正直あの展開は予測できませんでした。ですのでこの話は22巻で右手が暴走しなかったifということで進めさせていただきます。
Point.0-1 ホルスの
かつて、エドワード=アレクサンダーという男に、必要な知識を必要なだけ伝えた存在がいた。
九三の数価を背負う聖守護天使。こことは異なる世界において、『ドラゴン』と呼ばれたもの。
エドワード=アレクサンダーは、この天使が伝えた知識を一つの書物に纏め、ある宗教の聖典とした。
その書物に曰く。
『汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん』
Chapter 2-1 異界に住まう者
「私たちはいつものように、山にお祓いをしに行ったんです。中腹あたりで、突然目の前が光ったと思ったら、貴方がいて……」
芳乃は、上条を指し示して言う。
「俺の体感だと、目の前が突然切り替わったって感じだったんだ。扉を開けたら山の中だった、みたいな」
「俺も似たよォなモンだな」
それよりも、と
「ここから学園都市へはどう向かえば良いンだ」
「学園都市……? 関東の北側にある研究都市の事か?」
芳乃たちより穂織の外に詳しい将臣が返答するが、彼の答えは的を外していた。
「そォじゃねェ。東京の西側にある街だ。第三次世界大戦でロシアと当たった、科学の総本山。知らねェのか?」
当然の事と言わんばかりに確認する第一位。第三次世界大戦については、学園都市の事も含めて日本中で報道されていたので、同じ日本人ならば知っているだろうと踏んだのだ。
しかし返ってきたのは、彼の想像を超える返答だった。
「ごめん。それは知らないし、聞いたこともない。第三次世界大戦なんてのも初耳だ、世界大戦は二回しか起きていないだろ?」
その衝撃に目を見開く上条と一方通行。口々に質問を続けていく。
「学園都市を聞いたことがねェだと?」
「それに、第三次世界大戦もなかったってのか?」
一方通行たちの疑問に、茉子は頷く。
「ええ、そんな話は聞いたことがありませんね。ワタシの知る限り、ですが」
「そういう知識が入ってきにくいとか、ニュースでまだ取り上げてないとかじゃなくて?」
「アニメや漫画でしたらともかく、世界大戦のような大きなニュースなら他の地域と大差ない速度で伝わるかと」
腑に落ちない、といった表情の第一位。こんな事態は完全に未知の領域だった。しかしそれとは対照的に、上条は推測を立てていく。こういうところは、学園都市の外に触れる機会の多かった彼が一歩上手、ということだろう。
「魔神の仕業、って可能性は? 上里に倒されなかった魔神が、位相をいじってこんなことをした、って可能性もありえると思うんだが」
魔神は、世界を自在に作り変えてしまえる力を持つ。その詳細は省くが、大雑把に言えば『世界を構成しているフィルターを操る』という方法によるものだ。かつて上条当麻という男を一度は絶望させた
「それは考えにくいな。魔神の仕業にしてはあまりに不完全だ。もしそうだとしても、目的が分からない」
「科学サイドが気に入らないから、とかじゃないか? アレイスターのやろうとしたことは、魔神たちには都合の悪いものだったし」
「科学サイドそのものを消滅させた可能性か。無くはないだろうが……しかし、それも薄いだろうな。そうだと仮定しても、そこの第一位が学園都市や第三次世界大戦を覚えている理由が説明できん」
「……確かに。もし魔神が学園都市のない世界にしたのなら、一方通行が学園都市絡みの事を覚えていることはないだろうな。お前がかつてそうしたように、地球上の全員から記憶を抜き取っているだろ。誰も反逆を起こせないように」
「そういうところは物覚えが良いようで嬉しいぞ人間」
「忘れられるわけねえだろ! 地球人類六十億だか七十億だかのしあわせをぶっ壊したことを忘れて生きられるほど俺は能天気じゃありませんっ!!」
「嘘つけ、ふとした瞬間に空気も読まず妄想一直線だろうが」
「ごめんなさい嘘つきましたでもそれは思春期男子なんだから当然だろ! そこを捨てたら本格的に普通の高校生じゃなくなる気がする最後の砦なんですっ!! ……というかオティヌスもしかして怒ってる??」
