※この作品はR-18です。

とある魔術の柚子世界   作:バハルストスFF

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『DRACU-RIOT!』編、完結です。
 長々引っ張りましたが、ここでまた一つの節目を迎えます。


第十話 吸血鬼の黄昏

 Phase 6-1 跳梁跋扈 / Awakening_the_Monster.

 

 

 AM.0:05

 

 最初に戦いが起こったのは市庁舎では無く、あるカジノの入口だった。

「吸血鬼は残らず抹殺しろ!」

 本土より来たる狩人が、化物たちを狩ろうとしていた。

「……来やがったか」

 対するは、化物の域を超越した最強の怪物。

 学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)。

 彼は電極のスイッチを切り替え、その猛威を解放する。

「よォ、ゴミ共。初めましてじゃねェよなァ」

 傍目に見れば、生身でしかない。手に持つのは杖だけ、防具の類も無し。自殺行為としか思えない第一位の行動を見て、ディーラーや客は直後に起こる悲劇を想像した。

 だが、武装した『人間』の集団は警戒を強めており、迂闊に動かない。

「殺す殺すと息巻く割にはチンタラしやがって。大方、合法的に殺す為の大義名分欲しさってトコか。下らねェ」

「……」

「本当なら、下らねェ親玉を引きずり出してブチ殺すのが手っ取り早えェンだが……ま、どォせオマエらは使い捨てだろ。持ってる情報に大した価値はねェ」

 だから、と彼は付け加えて、軽く地面を蹴って狩人達に肉薄する。

「ここで寝てろ」

 直後、轟音と共に狩人達が宙を舞った。

 戦闘開始から終了まで、たったの一分だった。

「な……」

 何人かのスタッフは既に臨戦態勢であったのだが、敵が速やかに沈黙してしまったが故に何も出来ないでいた。

 一方通行(アクセラレータ)はそちらに意識を向けることなく、山の中に眠る連絡手段となりそうなものを引きずり出していく。

 そうして掴んだのは、一台の無線機だった。

 

 

 ある建物の中にて。

 金髪の魔術師は、外の騒がしさで目を覚ました。

「ぐ……ああ?」

「あ、少年。目は覚めた?」

 聞き覚えの無い声に反応し、ズキズキと痛む体をどうにか動かして上半身を起こしたトール。

 彼は、生きていた。戦略爆撃の10倍の破壊を受けてなお、五体満足で。

 しかし、相応の深手は負った。その証拠に、体のあちこちに赤い染みの浮かんだ包帯が巻いてある。

 朦朧とした意識の中で部屋を見回すと、赤い髪の女がいた。その女は、安堵の表情を浮かべている。

「誰だ。俺に何の用がある」

「何って、倒れてたから助けただけだよ。生憎、完治ってわけには行かなかったけど……痛むかな?」

「……そうか、ありがとよ。こんくらい動けば、治療は出来なくねえ」

 周囲に、回復魔術に使える物がないかを探すトール。そこへ、女が声をかけてくる。

「ねえ、どうしてこんな酷い怪我をしていたのかな?」

「……妙なヤツに襲われた、そんだけだ」

「もしかして、それは魔術師だったりしない?」

 魔術。その言葉を耳にしたトールが驚きと共に女性を見据える。

「……魔術? なんだそりゃ」

「その傷、微かに魔力が残ってた。それに、君にも……だから、魔術じゃないかなって思ったんだ」

「…………もしかして、魔術を知ってるのか?」

 問いかけると、すぐに返答があった。

「うん。アタシは魔術師なんだ。その様子だと、そっちも同業者って感じ?」

「あー、まあそうなるな。つーわけで追加の治療をするんで、色々使わせてくんねえか?」

「ああ、ごめん。持ち合わせは全部使っちゃった」

 困り顔のトール。動けないほどではないが、重い傷を負ったまま戦うのは厳しい。

「今から薬局に行くのは難しそうだね。ゴメン」

「となると、回復魔術を使うしかねえわけだが……物が足りねえな。ここで術式を組むのは厳しそうだ」

「回復魔術……? まっ、今はいいか。で、さっきの質問に戻るけど……その傷は、魔術師との戦闘で付いたもので間違いない?」

「そうかもしれねえ。だがこの世界には、超能力でも魔術でもねえ法則がいくつもある。だから明言は出来ねえな」

 例えば吸血鬼の能力。あれは魔術ではないが、学園都市製の能力とも方式が異なる。

 その他にも、この世界にはトールのいた世界に無かった法則がいくつも存在する。

 それ故に、黒衣の男が使う力が魔術だとは断言できない。もう少し検証の必要がある。

「なるほど。相手の特徴は?」

「あー、真っ黒なローブを着てて、態度が妙に偉そうな事くらいだな。……つーか、何でそんなの知りたがってるんだ?」

 トールがそう尋ねると、女は顔を顰める。何か思案しているような様子だ。

 だがそれでも、女は答えを出した。

「そうだね。アタシも、人を追ってるんだ。今、少年が言った特徴に合致する魔術師をね」

「……へえ」

 そんな事だろうとは思っていたのか、つまらなそうに返すトール。

 今はそれに関与している場合ではない。

 だが、そうも言っていられなくなるような事を、女は言い放った。

「ねえ少年、エドワード・アレクサンダー・クロウリーって名前は聞いたことあるかな」

「……クロウリー、だと? おいまさか、あの黒いヤツがそうだってのか!?」

 

 AM.0:10

 

 積み上げた人の山に目もくれず、一方通行(アクセラレータ)は静かにスイッチを切り替える。

(市庁舎、か)

 誰も近寄れなかった。武装した戦闘員の集団を無傷であしらう白い怪物に、触れたいと思う者など誰もいないのだ。

 たった二人を除いては。

 打ち止め(ラストオーダー)とクリファパズル545。

 一方は心配そうに、もう一方は意地の悪い笑みを浮かべていた。

「……俺はこのバカ騒ぎを止めてくる。オマエはここで待ってろ」

 諭すような第一位の声に、曖昧な頷きを返す打ち止め(ラストオーダー)。イギリスからだってちゃんと帰ってきたというのに、それでも心配されているらしい。

 思えば、誰かに心配されるという事自体、ろくに経験がない。

 あの少年と出会う前には、想像さえしなかった事態。故に、こんなやりとりだって慣れるはずもない。

 それでも、彼はこう返す。

「全部終わらせて、必ずここに帰ってくる。心配すンな」

 

 その様子を遠巻きに見ていたディーラーの一人、ニコラはこう呟いた。

「武装集団を一方的に倒す……一方的……はっ! そうだ、彼の異名は一方通行で」

「ニコラはこんな時でもいつも通りだね……」

 

「何がどうなってる!?」

 市庁舎前は大混乱だった。風紀班、狩人、吸血鬼の三勢力が交戦していたのだ。

 正確に言えば、狩人と吸血鬼が正面衝突し、風紀班は手出しができない状態だった。

「これ、どっちに味方すればいいの?」

 美琴が問いかける。眼前には銃声が飛び交い、悲鳴がこだまする地獄絵図が繰り広げられているせいか、焦っているようだ。

「決まってる。本土の連中だ!」

 兵馬が答えた。彼の立場ではそうするしかないし、それを抜きにして状況だけで考えても、狩人に味方するのが今は一番無難なのだ。

 この二勢力が争った時点で、既に海上都市の命運は決したようなものだった。

 人の手に渡るか、吸血鬼の手に渡るか。互いに支え合っていた手綱を、今は引き合っている。この先どんな結論になろうとも、今までの海上都市は維持できない。まず間違いなく、どちらかの種族が排斥される。

 第三勢力の乱入で、戦いそのものが台無しにでもならない限り。

(……あ)

 何人かは気付いた。

 風(・)紀(・)班(・)こ(・)そ(・)が(・)、(・)第(・)三(・)勢(・)力(・)た(・)り(・)う(・)る(・)こ(・)と(・)に(・)。(・)

