※この作品はR-18です。

とある魔術の柚子世界   作:バハルストスFF

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『サノバウィッチ』編、はじまります。
 複数ルートのネタバレを含みますので、ご注意ください。


サノバウィッチ編
第十一話 光と影


 Scene 1-1 彷徨と襲撃

 

 

 海上都市で騒動が起きるのと並行して。

 静かで小さいながらも、確かに一つの事件が起きていた。

 これは、その事件に巻き込まれた一人の少年の。

 上条当麻の軌跡を辿る話。

 

 

「…………どこだろう、シュバルツ・カッツェって」

 昼下がり。インデックスが指定した喫茶店を探して、上条当麻は右往左往する。

 店を知る人から教わった場所に来てみたものの、どこにもそんな文字列が無い。

 コンビニで見た地図を読んでみても、そこにはやはり『シュバルツ・カッツェ』とは記載されていないのだ。

 そんな訳で、普通の高校生は瀟洒な建物の前で絶賛徘徊中だった。

「おいおいここまで来て迷子かよ、どうするんだこれ」

「…………人間、そろそろ大喜利は終わりにしていいか」

 オティヌスが呆れているが、上条にはその理由が分からない。むしろ頭に浮かぶ疑問符が増えただけだ。

 というのも、上条は至って真面目に彷徨っているのだ。本人からしてみれば、大喜利と言われる謂れがないという事だろう。

 しばらくして、この男の反応がボケではなく大真面目だという事に気付いたオティヌスは盛大に頭を抱えた。

「はぁ…………人間、そこの看板を読んでみろ」

 耳を引っ張りながら、もう片方の手で喫茶店らしき建物の下の方を指差す元『魔神』。それに従って、人間は立て看板に記された『Schwarze Katze』という単語を読み上げていく。

「すくわるぜ・かつぜ…………? うん、やっぱ違うだろこれ」

「留年野郎に日本語と英語以外が読めるかと期待するのは間違いだったな。これはドイツ語で『シュバルツ・カッツェ』と読むんだぞ留年野郎」

「目的地ここかよ! しかも今留年野郎って二回言ったな!?」

「騒がしいぞ、この店に突っ込んで『シュバルツ・カッツェってどこですか』などと聞く前に済んでよかったと思えよ」

「それは確かに恥ずかしいな。……で、シュバルツ・カッツェってどういう意味?」

 オティヌスは溜息をついたきり、もう何も教えてくれなかった。仕方なしに看板に目を凝らしてみると、動物の足跡があることに気付く。

「……猫?」

「それ以外あるか?」

「いや、ライオンとか虎とか色々いるだろ? もし猛獣の類が出てきたらどうするんだよ」

「この街中でそんなものが出るとしたら、間違いなくお前の不幸によるものだな。誇っていいぞ」

「何の自慢にもならねえよ」

 そうは言いつつも警戒を怠らない上条。彼の場合冗談でもなんでもなく、そういう事態がいつ起こってもおかしくないのだ。例えば建物の陰から魔術師だの超能力者だのが飛び出してくるのは日常茶飯事だし、世界レベルの事件に巻き込まれたり無間地獄に放り込まれたりなんて事もあった。

 最早非日常こそが日常と化しつつある上条当麻だが、だからこそ有り得ない事態に対する警戒は人一倍強かった。

 ところで、上条の肩に乗るオティヌスは遠目には見えにくいことだろう。ということは、傍目にはこの男は一人であれこれと騒いでいるように見えるのだ。

 ここで問題。

 見えない誰かと会話しながら店の前を行ったり来たりする人物がいた時、店主が取りうる行動として最も可能性が高いのは何だ?