「怒ってなどいない。ああそうとも、怒ってないぞ。お前の精神年齢は思春期などと言えるレベルではないだろうとか、決して、決して思ってないぞ」
「やべえ絶対怒ってるよでも何か怒らせるようなことしたかな全く心当たりがない!!」
そろそろ痴話喧嘩に周りがついていけなくなっていた。見かねた第一位が口を挟む。
「話の腰を折るンじゃねェよ。結局、魔神とかいうヤツらの仕業じゃねェとしたら一体何なンだ」
「ん? ああ……魔神じゃないとすると何だろう。なんか引っかかるんだよなあ」
上条が思い返しているのは、ある事件。学生寮のユニットバスにいたはずがいつの間にか船の上に立っていて、何故か学園都市第三位の超能力者もいて、それどころか会ったこともない人や妖怪や兵器たちばかり集まって、どこかズレた神話の世界で神様たちの問題解決に奔走した事件――
「そうだそうだ、異世界だ! 前に北欧神話の世界に飛んだ時もこんな感じだった!!」
「異世界だと?」
信じられない、とばかりに目を細める一方通行。同じことを思っていたのは彼だけではないようで、
「異世界……ですか。にわかには信じ難いというか……」
「第三次世界大戦ですら眉唾物なのに、異世界から来た、と来ましたからねえ。ワタシだって信じられません」
「というか、そこにいるのが神様っていうのも信じられない」
芳乃、茉子、将臣が次々と声を上げる。彼女たちも祟り神という超常と向き合っているのだが、自分たちの知らない超常が立て続けにやってくれば、常人と変わらぬ反応を返してしまうのであった。
『ご主人、そのお方が神であることは間違いないようだぞ』
ムラサメが声を上げる。彼女はオティヌスの名乗りが真実であると気付いているようだ。
「そうなの、ムラサメちゃん?」
『うむ、何というかな……吾輩より遥かに高位の存在だ、という圧。それを感じる』
「ほう、そこの精霊は違いが分かるようだな」
「えっ、何? 何を話してたんだ?」
「私は神だという確認だ」
「そっか」
また二人だけの世界に飛ぶのかと思いきや、意外にもすぐに戻ってきた上条が質問した。
「神と言えば、結局あの祟り神ってのは何なんだ? ただの獣じゃないのは分かるんだけど」
「説明したいのは山々なんですが……」
ちら、と時計を見て、芳乃が申し訳なさそうに言う。十二時を過ぎたところだった。
「今日はもう遅いですし、祟り神の件は明日にしましょう。今日は泊まっていってください」
「お帰り、芳乃。そちらの方は?」
空き部屋へ行く途中で、上条たちは柔和な印象の男と対面した。
「ただいま、お父さん。こちらの方は、山に突然現れたの。異世界から来た、ということらしいのだけれど」
「山に突然? それに、異世界? 不思議な人たちだね」
言い終わると、上条たちへ向き直る。
「どうも、僕は
「あー、どうも。上条当麻です」
「うん、よろしく。そちらの君は?」
「……、一方通行だ。コイツは打ち止め」
抱きかかえている少女の名前もついでに紹介してしまう第一位。
「アクセラレータ君に、ラストオーダー君だね。よろしく。それで芳乃、彼らはどうするんだい?」
「今日はここに泊まってもらおうかと」
「まあそうだよね、こんな時間じゃ宿も空いてないだろうし……でも、三人分も寝具があったかなあ」
困ったような表情を浮かべる安晴。すかさず、第一位が割り込んだ。
「俺の分は必要ねェ。このガキの分だけありゃァそれで十分だ」
そういうわけにはいかない、と芳乃も反論するが、
「俺はこいつの充電ができりゃそれで良い」
一方通行はそう言って、首元のデバイスを指差す。彼にとっては、寝ることよりもバッテリーの充電の方が優先度は高いのだ。
「しかし、来客に何もしないのでは失礼というものだ」
「俺は客じゃねェよ」
「俺のことも気にしなくていいよ。どの道、気になって眠れなさそうだし」
第一位と上条が揃って拒否したことで、方針は決定された。
それから少し後。用意された空き部屋で打ち止めを寝かせ、部屋の隅に座り込んでバッテリーを充電していた一方通行が、小さく声を発した。
