※この作品はR-18です。

とある魔術の柚子世界   作:バハルストスFF

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『DRACU-RIOT!』編、始まります。
 ここでは梓ルート、莉音ルートのネタバレを含みますので、事前プレイを推奨します。


DRACU-RIOT!編
第五話 楽園を荒らす者


 Phase 1-1 化物 / Vampire.

 

 

『アクア・エデン』という島がある。

 日本の海上に浮かぶ人工島。表向きの最大の特徴は、公営カジノが存在するカジノ特区であることだ。別名、海上都市。当然の事ながら観光名所としても名高く、昼夜を問わず賑わっている。

 しかし、その島に行く手段は非常に少ない。一つは、一本しかない連絡橋を自動車で通行すること。もう一つは、連絡橋に敷設された交通機関『エデンズライナー』を利用すること。公的に認められているのは、この二つだけだ。飛行場や港湾の類は存在しない。

 まがりなりにも島でありながら、海上交通は一切行われない。物資の輸送も陸路のみが用いられる特異な場所だが、これには理由がある。

 

 先の説明では、公的に認められた手段は二つだけだ、と述べた。それはすなわち、「非公認の方法もある」という事を意味する。

 では、その方法とは?

 答えは、密航である。先程も説明したが、海上都市はあくまでも島だ。船で上陸するのは難しい事ではない。ただし、それは先述の通り海上都市非公認であるため、統治組織に発見されれば島外退去処分となる。それでも海上都市では、密航者あるいは不法滞在者は後を絶たない。

 それは何故か?

 その理由は、海上都市が海上交通を行わない理由にも直結してくる。

 

 そもそもの話、海上都市は誰にとってのエデンなのか。

 エデンとは、聖書に記された楽園の名だ。ただそれは、人間のものではない。人間はエデンから追い出されている。その名を冠したということは、この島は人間の楽園ではないのだ。

 ならば、この楽園は誰のものだ?

 

 答えは、『吸血鬼』である。アクア・エデンは、吸血鬼にとっての楽園なのだ。

 

 とはいえ、その実態は普通の人々が持つ吸血鬼のイメージとは異なる。

 まず、見た目は人間とほとんど変わらない。牙があるか否か、それだけの差だ。

 彼らにまつわる伝承も、かなり誇張されたものだ。確かに日光には弱いが、浴びようとも死ぬことは無いし、ニンニクが弱点、というのはまやかしだ。吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になる、というのも間違いで、吸血鬼の血を飲むと吸血鬼になる、というのが正しい。

 ただし、塩に弱い、という点については扱いが異なる。塩そのものを摂取することは問題ないが、海水は彼らにとって致命的な弱点となる。浴びれば肌が焼け爛れ、量が多ければ死ぬこともある。

 つまりは海上都市に密航するというのは、その時点で多大なリスクを背負うことになる。そうまでして海上都市に来ることにも、勿論理由がある。

 

 それは、吸血鬼が住むことを国に公認された最大の街がアクア・エデンだから、である。

 吸血鬼という存在は、ただそこにいるだけで迫害され、排除の対象となる。だが、このアクア・エデンではそうはならない。吸血鬼が人間と同じように生活できる唯一の場所が、海上都市なのだ。

 だから、吸血鬼は楽園を目指す。

 

 ここまで読めば、誰もが疑問に思ったことだろう。

「なぜ海水が弱点のはずの吸血鬼が、四方を海に囲まれた島に住んでいるのか?」と。

 

 これは、人類が設けた制約だ。

 先程述べなかった吸血鬼の特性について補足する。吸血鬼の身体能力は人間を遥かに上回る。その上、それぞれが人智を超えた特殊能力を使えるのだ。どんな能力が発現するかは個体によって異なるが、どんな吸血鬼も必ず一つ特殊能力を持つ。更にタチの悪いことに、吸血鬼が生き永らえるには人間の血を吸う必要がある。

 人間より強く、人間を襲うことが分かりきっている生物。檻に入れて隔離したいと願うのは、人間にとって普通だろう。

 だから楽園は海にある。吸血鬼が脱走できないように。海上交通が存在しないのも、本土との交流手段が連絡橋一本だけなのも、そういう理由だ。そして、この島に住む吸血鬼には、海上都市の外に出る許可は下りない。

 

 この島は、エデンという名の牢獄なのだ。

 

 とはいえ、海上都市内部は劣悪な環境という訳でもない。一度入れば出られない、そう知ってなおこの地を求める者がいる程には、吸血鬼にとって住みやすい街だ。この島に住む吸血鬼の大半は、アクア・エデンの意味を前向きに捉えている。ただ、そうでない者も、一部にはいる。

 

 さて、長ったらしい前置きはここまでだ。

 ここからは、海上都市で交錯する『ヒーロー』たちの物語が始まる。

 

 

 Phase 1-2 風紀班 / Assault.

 

 

 海上都市で起きた謎の爆破事故が報道された、その日の夜。

 酒場と酒場の隙間にある暗い路地に、それは立っていた。

 両手に電気を迸らせる、学生の装いをした少女。

 彼(・)は、屯(たむろ)していたガラの悪い男たちに、こう尋ねた。

「なあ。教えてくれよ、この島で一番強いヤツが誰なのか」

 その言葉に、男たちが反応する。各々得物を手に取り、あるいは拳を打ち鳴らした。

「お嬢ちゃんよ、痛い目見たくなきゃ、今のうちに引き返した方がいいぞ」

 不良の一人が、下卑た笑みを浮かべながらそんなことを口にする。対する彼の反応は冷ややかだった。

「なるほどな、分かったよ。少なくとも、テメェらが最強じゃねえって事はな」

 あからさまな侮蔑に、男たちの顔が赤く染まっていく。

「ガキが、舐めてんじゃねえ!!」

 怒りに任せて、不良たちが武器を振りかぶる。一つでも当たれば致命傷となるそれらを目の当たりにしてなお、少女の表情は変わらない。

「つまんねえな」

 吐き捨てるように一言呟いて、彼は動いた。

 今宵もまた、戦争が始まる。

 

 

