握った拳を全力で走って距離を詰めて叩きつける。
たったそれだけの行動。それだけの行動であるにも関わらず、第三宇宙速度という尋常ではない速度で行われたそれは、加速による勢いも乗せて山河程度には止まらず世界そのものを破壊し尽くす一撃となるのではないかと見るものに思わせるだけの迫力と威力がその内側に込められていた。
十全たる殺意と共に放たれた拳は、たとえ友人であろうとも容赦はしないというユーリの意思をはっきりと示していて、まともに正面から受けるにはエターナルであっても難しい一撃。
「甘いですわよ」
それを、テムオリンは受け止めることはなく。
されど避けることもせず。
ただ純粋な技量だけで、完璧なカウンターを返していた。
「っ!?」
己の拳の勢いをそのまま乗せた杖による一撃。
それを胴体に受けて初めて、これまでに倒して来た敵に与えたダメージの大きさを知ったユーリは、吐きそうになりながらも嘔吐感を堪え、ただひたすらに今の絶技を為し得たテムオリンの技術に驚愕する。
(なんだ、今の!? どうやってやった!?)
どう考えても第三宇宙速度というのは普通見切れるものではない。
彼女の天敵である『時詠のトキミ』が行うタイムアクセラレイトであっても、現実に取り残された側はその速度の視認を行える。
なぜなら、人間の出せる速度というのは個人差はあれど基本的には限界値が存在して、人体である以上はエターナルであってもその摂理からは逃れられない。
ユーリの父親、聖賢者ユウト。
彼はかつて人間だった頃、永遠神剣第四位「求め」と契約していた時分に、「求め」の力を引き出した時に駆けて、その速度を実際に隣を走ることで「車を超える速度で走ってもまだ余裕がある」という形で表現していたことがある。
ユウトが駆け抜けることができた場所と考えればその車が走っていたのは公道、となれば車が出していい最高速度は大体が時速四十〜六十キロ程度。
ユーリが叩き出す第三宇宙速度はその速度の大体千二百〜千五百倍。
エターナルであっても普通であれば叩き出せる速度ではない。
(まともに戦ったら絶対負ける! この速度を普通に対応できるテムオリンに、俺がまともにやっても勝ち筋なんてない!)
だからこそ、通常の身体能力だけで速度という概念におけるひとつの終着点であろう時深の時間ごと加速させればいいという代物、それを遥かに上回る速度を叩き出す自分を、完全に見切ってさらにはカウンターまで叩き込んだその研鑽を、自分では何万年経とうとたどり着けない境地だと認めることに対して、ユーリは否応なかった。
「あら、私が対応できるのがそんなに不思議ですか?」
「当然だろ」
にんまりとした笑顔を崩さないテムオリンにユーリは吐き捨てる。
この時点で、ユーリがもつ徒手空拳も投撃も、たとえそれが限界まで力を振り絞ったとしても彼女が対応できる速度にしかならないとわかってしまった以上は戦闘における使い物になるとは思えない。
勝ち目が完全に暗闇の底に消えていく姿を幻視して、けれどその瞳にはノワールたちの幸せを奪った罪を清算させてやると未だに戦意が燃えている。
(さて、どうやるべきか……)
「簡単なことですわ」
ユーリの持つ最大の一撃は、ントゥシトラをかつてこの世界から消滅させた時の光の柱。
おそらくはあの一撃であれば届くのではないかとユーリは思っているが、あれを使ってしまえばそれから少しの間は一切の抵抗ができなくなってしまう。
そして、もしも効かなかった場合、あるいは躱された場合、それだけの時間があればテムオリンを逃すことになると、あるいは自分が捕まるか。
確実に彼女の目的を達成させてしまうことになると理解していた。
(いや、むしろこの状況もあいつの手の内か……?)
そうして考える中、この膠着状態こそが彼女の狙いかと訝しむが、そんなことには頓着せずにテムオリンは言葉を紡ぐ。
自分が対応できる理由が知られても何も問題ないというように。
「あなたが出せる速度を知っていて、あなたの癖を知っていて。それだけの情報があれば次にどこを狙うか、なんて十分に予測がつきますわ。あとはその場のノリで」
「その場のノリ」
「ええ。言ったでしょう? あなたの癖を知っていると。だからあとは表情とか諸々の要素を複合させたその場のノリでどうにかなります」
「へ、へぇ……」
もはや何も言えなかった。
その場のノリ、というよくわからない代物によって無効化されるのであれば、本気で光の柱が通用しないのではないかという気持ちがユーリの中では膨らんでいた。
(なら、もう一手何か欲しい……!)
