※この作品はR-18です。

とある魔術の柚子世界   作:バハルストスFF

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 新年一回目の更新です。


第十二話 魔法

 Scene 2-1 悩みの内容

 

 

「――そんな訳で、那智さんのお兄さんは三日前から元気がないらしいんです」

 この場で唯一の後輩――実際には上条当麻も後輩だが――であるめぐるは、期間外にも拘わらず持ち掛けられた相談の内容を詳らかにしていく。

「なるほど。という事は、お二人の仲直りをお助けすればいいんですね」

 机を三つ繋げて、会議が進む。上条は口を挟むことなく、話に耳を傾けていた。要は、痴情の縺れで喧嘩してしょぼくれている兄がいるのでどうにかしろ、という事らしい。タイプの異性こそいても実際に誰かと付き合ったことが一切ない上条にとっては、非常に対応に困る話だった。

「わざわざオレ達に相談してきたって事は、一筋縄じゃいかないって事になるよね」

 一方、柊史はそこを確認していた。これは重要な事で、つまりは家族という最も近しい関係者が解決を諦めたという意味でもある。それを部外者の自分たちがどう解決に導くのか、慎重に考えなくてはならない。

 早くも頭がオーバーヒートしそうなツンツン頭を置いて、話はどんどん先へ進んでしまう。

「何か、思いついた人はいますか?」

「はい! やっぱり、きちんと謝りに行けるよう背中を押すべきだと思うんです」

「応援、ですか。そうですね、会えないというからには何か事情があるはずですし、私たちで何か支援が出来ると良いのですが……」

「でも、実際に会ってみないと分からないよ。早めに会いに行った方がいいんじゃないかな」

 そう言いながら、紬は寧々と目配せをする。それで、方針は固まったようだった。

「では因幡さん、都合の良い日に伺いたい旨を依頼者の方に伝えていただけますか?」

「わかりました!」

 元気の良い返事を傍目に見つつ、上条は自分に出来る事を考えていた。

 しかし。

「……どうしよう、何も思いつかないぞ」

 恋の悩み相談なんて一度も解決したことの無い彼にとっては、ある意味で最強の壁だった。無理もないだろうが、腹ぺこシスターと出会ってからの彼に、恋にかまける時間など無かった。彼が取り合っていたのは異性ではなく命だったのだから、素人が素人のままなのも当然だ。

 しかもこの男は(差出人が分からなかったとはいえ)『魔神』からのラブレターに心を躍らせていたような人間である。そのうえ彼自身、自分に向けられる感情をきちんと認識していない。そんな超弩級の恋愛初心者に、痴情の縺れがどうとか分かるはずもなかった。

「ねえオティちゃん俺どうすればいいと思う」

「知らねえしオティちゃんって呼ぶな」

 悲しい事に、『理解者』はにべもない。このままほっとくとガチ泣きしそうな雰囲気すら出し始めたツンツン頭に、一つの質問が飛んでくる。

 いや、正確にはその真横にいる存在に、か。

「あの、そちらの方は……?」

「私か?」

「はい」

 気が付けば、オカルト研究部のメンバー全員が上条の右肩を見ていた。どうやらずっと気になっていたらしい。

 一方の元『魔神』は、ふふんと鼻を鳴らしながら、歌うように名乗った。

「私はオティヌス。かつて『魔神』だったものだ」

「マジン、ですか?」

「うん。平たく言えば、魔術の神様だよ」

 説明を加えたのはインデックスだった。彼女もまた、魔神に届くほどの知識を持つ存在。だからこそ、脅威を如実に理解できている。そんな彼女の言葉には、同年代の少女には出し得ない重みがあった。