 数分と経たずに戦闘は終了した。いや、それは最早戦闘と呼べるものではない。蹂躙だ。

「いやー、ちっとばかしやり過ぎかね、こりゃ。もうちょい手加減した方が良かったか」

 どこまでも気楽な調子で、少女は言う。薄高く積まれた人の山を見てそんなことを口にしているのが、彼の異常性を端的に表している。

 北欧神話に名高い雷神、トール。それが彼の名だ。今は御坂美琴に化けているだけで、実際の彼は第三位とは似ても似つかない。

 そんな彼は、偽りの髪をガシガシと掻きながら途方に暮れていた。

「つーか、これどうするかな。ここに置いたまんまってわけにもいかねえし」

 ズレた感性を最大限に発揮しながらふざけたことを口にしていると、表通りの方が騒がしくなってきた。トールがそちらに目をやると、新たな集団が銃口を向けている。

 そのうちの一人が、拡声器片手に現場を睨んでいた。

「風紀班だ! そこを動くな!!」

 

 

 この島には、警察とは別の治安維持のための組織が存在する。それが風紀班である。

 特区管理事務局、通称陰陽局は、海上都市の管理を行うための政府直轄の組織だ。風紀班は陰陽局の部署の一つで、島の取り締まりを主な活動としている。ではなぜ、警察とは別の治安維持部隊が存在するのか?

 吸血鬼の存在は、ほとんどの人類には秘匿されている。だが、この島はそうではない。吸血鬼が平然と街を闊歩している。その中には、犯罪行為に手を染める者だって少なくない。

 そして、吸血鬼が非行に走れば、人間の手には負えない。かと言って、吸血鬼を警察に据えるのは認められない。だから、吸血鬼を含むボランティア団体を新たに設置し、彼らに吸血鬼を取り締まらせることにしたのだ。

 それはつまり、彼らは超能力を扱う犯罪者には手慣れていることを意味する。そうでなければ、吸血鬼に対抗できない。

 こう考えれば、どうして警察ではなく風紀班がやってきたか分かるだろう。

 超常現象としか思えない力を使うトールを抑え込むには、どんな力が必要だ?

 

 

「あー、面倒くせえな」

 変装を解くこともなく、路地の入口を見つめるトール。彼が考えていることは単純だ。この場をどう無難に凌ぐか、それだけだ。

(何の罪もねえこいつらをぶっ飛ばすのは、俺の趣味じゃねえんだよな。かと言って話を聞いてくれそうでもねえし、上手いこと逃げるしかなさそうだな)

 そう考えて、足元からアーク放電にも似た溶断ブレードを噴射しようとした、まさにその時。

 集団の中にいた赤い髪の軍服少女が、トールに向けて手をかざした。否、それはトールに向けられたものではない。彼を含む空間が対象だった。

 見えない何かがトールの体を包み、瞬時に彼を地面へ押し付けようとする。

(ぐっ…………!! これは、念動力……とすれば、あいつは吸血鬼か!!)

 そう勘付いた時には、トールも動いていた。指先から溶断ブレードを一瞬だけ噴射し、空気の急激な膨張を利用して強引に距離を取る。念動力に無理に逆らった影響で全身が悲鳴を上げるが、それを無視して次の行動に移る。

 相手にも驚く気配こそあったが、対応は迅速だった。巫女服を纏う小柄な少女が前線に躍り出て、トールに向けた銃の引き金を引く。

 同時に、トールは足から溶断ブレードを噴射。真上に跳躍すると、右手を軽く振り下ろす。数メートルほどに伸長した溶断ブレードの切っ先が二者の中間地点あたりに落ちると、そこを中心に地面が融解させられていく。これでは、距離を詰められない。

 その隙にトールは手足のブレード噴射で姿勢を制御しつつ、近くの建物の屋上に着地する。高層ビル群ではなく、背の低い建物ばかりが並ぶ地域だったのが幸運だった。屋上伝いに逃げるという選択肢が増えるのは強みと言えるだろう。

「ま、こんなもんだろ」

 満足そうな笑みを浮かべて、さあ逃げようと足を一歩踏み出した、ちょうどその瞬間。

「オイ」

 背後から声をかけられたトールの表情が凍り付く。油の切れたロボットのような動きでそちらへ振り返った彼は、一番目にしたくなかったものを目の当たりにした。

 

 学園都市第三位、御坂美琴。

 トールが今現在化けている顔の、本家本元。ゴテゴテした機械を背に持つ彼女は、仁王立ちでトールを睨みつけていた。

 

「人の顔使って好き勝手してくれたわね。どう説明つけんのよ、これ」

 剣呑な声がトールの耳に届く。彼女が今どんな感情でここに立っているのかは、彼女の前髪辺りでバチバチと音を立てる電気を見れば明らかだった。

「…………………………怒ってる?」

「当たり前でしょうが!!」

 彼女の周りを、夥しいほどの電気が取り囲む。鬼の形相でガンを飛ばす学園都市第三位の化物。激突は避けられない、そう判断したトールは、決意を固めて次の一歩を踏み出した。

 御坂美琴とは、真逆の方向へ向けて。

(マジかよ予想外だぞ!! とりあえず今は逃げて、話が出来る程度に消耗させるしかねえ!!)

 両足のブレードを同時に噴射し、全速力で彼我の距離を開けようとする。

「待てコラ逃げるな!!」

「逃げねえわけがねえだろうが!!」

 正論のようなそうでないような事を喚きながら、トールは街を疾駆する。対する美琴は、というと。

 背負っていた機械群を一挙に展開。悪魔の翼のように広がるそれは、装着者に絶大な力を齎していく。

 学園都市の技術を知る者ならば、こう予測するだろう。あれは駆動鎧(パワードスーツ)だ、と。それは間違いではないが、真実の全てではない。

 全ての魔術を絶滅させるもの(アンチアート・アタッチメント)。対魔術式駆動鎧というのが、それの正しい名称だ。

 その名の意味を知らぬ少女は、戦いを好む魔術師に向けて、こう宣言する。

「とりあえず、一回ブッ飛ばす。話はそれからよ!!」

 同じ顔をした者同士の戦いが始まった。

 

 

 その時の海上都市の天気を一言で現すならば、「雷」となるだろう。

 電気を操る猛者の戦いは、そう形容できるほどに苛烈だった。

 

 

 音速に迫る速度で、コインが飛翔する。超電磁砲(レールガン)。学園都市第三位の代名詞であるその攻撃を、雷神は四肢のブレードを全力で噴射して回避する。

 奇跡のような回避劇だが、トールの場合は偶然とも言えない。彼は戦いの神の名を冠した魔術師。そう名乗るに足るだけの、数えるのも億劫なほどの戦闘経験が、彼の体を反射的に突き動かした。

