「あ、上杉さん。ここでしたか」
「お、おお。四葉か」
珍しくバイトも家庭教師の予定も入っていない一日だったので、一人学校の図書室にこもって勉強していた。ここ最近、自分のためだけに使える時間がぐっと減っていたので、こういう機会は無駄に出来ない。また、勉学に精を出している間は、思考を一点のみに集中できるのでありがたかった。私事だが、近頃は色々なことに巻き込まれ過ぎて、頭がパンク寸前なのだ。
そんな最中の来客は、はっきり言ってしまえば望ましいものではなかった。しかし、ここに来るからにはその目的は読書か勉学なので、文句を言うわけにもいかない。
「隣、良いですか?」
「なんだ、今日は家庭教師の日じゃないけど」
「個人的に教えてもらいたいことがあって。先生に聞いても良く分からなかったので、困ったときの上杉さん頼みです」
「……なら、仕方ない」
「この数学の問題なんですが」
「ぶほっ!」
「上杉さん?!」
「……気にするな。続けてくれ」
ノートを広げた先に待っていたのは、ちょっと前にとある生徒からも質問を受けた問い。説明用の作図のあとで意識を失ったのは、まだ記憶に新しい。それと同時に、非常に生々しい情事の記憶も呼び覚まされてしまって、ばれないように前かがみになった。
「点Hの扱いが全然分からなくて。ここの曲線と点Hの関係が大事なのはぼやーっと理解できるんですけど、でもそうすると、H以外のことが考えられなくなって困るんです」
「分かった。一回黙ってくれ」
「へ?」
「いや、教えるモードに入るから。それまで静かに」
おちょくっているのかこいつは。えっちえっち連呼しやがって。まさか二乃や三玖が喋ったなんてことはないと思うけれど、それでも気になるものは気になるのだ。こちらの反応を見て遊んでいるのではあるまいな。
ただでさえ同じ顔だからやりづらいのに、絶妙に行為を連想させるワードを叩き込まないで欲しいものだ。こんな時間から悶々とさせられてもどうしようもない。
「……よし、ペン出せ。どこから分からなくなっているのかを確認するためにも、解答の過程を一から追いかけるぞ」
無心だ無心。直接関係のない四葉相手にムキになっても意味がない。とにかく落ち着いて教えて、もう一度自分だけの穏やかな時間を確保しよう。スムーズにこなすことが、ゆくゆくは俺のためになる。
…………けれど。
「上杉さん、この式はどうして出てくるんでしたっけ?」
「あー、えっと、それはだな……。やべ、途中式抜けてる……」
「お疲れでした?」
「いや、待ってくれ。まだギアが上がってないだけだから。ここから本調子に戻す」
なかなかどうして上手く行かない。いや、原因は間違いなく分かっているのだけれど、それを認めてしまうことがどうにも恥ずかしく思えて、踏ん切りがつけられないのだ。
俺は同世代の男子とは違って、性欲なんかに支配されるような意志薄弱な人間じゃない。それを誇りのように思ってこの数年勉学に励んできたというのに、一度童貞を捨てただけでこのザマだなどと、どうしてもプライドが許さないのだ。
これまでは、あらゆる欲を理性で制御してきたつもりだった。だから今さら、一時の快楽に流されるなんてことがあってはならない。ならないのだから――
「上杉さん、なんだか顔が赤いみたいですよ?」
「……知恵熱」
――四葉の体に二乃の裸体を重ねてしまったなんて言い出せるわけもなく、ぷいっとそっぽを向いた。五つ子はこういうところで作用してくるのかと、心の中で悪態を吐く。性格的には全然違う癖に、まったく同じ体つきだなんて、たちが悪いにもほどがあるだろう。
俺の渋るような返答を聞いた四葉は何かしらの思案を経てから、ぽんっと手を打った。いかにも、『妙案を思いつきました!』みたいな顔で。
「おい」
「じっとしててくださいねー」
ずずいっと顔を寄せてくる四葉。端整な顔立ちだなあなんて思っている余裕はなく、脳裏をよぎるのは、この前強引に二乃に唇を奪われた時のこと。……え? そんな素振りなんて一切見せてなかったってのに、まさか四葉もなのか……?
