※この作品はR-18です。

五等分の〇〇   作:なるせいぶき

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そうだつさばいぶ②

 昼休み、俺は屋上で一人膝を抱えて、購買で買ってきたパンをかじっていた。思い返すのは今朝のやらかし。ぼろぼろになってしまった自制と、もう止まらない理性。

 案の定遅刻ギリギリになるまで二乃の体を堪能した俺は体力不足の体をどうにかこうにか学校まで走らせて、気だるい午前の授業を乗り越えたのだった。授業が気だるく感じられたのは、内容がどうこうの話ではないのだが。

 もう、二乃の言葉を一切否定できない。潔く認めよう、俺はお猿さんだって。自分の意思で自分の欲を制御できなくなっているのが空恐ろしい。どうしてしまったのだ俺は。

 確かに思ったのに。家庭教師業務の明日が見えてきたかもしれないって、ほんの少しだけ。それなのに昨日の今日でこの有様では、もう目も当てられない。お願いだから誰か俺を止めてくれ。このままじゃ貞操帯の購入まで視野に入ってきてしまう。

 

「やっちまったなぁ……」

 

 両手で顔を覆って呟く。ここは無人だから悔いたい放題だ。後悔バイキング。後悔と航海がかかっているから語感もいい。……本格的に脳みそがダメになってきた。よりにもよってダジャレに逃げるなんて。

 だけど、そうやって逃避しないことにはどうしようもない。どうしようもなく二乃の体温や息遣いを思い出してしまう。思考リソースを別の場所に割かないと、いよいよもって自分が自分でなくなってしまう。

 

「何をやっちゃったの?」

 

 喉の奥が引き攣った。独り言を聞かれてしまったというのもそうだが、それ以上にその声に聞き覚えがあったから。

 

「隣、座るね?」

 

 ぽすっと真隣に腰を下ろす女生徒。首に吊るしたヘッドフォンのおかげで、そこまで注視しなくてもこいつの名前は言い当てられる。

 

「なんだよ三玖」

「フータローが屋上行くのが見えたから、なんとなくついて行こうかなって」

「そうかい」

 

 横で三玖が弁当の包みを開けて、端の卵焼きをつついた。今日もまた、二乃の手作りだろうか。

 

「……欲しいの?」

「いや、いい。ちょっと気になっただけだ」

「ふーん」

 

 ぱくぱくと弁当を食い進める三玖。特にこれといった会話はないが、この前のことがあるのでやっぱりどうしても気まずさは残る。何を話してもどこかで何かに引っかかってしまいそうだ。

 高所だからか、風がある。今は俺の座っている方が風下になっていて、そのせいで弁当のおかずの匂いが香ってきた。それはまだ食欲をそそられるだけだから良かったんだけど、問題は彼女の甘い髪の匂いまで風が運んでくることで……。

 今朝嗅いだばかりのシャンプーの匂いに、一瞬目の前がくらついた。感覚は結び付くもののようで、どうしてもその匂いを嗅いだ時に見ていたものや聞いていたことを容赦なく呼び覚ましてくるらしい。だから俺の脳内には、今朝の二乃との秘め事が再展開されてしまって。

 顔が赤くなるのが分かる。それを三玖に気取られないように下を向くと、どうやらそれが逆に作用して心配されてしまった。

 

「どうしたの?」

「なんでもない……」

「本当に?」

「ああ、なんにもない……」

 

 俺と同じ角度に顔を傾け、こちらを覗き見てくる三玖。良い匂いがするから、もう少し遠ざかって欲しい。

 

「ねえ、フータロー」

「ん?」

「フータローって女装趣味とかある?」

「ないけど。どうしたいきなり?」

「いや、それなら大丈夫」

「…………?」

 

 突飛な質問に、頭上にクエスチョンマークを大量展開しながら対応する。どの角度から切り込めば、そんな話題を突っ込むことになるのだろうか。第一、俺の懐事情的に、そんなことをしていられるほどの余裕はないのに。

 