 そう。風紀班には吸血鬼も人間も所属しているのだ。それ故に、どちらにも与しない第三勢力としての資格を十分に備えている。

 つまり、島を守るには。

「ふんっ!!」

 動きがあった。激突する二勢力の丁度ど真ん中に向けて、極大の雷撃が撃ち込まれたのだ。

 そんな事を行える者は一人だけ。

 御坂美琴という、風紀班に味方している特大イレギュラーだ。

「アンタら全員、私が相手よ」

 そう言い放つ彼女の周囲を、蒼白い雷光や黒々とした砂鉄が取り巻く。

 たった七人しかいない、学園都市の超能力者(レベル5)。その第三位が、ついに本領を発揮する。

 手始めとばかりに、多方向への放電。回避する事さえままならず、多くの者が倒れ伏した。

「ぐ、このアマぁ!」

 残った者たちは美琴へ銃撃を仕掛けるが、磁力操作で車を呼び寄せ盾にする。

 近寄る者には砂鉄の塊が殺到して、攻撃を通さないどころかカウンターまで叩き込む。

 遠近も攻防も自由自在。圧倒的手数でもってあらゆる敵をねじ伏せる。一人で軍隊を相手取れるという触れ込みに一切の偽りがないことを、戦いの中で証明していた。

「まだまだ!!」

 ものの数分で数を半分にまで減らしてのけた美琴。しかもその間に、入り口を塞いでいた吸血鬼を強引に移動させて道を作っていた。

 殿(しんがり)とばかりに入り口に美琴が立ったことで、狩人達も漸く気付いた。

「しまった! 風紀班の連中が!」

 当たり前のように、時間稼ぎまでこなしている。二勢力の注目を彼女が集めている間に、風紀班は市庁舎へ突入していた。

「さ、止めたいなら私を倒してみなさい」

 この場の流れを完全に掌握した第三位。挑戦的な笑みと共に、砂鉄の群れが展開される。

 さながら、大輪の花のように。

 あるいは、猛獣の咢のように。

 

 AM.0:15

 

「おー、やってんなあミコっちゃん」

 美琴と交戦する集団の背後から、のんびりとした声が聞こえてきた。

 声の主は、満身創痍という言葉を体現しているトール。それでも彼は、戦場に舞い戻った。

「新手か!?」

「かかれ!!」

 丸腰にも拘らず、突如として危地に現れた少年。美琴よりは危険度が低いと判断したのか、そちらへ牙を剥く者もいた。

 だが、その判断は誤りも誤り。

 指から一瞬だけブレードを噴出させたトール。その際に生じた烈風だけで、近付く者を片っ端から吹き散らしていく。

「ぐ……!」

 雑兵の悲鳴に混じる、トールの呻き声。

 普段ならば何ともないはずの動作。だが、全身に傷を負った今も同じようにいくわけではない。

 具体的には、その反動制御で体が悲鳴を上げていた。神にも迫る力を操ると言っても、あくまで彼は人の身だ。肉体の損傷が力の行使に影響するのは同じである。

 美琴も困惑していた。

「ちょっとアンタ、何してんのよ!」

「見て分かんねえか。この戦いを終わらせに来たんだよ」

 万全には程遠いがな、とぼやくトール。だがその表情はどこまでも明るい。

 彼にとっては、これも新たな経験値稼ぎの一環なのだ。

「状況は読めてる。ここの掃除は任せた」

 それだけ言うと、人の壁をすり抜けながらトールまでもが市庁舎へ侵入する。

「……ほんっとに、アイツは……っ!!」

 身勝手な振る舞いに対する苛立ちから、美琴の周囲で雷光が弾ける。

 不吉な音に慄く残党に向けて、彼女は再び雷撃を撃ち込んだ。

 それと同時に。

 彼女の遥か上空で、爆音が轟いた。

「何が!?」

 

 

 視点を変えると、こうなる。

「さァて、と」

 うんざりした様子で吐き捨てる一方通行(アクセラレータ)。バッテリーの無駄遣いを避けたい彼としては、最初から本丸に殴り込みをかけたいのが本音だった。

「ま、アレだろォな」

 大体の予想はついていた。

 騒動の元凶がいるのは、この島で最も高いビルだ。何の役割を持っているか、正確な所は分からない。だが下の方から煙が上がっている事から見ても、そこが市庁舎であると考えて間違いなさそうだ。

「行くぞ」

 返事を待たず、スイッチを切り替えながら傍らの悪魔の尻尾を握りこむ第一位。

『ちょ、尻尾はああああああ!!』

 悪魔は悲鳴を上げるが、無視した。

 地面を蹴り、ふわりと浮き上がる。その背中に四本の竜巻が出現した。

 この後何が起こるのか察した悪魔の頬が引き攣る。

『ぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!』

 絶叫を伴った、白い流星が。

 音をも超える速さで、市庁舎の最上階に直撃した。

 

 

 あるカジノの近くを、一人の女が通りがかった。

 その女は、トールを助けた人物と同一で。

 彼女が今いるカジノは、打ち止め(ラストオーダー)が預けられている場所でもあった。

「あの少年、どこ行ったのかな。何か知ってそうだったけど――」

 言いかけて、気付く。重武装に身を包んだ者達が、カジノへ突入していく光景に。

「……やれやれ、何処でもやる事は変わらないみたいだね」

 そっと息を吐きながら、女は一歩踏み込む。

 爆音を鳴らしながら、武装集団の下へ滑り込んだ。

 

 AM.0:18

 

「あァ? 何でオマエがここにいる?」

「そうだね……僕が事件の仕掛け人だから、かな」

「そォかよ。つまり、ここが馬鹿騒ぎの中心って事で間違いねェよォだな」

 大破壊を起こしていながら、学園都市第一位はどこまでもふてぶてしかった。

 敵の根城となった場所だ。どんな由緒があろうが、どれほどの重要性を持っていようが、壊すのを躊躇う理由などありはしない。

「随分と乱暴な真似をしてくれるね」

 対する王も、平静を保っていた。まるでこの場所に、何の執着もないかのように。

「こういうのって普通、下から順番に登ってくるものじゃないかな」

「アホか。ゲームじゃねェンだ、いちいちお行儀よくダンジョン攻略なンざするわけねェだろォが」

 途中のギミックも全て無視して、一足跳びにボス部屋へ移動するような暴挙。学園都市第一位である彼だからこそ許された、掟破りの一手だった。

「君もまた部外者、か。僕達の計画を邪魔しないで欲しいんだけど」

「知(・)ら(・)ね(・)ェ(・)よ(・)」

 つまらなそうに、一方通行(アクセラレータ)は吐き捨てる。

 関係ないのだ。敵のバックボーンなんてものは知った事ではない。人間生きていれば、誰かしら抱えるものがある。その内容は人によって様々で、中には対立が避けられない事もあるだろう。

 だからどうした。

 そんなことが、自分の道を譲る理由になるものか。

 どんな過去も事情も踏み越えて、信じた道を突き進んだ先にこそ、掴める未来があるのだ。

「言ったろ、オマエに思う事なンか何もねェってよ。こっちは無関係の野次馬だ、せいぜい好き勝手に荒らさせてもらうぜ!!」

 言い終わるや否や、一方通行(アクセラレータ)は手近の机を蹴り飛ばした。

 それを念動力で平然と受け止めた元樹が、こう答える。

「なるほどね。そういう事なら、僕も遠慮なく踏み潰させて貰うよ」

 双方、床を割り砕かんばかりに踏み込んで、最高速度で激突した。

 

 AM.0:20

 