 だが、そこで終わりではない。超電磁砲(レールガン)の余波で姿勢を乱すトールに向けて、背中の兵器に取り付けられた機銃が乱射される。一発でも当たれば全身が肉片と化す殺戮兵器を、両手のブレードを振り回してどうにか凌いでいく。

「ミコっちゃん、もしかして脳筋か!? もうちょい周りの事考えようぜ!!」

「うっさい!! アンタがこんな真似しなきゃ私が出張る必要なかったでしょうが!!」

「こっちにだって色々あんだよ!!」

「知るか!! 勘違いで追い回される私の事情も考えろ!!」

 子供の喧嘩のようなやり取りを交わす間も、戦闘は続く。美琴は磁力を操って砂鉄を集め、トールを取り囲むように展開した。高速振動する砂鉄が、雷神の肉体を抉り取るべく上下前後左右あらゆる角度から迫る。溶断ブレードだけではどうしようもない攻撃。その隙間から何かを見つけたトールは、ある決断を下した。

(あんまり他人を巻き込むような真似はやりたかねえんだが、あの連中を使うのは確かに有効だ。となると…………ちくしょう。不本意だが、ア(・)レ(・)を出すか)

 

 トールは本来、雷神という小さい枠に収まるような神ではない。雷に限らず幅広い分野を司る、全能の神なのだ。

 そしてこの魔術師は、全能としてのトールを名乗れるだけの力を体現している。

 

 反撃があった。

 全能神トールの右拳が、御坂美琴の鳩尾に深くめり込んでいたのだ。

 

「うっ……、ぐ!!」

 いつの間にか、大きく開いていたはずの距離が詰められている。それどころか、攻撃の前兆すら感じさせなかった。そもそも、トールは砂鉄攻撃の範囲内にいた。あそこからどう動こうとも、砂鉄の群れは形を変えて彼の体に致命的なダメージを見舞うはずだった。

 にも拘らず、今攻撃を受けたのは御坂美琴の方だ。理解の追い付かない現象を体感して動きを止める彼女に、全能神は険しい表情を浮かべた。

「悪いが、こっちもこっちでやることがある。こんなとこでご破算にされちゃたまったもんじゃねえんでな」

「……」

 美琴は無言で、雷撃の槍を放つ。光速で飛翔する高圧電流を、全能神は容易く回避した。あの上条当麻ですら回避が困難な攻撃を、一切姿勢を変えずに、だ。

「ああ、安心しな。もうこの姿は使わねえよ」

 そう言って、トールの姿が瞬時に切り替わる。本来の姿である、黄色と黒を基調とした服を纏う金髪の少年に戻った全能神に向けて、美琴は食い下がった。

「もう遅いわよ。私はこの街じゃお尋ね者なの、アンタのせいでね」

「そりゃ悪かったよ。だが、誤解を解く機会はありそうだけどな」

 全能神トールが、美琴から視線を外した。美琴がつられてそちらを見ると、追跡者が一人。戦争と形容するべき争いを目の当たりにして、なおトールと第三位に追い縋ろうというその気概は賞賛できるだろうが、相手は戦いの神と超能力者(レベル5)だ。無謀にも程がある、と言わざるを得ないかもしれない。

 だが、追跡者もただの戦闘員ではなかった。普通の人間には出し得ない身体能力でもって二人のもとへと接近し、同じ屋上へと降り立つ。トールが変装を解く瞬間も見ていたらしく、先程とは姿の違う神に特に驚く様子もなく言葉を投げかけた。

「そこまでだ、大人しく投降しろ」

「あいよ」

 意外な程、素直にトールが両手を上げる。その気になれば第三位も片手間で倒せるはずの全能神が、追跡者一人を相手に降参した。これには追跡者も間の抜けた表情を浮かべている。

「ほれ、ミコっちゃんも」

「え、ええ……?」

 訳が分からない第三位。しかし、トールは真剣な表情だ。それ故に、逆に真意が読めない。

(この場を収めるにはこれしかなかったが……予定外だな。とはいえ、一応これも選択肢にはあった。こうなった以上は切り替えるしかねえ)

 強者の前には、数多くの道がある。これを自在に選び、飛び移れるから、彼は神さえ名乗るのだ。

 忘れてはならない。

 彼はかつて、猛者がひしめく学園都市で様々な予定外に阻まれながらも、最終的に全ての目的を達しているのだ。

 人助け、強敵との戦闘、そのいずれも。

 

 

 Phase 1-3 接触 / Beginning.

 

 

「……………………っつう訳なんだけどよ」

 風紀班の詰所で、トールは流暢に語っていた。しかし、その内容は到底信じられるものではなかった。どうしたって、沈黙するしかない。

「俺の話聞いてた?」

 口をへの字に曲げるトール。とはいえ、言い方はどこか楽しそうだ。隣でしかめっ面を作り続ける御坂美琴とは対照的と言えるほどに。

「しかし、これは」

「到底信じられんな」

 取り調べ担当の隊員が、思わずそう漏らす。

「まあ、そうだろうと思ってたけどよ」

 この反応は予想の範疇だったらしい。トール自身、発言に客観的な証拠がないのは分かっている。だからこそ、余裕を崩すことなくこう告げた。

「信じられねえってんならそれでいいから、とっとと俺を解放しろ。用心深いのは結構だが、それで救えるもんを見過ごすのはシャレにならねえ。それともアンタらは、罪無き一般市民が傷つくことを良しとする連中なのか?」

 語気が強まる。華奢な見た目に反して強烈なプレッシャーを放つトールに、隊員たちも気圧されていた。そんな中で、一人がどうにか言葉を吐き出す。

「す、済まないが、我々の一存では、それは決められない。上と掛け合わせてほしい」

 それも仕方ないことだろう。現場の判断で犯罪者を逃がすような馬鹿ではこの仕事は務まらない。その事をトールは分かっていて、故に一歩引いた。その気になればいつでも脱走できるにも拘らず、だ。

