Chapter 2-3 我儘
「悪いがそうはいかない。この件には首を突っ込ませてもらう。何と言われようとだ」
はっきりと宣言する上条。その瞳には強い意志が宿っていた。
「聞いていたんですか? 貴方たちが戦う必要はないんです。それに、異世界から来たというのなら、元に戻る方法を探す必要があるはずです」
「そうだな、確かにその通りだ。狙われてるのはお前たちだけで、昨日来たばかりの俺には縁もゆかりもないのかもしれない。元の世界に戻るべきだ、というのも正しいんだろう」
「でしたら――」
「でも」
芳乃の言葉を遮って、上条は言葉を紡いでいく。
「今ここで起こっていることから目を背けて、元の世界で生きていくなんて俺には無理だ。ましてや、俺のせいでお前たちを危険に晒してる。そんな状況で、自分は無関係ですさようなら、なんてこと出来るわけねえだろ」
思い返しているのは、彼が最初にここに来た時。彼はその右手を以て結界を破壊しているのだ。
「あの結界。あれは祟り神から身を守るためのものだろ。俺はあれを壊した。それだけで、俺が戦う理由には十分すぎる」
「罪悪感から、ですか?」
「違う」
上条は即答した。
「俺が、許せないんだ。目の前で起こってる事件を悪化させておきながら、知らん振りを決め込んで逃げる俺を許したくない。俺のせいで誰かが危険に晒されるなんて、絶対に許容できない。だから、俺は呪いを解くために力を使う。昨日までの自分に後ろ指を指されないように。明日の俺に胸を張れるように」
「…………………」
芳乃は思い返していた。それは、将臣がお祓いに参加してきた時の事。彼もまた、非合理的な理由で祟り神と戦うことを決意し、芳乃の忠告も聞かずに山へとやってきたのだ。
自分がそれを良しとしないから、誰に止められようとも進む。そういう点で、上条当麻の動機は有地将臣のそれと似ているのかもしれなかった。
悪く言ってしまえば、それは自分勝手なのだろうけど。
そんな理由で戦う将臣に芳乃達が助けられていたのは、紛れもない事実だった。
だから、折れた。
「はぁ……もう分かりました。好きにしてください」
「ああ。そうさせてもらう」
ここで終わっていれば、格好よく啖呵を切ったと思えただろう。しかしそうはいかないのが上条当麻という男だ。
「それで人間、呪いを解く具体的な方法について心当たりはあるのか? まさか、手当たり次第に拳で殴ってスッキリ解決、だなんて短絡的な思考はしていないよな?」
「…………なあオティヌス、俺どうすればいいかな」
「お前という奴は……」
やいのやいのと騒ぎ始める上条たちをよそに、芳乃は
「貴方はどうするんですか」
その問いかけに対し、
「大変だ! ラストオーダー君が!」
切羽詰まった様子の安晴が駆け寄ってくる。その言葉に含まれた名前に、
「あのガキがどォした」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて」
「いいから答えろ」
攻撃されたか、それとも拉致されたか。様々な可能性が頭を駆け巡るが、安晴の口から出てきたのはとてもシンプルなものだった。
「ちょっと目を離した隙に、飛び出して行ってしまって。止めようと声をかけたときには、もう街の方へ……」
「………………………………………………あのクソガキが……」
「ほうほう。アクセラレータさん、でありますか」
金髪の女性が連れてきた甘味処で、
「そうそう、あの人はいつも一人でフラフラしてるんだよ、ってミサカはミサカは迷子に手を焼く素振りを見せてみる」
「迷子……でありますか?」
どう見ても、目の前の女の子の方が迷子なのでは、と首を傾げる女性。その認識は何ら間違っていなかった。
「とりあえず、アクセラレータさんについて、友達に聞いてみるであります」
手早く準備を済ませ、神社を出ようとする
「おーい、ちょっと待ってくれ」
声の主は将臣だった。そちらへ振り向くと、射貫くような視線と共に問いかける。
「なンだよ」
学園都市の人間なら、そこに居合わせただけでも震え上がるであろうシチュエーション。しかし将臣は物怖じしない。
「俺の友達が、甘味処で『アクセラレータって名前の人の知り合い』と一緒にいるらしいんだってさ。良ければ案内するよ」
甘味処。何やらロクでもない展開が待っていることを予感した
「……あァ」
その甘味処、『
「いらっしゃいませ――って、まー坊。……おや? そちらの方は?」