 ズズゥゥゥン……と、重く響く音が揺れと共に伝わる。上の方からだ。誰かが戦っているのか、それとも敵が何かを始めたのか……それは分からない。

 だが、今はそれどころではなかった。そんな事に拘泥していては、間違いなく生き残れない。

 佑斗と莉音が、風紀班を相手に戦っているのだから。

「莉音ちゃん、目を覚まして!」

「佑斗、いい加減に……きゃっ」

 分かっていたことだが、ライカンスロープは敵に回すと厄介この上ない。今回はそれが二人同時。未曽有の事態だ。

「ったく、手のかかる奴だな……っと!」

 そんな過酷な戦場に、制御不能な傑物がもう一人。

 雷神トール。

 否、今は全能神トールと呼ぶべきだろう。負傷をものともせず、彼は操られた少年に挑む。

「六連ちゃんは俺が引き受ける。お前らはもう一人をやれ!」

 その言葉が引き金だった。風紀班の意識が莉音へ向く。佑斗はその隙を狙うが――

「全能神相手に余所見とは、随分余裕かましてくれやがるな!!」

 トールが割り込み、攻撃を許さない。あらん限りの重さを乗せた蹴りを叩きこみ無理矢理引き離す。

 攻撃の度に体の節々から上がる悲鳴に苛まれるが、泣き言は言っていられない。

 歯を食いしばりながら、拳を握り込んで、全力で振り抜く。迎撃とばかりに佑斗が放った爆発じみた暴風さえもすり抜けて、全能神の一撃が顎を撃ち抜いた。

 二、三歩よろめく佑斗に向け、トールは連撃を放った。能力を使う暇さえ与えないほどに、繰り返し、繰り返し。

 鳩尾、脛、顎。急所という急所に、全ての攻撃がクリーンヒットし続け。

 その数が30を超えた頃に、ようやく佑斗は倒れ伏した。

「痛ってえ……なかなかタフな奴だ」

 両拳に赤黒い液体を滲ませながら、誰に向けるでもなく呟くトール。もう一方の戦闘はどうなったのかと目を向けるが、そちらも既に戦闘は終了していた。

「美羽ちゃん、ありがとう」

「いえ。見事だったわ、布良さん」

 どうやらうまく連携したようだ。こういう時、どこまで行っても孤独に戦うだけの自分とは違う世界が垣間見えてくるのだ、なんてトールは考えていた。

 その刹那、窓の外を上から下へ、何かが高速で通過した。続けて下から上へ。空気を揺らす音が連続する。猛烈な速度故に視認も困難だが、トールには誰が戦っているか分かった。

 目まぐるしく動く白い軌跡。間違いなく、一方通行(アクセラレータ)のものだろう。

「野郎、抜け駆けとはズルいぜ。俺も混ぜてくれよ!!」

 窓に溶断ブレードを叩きつけ、空いた大穴に飛び込む。飛行能力を持たないトールが、足場一つない空中へ躍り出た。

 

 AM.0:25

 

 超音速で魔手を振るう一方通行(アクセラレータ)。掠りでもすれば、その瞬間に五体を引き裂くだろう明確な脅威は、しかし元樹の身体を捉えることは無い。

 舌打ちする怪物の上空から、思念にも似た声が届いた。

「どうかな、虚体という能力は。中々優秀だろう?」

「あァ、ちょこまか逃げるしか取り柄のねェチキン野郎には良くお似合いだな!!」

 二人は既に市長室を飛び出し、夜の空へと場を移している。

 第一位の背には竜巻の翼が接続され、推力と揚力を同時に担保している。

 元樹も原理は不明ながら、落下することなく空中を移動していた。

「逃げるだけだなんて。そんなことは無いよ」

 言うが早いか、元樹は銃を握る構えを取った。数字が弾け、銀の銃がその手に現れる。

 それを見た時には、一方通行(アクセラレータ)は既にその場を離れていた。

 虚空を蹴り、全身を叩きつける勢いで元樹の下へ飛び込む。だが、元樹が引き金を引く方が早い。

「衝撃の(ブラスティング)――」

「おぉ……らぁ!!」

 そこへ、別の誰かが突っ込んできた。靡く金の長髪、トールのものだ。

 拳の直撃を受けた元樹の身体がぐらりと揺らぐ。その隙を見て、一方通行(アクセラレータ)は市庁舎の向かいにあるビルの屋上へ降り立った。

 どんな仕掛けを使ったのか、全能神トールもそこへやってくる。だがそちらには目もくれず、第一位は傍らの悪魔に呼び掛けた。

「あの術式は何だ」

 答えが返ってくるまで、少々の間があった。

『……アラン=ベネット、そしてアレイスター=クロウリーが得意とした魔術。「霊的蹴たぐり」ですう』

 クリファパズル545が述べた中には、聞き捨てならない名前があった。

「アレイスターだと?」

『はい。対象の脳を起点として発動し、自身の動作で相手に攻撃を想像させ、それを現実にさせる魔術になります。アレイスターはこれを多用していましたあ』

「パントマイムとプラシーボ効果の複合……で、何であの野郎がその魔術を使える?」

「そりゃ、後ろにアレイスターがいるからだろ」

 トールが口を挟んできた。無視を決め込もうかとも思ったが、何かを知っている以上聞き出さなければならない。

「オマエ、何を知ってる?」

「別に何も。たださっき、妙なヤツに同じ術式をぶち込まれてな。誰のもんなのか確認したかったんだが、やっぱアレイスターだったか」

 相変わらず話す気があるのかないのか分からない口振りに辟易しながらも、その中に含まれた情報を拾う一方通行(アクセラレータ)。

 もともと考えていた可能性ではあった。今回の敵が、先代統括理事長のアレイスター=クロウリーなのではないか、と。

 敵が口にしていた『計画(プラン)』という言葉。それはアレイスターが掲げていたものだ。学園都市の全てを使った、未だ全容の見えない忌々しい目論見。

 敵が同じ言葉を使ったのが偶然とは思えない。相手が自分を知っているからには、その言葉にも意味はある筈だと予想していた。

 だからこそ、間に深い溝を横たえた第三位さえも頭数に加えようとした訳だが。

「あの野郎、またロクでもねェ真似しやがって」

「ま、考えるのは追々でいいだろ。まずはあいつを倒してからだ。アレイスターとの関わりを聞き出さねえとな……じゃ、手助けよろしく」

「……オイ、何で手を組む前提なンだよ」

「日本じゃ、乗り掛かった舟って言うんだろ。ほら行くぞ!」

 言うだけ言って、その姿が掻き消えた。何処へ、と目をやると、元樹に一撃浴びせるトールの姿があった。

「…………これは俺の役目じゃねェだろ」

 ぼそりと吐き捨てて、一方通行(アクセラレータ)も屋上を蹴った。

 そのまま無造作に右腕を振るう。風速100メートルを超える大気の砲弾が、トールごと吹き飛ばす勢いで元樹へ迫った。

「ふっ!!」

 回避のために高速で左へ飛び退る元樹へ、『全能』の術式で照準を合わせたトールの拳が放たれた。だが元樹は肉体硬化でこれを完封し、カウンターの霊的蹴たぐりを右手で放つ。

 今度は、長大なレーザーブレード。その延長線上には第一位も全能神も収まっている。二人共、それを視認した。

「衝撃の杖(ブラスティングロッド)!!」

 第一位は、悪魔の手助けを受けて無効化したが。

 全能神は、回避出来なかった。

「がっ……」

 元より満身創痍だったトールの身体から力が抜ける。術式を維持できない。足場も何もない、ビルの谷間の空隙へと落ちていく。

 一方通行(アクセラレータ)は、そちらへは向かわなかった。

 にも拘らず、トールの落下が途中で止まった。

 第一位以外に、彼を受け止めた者がいたのだ。その正体は――

「……六連ちゃん」

 

 AM.0:30

 

