オーレルア王国の南東に位置する森の中を散策する。
既に俺たちがこの世界に降り立ってから四年。それだけの期間をリルと共に過ごしていた。今日も今日とてリルの目的である、「永遠神剣に頼らないでスピリットに対抗できるようになる道具」を求めて森の中、奥深くにあるという遺跡を狙って進んでいる。
「とは言っても、そんなものなんてないと思うんだけどなー。抗体兵器とか、マナ嵐を起こす装置とかならともかく」
正直に言って、『スピリットに攻められないようにする』だけなら、マナ嵐、あるいはマナ障壁とも呼ばれるあれを起こす装置を作ってしまえばいい。それができる技術者がいるかどうかは別として、『エーテルを結晶化させずに生のまま大気中に放出した際に、マナへと戻る過程で生じる力を利用した障壁』であることと、『発信側と受信側、二つの装置を起動させ、その間の空間をマナ消失空間とし、 発信側から受信側へとエーテルを送る』ことによって発生させられるという、原理などがわかりきった状態なのだから、それこそ天才がいればできるだろう。
ただ、彼女が求めているのは対抗できる力。攻め込まれないようにするための力ではなく、戦場で相見えた時に抗い、倒すことができる力となると。そんな簡単には見つからない。あるいはマナゴーレム……「聖なるかな」に出てきた抗体兵器は彼女が求めているものとしては一番近いのかもしれないが、あれは個人が戦えるようになるものではない上に、元々がナルカナの生み出したものだ。結局神剣が大元になる。
理想としては、永遠神剣のように契約できたものしか使えない代物ではなく、かつ常日頃から携帯できるために突然スピリットと出くわしたとしても逃げだせるだけの力を得られる武器。誰もが銀翼騎士団のように華々しい活躍をできるように、とリルは目を輝かせて言っていた。「悠久のユーフォリア」の同人設定ではその銀翼騎士団が反乱を起こしたことで王家の権威は失墜したとあったが、今はまだ第一王女アレストリ、第二王女マルカ共に誕生すらしていない。だからきっと、「対抗できる道具」なんて存在しないのだ。それがあれば、あるいは王家の権威が失墜することもなかったかもしれないのだから。
「そんなこと言わないでくださいよ。私も薄々その辺りで妥協するべきじゃないかなーとは思ってますけど」
そして、俺の知るそれらに関しては想像通り、宣言した後吟味されて却下を食らった。これはもう、パワードスーツ型抗体兵器、ノル・マーター壱式とか作る方向性に進めるべきだろうか。デザインは顔部分だけは土偶から変更して、薄い、抗体兵器と同じ材質の装甲で体を包み込む。どこぞの変身ヒーローみたいな感じの。
「まあ、ここでも見つからなかったら、あるいはそっち方面で進めることも考える必要がありますね。……そういうわけなので、おそらく護衛としてどこかに潜るのは今回のこれで最後になると思います。護衛、よろしくお願いしますね」
「りょーかい」
「ああ、任せろ」
俺とノワールの返事を聞いて一つ微笑んだ、すでに十五、今の俺の見た目と同じ年齢層になったリルと共に、目的の遺跡とやらの探索に戻る。今回目的の遺跡の名前はトニトルス遺跡。古代、未だスピリットがそこまで多く存在しない時代において、戦場を仕切る戦力を開発していた研究機関の名残だとか。
要するに、その時代において『スピリットという災害を食い止める』ことを目的とした機関だったために、あるいはそこに何かが残されているのではないか、とそういうことであった。”廃れた”原因が、『他のところで大きな成果が出たから役立たずになった』なのか、それとも『目的を果たせそうなところまでたどり着いたために邪魔だと判断された』のか。そういったことは一切不明。ただ、それでも後者の可能性にリルが賭けているのだから護衛の俺たちはそれに従うだけだ。
そんなこんなで喋りながら歩いていると、警戒網の中に敵性存在の気配が混じったことを感知した。近づいてくるこれはスピリットのそれ。永遠神剣というわかりやすい指標があるために見逃すなんてことはしない。
「姫さん下がれ」
「スピリット……」
血流の中に永遠神剣の力を回す。一寸のラグもなく全身に回された強化の証は、わずかに体を取り巻く燐光として可視化されるレベルにまで高まった。全身に回されている強化を頼りに飛び出す、なんてことは護衛としてやってはいけないこと。そのためこちらにやってくるスピリットの気配を感じながら、それを頼りにして周囲に落ちていた細かい石を拾い、視認した瞬間に弾として放てるように構える。
「起きろ、『
ノワールも永遠神剣を呼び出す。刀型の永遠神剣。
「先手は俺が」
「よっしゃ任せた」
簡単に言葉を交わして、そのまま初撃をノワールに譲る。
ノワール、というかミニオンとスピリットは同一の存在なのだが、基本的にはどうしようもなく違う点が存在する。ミニオンは生まれた瞬間から戦えるが、スピリットは育て上げないと戦いには参加できない程度の実力しか持たないという点。『光をもたらすもの』の生産拠点であった『精霊の世界』で生まれたばかりのミニオンたちが戦えたところ、そしてアセリア本編においてスピリットが訓練士によって強化されていたことを思い出せばそれはよくわかる。そしてノワールが言うには、ミニオンは生まれた時点で俺たちが知る戦いの時の姿であり、そしてその戦い方と体の動かし方は、生まれた時点で知識として、そして実感として体の中に確かに存在しているのだという話だ。
「ダークインパクト」