「私、全然メイクとかしないから、コスメにはあんまり詳しくないんだけどね」

「こすめ……?」

「化粧品のこと。でもほら、フータローも知っての通り五姉妹だから、たまに実験台になったりもするの」

「お、おお」

「でね」

 

 つつーっと伸びてきた三玖の右手人差し指が俺の上唇を撫でる。何事かとお尻一個分体を後ろに退かせると、慄く俺に対して、三玖が優しい声音で諭すように話しかけてきた。

 

「二乃が使ってるリップには、ラメが入ってるの」

「ラメって、あのキラキラ光る……?」

「そう、こういうのね」

「…………」

 

 こんなところに分かりやすい例がありましたとでも言わんばかりに、三玖は俺の唇を拭った指の腹を見せてきた。……あら不思議、そこには太陽光を受けて綺麗に光る物質が。

 

「フータロー、二乃にリップ貸してもらったんだね」

「あ、ああ。今にも唇が裂けそうで」

「うん」

 

 三玖はにこやかな微笑みを崩さないままで、俺のほっぺたをつねってきた。

 

「そんなことあるわけないよね?」

「…………」

「二乃、今日は一人だけ朝早く出ていったの。やることがあるからって」

「…………」

「……ナニをしてたんだろうね?」

「…………」

「ね?」

「……………………」

 

 目敏すぎる。誰がこんなのに気付くんだ。当の俺ですらまるで分からなかったってのに。

 それにしたって絶体絶命。この場をどう誤魔化すかで今後の命運が別れてしまいそうだ。

 

「……これはその、事故で」

「どんな事故?」

「あ、あいつが倒れ掛かってきて」

「それでたまたま?」

「ああ」

「……ふーん」

 

 俺の苦しい弁明を訝しむように、疑わし気な視線をこちらに向けて来る三玖。騙せるなんて思っていないが、もし上手いこと勘違いしてくれるなら御の字だ。

 

「ふーん……」

「おい、三玖……?」

 

 いつの間にか、三玖の見ている場所は唇よりも低い位置に。そしてそこには……。

 

「たまたまで首を吸っちゃうんだ。すごいね」

「…………」

 

 巧妙に隠してもらったものの、未だに接近されるときつい。三玖はそこにある違和感も看破したようで、また人差し指ですくって、手についた粉末をぼんやりと見ていた。

 

「隠蔽工作」

「……いや、その、それは違くて」

「酷いなぁ、こんなこと。私の告白聞いた答えがこれなの?」

「そ、そういうわけでもなくてだな……」

 

 ややこしいことに、この痕をつけた相手も二乃だと勘違いされている。……いや、一花のことを話すくらいだったらそっちの方がまだ好都合だけど、今現在の立ち回りには大いに影響するというか……。

 

「お詫び、ないの?」

「お、お詫びとは……?」

「悪いと思ってるのなら、なんとかして償うものだよね」

「お、おう」

「そういうのさ、ないの?」

 

 こうやって詰め寄るのは、中野家五姉妹に共通する特徴なのだろうか。なにも、そんなところまで似なくていいのに。それにしたって詫びを入れる方法なんぞまるで思い当たる節がなく、だから俺は彼女に指示を仰がざるを得ないのだけど……。

 

「どうすればいいんだよ……」

「ここ」

 

 三玖が指で示すのは己の首筋。普段はヘッドフォンで隠れているその部分。……そこをどうしろと?

 

「ほら、早く」

「……なにをしろと?」

「言わなきゃ分からないの?」

「エスパーじゃないんだ」

「同じ痕、私にもつけてよ」

「…………えぇ」

 

 まーた滅茶苦茶なことを仰る。それがどういった意味で謝罪の形を成すかがまったくもって意味不明だし、なぜか既に俺がそれを確実に遂行する流れになっているのもなかなか不服だ。違った解決策の一つくらい用意しておいて欲しい。

 

「昼休みもそんなに長くないんだし、早くしてよ」

「……それ以外にないのか?」

「うん」

「やらなかったら……?」

「不満で勉強手につかなくなるかも」

「…………」

 

