これから先、どうするべきなのだろうか。
勝ち目が見えない永遠の戦いに身を投ずるなんてごめんだけど、ことはそう簡単には済まされない。だってそうだろう? 俺の周りだけで言っても俺の逃げ道を封じることができる連中がざらにいる。それなのにどうして、この身がエターナルであるという事実から逃れられない以上は永遠の戦いから逃れることはできず、かと言って死にたくもないから自殺なんて逃げ方もできない。
それなのに、これから先の生き方なんて見つかるはずがない。
でも、やりたいことだけは確かに今、この胸の中にある。
だから、それを果たすためにもまずは父さんたちの善意によって作られた牢獄から抜け出さないといけない。
そう信じて、そう決意して、俺はゆっくりと瞼を開いた。
由緒正しい日本家屋、その一室で目を覚ます。実家のベッドとは違い、畳の上に敷かれた布団の中は、外から入る陽光もあって暖かく、外へ出ようという気概を奪う代物だった。
「……出たくない……出たくない……でも出ないと……でも温いし……」
きっと誰もが出たくないであろう暖かいーーー暑いではないーーーお布団の中から出ようともがき、けれど体はその思いに応えることなく約十分。ここまで連れてきてくれたであろう黒髪美少女のことを考える。とは言っても考えるまでもなくあの服装と見た目からしてナルカナだろう。
永遠神剣シリーズ第二作「聖なるかな」のメインヒロイン。主人公である世刻望をエターナル……それも、俺たちエターナルが存在する『剣の宇宙』とは対になる『楯の宇宙』に存在する永遠神剣地位「刹那」から生まれた地位系統永遠神剣であるがためにナル・エターナルへと所持者を変貌させる上位神剣。
ついでにチョロイン。超ちょろい。
具体的には主人公である望に神剣状態の自分を握られただけで『らめぇ』っぽい状態になってしまうという。ちなみにこの言葉は当時の異世界旅行に巻き込まれた中の男子生徒が持っていたという漫画から発見された言葉によって言語化されて、その元凶たる漫画は男子生徒たちの悲しみとともに生徒会長権限でキャンプファイアー行きとなった。
いいや、今の時代だとこれからなるのか。
神剣としての己を握らせることを許可しているのだから化身としての姿で言えば秘部とか胸とかそんなところではないだろうに、なぜか握られただけで「らめぇ」である。一時期俺は「望に握られただけでそんな状態になるなんてナルカナ様はどれだけ肌が敏感なのか」とか、「望の手に触れた相手にそんな声を上げさせるだけの魔性の何かがあるのなら、幼馴染としてやってきた希美はこれまでにどんな仕打ちを受けたのか」とか色々と個人的にはネタとして楽しんでいたのだが、まあそれに関してはどうでもいい。
「目、覚めた……」
気がつけば、襖が開き、そこには人が立っていた。黒い髪に、黒い装束。身に纏う全てに黒を内包しているその人間は、けれどありえない存在だった。
「ミニ、オン……?」
そうだ、こいつはミニオンだ。内包している神剣の気配はその程度の力しか持っていないとわかる。なのに、その短い髪の毛、そして顔立ちを始めとした至る所に男性らしさが散りばめられている。中性的な男性と呼ぶにふさわしかった。だからこそ、女性体しかありえないはずのミニオンなのか、疑問が残る。男性っぽく改造されただけのミニオンという線もあるがわざわざそんなことをする必要なんてない。
「そう、俺はミニオン。あんたと同じ、この世界には存在しないはずの存在」
「……え? ……ああ、その言い方するってことはあんた」
「俺も、転生者」
一瞬理解できなかったが、すぐにその言葉の意味を理解する。そしてそれが仮説から真実に変わるまでに数秒もかからなかった。
『ユーフォリアの双子の弟』なんてキャラは原作の永遠神剣シリーズには登場しない。けれどこの世界に生きる人物にとっては今この場にいる俺が全てで、この世界においては『双子として生まれてきた』という事実だけが存在する。そんな中で俺のことを異物だと判断できる奴がいるならそれは、俺と同じく永遠神剣シリーズの知識を持っている……すなわち転生者に他ならない。
「今は、男のミニオンということで面白がったナルカナ様に引き取られて、側仕えを命じられている」
「お、お疲れ様です……」
本編からわかるナルカナの
ーーーそう! 苦労人仲間として!!
