※この作品はR-18です。

とある魔術の柚子世界   作:バハルストスFF

8 / 13
 新約22R、面白かったですね。
 あのまま繋げても整合性は問題ないよう調整できるのですが、あくまでパラレルという前提で話を進めます。


第八話 混沌の始まり

 Code 0-2 再生する悪夢

 

 

 八坂総合病院の地下には、研究施設が存在する。一年近く前に稼働しすぐさま閉じられた、パンドラの箱とも呼ぶべき施設が。

 そんな禁忌の領域の最奥部に、魔法使いの格好をした男が立っていた。怪しく蠢く白い物体――鷲逗研究都市で採集した『未元物質(ダークマター)』を片手に持ちながら。だが彼は、現在海上都市にいるはずの人間だった。にも拘らず、彼はここにいる。明らかな異常事態を指摘できる者は誰もいなかった。

 彼がそれを掲げると、物体は室内の全方向へと拡散した。壁や床を這い回り、侵食し、己の一部と為していく。しばらくすると、部屋の中心に三体の人形が姿を現した。その形は、かつてこの部屋で研究を行っていた人間によく似ていた。

「再生は成功か。……取り掛かれ」

 人形は言葉もなく、周囲の機械へと手を伸ばしていく。そんな光景を見て、魔法使いは満足そうに口の端を釣り上げた。

「近い。あ(・)の(・)子(・)が蘇る日は、まもなく訪れる」

 

『そうはいかんよ』

 

 声と同時に、極彩色の翼が解き放たれた。魔法使いは一歩も動くことすら出来ず、迫る翼を目の当たりにしていた。

 轟音。

 床が、壁が、機械が。何もかもが震え、歪み、塵のように吹き散らされる。それを起こした張本人、聖守護天使エイワスは穏やかに語りかける。

『私個人としては、もう少しこの演目を見ていたかったのだがな。残念ながら、アンナは許してくれないようだ。……ついでに、彼女から伝言だ』

「…………」

『「余計な真似をするな」、以上だ。とはいえ、もう聞こえてはいないか』

「そう思うか?」

 巻き上がる粉塵を掻き分け、魔法使いは悠然と闖入者を見据える。

 その姿を見た天使は、お見事とばかりに手を叩いた。

『私の翼をまともに喰らって無傷とは』

 そして、易々と核心に触れた。

『流石だな、こちらの「銀の星」は』

「成程。想像はついていたか」

『あれだけ手の内を晒したのだ。当然の帰結だろう』

「そうか。ならば、この展開も読んでいたか?」

『なに?』

 突如、研究室を眩い光が満たす。天使が振るう翼に勝るとも劣らない輝きを、エイワスは無表情で見つめる。

『…………そうか。これは――』

「やれ。外界の来訪者を撃滅しろ」

 命令を受けた光の塊が、その輝きを一層強めた。最早爆発とも呼ぶべきそれが過ぎ去ると、天使の姿は無くなっていた。

「エイワスという記号が、貴様らだけの物だと思うな」

 侮蔑に満ちた男の声は、虚空へと消える。その言葉の意味を推し量れる者は、この場には存在しない。

 

 

「……」

 一瞬の戦闘。その最中に、一つの意思が芽吹こうとしていた。

 そもそも魔法使いは、『未元物質(ダークマター)』を使って何をしていたのか。答えは単純だ。

『未元物質(ダークマター)』で壁面や床の傷を読み取り、そこにあった記録を再生する。そうすることで、この研究に携わった者を疑似蘇生しようとしていたのだ。

 さて。学園都市において、それと全く同じことを行った者が一名存在する。

 その名は垣根帝督。ただし、現在鷲逗研究都市にいるそれとは似て非なる者。あちらが垣根帝督という人間の善性を獲得したカブトムシ05であるのに対し、こちらは悪性を前面に押し出す個体である。

 ここで、学園都市第二位の能力についてもう一度振り返ろう。

『未元物質(ダークマター)』は、能力自体が意思を持っている。どれだけ分裂しようとも、『未元物質(ダークマター)』がこの世に一つでも存在するのなら、そこから増殖して『垣根帝督』という一つの形を作り出す。

 ということは、だ。

 三体の人形を生み出した後、この部屋に残った白い物質は次に何を生み出すだろうか?

「……………………!!」

 

 

 Phase 4-1 接近 / Near_Missing.

