしかかることのないように手を顔の横につけて、股の間に足を片方入れる。典型的な壁ドンーーーこの場合は床ドンになるだろうかーーーの格好になっていた。
咎めるような視線を送るも、無表情な彼女の口元がわずかに緩んでいるように見えるので毒気を抜かれる。まあ、確かにこの格好であればミューギィの下着がスカートの中から覗くようなことはないので問題はないはずだ。
俺がこんな、公然の場で少女を襲おうとしている変態を見るような目で見られること以外は。
「結婚生活に関しては大丈夫。肉屋さんの店主の奥さんとか、魚屋さんの店主の奥さんとかが教えてくれた。さらにそこに騒ぎを聞きつけた店主もやってきて本当に色々と」
「あ、うん。そうなんだ。……なんでそんなことを聞いたの?」
「聞いてないよ? ただ、向こうからユーリとの生活はどうなのかって聞かれた。それで、ユーリの作るご飯が美味しいって話をしてたら、マリッジブルー? っていうのがどうのこうのって話をし始めて、それがよくわからなかったから聞いたら、結婚生活についての話をたくさんしてくれた」
だから今のボクは結婚生活のエキスパート。なんて言ってない胸を張り、ドヤァと無表情のままながらも自慢げな彼女にほんわかと暖かい気持ちで胸が満たされるが、それはそれ。とりあえず俺と彼女は結婚していないし
恋愛感情を互いに抱いているのが俺の中では結婚するときの条件である。
俺のそれは多分愛ではあっても恋ではない。それも、親が我が子に向ける愛情に近しいもの。本当の意味での親子ではないのでたまにどきりとさせられることもあるけれど。それでも彼女の成長に微笑ましいものを感じていられるのだから、きっと俺は彼女に対して抱くものに恋はないと思う。
なので。
「結婚に関してはともかくとして、とりあえずそろそろ帰ろっか?」
今日も今日とて手を繋いで。親子がそうするようにして家へと帰る。
体内に同じものをつけている(「星辰」)ので実質ペアルック。なおそれを知ったお姉ちゃんは……
今めっちゃ謎すぎる誰得作品を二つ思いついている。
「Venus Blood Eternal(仮称)」 名前の通りにVenus Bloodと永遠神剣シリーズのコラボ……というか永遠神剣シリーズでVenus Bloodをする。もちろんR-18
「世刻くんに転生しました(仮称)」 名前の通りに世刻くんに転生。とりあえず中身が違うので色々と原作も変わる。具体的には原作キャラ死亡タグが燦爛と輝く。