俺も、ユーフィーのセックスに対する無駄な好奇心と無駄な行動力と母さん譲りの天然に対しては常に苦労している。だからきっと『周囲の人間からかけられる絶対に必要ない苦労』という一点で通じ合える。
そう伝えると
「いや、お前のどこが苦労しているんだ」
「は?」
「あんなに可愛い子に迫られて、それに対して『辛いわー』って嫌味か!」
「いやいやいやいや! ちょっと待て! それでもあいつは姉……いや妹?……と、とりあえずは俺の双子の姉だぞ! それなのにセックスを受け入れろってのかお前は! 近親相姦いける口なのか!?」
ここは現実だぞ! と悲鳴のように半ば叫ぶ。二次元ならまだしもここはすでに現実だ。さすがに三次元で自分がすることになるのはちょっと……
「それがどうした!」
しかしこのミニオンはそんなことを気にしない。おそらくは『出雲』という女性しかいない空間において抑圧された何かがあったのだろう。俺も、家族がいるせいで暴露できない性癖を、俺を見た目通りに扱う人しかいないところでは暴露できない性癖を全力で暴露していくつもりだ。
「いいか! この世界ではその気になれば永遠神剣の力を使って現実では不可能なセックスも可能なんだ! 時間停止ックスを始めとして加速ックスやら、その気になれば時間巻き戻しックスも可能なんだよ!」
「なんだ最後の!? すっごい気になるんだけど!」
「皆の動きが巻き戻りながら、自分だけが正しい時間の流れに入り込むことで、『すでにした動き』を逆再生するだけだから相手が動きたくなくても自分から勝手に動いてくれるセックスだよ! 中に出した精液が自分判定を乗り越えられるかは知らないけどな!」
「俺は! 純愛で! いいんだよ! そこに! 変な要素を! 付け加えるな!!」
「純愛にも色々形があるだろ! マゾの奴らがただのセックス以外を求めるのだって純愛だ! たとえ姉弟だろうとそこに愛があれば問題ない!」
「その愛がないから問題なんだよ! 俺がユーフィーに持ってるのは家族愛だけだ! セックスしたいとかの欲求はないよ! そんなのあったらロリコンだろうが……!」
「いいじゃないか、ロリコンで! それの何が悪いんだ! 俺はロリコンだぞ、お前……! できることならユーフォリアちゃんとセックスしたい……!」
「てめえぶっ殺すぞ……! ミニオンが、神剣使いに殺される以外に目立った活躍のないミニオンが! ただの足手まといにしかならねえだろうが!」
別に俺もユーフィーが嫌いなわけではない。家族としての愛情はもちろんある。具体的には連れてきた男を殴り殺す程度には。けれどそれを上回るレベルで彼女が恐ろしいだけである。
そんなこんなで数十分殴り合いに発展しかねない状況ながらも、おそらくはという注釈がつくことにはなるが同郷の出身ということで話は弾み、この世界に生まれてからの不満やら圧迫感、そういった諸々を吐き出せる相手を得たことで、確かな充足感を得ることができたのだった。
「そういや、まだ名前聞いてなかったな。俺はユーリ。お前は?」
「名前かー。黒スピリットでしかないからな俺。そんなのねえわ。なんか名前つけろ」
「上から目線でありがとう。……んじゃお前の名前はクロで」
「おい、そのままじゃねえか」
「っち、しょうがねえな。…………なら、少しひねってノワールで」
「結局クロかよ……まあ、そのままクロって名付けられるよりはマシか」
腹を割って性癖を話し合ったことで言葉も砕けた。もはやこれはマブダチといっても過言ではないのではないだろうか。
「あんたらうるさい!」
『あっはい』
そこに、ナルカナがやってきた。
「そっちのあんたはまず目を覚ましたら、助けたこのナルカナ様に挨拶に来るのが筋ってもんでしょ! そんでそっちのあんたはその案内役なのに、なーにをギャーギャー騒いで仕事放棄してんのよ!」
