「中くらいのーーー」
左手で岩を掴んで持ち上げ、それを正面から向かってくるミニオンの集団を見ながら、軽く上にあげて左半身を前に持ってくる。上半身の捻りを加えての右拳が心臓から組み上げられ、血流を通して宿った力の全てを解放した。その一撃は宙に浮いた岩へ正面、ミニオンが向かってくる方向に向けての運動エネルギーを加える。砕けた岩片が散弾と化して、拳から伝達されたオーラフォトンによって凶器と化す。
「さんだーーーん!」
それらが、少女の形をしたミニオンたちを串刺しにして、あるいは頭蓋を始めとした体の一部分を消しとばして殺した。
だが、所詮は急造の散弾。せいぜいがどの方向に飛んでいくか程度のことしか俺には決められない。正面から向かってくるミニオンの大半を体の一部が存在しない死体に変えることはできても、それでも取りこぼしは出る。それらに関しては地面を砕きながらも跳躍して正面に。ミニオンの脳が俺が正面にいることを認識するよりも早く頭を握りつぶして、そのまま胴体を別のミニオンに叩きつけて肉塊に変える、なんてことを片手の指で足りる程度の回数繰り返せば殲滅は終了した。
「きひっ」
変な笑いが出た。あの、なんとも言えないミニオンをミニオンに叩きつけたときの衝撃。やりすぎないように注意しないと癖になりそうだった。いや、今の状況を考えればこんなことでも考えていないとやっていられなかった。
「さって、時深さんはっと」
マナを感じ取ることで周囲にミニオンがいないことを確かめてから時深さんの居場所を探る。これは模擬戦。これは模擬戦。殺し合いなんかでは断じてない。だからまだ戦おうという気にはなれる。とりあえず時深さんに俺たちを鍛えてくれないかと相談していた父さんにはあとでどれぐらい強くなったか身を以て知ってもらおうという決意もした。
それなのに、まさか模擬戦であるにも関わらず「私を見つけるところから始めなさい」なんて言われて戦闘パートじゃなくて戦略パートが始まるとは思いもよらなかったが。あるいは、エターナルとしての戦い方。それぞれの世界における限られたマナでの戦闘の仕方を教えるために、今までいた時間樹とは違うこの時間樹におけるマナの総量を教えずにどこかに隠れた、とかそんなパターンだろうか。
「まっ、考えてもわからないなら考えるだけ無駄か。どうせあの人たちの考えなんて俺なんかにはわからないことだし。そんなことを考えるくらいならどうやって父さんたちの監視から抜け出すか考えた方が……っといた」
もはやこの肉体そのものが凶器と化している現状、全力で戦えばそれだけで周辺被害がとんでも無いことになってしまうというのがよくわかる。自分の周囲には、戦闘が始まるまでは存在していた豊かな緑が剥げ、荒野と見紛うような表面が見えてしまっている。しかしそんなことを気にしている暇はない。戦えば自然を滅ぼしかねない、なんて世界を滅ぼして一つの神剣に戻そうとするロウっぽい気がしないでもないが、それだけの力があるおかげで今まともな戦いになりそうという現実がある。
「じゃ、行きますか……!」
四肢に力を込めて、出雲の一角に広がる森に向けて踏み出す。その奥に、倉橋時深の気配を感じ取ることができたために。爆音とともに俺の姿がその場から消え失せる。背後にはクレーター。俺にとっては最悪に近い戦場で待ち受けるおばさんを倒すために、森の奥地に向かって駆け出した。
俺は基本的に力の調整をすることがない。「星辰」で跳ね上がった身体能力を使うのなんてミニオン駆除程度しか存在しないため、敵と戦うための配分なんてものを考える必要がなく、結果として俺の中にあるこの身体能力は「
そんな俺からすれば、この身体能力を利用して戦うには広々とした空間の方がいい。木々があってぶつかりかねない森の中では俺の力が十二分に発揮されないことを知っていて選んだのだろうか。まあそこに関してはどうでもいい。ただの身体能力ではどうしようもなく敵わない時間操作持ちなのだ。最初から負けることが決まっている以上は、なあなあで済ませてもいい気もするが、そんなことをしてバレたらそっちの方が面倒なので本気でやるしかない。
「見つけた……! のーでー」
木々の隙間を潜り、あるいは正面からぶつかって粉砕しながらも時深さんのいる場所を目指す。それっぽい影が見えてきたので、一度木々に手を引っ掛けてブレーキをかけて、第三宇宙速度という馬鹿げたスピードでぶつかったことによりへし折れた木々の中から一本を掴んで、それを全力で時深さんっぽい影に向けて投げた。
「とりあえずふっとべ!!」
第三宇宙速度を叩き出した倒木は、オーラフォトンに守られながらも摩擦によって少しずつ原型を留めなくなってしまい着弾時にはもうただの木片に近くなっていた。その一撃は俺がノーコンなので時深さんには当たらなかったが、着弾と同時に砕け散り、しかしながら第三宇宙速度を維持したまま散乱した木片によって周囲の木が倒れ、地面に亀裂が入り、もう神聖な空間とは口が裂けても言えない。
「経験の差を甘く見ないことです。…………そこっ!」
そこに降り立った途端、背後から時深さんに襲われた。とっさに腕で頭をかばうとそちらには確かにマナ反応が。反射で頭を守ったが、どうやらそれで間違いではなかったようだ。腕に何か硬いものが押し当てられ、それと同時に体全体に衝撃が走っている。視認してみるとそれはおそらく永遠神剣第三位「時詠」ーーー少なくとも「時逆」だったら因果律操作で俺の腕は切り取られていただろうから、それではないーーーで。そしてそれを手にしている時深さんは驚いているのが見えた。