「出ろ、クリファパズル545」
静まり返った部屋に、姿を消していた悪魔が現れる。
『いひひひひひひ!! 遅かったですねえ、退屈過ぎて死ぬかと思いましたよう』
「静かにしろ」
『……申し訳ありませんでしたあ。それでご用件は?』
「精霊。オティヌスのヤツがそう抜かしてやがったが、オマエは確認できたか?」
『はい。「ムラサメ」と名乗っていました。見た目は普通の人間ですが、本質は私に似ていますね。それがどうかしたんですう?』
「オマエには見えてたンだな、なら話は早ェ。明日からはソイツが俺にも見えるよォに力貸せ」
『話を通すだけなら、私が聞いたままを伝えた方が余計な負荷が少なくていいと思いますがねえ?』
「リアルタイムでソイツの話を聞いた方が無駄が少ねェだろ」
『えぇー……、でもぉ……』
「なンだよ、言いてェことがあンならさっさと言え」
『あの精霊、見た目がご主人様が好みそうな幼女なんですう。だからご主人様がうっかり惚れちゃったりしないか心配でえ……』
「……………………………………ふざけてンのか?」
『ごめんなさいふざけてましたもう言いませんから尻尾だけは許してえ!!』
「反省してンなら、このガキが目ェ覚ますまで見回りでもしてろ」
『またそうやってブラックな労働させるぅ!! あっ振り回しちゃダメですって了解です了解しましたからあ!!』
尻尾を離してやると、悪魔は涙声を上げながら窓の外へと飛び立っていく。それを見届けると、一方通行はポケットからスマートフォンを取り出した。画面に表示されているのは、彼の居候先の家主、
一分もたたないうちに、声は返ってきた。ただし、黄泉川とは全く別の声が。
『やめておけ、一方通行』
一方通行がよく知る声。彼が復讐したかった相手であり、彼に統括理事長の全権を委譲した、その者の名は。
「アレイスター……? 死ンだンじゃなかったのかよ?」
『今はそんなことはどうでもいい。大事なのは外との接触を可能な限り断つことだ』
「外だァ?」
『そうだ。君は今、この世界の外にいる存在と通信を行おうとしていた』
「……世界の外の存在だと? どォいうことだ」
『私達がいるのは、言わば異世界。存在するはずのない、異なる時間軸の世界だ。対して君の通話相手、黄泉川愛穂は元の……つまり我々が本来存在するべき世界にいる。現状この二つの世界は、ほんの少し重なっている程度の位置関係に止まっている。しかし君がここで通信を行えば、二つの世界の融合が加速してしまう』
「それが?」
『魔術は位相同士の接触により超常現象を起こす方式だ。そして、接触に際しては「火花」が飛び散る。この火花こそが、人間が不幸と呼ぶ運命の正体だということ。これがミソだ』
「……あァ、なるほどな」
彼の能力の本質。得た情報から逆算して、事実に限りなく近い推論を導いていくその性質を遺憾なく発揮し、彼はこう結論付けた。
「よォは外の世界と深く繋がると、世界同士が衝突してどちらの世界にも不幸がまき散らされる。そォいうことだな?」
『そうだ。そしてそれは位相同士の接触の比ではない。何せ、全ての位相を含む世界そのものの接触だ。飛び散る火花の量から考えれば、惑星を消し飛ばす程度は容易いだろうな』
「つまり、外界との連絡手段は使えねェ、と」
『状況の理解が速いな。つまりはそういうことだ』
「……オイ、ちょっと待て」
そこまで聞いて、一方通行は気付いた。彼は特殊なネットワークを介して脳機能を補助されている。そうしなければ、彼は言葉を話せず、歩くこともままならない。そしてそのネットワークは、彼が本来いるべき世界に展開されているのだ。にも関わらず、彼は言語能力を失わず、それどころか超能力も扱えている。ということはつまり、
「俺がここにいるだけで、世界の融合とやらは加速しちまうンじゃねェのか?」
しかし、アレイスターはこれを否定する。
『否だ。この世界においてもミサカネットワークに接続できるようになっている。第三位のクローンもこちらへと来ているな。理由は今のところ不明だが』
「あのガキが来たのも俺がここにいるのも、世界の融合の影響か?」