 答えは一つ。

 サイレンがけたたましく鳴りながら、徐々に上条の元へ接近していた。

「……なあ、この音ってさ」

「日本の警察は勤勉だな。ほら、こっちこっち」

「オティヌス、テメェ裏切ったな!?」

「失礼な事を言うな。私は詐欺の神だが、それでも『理解者』を裏切るほど腐ってはいないさ。つまるところ私は何もしていない。お前が自爆しただけだよ」

「有難いような悲しいような!! ええい、こうなりゃ事情を説明するしか……」

 言いかけて、その口が止まった。正確には、止めざるを得なかった。

 上条の下へ急行していたパトロールカーが、唐突にスピンしてしまったのだ。制御を失った車は民家の壁へと吸い込まれて、彼の目の前で劈くような轟音を立てる。

「おっ、おい!」

 幸いにも車と激突した人間はいないようだが、搭乗者がどうなっているかは分からない。

 上条はまず、運転席側の扉を開けた。勢いのまま、怒鳴るように問いかける。

「何があった!?」

「いや、何が何だか……突然意識が無くなって、気付いたら」

「何をしている! 職務中に居眠り運転など……」

「おい、人間」

 そっと、耳元で妖精が囁く。ただの交通事故にも拘らず、彼女の声音はいつになく真剣だった。

 魔術の神であるオティヌスが反応を示すだけの理由が、この事故にはあるということか。

「……ッ!?」

 突如、嫌な感覚が背筋を伝った。咄嗟に振り向き、右手を突き出す。

 やけに小さく、しかし確かな手応えがあった。だが何を打ち消したのか、上条には全く分からない。

 そもそも何が右手に触れたのかさえ、視認できなかったのだ。彼の視界には、何ら異常の無い街並みがあるだけ。

「大きくない……でも何だ、今の!?」

「人間。お前が今打ち消したのは…………」

 続く一言が、上条当麻の思考を驚愕という形でぶん殴った。

「……間違いない。銃弾だ!!」

 

 

 Scene 1-2 白銀の凶弾

 

 

「銃弾!? 何言ってるんだ、幻想殺し(イマジンブレイカー)で銃弾は――」

「来るぞ、心臓だ!!」

「っ」

 反射的な動きで、胸の中心に右手を移動させる。するとやはり、先程と似たような感触があった。

「だから、一体何が」

「よく見ろ! 向かい側の歩道に人がいるだろう!!」

 言われてようやく、上条はそちらに向けて目を凝らす。すると、誰もいなかったはずの場所に、揺れるようにして人が現れた。

 大きく尖った三角帽子に、身を包み隠す黒のマント。その手には回転式拳銃が握られ、首周りには銀髪がチラチラと見える。一見すれば、おとぎ話に出て来そうな魔女の姿にも見える。だからこそ手に持つ銃は明らかに異物で、その異質さは上条にある人物を彷彿とさせた。

「アレイスター……なのか?」

「違うだろうな。もしそうなら、お前を撃つ理由がない。それに――」

 即座に否定があった。

 魔術を極めた彼女だからこそ、断言できた事なのかもしれない。

「警戒しろよ、人間。あれは魔術とも一味違うぞ」

「そうか。でも、様子見は――」

 させてくれないようだった。マズルフラッシュを見る前から、上条は横に身を投げ出す。直後に、彼の上を銃弾が通過した。着弾を確認することなく一息に体を跳ね起こした上条は、すぐさま走り出す。

 その間も、銃口はこちらを向いていた。

「くそっ、あいつの所に行ければ!!」

 毒づく上条。しかしここは公道であり、自動車も当然通過する。故に、彼我の距離を詰めることが難しい。

「行ってどうする? 近付けば近付くほど、命中確率が上がるだけだ」

「けど、このまま撃たれっ放しって訳にも行かない」

 再び、リボルバーの口が火を吹いた。その直前、上条は前に飛ぶ。半ば転ぶような格好で、どうにか必殺の一撃を回避していく。

 反動で動けなくなっている隙に、体勢を立て直して再び走る。終わりの見えない状況を打破するべく、上条は可能性を模索し始めた。

「弾切れの可能性は? 再装填のタイミングを狙えば」

「だが人間、あれは銃だぞ。さっきの二発が着弾した音が無い事から考えると、ここまでの四発は全て異能だったようだが」

「……ああ。もし、次が実弾だったら」

 そうなれば、上条に防ぐ術はない。

 実のところ、彼が一番警戒しているのはそこだった。異能に頼らない攻撃ほど幻想殺し(イマジンブレイカー)にとって厄介なものもない。ましてや、それが異能の中に紛れ込んでいたら。その可能性をチラつかされるだけで、右手は封じられたも同然の状態だ。

 だからこそ、ひたすら回避に徹する。不利になるのは承知の上で、それでも解決策を見出すために。

 上条の視界の端で、閃光がチラついた。それが何かを確認する前に、本能的に身を投げ出す。自身に向けられたものだけでもこれで五発目、最初に撃たれた警官の分を含めれば六発目だ。本来ならば、あの銃はそろそろ弾切れを起こすはず。

 しかもタイミングよく、交差点に辿り着いた。これを好機と見た上条は、両手をバネにして勢い良く立ち上がる。そうして向かいの敵を見据えた時、ついに視線が交錯した。

「……!」

 上条が見た、その瞳には。

 ありとあらゆる光を吸い込んでしまいそうな、深く昏い紫紺の闇があった。

 言葉を失い凍り付く上条。しかし、相手は一切容赦しなかった。何らの躊躇いもなく、ツンツン頭に照準を合わせる。

 引き金が引かれ、放たれた銃弾は眉間を正確に射貫く。

 そのはずだった。

「……っ」

 直前で、銃口が下を向いた。無感情だった瞳が見開かれるのを、上条は目撃していた。

「何を……」

 回答の代わりに、行動があった。

 黒マントの不審者が、踵を返して逃げ出したのだ。

「おい待て!」

 慌てて追おうとする上条。だが彼の動きは、背後からの声によって中断させられた。

 中断せざるを得ない声だった。

「とうまー!」

 それは、彼が探し続けていた声で。

 振り返れば、無事な姿がそこにあって。

「……インデックス」

 しばし呆然とする上条。だがすぐに様子がおかしい事に気付く。

 待望の再会。なのに、なぜあのシスターは歯をガチガチと鳴らしながらこちらへ走ってくるのだ?