「構わねえよ。色よい答えを期待してるぜ」

 一人の隊員が取調室を出ていく。その背中を見送りながら、トールは隣でふくれている少女に声をかけた。

「で、ミコっちゃん。アンタはどうすんだ?」

 対する美琴の方は、苛立ちを隠すこともなく告げる。

「毎度毎度アンタに協力すると思ってんの?」

「んな事は微塵も思ってねえけどさ」

 呑気に腕を伸ばしながら「でも」と続ける神。

「何の罪もない、それどころか被験者になってることすら知らされねえまま、人生を狂わされ、実験と称して使い潰される人間が大勢いる。アンタはそれを黙って見過ごせんのか? 元々、そういう悲劇を止める立場だったんじゃねえのかよ」

 それは彼女にも覚えがある。いいや、決して忘れるつもりもない出来事が。

 彼女のDNAマップを基に量産されたクローン人間を二万人殺させて、能力の進化を行うという狂気の実験。そして実際に、学園都市第一位の怪物によって一万人以上のクローンが使い潰され、犠牲になっている。命と心を持った、れっきとした人間が、一万人以上も。

 彼女は、自身をこの悲劇の加害者だと自負している。だからこそ、トールの言葉にすんなりと肯定を返すことが出来ない。

「アンタは人を騙すことに躊躇がない。アンタの口車に乗せられて、逆に被害を拡大させる可能性だってある。むしろ、実験に協力している可能性だって否定できない」

 トールの反応は冷たかった。前にも同じやり取りをしたことがあるからだ。

「そりゃ確かだな。俺の話したことが真実であるっつー保証はどこにもねえ。けどよ」

 それは、御坂美琴にとって、最も深く突き刺さる一言。

 

「そんなとこで止まってるようじゃ、上条ちゃんには一生かかっても追い付けねえぞ」

 

 はあ、と溜息をついて、トールは語っていく。

「フロイライン=クロイトゥーネの件で、俺は上条ちゃんと手を組んでた。その時も、こんな話はしたんだよ。窓のないビルに捕まってる女がいて、そいつを殺そうとしてるヤツがいる。だから俺達で助けよう、ってさ」

 彼が思い返すのは、バーガーショップでの、上条当麻とのやり取り。

「その時も、俺の言葉に信憑性はなかった。勿論あいつだって、最初は乗り気じゃなかった。けど、あいつは本当かどうかなんて段階で悩んでたんじゃなかったんだよ」

 あのツンツン頭の高校生だって、助けたつもりが苦しめていた、なんて事実に苛まれていた時期があった。

 けれど、それで人助けに走らないかどうかは別の話だった。

「実際、上条ちゃんは立ち上がった。どこの誰かも分からねえ、それどころか実在するかも不明なフロイライン=クロイトゥーネを助けるために。初対面で、なおかつ敵である俺の言葉を信じて、その力を借りてまで」

 トールの青い瞳が、真っ直ぐに御坂美琴を見据える。第三位の、人としての器を見定めるように。

「俺はそれが正しいとは言わねえし、アンタにそれを求めるつもりもない。だが『誰かが困ってる』と聞けば、上条ちゃんは勝手に動くぞ。それが嘘か真かも関係なく、な。アンタが悩んでる間に、あいつは手の届かない所まで進んじまう。それでいいのか?」

 残っている隊員からすれば、禅問答としか思えなかったことだろう。でも、御坂美琴には、その真意が伝わっていた。彼女の核心を突いたその言葉が、いつまでも心に引っかかった。

 一瞬とも、永遠とも思えるほどの時間の果てに、答えがあった。

「……私は」

 

 

 一方その頃。風紀班のある支部で主任を務める枡形兵馬(ますかたひょうま)は、取調室から上がってきた荒唐無稽な調書に頭を抱えていた。

「流石にあり得んだろう、これは……」

 何度読み直しても、信じられる内容ではない。だが、被疑者はこれを大真面目に語り、挙句には「信じないなら、せめて邪魔をするな」とまで言ってのけたというのだ。どこにその自信があるのか、全く分からない。頭でも打ったのかと考えるのが、まだ自然だった。

「主任(チーフ)? 大丈夫ですか?」

 心配そうな声をかけるのは、布良(めら)梓(あずさ)。先程トールを銃撃していた小柄な少女である。

「ちっとも大丈夫じゃねえよ。ったく、散々暴れたかと思いきや支離滅裂なこと言いやがる、一番タチの悪いパターンだ」

 深いため息をつく枡形。しかし、犯人からは解放しろとの要求が出ている。要求をされた以上は、回答を用意せねばならない。

 そして、それも簡単な事ではなかった。下手な回答を返せば、何をしでかすか分からない。風紀班相手に単独で立ち向かえる戦力である以上、その可能性を捨てるわけにはいかない。お手上げ状態だった。

「お前らの意見も聞かせろ」

 彼の視線の先にいるのは、二人の吸血鬼。

 一人は、矢(や)来(らい)美羽(みう)。能力でトールを抑え込もうとした赤髪の少女。

 もう一人が、六(む)連(つら)佑(ゆう)斗(と)。トールと美琴を一人で追っていた男だ。

「どう思うと言われても」

「そもそも、調書を俺達は見てないんですけど」

「ああ、そうか」

 言われて気付いたのか、雑に書類を手渡す。それをまとめて、佑斗、美羽、梓の三人は調書を読み始めた。一文目には、こうある。

「異世界から来た……………………?」

 のっけからおかしい。もうこの時点で、内容の信用度は限りなくゼロに近づく。

「これ、読む意味あるのか?」

「なるほど、主任(チーフ)が頭を抱えるわけだわ」

「す、凄い人だね……」

 とりあえず読み進めていくのだが、その次もまたおかしな内容だった。

「ロシアで進められていた人間兵器製造計画を潰した……??」

「そういうのって、むしろアメリカの考える事じゃないかしら」

「何だろう、自分の世界に浸り切っちゃう人なのかな……」

 三人が三人とも微妙な表情を浮かべている。当然の反応だろう。

「この計画と類似する実験が、日本にあるという情報を入手…………っ!?」

 そこまで読んで、佑斗と美羽の目が見開かれた。

 

 

「私は、アンタを何から何まで信じるつもりはない」

 御坂美琴は、きっぱりと宣言する。その上で、こう続けた。

「でも、アンタが言う実験が本当にあるのなら、絶対に止める。アイツとちゃんと肩を並べるためには、それくらい出来なきゃ話にならない」

 それを聞いて、トールは薄く笑った。

「いいね。そういうの、嫌いじゃないぜ」

「アンタに好かれても嬉しくないわよ」

「そうだよな。ミコっちゃんは上条ちゃん一筋だもんな」

「ぶっ!! ちょ、ええ!?」

「あれ、違うのか? 俺はてっきり上条ちゃんにぞっこんなんだとばかり」

「殺す!! やっぱアンタ一回ブッ殺す!!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた二人。そんな取調室に、先ほど出ていったのとは別の男が入ってきた。隣には、先程の戦闘で念動力を使っていた少女も。