 ……のだが、オカルトに対する認知が薄いこの世界では。

「えっ、じゃあこのお人形さんは神様っていう設定なんですか?」

「誰が人形だ、誰が」

「……今、ツッコミ入れましたよね? 凄い、そんなことまで出来るんですか! これ、どこに売ってたんです!?」

「誤解しているようだが、私は人形じゃないし『魔神』は設定じゃないぞ」

 何を言っても、めぐるは感心するばかり。どうやら妖精少女が持つ記号の意味は正しく理解されなかったようだ。

 異世界の概念を持ち出しても理解されなくて当然だろう。そうなると分かっていた『理解者』の片割れは、今にも肩を飛び降りそうなオティヌスを片手で宥める。

「おい、ベタベタ身体に触れるなと何度言えば――」

「いきなり神様ですなんて名乗っても通じるわけないだろ」

「……ちっ、仕方ないか」

 不承不承といった様子で、オティヌスが矛を収める。そこに至る一連の流れを、寧々と紬、それに柊史が意味ありげな表情で眺めていたことに、上条当麻は気付けたか。

 和んだ空気をかき消すように、着信音が響く。

「あっ、連絡返ってきました。えーと……明日以降なら大丈夫だそうです」

「分かりました。では、明日伺いますと伝えて貰えますか?」

「ラジャーです!」

 これまた元気よく返事をしてスマートフォンを操作するめぐるを見ながら、寧々はポンと手を打った。

「それでは、今日はここまでにしましょう」

「……あれっ、もう終わりか!?」

「どうせ今日出来る事はもうないぞ。役に立てなかったな、人間」

 寧々が解説するより早く、オティヌスが要約した。上条はそれで納得した様子を見せつつも、店の奥――カウンターの方へ目を向ける。

 閉店後に話すと、あの女性は言った。ならば、それまでは席を外さない方が良いだろうか。そんなことを考える上条だったが、それは否定された。

「席を外したければ外すといい。そうだな……今日は九時頃に店を閉める。済まないが、合わせて貰えるかな」

「分かった。そうさせてもらうぞ」

 徐に立ち上がった上条の背中に、インデックスが声をかけてくる。

「とうま、どこに行くの?」

「適当に時間潰すだけだよ。九時まで何もねえからな」

「それはいいけど、ごはんは?」

「………………………………………………………………あっ」

 無一文の男、さてどうする。

 

 

 Scene 2-2 魔術と似て非なるもの

 

 

 結局、その日の夕食は柊史と寧々に奢ってもらえることになった。上条当麻が涙ながらに感謝の言葉を述べたのは言うまでもないかもしれないが、芋料理を多数提供されたオティヌスまでもが称賛を贈っていたのはある種新鮮だった。

 なおインデックスが食した量と経費については、見なかったことにするのが上条の方針らしい。

 そんなひと時を経て、時刻は午後九時。

 シュバルツ・カッツェに、上条当麻、インデックス、オティヌス、そして店主の女性。 

 合計四人が、一堂に会していた。

 

「そういえば、私の自己紹介がまだだったな。私は相(そう)馬(ま)七(なな)緒(お)、この店のオーナーだ」

「俺は……」

「キミたちはいい。さて、早速だが本題に入ろう。確か、魔法についてだったかな」

 誰も、真剣な表情を突き崩さない。上条も場を乱すような真似をせず、次の言葉を待っている。

「とは言っても、どこから説明したものか。……そうだな、まずは魔女と契約についての方が良いか」

「魔女?」

 その言葉で上条が思い浮かべたのは、三角帽に黒いローブを着てふぇっふぇっと気味の悪い笑い方をする老婆の姿。ファンタジーにありがちな「如何にも」といった感じの魔女像だ。

 そのイメージで行くと全体的なビジュアルが似ているオティヌスやアレイスターまで魔女という括りに入ってしまうのだが、彼の中でこの二名は別枠だった。魔女などというともすれば可愛らしくもある表現を、よりにもよってこの二人に使うのは抵抗感があったのかもしれない。

