Phase.3-1 介入 / Confusion.
「ボート?」
風紀班の、支部の一つ。そこで、隊員たちが報告を交わしている。
「そうだ。開発地区の海岸に、不審なボートが停泊しているのを発見した、という報告を受けた」
「えらく遠回しな言い方ですね」
「仕方ねえだろ。俺達は今回の件から外されちまったんだから」
「……? どういうことですか?」
突然のことに、動揺を隠せない隊員たち。一方の兵馬も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「立て続けに不法入島者が暴れまわってるのを、上が見てられなくなったらしくてな。本土から応援が来る。この件は、その部隊に一任されることになった」
「では、今後はどのように?」
「当面は『L』についての捜査を行いつつ、事態が動くのを待つ。いくら外されたと言っても、島の風紀が乱れれば動かざるを得ないからな」
むしろ、後半が目的であるというのは誰にでも分かった。なので、隊員たちは口を挟まない。
「他に報告は無いなら、今日は解散だ」
そうして、この場はお開きとなった。
(『L』……? なんだそりゃ)
トールは、その報告と指示を盗み聞きしていた。その中で、明らかに聞いたことの無かった単語が一つ。
(まーた情報の補完が必要だな。仕方ねえ、もう一回会いに行くか)
全能を振るう魔術師が、新たな可能性に近づく。
トールとの戦闘から帰還した
『お帰りなさいませえ…………って、ご主人様、怪我してるじゃないですかあ!』
「うるせェな。ほっとけ、こンなモンはすぐに治る」
『いったい誰にやられたんですう?』
「『グレムリン』のトールとかいうヤツだ」
『げ。トールって言えば、コロンゾンが面倒がってたヤツですねえ』
「あァ?」
『モ・アサイアの儀では、相反する属性を持つ人間同士をぶつけ合って共倒れさせる予定でしたあ。その中で、対極の存在しないジョーカーはコロンゾン自ら出向いて倒すつもりだったんですう。トールも、その一人ですねえ』
つまりはコロンゾンも手を焼く存在である、ということであるが、
「終わったことなンざどォでもいい。それより、アイツの使う魔術について説明しろ」
『トールの使う魔術は、「指定した相手に必ず勝てる位置にいられるよう、世界を動かす」ものですう。発動すれば最後、世界があいつに合わせて勝手に動くんですう』
「必ず勝つ、だと? どォいうことだ」
『敵の攻撃は絶対に回避、トールの攻撃は必ずクリーンヒット。大雑把に言えば、そんな感じですう』
ため息をつく
「対策は」
『世界ごと消し飛ばす、それくらいですねえ。
「相手するだけ無駄じゃねェか」
『そうですよう。吹っ掛けられたら逃げられませんから、関わらないのが正解ですう』
「…………面倒臭ェな」
『まったくですねえ。厄介なのに目を付けられたもんですう』
相手を指定すれば必ず攻撃がクリーンヒットするということは、第一位がこうしている今も襲撃の可能性がある、という意味だ。どれだけ距離を取ろうとも必中なのだから、それを応用して相手の位置を探り出すこともできる。
しかも、撃退することもできない。事実として、学園都市第一位の
「なら、トールのクソ野郎は放置だ。出来もしねェ対策に時間を割く意味はねェからな」
『時間……もしかして、また何かに巻き込まれました?』
「……うるせェな」
察しの良い悪魔の指摘に口を閉ざす
六連佑斗は、定期診察を受けるために病院を訪れていた。
「……」
「おーい、六連君。六連君?」
彼の診察を担当する医者、
「…………」
「無言は肯定のサイン。つまり、ようやく僕を受け入れてくれる気になったんだね。嬉しいよ、六連君!」
「そうじゃねえよ! ちゃんと聞こえてますから!!」