「あのー、インデックスさん? もしや怒っていらっしゃるのでせうか?」

「当たり前なんだよ!!」

 がぶり、と上条の頭部に噛みつく銀髪シスター。

 不幸だ、という少年の悲痛な叫びが、住宅街に何度も反響した。

 

「とうまはいつも迷子さんになるよね」

「ハイ、モウシワケアリマセン」

 男上条当麻、全力の正座だった。アスファルト舗装の路面に膝を折って、降り注ぐ非難の声に耐えている。

「むー。反省の色が見られないんだよ」

「そうは言うけどなあ」

 何か反論しようとした上条をインデックスが遮る。

「とうまはいつも怪我するから、また血だらけで私の前に出てくるんじゃないかと思ったんだよ」

 そう言われてしまうと、何も言い返せなくなる上条だった。言うべき言葉が他にある。その程度の事は彼にも分かった。

 なので、

「悪かった。俺はこの通り無事だから」

「むー。もう危ない事しないって約束するなら、許してあげるんだよ」

「だからそれは……」

 言いかけた言葉が、またしても遮られた。インデックスの更に後ろから投げかけられた声だった。

「あの、ここでは目立ちますから、場所を変えませんか?」

 声を聴いて、視線を上げて。

 上条は、見てはならないものを見た。

 落ち着いた雰囲気の女性だった。目を引くのは、風にたなびく長い銀髪。だが注目すべきはそこではない。

 女性が宿す紫紺の瞳は、襲撃者のそれと全く同一。違いで言えば、生気があるかないか。それだけだ。

「インデックス、そいつから離れろ……!」

「えっ、とうま!?」

 襲撃者の再来に、上条はすぐさま気持ちを切り替える。右の拳を握り締め、庇護対象たるシスターの盾になるように立ち塞がった。

 その一方で、明らかな態度の豹変を見た女性は困惑していた。

「待ってください、一体何があったんですか」

「とぼけるなよ、さっき散々俺を撃っておいて」

「撃つ……? いえ、今の私にそんなことは出来ません。誤解ではないでしょうか」

「誤解? そんなわけ――」

「そうだよとうま! 私はここに来るまで、ずっとねねと一緒にいたんだから!」

 インデックスまでが擁護に回る。洗脳されているのだろうか、そう考えた上条はインデックスの顔に向けて手を伸ばした。

 だがそれより早く、インデックスの牙が上条の右手を噛んだ。哀れな少年が再び盛大な悲鳴を上げる。

「いや待て何で噛むんだ!!」

「とうまが私を信じてくれないからだよ」

 口を尖らせて抗議された。その姿はごく自然なもので、何らかの術式の影響を受けている訳でないらしい。

 念のためもう一度右手を当ててみるが、やはり変化はない。

 となると。

「人違い、なのか?」

 それを裏付けるかのような声が、耳元で発せられた。

「この女からは、異能の痕跡が僅かにしか感じられん。それに、さっきのヤツとこの女は確かによく似ているのだが、何かが違う」

「その何かってのは?」

「私にも分からない。ただ似ているだけか、はたまたアレイスターのような存在なのか。現時点では断定不可能だな」

 さらりと言ってのけたが、つまりは『魔神』でさえも理解の及ばない事象が起きているということだ。警戒は怠れない。

 だが、インデックスとオティヌスという信頼できる二つの情報源から揃って否定があったのだ。素人に過ぎない普通の高校生が思索を巡らせたところで、彼女らを否定できる根拠は見出せないだろう。

「……悪かった。勘違いしてたみたいだ」

 素直に頭を下げた上条。女性は特に気を悪くした様子もなく、穏やかに微笑んでいた。

「いえ、誤解が晴れたようで良かったです」

 そう言い切ると、女性は一つの提案を投げかけた。

「さっきも言いましたが、場所を変えましょう」

 そう言って進路を切り替えた所で、上条が口に出す。

 それどころではなかったとはいえ、ずっと忘れ去っていたことを。

「……あの事故、どう片付けよう」

「そういう時はまず救急車だろうが。いい加減公的機関を頼れよ人間」

 

 