「んー、俺の知り合い、かな?」
「そうなんだ。……
簡素な自己紹介が終わると、将臣が尋ねる。
「なあ芦花姉、レナさんいる?」
「ああ、それなら奥の席だよ」
答えと共に、店の奥の方へと視線を向ける。視線の先には、やけに騒がしい空間が形成されていた。そちらへ歩み寄ると、ゲンナリしながら
「…………何してンだ、オマエ」
ある程度は予測していたであろう状況に、それでも呆れが止まらない一方通行。そんな彼の内心を知る由もなく、打ち止めは満面の笑みを浮かべながら答えた。
「パフェを食べてるんだよ、ってミサカはミサカは簡潔に状況を説明してみたり」
次の瞬間、渾身のアイアンクローが炸裂した。
「……………………言うことはそンだけか?」
「いてててててててて!! ってミサカはミサカは苦痛を訴えてみる!!」
「自業自得だ!!」
「……ぷっ、あははっ」
その光景を見ていた女性が、堪らずと言った様子で笑い声を上げる。一方通行も、それで気が抜けてしまったようだ。手を離すと、そちらへ向き直る。
「アナタが、アクセラレータさんですね?」
「そォだが、オマエは」
女性は丁寧にお辞儀をして、こう名乗った。
「わたし、レナ・リヒテナウアーです。どうぞヨロシクです」
差し出される手。取るべきか迷ったが、一応取っておくことにした。
「このガキが手間かけたな。悪かった」
素直に謝罪する第一位。彼が謝るのはかなりレアな光景だが、打ち止めが絡むとそういう一面も見えやすいのかもしれない。対してレナは、笑顔のまま答える。
「大丈夫であります。むしろ楽しかったです」
そォかよ、と相槌を打ったところに、先程話したのとは違う店員がやってきた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
「うーん、俺はプリンでも食べようかな。そっちはどうする?」
早々に注文を決めた将臣が問いかけてくる。
「コーヒーはねェのか?」
「申し訳ありません。コーヒーは取り扱ってなくて……」
「……なるほどなァ」
となると、頼むものがない。彼はデザートの類にさして興味があるわけでもない。コーヒー程度しか嗜好品はないのだ。
「はいはーい!! パフェもう一つ!! ってミサカはミサカはおかわりを所m
「さてはオマエ反省してねェな?」
再度のアイアンクローで言葉を断ち切る
「俺はイイ。今は何も頼む気になれねェ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
注文を取り終えて、厨房へと戻っていく。すぐまた戻ってきて、将臣に質問した。
「それでお兄ちゃん、この人は? お兄ちゃんの知り合い?」
「ああ、この人はアクセラレータさん。この街の外から来たんだ」
そこで言葉を切ると、今度は
「この子は
「鞍馬小春です。よろしくお願いします」
「……あァ」
これで何回目だろう、と彼は思う。悪戯に繋がりを作りたいわけでもない。むしろ、いずれ去る立場にある以上は避けるべき行いだ。
だが、いつ元の世界に戻れるかは分からない。それまでの間に、こんなやり取りを何度も繰り返すのかもしれないと思うと、珍しく遠い目になってしまう第一位だった。
そんな彼だが、不意に思い出す。
(そォいや、金持ってたっけか)
財布はあった。だが必要以上に金を持ち歩くようなことはないから、いつまで持つかは不明だ。異世界で自分の口座など頼れるはずもないし、働こうにも戸籍その他諸々が欠如しているうえ、学園都市のように仕事を回してくる伝手があるわけでもない。補充の手段は絶望的であった。
その上、打ち止めまでいる。彼女の食欲を考えると、消費が嵩むことは請け合いだろう。
(……オイ、どォすンだこれ)
意外な形で追い詰められた
Scene 0-1 銀と銀の邂逅
姫松学院特別棟にある、オカルト研究部の部室。部長の
床に倒れ伏す、白い修道服の少女。何が何だか分からぬまま慌てて駆け寄り、体を起こす。
「あの、大丈夫ですか」
反応はすぐにはなかった。衰弱しているのかもしれない。そう思って救急車を呼ぼうとしたその時、シスターが口を開いた。寧々には知る由もないが、それはかつて、このシスターがある男と出会った時の言葉と同じだった。
「おなかへった……」
「えっ?」
Chapter 2-4 闇と怪物
日が傾き、帰路へ就く
(確かにアイツの言う通り、俺が戦う必要はねェ)
(まァ、そォは行かねェわな)
半日ほど
だが、あの巫女たちは?
