初日に逃げ出したのがまずかったのか、ユーフィーはそれ以降もほぼ毎日襲いかかってくるようになった。その結果ほぼ毎日父さんたちのところに逃げ出す羽目になり、最終的には最初から父さんと一緒に寝るようになってから約一年。父さんと母さんのセックスを邪魔することになってしまったのは申し訳ないが近親相姦は個人的にはNGなので、できればユーフィーにも早く性教育を施してあげてほしい。このままだと貞操を奪われかねない。
というか、今ですら父さんたちに止められているにも関わらず、父さんたちがいない間にこっそりと襲おうとしてくるのだ。あの仄暗い目をして。
なので、今の俺は全力でユーフィーからは距離を取っている。両親にはユーフィーと喧嘩でもしたのかと思われているが、恐ろしい状態のユーフィーとか相手にしたくないだけなのだ。できることなら今すぐにでもこの家から逃げ出して二度とユーフィーと関わらないでいいところに行きたい。ユーフィーと関わらないでいい場所だったらきっと、エターナル同士の戦いに巻き込まれることもないんだから。
だが、結局そんなことをできないぐらいの厳戒態勢。必ず誰かが近くにいる現状では逃げ出すことなど不可能に近い。機を見計らって、を繰り返していた結果、もうこれだけの時間が経ってしまったのだ。
そして俺が悩んでいることを知らないーーー知ってはいるのかもしれないが、何も聞いてこないーーー両親、それとユーフィーも含めて今、とある場所に出かけていた。
「時深さんってどんな人なの?」
少し前を歩いていたユーフィーが父さんに問いかける。そう、今日俺たちは倉橋時深と出会うことになる。「永遠のアセリア」本編から見て二百年ほど経った後のエピローグ。それが今日。けれど、本当に二百年ほど経ったのだろうか。なんて、考えてもわからないことを考えてみる。
ユーフィーが聞いたように俺たちは時深さんと出会ったことがないために、俺に関しては原作知識があって知っているとはいえ、父さんたちの中では時深さんの格好がわかっていないことになっている。。現代における本職の
「そうだなぁ……時深は俺とアセリアをエターナルに導いてくれた人なんだよ。巫女服って言っても二人にはわからないか。こう、上半身には白い布を前後に重ね合わせたものを着てて、下は赤色の長いスカートみたいなものを履いてるんだ。そんな服を着た、茶色っぽい髪をした俺たちと同じくらいの年齢の人が、時深だよ。ああ、それと……」
普段通りを装っている父さんだが、その言葉の後に微妙にいたずら心が瞳に宿る。ああ、これは伝説のアレだな。『時深おばさん、初めまして!』イベントだな。父さんがタイムアクセラレイトの中で殺される事件。普段の仕返しに年齢を気にしているちょっと乙女な時深さんをおばさんと娘に呼ばせたことが原因で、時深さんが持つ中でもかなりの威力を誇る技を受けることになる、どう聞いても父さんが悪いとしか思えないイベントだ。
「時深にあったら、時深さん、とか、時深お姉ちゃん、とかじゃなくて時深おばさんって呼ぶんだぞ?」
「そうなの? 時深おばさん?」
「ああ、そうだ。ちゃんと『時深おばさん、初めまして』って言うんだぞ」
「はーい」
「ユウト。……どうなっても知らないからな」
「? それじゃあ、行ってくるね!」
俺はどっちで呼ぶべきなんだろうか。父さんの命を守るためにおばさん呼びをしないほうがいいのか、それとも父さんの言うことを聞いておばさん呼びをしたほうがいいのか。どっちにせよ俺には特にダメージはないから問題ないのだが。それでもここまで育ててもらった恩を考えるのであれば父さんの仕返しに付き合ってあげるべきなのか、それとも命を守る行動をとるべきか悩む。父さんにとってこの仕返しは命をかけるに値するものなのかどうか。そこに鍵はあるな。
まあ、面白くなりそうなのはどっちなのか、なんてことは考えるまでもなくわかっているので、どう呼ぶのかは決まっているんだけど。
「それじゃ、俺も行くとするかな……」
父さんがユーフィーにあれを言わせた結果どうなるのかを想像して身震いしている隙に俺も
「っと、待った。ユーリは俺たちと一緒だぞ。いつ、ロウ・エターナルの連中が何をしてくるかわかったもんじゃないからな」
「……はーい」
舌打ちしそうになるのを抑えて、仕方ないので手を繋いできた父さんに従って歩く。……本気でそろそろ脱走計画を考えるべきだろうか。
そんなことを考えながら、父さんに手を引かれ歩いていると少し離れたところにユーフィーの姿が見える。隣には誰かがいるが、この距離ではよく見えない。けれど多分このタイミングでいるのであれば、倉橋時深以外の何者でもないだろう。
実際、近づいてみればそこにいたのは倉橋時深その人。色素の薄い背中まである髪はストレートに下ろしていて、ユーフィー相手に微笑む姿はまさに大和撫子を体現したかのような女性でありながら、けれどその本性を知れば大和撫子だなんて言えなくなる。三本の上位神剣と契約していると言う傑物であり、時に関するエキスパート。そもそもが永遠神剣と契約する前から未来視なんてものを持っていたと言う話だからどんな化け物なのかと吐き捨てたくもなる。少なくとも彼女がいる限り、俺に逃げ出せる未来なんて存在しない。彼女は俺の未来を見られるのだから、逃げた場所を捕捉される。