「詳しく話を聞かせて欲しいんだが、構わないか?」

 

 

 残っていた取調員も部屋を去り、取調室にいるのはトール、美琴、佑斗、美羽の四人だけ。そんな中で、佑斗が口火を切って声を発した。

「あの調書に書いてあったこと、あれは本当なのか?」

「客観的な証拠はねえよ。だから俺は『本当です』しか答えねえ。真偽の判断はアンタらでやってくれ」

「……だよな。悪かった」

「で、聞きてえのはそれだけか?」

「いや、まだある」

 真剣な表情で佑斗が尋ねる。

「あんたの話す、『人間をライカンスロープに変える実験』について、説明してほしい」

「いいけどよ、その前にどうしてそ(・)こ(・)を尋ねるのか、聞いてもいいか」

 佑斗の表情が、更に険しくなる。いっそ悲痛と言っていいほどに。

「…………誰にも口外しないでくれるのなら」

「分かった」

「佑斗!」

 やり取りを見ていた美羽が、止めに入った。見ればそちらも、佑斗に負けず劣らず真剣な表情を浮かべている。

「アナタ、それは」

「美羽。いいんだ、これで。きっと必要な事だ」

 言葉を遮って、美羽を制す佑斗。何か意味のあるやり取りであろうことは、トールにも察しがついた。そして、その意味はすぐに明かされた。

「俺は、元人間なんだ。その上で、ライカンスロープである疑いもかかってる」

 

 

 Phase 1-4 王たる者 / Lycanthrope.

 

 

 人を超える力を発揮する吸血鬼たち。彼らの間では、ある伝説が恐怖と共に語り継がれている。

 それが、『吸血鬼殺し』ライカンスロープだ。

 

 ライカンスロープは、外見は吸血鬼と大差なく、つまりは人間とも大差ない。身体の機能にしたって、吸血鬼同様の弱点を抱えているし、吸血鬼同様に人の血無くしては生きられない。言ってしまえば、吸血鬼の変異種だ。

 では、何故吸血鬼は同類のはずのライカンスロープを恐れるのか。その答えは単純だ。

 

 ライカンスロープは、吸血鬼を喰うからだ。

 

「喰う」と言っても、捕食するというわけではない。ライカンスロープが喰うのは記憶、そして能力だ。

 

 吸血鬼は、一人一つ特殊能力を持つと説明した。彼らは、人間から吸血することでのみ特殊能力を発揮できる。それ故に一部の例外を除いて、吸血鬼から吸血する意味は介在しない。

 一方でライカンスロープは、吸血鬼から吸血することで、その能力を奪い取り、記憶を複製する。複数の能力を同時に保有することも可能である。そこが、通常の吸血鬼とライカンスロープの最大の違いだ。

 そして「喰われた」吸血鬼は、その能力と特異性を失い、ただの人間と同じになる。吸血鬼殺しなどという物騒な称号はここに由来する。

 

 誰が呼んだか、吸血鬼の王。それがライカンスロープを示すもう一つの異名だ。

 

 こうも畏怖されるのにも、当然理由がある。ライカンスロープは吸血鬼の力を奪えるが、吸血鬼がライカンスロープの力を奪うことは出来ない。ライカンスロープは、吸血鬼に対して絶対的な優位に立っているのだ。だから吸血鬼たちはライカンスロープを恐れて排除しようとするし、ライカンスロープは素性を隠そうとする。

 もしも素性が暴かれれば、全人類と全吸血鬼を敵に回してしまうことにもなりかねない。

 

 

 佑斗の言葉を聞いて、トールは黙り込んでいた。数秒かけて咀嚼し、ぽつりと声を漏らす。

「…………そうか」

 そして、こう続けた。

「分かった。当事者のお前には『知る権利』がある。俺が知ってることは、全部話してやるよ」

 珍しく、真剣そのものと言った表情だった。普段の彼からは想像もつかないほどに。

「俺が知ってる実験ってのは、人間を兵器にする実験の基幹にもなってたもんだ。超能力を使える兵士を量産する。その為に、複数の能力を用いることが出来るライカンスロープに目を付けた。最初の実験は破綻したみてえだが、中核メンバーの一人が日本に戻って実験を続けてたらしい。確か名前は……………………蓮沢? だったかな、まあいいや。ともかく、そいつが行ってたのが『人造ライカンスロープ実験』。人間を後天的にライカンスロープへと変える、クソみてえな実験だな。で、さっき言った蓮沢とかいう奴がこの島にいるらしいんで、俺はここに来た。そういう訳だ」

 トールは不快そうに顔を歪めていた。感情を隠すこともなく、説明を続けていく。あるいはそれが、「隠し立てしない」という意思表示なのかもしれなかった。

「で、アンタが聞きたいのはここからかな。被験者について」

 被験者。その単語に、佑斗の眉が動く。

「大雑把に言えば、親のいねえガキどもだな。児童養護施設に住む子供が対象で、本人に通達は無し。ったく、胸糞悪りぃ話だ」

 肩をすくめるトール。対照的に、佑斗と美羽は唖然としている。児童養護施設、という名称は、身に覚えがあった。

「………………確かに、俺には親がいない。俺は、児童養護施設の出だ」

 それを聞いて、トールは額に手を当てた。「なるほどな」などと口にしながら。

「となると、可能性は高くなったな。つーか、もう間違いねえと言っていい。アンタは間違いなく、被験者の一人だろ」

「…………そんな」

 信じられない。自分を引き取った施設の大人達が、実は人間を実験台にするような外道だったと言われて、すんなりと信じられるわけがない。しかし、そうだと考えれば自分の身に起きたことにも納得がいく。否定したいという感情と、肯定できるという理性が、佑斗の中でせめぎ合っていた。

「ああ、何度も言ったけどさ。これが本当のことだなんて証拠、どこにもねえからな。鵜呑みにしねえで、よく考えてくれよ」

 今にも崩れ落ちそうな佑斗に向けて、トールはあえて助言する。これは、当事者に対する彼なりの配慮だった。その言葉に従って、佑斗は思案を巡らせる。

(確かに、信じられることじゃない。でも、見ず知らずの他人が、やけに辻褄の合う嘘をつけるか?)

