「ユーリ!!」
数日後、ユーフィーといまだ出会ったことのない旅団の面々が「出雲」にたどり着いた時、まず最初に俺が見たのはユーフィーが俺の姿を認めるよりも早く俺の存在に気がついて突撃してくる姿だった。「星辰」によって強化された肉体を超えてダメージを与えてくるその突撃。奇声を発しながら勢いに負けてユーフィーに押し倒されるような形で地面に倒れこむ。
「ユ、ユーフィー……」
「もう、いつも言ってるでしょ? お姉ちゃんって呼んでよー」
これまでにないほど、圧倒的な包容力を感じさせながらもいじける子供っぽさも同時に見せるユーフィー。その瞳にはこれまでのような邪悪な気配が全くない。逆になさすぎて、今もお姉ちゃんと呼んでもらえなくて悲しんでいるユーフィーが本当に本物なのか疑ってしまう。思わず二度見してしまう俺に、恥ずかしそうに照れたような表情でえへへと笑うユーフィー。……本気で誰だこいつ。
「ユーリ、何かあった?」
猜疑的な視線を向けていると、ユーフィーが恥ずかしそうに逸らしていた視線をこちらに向けて、じっと瞳の奥を見つめてくる。心の奥底まで暴かれているような心地になると共に、ユーフィーからのそんな発言。なんだか落ち込んでる気がする、と言ってくる彼女は、そのままよしよしと十三の見た目にしたことでわずかばかりユーフィーより背丈の大きな俺の頭を背伸びして撫でてくる。
「お姉ちゃんが聞いてあげるよー?」
本気でこれまでの時よりも姉っぽさが増している。後ろではもしもの時のために構えていた父さんたちが、あれじゃまるでただの恋する乙女だぞ、とユーフィーの状態に俺とは別種の危機感を抱きながらも、見守っている。そんな中、苦笑い気味の旅団の面々。……これまでのユーフィーを知らない彼らが話しかけてきた。
「えっと、あなたがユーフォリアちゃんの弟さん?」
「ええ、はい。双子で生まれたんで、実際のところはどっちが上なのかは知りませんけど。一応はユーフィーが自分が姉であることを強硬に主張し続けているので、そういうことになってます」
「もう、いい加減にお姉ちゃんって呼んでよ。これからずうっと一緒なんだから。お姉ちゃんの機嫌を損ねると怖いんだよー」
「具体的には」
「んとー……お世話してあげないっ!」
「いや、別に。家事とか普通にできるし、ユーフィーに面倒見てもらう必要ないんだけど」
えっ、と口にした後泣きそうになるユーフィー。どこからどう見てもただのブラコンの姉だ。これまでのそれとは違いすぎる。さっきのずっと一緒に関しても邪気を感じなかった。本気でどうなっているのか。……そういえば「聖なるかな」ではユーフィーは意念の光とぶつかって記憶を失っているはずだ。どうして俺のことを覚えているのだろうか?
「あっ、パパ! ママ!」
いや、両親のことも覚えているみたいだし、この世界では記憶を失っていないのか? でもなんで? 父さんたちに抱きつきに行ったユーフィーを見送って旅団の人たちと話をすることにした。
それが
「どうしてこうなった……」
夜、ユーフィーと二人で同じ部屋になったので呟く。ユーフィーは楽しそうに布団を敷いているが、こちらとしては気が気ではない。両親も、旅団の面々からユーフィーが記憶を一部失っていると聞いて完全にキレてその原因たる意念の光を放った暁を殺そうとしていたが、それによって少々まともな状態になったユーフィーの「ユーリと二人がいい!」なんてわがままを聞き届けたせいで貞操と人生の危機になっているんだけど。幸い、と言ってもいいのかは謎だが父さんたちも今のユーフィーと俺を二人きりにさせたら、いつ俺が恐怖していた状態に戻るのか不安でしょうがないようで、隣の部屋で眠ることにして今はミューギィからこれまでの話を聞いているようだ。
「なあに? ユーリはお姉ちゃんと一緒なのは嫌?」
「いや、そういうわけじゃ……」
無論、かつてのユーフィーであれば絶対に嫌だと断言していたが、今のユーフィーは本当にただの姉のようで、命と貞操の危機を一切感じないためにそこまで逃げようとする気が出てこないのだ。そして、何より彼女が帰ってきたタイミングでミューギィは時深と洋服を買いに行っていたせいで、一言も彼女は会話をしていないために嫁がいることに対しての発言がないので、彼女が本当に元どおりなのかどうかを測れない。
なので、いまはもうこれ以上考えても無駄なので、「聖なるかな」原作がどこまで進んだのかを思い出す。世刻望という主人公も含めた全員がいたのだからおそらくはいまこの時点で十一章終了時点。ユーフィーが胸元に顔を埋めてくるのを感じながらもすーはー言ってるぐらいで実害がないので放置。下手に突っ込んでやぶ蛇になるのはごめんだ。
「お姉ちゃんね、ユーリがいないと安眠できないの」
ーーーだから今日はお姉ちゃんに抱かれて。
蠱惑的な声音。血が繋がった相手だというのに一瞬魅了されたような気すらした。ユーフィーの顔は俺の胸に埋まっていて見えない。
「ユーリがお姉ちゃんの抱き枕になってくれるなら、お姉ちゃんもユーリの抱き枕になって、何か抱えてること聞いてあげるよ?」
「抱えてること……」
