「何があっても生き残れ。たとえそれが世界の全てを敵に回すことになっても」
父さんから常日頃言われている言葉だ。俺の武器は剣ではなく五体。だからユーフィーのように母さんから剣技を受け継ぐことはできず、けれど父さんの考え方を学ぶことはできた。……父さんの覚悟までは学ぶことはできなかったが。
そうして学んだことを考慮した結果、俺はあの出会いから一年経った今も「テムオリンと会う」という選択肢を取り続けていた。
「今日も来ましたね」
「おう、来たぞテム」
この選択をした理由は単純。「俺が彼女のことを知っている」ということを今はまだ彼女に知られていないだろうから。彼女からしたら俺が彼女と会わなくなる理由は存在していないからだ。別に大した情報は得られていないが、だからこそ俺は今までに得た情報からでは「テムオリンがロウ・エターナルであること」すらも知ることはできていない。敵であることすら知っていないのだから、ここで急に出会わないという選択肢を取るようになったら相手に
「……いつも言ってますけど、私はあなたよりも年上なのですから多少は敬いなさい」
「えー、でも俺よりちっちぇじゃん。せめて俺に身長で勝ってから言うんだな」
「急に会いに行って驚かせたいから両親には内緒にしておいてほしい」という頼み。それを守ってはいる。この喋り方もテムという呼び方も、もう終わったなと思って破れかぶれだった頃に、どうせ死ぬのだからと誰もやったことないようなことやってやろうと彼女が怒るか怒らないかのラインを探った副産物。呼べるようになってしまったのなら、喋り方も楽なものを選んでいいのなら、わざわざ本来の喋り方を隠す必要も、本名で呼ぶ必要もなく。
「で、どこに行くんだよ今日は」
俺が彼女と出会ってからすでに一年。その間にこの時間樹限定ではあったが様々な場所に連れて行ってもらった。多分、何かしらの計略は存在するのだろうが、その辺りは俺の知ったことではない。テムの考えていることなど天才すぎて理解できないのだから、俺が何かしら考えても意味はない。生き残ることが目的なのだから、藪をつついて蛇を出す必要なんてないのだ。
「今日行く場所は……」
名称を聞いて、よしと立ち上がる。
「それじゃ行くか!」
「別にいいですけど……あなた、場所を知っていますの?」
「あ……」
はぁ、とため息をつかれる。
「ほら、行きますわよ」
彼女も立ち上がって俺よりも前を歩き始める。それの後をついて行きながらも法王と呼ばれる敵の首魁であるにも関わらず、なんとも面倒見のいいことだと感心していた。これも策略のうちなのだろうか。……ああ、いや、考えるな。別にこれがどういう思惑で行われているにせよ、最終的には巻き込まれそうになったら逃げるだけの話なんだ。だったら今を楽しむだけ楽しんで最終的にはさらばだーすればいい。
敵対したら、殺そうとしても殺されるだけのことなのだから。
「ねえ、ユーリ。最近、どこに遊びに行ってるの? あたしと一緒に遊ぼうよー」
それは、とある日の夜のこと。その日もテムに見たことのない場所にまで連れて行ってもらって、そして帰ってきた後の話。夕食の席でユーフィーがいきなりそんなことを切り出してきた。何を言ってるんだこいつという顔で見ると、そっちにはつまらなさそうに頬を膨らませたユーフィーが。父さんと母さんに視線を向けると、父さんは苦笑していて母さんはいつも通り何を考えているのかわからない。ユーフィーは子供なのだから弟がいなくて一人ぼっちで過ごしているのは退屈なのだろうとあたりをつけるがそれがあっているかどうかなんて知ったことではない。
「別にどこでもいいだろ、俺がどこに遊びに行っても関係ないじゃん」
「むー。お姉ちゃんのいうこと聞きなさーい」
「ユーフィーに教えないといけない理由なんてないだろ」
「い い か ら お し え る のー!」