「そうさ。悪魔と契約し魔法を行使しようとする者、それが魔女だ」

「悪魔かぁ……」

 ぼそりと吐き出す上条当麻。どうしても良い気分になれないのは、コロンゾンという災厄に痛い目を見せられたからか。

「で、契約とか魔法とか、具体的にはどういうものなんだ」

「願いを叶える力が魔法、それを取り扱うのが契約、といった所かな。魔女は己の渇望するものを悪魔に告げ、悪魔がそれを叶えるために魔法を組み上げる。契約は一人一度で、魔法は一つしか使えない。俗な言い方をすれば、一生のお願いというやつさ」

「へえ、便利な力なんだな」

「そう良いものでもないんだ。契約、と言ったろう? つまり相応の代償が必要になる。具体的には魔力だ」

「魔力を? なんで」

「魔法の発動には魔力が必要だ。よって魔女には、魔力を他所から集めるという義務が生じる」

「何故だ? 魔力など、体内で精製すればいいだろう」

 口を挟んだのはオティヌスだった。「魔術」の理論で行けば、術式の発動に必要な魔力は自分自身の身体で調達できるものだ。トールが使う雷剣のように、外部からの供給で出力を上げることはあるが、元となる術式は彼単体でも発動可能である。

 故に、「他所から集める義務」という言い方が引っ掛かった。まるで、最初から他人の魔力に頼っているかのような。そんな口振りが、『魔神』に疑問を抱かせるに至った。

 だが、忘れてはならない。

 力の名は「魔法」。

 魔術とは根本から異なる、異質を極めた法則なのだ。

「体内で精製というのがよく分からないが、少なくとも自身の魔力で魔法を発動させるのは難しいな。魔力とは、人間の感情から生み出されるものだからね」

 魔術における常識を根底から覆しかねない、そんな一言。なのに、七緒はそれを当たり前のように口にする。

 これが、異世界。

 己の知る常識が一切通用しない、そんな空間。

「で、魔力が溜まって魔法が発動出来たら、それでどうなる?」

「望みが叶う。それで、魔女は魔女でなくなるんだ。後遺症もなく、それで終わる」

「ちょっと待って。それはおかしいんだよ」

 今度はインデックスだ。彼女は今の内容から、ある欠点を指摘する。

「その契約、悪魔が何も得をしてないよね。契約って言うんだから、悪魔側にも利益があるはずなんだよ」

 彼女の指摘は正しい。悪魔が、一方的に利益を与えるだけの契約など結ぶだろうか?

 答えは否。

 そもそもそれは、悪魔に限った話ではない。契約とは、互いが利益を求めて結ぶものだ。それが直接的でなかろうとも、目の前に転がってなかろうとも、傍目には理解できなかろうとも。必ずどこかに、契約者にとっての利益がある。

 利益を一方的に与えるのは、契約ではなく施し。

 故に。

 魔女の契約にも、悪魔側の利益が潜んでいる筈だ。

「鋭いな。……彼女の言う通り、悪魔にも望みがある。だから、悪魔は契約者である魔女から魔力を徴収する。それが、魔女の代償なんだ。代償の重さは魔女の願いの規模によって変化するが、どういう形で徴収するのかは契約してみるまで誰にも分からない。だが少なくとも、魔女にとってデメリットであることは間違いないかな」

「なるほどな。……って、悪魔にも叶えたい願いがあるのか?」

「もちろん」

 

 

 同じ頃。

 とあるファミレスで、柊史と寧々は上条達の話が終わるのを待っていた。

「…………」

「……寧々、大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

 そう言いながらも、彼女の手は震えていた。真夏にも関わらず、極寒の地に薄着で立っているかのような震えを、彼女の身体は発していた。

 冷房が効きすぎているとか、そういう話ではない。彼女の体を震わせているのは、もっと根源的な感情によるものだった。

「あの右手の事なら、心配いらないって。寧々だって普通に握手してたでしょ?」

「そうなんですが……」

 それだけでは安心できない。あらゆる異能を打ち消す右手、そんな触れ込みが正しいとしたら、彼女の存在さえ危ぶまれてしまう。

 何故なら。

 綾地寧々もまた、魔法によってこの世界に割り込んだ存在なのだから。

 そして、あの右手の効力――少なくとも異能を打ち消す力を持つこと――は、相馬七緒の身に起きた異変が証明してしまっていた。

 だからこそ、恐ろしい。

 いつあの右手が、今ある幸せを崩してしまうか分からない。

(そこまで心配ないと、オレは思うけど)