けれどその弱気を振り払う。
自分と共に過ごした時間が彼女に動きを予測させるのであれば、彼女と時間を過ごしたことのない何者かの介入があれば、あるいは動きを予測されても何も問題ないほどの強者が加わればこの状況を脱することができる。
「……そういや、お前はなんでこの世界にいるんだ」
だから、ユーリは少しでも時間を稼ぐことにした。
実際、これ以上のこの世界で狼藉を働こうというのなら。
もしもノワールたちの眠りを邪魔するつもりなら。
自分が自分を抑えきれずに、勝算がないにも関わらずに特攻しかねないと理解しながらの、そんな行動だった。
「時間稼ぎのつもりですの? まあそれぐらいなら付き合ってあげますけど」
友人としてのサービスですわ、なんていうテムオリンにどの口でそんなことをと思いながらも、その言葉を待つ。
「あなたを迎えに来た、というのが正しい答えですわね」
「迎えに……? お前らのところになんて行くわけないだろ」
「私も、あなたを迎え入れることはないだろうと思っていましたけど。そういうわけにもいかなくなったのだからしょうがないでしょう」
「なんだよそれ」
「以前、この世界であなたがントゥシトラとタキオスの二人と同時戦闘した際、あなたントゥシトラに何をしましたの? あれからまともに機能しなくなって、常にあなたを求めているんですけど……」
「……は?」
ユーリにはわけがわからなかった。
「というわけなので、ントゥシトラをまともに機能させるためにも、あなたには捕まってもらいます」
「それを聞いて誰が捕まるか……!」
何をしたのかと訝しげなテムオリンに嘘はないと悟ってユーリは慄然としている。
ここで捕まったら絶対にントゥシトラに掘られる。
状況はわからないが、求められているらしいという現実に、かつて、共に暮らしていた時のユーフォリアのことを思い出して、それをントゥシトラverで考えて、無駄に精度の高い未来を頭の中で夢想してしまい、捕まった未来の想像に顔を青くしながらも絶対に捕まってなるものかと気炎を吐く。
「大丈夫、そのあたりはちゃんとあなたが使い物になるように。精神が崩れないように守って差し上げますから……」
「だ、誰が……!」
圧倒的な包容力。
菩薩のような微笑みとともに年の功とでもいうべき謎の包容力を叩き出しているテムオリン。
一瞬ユーフォリアよりも姉っぽいのではないかと思いながらも、謎の悪寒を感じ取ってすぐに気を取りなおす。
「そっちについて行ったら絶対俺にひどいことするつもりだろ!」
ーーーエロ同人みたいに!!
という叫びが後についてきそうな言葉であった。
もちろんユーリもわかっていたし、その場のノリで繋げてしまいそうではあったが、幾ら何でも付き合ってもいない女性に対してそんな言葉を発するような変態ではないユーリは、後ろに続く言葉をしまいこんだが、それでもテムオリンというかつて友誼を結んだ相手だとわずかばかりの気安さや生来のノリが出てしまった。
もちろん、ントゥシトラによる強姦という最悪の想像をしてしまったことも、勢いを保てなくなった原因ではあろうが。
「それがお望みならしてあげますわよ……? そうでないなら、私の子飼いとして常に侍らせるのもいいかもしれませんわね……ントゥシトラに犯される事態だけは避けられますわよ」
(そういうことなら……いや、ダメだ! そんなことをしたらノワールたちに申し訳が立たないし、それに何より……)
ントゥシトラに強姦されることを常に怯え続けながら生きて行く一生と、テムオリンの元で庇護を受けながら彼女がントゥシトラに対するガードを行ってくれることである一定の期間は確実に守られる生活。
一瞬前者に落ちそうになるが、二つの理由からその思考を食い止める。
一つ目は当然のことながらノワールたちのこと。彼らから幸せな生活を奪ったロウ・エターナルに与することなどありえない、と。そんな理由。
そして二つ目はーーー
(ロウに行ったら確実にユーフィーに捕まる……!)
ロウ・エターナルに入るとなると確実に敵対することになるカオス・エターナル。
その一員であるユーフォリアと敵対することになった時、彼には逃げ出せる光景が思い描けなかった。
彼に対してだけ原作とは性格が違いすぎるユーフォリアは、彼に絶対的な恐怖を与えていたのだった。
ついでにもしもユーフォリアと出会わないようにしても、テムオリンとともにいることになると第三章「悠久のユーフォリア」で確実に出会ってしまう。
なのでやはり、ロウに着くという選択肢は取れないのであった。
「い、行かねえぞ! 行ったら結局ユーフィーに捕まる未来しか見えないからな!」
「……あなたの姉、でしたか。そんな程度でしたら守って差し上げ……っ!?」
そうして否定した直後、やはり言葉で拐かそうとするテムオリンに、二つの攻撃が襲いかかる。
それをひらりと躱しながらも詰めようとしていた距離はさらに空き、そうしてできたユーリとテムオリンの中間地点に一人の少年と、そして童女が立つのだった。
「あはは、悪いけど。彼を連れて行かせるわけには行かないんだ」
「ユーリは私の。渡さない」
胡散臭いとしか思えない笑顔を浮かべた赤毛の少年と、漆黒と形容するほかない少女。
二人の名前を、ユーリは知っている。
片方に関しては今ともに過ごしている少女だ。
「ローガス……!」
「ミュー……なんでここに?」
テムオリンが赤毛の少年の名を呼んで、ユーリが漆黒の少女の名前を呼ぶ。
「ユーリを助けに来た」
「この子も同じ目的だったみたいだからね。協力しようと思って」
理由を話すミューギィに、ローガスも乗じる。
それを聞いて、ユーリは脱走生活の終わりを悟る。
少しばかり表情が死んだが、テムオリンに視線を向けている二人は気づかない。
「ユーリは渡さない」
「ユウトたちに必ず連れて帰るって約束したからね。悪いけど、この場は引いてもらえないかな?」
二人から神剣を向けられたテムオリンは、特にローガスの方を気にかける。
テムオリンの脳内でいかなる思考が働いたのかはわからないが、ため息を吐く姿からはこの場での行動は諦めたということがひしひしとわかる。
「仕方ありませんわね。さすがにあなたを敵に回すのは得策とは言えませんし……」
「それは良かった」
そう言い残してテムオリンは姿を消す。
それを確認した後、ローガスはユーリの方を向く。
「やあ、初めまして。僕は永遠神剣第一位『運命』と契約しているローガス。一応、君のご両親とは知り合いだよ」
そして、胡散臭い笑みを浮かべたまま自己紹介をするのだった。
さすがはテムオリン様、お優しい(時間稼ぎに付き合ってあげる姿を見ながら)
まあ、実際のところは時間稼ぎをしても主人公一人だと意味がないと知っていたから。ミューギィが追加されたらそれはそれで面白いからと。絶望する主人公の姿を見たくてやってたらローガスとかいうハイパーチートが現れたんだけど。