これ見よがしに迫りくる元樹を前に慌てて否定する佑斗だが、元樹は聞く耳を持たない。
「遠慮しなくていいんだよ。僕はいつでも準備OKだからねっ!」
「話聞いてねえのはあんたじゃねえか!! いいから正気に戻れ!!」
「何を言うんだい六連君、僕はいつだって正気だよ」
「なら医者モードに戻ってくれ!!」
「ちぇっ、しょうがないなぁ」
渋々と言った様子で佑斗から離れる元樹。真剣な表情に戻ると、医者として質問した。
「それで、何か考え事?」
「考え事というか……。あの、扇先生は…………」
「ん?」
「……人間をライカンスロープに変える実験なんてものがあると、思いますか?」
予想外の言葉に、目を見開く元樹。だが、すぐに表情を険しいものへと変えた。
「うーん……難しいだろうね。ライカンスロープという存在は、突然変異みたいなものだから。狙って生み出せるものじゃない、というのが僕の意見だ」
「そうですよね」
「でも、どうしてそんなことを?」
「……俺に、人間をライカンスロープにする実験がある、と言った人間がいるんです」
「へえ。それはまた、でたらめなことを」
「でも、そいつの言ったことには、思うことがいくつかあったんです。だから判断が難しかったので、先生の意見を聞ければと思って」
「六連君…………そこまで僕を頼ってくれるなんて、僕は嬉しくて涙が止まらないよ!」
「だから、今は真面目な話をしてるんですって!」
「おっと、そうだったね。…………まあ、六連君が気にすることはないと思うよ。いくら天文学的な数字であっても、確率は確率だ。たまたま一致することだってあり得る。何を言われたのかは知らないけど……今回は君が、その偶然に選ばれてしまっただけだよ」
富くじが商売として成立するのは確率が正しく機能しているからであるように、どれだけ確率が低かろうとも、0%でない限りそれは再現できる。とすれば、本当にたまたま経歴が一致しただけ、という可能性だって捨てきれないだろう。
「なるほど。ありがとうございました」
「気にすることは無いよ。愛しの六連君のためなら、これくらい」
うっとりと微笑む元樹。それを見た佑斗が半身を引いたのを見て、変態医者は更に一歩近づくのだった。
Phase.3-2 転換 / Turning_Point.
それから数日程は、不気味なほどに穏やかだった。誰も彼も息を潜め、下手に動くことを避けていた。
事態が動いたのは、
「――という状況でございまして」
緊張の面持ちで報告を終えた兵馬。その相手は、普段敬語を用いない彼でさえ敬語を用いるほどの存在――海上都市の中枢とも言える二人の吸血鬼である。
そのうちの一人、
「うーむ。聞けば聞くほど、厄介なことになったもんじゃ」
「ええ。これほどの大事が立て続けに起きたとなれば、政府の介入も当然の事でしょうね」
もう一人の吸血鬼、アンナ・レティクルも同調した。彼女たちの尽力で、海上都市と政府は絶妙なバランスを保っていたというのに、外部からの因子がそれを乱した。今、天秤は人間の方へ傾きつつある。今まで島を守ってきた立場としては、到底見過ごせる事態ではないのだ。
「わしが出るか?」
「市長が……? いえ、それはしかし」
「安心せい、半分は冗談じゃ。ただ、風紀班と警察でも対処できておらん現状を何とかせねばならん。その為に必要ならば、わしも動くぞ」
「小夜様、もうお若くないのですから」
「おい、誰がババアじゃ。…………ともかく、これ以上事態を悪化させぬために、こちらも協力は惜しまぬ。その事は忘れるな」
「は。肝に銘じます。それで、『L』の件なのですが――」
言いかけた所で、電話が鳴った。兵馬のものだった。
「申し訳ありません。風紀班の部下からです、失礼します」
そう断ると、席を離れて通話を始める。