 一方で、保科柊史は冷静だった。あの右手はそう都合の悪いものではないだろうという考えが、彼の中にはあった。

 彼には、他者の感情を五感で受け取るという魔法がある。故に、上条当麻の感情も読み解けなければおかしかった。

(なのに、何も感じなかった)

 という事は、魔法は右手で打ち消されていると考えるべきだろう。

 ここで大事なのは、「上条とは初対面であり、彼は柊史の体質を知らないはずである」という点だ。柊史の魔法を知っていて打ち消したという可能性が低い以上、警戒心から発動しておいた力が作用してしまった、と見るのが自然だ。だからこそ七緒の人化も消されてしまったのだから。

 とすると、寧々の時だけ打ち消されないというのは妙な話だ。もし右手の力が発動済なら、何らかの効果が出てもおかしくない。

 つまり、

(あの右手は、寧々には作用しない)

 それが、柊史が導いた推測だった。

 勿論、不確定要素もある。実は上条が柊史や七緒を知っていて、その時だけ発動させたという可能性もゼロではない。

 だがその場合も、やはり寧々がネックになる。どうして寧々にだけ発動しないのか、それを説明できる合理的な理由がないからだ。

 とすれば、やはり寧々に対してあの右手は効果を発揮しない。

 情報を冷静に分析したのか、情報分析の結果冷静になったのかは当人にしか分からないが、その推論は一部に誤りこそ含むものの、大筋では正しかった。

 だが、彼らは気付いていない。

 あの右手には。

 正確に言えば、幻想殺し(イマジンブレイカー)という力には。

 寧々の危惧する事態を現実にしてしまえる力だって宿っているのだ。

 それを知らぬ少年少女のもとに、一つの連絡が届く。

「戸隠先輩からだ。……なんだろう?」

 

 

「私たちのように、本来の寿命を超越した獣がいる。私たちはアルプと呼んでいるがね」

「獣? じゃあこの姿は」

「人に化けているだけだよ。化け狐とか猫又とか、そういった存在だと思ってくれればいい」

「へえ。寿命を超越っつーと、不老不死なのか?」

「そういう訳ではない。だが、他の生物よりも圧倒的に長い寿命を得るのは事実かな。だがアルプの一番の特徴はそこじゃない。特殊な力……つまり魔法を行使できるんだ。こんな風にね」

 そう言って、黒猫の姿へ戻(・)る(・)。これこそが相馬七緒の本来の姿であり、人の姿は仮初めのものに過ぎないのだ。

 だが、魔法はこれだけではない。伝えるべき言葉を思い浮かべると、念という形で二人に向けて飛ばした。

『これが私の本来の姿。店の名前もここから取った。シンプルだろう?』

 シスターの方はふんふんと頷いていた。だが右手を耳に当てている少年の方には、そもそも繋がりさえしなかった。何度か念を飛ばしてみるが、一向に伝わる気配はない。

 見えない壁に阻まれているような。あるいは、開こうとする回線を端から断ち切っているかのような。いずれにせよ、気味の悪い感覚だった。

 このまま話を続けるのは不可能。そう判断した七緒は再び人化する。猫に戻った際、衣類は全て脱げているので裸のままだ。そんなあられもない姿を見た少年は顔を赤くして、何やら慌てふためいている。

