”法王”テムオリンと会っていたことが両親にバレてから三年。テムと出会ってからの換算ではだいたい四年。
俺は今、
「ひーまー」
両親によってほぼほぼ軟禁状態にされていた。
「しょうがないでしょー。ユーリはロウの人に狙われてるみたいだし……」
「そうはいってもなー」
ご飯、お風呂、お出かけ、就寝、挙げ句の果てにはトイレまで。全部誰かしらがついてくるのだ。トイレは扉の前までだけど、個室内も換気扇があるだけで窓がない。基本的にはユーフィーがずっとそばにいるのだが、いい加減この生活も疲れてきた。ロウに狙われているから一人にはできない、というのは一つの真理なのだろうけど、そのせいでどんどん逃げ出したいという欲望が溜まっていることをあの人たちは気づいているのか、いないのか。今も、母さんがリビングにいて、父さんは買い出し。ユーフィーと一緒に部屋の中にいるせいで一人になれる時間がない。閉塞感がやばい。そろそろ脱走を考えないといけない頃合いか。
「うん、大丈夫。ユーリは何も心配しないでいいんだよ。ちゃんと全部お姉ちゃんがどうにかしてあげるから。ユーリを狙うロウも全部、
あれ、と思う。ユーフィーの瞳に少々どろっとした濁った何かが見える。というか発言が恐ろしい。気づいてしまえば最後、考えるよりも早く部屋を飛び出してリビングへ。今のあいつと二人きりでいたら殺られる。そうでなくとも何か大事なものを失ってしまう。そんな予感が脳裏をよぎり、生存本能に従って母さんのいる場所へ。さすがにそこでは何もしてこないだろう、という希望的観測に従って走り出す。
「もー。一人でいちゃだめって言われてるでしょー?」
知っている。でもどう考えても今のユーフィーと二人きりの方が一人でいてロウに攫われるよりも危険があると思う。ほぼほぼ転がり込むようにしてリビングに突入する。そこにいた母さんの姿を認めてすぐさま抱きついた。
「ん。どうした、ユーリ?」
一瞬面食らっていたが、母さんは抱きついた俺の背中を撫でて落ち着かせようとしてくれる。見た目では俺の方が下だから微笑ましい絵面にしかならないのだが、落ち着いてくると前世の自分が普通に成人男性であったこともあって母さんに抱きついているだけなはずの現状が、とてもやってはいけないことをやっている気分になってきた。でも、だからと言って母さんが落ち着かせようとしてくれているという事実がある以上、この人の厚意を無下にするような行動も間違っている気がする。
「あ、ママ! ユーリばっかりずるい!」
だから、こうなるのは必然だった。
俺を追いかけてきたユーフィーが、俺が母さんに抱きついて、そんな俺のことを母さんが抱きしめて背中を撫でてくれているという状況を発見した。
恐ろしい。正直言ってさっきのユーフィーを見ていると母さんにすら手を出すのではないかという思いを捨てきれない。さっきの言葉すらもただの擬態ではないかと恐ろしくなってくる。けれど俺のそんな恐怖は言葉にしてもないのに届くはずがなく、母さんもユーフィーを受け入れてそのまま俺とユーフィーが揃って抱きしめられることになった。
「はふぅ……」
こっそりと横を見てみると、ユーフィーは落ち着いているように見える。……大丈夫? 擬態じゃない? 今この瞬間に「悠久」を取り出して母さんをぐさっとやったりしない? そんな、絶対にありえないであろう想像すらもありえないと断言できないほどに先ほどの光景は衝撃的だった。
「何があったかはわからないけど、そんなに怖いものを見たのか?」
ええ、今も俺の隣にいます。
なんて言えるはずもなく。ただ母さんの問いに頷くだけ。そんなことをすればどうなるのかなんてわかっているというのに。
「ユーフィー。お姉ちゃんなんだからユーリを守るんだぞ」
ああ、やっぱり。当たり前に考えればこうなるよな。だってユーフィーは普段から『自分が姉』と主張し続けているんだから。でも、さすがに大丈夫だよな? この状況だから変なことを言いだしたりしないよな? 過激な発言とか出てこないよな? それが、とても心配だった。
「はい! ユーリのことは絶対守ります! 絶対、
結果、ほんのりとあの濁りが出てきた目でユーフィーは宣言する。まるでそれでは俺がユーフィーの所有物のようではないか。彼女に守られ、彼女によって害するすべてから遠ざけられ、それでは家畜と何が違うのだろうか?