『それはまだ分からないな。君達が来たから融合が始まったのか、それとも融合が始まったから君達が来たのか。果たしてどちらが先なのか、あるいはどちらとも違うのかは、検証の必要がある』
「……つかオマエ、誰が何処にいるか把握してンのか?」
『勿論だ。不本意ながら、世界レベルで探知術式を広げている。こちらに来た存在をカウントすれば、誰がこちらに来ていないかは逆算できるだろう? 無論、上条当麻を除いて、だがな』
「あの
それは、上条当麻、一方通行に次ぐ第三のヒーロー。誰も予想しない方向へ事態を動かす、不可思議な性質を持つ無能力者。
『上条当麻も来ているか、結構結構。それで浜面仕上だが、彼はこちらには来ていない。厄介だな、彼のようなイレギュラーは盤を引っ掻き回す切り札になるというのに。……いや、それを恐れているのか』
不穏な響きの言葉に、一方通行は眉を顰める。黒幕、と。電話の向こうにいる者は、確かにそう言ったのだ。
「黒幕……? 誰かが裏で手を回してるってのか」
『言っただろう、本来、並行世界は存在しないと。それが存在しているうえ、こうして干渉しあっている。誰かが意図して接触させなければ、このようなことなど起こるはずもない』
「へェ」
『ともかく、現状では情報収集が必要だ。当面はそのために動け。くれぐれも外界と連絡を取ろうと思うなよ。黄泉川愛穂をはじめとする君の知り合いはこちらの世界にいない。そのことを留意しろ』
「ハイハイ、ご講義どォもありがとう。つーかよォ」
話を遮り、一方通行はかねてよりの疑問を口にした。
「オマエもこの世界に来てンのかよ?」
『ああそうだ、私も巻き込まれてしまった。てへっ』
「…………てへっじゃねェよ」
それだけ言って乱暴に通話を切る。次会ったときは全力で潰そうと決意した第一位だった。
一方その頃。上条は出掛ける準備をしていた。夜も更けるというのに何処へ行こうというのか。傍らにいたオティヌスが問いかける。
「おい、どうした。夜遊びするには少々時間が遅いと思うが?」
「夜遊びじゃないよ。……やっぱ、気になって」
「祟り神とやらの事が、ではないだろう?」
「ああ。……インデックスはどこにいるんだろう、って」
彼が案じているのは、魔導書図書館とも呼ばれる少女。『上条当麻』が命を懸けて救った存在であり、今の彼が守りたいものである。
「打ち止めがいたんだから、インデックスだってこの街のどこかにいるかもしれない。もしかしたら、腹を空かせて苦しんでるかもしれない。そう思ったら、呑気に寝てなんかいられない」
「先程、呑気に私とやり取りしていたバカが言っても説得力がないぞ」
「わかってるよ。気が緩んでた、反省してる」
「(……急に素直になられると面白くないな)」
「ん? 悪い、聞こえなかった。何か言ってたか?」
素で聞き返す上条に、呆れたような仕草をするオティヌス。しかしすぐにそれを引っ込め、頼もしい笑みを浮かべた。
「何でもない。そら、魔導書図書館を探しに行くのだろう? 事態は一分一秒を争うかもしれんぞ」
「そうだな、行こう」
そう言って、一歩目を踏み出した時だった。
ズボンのポケットが震える。正確には、その内側にある携帯電話が。開いてみると、番号非通知の文字列。訝しみながら電話に出ると、聞きなじみのある声が聞こえてきた。
『やあ上条当麻』
「その声、アレイスターっ⁉ なんでお前が」
『私も巻き込まれてしまったのでな。それよりも、状況把握は出来ているか?』
「……異世界にいるんじゃないかって予測をしてる」
『ほう。君にしては上出来だな。正解だ、私達は異世界にいる』
「いちいちトゲを入れんと気が済まんのかお前は。で、俺に何の用だよ」
『忠告だよ。第一位がかなり危険な真似をしていたので、君がそれを起こすのを未然に防がせてもらうことにした』
「はぁ。何をしてたんだよ、一方通行のヤツ」
『知り合いとの電話さ。安否確認、と言っていい。まさか、君もそれをした後などとは言うまいな?』
「してないよ。みんな俺より強いんだ、巻き込まれたって何とか対応してるだろ。つーか電話しちゃダメだってのはどういうことだ?」