「…………何!? 分かった、近くの隊員は至急現場に急行しろ」
急いで電話を切る兵馬。その顔に、緊張の色が浮かぶ。
「何か、あったのか」
「はい。潜伏していた不法入島者集団の一人が、月長学院に逃げ込んだの報告がありまして」
時間は、数十分ほど前に遡る。
風紀班の支部の前に、一人の男が立っていた。長い金髪を垂らす痩身の魔術師。彼は、誰かを待っていた。
「……あんたは」
「よお。ちょっとばかし話をしようぜ」
魔術師が待っていたのは、佑斗だった。待ち伏せも同然の邂逅に、佑斗は警戒を露わにしている。
「何の用だ?」
「せっかちだな。ま、事態の推移を見れば仕方ねえけどよ」
「…………」
「悪かったよ。悪かったから、睨むなって。そんじゃ単刀直入に聞くが、『L』ってのは何だ?」
「……待ってくれ。その話は、あまり一般人に聞かれたくない」
「じゃ、場所を変えるか?」
「ああ、中で話そう」
いつか来た取調室で、再び二人は向き合っていた。
「あれは、吸血鬼用のドラッグなんだ」
「何だと? 吸血鬼は、酒もクスリも効かねえんじゃなかったか?」
「そうだ。だけど、吸血鬼に効き目のあるクスリが、最近流通し始めた。その通称が『L』だ」
「なるほどなあ。名前には意味があんのかね」
「わからない。売人もそう呼んでいただけで、意味については知らないらしい」
「なんじゃそりゃ。……まあいいや、今度はそっちの路線で動いてみるか」
「どういうことだ?」
「正直、状況が厳しいんだよ。手掛かりが中々掴めなくてな……。だから、そういう裏を荒らし回って、敵の出方を窺うことにしたってワケだな」
「そうか。なら――」
佑斗が何かを言いかけた所で、取調室の扉が勢いよく開かれる。入ってきた赤髪の少女が、緊迫した様子で告げた。
「緊急招集よ。開発地区で、吸血事件の犯人集団が発見されたわ。佑斗、私達も向かうわよ」
「……! ああ、わかった。……あんたは?」
佑斗はトールの方へと目を向ける。付いてくるのか、という無言の問いに、魔術師は頷きで返した。
「美羽ちゃん、六連くん、こっちこっち」
「ここか」
海際に立ち並ぶ倉庫の一つを前に、風紀班は集合していた。
「うん。今のところ五人は確保したけど、残りの一人がまだ抵抗してるみたいで」
「それで援護か?」
「そういうこと。美琴ちゃんも、それでいいよね?」
「ええ、それは構わないけど……A.A.A.を返してくれないかしら」
「あれはダメ。周囲への被害が大きすぎるから没収です」
「…………」
「睨んでもダメなものはダメ。……じゃ、そろそろ行くよ」
その言葉に、全員の纏う雰囲気が切り替わる。異様な緊張感に包まれながら、彼らは内部へ突入した。
中で暴れていたのは、先日乱入した大男だった。右手には大きめのスコップを持ち、それを振り回して敵を寄せ付けないようにしている。その体のあちこちから血が流れ出ており、彼が既に満身創痍なのは誰の目にも明らかだった。それにも拘わらず一切動きが鈍らない大男の異常さに、本土からの増援たちは圧倒されていた。
「っ!!」
飛び出したのはトールだ。足の裏から溶断ブレードを一瞬だけ噴射し、急加速して男の胸元へ接近、握り締めた右拳を叩きつける。
男は空いている左手を素早く動かしてこれを受け止め、右腕を水平に高速で振るおうとし――すぐにそれを止め、半身を引いた。
直後、男のすぐ近くを一本のブレードが通過する。あと半秒回避が遅ければ、男の腕は一瞬で真っ二つに焼き裂かれていたことだろう。
が、男はそんなことに拘泥しなかった。回避と同時に、カウンター気味に左の蹴りをトールへ叩き込む。右手を拘束されていたトールは、右足でこれをガードし、次いで左の人差し指を、糸を引くような動作で斜めに動かした。指先から伸びる必殺の電弧が、床を溶かしながら男へ迫る。