 本当にそんなのばかりだ。俺のウィークポイントを確かに押さえていらっしゃる。その機転を他で生かしてくれればどれだけいいかと思いながらも、成績を下げられたら困ってしまうのは誰あらぬ俺自身で。

 

「……逆に、してくれたら午後の授業も頑張って受けられると思うな」

「…………」

 

 そういう方面でも脅しをかけられるのか、こいつら。確かに、こっちの方が幾分かポジティブな意味合いを含んでいるから、悪くなく聞こえるけれど。それにしたって報酬が俺の行動一つというのがなんとも……。

 

「……これっきりで忘れろよ?」

 

 過去の教訓はどこへやらで、目の前にぶら下がった人参にかぶりつく。今はこの方法以外の上手い切り抜け方を見つけられない。というか、見つけたところでそれは三玖のさじ加減でどうにでもなってしまうのだから、これが実質の唯一解なのだ。だとしたら、腹を括らざるを得ないだろう。

 

 どうしたもんかとたどたどしく近づいて、まあここなら、という位置に唇をつける。この痕がまた他の姉妹に見つかりでもしたら二度手間三度手間なので、極力目につかない場所が望ましい。こいつの場合はヘッドフォンが覆い隠してくれるからそこまで心配する必要がないようにも思うが、念には念をだ。だって、せっかく隠してもらった俺のマークはバレているのだし。

 どれくらいの強さで吸えばいいか分からなかったのでストローでジュースを吸う時をイメージしてみたが、それでは不満らしく、彼女に後頭部を抱き寄せられる。もっと強くないとダメらしい。ならばと肉の一部を唇でつねるイメージで特攻したら今度はお気に召してもらえたようで、そのまま数秒、力をキープし続けた。

 そして、離す。するとそこには、楕円形の赤い痕がうっすらと現れていて。……で、ちょっとだけ背中がぞくっとした。というのも所有欲を象徴しているようで、どうにも気恥ずかしさが拭えなかったからだ。

 三玖はスマホのインカメを鏡代わりにその場所を確かめると、納得するように二度三度と頷く。……ついでに写真を撮った理由を聞くとドツボなので、それに関しては無視することに。

 

 

「よし」

「そりゃどうも……」

「あとさ、フータロー。その痕をもうちょっとだけ目立たなくさせる方法、教えたげる」

「今以上に?」

「今以上に」

 

 こういうのはやっぱり女子の領分なので、まだどうにかできる余地があるのかもしれない。上手いこと消せるなら、それは願ってもないことだ。

 

「どうやるんだ?」

「一番上のボタン外してもう少し首見せて」

「こうか?」

 

 素直に従う。もうこれ以上誰かに見つかりたくないので、俺も必死だ。二乃と三玖とでは専門領域が異なるので、違った見地から別の答えを出してくれるのだろう。そう信じている。

 

「そのままもうちょっとこっちに寄って」

「おう」

「動いちゃダメね」

「……おう?」

 

 垂れ下がった髪を耳の後ろにかき上げてこちらに迫ってくる三玖。……なぜだろう、すごく嫌な予感がしてならない。またしても感が溢れに溢れて止まるところを知らない。

 

「……あの」

「らに?」

「……何をしているのでしょう?」

「らから、いっられひょ?」

 

 日本語でお願いしたい。一部の子音を使えない縛りでもしているのか。……確かに、唇が何かと接した状態での発音なら仕方ないかもしれないけれど。

 一花につけられた痕の、ちょっとだけ下。襟に隠れるかどうかのラインに、なぜか三玖の唇の感覚があった。なんでそんな感覚を知っているのだという話だが、記憶に残っているのだからどうしようもない。とにかく、妙に柔らかな感触が、今俺の首にはあるのだ。

 

「えっ、ちょっ」

 

 で、そこを吸われた。一切の情け容赦なく思いっきり。さっきの俺のやり方がどれだけ甘ったるいものだったかを思わせるくらいの苛烈な勢いで。

 振りほどこうと瞬間的に頭を振ったが、彼女の押さえつける力が存外に強かった。首という急所を取られていて竦んだというのもあるが、これでは逃れられそうにない。噛まれでもしたら一巻の終わりなのだ。