だから彼は、己のその居合を大したものだとは思っておらず、自分で身につけたものではないと自嘲していたけれど。それでも神剣に神剣魔法を乗せて漆黒の斬撃として放たれたその居合は、振り抜かれた斬撃の形をしたダークインパクトが木々を両断しながら先へと進んでいく。奇襲だったそれは数体程度のミニオンを切り裂き、そこでたち消える。けれどそれで十分。もうすでに強化された視力にはミニオンたちが全て目に見えていた。
「ふ き と べ っ!!」
慈悲など一切見せることなく、俺の投げた小石がその後を追って着弾する。土煙とともに射線上に肉体を置いていたスピリットの頭蓋が消し飛び、わずかに減速した小石はけれどそのまま地面を破壊し、その周囲にも圧倒的な被害をもたらす。ミニオンの動きが止まる。そこに、ダークインパクトを放ってからウィングハイロゥにて空から突貫していたノワールが数秒遅れて到着。そのまま刀で首を切り落としていた。
「そーれっと!」
ノワールが一撃ごとに離脱しているのを目撃して、今度は切断された木々を投げる。良い様に敵が吹き飛ぶのを見るのが最近では楽しくなってきた。躱したはいいもののオーラフォトンを纏った状態の木片を目に受けて、そのまま眼球を潰しながら体に入り込んだ木片が内側から過剰なオーラフォトンによって爆散して内部から吹き飛ばしたり、あるいは射線上にいたためにそのまま体に大きな穴が開いていたりするスピリットたちは、その肉片すらもマナの霧に還るためにリルの視界に入る前に全てが終わる。
結局、数十秒で全てのミニオンの殲滅を終了させることに成功した。
「姫さん、終わったぞ」
「はい、ありがとうございます。……それと、いつになったら名前で呼んでくれるんですか?」
「さあ、多分いつまでも呼ばないんじゃない?」
ノワールが名前を呼ぶたびに嬉しそうに。他の連中が名前を呼んでも特にそんな兆候が見えることがないという事実。なんとなく、名前で呼んだら自分とノワールの差を思い知らされそうだ。好意的には思っているけど、別に好きな相手ではないので問題は何もないのだが。それでも親しい人物から格付けされてしまうというのは悲しい。ノワールは俺が名前で呼ばないことをリルが聞いたら泣くぞ、なんて言ってたけど、実際にはそんなことなさそうだから、それこそ呼ぶ理由なんてない。
「そう、ですか」
彼女が何を考えているのかはわからない。けれど俯いたという時点で見せたくはない表情なのだろう。女性の心なんてわからないけれど、なんとなくそんな感じだろうとあたりをつけて、それ以上この話題を広げることはしない。
「あれが、姫さんの言ってた遺跡か?」
「え、あ、はい、そうですね。あれがトニトルス遺跡です」
ふと見えた石造りの建造物を指して尋ねるとイエスという返答が返ってきた。街中ならともかく、この辺りの地理には俺たちは疎いので、リルの言葉を信じるしかない。とは言っても、先に下調べぐらいはしているだろうから、おそらく間違いという線は消えたとみていいはずだ。
「なら、とっとと行きますか。これが終われば護衛もおしまい。でもこっからは実験に付き合うことになるんだろ?」
「ええ。その通りです。申し訳ないのですが、これからは作った物の効力を試す実験に付き合っていただきたいんです」
どんな代物が見つかるかはわからない。けれど、見つかったら見つかったでその技術を使って作り出した物を試す。見つからなかったら、今度は彼女が一から作り出した代物を試すための対戦相手ということになる。実際に、抗体兵器っぽいものならば彼女には作れるだけの技術力が存在すると思われる、というのがこの数年接していての感想だ。きっと彼女なら行き詰まりながらも完成させるだろう。
だからきっと。俺はその時に、彼女が苦心して作り上げたその技術を滅ぼさないといけなくなるだろう。
永遠神剣シリーズは「聖なるかな」の後から宇宙のバランス全体が狂ってくるということが同人設定ではあったが、原作者によって語られていた。それをどうにかしないと俺が存在するこの宇宙は滅んでしまうし、そのためには『全く何もわかっていない「悠久のユーフォリア」という物語にできる限り近くなるようにしなければならない』という地獄が待っている。
一番いいのは普通に過ごしていれば誰も知ることがなく、今回のように遺跡発掘などの何重もの過程を得てようやく実践にこぎつけられるレベル。この状態ならきっと本編に出てくる場合も、ちゃんとそれらしい理由がついて出てくるはずだ。
「あ、ユーリ! 面白いものを見つけましたよー」
そんな風に笑いかけて、面白いものとやらを俺に見せてくるリルに、その事実を再確認した俺はどうしても正面からその笑顔を受け止めることができずに、謝罪を心の中で繰り返すことしかできない。
本当にごめんな、リル。お前の研究の成果は、未来まで残ることはないんだ。誰かの日常を、その誰かが守れるようにしたいというお前の立派な願いは、その理想の手助けをした俺の手で砕かれるんだよ。それを立派だと、協力したいと口にした男が、お前の研究成果を完璧に砕くんだよ。
アレストリ王女が生まれるよりも早く、この研究を潰さないといけない。そうでないと、ユーフィーがこの世界に来た時にこの研究が残っているかもしれない。できる限り「悠久のユーフォリア」の物語に本来存在しなかった要素を入れたくはないという身勝手。『神剣宇宙のバランスが崩れ始めた時に発生する物語を、できる限り正しい形にしておきたい』なんて
その事実が、これ以上なく苦しかった。