 Scene 1-3 世界を超えて、相対する者達

 

 

「こんにちは、相馬さん」

「こんにちは、綾地さん。それに…………」

 当初の目的地、すなわち『シュバルツ・カッツェ』に足を踏み入れた上条は、案の定カウンターの奥にいる女性から白い目で睨まれた。

「おや、不審者が何の用かな」

 そう言われるのも無理はない。何故なら上条がこの店の前で取った行動は不審者のそれそのものだった。その上のこのこ顔を出したのだから、警戒されて当然だ。

 とはいえ不審者呼ばわりは相当堪えたようで、

「いやーあの実は人を探してたんですけどその人はもう見つかったというかここにいるんですよ、ああそうだ店の場所が分からなくて途方に暮れてたところを警察に見つかって大変な目に――」

 支離滅裂、というか順序立てて物を説明できていない。これでは不審なイメージを更に強くするだけである。

 戦闘になれば頭脳明晰な面を見せるというのに、ひとたび日常に戻ればこれだ。どちらも素の彼であるが、その切り替えが違和感なく出来るのは彼特有かもしれない。学園都市の現統括理事長ならば、それが上条当麻の強みだとでも言うのだろう。だが、どちらか一側面だけしか目にしていない者からすればそうは思えないのだ。

 何せ、上条当麻の日常と非日常、そのどちらも知っている魔導書図書館の少女でさえ、じとーっと上条を見ているのだから。

「とうま、きっと日本語が分からなくなっちゃったんだね」

「違います! つーか待てよインデックス、なんでお前もそっち側なんだよ! いやそうじゃなくて本当に目的は全部済んでてですね」

「……とにかく、名乗ってもらえるかな?」

 怪しんでいる人物の方から助け舟を出されてしまう上条だが、彼はそれを意識する事さえなく飛びついた。

「上条当麻です!! この度はインデックスがお世話になりました!!」

 言わなくてもいいことまで言っている。そのせいでシスターはご立腹だ。だがその名乗りで、彼とインデックス以外の人物は得心がいったようだった。

「なるほど。キミが、そこの彼女の待ち人だったんだね」

「そのようですね。無事に見つかったようで何よりです」

 そのやり取りを聞くと、インデックスは果たしてどれだけ彼女たちに世話になったのだろうかと考えてしまう。具体的には、彼女の食欲をいかにして制御したのか。

 そしてその費用を請求されたら……。

「あははオティヌス炭鉱はすぐそこだぞ」

「おかしなトリップをするとは知っていたが、ついに血迷ったか人間」

「何言ってんだよお前も一緒に強制労働だろ」

 返答の代わりに蹴りがあった。ついにオティヌスまでもが無言で攻撃を始めたのだ。痛みで目を覚ました上条は周囲の視線の白さを知って頭を抱える。

「なんでだよ……インデックスが無事でよかったのになんでこんなに辛いんだ」

「お前の自業自得だよ人間」

 追い打ちまでかけてくる『理解者』。がくりと項垂れた彼を置いて話は進んでいく。

「無事と言えば、怪我はなかったかな? さっきそこで事故があったようだが」

「うん、みんな無事なんだよ」

「ええ、車に乗っていた方も含めて、大きな怪我はありませんでした」

「そうか、なら良かった……キミは?」

 上条にも話を振っていく。すると上条は何かを言い淀んでから、こう口に出した。

「うーん。確かに怪我はないし、無事……なのか?」

 歯切れの悪い回答で店員は何かを察したらしいが、そこは拘泥しなかった。

「……ふむ。聞きたいことは色々あるが、まずは注文を聞こうか」

 そしてそのまま話を進めようとするのだが、ここでまたしても上条が足を引っ張った。

「あの、俺今文無しなのですが」

「……………………」

 重たい沈黙が店内を支配した。

 