逃げよう。
逃げないとこれは絶対やばいやつだ。ロウに捕まるかも、とか実はこれで俺が逃げ出すのをテムオリンは見越して待っているんじゃないか、とか。そんなことを考えていたらきっと一生をユーフィーに管理し続けられる。それだけは、確信があった。
「ただいまー」
そんなタイミングで父さんが帰ってきた。これで少しは落ち着いてくれるといい……というよりも母さんは天然だったから気づいてくれなかったけど、父さんならあるいは気づいてくれるかもしれない。きっと、俺とユーフィーを二人きりにはしないだろう。そんな希望が湧いてきたところで父さんも部屋に入ってくる。
「お、ユーフィーもユーリもいたのか」
「……父さん。おかえり」
「パパ! おかえりなさい!」
さすがに今のユーフィーと、そしてその変化に気づいてくれない母さんの三人でいると辛い。気が滅入る。助けて父さん。
「ん?」
父さんがユーフィーに視線を向けた時に、何かに気づいてくれたらしい。サンキュー父さん。サンキューファーザー。あなたに対してこれから足を向けて寝られません。どうにかしてユーフィーをなんとかしてください。そしたら永遠にあなたを崇め奉れそうです。
「ユーリ、何かあったのか?」
なのに、聞いてきたのは俺の方。違う。そうじゃない。俺じゃなくてユーフィーの方って言いたいところだけど。俺がユーフィーに恐怖を感じているのも確かなので俺の方に何かあったというのも間違いではない。口に出して言いたいけどその場合のユーフィーの反応が読めなくて怖いし。
「ううん。なんでもないよ。ただちょっと嫌な夢を見ただけ」
結果、こんな風に誤魔化すことに。
「はぁ……」
その日の夜。恐怖からか寝つきは悪かったのだが、どうにか眠りについてからしばらくして、ユーフィーはどうやらトイレに行っているらしく、普段一緒に使っているベッドの中には俺一人だけだった。とは言っても逃げ出すのは不可能。そこに「悠久」がおいてあるのは監視の役割なのだろう。だから、逃げてもすぐに伝わってしまう。両親が以前からさらに警戒をしているせいでそんな簡単には逃げ出せない。
だから、今回のイベントは一体何か。それを考えることで時間を潰してみる。幸いにも今回の一件に関してはそれっぽいイベントを知っている。少しぐらいなら時間つぶしにもなるだろう。
今回のこれが思っている通りのものであれば本編のイベント的にいうのであれば「聖なるかな」において発露されたユーフィーの癖。「寝ている間は裸になる」というイベントの原因である、両親のセックスを目撃して「暑かったから裸になった」という母さんのごまかしを信じてしまうやつだろうか? あれがいつ頃なのかは知らないけど、今はまだそんなことになっていないからもう少し後のイベントだったのだと思ってはいたが。
「あれ、ユーリ起きてたのー?」
寝ぼけ眼のユーフィーが戻ってきた。目をこすりながら部屋に戻ってきたユーフィーは、俺が起きていて、なおかつちゃんと部屋の中に留まっていたことに満足そうに頷いて、ベッドの中に潜り込もうとしてくる。その身には未成熟にすぎる肉体を覆い隠すためのパジャマを着ていて、今回はそのイベントではなかったのだということは理解できた。
「お、おう。ユーフィーがいなくなったからか少し風通しが良くなってな」
ビビっているのを無様とは言わないでほしい。これまで見たことがない表情を先ほど見せたユーフィーが恐ろしいのだ。けれど俺がビビっているのはユーフィーにはわからなかったみたいでなぜかえへへと笑っている。