「そこまで変わらないので問題はなさそうです」
「…………お前の体温が高いだけだ」
おでこ同士をぴったりくっつけて、熱の計り合いをしているつもりらしい。正月の時と言い、こいつは他人との距離感の取り方がバグっているとしか思えなかった。やり方なんて、他にいくらでも選べそうなものなのに。
「じゃあ、体調に異常がないのが判明したところで、続きをしましょうか。あんまりお時間を取らせてもいけないですし」
「……ああ、さっさと理解してくれ」
どっと気疲れが押し寄せてきて、そのまま肩を落とす。勘弁してくれよ、ほんと。
しかし、朗らかに笑っている四葉の顔を見るとどうにも毒気を抜かれてしまってダメだった。ご姉妹の中で一番単純なようでいて、実のところ最も良く分からないのがこいつかもしれない。
その後二十分くらいの悪戦苦闘の末、なんとか四葉から「納得しました」との言葉を引き出すことに成功した。お辞儀をした後で元気よく走り去っていく彼女の後姿を脱力しながら眺めた後で、俺もようやく自分自身のテキストを開き直す。気を抜いていると、また思い出してしまいそうだ。
そこから二時間程度鉛筆をノートに走らせて、外が暗くなったのを理由に帰宅を決めた。重たくなった肩をぐるぐる回すと、関節がばきぼきと嫌な音を奏でた。
ここでふと、俺にしてはかなり珍しいことに、ケータイを見てみることにした。もしかしたららいはにお使いの催促をされている可能性がある。
「……おっと」
即座に『見なかったことにする』という選択肢が浮かんできたが、それは否定。今の俺が置かれている立場上、下手な手は打てなかった。
『六時に校門で』とのメール。送り主は三玖。現在時刻は六時半なので、間違いなく遅刻していることになる。
「…………」
冷や汗がつーっと背中を流れた。この前の一件は三玖に協力を仰ぐことによって、一応のところは穏便に片付いた。……いや、三玖からは一ミリも穏やかじゃないお願いをされたけど。
別に、脅しをかけられたわけではない。……が、無視していいわけもないだろう。あれをバラされてしまうと、俺が半年と少しの期間をかけて積み上げた信用がパァだ。たとえ実情が『薬を使った二乃に襲われた』ってことでも、姉妹間にかなり大きな亀裂が入りかねないのは事実。
とにかく、行くだけ行ってみよう。待っていればそこで謝れるし、いなかったら電話をかければいい。俺がケータイに触らない人間だというのは三玖も知っているので、きちんと説明すれば温情をかけてもらうことも可能だろう。
そんなわけで、ガラにもなく駆け足で図書室を出る。たらたら歩いて近寄って来られても説得力に欠けるだろうから、こういうポーズをとることも大切だ。元から体力はスカスカだから、階段の上り下りで息はきちんと上がってくれるだろう。
あれこれと策略を巡らせながら、薄暗い昇降口で上靴を履き替える。照明くらいつけてくれよと思ったが、節約を掲げられては言い返す口がない。
自分の靴箱をなかなか探し当てられずに慌てる。こういう時はかえってゆっくり動いた方が上手く行くものだが、猶予も余裕も持っていない身なので、そんな楽な構えではいられなかった。この間にも言い訳を複数パターン考えて万一に備える必要があったし、そもそも三玖がまだ待っている確証もない。下手をしたら、あいつらの家を訪ねる必要性も生まれ得る。
今、どうしてもそれだけは避けたかった。流石に現場に戻って平静を装い続けられる自信はなく、光速で馬脚を露すのが目に見えている。二乃とはあれっきりまともな会話もなく、ただジトジトした視線を向けられるだけになってしまっているし、とにもかくにもあの家はまずいのだ。