 

 

「アンタ、風紀班から情報を受け取ってるんじゃないの」

「それだけじゃ手に入らねえ情報もあるんだよ。そういう情報を手に入れるには通信傍受の方が手っ取り早い。ただ、科学の方面にゃ疎いんでお力を……って事だな」

「自分でやりなさいよ」

「そっかあ、残念だ。もし手伝ってくれんなら、上条ちゃんとお近づきになる手伝いでもしてやろうかと思ったんだが」

「大きなお世話よ!!」

「じゃあ仕方ねえな、一人でやるよ。……面倒だな、ベルシにやり方を教わっときゃよかった」

 ひらひらと手を振って、トールは姿を消した。その背を見送る美琴に向けて、別の方向から声が掛けられる。

「美琴ちゃーん」

 声の主は梓だった。

「お疲れさま。本部に戻るよ」

 ふう、と美琴は溜息を吐く。だが、彼女はまだ知らない。本日の風紀班の仕事が終わっていない、ということを。

 

 

「うーん……緑の髪、ね」

 トールは、白の怪物が残した言葉を反芻していた。どんどん本筋から逸れていることは彼自身理解していて、それでも止まらなかった。

(そいつが協力者なのは間違いない。だが、情報が足りな過ぎるな。……ここは六連ちゃんの力を借りるかね)

 魔術師はそんなことを考えながら、夜闇に紛れようと角を曲がった。そこで、向こうから進んできた緑髪の男性と目が合った。

「おや、君は」

「…………あん?」

 候補となる人物が突然現れ、トールは何事か思案している。そこへ、鋭い指摘が飛んできた。

「…………そうだ。確か、不法入島者だったかな」

「チッ!!」

 いきなりバレた。そうなると、トールは口封じに走るしかない。やむを得ない措置だ、と割り切って拳を振るうのだが――

「おっと」

「……!?」

 つ(・)い(・)さ(・)っ(・)き(・)の(・)戦(・)闘(・)で(・)も(・)見(・)た(・)不(・)可(・)解(・)な(・)現(・)象(・)と(・)共(・)に(・)、(・)男(・)は(・)攻(・)撃(・)を(・)避(・)け(・)た(・)。(・)驚き故に一瞬動きを止めたトールだが、男に追撃をしてくる気配はない。

 刹那の間に正気を取り戻したトールは、溶断ブレードを噴射して距離を取る。その動作の最中に思考をまとめたトールは、一つの推測に辿り着いた。

(あの動き…………まさか、そういう事かよ。協力者じゃなく、そのものなのか!?)

 

 

「へえ。彼が」

 さほど興味も無さそうに、緑髪の男――扇元樹が呟く。その脳裏に五月蝿く響く、尊大な声があった。

『ヤツがトール。許されざるイレギュラーにして、貴様の計画を破壊せんと目論む者だ』

「成程。つまり彼を倒せばいい、という事かな」

『そうだ。その為ならば、好(・)き(・)に(・)使(・)っ(・)て(・)構(・)わ(・)ん(・)』

「言われなくてもそのつもりだよ。これだけの力があれば、彼なんて僕の敵じゃない」

 金髪の魔術師――ではなく、その背後にある世界を見据えながら、元樹は妖しい笑みを浮かべていた。

 

 

「……」

 一方通行(アクセラレータ)は、繁華街の裏通りを闊歩していた。その表情は険しく、見るからに不快そうだった。その理由は、彼の表情を見たガラの悪い連中に絡まれるからでも、それを一々踏み潰すことに飽きたからでもない。もっと違う、より深刻な問題だった。

「…………クソ野郎が、いつまでコソコソ尾(つ)けてくりゃ気が済むンだ」

 反応はない。だが、確かに尾行されている。それは、途中で『反射』を用いた時に確認していた。だからこそ確信を持って問いかけているのだが、追跡者は何らのアクションも起こさない。それはつまり、今は隠蔽に徹する時だ、という事だ。