 

「…………ふぅ、これでよし」

「なにが良いんだか俺にはさっぱり分かんねえよ……」

「言ったじゃん、『その痕を目立たなくさせる』って」

「だからって新しい痕に視線寄せてたら意味がないんだって」

「でも、言った通りだよ?」

「明らかに騙す気満々じゃねえか……」

 

 むふーっと笑ってご満悦の三玖。確かにこれで間違いなく前の痕は目立たなくなったけれど、もちろん俺が求めていたのはそういうミスディレクション的な裏技ではなく、正道の隠蔽であって。だからこんなことをされると次なる隠し方を模索する必要性に駆られる。

 

「どうすんだこれ……」

「しばらくすれば消えるよ」

「今日じゃないだろどう考えても。そもそもなんだってこんな……」

「独り占めだよ、独り占め」

「…………」

 

 独占欲なら、もっと目に見えないところで発揮して欲しい。いや、実際はそれも困るんだけど。だって俺こいつの所有物じゃないし。

 しかし本当にどうしたものか。絆創膏なんて貼ろうものなら露骨が過ぎるし、かといってまた二乃に頼むわけにもいかない。礼だの詫びだの難癖をつけられて、あらゆるものを搾り取られてしまう。

 参った。完全にどん詰まりだ。上手いこと角度をつけながら人と接していくだとか、そういった形で苦し紛れに解決しないと。

 

「じゃあ、そろそろいい?」

「……?」

「昼休みもそんなに長くないし、ぱぱっと終わらせちゃわないと」

「自己完結しながら服を脱ぐな。何するつもりだお前」

「…………私に言わせる気?」

「恥じらうな。お前はもうそれが許される次元にいないんだから」

「じゃあセッ――」

「あーーーーーー」

 

 数日の間に何度同じやり取りをすればいいのか。いい加減に俺も精神疲労が溜まってきた。当たり前のことを当たり前だと気づいてもらうまでに、これからどれだけの労力を費やせばいいのだろうか。

 

「いいか三玖、ここは学校だ」

「うん」

「学校は勉学のために設置されているってのは理解できるか?」

「うん」

「理解している奴は答えながらブラウスを脱がない……ッ!」

 

 これ以上の狼藉を許すまいと、彼女の肩に手を置いた。いささか勢いがつき過ぎたようで、三玖が「きゃっ」と小さな悲鳴を漏らす。

 

「あーわり……じゃない! どさくさに紛れてタイツを脱ぐな!」

「……脱がしたい?」

「ちげえよ!」

 

 酷い冤罪には断固として立ち向かわないといけない。だって、俺にそんなフェチはないのだから。たとえあったとしてもここではきちんと抗っていたはず。きっと。おそらく。

 

「……やっぱり着たままが好きなんだ」

「それも違う! 勘違いだ!」

 

 前情報の性質がいかんせん厄介すぎた。特殊性癖のオンパレードみたいなプレイをしたせいで、俺に対する三玖の認識は大いにねじ曲がってしまっている。これはゆゆしき事態だ。

 

「いいよ。私はフータローがどんなにすごい性癖を持ってても、ちゃんと全部受け止めてあげるから」

「もう訂正する気も起きねえよ」

 

 慈愛の笑みを浮かべながら言うセリフではない。当たり前のように俺を変態扱いしているところから既に屈辱だし、名誉棄損もここまでくると一周まわって爽やかだ。俺に関わりのない属性を外野が勝手に付け足さないでくれ。

 

「……フータローのためだったら、なんでもやってあげるよ?」

「…………不要」

 

 流石にちょっとだけぐらついたが、要らないものは要らない。そんなものを手にしたらとうとうおかしくなってしまう。いくら俺がお猿さんで性欲の獣で節操なしだからといって、超えてはいけないラインの選別が出来ないほど愚かではないのだ。だから今、三玖の女の子な部分にばかり視線が向いている気がするのは完全なる思い違い。長い睫毛だとかすっと通った鼻梁だとかたわわな胸部だとか肉付きのいい太ももだとか、そういった場所を見定めているわけでは断じてない。……断じて。