急げ急げと指差しで下駄箱をなぞって、可能な限り早くオーダーを達成しようとするも、やっぱり靴は見つからなかった。列を間違えているのではとも考えたが、どうやらその線は薄そうだし。
「うおっ!」
肩を落としていると、横合いから網膜を焼かんばかりの光が襲ってきた。ぴかぴかと俺を照らす光源は良く見ればスマートフォンのようで、誰がこんな悪戯を……とそいつの腕を引っ掴む。
下手人は男だろうと想像していたのに、手首は思いのほか細かった。突然の明暗変化に視力が付いてこれていないので顔は分からないが、もしかして女子か、こいつ。
「なにすん……おい?」
思考に意識を削がれて気を抜いていると、今度は逆に俺の体が引っ張られた。突然のことなので踏ん張りがきかず、そのまま引きずられるように昇降口の端の方まで連れて行かれる。そこでどうにか足を止めると、ようやく犯人様の顔が拝めた。
「逃げないようにって靴を隠しておいたんだけど、普通に遅刻しただけなんだね」
「…………」
「静かにしてね、フータロー。ここ、先生も来るから」
「……三玖」
俺の鎖骨あたりから感じる妙に硬い感触は、きっと三玖のトレードマークであるヘッドフォンなのだろう。それよりもまず問題なのが、なぜヘッドフォンがぶつかるくらいまでこいつが密着してきているのかということだ。
もちろん、そんな具合なので、胸やら足やらもくっついている。感触は数日前のものと酷似していて、やっぱりこいつらは五つ子なんだなと思い知らされた……のは良いものの。
「おい」
「……すん」
「三玖」
「……すんすん」
「なぜ嗅ぐ」
当の三玖本人は俺の首あたりに顔をうずめて、ただ深呼吸を繰り返すだけ。それも、どう考えたって匂いを嗅いでいるとしか思えない仕草で。
こんな調子なので、会話もままならない。まともな返事をしてくれない三玖に根気強く問いかけ続け五分程度経ってから、ようやく彼女は俺に取り合ってくれた。
「この前約束したでしょ?」
「……この前とは?」
「フータローが二乃とイチャイチャしてた時」
「別にイチャイチャは……」
「じゃあ、二乃と何度もえっちしてた時」
「…………」
それに関しては否定できる手札を持っていないので黙るしかない。ぶっちゃけなんの間違いも存在しないただの事実だし。
「私がなんて言ったか覚えてるよね?」
「……私ともしてって」
「そう。伝えたからにはフータローから言い出してくれるんだろうなーと思ってたのに、いつまで経っても知らんぷりなんだもん」
「ジョークの可能性もあるだろ……ちょっとは」
「ジョークに初めてを賭ける女の子なんていない」
「…………」
いきなりの処女宣言に怯む。……ま、まあ、この歳ならなんら不思議なことではないし、俺だってちょっと前まで童貞だったわけだけど。
しかし、どんな論法を使えば『私とセックスしろ』に繋がるのか毛頭分からない。そこは姉妹に先を越されたくなかった……みたいな、俺には理解しようもない感情でも絡んでいるのだろうか。
「二人っきりになれる時間も場所も全然見つからなくて、だからこそ、フータローは私のために今日一日をフリーにしてくれたのかと思ったのに」
「……だからメールを?」
「そう。こうなったらこっちから行こうって」
外から生徒の声がして、咄嗟に二人で近くの自販機の影に体を隠す。柱と筐体とが上手く密集していて、この暗がりならじっとしている限り見つかることはなさそうだ。……いや、そもそもなんで俺が隠れなきゃならんのだとは思うけど、三玖の三玖らしからぬ俊敏な動きに釣られてしまった。
尻もちをついた俺の上に覆いかぶさるような姿勢をとった三玖は、どうにも先ほどから呼吸の調子がおかしい。浅く早く、矢継ぎ早に酸素の入れ替えを行っている。
「なんだお前、体調でも悪いんじゃないのか?」
「ううん、違うよ」