「すみません、もう少しお待ちいただけますか」

 席に着くなりそんなことを言われた上条は、反射的に頷きを返した。

「ん? ああ、いいけど」

「ありがとうございます。ではその間に、自己紹介をしますね。私は綾地寧々と言います」

「さっきも言ったけど、俺は上条当麻。それでこっちが」

「はい。インデックスさんですね」

 やはり名前を知っている。その上、インデックスも寧々の名前を知っていた。つまり、

「もしかしなくても、インデックスが世話になったんだよな? ありがとな」

「当然の事をしただけですよ」

 平然とそう言ってのける寧々を見て、上条は大袈裟な反応を見せる。

「稀に見る人格者だ……いいですかインデックスさん、この優しさに甘えちゃいけないんですよ」

「とうまはねねのごはんを食べてないからそんな事が言えるんだよ。ねねのごはんを食べたら、とうまだって心変わりすること間違いなしなんだよ」

「むっ、失敬な。俺が甘えるのは管理人のお姉さんだけと決めている!!」

 どうでもいい方向に脱線し始めた。いつもの通りオティヌスが無理矢理引き戻そうとして――

 入り口でベルが鳴る。全員がそちらへ目を向けた。

 そこに立っていたのは――

「お待たせ、寧々」

 上条と同じか、少し年上くらいといった雰囲気を醸す少年だった。彼はツンツン頭の存在に気付くと、そちらへ目を向ける。

「そこの人は?」

 寧々が口を開くより早く、上条自身が名乗りを上げた。

「俺か? 上条当麻だ、よろしくな」

 どうやらこの少年にも上条の存在は伝わっていたらしい。合点が行ったとばかりに頷くと、すぐさま名乗り返す。

「ああ、キミが。オレは保(ほ)科(しな)柊(しゅう)史(じ)。まあ、好きに呼んでくれ」

 双方が名乗り終えると、柊史は何かに気付いたような、神妙な顔を浮かべて尋ねた。

「……待て、海(かい)道(どう)だって?」

「いや上条だよ。何でそうなるんだ」

「そうか、ゴメン。……似てるな、と思って」

 そうなのだろうか。海道なる人物と会ったことの無い上条には知る由もない事だが、似ていると言うからには何か共通する要素があるのだろう。

 それはさておくとして。

 柊史と寧々。何の用もなく、この二人がここに集まるとは思えなかった。当然のように寧々の隣に腰掛ける柊史を見るに、真っ先に思いつく可能性はデートだが、インデックスを連れていたのもそうだし、デートというには違和感を覚える要素が多い。となれば、この集いには何らかの目的がある筈だ。

 ……という上条の予想は、実のところ正鵠を射ていて。

「柊史君、依頼者の方は?」

「椎(しい)葉(ば)さんと因幡(いなば)さんが話を聞いてくれてる。どうも今回の悩みは、男のオレより女子を相手にしてる方が話しやすそうだったからさ」

「という事は、聞き取りが終わり次第合流という形ですか?」

「だね。待ってた方がいいかと思ってたんだけど、二人に『先に行け』って言われて」

「そうでしたか、お二人には気を遣わせてしまいましたね」

「……あのー、これはどういう話なんでせうか?」

 ついていけない上条がたまらず口を挟む。

「ゴメン。説明がまだだった。オレたちは、オカルト研究部に所属してるんだ」

「オカルト? って割には、話がだいぶ平和だった気がするけど」

 不穏すぎるオカルトに何度も命を脅かされた彼にとっては、二人の会話はあまりに平穏過ぎた。だがそれを知る由もない寧々たちは、質問に対する回答を続ける。

「そうですね。オカルト研究部の活動は、簡単に言えばお悩み相談室のようなものですから」

 ますますオカルトの意味が分からなくなってきた。上条の頭には疑問符がいくつも浮かんでいて、最早リアクションさえままならない。

「もしかして、ねねは占いをやってるの?」

 思考を停止したツンツン頭の代わりに、インデックスが問いかけた。悩みとオカルトという項を並べてすぐさまそこに行きつくのは、彼女が上条よりも遥かにオカルトに精通している魔導書図書館故か。

「そうですね。ですが占いだけではなく、お悩みを解決する為にお手伝いをする事もあります」

「どちらかと言うと、最近は手伝いの方が多いかな」

 だがどうやら、インデックスの興味はそこにないようだ。むしろこれが聞きたかったとばかりに、明るい表情で質問を続ける。

「ねねがやってるのは何占いなのかな」

「タロットですよ」

「どんなタロットを使ってるの?」

 今度は寧々たちが言葉を失う番だった。どんなタロットとはどういう意味か。そもそもタロットに種類がいくつもあるなどという事を、彼女たちは知っていただろうか。

「使ってるカードを見せてみろ。それで分かる」

 上条の肩にいるオティヌスも追随する。だが寧々は困ったような顔をした。何故なら、

「ごめんなさい、タロットカードは部室に保管してあるんです」

 これではカードを見せることは出来ない。それならばと、オティヌスは代案を出す。

「なら質問だ。お前達が使うタロットで『VIII』にあたるのは何という名前のカードだ?」

 これもまた、要領を得ない質問。だが寧々は、理解できないながらも答えを返す。

「『VIII』……『力(STRENGTH)』のカードですか?」

 インデックスとオティヌスは、共に真剣な顔つきになった。

「……なるほどな」

「ダグラス版のタロットだね。という事は、根底にあるのはウェイト版だから……もしかしたら、ねねの前には『黄金』について研究してる人がいたのかも」

「有り得るな。しかし、こちらの世界においても『黄金』の影響は残るか」

「うん。でもこの世界は、『黄金』とは違う基軸の影響を強く受けてる。魔術が世界の半分っていう単純な構造じゃない」

「そのようだな。あの『黄金』でさえトップシェアに至らないほどに、この世界には異質な法則が幾重にも被せられているらしい。既にそれらしい存在と何度も邂逅しているし、間違いないだろうな」