『簡単に言えば、世界が崩壊する』
急にスケールが大きくなった。バタフライ効果、なんて言葉が上条の頭をよぎる。
「簡単にしすぎだ。もっとちゃんと話してくれよ」
『私達が本来存在していた世界と、私達が今存在している世界。この二つの世界が融合しかかっている。そして電話は、この二つの世界の融合を早める恐れがある』
「はぁ。なんで融合が早まる?」
『時間軸が異なれば、流れる時間の速さも変わるようでな。この速度の違いが、時間軸同士の完全な融合を難しくしているらしい。急行列車と各停列車が同じ線路を走り続けられないようなものかな。さて、電話の本質とは何か。それは離れた場所にいる人間に、同じ時間を過ごさせることだ。そして、これが先程の話に繋がる』
もうついていけない上条。こういう時、彼は聞き役に徹してしまうのだ。
「つまり?」
『異なる世界の回線を開けば、二つの世界の時間を同期させてしまう。そうすれば、不可能であったはずの時間軸の完全融合が現実のものになる』
「……おっかない話だな。でも、世界の融合って、具体的に何がいけないんだ? こう、モヤっとしたイメージしか湧かないんだが」
『しくじれば、二つの世界が消滅する。それだけではない、前段階から既に問題だらけだ。位相の接触による火花が、不幸な運命を齎す。ではそれを、全ての位相を含む世界で行えばどうなる?』
それは、上条にも何となく想像がついた。少なくとも、赤子を一人殺すなんてものでは済まされないだろう、ということだけは。
「……マジかよ」
『マジさ。それを食い止め二つの世界を分離させねば、私達にも、この世界の住人にも未来はない』
「そうか。つまり、通信はなるべく避けるべきってわけだな」
『正しくは「外界との通信」だが、まあそうだ。くれぐれも余計な真似をしてくれるなよ、その結果滅ぶのは君だけではないのだ』
「肝に銘じておくよ。じゃあな……っと。そういやお前どこにいるんだ?」
通話相手の口から飛び出したのは、上条の知らない場所だった。
『
Chapter 2-2 悪意が縛る命
それから上条とオティヌスは、あちらこちらを彷徨いながらインデックスを探していた。やっとの思いで街を一周する頃には、日が昇っていた。しかし、インデックスはどこにもいない。上条は肩を落としながら芳乃の家へと戻る。途中で、同じ家に向かっていた茉子と遭遇した。
「上条さん? おはようございます。こんな朝早くから何を?」
「ああ、ちょっと人探しをな」
「人探しですか? 手伝いましょうか」
「あー……銀髪で、シスターが着てるような白い服を着てる女の子を見なかったか? インデックス、って名前なんだけど」
「銀髪、シスター……見てないですね、申し訳ありません」
「気にしなくていい。街中探して見つからなかったんだ、姿を見てなくても不思議じゃない」
「そうですか。もし見かけたら、ご連絡しますね」
「ありがとな。助かるよ」
そんなことを言っている間に、家に到着した二人。扉を開けると、竹刀を肩から提げた将臣がいた。
「有地さん。おはようございます」
「おはよう、常陸さん。……って、あれ? 上条さん、どこ行ってたんだ?」
「人探しだよ。ああ、俺のことは呼び捨てでいいぞ」
「そうか。じゃあ俺のことも呼び捨てでいいよ。あと、人探しなら俺も手伝う」
「なら、銀髪のシスターみたいな女の子を見つけたら教えてほしい。インデックスって名前の、だ」
「分かった。街の人にも聞いてみるよ」
「悪いな。そういや、有地はどこに行くんだ?」
「鍛錬だよ。毎朝やってるんだ」
「そっか。呼び止めて悪かったな」
「気にしなくていいよ。じゃ、行ってきます」
そんなやり取りを終えて居間へと戻るが、誰もいない。
「まだ起きてないのかな」
「いえ。安晴様は、もう起きて仕事をしていらっしゃるはずですよ」
「そうなのか。神主って忙しいんだな」
「そうですね。では、ワタシはこれで。朝食は一時間半ほどお待ちください」
「常陸が作るのか?」
「はい、ここの家事はワタシの仕事なんです。忍者ですから」
「俺の中の忍者って、凄い忍術を使ったり、お偉いさんを暗殺したりってイメージなんだが」