「にしたっておかしいだろ。どこか体壊して……」
と、ここで俺は一つの大きな違和感に気付く。こちらに三玖が体重を預けてきているのでそのたわわに実った二つの果実の感触がダイレクトに伝わってくるのは当たり前と言われれば当たり前なのだが、それにしたってどうにも様子がおかしいように思えるのだ。
こんなのは一切自慢できることじゃないが、五つ子全員羞恥心の概念がガバガバなので、そのやたらとデカい胸を押し付けられたことはこれまでにも多々あった。なんならちょっと前には布一枚噛ませることなくダイレクトに触る羽目になったりもした。……で、その経験から鑑みて、今の状況はどうにも……。
「気づいた? フータローにしては察しが良い」
「正気かお前。母親が草葉の陰で号泣してるぞ絶対」
「……これくらいで驚いてると、後から腰を抜かすことになるかも」
ものすごく悪い予感に体中が警報を鳴らし始める。いや、というのも、こいつ下着つけてないんだ。どう考えてもブラなしで生活できるような生半可なサイズじゃないのに。これまで何度も感じていたワイヤーの硬さがまるでない。
「待て待て待て! お前まさかここでするつもりじゃないだろうな?!」
「……? じゃあ他にどこでするの? フータローのおうち?」
「それは流石に勘弁だが……。いや、そうじゃなくてももっと……」
「でも、フータロー、ちゃんとえっちな気分になってるじゃん」
「……それは生理現象で」
「嬉しいな。私でもちゃんと興奮してくれるんだ」
ここで三玖は、徐に自分のスカートをたくしあげた。そんなことがあってくれるなよと神に祈ったのも束の間、俺の嫌な予感は最悪な形でもって的中してしまう。
「バカ、お前なぁ……!」
「へへ、もうびたびた……。太ももの方まで伝っちゃった」
「…………っ!」
特有の匂いが鼻をついた。少し前までならこれが何かは分からなくて、しかし今となってはどうしようもなく理解できてしまうこの香りは即ち、女性器からの分泌液で。
そしてそれが太ももまで垂れているということは、本来それを押しとどめる役割を持った衣類が何らかの理由で機能していないことを意味する。……というか、確実にノーパンだこいつ。暗くてはっきり見えないが、布の類が存在していない。
「おい痴女」
「先に見せてきたのはフータローだもん」
「あれは……」
二乃との行為の合間を覗かれたのは事実。その時俺が一糸まとわぬ全裸だったのもまた否定しようのないことで、言いようによっては俺が見せつけたと解釈できなくもない。……が。
「だからって、なんで上も下も着てないんだよ……」
「自分で脱がせたかった?」
「そんな意図は一切ない。お前も小学校から国語やり直してこい」
「でもフータロー、これくらいしないと私のこと意識してくれなさそうだったし」
「意識ってなんだよ意識って」
「二乃と何があったかは知らないけどね、一番最初は私なんだよ?」
「もったいぶらずに結論を言え」
「フータローのこと一番最初に好きになったのは、私なんだよ?」
「…………」
閉口。沈黙。二乃の告白を受けた時もそうだったが、これに対してどんな返事をするのが正解なのかがさっぱり分からない。
それにしたって、順序ってものがあるだろう。あの二乃でさえ、一応は告白した後で肉体関係を迫ってきたのだ。それをこいつは蔑ろにしているせいで、もう全てがしっちゃかめっちゃかだ。脳の処理が追いついてくれなくてくらくらする。
「フータローはさ、二乃と付き合ってるの?」
「断じて違う……」
「じゃあ、なんでえっちしてたの?」
「襲われたんだよ。前みたいに薬盛られて」
「でも、お風呂では自分からしようとしてたように見えた。見間違いかな?」
「……おう」
「嘘が下手」