「悪い、待たせた」

 如何なる方法によってか空中で静止する佑斗に抱えられながら、トールは驚いたような声を出した。

「……復帰早過ぎだぜ。俺、結構ボコボコにしたつもりなんだが」

「そうだな。正直今でも痛んでる。吸血鬼じゃなかったら立ち直れなかったな」

「はは、そいつは悪かった。無理そうなら下がっていいぜ」

「いや、俺は戦う。ケリをつけたいんだ、俺が」

 やれやれ、とばかりにトールは頭を振った。何処の世界にも、妙に芯の通ったヤツがいるらしい。

「アテはあんのか?」

「俺はライカンスロープだ。もしかしたら、ライカンスロープも『喰える』かもしれない」

「そういう事か。なら、それに賭けてみようぜ。バックアップは俺とあの白いのでやる」

「分かった」

 即座に頷きを返して、佑斗は空を見上げた。竜巻を背負った白い何者かの攻撃をいなした元樹が、こちらへ向かっていた。

「アハハハハ!!」

 狂った哄笑を上げながら佑斗とトールに迫る元樹。だが、その軌道が突如真横にブレた。

 さっきまで元樹がいた場所を、青白い電撃が下から上へ通過する。壁を垂直方向に猛進するA.A.A.に跨る美琴が放った、雷撃の槍を回避したのだ。

「見え見えだよ!!」

 余裕と共に叫ぶ元樹の右手に、赤い閃光が集中し始めた。何が来るかは分からないが、直撃すればただでは済まない。

 だが、トールは余裕だった。

「いいや、お前は何も見えてねえ」

「は?」

 直後、先程昇ったものの倍にも及ぶ雷撃が落ち、元樹の右腕を焼いた。

 槍の軌道上にいた一方通行(アクセラレータ)が、その能力で『反射』したのだ。

「ぐっ、うううっ!!」

 絶叫を噛み殺しながら、元樹は真上を振り仰ぐ。強化された視界には、退屈そうに天下を見下ろす怪物がくっきりと映っていた。

「余裕こいたな。あのバケモンから目を逸らしちゃいけねえぜ!!」

 トールが叫ぶのと同時に、彼の五指から伸びた雷剣が元樹の両腕を根元から斬り落とした。

 王たる吸血鬼の両肩から、鮮血が噴き出す。思わず目を覆いたくなる光景だが、誰も目を逸らさなかった。

 だからこそ、元樹は嗤っていた。

「見えてないのは…………君達の方だ!!」

「……!? 何を――」

 言い終わる前に、そ(・)れ(・)は起きた。

 斬り落とされ落下する元樹の両腕から、血のように赤い光が飛び出し。

 海上都市の夜空を、乱雑に薙ぎ払った。

 

 AM.0:32

 

 暗い空から、轟音が聞こえてくる。風紀班も、吸血鬼も、狩人も、無関係の一般市民でさえ、幾度となく耳朶を打つその振動が終幕へのカウントダウンであると悟っていた。

 

 

「……布良さん」

「うん。行こう、美羽ちゃん」

 二人は空を見上げ、次いで駆け出した。

 

 

 手の届かない高みで、島と人と吸血鬼の命運を懸けた戦いが繰り広げられている。島にいる者全てが、事情を知るも知らぬも問わず、空を見上げていた。

 だから、その光景も目の当たりにしていた。

 空中に突如、眩い光が噴き出す。天を衝かんばかりに何処までも伸びゆくその光は、ギラついた海上都市の街明かりよりも、夜空を照らす月の光よりもなお、強く強く輝いていた。

 まるで、翼のような形を取りながら。

 

 

「どうしてだ……」

 追い詰められた王が、呻くような声を上げた。

 両手を失い、捨て身で放った攻撃も怪物に『反射』で無力化された彼に、最早打つ手などある筈もなく。

 ただ、怒りを声に乗せていた。

「どうして、僕の邪魔をするんだ!!」

「知るか。道のド真ン中で茶番劇やってンだ、邪魔なのはオマエだろ」

 一方通行(アクセラレータ)はどこまでも退屈そうだ。

 彼は別に、この案件に首を突っ込みたかったわけではない。どこぞのツンツン頭と違って、目に付くものを片っ端から救い上げる性質がある訳でもない。ただ単に、打ち止め(ラストオーダー)に危害が及ぶ事態になったから騒動を鎮めに来ただけ。

 本当に、たったそれだけなのだ。

 人間と吸血鬼だとか、島の覇権争いだとか、一方通行(アクセラレータ)はそんなものに何の関係も興味もなかった。

 さて、と怪物は前置きして、

「猿芝居もここまでだ、諦めろクソ野郎」

 認められない、とばかりに元樹は頭を振る。だがそんな事をしたところで、天災は見逃してくれない。

 通り過ぎるのを待つしかなかったのだ。だというのに、彼は待たなかった。もし一方通行(アクセラレータ)の持つ力を正しく把握し警戒していれば、嵐が吹き荒れる中で川の様子を見に行くほどの愚行を犯さずに済んだのかもしれない。

 あるいは。

 一方通行(アクセラレータ)についても知っている筈の協力者が、あえて教えなかった可能性もあるのだが。

 どちらにせよ、盤上の怪物から意識を逸らした時点で、扇元樹という男は詰んでいた。

 だから、ここからは蛇足。完全な悪足搔き。

 それでも、王は諦められない。何の関係もない部外者に全てを台無しにされるなんて、許容できるものではないだろう。

「こんな所で終われない。こんな形で終わらせるわけにはいかない」

 怪物は何も答えない。代わりに、佑斗が告げた。

「いや、ここで終わらせる……」

「どうしてだい、六連君。君はライカンスロープだ。このまま人間の横暴を許せば、いずれ君も排除されるんだよ!」

「そんな事よりも、友達を守る事の方が大切だ」

「その為に僕を倒すのかい? その結果、君の友達が人間によって傷つけられるとしても?」

「そうなるとは限らないだろう。俺は、人間と吸血鬼が手を取り合えるって信じてる。海上都市は、その象徴だ。絶対に守らなきゃいけないんだ」

 決意と覚悟を乗せた言葉。それを聞いた時に、その場の誰もが主役は誰なのかを理解した。

 故に、方針は固まった。

「六連ちゃんを援護しろ!!」

 

 暴風に揺れるビルの中で、アンナ・レティクルはそれを聞いていた。

 彼女は、薄く笑っていた。

「我々の役割は……もう、終わったな」

 車椅子を失って、地に倒れ伏して、口から血を流して、それでもなお。

 彼女は、思いを託せる次の世代が現れたことを喜んでいた。

 そんな感慨を遮るように、彼女を甚振った張本人たる魔法使いは問いかける。

「荒神小夜をどこに隠した」

 即答だった。

「君のような人間には、一生かけてもわからない場所だ」

「良い答えだ。我の好みではないがな」

 音もなく、アンナの胸元に大きな銃創が開いた。

 

 

 本来ならば、トールの指令に美琴と一方通行(アクセラレータ)が従う理由はない。

 だが二人は己の意思で、佑斗の援護に回ることにした。

「っ!」

 元樹の目が、鋭く細められた。不可視の刃が、佑斗へと襲い掛かる。

 だが。

「ふン」

 一方通行(アクセラレータ)が割り込み、『反射』でもって鎌鼬を撃ち返す。

 舌打ちしながら飛び上がる元樹の後ろで、ガラスを割り砕く音が重なりながら響いた。

 まずい、と思う間もなく。

 砕けたガラスの破片が浮き上がり、彼を取り囲むように渦を巻いた。

 第一位の『反射』は、大気さえも自在に操る。その事も、やはり『王』は知らなかった。

「ぐ、うぁぁぁっ!!」

 傷を覚悟で渦を振り切る元樹。だがその動きが、突如として静止した。がくん、と引き寄せられる感覚に彼は戸惑う。

「何が――」

「止まりなさい!!」

 美琴の磁力操作が、元樹を拘束したのだ。

 それを止めるべく、彼はかろうじて動かせる足を振って、大気の刃を生み出そうとするが――

「ぐ!?」

「布良さん、今よ」

「任せて!」

 屋上にいた美羽が念動力で動きを完全に止め、梓がそこへ銃弾を撃ち込む。夜闇を裂いて迫るそれを、元樹は同じく念動力で固定した。

 しかし、それも陽動。

 本命は、既に迫っていた。

「おおおっ!!」

 吼えながら、拳を握り締めた佑斗が元樹へ肉薄する。『王』はそれを見て、口角を釣り上げた。

 佑斗が噛みついてくるのを狙って、逆に彼を喰い殺す。

 それで、ゲームは終わる筈だった。

 だがそこで、疑問が浮かんできた。

 佑斗に抱えられていたはずのトールは、一体どこへ行ったのだ?