肩を掴んでガクガクと揺らしてくる。それを振り払って、教えるつもりはないという意思表示。ユーフィーが仏頂面になっているが、それでも今この場でテムの存在を知られると両親の反応が怖い。いや、俺が両親とテムの関係性を知らないことになっていることを考えれば、逆に教えないことの方が不自然……でもないか。テムからは隠しておいてほしいって言われているわけだし、エターナルとしての時間換算でいえば一年なんて人間で言う所の一秒程度でしかないだろう。少なくとも俺とユーフィーの年代だったら『友達と一緒に親に隠し事』なんてやっててもおかしくなさそうだし。テムがどのタイミングでバラすつもりなのかは知らないが、この二人に一番ダメージを与えられる形でバラす、程度のことしか俺には思いつかない。
「危なくはないんだな?」
「そりゃね。弱っちいけど、これでも一応エターナルだよ? 身体能力だけでいうなら父さんより上だよ? そんな危険なことなんてポンポンあったりしないよ」
”法王”という厄ネタを除けば。
「うん、それならいいんだ。ユーリが無事なら」
「ん……ユーリに怪我がないのが一番大事」
父さんと母さんからはそんな言葉が。ここで”法王”と一緒に遊んでる、いや遊んでもらってるのか俺の場合? まあとりあえず日常を彼女と過ごしているという事実を両親に知られたら一体どんな反応が返ってくるのだろうか。気にはなるけれど、ここでバラしてしまえばこれまでにテムとの間に築いた脆すぎる信頼関係が崩れ去ってしまう。元から存在しないだろとか言ってはいけない。
「明日もちょっと出かけてくるよ」
「うん、気をつけるんだぞ」
「……お弁当か何か、作る?」
「大丈夫。午後から出かけるし」
この会話をしていた時、両親に黙っている罪悪感からだろうか。俺は気づいていなかった。
「むぅ……」
ユーフィーが、無視されたことに対してお怒りの表情を見せていたことに。
そしてその翌日、事件は起こった。
「うーっし、今日も今日とて色々と巡ってみるか。……ってなんだよ、その目は」
「いえ、なんでもありませんわよ? ただ、思えばこの付き合いももう一年になるのかと思っただけです。なかなか貴方で遊ぶのも楽しかったから、少々時間の流れを早く感じたのです」
「俺で」
「ええ、貴方で」
「……まあいいけど」
俺の友人である”テム”はそういった一面を隠しきれていなかったし、そもそも知っている俺でなくとも見抜けそうな程度には言葉の節々にそういった面が現れていたことから考えれば、最初から隠す気なんてなかったのだろう。
「……私が言うのもどうかと思いますけど、初めてできた友人だからと言って、遊ぶおもちゃとして見られている現状を変に思った方がいいんじゃないですの?」
「うーん……そりゃ普通に考えりゃそうなんだろうけど。テムは俺より頭いいし、俺じゃ思いつかないようなことを色々と教えてくれるから。テムが俺を楽しませてくれて、俺がテムを楽しませるって考えれば普通の友人と何も違わないんじゃね?」
「……貴方がそれでいいのでしたら、それでいいですけど」
テムが顔を背ける。よくよく見れば微妙に頬が赤くなっている。照れているな、よし、煽るか……なんて思えれば楽だったのだけれど、これすら『テムオリンが描いている計画の途中段階で予測されていたこと』なんて一見ありえなさそうなことが現実で起こり得るのがテムの頭のおかしいところ。つまり最初から煽られる可能性をも考慮しているのであれば結局テムに対して特に大きなダメージが与えられない。『最初からそうなることを計算しつくしている』という可能性を捨てきれないこの幼女に対しては、どんな行動を取っても『ええ、知ってました』なんて言われておしまいな未来が待っていると思えてしまう。
だって、出会ったことのない父さんの行動まで全部作戦に組み込んで、さらにはどの神剣の持ち主が最後まで勝ち残っても問題ないようにしたのが『永遠のアセリア』というゲームだったわけだし。