「久しぶりだな、時深」
「ええ、久しぶりですねユウトさん」
あ、これまずいやつだ。
見た瞬間に悟ることができた。きっとユーフィーと自己紹介をすでにすませたんだろう。さっき説明された服装を着ているし、ユーフィーにもわかったはずだ。だからそこでユーフィーが時深さんかどうかを確かめて……そして後はお察しというやつだ。
「どうかしたんですか、
ちゃんと呼び方もおばさんじゃなくなっている。これで確定だな。つまり今から父さんは殺されに行ってくるわけだ。
「いいえ、なんでもありませんよ。ユーフォリアちゃん。少し貴女のお父さんとお話があるから、お母さんと一緒に待っててね?」
「? はーい」
「そういうわけなのでアセリアさん。少々ユウトさんをお借りしますね」
「ん。これに関してはユウトが悪いから」
ただ、その前にと母さんが父さんとの間に繋がれた俺の手を剥がして、そして時深さんの前に俺の差し出すように持って来た。これは、自己紹介しろということだろう。よし、
父さんグッドラック。
心の中でサムズアップしてから、息を吸って俺も挨拶をする。これは、愛されている証拠だとわかってはいても、一人の時間を全くもらえないことへの不満の暴露であると知ってもらいたいところだ。絶対に気づいてもらえない仕返しだけど。
「初めまして、時深
言った。言ってやった。平安時代には生きていたとかいう噂すらある倉橋時深は俺たちから見れば完璧におばあさん。何も間違ったことは言っていない。
「そ、その呼び方はどういうことですか?」
「何かおかしかったですかね?」
質問を質問で返すと幽鬼のようにふらふらと動いて、父さんの肩をがっしりと強く、強く万力を以て絞め上げる。
「ユウトさん、ちょっと向こうで、お話しましょうか?」
「…………はい」
肩を落として時深さんに連れられていく父さん。おばあちゃん呼びに関しては関係ないという弁明をしなかったのでちょっとばかり罪悪感は出てきたが、まあそれはどうでもいい。そんな、屠殺場に連れて行かれる豚のような父さんを見送ってから、母さんが俺の耳元で話しかけて来た。
「ユーリ、どうして時深のことをおばあちゃんって?」
「え? そりゃ決まってるよ」
父さんへの嫌がらせです。
なんてことを口にしたら怒られるので。
「だって、時深おばあちゃんって、父さんたちをエターナルにしてくれた人なんでしょ? それってつまり、お父さんたちのお母さんじゃん。だからおばあちゃん。おかしいことなんて何もないよね?」
そうだ。俺とユーフィーはエターナルがどういう理屈で生まれてくるのかは未だに教えてもらっていない。任務で新しいエターナルを迎えにいくようなことになればエターナルがどのようにして増えるのかを教わるのだろうけど、今はまだそんなことにはなっていないのだから。
だから、俺たちにとって『エターナルになる』というのは『この世界に生まれてくる』ことと同じなのだ。何せ俺たちは生まれた時からエターナルなんだから。後天的にエターナルになる方法を知らないから、そういう意味ではあの人は”聖賢者ユウト”と”永遠のアセリア”を
そんなことを言うと、母さんは苦笑していた。
「ん……でも今度からはちゃんとユーフィーみたいに『時深さん』って呼ぶんだぞ?」
「はーい」
まあ、父さんが酷い目にあったので、こっちが受けた『一人にさせてもらえない』という仕打ちに対する仕返しとしては十分だろう。父さんの悲鳴が断続的に聞こえてくるのは存在しないものとして無視して、近寄ってくるユーフィーからは母さんを盾にしながら避け続ける。
「もー! なんで逃げるのー!」
「ユーフィーにチンコ観察されるのが嫌だからに決まってるだろ!!」
あ、母さんが俺の発言を聞いて普段からそこまで変わらない表情をなんて言っていいのかわからないと言わんばかりの表情に変化させた。でも、これが事実なのだからしょうがない。そう、そうなのだ。キング・オブ・ヘタレの血を継いだ俺たちではあるけれど、天然の方の母さんの血が色濃く出ているのかユーフィーに関しては本当に父さんの血を継いでいるのか疑問に思うほどの謎の行動力を見せる時がある。その行動力の被害を受けるのは基本的に俺と父さんなのだが、今回に関しては俺に被害が集中しているので、逃げるために母さんの周りをぐるぐると回り続けてユーフィーから近づかれないようにしていると、時深さんが戻ってきたのが見えた。そのことにユーフィーも気がつき、そして父さんがいないことにも気がついて問いを投げかけている。
「あれ、時深さん。パパは?」
「気にしないでいいですよ、ユーフォリアちゃん。それと、ユーリくんも、私のことは『時深さん』って呼んでくださいね?」
「はーい」
気にしない気にしない。父さんが戻ってきてないことも、時深さんの頬に付着している赤い液体も。この液体は父さんの血ではなくて、ただの赤色のマナなんだから。ほら、たった今、霧になって消えたし。