口振りや戦闘の手際から察するに、彼女たちはずっと祟り神と戦ってきたのだろう。その親も、そのまた親も。代々死と隣り合わせの綱渡りを延々と続けてきた彼女の一族は、深い闇や争いと縁遠い生活をすることが出来ただろうか?
そう考えた時に、彼の中で結論は決まった。
(ただ、情報は足りねェ。下手に首を突っ込ンで、この街を出れねェンじゃ本末転倒だ)
帰る場所がある。確実に戻るためにも、可能な限り知識が欲しい。
そういう訳で、事情をよく知っていそうな存在と接触することにした。
「オイ」
「むむ? お主、吾輩が見えておるのか?」
神社の本殿で、
「あァ。オマエに聞きてェ事がある。答えろ」
「『オマエ』ではない。ムラサメだ」
「そォかよ。で、答えるのか答えねェのか、どっちだ」
神霊の類を相手にしているのに、態度の変わる様子のない第一位。これが彼の平常運行であった。
「はぁ。それで、何が聞きたいのだ」
「祟り神について」
呆れたような表情を浮かべていたムラサメの面持ちが、真剣なものに切り替わる。
「芳乃達の説明では不足があったか?」
「あァ。アイツらは祟り神の特徴を意図的に隠している。そォだな?」
ムラサメは頷く。その事には彼女も気づいていたのだ。勿論その理由にも。
「大方、俺達を戦いから遠ざけるため、なンて理由だろォがな」
「うむ。その認識で間違いはない。だが、そうと分かっていて何故吾輩に聞きに来た?」
「俺は俺の気に食わねェモンを潰す。その為の情報集めは手っ取り早く済ます。だから一番情報を持ってそォなオマエに尋ねる。それだけだ」
ムラサメは少しの間、目の前の人間を見ていた。その真意を量ろうとするように。彼女には、
「ふむ、まあ良い。では何から答えようか」
「まずは、ヤツの体についてだ」
あの戦闘で起きた不可解な現象を思い出しながら、
「ヤツは穢れっつーモンを集めることで、怨念を実体化させているンだったな。だがヤツには俺の攻撃が効いてねェ場面がいくつかあった。実体がねェとしか考えられねェよォな状況がな」
「それはどんな攻撃なのだ?」
「木の葉で斬る、それと大気の塊を叩きつける。この二つの攻撃は、ヤツの体をすり抜けやがった。だが、石を飛ばした時と蹴りを入れた時は防御しやがった。物理攻撃全般が効かねェっつーわけじゃねェのか?」
「待て。木の葉で斬るだと……? 想像がつかん」
「木の葉を高速で飛ばして、接触した対象を貫通・切断する。そういう認識でイイ」
実際には『木の葉のベクトルを集中制御して』という一節を含むのだが、そこまで説明する必要はない。重要なのは起きている事象であって、その過程はどうであろうと構わないのだ。
「なるほど」
少々考え込んでから、ムラサメは推測を述べていく。
「それは恐らく、生贄となる前の『肉体を持っていた時の感覚』を忘れられんからだろう。石や蹴りといった攻撃は受ける傷を想像できるが故に防御行動をとるが、一方で木の葉や空気による攻撃がどのような傷になるかは想像できなかった、ということではないか。吾輩はこう考える」
木の葉や大気が殺傷能力を持って飛んでくる、という光景を想像できる者が果たしているだろうか?
仮にいたとして、それが現実に起こりうると考えるだろうか?