ちょっとコアラいい加減にしろ。
どう反応するべきか悩んでいると、立ち直ってしまったテムが何かに気がついたようで。続いて俺も後ろの木陰に誰かの気配を感じた。
「誰ですの?」
「ちょっ!?」
いきなりの神剣操作。「秩序」にマナが集ったかと思うと下位神剣が大量に出現して、それがそのままただの樹木一本を粉砕するためだけに叩きつけられる。そこにいた人物も死んでしまったのではないかと疑うような剣雨の跡に、けれどそこには一つの人影が残った。目前に存在する樹木だったものを見て、それでも腰を抜かすこともなく、防御に使われたであろうオーラフォトンの燐光がそこには舞っている。
「ユーフィー!? なんでこんなところに……」
「あら、貴方の知り合いでしたの……?」
むすっとしているユーフィーの姿に驚いて。なぜこんなところにいるのかということ。そしてなんでそんなに怒っているのかということ。その二つに対する驚きが後から来た。テムは未だにユーフィーに関しての調査は終えていなかったのか、それとも知らないふりをしているだけなのか。いや、初対面の俺に対して「両親の知り合い」なんて言えたんだから、俺の家族構成は調べてあるはずだ。わざわざそこを隠す必要はない。だったらどうして……
……ああ、いや、それは別にどうでもいいのか。
こんなことを考えてもテムオリンの狙いなんてわからないし、わかったところでどうするつもりもなければどうしようもないんだから。
「どうしたんだよ、こんなところまで来て」
少々考えが甘かったのかもしれない。
つかつかと歩いてこっちにまでやって来たユーフィーに尋ねれば、その表情が怒りのそれだとよくわかる。これまでに見たことがないほどに、俺とは違って良い子のユーフィーは怒り猛っていた。
「この人が、ユーリの友達?」
けれど静かに。嘘は許さないというような冷たい声音。俺も、おそらくは父さんたちも聞いたことがないであろうほどにブチギレたユーフィーの声だった。もともと嘘をつくつもりはなかったが、父さんたちの知り合いらしいけど驚かせたいから内緒にしててなんて頼めそうにないぐらいに恐ろしい。故に頷く。テムもーーーエターナルの年齢で考えればの話だがーーー生まれてそこまで経っていないユーフィーがそれだけの鬼気を纏っていることに少し驚いているようだ。
「こんな、いきなり人に向かって神剣の群れを叩きつけるような人が?」
「あら、何もおかしなことではないでしょう? 友人の後を尾行している何者かがいて。その人物からは高位の永遠神剣の反応が滲み出ている。友人が付け狙われているのではないかと心配するのはそんなにおかしなことではないでしょうに」
なんだか今、テムの発言にちょっと涙腺が緩んだ。”友人”と呼ばれたことに。
たとえそれがその場の虚飾でしかないとしても。それでも彼女が”友人”と呼んだのだから。どうやら俺は彼女のことを友人と思っていたらしい。
やはり年の功ということだろうか。ユーフィーが色々と突っかかっているけれど全て論理的に封殺されている。できれば個人的には早く移動したいのだが、今このタイミングでそんなことを切り出せる雰囲気ではない。けれど先の神剣叩きつけーーー俺の予想が正しければゲーム内のアタックスキル『秩序の杖』ーーーによって発生した神剣反応が父さんたちにバレた可能性だってある。そうなるとこの場がさらに混沌とする可能性が高いので、やっぱり早く離れたい。
「二人から離れろっ!」
……ああ、遅かったらしい。神剣反応を感知したと思ったら、次の瞬間には父さんと母さんが俺とユーフィーの前にそれぞれ立って”テムオリン”からかばうように永遠神剣を構えている。
その事実に、この密会は今日で終わりなのだと理解した。
テム様はヒロインではないんだよなぁ。ついでにこれで「悠久のユーフォリア」開始した後に出会った時のユーフィーからのテム様に向ける感情は最悪である。