 あるいは、後の襲撃への準備か。

 溜息交じりに、第一位はスイッチを切り替える。どれだけ撒こうとしても尾行は止まなかったのだから、振り切るには能力を使う必要がある、と判断したのだろう。

 追跡者の纏う気配が変わったのを、彼は肌で知る。しかしそれを意にも介さず、足を軽く持ち上げ、次いで地面を蹴り付けた。

 爆発にも似た音と共に、莫大な埃が巻き上がる。視界を奪われた追跡者たちの行動に躊躇が生まれた。そして、それを見過ごす第一位ではない。

「ぐっ!?」

「がっ!?」

 距離を詰め、強烈な打撃を浴びせる。鈍い音が発せられる度、一人、また一人と追跡者が倒れていく。

 煙が晴れる頃には、既に趨勢が決していた。敵がいなくなったことを確認した第一位は、首元に手を当て――ようとして、止めた。

 その直前、遠くから轟音が届いたからだ。その方向にあるのは、彼のねぐらでもある安宿。

「……まだ終わンねェのか」

 

 

 高熱を伴う閃光が、縦横無尽に駆け巡る。その全てを、元樹は悠々と回避していた。まるで心の内を読んでいるかのように、最小限の動作で。否、動作すらなく、だ。

 切り裂いた、とトールが思っても、直後に無傷の元樹が現れるのだ。傍目に見れば、攻撃が体をすり抜けているように見えるだろう。ずっと、それの繰り返し。うんざりしながら雷剣を振り回すが、やはり当たらない。遊ばれている、としか思えなかった。焦れるトールに、元樹が煽るような言葉を浴びせる。

「怖いね。もっとお手柔らかにお願いしたいのだけれど」

「抜かせ、余裕綽々って顔してるぜ」

「バレてたんだ。じゃあ仕方ない」

 スッ、と元樹の目が細められる。同時に、何(・)か(・)を(・)握(・)り(・)こ(・)む(・)よ(・)う(・)な(・)動(・)作(・)を(・)し(・)た(・)。(・)その手に浮かび上がるのは、何の変哲もない銀色の銃。流れる様に引き金を引く――

 ことはなかった。二人の中間目掛けて降り注ぐ、一条の白い流星があったからだ。

 大爆音と共に、クレーターのような凹みが生まれる。そこに立っていたのは、

「第一位……またか」

 雷神が声を上げる。それに耳を貸すことなく、白い怪物は元樹の方へと向き直る。

「よォ、死体遺棄の後にお散歩たァ随分お気楽な野郎だ」

「何?」

 聞き捨てならない言葉があった。死体遺棄? それはつまり、

「やっぱり、あいつがお前の言ってた協力者か?」

「そォいう事だな」

「そうか……そういやあいつ、さっき学校で戦ったヤツと同じ力を使ったぞ」

「ふン。くっだらねェな、ただのすり替え(チェンジ)か」

「ああ。でも、俺達以外は騙された」

 誰も彼もを欺く演技力は称えるべきだろうが、しかし何故こんなことをしたのかという疑問が残る。その辺りを問い詰めようと口を開くトールだが、しかしそれより早く一方通行(アクセラレータ)が言葉を発した。

「オマエに恨みはねェ。思うことなンか何もねェ」

 一歩、踏み出す。確実に、敵を撃滅するために。

「だから、ここで潰す。じゃあなクソ野郎」

 更に、一歩。その背中から、翼のように竜巻が発生する。最早低空飛行と呼ぶのが相応しい格好で、元樹の懐へと第一位が飛び込んだ。一切の加減なく拳を振り抜き、鳩尾へと撃ち込む。

 隕石の衝突。それを彷彿させるほどの勢いで、元樹が吹き飛ばされていく。攻撃の余波でガラスが砕け、地面が捲れ上がった。下向きに放っていたら間違いなくクレーターを産んでいたであろう一撃を放つ第一位に対して、トールはやれやれと首を振るばかりだった。

「馬鹿野郎、加減しろよ」

「うるせェな。こっちには守るモンがあンだよ」

「あいつは重要参考人だぞ? 殺しちまったら話が聞けねえだろ」

「……ソイツは無理な話だな」

 本当に殺しちまったのか、と呆れるトールだったが、そうではないとすぐに分かった。

 倒れ伏す元樹のすぐ近くに、見たことのある顔がいたからだ。

「扇先生!?」

 そう、六連佑斗と御坂美琴が。

 

 

 腹に大穴を開けて倒れる男性を見て、美琴は目を見開く。隣にいた少年がその男性を「先生」と呼んだのを聞いて、言いようのない感情が彼女の中で渦巻いていた。風紀班の彼にとって、この男性は見知った仲なのだと分かってしまったから。