 

「フータロー、目がえっち」

「……え、冤罪」

「ほんとかなぁ?」

「冤罪ったら冤罪なんだよ」

 

 見ている場所を悟られないよう、手で廂を作るようにして彼女からの追撃を逃れる。なおも不躾に検分を続けたがる俺の本能を抑えつけるのにも一役買ったなんてことはない。これも断じて。

 取りあえず、この場から離れた方が良い。衆人環視下ならバカなことは起こらないんだ。だから、確実に人がいる教室なり学食なりに行って、昼の時間はやり過ごそう。二乃や一花に出会ってしまう可能性も大いにあるが、この際それは捨て置く。俺はもう自分を信用していないのだ。

 ……なのに。

 

「おい……」

「脱ぐなとしか言われてないもん」

 

 肩に程よい重みが加わる。見るまでもなく三玖の頭がそこにあるのが分かって、立ち上がろうとしていた気勢を盛大に削がれた。本当はさっさと立ち去りたいはずなのに、俺の中の何者かがそれを阻んでいる。最近この感覚に襲われることばかりで、ついに自分の意思決定権が失われてしまったのかと茫然とする。

 

「フータロー、意外にがっしりしてるよね」

「……肩だけで分かるもんでもないだろ」

「肩以外にも色々知ってるし」

「…………」

 

 盛大に墓穴を掘った。雄弁は銀だと諦めて、もう一生黙っていた方が良いんじゃなかろうか。俺の場合、災いの元になっているのは口ではないけど。

 

「まあ、暗かったから、そこまではっきり見えたわけじゃないけど」

「…………」

「形はしっかり覚えてるんだけどね」

「…………」

 

 絶対に反応しない。ツッコミは禁ずる。今口を開けば絶対におかしなことを言ってしまうという確信がある。

 

「おっきくて、奥にこつんこつんって当たるの」

「…………」

「それが、すごい、良くてね」

「…………」

 

 これ以上は限界の匂いがしたので、片手で強引に次の言葉を塞いだ。自分の血のめぐりに多大なる変調を感じて、次の言葉を聞いてしまったらこのまま彼女を犯し尽くしてしまうという確信がある。

 ……なのに、彼女の行動は俺の予想の更に一段階上をぶち抜いていって。

 

「……ぉい」

「~~♪」

 

 手のひらにぞくりとした異様な感覚が走る。これはそう、野良猫にちょっかいをかけた時のような……。

 

「舐めるな」

 

 ぱっと手を離して、彼女の額を軽くチョップした。口を塞がれたときの反撃としてそれはどうなんだと言いたくなるが、舌戦になると分が悪いので、ここは最小限の言葉で留めておく。沈黙は金。

 

「……こっちは舐めて欲しそうだけど」

「…………」

 

 三玖の視線は俺の下半身へ伸びている。ちょっと待ってくれ。これは弁解させて欲しい。確かに今ので勃ったけど、不意打ちに関しては仕方ないだろ。それに、こうなったからといって漏れなく宿主の性欲が暴走しているかと問われればそんなことはなく、手なんか出さなくても放っておけばいずれ収まるのが常だ。だから別に、三玖の温かで柔らかな舌をここに触れさせて欲しいなんて微塵も思っていない。舌の修飾が過剰になったのは事故だ。

 つーっと服の上から触れるか触れないかの境界でなぞられて、一瞬腰が浮く。これ以上の刺激を欲したとかではなく、ただ単純な肉体の反射で。

 

「触んな」

「……フータローも私に触る?」

「触らん。そういう問題じゃない」

「苦しくないの、それ?」

「性別が違うんだからどんな具合かなんて分かりっこないだろ」

「……私は、フータローになら、どこでも触って欲しいけど」

 

 やけに呼吸を置きながら強調に強調を重ねながら言うので、話半分に聞き逃そうにも上手く行かない。テンポの乱高下でこちらの意識に干渉するのはやめてもらいたい。語調も全体的にしっとり湿って煽情的で、耳の中とか、喉の奥とか、自分の手の届かないところが途端にむず痒くなり始める。