「なっ、素手で……!?」
振り向くのは間に合わない。俺が振り向くよりも早くタイムアクセラレイトを使われる可能性の方が高い。驚いているとはいえ、さすがに攻撃を食らいそうになれば気づいて動くだろうと考えて、
「てい」
砂を蹴り上げるようにして、バック宙した。それに合わせて足を通してオーラフォトンによる強化を浴びた土砂が音速に近い速度で時深さんを飲み込もうと迫る。大きくうねった土砂はそう簡単に突破することなどできない天然の壁。そんな代物に対して、けれど焦っているような雰囲気は感じない。
「タイムアクセラレイト!」
加速した時の中を駆け始めた。彼女の代名詞とも呼べる技、タイムアクセラレイト。時間流から己を切り離すことで他人が一秒を過ごす間に己だけ数十秒と動けるようになった彼女は、俺の目からはただ加速しているようにしか見えないはずだ。
「だったら……!」
どれだけ速くても避けられない範囲攻撃を仕掛ければいいのだと、己の足元を踏み抜いて土砂をさらに天高く舞い上がらせる。これで、どこにいても俺のオーラフォトンを受けた土砂が雨となって降り注いでいる間は時深さんの場所は俺には丸わかり。そのはずなのに
「無駄です」
何か、違和感が体を走り抜ける。この違和感をどう表現するべきかわからない。けれど恐らくは時深によるものだとあたりをつけて、俺に影響を及ぼす魔法という事実からタイムシフトかタイムリープ。なのだが、巻き戻っている感じがしない。どちらかというと土砂の降り注ぐ時間の終わりまで一気に持っていかれるような、過程を消しとばしている違和感から、これをタイムリープと断定して
「気持ち悪いっ!!」
その
「な、なんですかそれ!?」
「知りません!」
叫んだ内容は情けないことに真実。できるかもと思ってやったらできてしまったというだけの、実戦に投入していいのかすら謎のもの。
そんなものでは潰せたのは己にかかった時間を消し飛ばす部分のみ。土砂そのものは降り注いでいた時間が消し飛ばされたことでもうすでに降り止んでいる。この驚愕している一瞬にのみ勝機があると感じて、拳を叩きつけようとした、その瞬間に。
「タイムアクセラレイト!」
首元に、『時詠』の刃を当てられていた。
「……負けました」
敗北。やっぱりとしか言えない結末。これで、俺は他のエターナルには勝てないことが証明された。手を上げてこれ以上の交戦の意思はないことを宣言してそれで模擬戦は終了。
ああ、うん。やっぱり。俺では他の永遠存在に対して勝ち目を見出せない。なんとなくの直感ではあったが使えるようになった魔法潰しも、結局のところ大勢に影響を及ぼすことはなかった。これで、勝ちを拾えたならあるいは。俺もエターナルとして戦うことをどうにか選択肢として受け入れることもできたかもしれないけれど。世の中はそんなに甘くなかった。
「はい、それじゃ次はユーフォリアちゃんですね」
時深さんの視線がユーフィーに向く。その視線の先にいるユーフィーは自信満々。俺の仇をとるんだなんて言っているが勝手に殺さないでほしい。未だにズタボロの父さんとそれを治療している母さんのところに、すれ違ったユーフィーに応援の言葉をかけてから向かう。
「負けちゃった」
てへぺろなんて擬音がつきそうな感じで、軽く言う。やってから男がやっても可愛くないからダメだなと判断した。けれど父さんたちは特にそっちに関しては反応することはない。さすがは子供ぼでー。その辺りは子供の特権だな。父さんがやってたらキモいとしか思えないし。
「ん。大丈夫。時深に負けるのはしょうがない。時深は私たちよりも前から戦ってるから」
「そうそう。それに、初のエターナル戦なのにタイムアクセラレイトを攻略された方が俺にとっては辛いから……」
そういえばさっきまでそれにボコられてたっけ。そりゃ、自分が全く対応できない技を駆け出しのエターナルでしかない俺が対応できてたらショックを受けるか。それなら頑張って勝ちに行けばよかった。もっとこう、死力を尽くして。
そうしたら父さんを煽れ……いや、無理だな。この人は複雑な心境は隠して普通に喜べる人だ。
「……うん。とりあえず、ちょっと疲れたからこのお屋敷の中に入ってていい?」
目をこする。眠たい、というわけではないが初の格上戦だったせいで緊張の糸が切れた途端に、どっと疲れが押し寄せてきたのだ。だから少し休みたい。
「うん。ゆっくり休むといい」
「あとでユーフィーには怒られるかもしれないけどな」
母さんは快く送り出してくれて、父さんはわずかに茶目っ気を出している。さっきのおばあちゃん発言による怒りのタイムアクセラレイトへの仕返しだろうか。
「……ん?」
父さんたちに送り出されて、静かな板張りの廊下を、独特な音を鳴らしながら歩いているととあることに気がついた。
ーーーあれ? これってもしかしなくても久方ぶりに一人じゃね??
気づいてしまった。だいたい四年ほど一人の時間が作れなかったのだ。今、この瞬間に逃げ出さないと次はいつ逃げ出せるかわからない。あ、でもダメだ。疲労が濃くてもう眠い。気づいて心の中でテンションを上げたことが原因で、蓄積していた疲労が一気に爆発した。ふらふらと歩きながらいつ倒れてもおかしくなさそうな俺は廊下を歩いていく。
「ん? あれ? なんでこんなところに子供が……ってあんた大丈夫!?」
倒れる前、最後に見たのは、黒髪の、エキゾチックな民族衣装らしき服装を着た美少女。
彼女が倒れる俺を見つけて慌ててこちらにやってくる音を子守唄に、俺は一時の眠りにつくのだった。