瞬時に欺瞞を見抜かれて、床に押し倒された。閉所にいるせいで反撃しようにも力が入らない上に、もしかしたら怪我をさせる可能性を思ってしまって、動くに動けない。
「フータロー、二乃とキスは済ませた?」
「…………」
「何回?」
「…………二回くらい」
「そっか。分かった」
「何がだ――」
回数になんの意味があるかはさっぱり分からなくて、だからそれを問おうとしたところに、三玖の唇が覆いかぶさってくる。
口内を撫でる舌の感触は二乃のそれにそっくりだったが、どうにも癖みたいなものが違った。二乃からは口の中全てを調べてやるくらいの意気込みと威勢を感じたが、三玖はひたすら舌と舌を絡めることに終始している。
そのおかげで呼吸がままならない。鼻から酸素を取り入れられるという日頃当たり前に行っていることが今この瞬間だけは上手く行かなくて、頭にまるで血が回ってくれない。
「あ……ぷぁ……」
三玖が一心不乱に全てをねぶり取ろうとしてきて、それに耐えるのが精いっぱいだった。彼女の漏らす喘ぎは恥ずかしがっているのか、それとも場所に配慮しているのか控えめで、色々と豪快だった二乃とは毛色の違いを感じる。五つ子とは言え、細部に関しては違いが生まれるらしい。
さすがに苦しさがどうにもならなくて、腕力だけでどうにか三玖を引きはがすと、二人の唇の間に唾液の橋がつーっと渡った。いけないものを見ているみたいで、急いで視線を逸らす。
「フータロー、二乃と私、どっちが上手かった?」
息を整えるための間のあとで、三玖がこれまたどう答えればいいのか困ることを尋ねてくる。正直、キスの上手い下手を判定できるほどの心の余裕なんてない。覚えていられるのなんて、せいぜいが苦しさと唾液の甘さくらいのものだ。
「……分かんねえよそんなの」
「じゃあ、もう一回……」
「……むぐっ」
今度は、先ほどと比べたらまだ穏やかなキス。唇の間に空気の層が入り込む余裕があるくらいの、静かな。……と、そう思ったのも束の間、突然上唇を咥えこまれて、吸われる。言い表せないもどかしさに襲われて、咄嗟に三玖の背中を抱き寄せた。もう少し強く吸ってもらえないと、痒いところに手が届かないのと似た感覚になってしまう。
「……あ、これ、いいんだ」
「…………やるならもうちょい強く頼む」
「うん、いいよ」
懇願は聞き入れられたようで、強めの衝撃が伝わってくる。唇と唇の隙間からはたまにぴちゃぴちゃ音がして、それが正常な判断力に靄をかけていくのが分かった。
結局、二乃の時と同じだ。どう強がっても性欲の前に膝を折ることになる。こいつらが揃いも揃って巨乳の美少女じゃなかったら、俺ももう少し踏ん張れたかもしれないのに。
「……どう、かな? 二乃よりも気持ちいい?」
「……まあ、今のに関しては、多少」
「そっか。やった」
何がどうやったなのかは定かじゃないが、納得してくれたらしいことは分かった。だから、出来れば胸をぐりぐり押し付けてくるのはやめて欲しい。下着を通さないせいで、感触が生々しいったらありやしないのだ。
「じゃあ、今度はフータローの番ね」
こちらが一息つく間もなく、三玖に再三唇を奪われる。要領を理解してきたのか、ちょっと手慣れた感じすらあった。
勉強もこれくらいの速度で飲み込めよと悪態の一つもついてやりたいところだが、血液が頭ではない場所に集まってしまっているせいで上手い台詞が思いつかない。けだし性欲は悪だ。学生の本分である勉学を多いに脅かし得る。
しばらく人任せに唇を預けていると、何やら三玖の動きに変化があった。催促するように舌で上唇を何度も何度も舐め上げてくるし、腕は俺を急かすように背中をポンポン叩いている。どうやら、何か意味するところがあるらしい。