 男性を起点に一直線に伸びる破壊の跡に気付いた彼女は、その先――つまりこの破壊を生み出した主――を見据える。

 学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)……そして雷神の名を冠する魔術師、トールの二人を。

「……ッ!!」

 美琴の全身から、眩い雷光が迸る。彼女自身、第一位にもトールにも勝てないことは分かっていた。しかしそれでも、溢れ出る怒りを抑えられない。

「アンタ達……どうしてこんな真似をした!?」

 対する回答はシンプルだった。

「いちいちオマエに話す必要があンのか?」

「偶然会っただけだな」

 ふてぶてしい態度が、益々美琴を逆上させた。最早言葉すらなく、ポケットに入っていたコインを取り出して、宙へと打ち上げる。同時に、彼女を包み込む電撃の勢いが増した。

 超電磁砲(レールガン)。御坂美琴の代名詞。ただし前回と違い、全力の一撃だ。

「おい……」

 トールが何か言うより早く、コインが音速の三倍もの速度で射出される。その必殺の一撃を、第一位は冷ややかに見つめていた。

 身じろぎもせず、第一位は超電磁砲(レールガン)を受け止める。それを『反射』で下へ向けて叩き落した結果、第一位を中心に大爆発が起こった。周囲に多量の土煙が立ち込め、二人の姿を隠す。

 それで止まる第三位でもなかった。砂鉄の剣を即座に生成し、煙を切り払う。しかし、既にトールの姿はない。あの正体不明の攻撃が来るのかと身構える美琴だが、それは一向に来なかった。

「ったく、なンで俺があンなヤツの手助けをしなきゃならねェンだ」

 美琴など眼中にないかの如く、一方通行(アクセラレータ)が呟く。その言いぶりから察するに、トールは逃げたのだろう。

「一方通行(アクセラレータ)……ッ!!」

「何が気に食わねェンだ」

「決まってんでしょうが。なんであの人を襲った!?」

「カタギに手ェ出す気はねェよ、こっちも」

「じゃあ、何で……!」

「目に見える事だけが真実とは限らねェ。ンな事、学園都市製の能力者は誰でも知ってると思うンだがな」

「はぁ? アンタ、何を言って――」

「分かンなきゃ遅れてろ。もォ俺一人でイイ」

 それだけ言い残すと、第一位は悠然と歩みを進める。絶対的な隔たりの向こうにいる第一位は、誰にも止められない。

 

 

「お前……」

「失せろ。用があンのはオマエじゃねェ」

 ゆっくりと歩み寄る怪物の言葉を受けても、少年は立ちはだかる。

「ソイツは学校で暴れてたクソ野郎のお仲間だぞ。それを庇うってのか」

「証拠はないだろう」

 第一位の口から、思わず溜息が漏れる。

「……いちいち説明すンのも面倒くせェンだがな」

「事情は後で聞く。身柄を拘束させてもらうぞ」

「あァそォかよ、だったら一生そのクソ野郎を匿ってろ」

 付き合い切れねェな、という言葉を残して地面を小突く第一位。周囲の地面が爆散し、破片が無秩序に飛び散っていく。それに乗じて、彼はその姿を消した。

 

 

 一瞬のうちに姿を消した怪物を探して、佑斗の視線が右往左往する。しかしすぐに意識は別の方へと向けられた。

「扇先生……」

 呆然と呟く。力なく横たわる元樹の腹には、バレーボールほどの大きさの風穴が開いている。

「すぐに救急車を――」

「おっと、その必要はないよ」

「えっ?」

 怪我の大きさに反して、意外なほど元気そうな声を上げる元樹。その表情は穏やかで、苦痛に歪んでいるようなことは無かった。

「この程度の怪我ならすぐに塞がるからね。六連君が心配してくれるのは嬉しいけど……それには及ばないよ」

 彼の言う通り、腹の大穴は既に半ばまで塞がりつつある。吸血鬼は再生力が強い生物だが、その中でも彼は特に強力な部類に入るだろう。並大抵の吸血鬼を凌駕する回復速度でみるみる傷を癒していくのを、二人は静かに見つめる。