こんな攻撃は学園都市第一位の彼だからこそ出来る芸当であり、そもそも起こり得ないのが普通だ。たとえ祟り神といえども、想像する方が難しいだろう。
「だが、実体はあるンだろ。ダメージがねェのはどォいうことだ」
「実体と言っても、その本質は穢れと怨念であって、完全な肉体を持っているわけではないのだ。霊的に清められた攻撃でなければ、穢れを祓う――すなわち傷を与えることは出来ん。お主の攻撃は清められておらんかったから、傷を付けるに至らなかった。そういうことだ」
「なるほどなァ」
「次の質問だ。憑代だとか言ってたが、ありゃァ何だ」
「ああ、そうか。もう一人の方には芳乃たちが説明しておったが、お主はその時、ここにおらんかったのだった」
そう言うと、ムラサメは申し訳なさそうな表情を浮かべる。何故そんな表情を浮かべるのか分からない
「吾輩は実体が無くてな。憑代の現物を持って来ようにも、物に触れられんのだ」
「……持ってくる必要はねェよ。場所を変えりゃイインだろ」
「済まぬな」
そう言って、憑代のある部屋へと向かう二人。そこで
「変な形だ、そう思ったであろう? それもそのはず。これは粉々に砕けた憑代の、いくつかの欠片を繋ぎ直したものに過ぎん」
その言葉に驚きを隠せない
「欠片、だと?」
「そうだ。五百年前に、呪詛返しによって砕け散った憑代の欠片。この欠片の一つ一つが祟り神を生み出すのだ。現在吾輩たちは、穂織の山に散らばった欠片を集めている。欠片同士を合わせると、このように一つに戻っていくのだ」
「はァ?」
「ンな事したら、祟り神が完全に復活しちまうンじゃねェのか?」
「尤もな意見だ。だがな、吾輩のご主人は、この破片を通じて声を聴いたという」
「何だと?」
「ご主人が言うには、『返せ』と言っていたらしい。恐らくは生贄の声だろう、と見ている。そこから考察を進めた結果、憑代を元に戻すことが生贄の願いであり、それを完遂することで呪いが解ける、と予想したわけなのだ。正解かどうかは分からぬが、試す価値はある。仮に完全復活したとして、それを鎮めるか、祓うことが出来れば呪いは解けるであろう」
「そォ上手く事が運ぶモンかよ?」
「分からぬ、と言ったであろう。藁にも縋る、という事だ。これ以外に道は思いつかんのだから、やるしかない」
その言葉を聞いても、
(敵の思惑に乗せられてる、としか思えねェ。憑代の復元に成功して最初に得をすンのは祟り神だ。腐っても敵は神。倒せばイイ、なんつー話で済む訳がねェだろォな)
そもそも、神格級の存在を人間の力で相手取れる、と思うのが間違いだ。過去に魔神ネフテュスと対峙した一方通行は、それを理解している。
規格外の怪物が、悪魔の力を借りてようやく痛み分け。神と人との間には、明確な格の違いが存在しているのだ。
数秒考えて、
「場当たり的な対処に無駄な時間を費やすより、大本を潰す方がイイってのは同意見だ。だが、同じ目的地へ行く為に、全員が全員同じ道筋を辿る必要はねェ。俺は俺の勝手で動く」
「何か、考えがあるのか」
「考えっつー程のモンじゃねェ。ただの保険だ」
「そうか。……それで、聞きたいことは他にあるか?」
「もォねェよ、十分だ」
そう言って踵を返す
「……感謝するぞ」
「何にだよ」
「穂織のために、力を貸してくれることに」
「…………そォいうンじゃねェよ」
ぶっきらぼうにそれだけ返す、素直になれない
しばらくすると、将臣と上条が帰宅してきた。居間へ向かって歩いていると、夕食の準備をしていた茉子が声をかけてくる。
「有地さん、おかえりなさい」
「ただいま」
「上条さんも。そういえば、一体どちらへ行かれていたのですか?」
「インデックスを探しに行っててさ。結局見つからなかったんだけど」
その言葉に反応して、将臣が思い出したように口を開く。
「ああそうだ。友達や家族に聞いてみたけど、特徴の一致する人は見てないってさ」
「そうか……ありがとな、手伝ってくれて」
神妙な面持ちになる上条に引っ張られ、空気が重くなる。沈黙が空間を満たしかけたところで、茉子が口を開いた。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、ご報告を。今夜もまたお祓いに行く必要ができました」
