※この作品はR-18です。

五等分の〇〇   作:なるせいぶき

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まにまにりぽーと⑦

「そろそろ諦めたか?」

「いいえまだです。まだ可能性は残っています」

 

 人通りの多そうなところを選択して歩きながら、自分たちに話しかけてくれそうな人を探す四葉。何が原動力になっているのか、その頑なっぷりは尋常でないように思う。

 

「お披露目のタイミングは今じゃないってお告げだろ」

「それは、その、そうかもですけど……」

 

 四葉は何か言いたげに唇をもごもごさせる。ただ、無理なものは無理だ。現実はそう上手く出来たものではないから、欲しい時に欲しいものが手に入ったりはしない。

 

「退き時も重要だぞ。引っ込みがつかなくなってからだと遅いからな」

「うぅ……」

 

 肩を落として残念がっている。それほどまでに、俺に見せたいものだったのだろうか。

 

「仕方ねえな……」

 

 どうせこのままでは収拾がつかないのだ。なら、俺が一肌脱いだほうが早い。両損になるよりは、いくらかマシ。

 

「……あー」

 

 声色を調整する。形から入り過ぎだなーとも思うが、素面でやるのはちょっと厳しいのだ。

 

「…………そちらは彼氏さんですか?」

「……へ?」

「…………」

 

 当然の反応だ。我ながら意味の分からないことをしてしまった。もうちょっとまともな導入の一つや二つ、探せばあったに違いないのに。

 相変わらず、そのあたりで器用になれない。俺が俺たる所以が透けて見えるようだ。

 

「…………そちらは彼氏さんですか?」

「…………」

 

 今さっき言ったばかりの台詞を思い出している。人間にとって大切なものの一つは撤退のタイミングだと思っていて、だからこんな風に、一度踏み出してしまった足を戻せない。

 コストの回収に失敗した超音速旅客機の逸話を思い出す。せめて原価分でも回収したいという感情はきっと万人に共通のもので、しかもそれは、貧乏性の俺なんかには特に顕著なものとして現れる。

 だから早く、俺の意図を汲んでくれ……。

 

「………………そちらは――」

 

 投げやり気味に三度目を呟きかけて、そこでようやく四葉からの明確なリアクションがあった。どうやら、傷が浅いうちに救ってもらえるらしかった。

 ただでさえ腕が引っ付いているのを、今度は体の側面が一体化するレベルで密着する。無論、俺から動くはずもないので、これは全て四葉が主導の出来事だ。

 で、そこでどうやら、彼女が秘蔵していたとっておきがご開帳されるようで。

 

「…………彼氏さんにしたい人、かもしれません」

 

 伏し目がちに、俺にだけ聞こえるくらいの声量で、四葉は告げた。

 

「をゑ」

「ちょっと!」

 

 変な声が出てしまって、それを聞き咎めた四葉が俺の肩をがっくんがっくん前後左右、ひいては上下やら斜めやらの軌道を加えて揺らしまくる。もとから俺より力強い奴なので、抵抗することも出来ず乱気流に飲み込まれたみたいになっていた。

 

「私の純情になんてことを!」

「あばば」

「なんてことをー!」

 

 泡を吹いて気絶する寸前で、なんとか肉体が乱気流を抜けた。なおも視界のピントが定まらないのが恐ろしいが。

 四葉らしき輪郭の物体が、ずかずかこちらに詰め寄ってきているのは分かった。乙女の純情ってのは、俺が思うよりもなかなか重大なものらしい。

 

「もっと甘い反応をしてください!」

「甘いってなに」

「恥じらって!」

「……俺が頬染めながらそっぽ向くのはなんか違くないか?」

「ちょっとくらい動揺してくれてもいいじゃないですか……」

「動揺してるだろ」

 

 動いているし揺れている。しかも現在進行形で。三半規管の乱れからか未だに平衡感覚は定まらず、四葉の顔すら朧げにしか映っていない。

 

「物理的なお話ではなくて……」

「……いや、動揺してるだろ」

 

 予想していなかった言葉に、多少なりともダメージは負っていた。既に耐性をつけていたから多少胸がざわつく程度で済んでいるが、聞かされている時期が違えば、俺のリアクションが違うものになったのは疑いのない事実だ。

 

「……出来れば、その、前みたいに否定してくれると、会話はしやすいんだけど」

 

 三玖のコロッケと戦ったあの日を思い出す。これがまた単なるからかいならリボンを引っ張って終わりだから、扱いやすくて良い。

 四葉から時折感じていたつかみどころのなさが、ここでも発揮されることを祈っている。まるで女っ気のない俺をおちょくっているだけなのが一番望ましい。

 

「会話しやすいって?」

「ぎくしゃくするだろ、どうしても」

「私のこと、嫌いだったりしますか?」

「そういうわけじゃないけど、せっかくの人間関係がぎこちなくなるって言うか」

「嫌いではないんですね?」

「二度聞くことでもねえだろ……」

「かなり重要なので。……嫌いではないんですね?」

「まあ、そりゃな」

 

 嫌いな相手と一緒に休日は潰さないだろう。姉三人組とのとんでもない因縁ともあいまって、四葉と話す機会は増えていたし。

 そもそも初期から俺に協力的だったのはこいつだけなので、先生としての視点で、四葉が一番楽に扱える相手だった。……その分、誰より成績管理が厄介だという不要なおまけがついてきてはいたけれど。