『魔神』に至るほどの叡智と、『魔神』としての叡智。世界を手中に収めてしまえる二人の会話は、それ以外の存在を置いてけぼりにしてしまっていた。

 だからこそ、今この瞬間に限っては会話をぶった切れる上条の存在が大きかった。

「とにかく、保科達は人助けをしてるって事でいいんだな?」

「まあ、その解釈で間違いはないよ」

「そうか」

 ふぅと息を吐きながら、気持ちを切り替える。

 そして、上条当麻はある提案をした。

「なあ、何か手伝えることは無いか? もしあるなら、俺にもやらせてくれ」

 

 

 Scene 1-4 協力

 

 

 柊史と寧々は、しばし固まっていた。発言の意味を咀嚼するように、二人して目を見合わせている。

 やがて寧々が、上条の方へ顔を向けて尋ねた。

「あの、それは『手伝って欲しい』ではなく、『手伝いがしたい』という事で間違いないですか?」

「そうだ。インデックスを助けてくれた借りは、ちゃんと返したい。勿論これからずっと助けられるってわけじゃないけど、それでも少しは力になりたいんだよ」

「その事なら、さっきも言った通り当然の事をしただけですよ。借りを返すだなんて、そんな……」

 寧々は申し訳なさそうに断る。だが上条は、納得がいかない様子で食い下がった。

「俺にとっては、その当然が何よりもありがたかったんだ。言葉にするだけじゃ足りない、ちゃんと行動で示したい。そう思った」

「どうして、そこまで」

「諦めろ。この人間はそういう性質なんだ。誰かを助けずにはいられない、借りは返さずにいられない。そういう厄介者なんだよ、上条当麻という人間は」

 答えたのはオティヌスだ。

『理解者』は、普通の高校生に救われた彼女は、そう断言できる程に彼を知っている。

 不思議な説得力を秘めた言葉は、上条の隣からも発せられた。

「ごめんね、ねね。とうまはこうなったら、絶対引き下がってくれないんだよ」

 インデックスは申し訳なさそうな顔で忠言する。その様子を見て、二人は納得とも妥協ともつかない表情を見せた。

「分かりました。では、一回だけ。何度も力をお借りするのは申し訳ありませんから」

「ああ、それでよろしく」

 上条は右手を差し出した。寧々がそれに応じ、次いで柊史もその手を取る。

 そうして、二人の右手が触れた瞬間。

「……?」

 柊史は、奇妙な表情を浮かべていた。理解が出来ない、そう言外に語っているかのような。

「どうかしたのか?」

 上条はたまらず質問するが、

「…………いや、何でもない」

 返ってきたのは曖昧な答えだけ。表情の真意を問い質すことは出来ず、代わりに寧々が話題を切り替えた。

「他に気になることはありますか?」

「ああ、そうだな……そういや、インデックスってどこで生活してたんだ? 何日も野宿ってわけじゃないだろ?」

「それなら――」

 そう言って、寧々はカウンターの奥へ目を向ける。正確には、そこにいる女性に向けて。

「昨日は私が預かっていたよ。おかげで少々食費が嵩んだが」

「あっ、はい、ですよねありがとうございます」

 上条からすれば分かりきっていたことだが、それでも震えが止まらない。彼が自ら言っていた通り、現在このツンツン頭の財布にはインデックスの食費をカバーするだけの金なんて入っていないのだ。