「ちょ、おい、服! 服!」

「ああ、失礼。少々刺激が強かったかな?」

「いや別に失礼という訳ではいでででで耳を引っ張るな! っておい待てインデックス違うじゃん今のは俺のせいじゃなああああああああああ!!」

 何か悲惨な目に遭っている少年を放ったまま、七緒は再び衣類を身に纏っていった。

 一通り着終わったところで、ボロ雑巾のようにカウンターへ伏せる少年に向けて説明を再開する。

「これがアルプの使う魔法だ。魔女のそれと違って何度でも使えるが、出来る事には限りがある」

「制約付きか……それでも大したもんだよ。けど、そんな凄い力があるのに、これ以上何を望んでるんだ? 俺には想像できねえ」

「人間であるキミには分からないだろうね。我々アルプには共通する願いが」

 そこで一度、言葉を切る。その動作に何らかの意味を見出したらしい少年たちが息を呑む気配が、七緒には伝わってきた。

 そして、言葉は世に放たれる。

 

「アルプの願い。それは『人間になりたい』というものだ」

 

「人間に、か。それはつまり、外見だけでなく」

「そう、中身も含めて。存在の本質そのものを人間へ変じたいのさ。とはいえ、私たちは元々獣だ。人間の心の機微や、複雑な心境なんて分かるはずもない」

 肩に乗る小人のような存在が投げかけた言葉に、七緒は肯定の意を返した。それを受けて、シスターは呟く。

「そっか、だから人間の感情を魔力に変換して、集めているんだね」

「そういう事だ。蓄えた魔力が一定量に達すれば、私も人間になれる。魔女も私も願いを叶える、まさにWin-Winの関係というわけさ」

「なるほどな。代償がどうとか分からないけど、そりゃ確かに魅力的だ。でも、魔力集めの方法は? 命がけで殺し合いをしなきゃいけませんとか何とか、そういう物騒なやり方なんじゃないだろうな」

 少年は警戒心を露わにしていた。ただの高校生の的外れな一言。そのはずなのに、妙な重みを七緒は感じていた。

 とはいえ、的外れであることは事実なので、

「まさか。そんな血生臭い事をする必要はないよ。そもそも、感情を回収するだけだ。物理的な傷を負うことは無い」

 訝しげな目をする少年に向けて、彼女は更に説明を続ける。

「魔女は契約時に魔具というものを持つ。それを使って、人が持つ余分な感情を取り除くんだ。こうすることで、取り除かれた側は心の平穏を保つことができ、魔女側も魔力が集まる。そういう仕組みなのさ」

「徹底的に誰もが得をするんだな。いい仕組みじゃないか、とはいえ」

「貴様にはその右手があるから、どれだけ優れたシステムだろうが使えはしないな」

 窘めるような小人の声に、少年は溜息で返事をした。

 彼は気付いていない。肩に乗る『理解者』が、何かを考えるような仕草をしている事に。

 やがて彼女は、ある疑問に至る。

「……しかし、物理的な傷がない、か。なあ、その魔具というのはどういう形状で、どう使うんだ」

「それも魔女によって変わるね。だが一般的には武器の形をとる。その武器を用いて、対象に攻撃する。やる事はただそれだけだ」

「攻撃。…………まさか」

 何やら小人の方が神妙な声を上げていた。彼女の真剣な様子に、少年は気圧されつつ問いかける。

「何だ? どうしたんだよ、オティヌス」

「気になったことがある。なあ黒猫、銃(・)を(・)得(・)物(・)に(・)す(・)る(・)魔(・)女(・)に(・)心(・)当(・)た(・)り(・)は(・)あ(・)る(・)か(・)?(・)」

 どうしてその人物の事を彼女が知っているのか、七緒には分からなかった。

 だから、質問に質問を返した。

「どういう事だ、どうしてそれを知っている?」

「単純な事さ。昼間、そこでそいつに襲われたんだよ。私達は」

 その話が飛び出して、少年の理解も追いついた。

「……オティヌス、お前まさか」

「ああ、昼間の襲撃者。もしや、あいつも魔女なのではないか? 今の話を聞いて、そう推測した」

 そこまで聞いて、七緒は深く息を吐く。

「そうか……それで質問の答えだが、私はその魔女を知っているよ。現れたのはつい最近だが、たった数日で被害が出ている。しかも複数件だ」

 予想通りの答えが返ってきたからか、妖精は続けて問いかけてくる。

「敢えて聞くぞ。お前が契約者か?」

「違う……と言っても、信用はしてもらえないだろう。だが本当のことなんだ。私は今、誰とも契約していない」

 何の根拠もない言葉だった。

 疑ってかかるのが、普通の対応だった。

 だが、それでも。

 少年は笑みすら浮かべて、こう言ったのだ。

「そうか。なら、アンタの言葉を信じるよ」

 