 それにこの話は、風紀班では佑斗にとってのみ意味のある話だ。他の隊員に同じ事を説明したとして、騙せるわけがない。嘘をつくのなら、もっと現実味のある話をするべきだろう。

 そう判断して、佑斗は席を立った。

「少し、待っててくれないか」

「佑斗? どこへ…………」

「主任(チーフ)と話をしてくる」

 それだけ言い残して、佑斗は取調室を出て行った。再び背中を見送る形となったトールは、やれやれと首を振った。

「…………余計なもん背負わせちまったかね、ありゃ」

 

 

 数十分後。拘束を解かれたトールと美琴は、支部の前で佑斗と再び対面していた。

「……俺の言葉を信じた。そう解釈して構わねえんだな?」

「ああ。それでいいよ」

「そうか。じゃあな」

 そこでトールは会話を切り上げた。長い金髪を揺らしながら、悠々と立ち去ろうとする。

「おい、待ってくれよ」

「あん? ああー……言ってなかったな。俺は俺の方法で探す。アンタらはアンタらで追ってくれよ、こっちも分かったことは流すから」

「…………あんたの力を、風紀班に貸してほしいんだが」

「そうすっとミコっちゃんが浮いちまうんだよ。そいつ、俺と組みたくないんだってさ。だからまあ、俺が単独行動かなって」

「……そうね。それに私、この島の事何も知らないし。吸血鬼がどうとか言われてもさっぱりだわ」

「だろ? となると、知識の補完役にはアンタらの方が適任だ。付け焼刃の門外漢より余程詳細に知ってんだろうし。逆に、予備知識のねえミコっちゃんが一人で行動してもあんま意味ねえだろ。別ルートを形成するなら、やっぱり俺が適任なのさ」

 それだけ言って、神は夜闇へ溶けていく。

「さっきも言ったが、分かったことは流す。その代わり、アンタらも分かったことがあったらこっちに流してくれ。…………ああ、そういえば」

 トールはある事を思い出して言葉を切り、佑斗の方へ向き直った。

「いつまでも『あんた』じゃ呼びにくいだろ。名前覚えとけ。俺の名前はトールだ。じゃあな」

 軽く手を振ると、一瞬にしてその姿が消えた。その光景を、佑斗と美琴はただ見ていた。

 

 

(ま、吹っ掛けた以上は責任を取るさ。必ず、実験は止める)

 建物と建物の隙間で、トールは言葉もなく決意を固める。言えばチープになる気がした。だから、言わなかった。

「……さて、とりあえず寝床を探すとするかね」

 

 

 Phase 1-5 白い悪夢 / Monster.

 

 

 次の朝。本土と海上都市を結ぶ連絡橋を走るトラックの荷台に、そいつはいた。

 一方通行(アクセラレータ)。

 学園都市第一位。

 彼もまた、陰謀渦巻く楽園に足を踏み入れていた。だが八坂総合病院へ向かっていたはずの彼が、どうしてここにいるのか。答えはシンプルだった。

(アレイスターのクソ野郎は信用ならねェ。増やせる手札は拾うに越したことはねェだろ)

 元統括理事長は信用ならない。だからと言って、あの男に単独で挑んで返り討ちにされる可能性も否定できない。そんな折、学園都市第三位が海上都市にいるという情報を入手した。だから、頭数を増やしに来た。それだけだ。もっとも、第一位と第三位は犬猿の仲を通り越すほど険悪な関係なので、きっかけもなく協力することなどあり得ないだろうが。

(死ぬほど気乗りしねェが、まァ仕方ねェわな)

 こうして、盤面に新たな駒が追加される。化物(サッカー)たちの楽園に現れた、正真正銘の怪物(モンスター)。彼は海上都市で、果たして何を為すのだろうか。

 狂いに狂った、人智を超えた戦いが、静かに始まろうとしていた。

 

 

 幕間 不幸と不幸の遭遇

 

 

 一方通行(アクセラレータ)が海上都市に入ったのと同じ日に、上条当麻は人混みでごった返す繁華街を歩いていた。

「うーん、なかなか捕まんないな」

 ヒッチハイクで、彼はある場所を目指していた。その目的地は、やはり八坂総合病院ではない。

「早く、インデックスの所に行かないといけないのに」

 

 

 前日彼に電話していたのは、探し求めていたインデックス本人だった。電話越しに彼女が言うには、今は『シュバルツ・カッツェ』という喫茶店にいるらしい。

 まさかの情報が手に入って困惑半分喜び半分の上条は、すぐに地図を見て場所を把握。少ない金を温存しながら向かっているのだが……。

 

 

「まさか、こんな街中で足止めを食らうとは思わなかった」

「同感だな」

 市街地ならば車通りが多く捕まえやすいだろう、と考えていた。ロケーションさえ正しければそれは間違いではない。そして、上条当麻は何度も海外を同じような方法で渡り歩いている故に、そういう方法もある程度は把握していた。

 それにも拘わらず、一向に捕まらない。見(・)え(・)な(・)い(・)力(・)が(・)働(・)い(・)て(・)い(・)る(・)か(・)の(・)如(・)く(・)、上条達を妨害していた。

「まあ、悩んでても仕方ない。もう少し探して、ダメそうなら隣の町まで歩いてみよう」

 自分に言い聞かせるように告げて、上条は再び乗せてくれそうな車を探す。

 そんな彼の耳に、誰かの叫び声が届いた。

「兄さーん、助けてー!!」

 驚くべきことに、その声は上条へと近付いていたのだ。すぐさま声のした方へ顔を向けた上条。その視界に、ガラの悪そうな男が飛び込んできた。

「おわあ!!」

 全力で体を捻る上条。間一髪のところで激突は避けられた。何だ今の暴走列車は、と思いそちらを見る。

 衝突未遂を起こした男は、二人組の片割れだったらしい。よく見ると、その二人組の男が何かを担いでいる。

 その物体と目(・)が(・)合(・)っ(・)て(・)、正体に気付いた。

 あれは人、それも少女だ。あの二人組は、誘拐犯なのだ。

 そこまで分かった時には、上条は地面を蹴っていた。遠ざかる背中を必死に追いかける。

「待て!!」

 勿論耳を貸すことは無い。それは分かっていたことだ。だがこのまま追いかけっこを続けても、男たちに未来はない。人を抱えて走る二人組と、最小限の荷物しか持たない上条当麻。どちらの消耗が先かは、火を見るより明らかだ。それにここは繁華街。人混みを抜けるスピードでも、上条の方が速いに決まっている。