「あ、そうだ。ママがねー。暑いからって裸で寝てたの。一緒に寝ると暑いし、あたしたちも裸で寝よー?」
「……暑いんだったら一緒に寝る必要はないんじゃないかな?」
できる限り慎重に。彼女を刺激しないような言葉を選んでその方向に持って行かせるのをやめさせる。何が悲しくて自分の双子の姉、あるいは妹と一緒に裸で寝ないといけないんだ。俺は裸族ではない。というか例え裸族でも、わざわざ一緒に裸で寝る姉弟って色々とおかしいだろ。
「だめだよー。ユーリがどこかに攫われたりしないようにあたしが守るんだから……ぐぅ」
「ああ、ほら。もう寝そうじゃん。とっととベッドに入って。って脱ぐな!」
ユーフィーを寝かせようとしたら、なぜかそのままぽいぽいと脱ぎ始める。全て脱ぎ終わるまでにだいたい十秒もかからず、そのまま俺を引きずりこむようにベッドに入り込んだ。しかもそのまま寝ぼけながらも俺を脱がせようと手を動かして……って本当に寝ぼけているのかこいつ? 動きに迷いがなさすぎる。
「ユーリも脱ぐのー」
「待て待て。俺まで脱がそうとするんじゃない」
上半身を脱がされ、ズボンにまで手をかけてきたのでさすがに抵抗。上半身裸で寝るまでならまだなんとか許せるが、ズボンまで脱がされてはたまったものではない。そう思って抵抗をするのだが、さすがに永遠神剣の力を使っていないユーフィー相手にこちらが「星辰」の力を使えば、それはそれで怪我をさせる危険性すらある。あんなわけのわからない恐怖を感じさせたとはいえ家族なのだ。怪我をさせたくはない。
「ちょ、ちょ……!」
なんて悩んだ隙にユーフィーにほぼ脱がされていた。パンツまで脱がされそうで、それに抵抗しているが
「あれ?」
ユーフィーの手が。
脱がせようと弄っていた手が。
俺の股間に。
「なあにこれ?」
「え、えっとこれは……」
やばい。何がやばいって何もかもがやばい。何が悲しくてユーフィーに対して性教育を施さないといけないのだ。しかも教材が自分で。
「パパについてたのに比べたらちっちゃいね?」
勃起してないからな。……って違う!
「父さんの、見たの?」
「? うん。ママのお股に入ってたよ? あれ、何が楽しいのかなぁ」
おい、父さん。なんで娘にセックス見られてるんだ。あれか、これが俺がユーフィーの双子の兄弟として生まれたことによる差異か? こんな形で、本来ならユーフィーの天然っぷりが理解されるだけのイベントが書き換わったのなんて一体誰が見たかったんだ。少なくとも俺は見たくなかったし巻き込まれたくなかった。こんな疑問を浮かべられても答えに困る。
でも困ったのがまずかった。
「試してみればわかるかな?」
ジリジリと俺の逃げ場を奪おうとするユーフィー。……なんで俺に対してだけはいい子ではないのか。こんな形で貞操を失ってたまるかとは思うが、だからと言ってどうやって逃げ出すべきか。今も俺のズボンをひん剥こうとしているユーフィーからズボンを死守しながら、どうにかして逃げ出す方法を……!
「もー! そろそろお姉ちゃんのいうこと聞きなさい!……きゃっ!?」
「悠久」の力が呼び出される。ユーフィーがエターナルとしての力を発動し始めた。それによって俺が「星辰」を使ったら殺してしまうのではないかという懸念も一気に消え去り、そのまま俺も力を引き出してユーフィーを突き飛ばしてから父さんたちの寝室に走り出す。
こんなギャグとしか思えないようなことが、まさかあんなに長く続くことになるなんて。今この時期の俺には思いもよらなかった。
別にユーフィーはヤンデレではないです。ついでに言えばユーフィーは