「がっ……」

 その答えは、後方からの衝撃でもって明かされた。元樹の延髄を、トールの脚が激しく打ち据える。

「今だ!!」

 隙を見逃さず、佑斗が首筋へ噛みついた。

「う、ぐぅぅぅあああああああああっ!!!!」

『王』が、苦悶の声を上げる。血液中のヴァンパイアウイルスを殺されているのだ。その身を蝕む激痛は想像を絶するものだろう。

 屋上のポンプに大きな凹みを作りながら、トールはその光景を振り仰いだ。

「終わった、のか……?」

 思わず口に出たその言葉を、彼は即座に否定することになる。

 異変があった。

 佑斗の牙が、いつまで経っても元樹から離れない。このままでは、血の全てを吸いつくしてしまう。

「……もうひと踏ん張り、だな」

 再度『全能』を発動して、対象を定めた。軽く小突くような動作を取った瞬間、トールの眼前に佑斗の姿があった。

「……っ!?」

「そこまでだ。とりあえず移動しようぜ」

 

 

 Phase 6-2 暗転 / Black_Out.

 

 

 市庁舎の屋上に、佑斗達は集まっていた。

 元樹を取り囲むように。

「どうして、こんな事を」

 誰が言ったか、ぽそりと漏れた疑問。かつての『王』は、死にかけの口を動かして答えた。

「…………僕の目的は、言った通りだ。アンナ様には、別の目的がおありだったけれど」

「別の?」

「……人間を排除すべきと考える、過激な吸血鬼がいる。この島だけじゃない、世界中に。アンナ様は島の過激派をひとまとめにして反乱因子を島外に出すことで、海上都市が人に奪われる口実を減らそうとしていらっしゃったんだ」

「そんな、事が」

「……ギリギリだったよ。市長が行方不明になった、という報道が本土にも流れるのを待たなきゃいけなかったからね」

「市長は何処に?」

「市庁舎のどこかに身柄は隠してある。何事も無ければ生きていらっしゃるはずだ」

「そうだな。何事も無ければ、な」

 唐突に、遮る声があった。

「誰!?」

 女性陣と佑斗が戸惑いの声を上げる。対照的に、トールと一方通行(アクセラレータ)は一瞬で臨戦態勢に移っていた。

「クソ野郎……来やがったか」

 二人は確信していた。こいつは敵だ、と。

 何故なら。

「ふ、久しいな一方通行(アクセラレータ)。穂織で話した時以来か」

 いつの間にか屋上に立っていた、魔法使いのような黒ローブを纏う男に、トールは見覚えがあって。

 その嘲るような声音に、一方通行(アクセラレータ)は聞き覚えがあったからだ。

「世間話に付き合う気はねェぞ。俺とオマエは敵同士なンだからな」

「敵同士? はは、つくづく笑わせてくれる。お前など我の敵ではない。そこのトールや御坂美琴を数に含めたとしてもだ」

 相も変わらず侮蔑に満ちた言葉を投げかける男。そいつに向けて、問い質そうとする声があった。

 ついさっき手酷い目に遭わされた、トールのものだった。

「……お前が、こいつの協力者か?」

「そうだ」

「つまり、お前はアレイスター=クロウリーなのか」

「そうだとも言えるし、そうでないとも言える。アレイスターでありアレイスターではない、そんな所だ」

「……成程なァ」

 その言葉で、一方通行(アクセラレータ)は合点が行ったらしかった。

 それと入れ替わるようにして、佑斗が怒りを露わに吼える。

「そんな事はどうでもいい! さっきのはどういう意味だ!!」

「さっきの? …………ああ、何事も無ければ、という話か? 言葉通りだよ、荒神小夜にせよアンナ・レティクルにせよ、普通なら生きているだろうな。本当に、何事も無ければ」

 ニタニタと性格の悪い笑みを浮かべ続ける、不気味な魔法使い。言外に何かを語っているのは、誰の目にも明らかだった。

「美羽! 布良さん! 二人を探してきてくれ!」

「ええ、すぐに――」

「くくく…………良い気分だから教えてやるが、アンナ・レティクルは既に死んでいるぞ」

「な……」

 驚愕の声を上げたのは、元樹だった。

「まさか、君が!?」

「そうとも。本来ならばあの女はこの抗争で狩人に殺されている筈だった。我が手を下すと下さないとに関わらず、な」

 その言葉に佑斗達が驚きを隠せない中でも、男は平然と続けた。

「だのに、御坂美琴が狩人も吸血鬼も殺さずに無力化してしまった。これでは所定量の悲劇が回収できん。そういう訳で我が殺した。ついでに荒神小夜も殺しておこうかと思ったのだが」

 命に関わる話なのに、男は心底楽しそうだった。

「あと少し、という所で逃がしてしまった。術の威力を測る良い基準になるかとも思ったのに、残念だ。しかし、欲しかったモノは手に入った。扇元樹、お(・)前(・)の血液がな」

「……まさか」

「利用されてくれて感謝するぞ。精々惨めに死ね、哀れな『王』よ」

「もォ良いか?」

 うんざりした様子で、一方通行(アクセラレータ)が杖で地面を小突いた。

「下らねェ自慢しか出来ねェンなら、黙ってここで死ンどけ」

「我の目的は既に達せられている。お前と戦う理由はない」

「そォかそォか、殺して構わねェンだな」

「大言壮語は結構だが、トールにさえ勝てぬお前では我の足元にも及ばん事を理解しているか?」

 殺意を向ける一方通行(アクセラレータ)と、敵意さえ見せない魔法使い。

 二人の間に異様な空気が流れる。すかさず、トールが制止に入った。

「そこまでにしとけよ、第一位。悔しいがそいつの言う通りだ、今の俺達じゃ勝てねえ」

 だが忠告も空しく、一方通行(アクセラレータ)は魔法使いの懐へ飛び込む。叩きつける様にして振った右の腕は――

 あっさりと。

 何もなかったかのように、いとも容易く弾かれた。何かが壊れることもない。学園都市第一位の超能力を使ってなお、何も起こせなかった。

 明らかな異常事態だった。

 ローブの男だけが、その展開を読んでいたかのようにほくそ笑む。

「先達のありがたい言葉だ、せいぜい聞いておけ。それに、今の我にはこれがある」

 そう言って、魔法使いはある物を取り出した。

 歪な形と色をした、右手のような何かだった。

 怪物はそれを見たことが無かった。

 だから代わりに、人造悪魔が声を上げた。

『そ、それは……幻想殺し(イマジンブレイカー)ですう!?』

 その名前が聞こえた瞬間に、一方通行(アクセラレータ)の表情が凍り付いた。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)は、あの無能力者(レベル0)の右手に収まっていなければならない筈だ。

 なのに、何故ここにある?