それを読んでいたのか、男は左手を開くと身を低く屈め、同時に足元を狙った一撃を放った。
トールが大きく後ろに跳び退ったことで、攻撃は空を切る。だが当てるつもりがなかった男も、距離を取った。滴る血が、軌跡のように線を引く。
そこに、遠方から雷が飛来する。入り口にいた美琴が牽制を兼ねた電撃を放ったのだ。
回避しきれなかった男の胴を、高圧電流が貫いた。だがそれでも、男は悠々と立っている。
「分が悪いな」
抑揚のない声でそう呟くと、スコップを足元に叩きつけた。コンクリートの床が発泡スチロールのようにバラバラと砕け散る。その破片を更にスコップで叩き、乱雑に撒き散らす。それはさながら、瓦礫の散弾だった。
各員がかろうじてガードした時には、既に男は姿を消していた。倉庫の奥にある扉が開いている。そこから逃げ出したのだ。
「……逃がさねえよ」
底冷えするような声で独り言ちると、トールは全速力で扉に向かう。風紀班の隊員もそちらへ向かうが、そこに待ったをかける人物がいた。
「あの男は私たちが追います。貴方たち風紀班は手を出さないでください」
それは、本土からの増援を率いるリーダー格の少女だった。心底不満そうな顔をしたその少女は、増援達にきつい口調で指示を飛ばしている。
「
「梓姫。貴方はどこまで堕落すれば気が済むのですか。吸血鬼の犬に成り下がるなど」
楓と呼ばれた少女は、梓に対しても険悪な雰囲気を隠さない。侮蔑の視線を投げかけると、更に嘲けるように言葉を吐き捨てた。
「この事件の管轄は風紀班ではないはずです。どうぞお帰りください」
それだけ言って、少女は踵を返す。増援を引き連れると、倉庫の奥へと向かった。
「何よ、アイツ。ムカつくわね」
美琴が怒りの声を漏らす。彼女に限らず、風紀班の面々は皆一様に不満を露わにしていた。
「でも、楓ちゃんの言う通り、これは風紀班の管轄じゃないから」
しん、と静まり返る倉庫。しかし、梓はそんな事実に屈しない。
「だから、風紀班の仕事をしよう。この島の風紀を守るために」
トールは男を追跡する。タイムラグがあったために、視界の端に男を捉えるのがやっとだ。それでも、逃がさない。
(全能を使わねえと振り切られるか、これは)
満身創痍の状態で逃げおおせる男に、トールは業を煮やしていた。だが、全能の力はおいそれと使えない。彼は魔神ではなく、神の名を冠するだけの魔術師に過ぎないのだ。ゆえに、全能術式にもリスクが存在する。使えば使うほど自転・公転が狂っていき、最終的に地球が周回軌道を外れるという、絶大な代償が。
しかし、彼単体では追いつけない。『
すわ手詰まりか、という考えが頭を過ぎった時、逃げる男の動きに変化があった。林立する建物の一つへと飛び込んでいく。逃げるにしては不可解な行動が、トールを戸惑わせた。
(なんだ、あいつ何をしてんだ?)
建物へ飛び込む男の姿を見たのは、トールだけではなかった。
学園都市第一位も、男の姿を追っていた。島を飛び交う通信を傍受し、事件の臭いを嗅ぎつけたのだ。
「またゴミ掃除か……くっだらねェ」
第一位は塀を飛び越えて敷地内へ入る。そしてそのまま校舎へ突入をかけようとして、直前で足を止めた。第一位のいる場所へ、誰かが接近していたからだ。
目以外の光の反射量を調整し、発見を困難に。同時に、柱の陰に身を潜める。
校舎から出てきたのは、眼鏡をかけた緑髪の青年。肩にはビニールシートのようなものを担いでいる。
青年は地面を一瞥した。その瞬間、視線の先にあった土が爆ぜ、担いでいたものが丁度収まる程度の穴を生み出す。その穴へとビニールシートを置くと、穴に向けて手をかざした。すると先程爆ぜた土が浮き上がり、元の位置に戻った。それを確認した青年は踵を返し、再び校舎へと戻っていく。
(アイツ、何を埋めた……?)