居間に入るとすぐに、芳乃も入ってくる。その姿を見ても上条は平然としていたが、将臣はそうではなかった。
「昨日お祓いをしたばかりだよね? いくら何でも、再発生が早過ぎるんじゃないかな」
「そうなのですが……私にも理由が分からなくて」
困り顔の芳乃の頭には、
「あれ? 朝はその耳生えてなかったよな?」
そう。この耳、祟り神と戦っている最中には生えていたが、その後には存在しなかったのだ。しかし今はまた生えている。
どういう事なんだろう、と上条が首を捻る。その疑問に答えたのは、芳乃でも将臣でもなく、いつの間にか居間に来ていた
「祟り神が出た。その影響ってとこだろ」
「えっ? なんでお前が知ってるんだ??」
自分と同じ門外漢のはずの
「最初に会った時、ソイツには耳が生えていた。だが祟り神を倒した直後には消えていた。そう考えりゃ、あの耳が祟り神と関係していることは想像がつく。そンだけの事だ」
言われてみれば、という言葉を顔で表していた上条を放って、質問を繰り出す第一位。
「それより、ペースが早いってなァ本当なのかよ?」
その問いに答える芳乃の表情には、恐れや戸惑いといった様々な表情が浮かんでいる。
「はい。普段は私が舞を奉納することで土地の穢れを祓っています。それでも祓いきれない穢れが蓄積することで、祟り神となるんです。昨日それを祓ったんですから、今日も出現するというのはおかしいんです」
「んー、何となくわかるような、わからないような」
朧気なイメージを浮かべる上条に、芳乃が具体的な解説を付け足していく。
「部屋の掃除を思い浮かべると良いでしょう。普段の掃除で取り切れなかった部屋の隅の埃を、集めて掃除したとします。にも関わらず、その次の日には同じ量の埃が溜まっている。不自然な事ではありませんか?」
「……なるほど、それはそうだ。意図的に散らかしでもしないと、そうはならないよな」
意図的に散らかす。それを聞いた
「オイ、出ろ」
埃、すなわち負の感情を肥大化させる者。学園都市第一位専属の悪魔、クリファパズル545はゴミ箱の中身を爆散させて出現した。
『にひひひひひひひ!! 長かったですねえ、退屈で死ぬかと思いましたよう』
「散らかすな」
『あうー、辛辣う……私だって毎回実体化するの大変なんですよう?』
「知るか、片付けながら答えろ。オマエ、昨日の晩以降、祟り神を煽ったりしてねェだろォな?」
剣呑な雰囲気の
『してませんよう。煽ったところで、穢れが溜まらなければ顕現出来ないはずでしょお?』
半ば予想していた答え。
「まァ、そォだわな。他に心当たりはあるか」
『えー、メイザースやアレイスターのような「黄金」の魔術師、あるいはコロンゾンといった大悪魔のように、呪詛や悪意に精通している者ならば可能性はありますねえ。ですがそれ以外は考えにくいかと』
「その根拠は」
『相手が神ですから。魔神に並ぶ技術の持ち主でなければ、手出しをしようにも制御できずに返り討ちにされる可能性が濃厚ですう。魔導書図書館を用いるとしても、相当な技量が要求されますしい』
メイザース、それにアレイスター。どちらも世界最強クラスの魔術師である。コロンゾンに至っては、この二人をも超えて世界を滅ぼせる大悪魔だ。それ程のやり手が、この問題に介入している。事態解決の難易度は跳ね上がった、と断言できるだろう。
「チッ、面倒だな。その手の連中が絡むとロクなことにならねェ」
『同感ですねえ。ところでご主人様、よろしかったので?』
「何が」
『ほら、皆呆けてますよう?』
悪魔はご主人様の後ろを指差す。その言葉に応じてゆっくりと振り返った
そんな中、何やら不満そうな表情を浮かべる
「
「…………………………面倒くせェ……」
Chapter 2-5 介入者
暗い山の中を、黙々と歩く上条達。木々の揺れる音だけがやけに五月蝿く響き渡る。誰一人として口を開くことなく、人里離れた奥へ奥へと向かっていく。