 男たちはそれを察したか、突然進路を切り替える。裏路地へと進んでいったのだ。戸惑いながら、上条もそちらへと体を向ける。見れば奥で、二人組が見るからに不快そうな表情を浮かべて上条を睨んでいる。更にその奥に、蹲る金髪の少女。臆することなく、上条は声を張り上げた。

「ここまでだ、その子を解放しろ!!」

 男たちが威圧するような視線を飛ばしてくる。すんなりと返してくれる雰囲気ではなさそうだ。

「おいおい、誰だよてめえ」

「お兄さんよ、アンタには関係ねえんだ。痛い目見たくなきゃ帰んな!」

 拳を構え、ポキポキと鳴らして上条を威嚇する男たち。それで引き下がる上条でもない。応じるように拳を構えていく。

「無関係? そんなわけあるか。助けてって声が聞こえたんだ、俺には関係ありませんで引き下がってたまるか!!」

 それで二人を相手に路上喧嘩しようというのだから、少々無謀だ。本人もそれは自覚している。だから、勝利ではなく救出のためのプランを練り始めた。

 そんな彼の耳に入る、新たな声。そして複数人の足音。

「佐奈(さな)、無事か!? ってか、またこのパターンかよ……!」

 すわ増援か、と肝を冷やす上条。しかし闖入者は上条の横で立ち止まり、同じように誘拐犯と対峙した。

 ちら、とそちらを見ると、立っていたのは少年一人、少女二人の三人組。男たちはそれを待っていたのか、口々に汚い言葉を発する。

「おうおう、ハーレム野郎。昼間は舐めた真似してくれたな」

「おかげで俺達、超機嫌悪いんだよなあ。この女を傷物にしちまうかもしんねえぜ?」

「テメェ……っ!!」

 理不尽な物言いに、声を荒げる上条。今にも飛びかかりそうになるが、彼の隣に立つ少年がそれを制止する。

「待ってくれ。……それで、どうすれば納得する?」

「俺達が殴る、蹴る。お前は無抵抗で受け入れる。もし抵抗すれば、この女がどうなっても知らねえぜ」

「あとそっちの女ども。お前らも逃げんなよ。こいつらをやった後は、お前らで遊ばせてもらうからよお」

 下卑た笑みを浮かべる男たち。そんな男たちを見て、片方の少女はジト目を向けており、もう片方はやれやれと首を振っていた。

「最低だな、お前たち」

「……下衆め。小物にも程があるじゃろうに」

「んだとコラァ!!」

 見え見えの挑発にいきり立つ男たち。正常な判断が出来ていないようだ。

「姫姉様、あいつら殺してもいい?」

「ダメじゃルリ、大人しくしておれ。…………ついでに忠告しておくが、もう警察は呼んだ。その者を解放して逃げる方が無難じゃぞ」

「ああそうかよ。ならこの女を精一杯痛め付けてから逃げるとするぜ」

 自棄になった男たち。このままでは少女の身が危ない、そう判断した少年は一歩前に出た。

「待て!! …………分かった。俺が殴られればいいんだろ。好きにしろ」

「ダメです、兄さん!!」

「待て、ハルキよ」

 二人の少女から、同時に制止の声がかけられる。少年の隣にいた少女は、腕まで掴んでいた。

「妾がどうにかしよう。お主が傷つく必要はない」

「でも」

「これは妾の役目じゃ」

 そのやり取りを見て、なるほどこれはハーレム野郎だ、などと自分を棚に上げて考える上条。どうしてそんなことを考えたか、というと。

(それ、神経逆撫でしてないか…………?)

 男たちの方を見ると、ピクピクと全身を震わしている。どう見ても、怒りが加速していた。そもそも、誘拐犯の当初の目的は女遊びだった。そんな彼らが、目の前で愛に溢れる(ように見える)やり取りが繰り広げられる様を見たら、どう思うだろうか。

「てめえら、調子こいてんじゃねえぞ!!」

「ぶっ殺す!!」

 誘拐犯の一人が怒りに任せて、拳を振り上げる。そのまま、金髪少女へと叩きつけようとした。

「野郎!!」

 上条が飛び出す。相手の腰目掛けてタックルを敢行し、地面へと突き倒した。

 もう一人の誘拐犯も、遅れて反応した。追撃をかけようとする上条の背中に向けて、上からの蹴りを繰り出す。上条は横に転がって回避し、直後に前へ逃げる。突き倒していたはずの男が、既に立ち上がって踵落としを放っていた。どうにか回避して立ち上がった時には、上条は相手の実力を把握していた。

(こいつら、そんなに強くない。多少喧嘩慣れしてる程度だ)

 そして、そんな戦闘の外で、救援に来たと思しい少年少女が何かをしている。

「おい卯ノ(うの)花(はな)、お前まさか」

「そうじゃ。ハルキはあの男どもだけ見ていろ」

 そして、少女が手を打つ。何か手があるのだろう、そう判断した上条が男たちの懐へ飛び込んだ、その瞬間。

「必殺、ハルキビーーーームッ!!」

「またかぁぁあああああああっ!!」

 閃光が迸った。少年の目から二条の光線が発射され、男たちを焼き尽くしていく。

「ぎゃあああああああああああああああ!!」

「がああああああああああああああ、熱い、熱いいいいいいい!!」

 そう、男たち。さて問題だ、視線の先には、誘拐犯以外に誰がいた?