「暗殺するような相手がいませんから。時代が変われば、ワタシたちの仕事も変わっていくんですよ。重要人物の護衛というのは変わりませんが」
「ふーん、そんなもんか。ああ悪いな、引き留めちゃって」
そう言って寝転がる上条。夜通し探し回った代償か、そのままうとうとし始めた。
「成果は無し、か。やっぱ山の中か……? でも一時間じゃ探しきれないし……ふぁぁ。眠い」
「少しは寝ておいたらどうだ。祟り神の話の最中に眠ってしまっては目も当てられんぞ」
「そうするよ。食事の時間になったら起こしてくれ」
「お前、私を便利アイテム扱いしていないか……?」
答えはなく、彼はそのまま深い眠りに落ちていった。
その日の朝食は、とても賑やかだった。
「うまいっ!! こんなうまいものを朝からたらふく食えるなんて……俺もしかして死ぬの?」
「おい人間、これはまだ平均的な日本食だろう……」
「俺がどんだけひもじい思いをしてるか知ってるはずだよなお前!?」
「ふははは、いただきーっ! ってミサカはミサカは獲得したデザートを誇示してみたり!!」
「暴れるンじゃねェよ。座って食え」
「……随分騒がしくなりましたね」
「あはー、ワタシは嫌いじゃないですよ」
「僕も嫌いじゃないね。やっぱり、食事は楽しい方が良い」
ワイワイとそれぞれが会話を繰り広げる中、将臣からこんな質問が飛んできた。
「なあ、学園都市ってどんなところなんだ?」
これを聞くと、上条は大変難しい顔になり、一方通行は眉間に皺を寄せ、口々に言った。
「ろくでもない所だよ」
「ゴミの掃き溜め以下だな」
「そうなのか……二人そろって否定するんだ、いい街じゃなさそうだな」
「生徒に悪い奴はいないし、先生もいい人ばかりなんだけど。主に上層部がな……」
「利権に目の眩んだクソ野郎共が、人の命を使い潰してふんぞり返ってやがる。そォいう場所だ」
興味があるのか、安晴も話に参加してくる。
「観光名所とか、そういうのはないのかい?」
「あるにはあるけどなぁ」
「日常的に悲劇が起きる街だ。巻き込まれて死にてェっつーなら止めやしねェが、その気がねェなら関わるな」
「うーん……二人の言い方からすると、大変な目に遭いそうだ。行かない方がいいかもしれないね」
「それがいいよ。……っと、ごちそうさま」
「お粗末様でした。それで芳乃様、この後はどのように?」
「食休みをしたら、本殿に集合しましょう。有地さんは憑代を持って来てくださいね」
「わかった」
それで、この場は解散となった。
「皆さん、揃ったようですね」
本殿に集まった面々を見据えて芳乃が言う。居住まいを正して、上条たちと向き合った。
「まず、祟り神自体の説明の前に、祟り神が生まれた経緯を説明します」
そこで区切ると、深く息を吸って、説明を再開する。
「五百年前、私の先祖が穂織で跡目争いを起こしたんです。その当時の跡継ぎ候補は二人で、二人は兄弟でした。長男は野蛮で傍若無人、一方で次男は聡明かつ人望もあった。故に家を継ぐのは次男であるべきだ、という意見が多数でした。そのように伝えられています。そして望まれた通り、実際に家を継いだのは次男でした。……それが引き金を引いたんです」
「……なんで?」
事情を飲み込めない上条に対し、やれやれといった風にオティヌスが説明する。
「馬鹿者。普通、家督は長男が継承するものだ。それを能力と人望の差で次男が継いだとあれば、本来継承するはずだった長男が不満を持つに決まっている」
「ああ、そういうこと」
「その通りです。次男が家を継ぐことに不満を持った長男が、隣国の大名と手を組んで反乱を起こした。その際に長男は、穂織の地に呪いをかけました。その全てが滅ぶように、と」
「自分の故郷を? 本末転倒もいいとこだろ」
「長男にとっては、遊び感覚でしかなかったのでしょう。しかし実際、呪いは穂織を襲ったんです。流行り病や飢饉、土砂災害といった天災が次々と起こり、穂織は弱っていきました。止めには、長男と組んだ隣国からの攻撃。穂織は壊滅寸前になりましたが、しかしここで、奇跡が起こりました。次男の夢に神様が現れ、特殊な刀の存在と、それを使うために必要な儀式と犠牲の存在を伝えたのだそうです。お告げに従い儀式を行うと、次男は一振りの刀を授かった。その刀こそが、叢雨丸。……そして人柱に選ばれたのは、生まれつき体の弱かった農民の娘でした。それが、ムラサメ様です」