一つだけある。いや、正確には無数にあるが、今もなお心に残っている後悔と呼べるものはこれが一番大きい。……そうだ、これのせいでミューギィにも多大な迷惑をかけてきた。吐き出してしまえるのなら、それはそれでいいのかもしれない。今のユーフィーになら、吐き出してもいいかもしれないと、そう思える。
「……友達が、いたんだ」
「うん」
だから、胸元に顔を埋めている彼女の髪の毛に頭を乗せて、言葉を口にした。その言葉に頷いてくれるだけというのがとても心地いい。
「その友達と一緒に行った世界でさ、そいつ好きな人を見つけたんだ」
「うん」
「相手も、友達のことを好きだったみたいで、俺はそいつらが幸せな生活をして、そして死んだ後にでも別の世界に飛んで、また一人で過ごそうって思ってたんだ」
「……うん」
今度の返事は多少の遅れがあった。安眠できない、と言っていたから、それが関係するのだろうか。そこに関しては聞かないとわからないけれど、今の俺たちにとってはどうでもいいことだから放置する。
「そしたら、ある日ロウ・エターナルの連中が来たんだ。……俺はそいつらと戦って、それで負けた。その後、目を覚ましてそいつらのいるところにまで帰ったら、もう、死んでたんだ。友達の恋人なんか、人としての尊厳すら奪われてた」
「……うん」
「今もさ、思うんだよ。もしも俺がいなかったら、あの二人はやっぱり別の幸せを見つけられたんじゃないかなって。……あいつらの目的は、俺が友人を殺されたらどう反応するのかってことだったって、ここに来る直前に聞いたし。俺のせいで、負わなくてもいい不幸を背負って死んだんじゃないかなって……」
話は終わった。ノワールが、リルが死んだのは自分のせいだと、今も心の中に棘として残っている。言葉にしたらたったそれだけのことで、けれど俺からすれば何よりも大きなこと。俺のせいで、俺が存在したから不幸になった相手がいて、近しい相手がそうなっているのか、殺されていないかという不安と、そこに原作知識という異物のせいで生まれた神剣宇宙を案じる心。……俺に近しい人物は、主要人物が多いから。
「大丈夫……」
俺に抱きついて顔を埋めていたユーフィーが、俺にその視線を向けて背中に回されていた小さな手で背中を撫でてくれる。なんだか、落ち着くような気がした。こんなこと、してもらったことはないはずなのに。
「ユーリがいなかったらまた別の幸せがあったかもしれないけど、それでもユーリと出会ったからそのお友達に恋人ができたことには変わりないんでしょ? だったら、その二人は確かに幸せに終えることはできなかったけど、その過程は幸せだったんだよ」
「そう、かな……出会わなかった方が幸せな生活を送れてたかもしれないぞ?」
「それはわかんないよ。もしかしたらそうかもしれないけど、この世界には確かにユーリが存在しているのが現実だもん。少なくとも、あたしにはユーリがいない幸せな生活なんて想像もつかないよ?」
今以上の幸せなんて思いつかないと言われて恥ずかしくはなるが、それでもその瞳に嘘はないことぐらいはわかる。これでも結構長いこと姉弟をしているのだ。それぐらいわからなくてどうする。
「……ありがと、姉さん」
こう呼ぶことに恥ずかしいという気持ちがないわけではない。けれど、今のユーフィーなら姉と。そう呼んでもいいかなと思えるだけの何かがある。だから、呼ぶことに躊躇はなかった。
「どういたしまして……えへへ。ようやくお姉ちゃんっぽいことできたかな?」
「うん、最高に姉っぽかった」
「普段頼ってくれないんだもん。こういうところで姉の面目躍如ってやつだよね」
「ほんとありがと……」
吐き出して、少し眠くなってきた。
「眠いの? それならお姉ちゃんが子守唄歌ってあげよっか?」
「……別に、いいよ」
そうは言ったものの椅子に座り、その膝の上に座ったユーフィー。彼女を抱きしめたこの状態で眠るわけにはいかない。立ち上がらないと、と思いはするのだけれどユーフィーがどいてくれない。退くように言ってもさっき話を聞いたんだからとそのまま抱き枕にされるらしく離してくれない。
「ユーリ、お布団に行きたい?」
「そうじゃなかったらどいてなんて言わないだろ……」
「あたしはこのままでもいいよ? ユーリのことを感じられるんだから、別にどっちでも……」
だからね、とユーフィーが俺のことを抱きしめていた腕を広げて、ねっ? と笑う。言いたいことはわかったが、こんなに姉っぽいところを見せた直後に子供っぽい部分を見せるのか、と少し苦笑してしまう。
「つまり、こういうことだろ……っ」
「せーかいっ!」
ユーフィーの脇に手を入れて、そのまま持ち上げる。俗にいう抱っこ。首筋の匂いを嗅がれるのは変態っぽいけれど、やはり実害がないので無視。こんなところにまで口を出していてはきっといつまでたっても眠れない。今のユーフィーだったら、何かしら口に出すべきことは、手を出されそうになった時だけ。
そう思って、喜ぶユーフィーを運びながら俺、二人で眠りにつくのだった。
記憶を一時的に一部失ったことがいい感じに作用して過去の所業を忘れた結果姉と呼ばれたユーフィーちゃんは渾身のガッツポーズをしております。なお記憶が戻った後……
特にいなくなったことには『出雲』の誰からも触れられないノワール君「結局俺ってどうなったんだろう?」