 

「……ダメ、かな?」

「…………」

 

 腕をゆっくり、されど強かに引き寄せられると、確かな存在感を放つ何かしらが形を変えるのが分かった。この前は着衣状態だったためこの布の下に隠されたものの全貌は把握していないが、そのせいで余計に妄想を駆り立てられる。チラリズムとはよく言ったものだ。俺の場合、似たような体つきの他の姉妹を何度かひん剥いているから余計にたちが悪い。どうしたって限りなく実態に近い形で、彼女の胸の形やら何やらを想像できてしまう。

 俺が答えないまま俯いていると、いっそう強く体同士が密着した。厚い胸の脂肪を貫通して彼女の鼓動音が届き、たじろぐ。一説によると生物の拍動回数には生まれた時点で限度があるらしい。種や属、あるいは個体によっても異なるという話だったか。……ではなぜ俺がそんなよしなしごとに思考を持っていかれているかといえば、このペースで三玖が心臓に負荷をかけ続けたら、五分もしないで死んでしまうのではないかと思ったからで。

 

「恥ずかしいから聞かないで……」

「羞恥のポイントがずれてんだよ……」

 

 もっと恥じるべきタイミングがあった。俺視点から見ればいくらでも。なのに、なぜ早まる鼓動を聞かれたくらいで顔を紅潮させるのか。そして、それならなぜ俺の腕を掴んだまま離さないのか。思考と行動が相反している。盛大な矛盾を抱えている。どこかで確実にずれてしまっている。

 これが、さっき言ったとおりに男女差によって生まれるものなのか、俺か彼女のどちらか、あるいは両方の感性が常軌を逸しているからこそ起こり得ることなのかはこの場で得られるサンプルからでは答えを抽出しようがない。被験体の少なさが際立つ上に、例の一つが俺ではバイアスがかかり過ぎるというのもある。……そしてそれ以上に、俺の脳みそがとっくにオーバーヒートしてしまっているということを考慮しなければいけなかった。

 

「……だって」

「だって?」

「恥ずかしいけど、フータローには私のこと、ちゃんと全部知って欲しいから……」

「……血液を送るペースなんて知らされても困るだけだ」

 

 もう、そうとしか答えようがない。情報の取扱いに難があり過ぎて、とっくに処理落ちしているのだ。もし仮に、『隣にいるのが俺だから』ここまで胸が高鳴っているのだとして、どう返すのが正解なんだ。慕情や恋情にはひたすらに疎い人生を送ってきて、唯一それに近いものを感じていたように思う相手からは直々にもう会えない旨を伝えられた。その出来事すら完全に消化できていないくせに、どうして先のことに目が向けられようか。

 

「……あと、困ってるフータロー見るの、ちょっとだけ好き」

「人様の思考で遊ぶな」

 

 再び小突いてやろうとして、無意識に絡めとられている肘を張ってしまった。柔らかい感触がより生々しく、肉々しく伝わってきて、そのまま咳き込みかける。

 

「別に、遠慮なんてしなくていいのに」

「そういうことじゃねえよ」

「私の体がお好みなら、フータローの好きにしていいんだよ?」

「……お前、そういうの本当にやめといた方が良いと思うぞ」

 

 捨身が過ぎる。女性がみな貞淑であるべきだというのは前時代的な押し付けで好きではないが、それにしたってこいつはまずい。献身と言えば聞こえは良いが、このレベルまで来ると次に目指すは人身御供あたりになる。一人の異性に大ハマりして身を捧げるとか、人生設計としてはおおよそ最悪の部類だ。

 たとえば、その相手が中東の石油王あたりなら悪いかじ取りではないように思えるかもしれない。権力や名誉になびくのも一つの生き方ではある。だけど、それならそれで、相手方の選定には極限まで慎重を期す必要があるわけだ。自分の人生を賭けるに足るだけの見返りを、どこかに求めるのが普通なのだ。

 それを考えた時に、俺の市場価値は限りなく低い。自分で言っていて悲しいが、財やら名声やらとは程遠い場所にいるし、人間的な魅力もない。学力に将来性を見込んだところで、バックグラウンドが俺より優れた人間の方が基本的には多いのだ。