 

「なら良かった。ねえ、上杉さん」

「おう?」

「さっきのあれ、もちろん嘘――」

「おう」

「…………わざと遮りましたね?」

「バレるか、やっぱり」

「はい。そのくらい、私だってお見通しなんです。――残念ながら、嘘……じゃないんです」

 

 これまた返答に困る。好意を持たれるのが嫌なことかと言えば決してそうではないが、なんせそれが原因で大変なことになっているわけだから。

 なので、ここで選択をミスすることは許されなかった。上手く立ち回って、諸問題を悪化させないようにする必要がある。

 

「そうか」

 

 なのに、やっぱり気の利いた言葉は口から出てくれなくて、逃げの姿勢が染み出したハリボテみたな笑みを顔に貼り付けることしか出来ない。真っ直ぐな思いをぶつけられると思考停止してしまうのは、前からずっと同じだった。

 

「今日一日一緒にいて、再確認出来ました。何より大事なのはどこにいるかじゃなくて、誰といるかだって。上杉さんの傍にいると毎日が賑やかで、あったかい気持ちになります」

「俺、そんな大層な人間じゃないぞ」

「知ってるので大丈夫です」

 

 それは果たして笑顔で言い切ることなのだろうか。自分が大人物でないのは言われずとも分かっているが、がっつり肯定されると、それはそれでなんとも言えない気分になる。

 

「姉三人と男の人の趣味が似通ってしまうのは流石に想定外でしたけど」

「ぶっ」

「人目を盗んで毎日のようにとっかえひっかえちゅっちゅしてる人を好きになるなんて、我ながらとんでもないことだなと思いますけど」

「…………え?」

 

 とんでもないワードが飛び出したのを聞いて茫然とする。……え?

 

「バレてないと思いました?」

「い、いつから……」

「少なくとも、最近ではないですね」

「……マジか」

「何やら事情がある様子だったので、聞いたりはしませんでしたが」

「……マジかー」

「申し開きがあるのなら、今ここで」

「いや、その、だな……」

 

 三件分の告白を保留している旨を四葉に伝える。もちろん、肉体関係については伏せた上でだ。結構な爆弾情報だが、彼女も大分知っているような口ぶりなので問題は小さいだろう。それよりも、一体いつ気付かれてしまったのだろうか……。

 

「ずいぶんと派手にたらしこみましたね」

「不可抗力だったんだよ……」

 

 少なくともきっかけはそうだった。その後は自分も結構ノリノリだったから、あまり人のせいにし過ぎることはできないけれど。

 

「で、優柔不断な上杉さんは誰にするか決めかねていると」

「うっ」

「誰が一番か品定め中だと」

「ううっ」

「今になってそこに私が混ざって来たから余計に困っていると」

「あんまりグサグサ刺さないでくれ……」

「……まあ、みんなの気持ちをなんとなく察した上で特攻しちゃった私も私かもですが」

 

 しかしやはり不服さがどこかに残るようで、四葉はじとっとした目で俺の視線を絡めとってくる。俺が今やっていることは最低の誹りを免れないだろうなというのは覚悟の上で、しかも四葉からすればその火の粉が彼女とその身内に降りかかっていると来たものだから、納得できないのも当たり前。

 

「上杉さんの取り合いで姉妹の仲が壊れるのは嫌ですし」

「それなんだよ……」

「でも、上杉さんを誰かに譲った場合、私はその様子を誰より近くで見せつけられ続けるわけで」

「そんなに性格悪い奴、お前らの中にいないだろ……」

「意識していなかったとしても、当然格差は出るじゃないですか。知らないアクセサリーをつけてたり、電話で長話をしてたり、最後には朝まで家に帰ってこなかったり。そこに悪意がないからこそ、私はきっとすごく後悔しちゃうと思います。『あの時もっと強引に詰めておけばよかったなあ』って」

「想像がエグいって。なんでそこまでリアルに思い描いてんだお前」

「私、意外と負けず嫌いみたいで」

 

 スポーツをやっている人間だから負けん気があるに越したことはないのだろうが、それにしたってもっと別のところで発揮してほしかった。よりにもよって、こんな場所でなくてもいいだろうに。

 前々から強まっている姉妹で仲良く過ごしてもらえれば、という俺の密かな祈りが、俺自身の存在によって脅かされかねないという強烈な皮肉。本当に、どうしてこうなってしまったのか。

 

「好きな人を誰かに奪われちゃうのは、耐えられないかもですね」

「……男を見る目が無さすぎるだろ、姉妹に共通して言えることだが」

「そこはほら、五つ子なので」

「似せんなそんなもん……」

 

 しゃがみこむ。情報過多で処理落ちしそうだ。この数か月、姉たちと積極的に近づき過ぎないように意識したせいで、今度は四葉を引っかけてしまった。そこに確かな思惑があったならいいが、こちらは完全に無意識。意図しないところで望外の結果が生まれても、俺はただ口をあんぐり開けて立ち尽くすことしかできない。

 

「……取りあえず、歩きながらお話しましょうか」

 

 忘れていたが、ここは一応往来だ。あまり長く留まり過ぎては道行く人の邪魔になる。

 そう考えて、四葉の提案に乗っかることにした。……今の発言を受けた後にこうやって腕を引かれるのは、明らかにさっきまでと違う意味が込められている気がする。

 

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