「どうしてだ……?」

 七緒は驚きつつも訊ねた。むしろ彼女の方が、信じ難いと言わんばかりに上条を凝視する。

「何でもかんでも疑ってたって始まらないだろ? それにアンタは、インデックスの面倒を見てくれたんだ。少なくとも、そこは信じていい」

「いいのか、人間。今後裏切る可能性、あるいは既に敵と内通している可能性もゼロではないぞ」

「それだって可能性の話だ。もしこれから裏切られるにしても、そうなった時戦えばいい。けど今は違う。なら、俺達が敵対する理由はない。そうだろ?」

「そう振舞ったせいで、お前以外の誰かが巻き込まれるとしてもか」

「巻き込ませねえよ。その為に戦うんだ」

 やがて『魔神』は、問答を止めた。この『人間』が確固たる意志を示すのかという、分かりきった答えを確認したに過ぎない。

 むしろ、答え合わせをしていたのはオティヌスの方だった。そんな彼女が、満足げに頷く。

「分かっているなら良い。私も付き合うさ」

「助かる。とはいえ、魔法なんて知ったからって、何かあるのか……そうだ。なあオティヌス、魔法の力で世界が融合しかけてる可能性ってあるのかな」

 数秒沈黙し、『魔神』は回答する。

「無いとは言えないが、可能性は低い。もし世界の融合が望みであり、それが実現されているなら、私達の世界の住人がうじゃうじゃとうろついている筈だな。そうなれば、まず起こるのは食糧危機だ。だが、それは起きていない。それどころか、私達しかいないのだ。このような半端な結果が生まれる力であるならば、敵が利用するとは思えん」