姿が消えたのを視認してから、
「……あァ?」
中に入っていたものを見て、第一位は顔を顰めた。なぜ――。そんな疑問が生まれる。そして、更に疑問を追加する出来事が起きた。
彼の背後に控える校舎から、複数回に渡って轟音が聞こえてきたのだ。
「よお。鬼ごっこは終わりか?」
男が飛び込んだ建物の三階にある、机と椅子の立ち並ぶ部屋で、トールと男は対峙していた。教室そっくりな間取りから、魔術師はここが学校であると判断する。同時に、敵についていたはずの傷が癒えていることも確認した。
(吸血鬼特有の回復力、か)
しかし、それならば都合が良い。彼にとって、今は目の前の強敵が最優先だ。
そう認識しているのはトールだけでないようで、男は愉悦の表情を浮かべる。
「ああ。もう、その必要はない」
「へぇ、そうかい。……んじゃ、楽しい楽しい戦いの時間と行こうぜ」
そう言い終わった時には、既にトールは床を蹴っている。応答は待たない。そんなもの、本気の戦いには不要だ。
ブレード噴射で加速しながら飛び込んだトールの左の蹴りと、煙るような速さで動いた男の右拳が激突する。反動を綺麗に殺しながら左拳をフック気味に打ち込もうとするトールだったが、咄嗟に回避へと動きを切り替えた。
「ヒャハハァ!!」
男の左足が残像を伴ってトールの脇腹へと吸い込まれる。ついさっき戦った時よりも格段に速度の上がったその一撃を回避するのは不可能。そう判断し、両手の五指から電撃を迸らせながらガードを行う。アーク放電を用いたブレードは、防御に使えば絶対の盾にもなりうる。特に、肉弾戦においては。
だが敵も、一度見た攻撃の特性は正しく理解していた。姿勢はそのままに後ろへスライドしたかのような不可解過ぎる動きで後方へと移動し、致死圏から逃れる。だが、これは魔術師の思惑通りだ。
「悪いな、そこは俺の間合いだぜ!!」
そう宣言して、トールは数メートルにまでブレードを伸長させた。そしてそれを真横に薙ぎ払う。天井の低い教室でこれを回避するのは最早困難。そして、ガードも不可能。男の命もここまでだ。
「ハッ。甘いんだよ、人間!」
そのはずだったのだ。当たってさえいれば。
バガン!! という破砕音が轟く。男は床を思い切り殴り付けて足元に大穴を開け、そこに飛び込むことで致死の一撃をすんでのところでやり過ごしたのだ。
「チッ」
トールも穴へ向かって、下の階へと移動――しようとしたところで、悪寒を感じてその場から飛び退る。
半秒後、さっきまで彼が立っていた場所を透明なものが通過した。真下から何かを飛ばされた。そう気付いた瞬間に、トールは窓を突き破って外へと飛び出す。敵の姿を視認するためだ。
トールが敵を視認できるということは、敵も彼を視認できる。みすみす相手にハンデを与えたことに苛立ちを覚えながら、敵の姿を発見した。男は、獰猛な笑みを浮かべている。
「くそったれ!!」
教室から、見えざる何かが次々に飛来した。全力で真下へと逃げるが、実体のない何かを完璧に避けるのは不可能だった。足先から鮮血が流れ落ちる。傷痕は、切り裂いたような形をしていた。
(斬撃が飛んできた!? どこぞの聖人かってんだ!!)
重力に逆らうこと無く、自由落下して敵の視界の外へと逃れるトール。だが、これは相手にとっては逃走の好機だ。ここで逃げられれば、今度こそ追跡は不可能。
彼は歯噛みしながら、全能術式を発動させる――その一瞬前に、銃声が聞こえた。新手が現れた、そういう事だ。
(今だな)
敵の意識が他所に向いた今ならば、敵の下へと向かうこともできる。そう考えて、ブレード噴射で体の向きを変え、敵のいる教室へ全速力で突撃した。
窓ガラスを粉砕しながら、教室の中心にいた男の背中に向けて右拳を振り抜く。破砕音に気付いた男が振り向いた時には、魔術師の拳は男に肉薄していた。今度こそ、回避は不可能。
金属を殴りつけるような、鈍い音が鳴り響いた。トールの攻撃が、ついに敵の体を捉えたのだ。
しかし、男の表情は少しも変化していない。それどころか、
「ぐ……!!」
(硬てぇ!? こいつ、何の能力者だ!?)