 だからこそ、こいつが俺に求めるものは自然と限られてきてしまう。物質的な充足をもたらせる人間でないと分かり切っている以上、精神を満たす以外の道が消え去ってしまう。

 それはつまり、その。

 ただ、愛情を受け取りたいだけだということに……。

 

「……私、そこまで魅力ないかな?」

「そうじゃなくて」

 

 頬のあたりを持ち上げたり、二の腕で胸部を強調したりしながら三玖は問う。女性的な魅力がないならあんな滅茶苦茶なことはしねえだろうがと突っ込みたいが、この状況で持ち出すのは憚られたのでどうにかオブラートに包むことにした。

 

「その……あれだ。あんまりがつがつし過ぎてると不安になる」

 

 放っておいたらいずれ共依存のモデルにでもなっているのではないか。とりわけこいつは自分の能力に自信を持てない奴だから、客観的に見ても大きく平均値を上回っている容姿で勝負に出たがるのかもしれない。……だが、短くない間それなりに近くで見てきた間柄として、そういう自己否定的なやり方を見せられるのはどうも、どうにも。表立って言うほどのことではないにしろ、こいつにだって長所なりいいところなりはたくさんあって。鈍い俺ですら発見できたそれが、彼女の強みに変わらないことはあり得ないと思うのだが。

 簡明な言い方を選ぶのだとしたら……たとえば。

 

「……別に、そんなやり方じゃなくてもなんとかなるんじゃないか、お前なら。俺にだってそう思わせられるんだから自分でも気づくだろ」

 

 これは、意外にもしっくりきた。言葉にするとすとんと落ちた。自分の限界を規定するのはいずれもたらされる結果の方であって、自分自身であってはいけない。それを、伝わりやすい形でまとめられた気がする。

 けれど、慣れないことは言うもんじゃない。さっきとは別の意味から体が熱いし、彼女の顔を見られない。

 だけど、それっきり黙ってしまった三玖のことが気にならないわけでもなくて、沈黙に耐えかね、視線を横に向けると……。

 

「…………」

「いや、だから、羞恥のポイントがだな……」

 

 元々の肌の色を思い出せないくらいにゆでだこ状態な三玖が、唇をもにゅもにゅ動かしていて。

 それが限りなく小さな音での発声だと気づき、耳を傾けると。

 

「フータローも、そういうの、ほんとにやめて……」

 

 なんて、うわ言みたいに何度も何度も繰り返していた。

 やがて三玖は首をぶんぶんと振って、どうにか今さっきの衝撃から回帰すると、真正面から俺を見据えて。

 

「こうなったら、本格的に止まれなくなっちゃう……」

「…………ぇ?」

 

 俺の見立てでは、良い感じに和解する展開だった。もうこんなやり方はしないからねって、そう言わせる流れだった。なのにどうして、彼女の息はより荒く、瞳の色には熱っぽさが増しているのでしょうか……?

 

「体がきゅんってして、もうダメだよ……」

「おい……おい?」

 

 強引に組み伏せられて、彼女の秘部が布越しに俺のテント設営地を強襲した。強がっていても確かにさっさと出してしまいたいというのは事実で、本能的に膨張度がワンランク上に到達する。

 

「ご、ごめんね? いい話の後に、こんな。でも、もう無理。一回抱いてもらわないと、無理」

「何がどう無理なんだよ……ッ」

「頭の中フータローでいっぱいになって、夜も眠れなくなっちゃう」

 

 赤裸々な告白の最中、既にグラインドは始まっていた。一定のペースで襲い掛かる快感を前にして、俺は必死に自我を保とうと歯を食いしばる。

 大丈夫だ。今は割と自我が残っている方。彼女の動きにワンテンポ遅れてついてくる胸の挙動から視線を逸らせなくなっているが、これくらいならなんてことない。思春期にありがちな現象だと言って説明がつく。

 

「じゃま……これ」

「邪魔じゃない。必要なものだ」

「今は要らないもん」

 