 そこに考えが至った時、彼の中で火が点いた。

「オマエ……ッ!!」

「逸るな。誰もお前のお気に入りから奪ったなどとは言っていないだろう? これはブライスロードの秘宝……お前たちにとっての『先代の幻想殺し(イマジンブレイカー)』で、この世界における当代のそれだ」

 それは、第一位のいた世界では既に失われた遺物だった。

 アレイスター=クロウリーがブライスロードの戦いで使用し、自身も属した『黄金』を悉く底の底へ叩き落とした究極の追儺霊装。

 時代によって形を変え、容れ物を失う度に次の器を求めて彷徨う、世界の基準点。

 それが今は、得体の知れない魔法使いの手に渡っている。

 いや。

 得体が知れない、という訳ではない。ある意味では、この男こそが所持者に相応しいのか。

 何故なら、この魔法使いは――

「ところで」

 何処までも自分勝手に話題を切り替える男。腹立たしく思いながらも、怪物は遮れなかった。

 遠くの方で、爆発音が上がったのだ。

「狩人の残党が暴れているようだが、打ち止め(ラストオーダー)を助けに行かなくて良いのか?」

「……チッ」

 舌打ちを残して、一方通行(アクセラレータ)は屋上から飛び降りる。魔法使いは、そこに追い打ちをかけるようなことはしなかった。

 今はその時ではないと、目が語っていた。

 そうして、沈黙が流れる。

 口火を切ったのは、魔法使いだった。

「さて、もう貴様らは用済みだ。そこのイレギュラーも含めて、殺してしまうとしよう」

 そう言って男は獰猛な笑みを浮かべた。その右手に、ねじくれた銀の杖が出現する。

 誰もが衝撃の杖(ブラスティングロッド)だと思い込んでいた、ただの幻影。

 その杖の先が、美琴達に向けられる。リンクした者全ての意識を刈り取る――

 寸前の出来事だった。

 魔法使いが、空を仰いだ。

「……チッ。アレイスターめ、性懲りもなく邪魔をする気か」

 誰にも理解されない言葉を吐きながら頭を振った魔法使いは、握り込んだ手を解く。

「今宵はこれまでか。命拾いしたな、虫ケラ共」

 愚痴っぽく吐き捨てて、彼は左手を翳し、ぱっと開いた。屋上にいた者達の視界にだけ、閃光が迸る。

「…………くそ」

 トールが悪態をつく。視界が戻った時には、魔法使いは姿を消していた。一度戦ったからこそ、見逃されたのだということをトールは理解できていた。

「何なのよ、アイツ。アレイスターがどうこうって言ってたけど、何の関係があるのかしら」

「一方通行(アクセラレータ)は知ってそうだけどな。で、あの男に聞くか?」

 そう言って、横たわる緑髪の男へ目をやる。だが美琴は頭を振った。

「…………それは無いわね。私達が水を差していい状況じゃないわ」

「同感だな。んじゃ、俺は一旦帰るぜ」

 ひらりと身を翻し、トールは屋上から立ち去った。

「……」

 残された美琴も変形したA.A.A.を駆り、屋上を飛び降りる。そうして終戦地には、四人だけが残された。

「……………………」

 誰も口を開かない。事態の推移に混乱しているのが半分、どうしようもない喪失感に打ちひしがれているのが半分、といった所だろうか。

 どうにか声を上げることに成功したのは、元樹だった。

 己の死を悟った彼は、どうしてか笑っていた。

「…………他人を利用しようとした化物が、他人に使い潰されて死ぬ、か。なんて、皮肉な末路なんだろうね」

「先生……」

 自嘲するような言葉に、曖昧な返答しかできない佑斗達。しかし気にした様子もなく、うわ言のように一言ずつ吐き出していく。

 あるいは、誰に向けた言葉でもなかったのかもしれない。

 その真偽は、続く呟きで明確に表れた。

「アンナ様。申し訳ございません、貴方の理想を実現することが出来ず……」

 そこで言葉を切ると、佑斗の方へ目を向けて、強い口調で語りかけた。

「アンナ様の遺志を、途絶えさせないで欲しい。この島を、悪意ある人の手から、守り抜くんだ。それが、君達の選んだ道なんだから、ね…………」

 それが、扇元樹という『王』の遺言になった。

 こと切れて目を閉じた吸血鬼の亡骸を、三人は静かに見送る。

 雨粒が一滴、海上都市に落ちた。

 

 

 ふわりと降り立ち、電極を通常モードに戻す。少女を置いてきたカジノの前に、一方通行(アクセラレータ)は立っていた。

 特に感慨らしいものもないまま中へ入ると、そこには見覚えのない人影があった。

「新手かな?」

「そォ見えンのか?」

 倒れ伏す人の山の合間に、一人の女が立っている。

 黒いジャケットとタイトスカートに身を包むその女は、長い赤髪をたなびかせながら当然のように戦場に君臨していた。

 一方の怪物も、周囲に転がる重装備の人間には特に感慨もないようだった。

「これをやったのはオマエか?」

「そうだけど、だったらどうするって言うのかな?」

「別に。こンな連中に何も用はねェンだ」

「じゃあ、どうしてここに?」

「ここにガキを預けたンだよ」

 女の奥を見て、見知った顔を見つける。すると、その方向から小さな人影が突っ込んできた。

「おかえり、ってミサカはミサカはお出迎えをしてみたり」

「おう。帰るぞ」

 やり取りを見て二人の関係を察したか、女は警戒を解く。

「なるほど、兄妹?」

「そォじゃねェよ」

「そうなんだ。親子には見えないけど…………いっか」

 女は一人で納得していた。第一位は無視して、カジノを出て行こうとする。

「何処へ行くのかな?」

「宿だ。ゴミ掃除を忘れてたンでな」

 その言葉に込められた意味を、女は意外にもちゃんと理解したらしい。

「ああ、なるほど。手伝おうか?」

「いらねェよ。つーかオマエ何モンだ? このボケた連中をやったのはオマエだろ。まさか一般人ですとは言わねェよな?」

 かねてよりの疑問だった。

 どうしてこの女は、自分が新手なのかを確認したのか。

 一方通行(アクセラレータ)が作ったものとは別に、人の山が出来ていた理由も。

 その理由は実にシンプルで。

 だからこそ、強烈なインパクトを残した。

「アタシは貴(き)船(ふね)未緒(みお)。偶然通りがかっただけの魔術師だよ」

 

 

「ふーん、アクセラレータ、か」

 貴船未緒と名乗ったその女性に名前を呼ばれた一方通行(アクセラレータ)は、かつて共に『グループ』という集団に入れられていた結標(むすじめ)淡(あわ)希(き)という女を思い浮かべていた。