その言葉を、沈痛な面持ちで受け止める上条。彼にはムラサメは見えていないが、その存在はオティヌスから説明があった。
彼自身、『神様の起こす奇跡』というものを何度も目の当たりにしているが故に、芳乃の言葉を疑う素振りはない。だからこそ、『みんなのしあわせ』を実現するために必要な犠牲があることも知っていた。そのためか、同情する素振りを見せる上条。しかし、ムラサメがそれに待ったをかけた。
『勘違いするでない。これは吾輩も望んだこと。強いられた犠牲などではないのだ。……と、その少年に伝えてくれるか、芳乃』
「はい。あのですね、上条さん。人柱になられたのはムラサメ様のご意思もあってのことだから、勘違いしないでほしい、とムラサメ様がおっしゃっています」
それを聞いてなお、上条の顔は晴れない。
「……それでもさ。『犠牲になってほしくなかった』って思う人も、いたと思うよ」
本来ならば、これは部外者が指摘することではないのだろう。しかし彼には他人事に思えなかったのだ。かつて世界に押し潰されて自殺を選び、それを引き留められた彼にとっては。
実感の込められた言葉に、押し黙ってしまう一同。沈黙を破ったのは、それまで口を閉ざしていた一方通行だった。
「それで? 結局どォなったンだ、その跡目争いは」
「…………その後、叢雨丸を得た次男とその部下は、呪いを祓った後に、敵の本陣を急襲しました。大将を討ち取り、長男の首も討ち取った。それで終わるはずだったんです」
「ってことは、それで終わらなかったんだな」
上条の確認に、芳乃は頷いて説明を続けた。
「長男は今際の際に、朝武の家へ呪詛をかけたんです。それ以来、朝武の一族には様々な災いが振りかかった。……これが、祟り神が生まれるまでのあらましです」
「で、その災いの一つが、祟り神ってことか」
「はい。私の家は代々、祟り神と戦ってきました。私もその一人です」
「なるほどな」
言葉を切る。成り立ちは分かったが、肝心なことが分かっていない。
「それで結局、祟り神ってのはどういうものなんだ?」
「土地の穢れを吸い上げて力に変え、怨念を実体化させた存在です」
「その怨念ってのは、長男のものだよな。でも、人間一人の恨みが五百年も続くもんか?」
当然の疑問だった。五百年前から現代まで続く呪いが、たった一人の恨みによるものとは考えられないのが普通だろう。しかしそれを聞いた芳乃は、苦々しい表情を浮かべる。
「人間一人、ではなかったんです」
「……? どういうことだ?」
「長男は呪詛をかける時に、犬を生贄に使ったんです」
「犬? なんか、そんなに効果がなさそうだけど」
「犬と言っても、ただの犬ではありません。土地の守護神、いわゆる犬神です」
それを聞いて、低く呻くオティヌス。
「愚かなことを……神を生贄にするとは。だがそれならば、五百年も呪いが続く理由に説明はつく。神の遺した恨みが、本来の呪詛を強化したのだろう。となれば、お前の右手で打ち消せないのも道理だな」
上条の右手を見つめるオティヌス。そこに宿る異能、
「怨念へ転じたとはいえ、神は神なのだから」
「うへぇ、厄介だな。次からは気を付けないと」
まるで、これからも戦い続けると言わんばかりの言葉。上条当麻のその性質を多少なりとも知っている一方通行ですら呆れた様子だ。
「次がある前提かよ、オマエ」
「そりゃそうだろ。半端だろうと幻想殺しは効くんだから、使わなきゃ」
「それには及びませんよ」
ぴしゃりと言い伏せる芳乃。その言葉には強い意志が宿っていた。
「先程も言いましたが、呪詛は私たちに向けられたもの。貴方が戦う必要はありません」
遠回しに、もう関わるなと言われていた。それは上条にも伝わっていた。確かに、巻き込まれただけの彼が、これ以上戦う道理は無いのだろう。それも彼には分かっていた。
だから、こう言った。