「ほら、何ともないだろう?」

「そうですけど……でも、血が抜けちゃってますから。やっぱり病院に行った方が良いですって」

「そうだね。じゃあ六連君が僕を抱いて病院まで――」

「嫌だ!! 救急車を呼びますから!!」

「ちぇっ、つれないなぁ。……それはともかく、僕のことは本当に心配しなくていいよ。血が少し足りないだけで、それも合成血液で何とかなるから」

「……無理はしないでくださいよ」

「勿論。君達もね」

 しっかりとした足取りでその場を去る元樹。その背中を見送ってから、佑斗は現場検証を始めるべく連絡を取る。

 そこで、美琴が気付いた。

「……あれ? 血痕が無くなってるじゃない」

「えっ」

 指摘を受けて、佑斗は元樹が倒れていた場所に目をやる。すると確かに、そこにあるのは何の変哲もないアスファルトだけだった。風穴の空いた人間が倒れていたというのに、血の一滴も存在しない。不可解な現象に、二人は戸惑うばかりだった。

 

 

「やれやれ」

 手の上で携帯を弄びながら、元樹は一人呟く。

 あの場に血液を残すわけにはいかなかった。本来なら血液が流出すること自体あってはならない事だったのに、不法入島者がその思惑を狂わせた。最低限の後始末こそしたものの、下手をすれば全てが露見する可能性さえあった。

 想定外の事態に、元樹は不機嫌そうな顔を浮かべる。しかしそれを一瞬で消すと、どこかへと電話をかけた。

「もしもし。……はい。…………不法入島者の影響は大きく、このままでは我々の計画も破綻する恐れがあります。決行を早めなければ………………はい、分かっています。では、また後で連絡させて頂きます」

 事務的な連絡を終え、何処かへと向かう元樹。目的地が病院でないことだけは確かだった。彼の向かう先に、医療施設など存在しない。

 

 

「へぇ」

 暗がりで、誰かが呟く。その本質は雷神トールではあったが、姿形は全く一致しなかった。御坂美琴の真似、とも違う。

「血を見られると困る、ってトコかね。一体どんな秘密を抱えてんのやら……興味あるな」

 マークする相手は決まった。ならば次は、必然的に尾行だろう。だが風紀班すら敵に回した以上、もう御坂美琴の姿を使うわけにはいかなかった。

 さて、彼が化けるに適した一番の候補とは、いったい誰だろうか?

「さーて、本番はここからだな」

 如何なる状況に追い込まれても、飄々と切り返すトール。どこまでも掌で状況を転がし続ける神の如き魔術師は、その手に食らいつかんとする牙がある事に気付いていない。

 

 

 Phase 4-2 潜入 / Undercover.

 

 

「不法入島者二人が医師を襲撃、か」

 帰還した二人から受け取った報告書を読み上げる兵馬。昏倒でもしてしまうのではないかという程、疲れ切った様子をしていた。

 無理もない話だろう。

 事態は日に日に悪化し、敵対勢力が増えていく。誰を信じ、誰を疑えばいいのかさえ分からない状況に置かれれば、普通はそうなるものだ。

「それで、該当人物は現在も逃走中か」

「はい。申し訳ありません」

 佑斗が頭を下げる。しかし兵馬は怒る様子もなかった。ここで怒ろうとも何も進まないことを理解しているからだ。

 だから代わりに、淡々と問いかける。

「敵の能力は」

「……『向き(ベクトル)』の反射よ」

 口を開いたのは、学園都市第一位の能力を唯一知っている美琴だった。

「ベクトルの……? つまり、どういう事だ」

「アイツは触れたベクトルを操って、攻撃を跳ね返す。銃弾だろうと能力だろうと、アイツには一切通じないのよ」

「隙はあるのか?」

「……悪いけど、それは分からない。アイツに効く能力を持ってる奴がいることはいるけど、この島にいるのかは…………」

 美琴が言っているのは、一方通行(アクセラレータ)の反射をすり抜けることが出来る、彼女が知る限りでは唯一の例外たる男のことだ。しかしその男が何処にいるのか、この場の誰も知らない。そもそも美琴以外は、そんな能力の持ち主がいるという話さえ聞いたことが無いのだ。