 三玖が自分のスカートに手を突っ込んで何かをずらす素振りを見せた。そこまで行ったら何かなんてぼかしを入れる必要性を問いたくなるが、俺は頑として認めないスタンスで行くからな。

 

「これも要らない」

「要る」

「要らない。うるさい」

 

 説得は道理の通じる相手にしか効果がない。それを体現するように、異常に熱くなった舌を俺の口の中に差し入れることで、三玖はこちらの言葉を完全に封殺してみせた。脳髄が痺れる感覚に酔いしれてしまった俺は、彼女の手がズボンから何かを引っ張りだしたことに気付くのが一瞬遅れる。

 そしてその一瞬は、三玖が俺を飲み込んでしまうにはあまりにも十分な時間で。

 

「……ぁ」

「ちょ、待て……」

「この前よりおっきぃ……」

 

 その言い草ではまるで、俺がこのシチュエーションに興奮する変態みたいだ。俺は明らかに受け手なんだから、そんな名誉棄損は承服できない。事実として痛いくらいに怒張していたとしても、言い分をまるっと認めるのには強力な抵抗が付きまとった。

 

「きもち……」

 

 三玖の腰が上下するタイミングで、凄絶な快感が押し寄せる。狭苦しい肉の壁を押し広げる感触に、体中の血液が沸騰を始めている。

 こういう行為を前提に作られている器官だということを知識で理解はしていても、実践段階でその妙を見せつけられてしまうと言葉の一つも出なくなる。彼女の膣は俺に絡みついて離れず、例えようもない柔らかな感触を与えてきた。

 

「……あ、っ!」

 

 こみあげてくるものを躍起になって押さえつけている俺を尻目に、三玖の体が大きく跳ねて、痙攣を始めた。彼女の眼球の焦点はぼんやりとしてはっきりせず、ただとろんと蕩けきった顔で、ぼんやり俺の顔の輪郭をなぞってくるだけ。

 

「私ばっかり、ずるいよね……」

「…………」

 

 なのに、彼女は再び上下運動を始めようとしていた。震える体と覚束ない動きでもって、どうにか俺の絶頂を促そうとするように。

 言うなれば、危険水域のその向こう側。決壊した堤防の淵でどうにか踏ん張っていた足が、急流に流されるがごとく。

 完全に崩壊してしまった俺の理性が先導して、問答無用で三玖を押し倒していた。

 

 

「ふーたろ、それ、すご……っ」

 

 ペース配分など微塵も考えていない強引な挙動で腰を荒々しく打ち付ける。そのたびに液体の弾ける音がして、それが更なる感情の起爆剤の役割を果たした。

 呼吸が出来ない。というか、今息を吐いたら意識を失ってしまいそうだ。

 だが、今の俺の肉体に必要なのは酸素ではなかった。そんなどこの空間にでも漂っているありふれた物質より、もっと希求しているものが存在した。

 とうとう、三玖の口から放たれる音に、言葉としての意味が消えた。ただ、有り余る激情を音声に変換しただけになった。俺も俺で、目に入った汗を拭うこともせず、ただがむしゃらに腰を振っている。刹那的に生命に危機的な変化が起こっているせいか、本能が種の存続の方に比重を置いたようで、いつも以上に体が動く。自分のスペックを超えた運動能力が発揮できている。

 そして、当たり前のように、限界がやって来た。

 

 脈打つ。

 蓄えていたものを惜しげもなく全て吐き出す。

 彼女の内側を白く白く汚していく。

 三玖は逃れることもなく、そのすべてを一身に受け止めた。引き抜いた瞬間に溢れる液体さえ惜しむような眼をしていた。

 しかし俺は、もうまともな思考を働かせることも不可能で、そのまま三玖の上に覆いかぶさる。

 

「ま、待って。流石に今動かれたら死んじゃう……!」

「…………」

「……フータロー?」

「…………しばらく、このまま」

「……………………あぅ」

 

 彼女の柔らかい体をクッションにして、ゆっくり目を瞑った。こうでもして休息を取らないと、いよいよどこかで死んでしまいそうな気がしたから……。

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