「それで、俺は何を支払えば……?」

「ふむ……本来なら、全額きっちりお支払い願いたい所なのだが」

 途端に顔を引き攣らせる上条当麻。世界を救った男のくせに、あまりにみみっちい姿だった。

 そんな彼に同情したのか、女性は肩を竦めてこう言った。

「一学生に補償を要求する程、私も悪魔ではない……とも言い切れないが、少なくとも心は悪魔ではない。費用については不問にしておくよ」

 煮え切らない言葉を使っていたことに全く気付くことなく。

「ありがとうございます神はここにいたあ!!」

「……なあ、私を勘定に入れないとはどういう了見だ?」

 オティヌスの言葉さえ耳に入っていない様子で、上条は両手で女性の手を握ってブンブンと振る。

 それがまずかった。

 突如、眩い閃光が迸る。空間を埋め尽くすほどの光量に、上条は思わず目を伏せた。

 しかしそれも一瞬の事。彼が目を開けた時、そこにあったのは何ら変わりのない風景だった。少なくとも、視界が戻った直後の彼の認識ではそうだった。

 だがすぐに違和感に気付く。握っていたはずの手の感触がなかった。慌てて周囲を見回すが、どこにも女性がいない。

「なっ、何が起きたんだ……?」

 上条がそう呟くのと同時に。

 みゃー、なんて鳴き声が彼の足元から聞こえてきた。

「……え?」

 反射的な動作で、音源の方へ顔を向ける上条。そこにあったのは、女物の服だの女性用の下着だの、なんだか直視に困るような衣類の中に埋もれた黒猫だった。

 思わぬハプニングに冷や汗を流す上条の背後から、終わりを告げる不吉な音が連続して発せられる。

「……………………とーうーまー」

「待ってこれは事故だってぇぇぇええええええええええ!!!!」

 問答無用だった。

 昼下がりの喫茶店で、血みどろの地獄が幕を開ける。

 

 

 Scene 1-5 新たな異能

 

 

「不幸だ……今日も今日とて不幸だ……」

「ラッキースケベとはよく言ったものだな。なあ人間?」

 今日だけで三回噛みつかれている不幸少年・上条当麻は、力なく床に突っ伏していた。オティヌスの返事もなんだか適当になっている気がするが、上条はそこまで気が至らない。

 一方で、猫から人へと姿を戻した店主の女性は警戒心を隠そうともせず、ツンツン頭を睨みつけている。

「…………」

「おい人間、そろそろ起きろ。これ以上はふざけている場合じゃないぞ」

「分かったよ。流石に見て見ぬフリも出来ないだろ」

 息を吐きながら、上条は体を起こす。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)が作用したという事実がある以上、この女性には何か秘密がある。そこから目を逸らしては、話が進展しない。

 しかも、話はそこに止まらない。何らかの異能を使っているという事は、インデックスを保護した理由にも裏があるかもしれないのだ。何故なら彼女は10万3001冊の魔導書を完全記憶した魔導書図書館。いくら異世界であるとはいえ、それを悪用される可能性はゼロではない。悠長に構えている場合でないことは、上条にも分かっていた。

「で、アンタは一体何者なんだよ」

「それはこちらの台詞だよ。キミは何者だ? どうして私の人化を解除できた?」

 二人の間で火花が散る。空気はどんどん険悪になり、他の三人が微妙な表情を浮かべ始めた。実のところ、寧々のそれとインデックスのそれでは含まれる感情が違うのだが。

「とうま、違うよ。この人も悪い人じゃないんだよ」

「もしかして、またこの流れか?」

 流石に再び右手を差し出す愚行に走ることは無かった。とはいえ先程と違い、オティヌスからの否定はない。それは勿論、幻想殺し(イマジンブレイカー)が効果を発揮したが故。だからこそ、無条件でその言葉を信じる訳にはいかなかった。