攻撃の寸前、男の肉体が鋼の塊のように硬化したのだ。
「どうした? もっと楽しませろ!!」
愉悦の声を上げながら、男がローキックを放つ。これをどうにか回避したトールに向けて、更に拳足の雨が降り注ぐ。
溶断ブレードを一瞬展開し、空気の膨張で敵を吹き飛ばす。同時に自身も距離を取った。
「防御するだけか? その程度で俺に勝負を挑むとは……笑わせるなよ、人間如きが」
嘲笑と共に腕を振る男。飛ぶ斬撃、そう予測したトールは即座に身を伏せた。頭上を空気の裂ける不快な音が通過したのと同時に、敵に向けた指先からブレードを伸長し刺突を行う。回避の間に合わない速度で伸びた雷剣を、敵はまるで予知したかのように悠々と回避する。
「随分喋るようになったな。余裕ぶっこいてられんのも今の内だぞ!!」
そう言って、トールは五指の全てから溶断ブレードを伸ばそうとする。同時に、男も腕を引き絞り、鎌鼬を撃ち出す構えを取る。教室の端と端で、闘気と殺意が膨張する。
激突は無かった。
窓を突き破って、不可視の攻撃が撃ち込まれたからだ。それは敵へと向けて一直線に飛翔する。男は構えを解いて、横跳びでそれを避けた。トールと敵の視線が、同時に窓の方へと向けられる。
「よォ」
いつの間にか、窓の縁には誰かがいた。それは赤い瞳の白い怪物、
新手と勘違いした増援達が彼に向けて発砲するが、弾丸は全て別の方向へ跳ね返っていく。その事を気に掛ける様子もなく、彼は徐に口を開く。
「オマエ、誰だ?」
その言葉に最初に反応したのはトールだった。理解が追い付かず、眉を顰める。
「……どういう意味だ?」
「コイツと瓜二つの死体を見つけたンだよ。風紀班とかいう連中に聞きゃ分かる」
「なんだと?」
「どういうことだ!?」
立ち尽くしていた者たちもどよめき始める。それはトールも例外ではない。ここに立つこの男が逃走者と同一でないなら、いったい何者なのか。そんな疑問が瞬く間に共有されていく。
「つー訳で、もォ一度だけ聞いてやる。オマエは、誰だ?」
「…………」
「答えねェってンなら構わねェ。オマエが誰だろォが、踏み潰すのは変わらねェンだ」
無慈悲な死刑宣告。危険を悟ったか、逃走者の姿をした誰かは迅速に行動した。
カッ!! と教室中が眩い閃光に包まれ、全員の視界を奪う。同時にガラスが砕ける音が鳴り響いた。
「待てコラ!!」
「チッ」
敵は窓から逃亡したと判断したトールは、視界が戻らぬうちに音源の方へと飛び込む。
(あのクソ野郎、この中にいやがる……面倒だな、一人一人ブチ殺しちまえりゃ手っ取り早ェンだが)
その巻き添えで無実の人間が死ぬのを「気分が悪い」と思える程度には、第一位も丸くなっていた。だが今回は、その丸さが仇になってしまった。
「風紀班だ! 大人しくし……ろ…………」
そこへ、新たな突入者が現れる。その声が尻すぼみになっていったのは、目標が何処にもいないことを途中で認識したからだ。
これ以上は時間の無駄と判断した
「コイツらの中に、オマエらの追ってたクソ野郎が紛れてやがる。逃がすンじゃねェぞ」
もォ逃げられてるだろォがな、という一言を飲み込んで、第一位は二階の窓から飛んだ。彼が追うのは、長い金髪をたなびかせる魔術師。
学校を出てすぐの所で、その魔術師は立ち尽くしていた。敵を見失って途方に暮れているようにも見えるが、そういう訳ではなかった。
「オイ」
「……第一位か。悪いな、こっちは見つけられなかった。そっちはどうだ。あの連中のなかに、ヤツはいたか?」
「いるにはいたが、誰が誰かは分からねェ。皆殺しにしてイイってンなら、今からでもブチ殺してやろォか?」
「バカなこと言ってんじゃねえ。俺の忠告を忘れたか?」
「オマエこそ、俺に同じ手が通用すると思ってンのか?」
二人の雰囲気がたちまち険悪になる。まさしく一触即発、そんな空気を解したのはトールだった。
「やめだ、やめ。こんなとこで俺達がいがみ合う意味はねえよ。情報の共有が先決だ」
「……チッ」
応じるように、
「あの野郎は、多彩な能力を使う。俺が知っているだけでも、斬撃の飛翔と肉体硬化」
「それと念動力に、変身ってとこか」
「念動力は見てねえが、変身か。…………疑問なんだがよ、よく似た死体を見つけたっつーのはどういう事だ?」