誰も彼も、段々と強くなる嫌な気配を感じ取っていた。山の中腹あたりに着くと、それは更に強烈になる。戦闘が近いことを予見して、右手を開け閉めする上条。
それに応じたかのように、がさり、という音が聞こえた。ただ木の葉の擦れるだけの音とは違う。その音は、茂みを掻き分けてこちらへと近づいてきた。音のする方向へ振り向いた一行に、何かが猛烈な速度で迫る。
最初に動いたのは
あまりの衝撃に、突進していた何かが動きを止めた。そこにいるのは、黒い泥のような何か。その姿を全員が視認した。
「やはり……祟り神!」
芳乃のその言葉に応じて、全員が臨戦態勢に移行した。右の拳を握り締め、上条が突撃する。
「おおおッ!!」
全体重を乗せて、
しかし祟り神も黙ってはいない。身体から触手を生み出すと、上条の頭目掛けて勢いよく振り下ろす。右手を振り抜いた格好の上条では、これを回避することは出来ない。
そこへ、真横から突風が吹いた。土埃を上げて吹き荒れる空気の塊が、間一髪のところで上条を突き飛ばす。
「悪い、助かった!!」
「無暗に突っ込むな馬鹿者! 隙を見せたら狩られるぞ!!」
そうこう言っている間に、祟り神は標的を変えて、芳乃達へと接近する。乱雑に振り回される触手を、茉子と将臣の二人が受け止め、斬り落としていく。
(俺や
即座に方針を転換した上条。すぐさま声を張り上げた。
「
「わかりました!」
芳乃が肉声で応える。茉子と将臣も頷くと、一歩退いて攻撃姿勢に移った。生まれた間隙に上条が飛び込み、振りかざされる触手を右手で掴んで逸らす。
四方に散らばるように展開する芳乃達を警戒するように、祟り神の体から触手が更に生えてくる。上条はそのうちの一本を掴んで、別の触手へと叩きつけた。軌道が逸れ、あらぬ方向へと衝撃が着弾する。残りの触手も、飛来する神力の塊に受け止められて、芳乃達へは届かない。そうして生まれた隙を見逃さず、芳乃達は祟り神へと攻撃を加えていく。
戦いの趨勢は、芳乃達へと傾いていた。しかし上条は、妙な違和感を覚えていた。
(何だ!? 俺達だけじゃない。これは!?)
(クソが。性格の悪い野郎だ)
その違和感は、徐々に無視できなくなりつつある。祟り神よりもタチの悪い何かが、鎌首をもたげている。そんな錯覚すら覚えるほどだった。
彼らはこの時、同じ事を考えていた。その、内容は。
(誰かが、俺達を見ている)
将臣が、叢雨丸を振るう。一刀両断された祟り神が、断末魔すら上げることなく消滅する。方針転換からものの五分ほどで、戦闘は終了した。命がけの戦いを終え、一息ついている芳乃達。その頭部からは耳がなくなっていた。しかし上条と
「…………オイ」
「ああ、分かってる」
ただならぬ雰囲気を感じ取ったか、芳乃達の表情が強張る。だがそちらには目もくれず、二人は山の奥の方へ向くと、口を揃えてこう言った。
「「お前は誰だ。隠れてないで出てこい!!」」
この時、芳乃達は『二人が突然虚空に向かって叫んでいる』と捉えたことだろう。耳がなくなったということは、祟り神は今のところは山にいない。にも関わらず、彼らはまだ誰かがいると言っているのだ。本来ならば一笑に付すべき状況だが、それはすぐさま否定される。誰もいないはずの木々の奥から、声が聞こえたからだ。
その声は、その場の誰も聞いたことのない声だった。
『ほう。気付いていたのか……年端も行かない
言葉の節々から滲み出る、他者への軽蔑。その口ぶりに二人はある人物を思い出したが、そうだとしても何かがおかしい。少なくとも彼らの知る人物でないのは確かだった。
「……誰だって聞いてンだよ」
ぼそり、と
『今はまだ名乗るべきではない。だが喜べ、我とはそう遠くない未来に邂逅することになる』
「ふざけんな、目的は何だ!! 祟り神と関わりはあるのか!?」
上条も口火を切る。気迫の宿った怒声に対しても、得体の知れない声は飄々と言葉を返していく。
『当面の目的は性能テスト、そんなところだろう。新しく得た力を試したい。それ以外の意味はない。祟り神へも関与したが、それも呪詛の術式が使えるかどうか、という実験に過ぎん。まあ、結果は良好だったようだが』