 似ている気がするとは考えたものの、彼はそこで想起を止めた。どれだけ似ていようが、所詮は別人だ。いちいち結び付ける必要はない。

「本名なの?」

「ンな訳ねェだろ」

「だよね。いくらなんでも、子供にアクセラレータなんて名前つけたりしないか」

 遠回しにネーミングセンスを貶されたような気がしたが、怪物は気にかけないことにした。

 その異名こそが彼を示す記号なのだ。恥じる理由もないし、貶されたところで鼻で笑うだけだ。

 実のところ、アクセラレータという名は彼の本質も表しているのだが、当の本人はその事に気付いていなかった。

「無駄口は終いだ。見えたぞ」

「うん、そうらしいね」

 暗い路地の奥に、一際目立つ衣装の誰かが立っていた。穂織でも見た巫女のような服装。

 狩人の指揮を執っていた、楓という少女だった。

 彼女はこちらの姿に気付くと、忌々しそうに顔を顰めながらも銃を構えた。

「おのれ、吸血鬼……!」

「はァ?」

 頓珍漢を見る目をする怪物に対し、少女はたじろぎながらも引き金を引いた。

 銃口から飛び出した弾丸を、傍らの未緒が叩き落す。目にも止まらぬ速度だった。それこそ、白い怪物にも追随できるのではないかという程に。

 呆気に取られる楓。しかし諦めず、控えていた部下達と共に再度銃撃するが――

「遅いっ!」

 ドガガガガガガガガガッ!! と。

 飛来する銃弾の全てを弾き、逸らし、撃ち落とした。

 しかも、それだけでは止まらない。

 未緒の姿が霞む。次の瞬間、鈍い音と苦悶の声が四方八方からこだました。

「隠れてた連中は全員倒した。悪いけど、これで終わりだよ」

 残像を伴いながら戻ってきた未緒は、朝飯前とばかりに言い放った。

 人智を超えた現象。それを目の当たりにした楓は、こう結論付ける。

「お前も吸血鬼か……!」

 対して未緒は、やれやれとばかりに肩を竦めた。

「アタシは人間だよ。この子がどうなのかは知らないけど」

「どォだってイイ」

 吐き捨てて、怪物は静かに楓の下へ歩いていく。

「オマエが親玉か?」

「だったら何だ?」

「よォやっとブッ飛ばしてェ相手が見つかってイイ気分だ。オマエみたいなヤツを見てると無性にイラつくンでなァ」

 そう。

 苛立ちの原因は、打ち止め(ラストオーダー)とは関係のない所にあったのだ。

「腹立たしいのは私の方だ! 下賤な吸血鬼如きが……!」

「くっだらねェなァ。実に下らねェ」

「何だと……!」

 今の怪物にとっては、目の前の楓という少女は実につまらない存在だった。

 自分の作った枠組みに自分と他人を放り込んで、一括りで判断する時代遅れな人間。

 かつての一方通行(アクセラレータ)自身と重なる部分もあったのかもしれない。だからこそ、見ていられなかったのか。

「人だろォが鬼だろォが好きに呼べよ。オマエが俺をどォ見てよォが関係ねェ、俺は俺だ」

 それは、上条当麻という人間と拳を交えた事で、一方通行(アクセラレータ)が得たものだった。

 人間誰しも、分かりやすい枠組みに自他を置いて、貼られたレッテルを判断基準に据えているものだ。

 その方が、逃げ道が作りやすいから。枠の中にいた方が、楽に生きられるから。

 だけど、彼は知っている。

 本当に強い人間は、枠組みなんかに囚われたりしない。そんなものが無くたって、自分の意思に従って行動を起こせる。狭い世界に自他を押し込むことはせず、広い世界でも自分を見失わない。

 それこそが、本(・)物(・)の証明だ。

 自分がそこに至っているかは分からない。

 しかし、その領域に至っている人間が、この世界には確実に存在している。

 今は見えない背中を幻視しながら、学園都市第一位の能力者はこう告げる。

「人間? 怪物? そンなモンは、救うモンと殺すモンを分ける基準になンかなる訳ねェだろォが。俺との殺し合いに巻き込まれた連中が、オマエに何をした? あの連中は、本当にオマエが倒さなきゃなンねェ敵だったか? 正当化のための大義名分に縋ってねェで、オマエ自身が誇れる行いだったかを考え直せ、クソ野郎が」

 言い終えた所で、一方通行(アクセラレータ)は溜息を吐いた。慣れない仕事をしたせいで、見えない所に疲れが溜まったらしい。

 一個の教育機関の長としての振る舞いは、未だ板につく気配はなかった。そういう意味で言うなら、あの無能力者(レベル0)の方が余程相応しいように思える。

「……ったく、こンなのは俺の役目じゃねェってのによ」

「いいじゃない。アタシは気に入ったよ、いい心意気だ。アタシも見習わなきゃね」

「ふざけンな」

 微塵も嬉しくない賞賛を受け流しながら、学園都市第一位は左のポケットに手を突っ込む。そこには、先程の空中戦で回収した一発の弾丸が忍んでいた。

 狩人の間では、退魔弾と呼ばれる秘中の秘だった。

 それを無造作に取り出しながら、第一位は悪魔の如き笑みと共に問いかけた。

「さァて、そンじゃ質問だ。このまま俺にブッ飛ばされるか、オマエに似た格好の女が撃った、この弾の仕組みについて話すか……どっちがイイ?」

 

 

「ぐ……」

 苦痛に堪えかねたトールの口から、悲痛な声が漏れた。

 彼は廃ビルの一室で、治癒魔術を行使する準備をしていた。

 その間も、痛みに遮られながら思案する。

(確かにあいつは強かったが……経験値には、ならなかったな。みんなで寄って集って一人をボコったんじゃ、俺に入る経験値も少ない。何より後味も悪いしな)

 結局、目的は達成できなかった。大口を叩いて島を荒らすだけ荒らしてこのザマだ。一方通行(アクセラレータ)や御坂美琴、六連佑斗や風紀班の連中がいなければどうなっていただろう。

(世界は広いな、ちくしょう)

 徐々に癒えていく体をぼんやりと眺めながら、トールは一人歯噛みしていた。

 

 

 Phase 6-3 新たな楽園 / End_of_the_War.

 

 

 独立宣言の次の朝。

 監禁されていた――という体で発見された市長は、すぐさま独立宣言の撤回を発表。

 並びに今回の騒動はクーデターであったと説明、犯行勢力の首長たるアンナ・レティクルと扇元樹が死んだことも明らかにした。

 海上都市の安全性が疑問視される事態となったことで日本政府からの介入は不可避のものとなりそうなものなのだが、風紀班の介入があったことで事態がややこしくなっていた。

 風紀班は確かに陰陽局に属する組織なのだが、本土が派遣した部隊と違って所属メンバーに現地住民が含まれている。その上吸血鬼まで所属しているとあっては、陰陽局の手柄、即ち人間の手柄とするには難しい部分があった。

 もし利権に目が眩んで吸血鬼を弾圧するようなことをすれば、より大規模の交戦は避けられない。何せ、風紀班は本土の指示にも従わず、独自にクーデターを鎮圧できると証明されてしまったのだ。最早既に一大勢力と呼んで差し支えないそれと殺し合うのは、誰であっても避けたい所ではあった。

 故に、本土の政府も様子見を決め込む運びとなった。

 

 

 そして、『不法入島者』トールの処遇については。

「島外追放、か。ま、落としどころとしちゃ悪くねえな」

「それでいいのか?」

 暗い顔をした佑斗の問いかけに、トールは努めて明るく答えた。

「身元を隠して島に入って、その上あちこちぶっ壊しまくったんだ。寛大な処置だと思うぜ」

「でも、クーデターの鎮圧に協力してくれたじゃないか」

「それも込みだと思うぜ。ぶっ壊した分と守った分を差し引きして、それなりに甘く見積もったらこんなもんだ」

 トール自身が納得しているせいか、それ以上は口を開かない佑斗。

 そして、今度はトールが質問する番だった。

「で、扇ってヤツと『L』には何の関係があったんだ? いくつか資料を読んだが、どうも良く分かんねえのはそこだった」

「……『L』は、ライカンスロープ因子を作る研究の副産物らしい。扇元樹はその研究に、人造ライカンスロープ実験で得たいくつかのデータを提供していたんだ。あれをライカンスロープが摂取すると能力の出力が跳ね上がったりするから、利害としては一致していたんだ」