 だから、その選択肢は除外した。そうなると、

「うーむ……手の施しようが無いな」

 聞く限りでは無敵そのものだから、そういう結論になるのも必然ではあった。

 だが、佑斗はそう思っていないようだった。

「ですが主任(チーフ)、あいつが事件に関わってくる可能性は低いかと」

「ほぉ、どうしてそう思う」

「あいつは『付き合い切れない』と言っていました。もうこの案件に関わる気は無いのかもしれません」

「ふむ…………愛想を尽かしてくれた方がこちらとしては有難いな」

「となると、厄介なのは」

「ああ、トールだろう」

 この場合、今後の行動が読めず、行方が分からないトールが一番の懸念になる。一般市民さえも襲うと分かった以上、風紀班にも攻撃を仕掛けてこないとは限らない。

 いつ交戦状態になるか分からない以上、そちらの対策を強いられることになるわけだが……。

「こいつには、正体不明の攻撃があるんだったな」

「ええ」

 直に食らった美琴が「何が起きたか分からない」とまで言うのだから、そういう事なのだろう。

 厄介な敵に囲まれたもんだ、と兵馬は呟く。そんな彼を更に困らせる、悪い知らせが舞い込んできた。

 発端は、別の部署の班員だった。

「主任(チーフ)、緊急です。『L』を製造している施設の情報が割れた、と」

「……何だと!?」

 

 

(あいつ、また電話してんのかよ)

 トールは、扇元樹を追っていた。

 この距離では何を話しているかは分からない。だが先程から、緑髪の男はしきりに誰かと連絡を取っていた。

 その必要があるのか、それとも他愛のない話なのか。

(まあ、前者だろうな)

 この男は見るからに怪し過ぎる。後者である可能性の方は皆無と言っていいはずだ。

 では、何を話しているのだろうか。興味は尽きないが、これ以上の接近は気配を悟られる可能性がある。

(とりあえずは尾行、尾行)

 訝しみながら後をつけていると、やがて元樹は一つの建物へと入っていく。見てくれは何の変哲もないオフィスのようだが、ここには何かあるのだろうか。

 彼の本職を全うできる、医療施設のような何かが。

「………………っ!?」

 息を呑むトール。思わず目を疑ってしまうほどの、衝撃的な光景があった。

 緑髪の青年の姿が、老獪な教授然とした姿へ変わっていったのだ。

(変装能力……どんどん黒に近づいていくな。死人に化けられるなら、もう確定だぞ)

 辻褄を合わせる要因が、次々と足されていく。襲撃者と同じ能力を使い、変装までしていた。

 死体遺棄をした、という情報もある。

 つまり、学校で交戦したのはあの男。しかも複数の能力を使用し、知られたくない秘密を抱えている……。

 そこまで考えが至ったところで、眼前の光景に変化があった。施設から一人の女が出てくる。何回か言葉を交わした後、女は自分の首筋を教授に向けて見せつけた。教授は誘われるように口を開き――。

 やがて、女はその場に倒れこむ。それを確認した教授は悠々と建物へ足を踏み入れた。その姿を追う事なく、トールは女の下へ駆け寄る。

(死んでるな。……あいつ、殺しに何の躊躇いもねえ)

 彼の中で、込み上げるものがあった。だがそれを押し殺して、女の身体を観察する。数秒でそれを終えると、変装術式を組み替えた。

 トールの姿が、彼の眼前で横たわる女と瓜二つになる。敵である緑髪の男と同じことをしていたことに気付いたのか、どこか自嘲的な笑みを浮かべていた。

 そのまま、後を追うようにオフィス然とした何かへ突入する。建物の案内図でもあればと思い歩き回るトールだが、しばらくして何処にもそれがないことに気付いた。

 普通のオフィスであれば、見取り図の一つくらいはある筈だというのに。

「というか、あいつは何処に…………ん?」

 奥の方から、甲高い音が聞こえてきた。まるで悲鳴のような――。そう気付いた時には、トールは地面を蹴っていた。角を曲がり、突き当たりにあった部屋の一つへ飛び込む。

 するとそこには、凄惨な光景が広がっていた。

 まさしく、死屍累々。多数の人間が力なく横たわり、夥しいほどの血液が床を濡らしていた。

「なんだ、こりゃ。……まさかあいつが?」

 だとしたら、もうあの男は放置できない。確実に斃す必要がある。

 そう思いつつも状況の見分を行おうと、机の上を見た時だった。

 トールの視界に、ある文(・)字(・)が映り込んだ。

『L』という文字列が。

 目を見開いた後、改めて机の上を検分する。試験管や書類の他に、パックに詰められた赤い液体があった。そこには、「O」とか「AB」とか、何か意味のありそうな文字が記されていた。

 数秒ほど考えてから、気付く。その文字が、血液型を表していることに。

(…………輸血用の血液か? それに、『L』を混ぜている?)