これが、傍若無人のナルカナ様。今回に関しては言っていることが間違ってないだけに反論しづらい。彼女に挨拶に行くのは確かに当然だったかもしれない。それなのに、同郷に会えたことで盛り上がりすぎていた。これは怒られても仕方ないかもしれない。
「すみませんでした。助けてくれてありがとうございます」
「おっ、そっちのあんたは結構礼儀正しいわね」
気絶する直前に見たのと同じ美少女。濡羽色の髪は陽光を反射してキラキラと輝いていてとても美しい。そんな彼女に見惚れるよりも先に、ナルカナの怒りが出てきたおかげで普段通りに行動できる。
「申し訳、ありませんでした」
「ふんっ、あんたもしっかりとしなさいよ」
ノワールは、普通に怒られていた。
「さて、と」
その日の夜。俺は家族が皆眠っているのを確認して、『出雲』という味方が多いために家族の気が緩んでいる千載一遇の機会を逃さないために行動を開始した。
部屋を抜け出し、庭の方へと。そこに、今回の協力者がいる。
「ノワール」
「ああ、わかってるって」
ナルカナの暴虐、ユーフィーからの襲撃。理由は違えど同じく『今現在属する空間を抜け出したい』という願いによって俺たち二人はつながっている。だからこそ協力できる。ナルカナはこの時間樹の外にまでは追ってこられないという事実が存在するために、確実に味方であると言えるのはそこまでなのが残念だが……
この『出雲』から抜け出すには彼の協力が必要という事実には変わりなかった。
「案内は俺に任せろ」
ウィングハイロゥが彼の背中に展開される。俺もそれに捕まって
「よっしゃ行くぞ!」
俺が、地面を蹴り飛ばすことで二人揃って空に上がり、展開したウィングハイロゥがはためいて無限の空へと俺たちを誘う。『出雲』の脱出には成功したが、もちろん、このままではすぐに追いつかれる。時を巻き戻されたら、その時点で俺たちの行動は、少なくとも自分にかかる魔法を潰せる俺とは違う、ただのブラックスピリットでしかないノワールはそこでとっつかまっておしまいだろう。
だから、最低限この世界からは抜け出す必要がある。
「出雲の門はこのままだと使えない。どこに行ったかの履歴が残るからな」
「だから、こっちで勝手に門を開く必要がある」
その言葉とともに己の血肉に呼びかける。「星辰」のマナ粒子が全身に巡ることで、己の肉体が戦闘用に生まれ変わる。本来ならこの世界に存在する一切を鏖殺するためだけの腕力を、本来とは違う形で振るう時がやってきた。
「永遠神剣『星辰』の主、ユーリが命じる。門よ、開け。我らを新たな虚空へと誘え。時間を知ろしめす宇宙の狭間へ、我らが身を導け」
空間を掴む。掴んだ手を横に開く形で強引に扉を開く。そこに、空間の歪みができていることを認識できるのは神剣使いだけだろう。だが、今も寝たままの父さんたちが門が開いたときに流入したマナを感じて目を覚ますのはもう遅い。時深さんの未来視による邪魔だけが気がかりだったが、それもないということは俺の行動は彼女には黙認されたということだろう。ありがたい。
「さあ、行こうか!」
「俺たちの旅路の始まりだ、ってね」
だから、誰かが追ってくる前に俺たちは飛び出した。
「どきっ! 転生したらナルカナ様付きのミニオンだった! 〜ナルカナの気紛れを生き残れ〜」
・あらすじ
「本来なら女性体しか存在しないはずのミニオンに、男性体という特異なミニオンが発生した。その特異さ故に彼がこれから受けるであろう仕打ちを憂慮なされた超絶完璧美少女ナルカナ様はそのミニオンを己の側仕えとすることで、あらゆる災厄から彼を守るのだった(ナルカナ様の歴史書より抜粋)」
主人公と出会わなかった場合のノワール君の物語、始まりません