「……つーことは、ヤツはライカンスロープで間違いなかったんだな」

「ああ。その上、人造ライカンスロープ実験の主導者だったんだ」

 驚愕の表情を見せるトール。当然と言えば当然だった。彼は今まで、実験の首謀者は蓮沢だと思っていたのだから。

「……どうやってそれを知った? あいつが話したのか?」

「いや、違う。俺は扇元樹を喰らった事で、あの人の持っていた記憶を手に入れたんだ」

 なるほど、と雷神は頷く。ライカンスロープにはそんな力もあると、読んだ資料に書いてあった気がした。

「で、そいつが倒れたって事は」

「実験は停止した。……誰かが再開しない限りは、もう二度と行われることは無い」

 それを聞いたトールは薄く微笑む。目的の片方を達成できていたことに彼は安堵していた。それが達成できない間は、島を出るわけにはいかなかったからだ。

「そうか、ならもう俺がこの島ですることは無さそうだな」

「行くのか?」

「ああ、行くよ。元の世界に帰らなきゃなんねえんでな」

 手掛かりは掴んだ。

 クロウリーの姓を冠する魔術師。あの人物は何かしら鍵を握っている。

 追う必要がある。その為には、この島に留まる訳にはいかない。

 決戦の前に交わした僅かな会話を思い出す。

『クロウリーは、日本各地に痕跡を残してる』

『ってことは、この島の外でも何かしてんのか』

『そういう事になるかな。ここに来るまでにも、一度会ってるんだ』

 あの赤髪の女が言ったことが正しければ、島の外に答えはある。痕跡を追って、何としても元の世界に帰すよう迫るのだ。

「そんじゃ手錠を……って、そういやミコっちゃんは?」

「ミコっちゃん? …………ああ、御坂さんか。彼女なら、今頃は検査を受けていると思う」

「検査? 何の」

「島を出るための身体検査だ。人間であるって証明がないと、この島は出られないからな」

「そうかそうか。なら、同じタイミングで島を出るのは無理そうだな」

 別段合わせる理由もないが、顔見知りがいるのは悪くない話ではあった。

 だが、ここからは別行動。またしてもトールは独りで戦いに挑まなければならない。

 覚悟など、とっくのとうに決まっていた。

 彼は遠慮なく両手を差し出し、手錠を受け入れる。

「さ、やれよ。クーデターの遠因にまでなった馬鹿野郎をきっちり島からつまみ出せ」

 

 

 それから数時間後。

 学園都市第一位の超能力者(レベル5)は。

「ったく、いつまで付いて来やがンだよ」

「いいからいいから。行き先は同じなんだし、別に構わないでしょ?」

「…………」

 どういう訳か、貴船未緒と共に行動していた。

 島を抜け出してすぐに出くわしたまでは良かった。しかしその後も、この女は第一位に付いてきたのだ。

 どうも目的地が同じだったらしいのだが、それにしたって同行の必要性には疑問が残る。

 一方通行(アクセラレータ)としては、超電磁砲(レールガン)よりは真相に近そうな人間を頭数に加えることが出来たのは僥倖だった。少なくとも、第三位と組むよりは現実的だろう。

 元より乗り気でなかった策なので、こうして予定外が起きてもあまり頓着はしない第一位。だが他の同行者はそう思わないようで、

「人の胸をジロジロと見て、どうしたのかな?」

「なんでもない、ってミサカはミサカはそっぽを向いてみる」

 第一位には、少女がどうにも不機嫌になる理由が分からない。また始まったか、くらいの感覚でしかなかった。

 非日常の中にあって、どこかズレた日常を過ごす。

 悪いような、悪くないような。

 普段は意識することもないような事を感じている自分に、彼は内心で違和感を覚えていた。

 異変が起きたのは、そんな時だった。

 誰もいなかったはずの方向から衝撃を受け、あらぬ向きへ一方通行(アクセラレータ)の身体が吹っ飛ぶ。

「何!?」

 未緒はすぐさま戦闘態勢に入り、次いで目を見開いた。一方の学園都市第一位は、その光景に既視感を覚えていた。勿論、激突した物体――否、人物にも。

「……またこの展開か……………………」

「よっ」

 金髪をたなびかせながら、年若い少年のような魔術師――トールは気さくに手を上げた。

 

 

 それと同じ頃。

 トールと違い合法的に島を出ることが出来た御坂美琴は、陰鬱そうな顔を隠せないでいた。

 悲劇は止められなかった。

 事態の先頭にいたのはトールと一方通行(アクセラレータ)で、またしても自分は誰かの背を追うしか出来なかった。

 だから、間に合わなかった。

 もっと、出来たことがあったはずだった。扇元樹を怪しむところまでは出来たものの、そこ止まりだった。もっと情報があれば、別の手だって打てたかもしれないのに。

 平凡を自称するあの少年がいたら、きっとより良い結末があっただろう。

 まだまだあの背は遠い、そう再確認させられる日々だった。

 しかし、その距離を詰めるチャンスが、巡ってきた。

『見つけました』

「……何? 誰よ、アンタ」

 気付けば、彼女の周りを飛び回る白いカブトムシがいた。その昆虫は、羽根の振動を使って声を届けてくる。

『私は垣根帝督、学園都市第二位の超能力者(レベル5)です。貴方は御坂美琴さんですね』

 垣根帝督。その噂は聞いたことがあった。

 困った時にカブトムシを呼ぶと、彼が助けに来るなどという都市伝説があるらしい、という事は。

 緑の瞳を輝かせる虫に、驚き半分嫌悪感半分といった様子で目を向ける美琴。それでもかろうじて、口を開くことは出来た。

「…………私に何の用?」

『単刀直入に言いましょう。事態の把握のために、出来る事ならば合流したいのです。ですが我々も監視下に置かれているため、この街を動くことが出来ません。ですので貴方には、鷲逗研究都市という街に来て頂きたい』

 

 

 Code 0-3 立ち上がる者

 

 

 そして、何処かで。

 一人の少年は、空を見上げていた。

「待っていろ、こ(・)の(・)世(・)界(・)の(・)ア(・)レ(・)イ(・)ス(・)タ(・)ー(・)。お前の計画(プラン)は必ず止める」

 どうして、その存在を知っているのか。

 それは全て、海上都市とは別の場所で事件が起こっていたから、という点に尽きる。

 

 さて、彼の身に何が起きたのか。

 裏側だった世界を、ひっくり返してみる時だ。

 

 

 

 

 

『とまあ、要約するとこうなる訳だが』

「愚鈍。要するに、一方的に負けておめおめと引き下がってきただけじゃない」

 平然と世界の壁さえ超えてしまう、恐ろしい令嬢がいた。

 あの世界にエイワスを送り込んだのだって、彼女だった。

 そもそもエイワスが言う『アンナ』とは、アンナ・レティクルの事では無かった。

 アンナ=シュプレンゲル。

 秘密の首領(シークレットチーフ)の窓口と呼ばれながら、実際には聖守護天使を従える存在。

 怪物なんて領域に留まらない、正真正銘の実力者。

 そんな令嬢の尻に(物理的に)敷かれながら、聖守護天使エイワスはこう告げる。

『ぐうの音も出ない。今回ばかりは私の完敗だった』

「それで? わらわの力が必要だと言う訳ではないでしょうね」

『不要だろうな。アレは確かに強力だが、わざわざ君が出張るまでもなく崩壊するだろう』

「だったら監視を続けなさい。神浄の討魔があの世界に現れるかどうか、わらわの関心事はそれだけよ」

 アンナ=シュプレンゲルは、酷く悪趣味な女だった。

 全く異なる時間軸の話でさえ、見世物だとしか思わないほどに。

 




 という訳で、『DRACU-RIOT!』編はこれにて完結です。


 吸血鬼の話なのに『吸血殺し』が出ないのは、この島で能力を解放させると過去の二の舞でしかない、かと言って封印したままでは意味がない、という二重の理由がありました。


 それと、今回は結構強引に畳んだ節があります。原作『DRACU-RIOT!』における梓ルートと莉音ルートを複合したような話にしたのですが、どちらも活かすのがかなり難しかったです。結果として殆ど出てこないキャラもいたりと、反省点の残る体験になりました。
 御坂美琴の扱いもあまり良くは出来なかったですが、それは次の章以降に持ち越す課題となるかもしれません。


 さて、久々のキャラ紹介です。
・貴(き)船(ふね)未緒(みお)
『E×E』のメインヒロイン。露出度の高い黒ジャケットとタイトスカートに身を包む、赤髪の魔術師。魔力で身体能力を強化し、超高速で刀を扱う肉体派。


 最後になりましたが、次の章である『サノバウィッチ』編では少し時間が戻ります。
 海上都市とは別の場所で起きていた事件に焦点を当てていくので、良ければお付き合いください。


 それではこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
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