 上条達は知る由もないが、魔法は世界そのものを巻き込むほどの望みさえ完遂できる力である。もし魔法を使ったのであれば、半端な結果などそもそも出る訳が無い。

 知らないが故に彼らの推論は逆説的なものになっているが、それも間違いではなかった。

 唸るような声を上げる上条だが、そこで気付く。自分に向けられた、射貫くような視線に。

「むー……」

「あの、インデックスさん? どうしてそんなに不機嫌そうに?」

「とうまが私を頼ってくれないからだよ」

「頼るって言ってもな。10万3001冊の中に、魔法に関する本なんてあるのか? 詳しいことは分かんねえけど、魔術と魔法は違うものなんじゃないかと思うんだが」

 勿論、本心は別にある。どうしても必要な事態にならない限りは、彼女を戦場に出すようなことはしたくない。だからこそ、上条は何度も彼女を置いて戦ってきた。

 それこそ、彼女を敵に回してでも。

 いっそ過保護とも言える扱いを受けている事について、当のシスターには不満があるのだが。

 このまま追及を受けたくなかった彼は、強引にこの場を畳みにかかる。

「さーて、今日はもう終わりでいいか?」

「ダメだ」

 にべもない妖精の反応によって、目論見は即座に打ち破られた。

「そこはいいともって言う所だぞ? ねえオティヌス?」

「魔女はどうする。いつ、また襲ってくるかも分からんのだぞ」

「そりゃ、『襲撃を止めさせる』一択だろ」

 当然のように言い放つ上条。彼をよく知る二人は呆れた様子を見せ、ほとんど知らない七緒は目を僅かに見開いた。

 代表して、オティヌスが尋ねる。

「そんなことはとっくのとうに理解している。聞いているのは方法だ」

「話し合いで折れてくれるなら楽なんだけどな。もしかしたら、殺し合いに発展するかもしれない」

「かもしれない、などという話では済まん。その可能性は念頭に置いておくべきだろう」

「分かってるよ。覚悟もしてる」

 上条がそこまで口にしたところで、割り込む声があった。

 七緒のものだった。

「分からないな。キミが戦う理由は無いはずだ。関わらない方が安全だろうに、何故戦う事を選ぶ?」

「理由ならあるだろ。罪のない人が理不尽に襲われてる、立ち上がる理由なんてそれで十分だ。俺だけが逃げたから無事だなんて、許容してたまるかよ」

 ここもやはり、当然だと言わんばかりに言い切った。

 あまりに何気なく言う少年の姿に、彼より永い時を生きたアルプでさえ、一抹の恐怖を感じずにはいられなかった。七緒の背筋を、冷たいものが通り抜ける。

 だが、彼女はそれを顔に出さない。それは、ある種の意地のようなものかもしれなかった。

「やめておいた方がいい、ヒーローの真似事で身を危険に晒す行いなんてものは。現実は非情だよ」

 軽挙妄動を諫める言葉に、しかし上条は間髪入れず反駁した。

「知ってるさ。俺はヒーローなんかじゃなくて、どこにでもいる平凡な高校生だって」

 苦々しい表情を浮かべて、少年は続ける。

「…………助けられなかった命がいくつもあった。取り戻せないものを失ったことだってあった。助けたつもりで傷付けていたこともある。俺自身何度も死にかけてるし、何なら死んだことだってあるよ。俺がもし本物のヒーローだったなら、多分そんな事は起きない。もっとスマートに、最小限の被害で済んだはずなんだ」

 気付いた時には1万人以上が殺されていた妹達(シスターズ)。

 バゲージシティで復讐を遂げた木(き)原(はら)加(か)群(ぐん)。

 科学の発展を待つしかなくなった恋(れん)査(さ)。

 イギリスで命を落としたアレイスター=クロウリー。

 誰も彼も、そうせざるを得なかった訳じゃない。ほんの小さなかけ違いで、別の未来が見える可能性だってあったかもしれなかった。

 でも、彼一人の尽力では追い付けなかった。

 いつだってそう。

 何処まで行っても、上条当麻は一人の少年でしかない。

「けど、そんなことは言い訳にならない。ヒーローじゃない奴は、悲劇が起きても指を咥えて見てなきゃいけないのか? そうじゃないだろ」

 自分に言い聞かせるように、少年は語る。かつて世界にすら挑んだ大きな意志が、その姿を垣間見せる。

「たとえ命の危険があったって、誰かが苦しめられてると知っていながら、黙って見過ごすなんて俺は出来ない」

 そこで一度言葉を切ると、上条は左(・)手(・)を七緒に差し出した。

「それに俺は、命を捨てに行くんじゃない。余計な重荷を背負わせないために戦うんだからな。生きて帰るために、全力を出すよ。……とは言っても、俺一人じゃ真実には辿り着けない。情けない話だけど、協力が必要だ。だから、アンタの力を貸してくれ」

 

 七緒は最早、絶句するしかなかった。

 どうしても、理解が追い付かない。獣だから人の心が分からないとか、そういう次元の話ですらない。

 獣にだって、他者を守る意思くらいある。親が子を守るなんて珍しいことじゃないし、女王を中心とする主従関係だってあるくらいだ。

 それに加え、人間は獣に比べて他者を助けようとする性質が強いらしいことは、人間社会で生きて実感していた。

 だから、人が誰かを守り、助けるという行動について、七緒には一定の理解があった。

 だけど、目の前の少年が語った「助ける」という行いは、獣どころか今まで見てきた人間のそれとすら全く違う。

 しかもそれは、現実を知らない人間の綺麗事などではなく、多くの悲劇を見てきたからこそ言える経験則だった。そう思わせるだけの説得力を、この少年はその身一つで体現している。

 自分の命すら平然と懸ける、利他主義とも言えない何か。そんな恐ろしいものを、上条当麻という少年は携えていた。

 彼を前にした七緒に、やがて大きな疑問が生まれる。

 この少年は、本当に人間なのか?