「おいちょっと待てそれヤバいって死ぬ死ぬマジで死んじゃうヤツ!!」

 答えは一人。キングオブ不幸、上条当麻である。とっさに右手を突き出して防ぐが、打ち消しきれていなかった。

「待て待ていつまで撃つんだ俺を殺す気か!!」

「俺にも止められないんだよ!! おい卯ノ花早くこれ止めろ!!」

 そう言って、あらぬ方向を向いてしまう少年。当然その間もビームは発射中である。

 その結果。莫大な熱量を秘めた光線が、上条の体を横に薙いだ。

「ぐ、ああああああああああああああああああ!! 不幸だああぁぁぁぁ……………………っ」

 盛大な爆発と共に、上条当麻の意識が途絶した。

 

 

 上条が目を覚ましたのは、それから数分後だった。先程ビームを放っていた少年が声をかけに来る。

「よう、大丈夫か……って言っても、俺のせいなんだけどさ」

「…………ああ、そうだな。でも、大したことじゃない。気にすんな」

 強がりではない。身体を動かすにも、特に差し障りの無い程度の傷で済んでいた。

「それより、さっきの子は無事か?」

「ああ。怪我もない」

「なら良かった」

「おーい、ハルー!」

 別の声がかけられた。これも女性のものだろう。

「大丈夫?」

「葵(あおい)か。大丈夫だよ、みんな無事だ」

「ならいいんだけど…………って、この人は?」

 上条に気付いたらしい少女に、少年が説明する。

「ん? 佐奈を助けようとしてくれた人だよ」

「そうなんだ。…………ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げる少女。しかし、上条は首を振る。

「礼はいいよ。俺は俺の意思で首を突っ込んだだけだ。実際、あんま役に立ってないしな」

 いつもの事だ。彼はお礼目当てに人助けはしない。そういう人間だ。そんな彼を、一人の少女が見つめていた。

「済まぬな。妾のせいで、お主に怪我を負わせてしまった」

「気にすんなって。元々、怪我は覚悟だったんだよ。…………それじゃ、俺はこれで」

 そう言って、踵を返す上条。二歩目を踏み出した時には、歩道から上条の姿が消えていた。

「あれ? おい、どこ行った?」

 ぐるぐると周囲を見渡す少年。足元に目が行って、もしやと思った。

 マンホールの蓋が、何(・)故(・)か(・)空いている。しかも、その中から呻くような声が聞こえてきた。

「ふ、不幸だ…………今日は一段と不幸だ…………」

 慌てて駆け寄り中を覗き込む。そこにいたのは、ネズミに耳を噛まれるツンツン頭の男だった。引きずり出そうと手を伸ばすが、そのタイミングで運(・)悪(・)く(・)突風が吹き、ど(・)う(・)い(・)う(・)わ(・)け(・)か(・)ツンツン頭と少年が、仲良く下水道へ落下していく。

「「おあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」

 結局、救出には三十分ほどかかった。

 

 

「なあオティヌス、今日の俺、いつもよりやけに不幸じゃないか?」

 そんなことをぽつりと漏らす上条。オティヌスも肯定を返した。

「そうだな。ここまで立て続けにくるのは初めてかもな」

 彼女は気付いていた。遭遇した少年に流れる不思議な力、及びそれを操作していた少女の素性に。

(神の齎す、不幸な運命。……この世界にも、神が人の身で現界しているのか)

 とはいえ、その気付きに意味は無い。もうすぐ、上条達はこの街を出てしまう。そして、彼らとの距離は永遠に開き続ける。

 そういう運命だからだ。

 

 

 体を引きずりながらその場を去る上条の背中を、少年たちは見ていた。

「なんか、ハルと同じくらい不幸な人だねえ」

 葵と呼ばれていた少女が、そんな感想を口にする。

「同感だな。はるきと同じほど不幸な人間がいるとは、思ってなかった」

 ルリと呼ばれていた少女も同調する。

「大丈夫なんでしょうか……」

 佐奈と呼ばれていた少女は、同じくらい不幸な人間を間近で見ているからか、心配そうだ。

「気になるけど……本人がいいって言うんだから、多分大丈夫だろ。…………って、おい、卯ノ花? どうしたんだよ」

 ハルキと呼ばれた少年が、声をかける。卯ノ花と呼ばれた少女は、黙りこくっていた。

(あやつの右手。神の力から精製したビームを防いでいた…………? 不思議な事もあるもんじゃの)

「おい、おいってば」

「ん、ああ、済まん。ちょっと考え事をな」

「大丈夫かよ。……まあいいや、夜になっちまったし、帰ろうぜ」

「……そうじゃな」

 そう言って、彼らはありふれた日常へと帰っていく。ほんのひと時交わった二人のヒーローは、またそれぞれの道を歩んでいくのだった。




 というわけで、新章開幕です。

 まず、禁書サイドで名前の挙がった人物の紹介をさせていただきます。

・御坂美琴
 学園都市第三位の超能力者(レベル5)。超電磁砲(レールガン)の異名を持つ電撃使い(エレクトロマスター)である。保有する能力は超電磁砲(レールガン)であり、必殺技も超電磁砲(レールガン)というややこしいプロフィールの人。上条当麻に想いを寄せる者の一人。

・フロイライン=クロイトゥーネ
 学園都市内部にある『窓のないビル』に閉じ込められていた女性。オティヌスに目を付けられていたが、トールと上条、及びその関係者の力で救出される。

 幕間ですが、今回は『天神乱漫』です。今後もこのように、本筋と絡められなかった作品も小話として登場予定です。
『天色*アイルノーツ』と『ぶらばん!』は厳しいかと思われますが……

 という訳で、天神乱漫の登場人物についても紹介しておきます。

・千(ち)歳(とせ)春(はる)樹(き)
『天神乱漫』の主人公。先祖が受けた天罰と持ち前の運の無さがシナジーを生み、想像を絶する程の不幸体質を持つ。

・卯ノ(うの)花(はな)姫(ひめ)
『天神乱漫』のメインヒロイン。正しくは「卯花(うのはな)之(の)佐久夜(さくや)姫(ひめ)」という名前。本物の女神であり、様々な超常現象を起こすこともできる。

・千(ち)歳(とせ)佐奈(さな)
『天神乱漫』の(ry。春樹の妹だが、血のつながりは無い。つまりは合法である。テンパるととんでもないことを言い出す。

・竜胆(りんどう)ルリ
『天神乱漫』の(ry。卯ノ花に仕えている。独特の価値観を持っており、時折ズレたことを口にする。ケモ耳属性だぞ。

・山吹(やまぶき)葵(あおい)
『天神乱漫』の(ry。春樹の幼馴染。どういうわけか人助けに人一倍熱心で、それ故に無理をしてしまうことも。

 詳しくは、ゲームをプレイして見てくださいね。

 今回は、この辺で。
 お読みいただきありがとうございました。
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