「フータロー、私にも、やって」
「……何を?」
「唇吸うやつ。ちゅーってするの」
そういえば、二乃にもおねだりをされたっけ。背中をぎゅっとしてだのなんだの。擬音の使い方と言いなんといい、やっぱりこいつらは姉妹らしい。
そして、そんなことを涙目で言われてしまっては、流石の俺も、こう、クるものがあるわけで。
心臓の下あたりがきゅっと締め付けられる優しい苦しみに責任を放り投げて、三玖の上唇を吸った。下手を打てば痕が残ってしまうくらいの強さで、長く。
そしてその後、ようやっと唇を離すと。
「これで三回、だね」
「回数にこだわる意味が分かんねえよ」
「全部二乃より多くもらうの。そうすれば、私の方が上だから」
「どんな理屈だそれ」
「知らない。けど、する」
また、一瞬だけ唇が重なった。これで通算四回。そもそも俺がさっき口に出した『二回』もハッタリのようなものなので、正直正確な数字とは言い切れそうにもない。だが、これからは発言に気をつけなくちゃ。なにせ、言った分より多くやらされる羽目になるのだから。……問題は、それがそこまで嫌なことにも辛いことにも思えないという点だ。本当に頭がどうにかしてしまっている。
「フータロー、二乃としたえっちなこと全部言って。それ、これから私もするから」
「だからなんでだ」
「私の方が上手だって、フータローの体に教え込むの」
「そうするとどうなるんだよ」
そこで三玖は下着に支えられていない大きな胸を自信満々に張って、
「私のこと、ちょっとは好きになるでしょ?」
と大言壮語。
「……俺、襲われてるんだけど」
「でも逃げてないじゃん。私は薬も盛ってないし、縛ってもいないよ?」
「…………」
「フータローに性欲があるのかどうかずっと不安だったけど、意外と正直だったね。気持ちいいことからは逃げられてないもん」
「…………」
「さっきからずっと、太ももに硬いのがあたってるしさ。……出したいんでしょ、すぐにでも?」
「…………」
「いいよ。私に出来る気持ちいこと、全部やってあげるから」
「……やっぱ痴女だお前」
「……む。それ以上言うとみんなにこの前のことバラすからね」
「今までの台詞、何回練習したんだ?」
「…………」
「顔真っ赤にしながら淫語言うとか何がしたいんだよお前は」
夜目が効くようになってきたからはっきりわかる。今、三玖の顔は羞恥で真っ赤に染まっているのだ。元々口数の多い奴じゃないし、予め色々練ってきたとしか思えない。
「作戦ならもっとちゃんとしたの考えて来い。俺の性欲に頼ってる面がデカすぎる」
「なんで私はこの状況でお説教されてるの?」
「詰めが甘いからだバカ。俺に好きって言わせたいなら、それこそこの前の秘密を餌にすりゃいいだろ」
「……それじゃ意味ないもん」
「はあ?」
「……いや、だって、そういうのは心からじゃないとダメだし……」
「お前ら姉妹の恋愛観が分かんねえよ俺は。心より体のハードルが低いってどういうことだ」
「二乃と同じ体だから、私の体に目新しさなんてないもん」
「えぇ……」
「フータローが二乃の裸を見た時点で、他の四人が裸を見られたも同然なの。だから、他のところで勝負しなきゃいけないの」
五つ子理論は俺に理解できそうもない。そこは普通に恥じらうものじゃないのか?
「私の方がフータローのこと好きだって、尽くせるって、教えてあげるんだから……」
言いながら、三玖は俺のベルトをカチャカチャといじっている。しかし残念なことに、不器用さが災いしてなかなか外れてくれないようだ。……しかし、彼女が失敗するたびに絶妙に先っぽの方が擦れる。明らかに意図したものではないのに、こちらの射精感だけが一方的に募っていった。
だいぶ、限界だ。布越しの刺激なんかでは満足できない。