 もし彼が「どこにでもいる人間」だというのなら、アルプは人間という存在を見誤っていたのではないか…………。

「言っておくが」

 そんな思考を断ち切ったのは、少年の肩に乗る妖精だった。

「こいつの在り方が、人という生物の普通だなどと理解するなよ。上条当麻という『人間』の在り方は、あくまでこいつ自身の選択に由来するものだ。人が皆こいつのように生きていたら、世界はもっと違う形になっていただろう」

 教え諭すような言葉。それで七緒は、どうしてか安心を得ていた。

「……そうか。当たり前のことだというのに、見失いかけていたようだ」

 そうして、差し出されていた左手を、自身の左手で取る。

「キミの意志は見せてもらった。アルプとして、キミに協力しよう」

 

 ここに、世界を超えた協力関係がまた一つ、成立した。

 さて、蚊帳の外に置かれた魔導書図書館の少女は。

「とうまはまたそうやって、私を置いて危険な所へ行こうとするんだね」

「…………」

「一人じゃ出来ないことがあるなら、誰かの手を借りる。じゃあ、私の手は? 私の知識は、とうまの代わりにお留守番をするためのものじゃないんだよ」

 上条は知っている。助けを求める相手を己の意思で選べるほど、自分は大きくも強くもない存在であることは。

 自分一人では何も成し遂げられない。それでも何かを為すため、誰かの力を借りる。

 なのに、いざ手を差し伸べられたらそれを断るというのは、矛盾している行いではないか。

「……分かったよ」

 観念した様子で、少年は呟いた。

「頼む、インデックス。お前の知識も貸してくれ」

「勿論だよ、とうま」

 

 

 Scene 2-3 疑惑

 

 

 一通り話を終え、上条は柊史に連絡をとる。しばらくして、二人が店に現れた。

「悪い、話が中々まとまらなくてな。待たせた」

「…………ああ、大丈夫だよ」

 不自然な間。それを感じ取った上条は、迷わず訊ねる。

「……何かあったのか?」

「いや、何も。ちゃんと話がついたみたいでよかった」

 納得のいかない上条だが、答えてくれそうな雰囲気でないのを感じ取ったか、彼はそれ以上追及はしなかった。

「とりあえず、今日はオレの家に泊ってもらう……ことになると思う。宿のアテもないんだろ?」

「悪い、助かる」

「気にしなくていい。……あの子は?」

「店の人……相馬さんが、今晩も預かってくれるらしい」

「そっか。…………それで、その」

 やけに口ごもる柊史。上条は思わず首を傾げた。

「何だよ?」

「上条たちは、今後どこに向かうんだ? 今回の件が片付いたら、この街を出るんだろ?」

「ああ、そうだ。俺達は学園都市の住人だからな。そこに帰る……ために、八坂総合病院って所に向かうんだ」

「……そうか」

 やはり、歯切れの悪い相槌。それ故に二の句が継げず黙り込む上条に向けて、柊史はこんなことを訊ねてきた。

「教えてくれないか。二人はいったい何者で、本当はどこから来たんだ?」

「…………」

「オレの先輩が言ってたんだ。学(・)園(・)都(・)市(・)な(・)ん(・)て(・)街(・)は(・)な(・)い(・)って」

 僅かに思案する上条。確かに、この辺の事情は説明がまだであった。

 故に、彼が選んだのはシンプルな選択肢だった。

「俺とインデックスは――」

 




 またひと月空いてしまいました。


 毎度のことですが説明回は書くのが大変ですね。齟齬とかないとは思うんですが心配です。


 それでは今回はこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
 誤字脱字・ミスの報告、感想等お待ちしております。
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