人をおちょくるような口ぶりだが、その中には重要な情報が紛れている。
「結果は良好、だって……?」
『そうだ。後ろの連中は気付いているだろう。
上条が振り返る。謎の声は芳乃達にも聞こえていたようで、無言の問いかけに頷きを返した。
『あれは我の所業よ。少々手を加えて、拾い上げる穢れと怨念を増やしてやったに過ぎんが……それだけでも効果はあったようだ』
その言葉に、芳乃達の表情も険しいものへと変化していく。この声の主は、悪意を持って芳乃達を苦しめている。そう理解した瞬間に、沸騰した。
「人の命をいたずらに危険に晒すのが、実験だって? ……ふざけるな、どこまで腐ってるんだ、お前は!!」
怒りを隠そうともせず、声を張り上げる。将臣がここまで感情を剥き出しにするのは珍しい事だが、謎の声はそんなことなど意にも介さぬといった風に語っていく。
『我にとってそんなことは些事に過ぎん。「
「つまり、穂織の人がどうなってもいいと言うのですか? 呪いが強まれば、被害は穂織全体に及ぶというのに!」
茉子が詰問する。その顔には、痛みを堪えるかのような色があった。しかし謎の声はそれすら歯牙にもかけない。
『そう言っている。そもそもこの街は、我の「
とことん人を馬鹿にするその口ぶりに、ついに芳乃の感情も爆発する。
「いい加減にしてください。穂織はあなたの玩具じゃないんです!!」
一瞬の静寂があった。だが、その言葉に対する返答は、あまりに冷酷で、傲慢なものだった。
『玩具ほどの価値もない、と理解できておらぬとは。愚かだな、この街もろとも滅んでおいた方がいいのではないか?』
世界の全てを見下すような、その発言。いったいどんな人生を歩めばこんな言葉が出てくるのか、その場にいた五人には分からない。魔神とさえ分かりあえた上条当麻にも、かつて自身を最強と定義していた
様々な感情が渦巻く中で、謎の声は失望したように告げる。
『もう良いか。この街だけにかまけているつもりもないのだ、そろそろ行かせてもらうぞ』
「待てよ。顔を隠して好き放題言いやがって、いい加減姿を現せ!!」
『言ったはずだ、いずれ我々は相見えると。上条当麻、それに
上条の制止に応じる様子もなく、声はそこで途切れる。それと同時に、押し潰されそうなほどの存在感が一瞬で霧散していった。
「何だったんだ、今のは……」
「さぁ……ですが、少なくともワタシたちの味方でないことは確かなようです」
将臣たちが呆然と呟く。しかしその声は、上条と
(あいつ……『プラン』だとか言ってたな)
彼らが知る限り、そんな事を何度も口走る人間は一人しかいない。
アレイスター=クロウリー。学園都市の先代統括理事長。
それならば、神さえも手玉に取るほどの技量に説明がつく。
しかし、辻褄の合わない瞬間がある。
(電話で話したアレイスターは、巻き込まれたと言った。もし今の声と同じだとしたら、行動に矛盾が生じる)
謎の声は、確かに上条たちを「呼んだ」と語った。であれば、アレイスターは声の主に巻き込まれた側である以上、声の主とは同一人物たりえない。
尤もそれは、どちらの言葉も真実である場合に限るのだが。
(確かめる必要がある。アレイスター、あいつが本当に巻き込まれただけなのかどうか)
Code 0-1 相克する銀の星
真夜中、ある病院の屋上。そこには二つの異物があった。
片や、短い金髪を揺らし、ベージュの修道服を纏う女。此方、魔女帽を目深に被り、夜闇の色に染まるローブを着込む魔法使い。その異物は、互いに睨み合っている。その底を探ろうとするように。
唐突に、女が口を開いた。
「何者だ? ……とはいえ、予想はついているが」
返ってきたのは、男の声。今にも消えそうな老爺の声にも、活気溢れる若者の声にも聞こえる。
「初めまして、と言うべきかな。ようこそ、我の世界へ」
大仰な身振り手振りで。尊大な口調で。真反対の感情を込めながら。
魔法使いは、来訪者を出迎える。
「歓迎するぞ、アレイスター=クロウリー」
女の反応は瞬時だった。軽く右手を握りこむ。ただそれだけで、ねじくれた銀の杖が音もなく出現する。それを見ても、魔法使いは余裕を崩さない。