「悪いがそうはいかない。この件には首を突っ込ませてもらう。たとえ何を言われようとだ」
ところで、一方通行も手を焼く幼女、打ち止めはどこに行ったのかというと。
相も変わらず、街へ駆け出していた。面倒を見ていた安晴の制止を振り切って飛び出すような形で、だ。無理もない。彼女がいつまでも同じ場所に留まっている方が珍しいのだ。
という訳で、今日も彼女は街を爆走する。一方通行に見つかれば怒られること間違いなしなのだが、それすら頭にないらしい。学園都市の外にある見たこともない街並みは、彼女の好奇心を掻き立てるのに十分すぎた。
しかし長くは続かない。そもそも、人の多い観光地を右へ左へ走り回ればどうなるか。
答えは明確だった。
角を曲がったところで、人と正面衝突した。
「あいたーっ!! ってミサカはミサカは突然の衝突事故に動転してみたり!!」
「おー? 大丈夫でありますか?」
尻もちをついてしまった打ち止めに手を差し伸べる衝突相手。その手を取ろうとしたところで、打ち止めは驚愕した。
やや露出度の高い洋服を着た、金髪の女性。その胸部にある、世界クラスの膨らみを見てしまったからだ。
「お、おおーっ!! なんだこれはー!! って、ミサカはミサカは特大サイズの胸に目を見開いてみる!!」
「……?? 怪我はなさそうですね。よかったであります」
それから数秒ほど胸をガン見していた打ち止めだが、そこでハッと我に返った。
「ねえねえ、なにか美味しいものを食べられる場所を知らない⁉ ってミサカはミサカはお腹を空かせながら訪ねてみたり!!」
「美味しいもの、でありますか? それならいい店がありますよ」
「ホントに!? ってミサカはミサカは確認を取ってみる!!」
「はい。一緒に行きましょう」
「やったーっ!! そうと決まればゴーゴー!! ってミサカはミサカは喜びと期待を全身で表現してみたり!!」
打ち止めが出会ったこの女性。彼女もまた、穂織を覆う呪いの本筋に絡む重要人物であることを、今は誰も知らない。
Level.0-1 科学の箱庭
並行世界の融合というあり得ない事象。その影響で彼もまた、干渉できないはずの世界に降り立っていた。
「んー? 俺は学園都市にいたはずなんだがな。一体どうなってんだ」
彼がいるのは
『超能力者が起こす超常現象を研究・開発し科学的応用を試みる』という点において、学園都市と深く似通った街。そして学園都市に似ているということは、当然その性質も似通うものである。
「しっかし、キナ臭い『闇』の臭いがしやがる。こういうのはどこもかしこも変わんねえのか」
彼もまた、学園都市の闇を知る者。研究開発の陰に潜む悲劇を知る彼は、闇というものに敏感だ。
「ま、学園都市の外ってヤツを知るにはいい機会かもな。鍛えた根性の見せ所だぜ」
そんなチャレンジャー精神満々な言葉と共に一歩踏み出す、彼の名前は。
白学ランを羽織り、頭にはハチマキ、口癖は『根性』という、見た目も中身も熱い
だが、この街にいたのは彼だけではなかった。
「おや、貴方もでしたか」
背後から投げかけられた声に、くるりと振り返る削板。そこにいる誰かを視認すると、驚きの表情を浮かべた。
「マジかよ……第二位だと?」
第二位。この呼び名に該当する者は一名しかいない。
一人一人が一国の軍に相当するとされる、学園都市の筆頭戦力が二人。彼らが、未知なる科学の街に降り立ってしまった。齎されるのは未曽有の破壊か、それとも飛躍的な進歩か。制御不能の混沌が、今まさに芽吹こうとしていた。
二話目を読んでいただきありがとうございます。
今回祟り神についての説明がありましたが、はっきり言ってもうこれっきりにしたいほど難しかったです。本文では分からなかったという方、申し訳ございません。できる限り噛み砕いたつもりですが、それでも読みにくいとは思います。そのような方は、ゆずソフトの18禁美少女ゲーム『千恋*万花』をプレイすることをお勧めします。
また、禁書本編及び派生作品で起きた事件などを基にした描写がいくつか入っています。新約のものも含まれますので、原作を読んで補完していただけると幸いです。