「そのままの意味だ。あの学校の裏で見たンだよ。緑髪の男が、死体を埋める瞬間をな」
「マジで言ってんのか?」
「ンなモンはオマエが確かめろ」
それだけ言い残すと、
(複数の能力……思い当たるのはライカンスロープ、もしくは魔術師。少なくとも能力者じゃねえな)
能力者であるなら、一つの能力しか使えないはずだ。学園都市には『
(んー、変身ってのが気掛かりだな。確かに倉庫で戦ったヤツと学校で戦ったヤツは、別人みたいに言動が違った。クスリでもキメてたのかってくらいテンションが――)
思考がそこまで至った時、彼は思い出した。吸血鬼に効くドラッグがあることを、ついさっき聞いたばかりだという事を。
「その線で行くとなりゃ、『L』を追うことになるわけか。っつっても、手掛かりがなぁ」
「アンタ、何を一人でブツブツ喋ってる訳?」
「うおっ! って、ミコっちゃんかよ。驚かせんな」
「いい加減その馴れ馴れしい呼び方止めろ。……で、私の質問に答えてくれるかしら」
「あー、『L』について考えてたんだよ。……そうだ、なあなあミコっちゃん、頼みがあんだけど」
「……?」
何かを企んでいるのが丸わかりなトールの態度に、美琴は警戒を強める。
「ミコっちゃんさぁ、この島全体の通信傍受って出来るか?」
「…………はぁ?」
Phase.3-3 邂逅 / Crossing.
「三大寺さん、来客です」
「ああ、分かった」
三大寺と呼ばれた女性は、何処にあるとも分からない建物の入口へ向かう。
「教授」
それは、三大寺が信奉する、ある男の姿だった。
「三大寺君。朗報だ、ライカンスロープの血液を手に入れたぞ」
教授と呼ばれた男は、赤黒い液体の入った容器を三大寺に手渡す。
「なっ……、教授、これを一体どこで?」
「この島に住むライカンスロープから摂取したものだよ」
「……この島に、吸血鬼喰いがいると言うのですか?」
「ほう? 私の言葉が信じられない、と。君はそう言うのかね」
「そんな、滅相もございません。これを誰から回収したのか、興味があるだけです」
「教えてやっても良いが……それを教えれば、君の研究は捗るのかね?」
「はい。間違いなく」
「そうか。ならば、この案件は君に預けよう。それで、その血液の所有者は――」
「取り逃がしたか」
楓という名の少女は、苛立ちを露わにして呟く。
「……それで、他に報告は? なければ解散――」
「楓様、もう一つ報告すべきことが」
「何だ」
「学院で逃走者と交戦していた、二名の吸血鬼についてです」
楓の眉が、ピクリと動く。無言で続きを促すと、報告者は更に言葉を連ねた。
「金髪の吸血鬼は、電気を操っているようです。アーク放電に似た現象を起こしていることが確認されています。次に白髪の吸血鬼ですが…………」
言い淀む隊員。しかし眉間の皺を更に深くした楓に怖気づいたか、震える声で続けた。
「……大気の操作、攻撃の反射等、複数の能力が確認されました。ライカンスロープではないかと予想されます」
「吸血鬼喰い、だと?」
伝説に名高い、人類と吸血鬼双方の敵。『王』とも目される存在がこの島で暴れ回っている、という事実を見過ごす狩人ではなかった。
「……逃走者の追跡は継続。並行して、その二体についても追跡、抹殺する」
強い憎しみを宿しながら、少女は声高に告げた。
虚空を眺める一人の男性。扇元樹という名前の彼は、仕事を終えて休憩中だった。
「さて、この後はどうしようか」
益体もない、ただの独り言だった。その場には他に誰もおらず、答える声などある訳もない。それが自然だった。
「やあ扇元樹。暇があると言うのならば、我の話を聞いて貰おうか」
「……誰だい、君は?」
「本来ならば名乗る理由もないが……良かろう、貴様には教えてやる。我が名は――」
二か月以上ほったらかしてて本当に申し訳ございませんでした。
もう一つの短編集に現を抜かしていたのが原因です。
新約22リバースの発売が差し迫り、急いで書かないと、と思い慌てて進めました。
途中で間が開いているので、もしかしたらガバってるところがあるかもです。
あとサブキャラの説明は投げます。本当ごめんなさい。
それでは、今回はここまで。お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字・ミスのご報告、感想等お待ちしております。