「人間、右手の効果を開示してみろ。それでヤツの出方を窺うのが得策だ。このままではどん詰まりだしな」

「……いいのか? 不利になる可能性だってあるだろ」

「それはない。ヤツはお前を知らなかった。ならば、幻想殺し(イマジンブレイカー)に出来る事と出来ない事も知らなくて当然だ」

「それもそうか」

 納得した上条は、右手を女性に向けて突き出す。

「俺の右手は、どんな超常現象でもそれが異能由来なら全部打ち消す。そういう力を持ってる」

 それを聞いて、寧々は肩を震わせ、柊史は納得したような顔をした。

 全部というのは不正確だし、本来の役割も話していない。だが今の説明だけで、女性は自分の身に起きたことを理解したようだった。

「なるほど。つまりキミの右手によって、私の魔法が打ち消されてしまった、という事か……」

「……魔法? 魔術じゃなくてか?」

「魔法だよ。人によっては魔術と呼ぶのかもしれないが、少なくとも私たちは魔法と呼んでいる」

 聞いた事が無かった。魔術という言葉でさえ、初めて聞いた時は非現実的だと思えたのに、魔法と言われると余計にフィクションっぽさが増してくる。

「……それで、その魔法ってのは何なんだ。アンタは魔法を使って何をしようと企んでる?」

「話したいのは山々なのだが……残念ながらそうはいかないようだよ」

 女性が言い終わるのと同時に、店の入り口からドアベルの音が聞こえてきた。上条がそちらに目を向けると、女学生が二人立っていた。

「店を閉めた後に話そう。……失礼、いらっしゃい」

 そう言って応対する女性から、邪気は感じられない。益々もって、事情が呑み込めなくなっている上条だった。

 だからと言って、いつまでも立ち尽くしているのもおかしな話である。彼もそれを認識していたため、それ以上の追及は避けた。

 そんな中、寧々は二人の女子生徒に話しかける。

「因幡さん、椎葉さん、お疲れ様でした。申し訳ありません、お二人に任せてしまって」

「ゴメン、負担が増えてるよな」

「センパイ方が謝る事じゃないですよ。寧々先輩はインデックスちゃんを迎えに行かなきゃでしたし、保科センパイは、今日の話を聞かなくて良かったと思います」

「そうそう。綾地さんも保科君も、ワタシ達の事は気にしなくていいんだよ」

 どうやらこの二人も寧々達の仲間であるらしい、と上条は悟った。当の二人は、上条の方を見て疑問の表情を浮かべる。

「あのー、こちらの方は?」

「あっ、その人は上条当麻さんです。インデックスさんを引き取りにいらした方で、これから少しの間、オカルト研究部をお手伝いしてくださるそうです」

「そうだな。よろしく」

 短く挨拶を告げた上条に対し、二人は目をぱちくりとさせている。顔に何かついてるかと頬の辺りを触り始めるツンツン頭だったが、実際はそうではなかった。

「なんか……」

「海道先輩みたいですね」

「あっ、めぐるちゃんも同じ事思った?」

「紬先輩もですか? やっぱりそうですよね!」

 今日だけで二回も海道なる人物と混同されている上条。いったい何処がそんなに似ているのか、段々無視できなくなってきた。

「なあ、その海道ってヤツはそんなに俺と似てるのか?」

 回答は複数寄せられた。

「声が似ていますね」

「髪型も少し似てるよね」

「喋り方もそっくりですね」

「おまけにノリも似てるよ。海道にこんな大きい弟なんていたか、って思ったくらいだ」

 色々と似ているらしい。そこまで言われると逆に気になってくるのが人の性。むしろこちらから顔を拝みたくなっていた。

 だがそこで話題は変わる。

「あっ、そういえば自己紹介してなかったですね。自分は因幡めぐると言います」

「椎葉紬(つむぎ)です。よろしくね」

「おう、改めてよろしくな」

 自己紹介を終えると、寧々が号令をかける。

「では、そろそろ活動を始めましょう」

 何の、とは誰も聞かなかった。聞かずとも、そんなものは決まっている。

 夏休み真っ盛り、臨時の活動。そこへ更に一人臨時のメンバーが加わって、イレギュラーだらけの日々が始まった。

 

 

 Scene 1-6 魔弾の主

 

 

 同時刻。

「ふん、随分と幸せそうな事だ。その幸せは一体、誰の不幸の上に成り立つものなのかね」

 どこかのビルの屋上に、その『人間』は立っていた。あくまでも愉快そうに、だが何処かに侮蔑を滲ませながら。

「……この世界は過去に改変を受けている。おかげで世界の仕組みや無限の可能性に手を伸ばす機会が手に入ったのだから、我としては感謝しかないが、さて」

「……私は何をすればいいんですか」

 全ての感情を取り除いたかのような、どこまでも冷たい声だった。

 いや。

 実際に、その言葉には何の感情もない。しかも、空っぽなのは言葉だけではなかった。例えば瞳は虚ろで、心の機微というものを微塵も感じさせない。

 紫紺の瞳を宿し、長い銀髪をたなびかせる少女。その手には先程上条を襲撃した時と同様に、回転式拳銃が携えられていた。

 それは『有り得たかもしれない可能性』。取り得る無限の選択肢のうち、一つを誤ったが故に行き着いた終焉の一つ。

 黒幕が具現化させたのは、そういう悪趣味な悲劇だった。

「好きにしろ。お前の空隙を埋められるのはお前だけだ、精々満たせるように動く事だな」

 返答はなかった。代わりに少女の目は下を向く。黒幕もそちらに身体を向けると、堪えきれないとばかりにくつくつと笑いを漏らす。

「そうかそうか、まだ役者(オモチャ)が残っていたよなあ。……さあ、幸せってヤツを端から崩してやるとしようか」

 二人の視線の先にいるのは。

 寧々達の先輩にして、オカルト研究部のOGたる女性。

 戸(と)隠(がくし)憧(とう)子(こ)という、一人の『人間』だった。

 




 という訳で、サノバウィッチ編です。DRACU-RIOT編と同時並行で書くかとも考えたのですが、今回はこういう形で。


 原作をプレイした方の中には気付いた方もいるかと思いますが、『とある魔術の柚子世界』は寧々√RESTARTの世界線です。この線を選んだことにも意味はありますので、そちらも追々描写できればいいな、と。
 時系列としてはEDの後、ハロウィンパーティーから10か月後くらいです。


 登場人物の紹介は、メインヒロイン全員喋ってからにします。
 しばしお待ちを。


 今回はこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
 誤字脱字・ミスの報告、感想等お待ちしております。
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