「ほう、それが『霊的蹴たぐり』かね」
魔法使いも同じ動作を行う。全く同じ杖が、その手に収まっていた。
「感謝しよう。貴様が力を使えば使うだけ、我もその力を己の血肉に変えられる」
「私の真似事で、私に勝てると?」
「真似事、で済むと思うか?」
僅かに見える口元には、笑みすら浮かんでいる。全てがこの魔法使いの掌中であるかのようだ。そんな考えが浮かぶことに顔を顰めた女は、口を引き結んで突撃する。
決着は一瞬だった。
鮮血が、辺り一面に飛び散る。
女は平然と立っていた。その右手には、深い傷が走っている。しかしそれすら意に介さず、うわ言のように呟く。
「あの方式……間違いないな。アレの正体は……」
「……間違いなく誤解を生むぞ、アレは」
Point.02 悪意振りまく願望機
その島は、常に夏である。
その島は、願望によって成り立っている。
その島には、願望を叶える『システム』が存在する。
塔弦島。神秘の島と目されるこの島に、その男はいた。
「ははは、これはしくじったな。データ収集に留めておく予定だったのだが」
如何にも魔法使いといった格好の男は、誰に語るでもなく言葉を続ける。
「だが『
奇人、変人。そう呼ばれ続けた男は、天を見上げる。満天の星を目にしながら、高らかに宣言した。
「さあ、収穫の時間だ。世界よ、悲劇と怨嗟に満ちるがいい」
ようやく舞台となる場所を全て登場させることができたので、簡単な解説を。
・穂織
『千恋*万花』の舞台。小京都とも呼ばれる古風な街並みが特徴。
・
『DRACU-RIOT!』の舞台。歓楽都市とも呼ばれるが、実態は吸血鬼の島。
・八坂総合病院
『E×E』の重要施設。魂にまつわる実験を行っている。
・鷲逗研究都市
『RIDDLE JOKER』の舞台。アストラルに関する研究を行う街。
・姫松学院
『サノバウィッチ』に登場する学校。この学校のオカルト研究部には、魔法と関わりのある人物が数多く所属している。
・塔弦島
『夏空カナタ』の舞台。常夏の島で観光名所として名高いが、重大な秘密を抱えている。
ゆずソフトサイドの現在の登場人物についても少々の解説を。
・有地将臣
『千恋*万花』の主人公。神刀『叢雨丸』の使い手であり、ムラサメに触れることのできる数少ない人物。
・朝武芳乃
『千恋*万花』のメインヒロイン。本文中では巫女と表記したが、正しい役職は『巫女姫』。過度な人付きあいを避けている。
・常陸茉子
『千恋*万花』の以下略。朝武家に仕える忍者であり、朝武家の家事は彼女が担う。高所恐怖症という欠点がある。
・ムラサメ
『千恋*万花』の以下略。彼女が叢雨丸に宿ることで、叢雨丸は穢れを祓う刀になる。幼刀と呼ぶと怒る。
・レナ・リヒテナウアー
『千恋*万花』の以下略。ムラサメを視認できるなど謎の多い人物。あとおっぱいがでかい。
・馬庭芦花
『千恋*万花』のサブヒロインその1。甘味処『田心屋』の経営を行う。貴重なお姉さん枠。
・鞍馬小春
『千恋*万花』のサブヒロインその2。将臣の従妹である。廉太郎という実の兄を差し置いて将臣を「お兄ちゃん」と呼んでおり、よく懐いている。
・綾地寧々
『サノバウィッチ』のメインヒロイン。魔法を使って願いを叶えるため魔女になったが、代償として唐突に発情するようになる。オナニーマスター綾地。
次いで、禁書サイドの人物についても説明を。
・アレイスター=クロウリー
セレマ教の開祖であり、悪名高い魔術師。禁書では学園都市の創設者であり、初代統括理事長。現在は
・メイザース
本名は『サミュエル=リデル=マグレガー=メイザース』。近代西洋最大の魔術結社『黄金夜明』の創設者の一人。世界最強クラスの魔術師である。
・インデックス
10万3001冊の魔導書を完璧に記憶している魔導書図書館。自力で魔術を使うことが出来ないため、戦闘ではサポートに回ることが多い。彼女の存在が上条当麻のアキレス腱になっている、と言える状態である。
・垣根帝督
学園都市第二位の
・削板軍覇
学園都市第七位の
長くなりましたが、今回はこの辺で。
お読みいただきありがとうございました。