 この時、彼は惜しい所に辿り着いていた。もし彼が吸血鬼を取り巻く事情について完璧に把握できていれば、目論見の全てを看破できていたかもしれない程に。

 

 

 吸血鬼は人の血を吸わねば生きていけない。それは海上都市にいる者とて同じ事だ。だが、吸血鬼の存在を隠匿する為の島で人が血を吸われる事が多発してしまっては、隠匿など成立するはずもない。ましてや、海上都市は観光地でもあるのだ。もし不特定多数の前で事件が起きれば、隠蔽は困難を極める。

 その問題を解消するために作られたもの、その名を『合成血液』という。

 これを摂取することで、人の血を吸うのと同じ効果を得ることができ、吸血鬼は存命することができる。

 合成血液にはいくつか種類が存在している。血液型に準えたものであり、A型、B型、O型、AB型でそれぞれ味も変わる。

 もしトールがこの事を知っていたなら、すぐさま気付いたことだろう。

 こ(・)れ(・)は(・)合(・)成(・)血(・)液(・)に(・)見(・)せ(・)か(・)け(・)た(・)違(・)法(・)ド(・)ラ(・)ッ(・)グ(・)な(・)の(・)だ(・)、と。

 

(これが医療の現場に流通したら、どうなる?)

 トールは正体こそ見誤っていたものの、危惧していた点は間違っていなかった。もしこれを一般人が摂取し、中毒になったら…………という事だ。

 そう考えて、書類といくつかの現物を纏める。それを片手に部屋を出ようとしたところで、部屋の方へ迫る足音に気付いた。

 咄嗟に、テーブルの陰に身を潜める。そこから部屋の入り口を見て、トールは内心で舌打ちした。

「風紀班だ! 全員、そこを動くな……っ!?」

 一同が言葉を失う。あまりにショッキングな光景に、全員が数秒ほど何もせずに固まっていた。その間、トールはといえば。

(……なるほど、俺は嵌められたわけか。風紀班と俺が敵対する状況を作りつつ、どちらかを行動不能に…………あわよくば、共倒れさせるために)

 最悪の推測を導き出していた。勿論、トールはこの状況を単独で打破できる手を備えている。だがそれを行使して風紀班を倒してしまえば、元樹を取り締まれる勢力はいなくなる。かと言ってトールが敢えて負けた所で、厄介者の排除という目的は達せられるのだ。どちらに転んだところで、元樹の思い通り。

(…………ここは俺が折れる方が良さそうだ)

 一つの結論に至ったトールは、変装を解いて徐に立ち上がる。そして、目を見開く風紀班の面々に向けてこう言った。

「…………よお。驚いたか?」

 

 

 一方その頃。当初の目的だった美琴との合流を放棄してねぐらに戻った一方通行(アクセラレータ)は、少女の無事を確認すると床にへたり込んだ。そこへ、寄り添うように悪魔――クリファパズル545――がやってくる。

『随分時間がかかりましたねえ、ご主人様』

「うるせェな。ここはゴミが多過ぎンだよ」

『ご主人様、イライラしてますう?』

「知るか。俺はもォ休むぞ。オマエは――」

『はいはい、いつも通り無期限警戒ですねえ』

 悪魔に先を読まれたのが気に食わないのか、返事もせずバッテリーの充電を始める第一位。悪魔はそれを心底楽しそうに見ていた。

 そして。

 

 

『対象のアジトを発見しました。これより帰還します』

 報告を受けた狩人のリーダーは、忌々しげに顔を歪める。吸血鬼への憎悪故か、彼女達は気付いていない。一方通行(アクセラレータ)は、そもそも吸血鬼ですらないことに。

 盲目は暴走へ繋がる。本質を見失った者達が手段を択ばぬ凶行に出るのは、そう遠くないだろう。

 意図せずして渦中へ放り込まれた白い怪物と、感情に捕らわれ目を曇らせた者。誰も幸せにならない戦いの火蓋が、今にも切られようとしていた。

 




 ギリギリ七月中に投稿出来ました。更新ペースをもう少し上げたいのですが、どうなることやら。


 当初の予定から少々展開がズレているのが少し悩みどころですが、大まかな流れには影響がないので少しずつ軌道修正していきます。


 それでは、今回はこの辺で。お読みいただきありがとうございました。
 誤字脱字・ミスの報告、感想等お待ちしております。





 間違えて短編集の方に上げそうになったのは内緒
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